046光市母子殺害事件の最近のブログ記事

 珍しく現職裁判官の方が足跡を残されてました。
 ブログもお持ちのようなので覗いてまいりました。
 最近のエントリの中で目を引いたのが以下のエントリです。

 上告審による量刑破棄事例(curiousjudgeの日記)

 刑事裁判の高裁判決に対して、最高裁が量刑不当を理由として破棄した判例の分析を紹介したエントリですが、

 最高裁が破棄して自判つまり最高裁自ら量刑を決めて決着させた事件は、いずれも高裁判決より軽い量刑を言い渡したものでした。
 ある意味当然のことで、高裁の判断より軽い判決が相当であると言っておきながらもう一度高裁で審理をやり直せというのは、その間、被告人は依然として被告人という不利益な地位にいさせ続けるということになるわけですが、それでは量刑を軽くする意味がほとんど失われてしまい矛盾と言ってもいいからです。

 これに対して、破棄差戻し、つまり高裁に対してもう一度審理をやり直せと命じた判決4件のうち3件は、高裁の無期懲役の量刑は軽すぎるという判断を示したものでした。
 これは、軽くすべきという場合には自判すべきであるというのと同程度に当然であるとは言えませんが、無期懲役の量刑を軽すぎるということは死刑相当ということになりますから、基本的に法律審である最高裁としては(語弊はあるかも知れませんが、普段事実審理をしないので事実審理が苦手な最高裁としては)、今一度高裁に事実関係の確認とともに量刑判断の見直しを命じることは、極めて自然な流れであり、ことは人の命にかかわるわけで慎重審理という観点からも当然の話であろうと思います。

 これが最近の問題でどういうところに関係してくるかといいますと、光市事件で安田・足立両弁護士が最高裁弁論をドタキャンした理由の一つである、欠席しないと弁護の機会が失われるという理由の説得力の深刻さがどれほどあったのかな、というところに関係してきます。
 高裁の無期懲役を破棄して死刑を自判されたら確かにそれで終わり(後は再審だけ)ということになりますが、破棄差戻ならもう2ラウンド(差戻審、2回目の上告審)あることになります。そして、九分九厘は破棄差戻しが予想されたわけです。
 しかし、1厘の可能性でも自判の可能性があるとなると、ドタキャンの評価が難しくなってくるわけです。

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 よい刑事弁護というものをその目的の観点で考えた場合、以下の三つがあるように思います。

 1 無罪またはできる限り軽い量刑を目指す弁護

 2 できる限り事件の真相に迫る弁護

 3 裁判が終わった後で、被告人の人生にとって少しでもよかったと言える弁護

 以上の三つは、重なる部分が多いですし、必ずしも矛盾するとは限りませんが、場合によっては深刻に矛盾することもあります。

 1が一番わかりやすいと思います。
 2はこれを究極的な目標と考える刑事弁護士は多くないと思います。
 3については、見ようによってはとても倣岸不遜な考えと見られるかも知れません。

 しかし、私は3を目指したいと思っています。
 被告人にとって判決後に残された人生が数ヶ月に過ぎないとしてもです。

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 今枝弁護士が出演してました。
 また泣いてましたが、
 内容的には、事件が確定していないのに、弁護人であった当時の心証を漏らしたりしていて、弁護士としてはかなり問題があるんじゃないか、少なくとも現弁護団としては相当不快なものだんたんじゃないかと思います。

 今枝さんは、弁護士バッジにあまりこだわりを持っていないんじゃないかとさえ思えます。

 しかし、被告人のことを心から思いやっていることは感じられました。

 守秘義務などの弁護士倫理を基準にすると今枝弁護士が批判されるべきだという意見が多そうですが

 被告人のための弁護のあり方という観点で見ますと、弁護団を批判する材料には事欠きません。

 今枝ブログから引用しますと

 僕が思うのは、「弁護団は、裁判官の心を完全に見誤った。」こと

という指摘はまさに正鵠を射ていると思います。


追記
 現弁護団とはスタンスの違う同業者としての批判はありますが、現弁護団の皆さんが献身的に弁護したという事実を否定するつもりはありません。
 「たかじんのそこまで言って委員会|大会議室」の「光市母子殺害事件差し戻し審に死刑判決」スレッドでのせっせっせさんの2008/04/27 (Sun) 00:23のコメントは、一読の価値があると思います。

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 光市母子殺害事件の死刑判決に関連して永山判決の死刑基準というものが問題にされています。

 永山判決の詳細については、判例サイトに直接あたっていただくことにして、死刑判断の基準について判示している内容は

結局、死刑制度を存置する現行法制の下では、犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状を併せ考察したとき、その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合には、死刑の選択も許されるものといわなければならない。

というものです。

 この判示は二つの部分に分けられます。

犯行の罪質、動機、態様ことに殺害の手段方法の執拗性・残虐性、結果の重大性ことに殺害された被害者の数、遺族の被害感情、社会的影響、犯人の年齢、前科、犯行後の情状等各般の情状(以下、前段)

その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合(以下、後段)

の部分です。

 私は、以上のうち、死刑判断のための基準と言えるものは、後段の部分であって、前段はその判断のための着眼点を具体的に示したものであると読みます。

 前段においては、どんな「犯行の罪質」のときに死刑に処すべきか、どんな「動機」のときに死刑に処すべきか、どの程度の「執拗性・残虐性」のときに死刑に処すべきか、「被害者の数」が何人以上のときに死刑に処すべきか、どのような「遺族の被害感情」、「社会的影響」のときに死刑に処すべきか、「犯人の年齢」が何歳以上のときに死刑に処すべきか、どのような「前科」、「犯行後の情状等各般の情状」のときに死刑に処すべきか、という点については何も述べていません。

 後段では、「その罪責が誠に重大であつて、罪刑の均衡の見地からも一般予防の見地からも極刑がやむをえないと認められる場合」とは言っていますが、やはり具体的な基準は読み取れません。

 結局、永山基準というのは、前段で指摘した諸情状に照らして、「死刑に処すべきときには死刑に処すべきである。」としか言っていないように読めます。

 要するに、永山事件とは別の事件に永山判決の基準を適用したとしても、自動的に死刑に処すべきか否かという結論は出てこないと言えます。

 以上の理解に立てば、光市母子殺害事件の死刑判決について、判例違反を理由とする上告は説得力が乏しいことになります。

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【光市母子殺害判決の要旨(1)】(産経ニュース)

弁護団の記者会見(産経ニュース)

 判決としては理由結論ともに予想通りでした。
 弁護団の会見内容に少しコメントしてみます。

 安田好弘弁護士「最高裁の判決に忠実に従った極めて不当な判決だ。証拠の評価方法は基本的に間違っている。弁護団では、自白ではなく客観的事実からその信用性を見直して吟味すべきだと主張していた」  《安田弁護士は殺害方法の鑑定結果など、時折身ぶり手ぶりを交えながら、判決の事実認定について批判を加えた》  「加害者が右手で逆手で押さえたものとしか認定できないにもかかわらず、裁判所は逆手であることを全面的に否定した。

 たぶん弁護団としては最も力を入れて主張した部分であり、私も客観証拠である死体痕跡と供述の整合性という観点で最も重視していた点ですが、これは弁護団が記者会見で示した死体痕跡の図面との整合性において、すでにこのブログや場外乱闘で意見を述べたとおり、弁護団の主張はまったく整合性がありません。判決が指摘しているとおりだと思います。
 弁護団は、最も重要な証拠において既に負けていたと思います。


 旧供述と新供述の信用性の判断の問題ですが、

 井上明彦弁護士「判決では新しい供述を信用できないとされた。その理由は、1審でも控訴審でも争っておらず、今いきなり出てくるのは信用できないということだ。しかし、この不合理な判決を下す裁判所が存在する限り、被告人は怖くて争うことができない。

 裁判所は、要するに被告人は家裁でも地裁でも差戻前控訴審でも認めていたではないか、と言っています。
 弁護団としては、「それは死刑回避のための土下座弁護だった。」と言いたそうですが、裁判所としては、「裁判所では正直に言うべきだし(密室の取調室とは違って)正直に言えるはずだ。殺意の有無が重大な問題だということはたとえ18歳になったばかりの少年でもわかる。従って、裁判所で事実を認めた旧供述は信用できる。」と言っています。
 仮に、被告人の主張が魔界転生やドラえもんという荒唐無稽な内容でなかったとしても、殺意否認の新供述と旧供述を対比した場合は、上述の客観証拠との整合性に問題がない限り、旧供述の信用性が認められたと思います。
 
 つまり、「その理由は、1審でも控訴審でも争っておらず、今いきなり出てくるのは信用できないということだ。」というのは基本的に妥当な判断であることになります。
 もし、この認定を覆そうとすれば、1、2審の弁護方針が死刑回避だけを目的にした過剰自白を用いた土下座弁護であったことを徹底的に主張する必要があった(つまり旧弁護団の弁護方針を徹底的に批判する必要があった)はずですが、判決要旨から窺われる限り、徹底した主張とまでは言えない感じです。
 もっとも、それをやったからと言って、新供述が他の客観証拠との関係で合理性を有しないとやはり信用されないでしょう。


「少し争っただけで反省の気持ちがないということになり、死刑になってしまう。そんなリスクがあるのに、争っていないことについてあそこまで断じられてしまうなんて。私は非常に憤りを感じます」

 今回の弁護方針を「少し争っただけで」というのは不正確でしょう。


 足立修一弁護士「(判決が信用性を認めた)旧供述は重大な少年事件でありながら、弁護人の面会がほとんどない中で作り上げられた。司法に絶望しかけているけれども、事実を明らかにする中でこの判決を打ち破っていきたい」

 差戻前控訴審に関する限り、判決要旨によれば296回もの接見がなされており、足立弁護士の指摘は当たらない。
 第一審までの問題のことだとすれば、それは「司法」の問題というより「一審の弁護人」の問題です。


 安田弁護士「彼の事件は厳罰化のために使われたといってもいい。最高裁は、3年半寝かした末、裁判長がやめる間際になって判決を出して、やむを得ないときだけ死刑は許されるという従来の判決をひっくり返した。(今回の判決で)凶悪な事件は原則として死刑なんだ、死刑を回避するためにはそれなりの合理性と正当性がなければならないと、立証責任を転換してしまった。『無罪推定の原則』とか『疑わしきは被告人の利益』といった哲学にまったく反している」

 今回の事件は「凶悪すぎる」事件です。
 裁判所の認定によれば、まさに鬼畜の所行です。
 検察官は、鬼畜の所行の立証に成功し、弁護団は灰色に持ち込むこともできなかなったというわけです。
 「凶悪な事件は原則として死刑なんだ、死刑を回避するためにはそれなりの合理性と正当性がなければならないと、立証責任を転換してしまった。」というのは詭弁です。
 差戻審の判決要旨に表れた証拠評価と事実認定プロセスは、典型的な裁判所の事実認定と言うことができます。


 安田弁護士「今後厳罰化はますます加速していく。実に危険な状態になってきたなと思いますし、来年からの裁判員制度でも大きな影を落とすだろう」

 裁判員制度との関係では、既に別エントリのコメント欄でも指摘されていますが、少なくとも結果的には弁護団の弁護活動によって「弁護士は弁護のためならどんな非常識なことでもやる。」という認識が広まったことがもっと重大な問題だと思います。
 もちろん、これは弁護団の記者会見を恣意的に編集したマスコミの責任と言うべきかも知れませんが、そんなことは当然のこととして予想されたのですから、そもそもなんであんな記者会見なんかしたんだ、ということが批判されることになります。
 どうせやるにしても、もっと上手にできなかったのか、あまりも無防備・拙劣という感じがします。

−−1審と控訴審で無期懲役になっていたことを考えると、被告の利益を考えてあえて新供述を出さずに、今までの供述を変えない法廷戦略もあったのでは

 安田弁護士「それは弁護士の職責としてあり得ない。真実を明らかにすることで初めて被告の本当の反省と贖罪(しょくざい)が生み出されると思う。そうすることでようやくこの事件の真相が明らかになる。なぜこの事件が起こったのか。どうすればこういった不幸なことを避けることができるのか。そしてどうすれば被害者の許しを請うことができるのか。戦術的に物事をとめるとか不当に終わらせることは決してやってはいけないことだ」

 これは明確な旧弁護人批判ということになりますね。
 弁護人としての正論ではあると思います。
 ガチンコ勝負でいくんだ、というのは刑事弁護の一つのスタンスです。 
 但し、被告人の現実的利益を考えた場合には別のスタンスもあります。
 しかし、安田弁護士のスタンスに立って本件で「どうすれば被害者の許しを請うことができるのか。」という問題は極めて深刻かつ困難な問題になります。
 私も最近、被害者が到底納得できそうもない被告人供述を前提にして被害者に示談書と嘆願書を作成してもらうというとても困難な弁護をすることになったことがありましたが、その場合は被害者の心情に対して最大級の配慮を払う必要がありました。
 はたして本件の弁護団にそのような意識があったかどうかは疑問があります。


 弁護団の記者会見を離れてこの判決に若干の感想を述べますと

むしろ、被告人が、当審公判で、虚偽の弁解を弄し、偽りとみざるを得ない反省の弁を口にしたことにより、死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情を見いだす術もなくなったというべきである。今にして思えば、上告審判決が、「弁護人らが言及する資料などを踏まえて検討しても、上記各犯罪事実は、各犯行の動機、犯意の生じた時期、態様なども含め、第1、2審判決の認定、説示するとおり揺るぎなく認めることができるのであって、指摘のような事実誤認などの違法は認められない」と説示したのは、被告人に対し、本件各犯行について虚偽の弁解を弄することなく、その罪の深刻さに真摯(しんし)に向き合い、反省を深めるとともに、真の意味での謝罪と贖罪(しょくざい)のためには何をすべきかを考えるようにということをも示唆したものと解されるところ、結局、上告審判決のいう「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」は認められなかった。(判決要旨(9)

という情状に関する判示には、私が「光市母子殺害事件最高裁判決の感想」で述べた危惧が当たってしまったな、という思いがします。

 どのような観点で問題になるかといいますと、被告人の更生の可能性、被告人の反省・悔悟の念、遺族感情等が主要な問題になります。  その観点で言いますと、被告・弁護側が、殺意を否認して傷害致死を主張したのは死刑回避戦略として果たしてどうであったのか、が問題になります。

 問題になってしまいました。

 そして、そのような裁判所の死刑判決への傾斜の最大の原因は、判決要旨では触れられていませんが、やはり被告人が知人に出した手紙だったのではないかと思えて仕方がありません。

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光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見

 放送倫理検証委員会による光市母子殺害事件報道に関する調査結果です。

 「集団的過剰同調」  「巨大なる凡庸」

 言いえて妙です。

 全体的に見て、私の言いたいこととほぼ同趣旨です。


 

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光市母子殺害、弁護団懲戒はせず 広島弁護士会(asahi.com 2008年04月02日20時04分)

 懲戒請求された今枝仁弁護士(同弁護士会)は「当然の結論。橋下氏はあまりに軽率」と話した。

 橋下氏が扇動した懲戒請求に関する限り、当然の結論と言えば当然の結論なんですが

 「橋下氏はあまりに軽率」というのはえらく控えめなコメントですね。

 バカ正直に言わないのが大人ですが(^^)

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光の母子殺害:「司法の怠慢が誤解招いた」 安田弁護士が講演 /山口

 光市事件裁判を考える講演会が8日、山口市大手町の県教育会館であり、主任弁護人の安田好弘弁護士は「司法の怠慢がマスコミや世論の誤解を招いた。この裁判は司法が生き返るかが問われている」と訴えた。
 安田弁護士は「最高裁までの判決は検察が造り上げた事実。それを裁判所も弁護人も解明する力がなかった」と強調。そのうえで「最高裁は正しいという前提があるから弁護人が非難されるのは当然。司法の職責を果たすためにも少年に生きる道を示してほしい」と話した。

 言わんとするところはかなり違うかも知れませんが、私も、この事件では1審2審の弁護人、検察官と裁判官は怠慢だった可能性があると思っています。

 詳細は以前に書いたとおりです。

 刑事裁判と被告人の納得(光市母子殺害事件から)

 もっとも安田弁護士の本件の事実に関する主張が説得力を持っているかどうかは別問題です。

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光市母子殺害事件の安田弁護士懲戒せず…第2東京弁護士会(2007年12月22日3時6分 読売新聞)

 関係者によると、第2東京弁護士会の綱紀委員会は「模擬裁判のリハーサルと重なることを欠席の理由の一つにしたのは妥当ではなかった」としながらも、「被告の権利を守るため、やむを得ず欠席したもので、引き延ばしなどの不当な目的はなかった」と議決。これを受け、同弁護士会は懲戒せずの決定を下した。

 いずれもっと詳細なソースが明らかになると思いますが、上記の範囲で言えば

 「模擬裁判のリハーサルと重なることを欠席の理由の一つにしたのは妥当ではなかった」というのは全くそのとおりで、リハーサルを欠席の理由としてあげたことがこれを聞いた多くの人に重大な誤解を生じさせ問題を複雑化させたと思います。
 今年のワーストKY発言です。

 私も現時点では「被告の権利を守るため、やむを得ず欠席したもので、引き延ばしなどの不当な目的はなかった」という点は理解することができます。
 最高裁が死刑を自判する可能性がたとえわずかでもあったとすれば(事実上はほとんどなかったと思いますが)、被告人の主張を尽くす機会を確保するためという主張は理解できますし、少なくとも差戻審の審理を見る限り安田弁護士が主導している弁護団に訴訟引き伸ばしの姿勢はまったく認められません。

 但し、「刑事裁判と被告人の納得(光市母子殺害事件から)」で既に述べていますが、被告人の主張・弁解については、最高裁にいくまでに、つまり1審や控訴審で出し尽くし審理を尽くしていなければならなかったはずです。
 まあ、結果論の部分もあり、1、2審の弁護人の弁護方針がその時点において間違った判断だったと断言はできませんが、1、2審の弁護方針に起因する問題を安田弁護士の責任として問うことは的外れなところがあると思います。

 がしかし、ドタキャンを回避することは不可能ではなかったのではないかという思いは残っています。
 そして、できればドタキャンはしてほしくなかったという思いが強いです。
 ドタキャンによって、いわゆる世間の刑事弁護に対する(誤った)印象が強くなったのは事実であると思いますので。

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元少年側、改めて殺意否定…光市母子殺害・最終弁論(2007年12月4日22時35分 読売新聞)
光市母子殺害:差し戻し審が結審 弁護側は死刑回避求める(毎日新聞 2007年12月4日 21時21分 (最終更新時間 12月4日 21時55分))
光市母子殺害事件差し戻し審結審 弁護団、死刑回避主張(asahi.com 2007年12月04日21時05分)

 かなり不謹慎な言い方ですが、ギャンブルが終わった、というのが正直な感想です。
 起死回生のタッチダウンパスは通ったのでしょうか?
 勝負の結果は、判決は来年4月22日にでます。
 読み上げに約3時間かかった長文の弁論のようですが、詳細を読んでみたい気がします。産経あたりが全文掲載するのではないかと期待しています。
 しかし、ここまで来れば後は判決を待つのみという感じです。
 現時点で弁論に意見を述べても仕方がなさそうです。

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光母子殺害:弁護士は懲戒せず 東京弁護士会が議決(毎日新聞 2007年11月27日 12時16分 (最終更新時間 11月27日 14時40分) ウェブ魚拓

 同弁護士会が所属弁護士1人について調査した結果をまとめた22日付の議決書によると、この弁護士は「広島高裁の公判で非常識な主張をし、被害者の尊厳を傷つけた」などとして懲戒請求されていた。これに対し弁護士会は「社会全体から指弾されている被告であっても、被告の弁明を受け止めて法的主張をするのは正当な弁護活動。仮に関係者の感情が傷つけられても正当性は変わらない」と退けた。

 このような理由による懲戒請求ならば、当然の議決と言えます。
 これまで、このブログで繰り返し主張してきたとおりです。
 報道どおりの議決理由だとしますと、「社会全体から指弾されている被告であっても、」という点から見て、たとえ何万何十万の請求があったとしても結論は変わらない、ということを明確にしたものと読めます。

 暗闇の虎さんが紹介されたブログのコメント欄で通りすがりさんが、私のブログの関係エントリを紹介してくださっています。
 http://www.yabelab.net/blog/2007/09/07-222211.php
 http://www.yabelab.net/blog/2007/09/08-093642.php
 http://www.yabelab.net/blog/2007/10/04-150540.php

 ところで、ネットに見る反応ですが、暗闇の虎 さんが紹介されたブログ群を流し読みした範囲では、誤解されているところが多いな、というのが正直な感想です。
 別エントリのコメント欄で意見が述べられていますが、社会の関心が高いこの時期にしかるべきところがきちんとした説明をするべきではないかと思います。
 東京弁護士会も記者会見くらい開いても罰は当たらないと思うんですが、いかがなものでしょうか。

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 緊急!!今枝弁護士より求釈明書を受領した方へ(2)

 その(1)を書いたのでその(2)を書かないと落ち着かないなと思っていたのですが、長ったらしくてどうにも論理的でないので面倒くさい思いが先にたってなかなか手がつきませんでした。

 論理的でないというのは、橋下ブログのこのエントリ(以下、「橋下エントリ」といいます)は懲戒手続と懲戒請求者の民事損害賠償責任の話をごっちゃにしているからです。
 橋下エントリが引用している平成19年4月24日の最高裁判例(こちらに引用)は民事損害賠償責任の判例であって、懲戒手続の中身とは関係ありません。
 懲戒請求者の最大の関心事も今枝弁護士らから民事訴訟を起こされないか、起こされたら負けて損害賠償をしなければならないのではないかということだと思います。
 私もその観点でこのエントリを書いています。

皆さんの懲戒請求が違法にならないことは,僕が訴えられた裁判での答弁書に詳しく記載しました。 今枝弁護士が引用する平成19年4月24日の最高裁の判例は,皆さんには妥当しませんし,そもそも判例を間違って解釈しています。
   これは橋下弁護士の見解ですが、私の見解は違います。  今回の懲戒請求者に対しても、判例の考え方は妥当すると思います。  ただし、判例の考え方が妥当するということは、直ちに懲戒請求者が民事訴訟で敗訴することを意味しません。  懲戒請求者の懲戒請求が判例が要求する基準を満たしていれば、敗訴しません。  問題は満たしているかどうかです。
簡単に言えば,皆さんの懲戒請求書に記載されている弁護士の行為が,報道等で明らかになっている範囲であれば,虚偽でも何でもありません。

 橋下弁護士は、懲戒請求者に記載された事実(ここでは弁護士の行為)が真実であれば、懲戒請求は違法にならない(つまし損害賠償責任を負わない)と言いたそうですが、そうではありません。
 判例の事案においても懲戒請求書に記載された弁護士の行為は虚偽ではありませんでした。
 対象弁護士の行った訴訟活動が正しく記載されていたのです。
 しかし、懲戒請求者に損害賠償責任が認められました。
 問題は、懲戒請求書に記載された弁護士の行為が虚偽かどうかではなくて、懲戒理由にあたる行為なのかどうかです。
 真実を書いたとしても、それが懲戒理由に当たらない行為であったとすれば問題になるのです。

あとは,それが弁護士会の信用を害するものか,弁護士の品位を失うべき行為なのかを弁護士会が評価するだけの問題ですから,皆さんの手から離れる問題です。 平成19年4月24日の最高裁の判例は,請求に法律上及び事実上の根拠がない場合に,請求者がそのことを知りながら,または普通に注意を払えば知り得たのにあえて請求をした場合に請求を違法としただけです。
   この部分は、懲戒手続と民事訴訟をごっちゃにしている典型的な部分です。  たしかに懲戒手続の観点では、弁護士会が懲戒理由にあたるかどうかを判断すれば足ります。  あれば弁護士会は懲戒処分をするでしょうし、なければしません。  懲戒請求の対象になった弁護士としては、懲戒理由なしと判断されれば懲戒手続としてはそれで終わりです(異議申立はできますが)。

 しかし、懲戒理由がない場合においては、懲戒請求者の民事責任の話は終わりません。
 そこから始まると言えます。
 そして、懲戒請求者の民事責任があるかどうかは、弁護士会が判断するのではなくて、(提訴を前提として)裁判所が判断することです。

 橋下弁護士の書き方は、意図的にそこから目を逸らさそうとしているように読めます。

請求するのに,詳しく詳しく調査・検討しろとは全く言っていません。

 この部分もごまかしです。

 たしかに判例は「詳しく詳しく調査・検討しろ」とは言っていません。
 しかし、「何も調査しなくていい」とも言っていないのです。
 橋下弁護士自身が「普通に注意を払えば知り得たのにあえて請求をした場合に請求を違法としただけです。」と言っているように、判例は「通常人としての普通の注意」を払うことを要求しています。

 問題は、何について「通常人としての普通の注意」を払って調査すべきかということです。
 
 ここで橋下弁護士は、

だいたい調査・検討しろと言っても,弁護士の活動について一般市民は調査権を与えられていません。 一般市民が弁護士の活動をチェックしようとしても,その手立てが全くないのです。

と言っており、その後の記載からも、対象弁護士の行動についての調査の要否を問題にしているようです。
 しかし、私の判例の理解によれば、これは半分だけ正しいに過ぎません。
 結論的には明らかに懲戒請求者の皆さんをミスリードしています。
 
 たしかに、懲戒請求の対象となる対象弁護士の行為が実際に存在していなければ懲戒請求は認められません。
 しかし、懲戒請求が認められない場合としては、懲戒請求の対象となる行為が認められない場合だけでなく、対象とした行為が存在するとしても、それが懲戒の理由にならなない場合も懲戒請求は認められません。
 最高裁判例が懲戒請求者の責任を認めたのは、まさしく後者の場合なのです。

 今回の場合に即して言えば、光市弁護団が荒唐無稽(と評価される)主張をしたという事実の存在を前提にして、

 1 それが懲戒理由にあたるのか。
 2 懲戒理由にあたらないことが明らかな場合に、懲戒請求者は懲戒理由の有無について通常人としての普通の注意のレベルの確認を行ったのか

ということが問題になります。

 橋下弁護士は1について確信をもってあたると言っていますが、私はその主張が被告人の供述に基づく限り、明確にあたらないと確信をもって言っています。

あとは弁護士会がどう評価するか,弁護士会の信用を害する行為,弁護士の品位を失うべき非行にあたると判断するかどうかだけの問題です。

 懲戒手続に関する限り、そのとおりでしょう。
 近い将来に結論が出ると思います。
 ただし、懲戒理由にあたらないという結論が出た場合

皆さんの請求自体が違法になるわけがありません。

とは断言できません。

 その後に民事訴訟が提起された場合において、懲戒請求者の皆さんが、懲戒理由がないのにあると思ったことについて、「通常人としての普通の注意」を払ったかどうかが問われるのです。
 「通常人としての普通の注意」を払っていたとしたら懲戒理由にあたらないことがわかったははずだ、と裁判所(弁護士会ではなく)が認定した場合は、負けますよ。
 事実の存否ではありませんよ。
 懲戒請求者の皆さんの判断の根拠が問われるのです。

追記
 上記最高裁判例の全文(pdf)

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「被害者を冒涜」 光市検察側弁論要旨(1)ウェブ魚拓
「単なる言い逃れ」 光市検察側弁論要旨(2−1)ウェブ魚拓
「単なる言い逃れ」 光市検察側弁論要旨(2−2)ウェブ魚拓
「ひもの伸張の限界超え…」 光市検察側弁論要旨(3−1)ウェブ魚拓
「ひもの伸張の限界超え…」 光市検察側弁論要旨(3−2)ウェブ魚拓
「遺体を陵辱」 光市検察側弁論要旨(4−1)ウェブ魚拓
「遺体を陵辱」 光市検察側弁論要旨(4−2)ウェブ魚拓
「鑑定にあわせて弁解」 光市検察側弁論要旨(5−1)ウェブ魚拓
「鑑定にあわせて弁解」 光市検察側弁論要旨(5−2)ウェブ魚拓
「辻褄あわせ不自然な供述」 光市検察側弁論要旨(6−1)ウェブ魚拓
「辻褄あわせ不自然な供述」 光市検察側弁論要旨(6−2)ウェブ魚拓
「重要行為であいまい供述」 光市検察側弁論要旨(7−1)ウェブ魚拓
「重要行為であいまい供述」 光市検察側弁論要旨(7−2)ウェブ魚拓
「平然とうそ」 光市検察側弁論要旨(8−1)ウェブ魚拓
「平然とうそ」 光市検察側弁論要旨(8−2)ウェブ魚拓
「母体回帰ストーリー」 光市検察側弁論要旨(9−1)ウェブ魚拓
「母体回帰ストーリー」 光市検察側弁論要旨(9−2)ウェブ魚拓
「環境は主要因でない」 光市検察側弁論要旨(10−1)ウェブ魚拓
「環境は主要因でない」 光市検察側弁論要旨(10−2)ウェブ魚拓
「遺族の希望踏みにじる」 光市検察側弁論要旨(11−1)ウェブ魚拓
「遺族の希望踏みにじる」 光市検察側弁論要旨(11−2)ウェブ魚拓

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 今枝弁護士が光市母子殺害事件の弁護人を辞任されるようです。
 重大報告 弁護人を辞任することになりました。
 最後に光市事件弁護団へエールを送り、退きます

 ときどき不協和音が漏れ聞こえておりましたが、遂に辞任されるとのこと。
 これからも重い荷物を背負われるようですが、ともかくお疲れ様でした。

 ただし、自分で最初のころに煽っておいて言うのもなんですが、最後まで書きすぎだなぁ、という印象は正直あります。
 しかしそれはそれとして、一つの実験が終わった、という思いがしております。
 書きすぎかどうかを含めて、この実験の評価については今後も議論されるべきではないかと考えます。

 ブログとしては大変面白いと思いますので、これからも弁護士ブロガーの一人としてご活躍されることをお祈りします。

追記
 辞任撤回とのことです。
 弁護人は辞任しません 早まった公表でご迷惑かけました

 いやはや、なんとも

私は弁護人は辞任しないことにしたものの、主任弁護人と弁護団長から「辞めてもらいたい。」旨はっきり言われていることから、今後どのようなスタンスで刑事裁判に臨むべきかは、まだ定まっていません。

 この事件は、いろんな場面で異例な展開ずくめです。

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 今枝弁護士のブログですが、最近は、弁護士ブログとしてかなりまとも、というか相当面白いブログになってきたなと感じていたのですが、光市事件の被告人の公判供述の速記録らしきものをアップし始めました。

 個人的にはすごく興味がありますし、被告人の完全な承諾を得ているのであれば公判廷における供述ですので問題はないかなと思うのですが、かなり異例です。見識を問う意見もありそうです。
 どういう意図なのでしょう?
 全容を完全な形でアップする予定なのでしょうか?
 もし、いいとこ取りのアップであれば、別の意味で見識が問われます。
 完全なアップであれば、必ずしも被告人の利益にも弁護団の利益にもならない恐れがあります。
 これまでの断片的な報道からの推測ですが、突っ込みどころ満載ではないかと思われるからです。
 

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 私は、橋下弁護士の光市弁護団に対する懲戒扇動については強い批判を加えてきました。
 このブログで個人に加えた批判の中では最大級の批判だと思っています。
 しかし、光市弁護団の弁護方針や記者会見のあり方について支持しているわけではありません。
 その点については、お暇のある方は「光市母子殺害事件 カテゴリー」を最初から読んでいただければわかると思います。
 弁護団に対するいわゆるバッシングが起こるのも無理もないと思っています。
 その意味で、本件は社会の耳目を集める重大凶悪事件における弁護人のマスコミ対応等について、種々の問題提起をしているように思われます。

 そこで、このブログの読者の皆様に対して、あらためて思うところをストレートに聞いてみたいという気になりました。
 このエントリのタイトルは「光市弁護団のどこが気にいらないか。」ということにしました。
 その趣旨は、必ずしも論理的な意見でなくてもいい、ということです。
 これまで各所で議論がなされていますので、できれば上記のカテゴリのエントリや「橋下弁護士が光市母子殺害事件弁護士から提訴」の議論(最近はかなり風向きが変わっているようですが)などを読んだ上での意見をお聞きしたいところですが、直感的な意見でもかまいません。

 できるだけ多くの方の、特に今までコメントをしたことのない方の個人的な意見を期待しています。
 ハンドルネームも個性的なものを期待しています(^^)

 以前に別エントリで述べた内容でもいいです。

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 エントリで触れようか触れまいか迷っていたのですが、、、
 私自身、多くの弁護士ブロガーとは異なり、かなり品位のない発言をしていることは自覚していますが
 しかし、これは酷すぎます。
 読み返すたびにその思いが強くなります。

 原告今枝弁護士へ(2)

 これほどあからさまな挑発も珍しい。
 一文ずつ釣られてあげてもいいのですが、今のところ自重しています。

 あえて紹介したのは、より多くの人に読んでほしいからです。
 私はこのような常識的な問題については、世間の良識というものをかなり信頼していますので。

 今枝弁護士のコメントは無用です。

追記
 リンクフリーです(^^)

追記(その2)
 橋下弁護士はなぜここまで今枝弁護士を挑発するのかという問題が指摘されていますが、私は

   今枝弁護士が絶対出演しないということを確認した上で最大級の挑発を加え
     ↓
   ここまでの挑発を受けたのなら、議論に勝てる自信があるなら出演するはずだ。
     ↓
   出演しない今枝弁護士は議論に勝つ自信がない。
     ↓
   今枝弁護士は逃げたのだ。
     ↓
   つまり、私(橋下弁護士)の勝ちだ。

というような印象を「世間」に与えようという意図を感じます。

 もちろん私の想像ですが、仮に想像が当たっているとすると、単なる挑発以上に品性下劣なエントリということになります。


追記(その3)
 今枝弁護士の対応

 拝啓 橋下徹殿
 拝啓 橋下徹殿 3

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 説明責任に関連して、説明の義務と説明の必要性というものが議論されているようですが、どうも説明の対象について混乱が見られます。

 刑事司法の仕組みや弁護人の役割についての説明と、具体的事件における弁護方針などの説明は峻別すべきものと考えます。

 前者については、一般市民(法律の素人)に対する説明の必要性を強く感じます。
 これまで関係機関(弁護士会、裁判所、法務省等)の説明は極めて不十分であったと思いますし、根本的には教育の欠陥であるとも思っています(既出です)。
 その意味で、裁判員制度の実施を間近に控え、説明の必要性は極めて大きいと思います。

 しかし、具体的事件における弁護方針についての弁護人の説明義務がないことは繰り返し述べています。
 その意味で、弁護人の説明の必要性も原則としてないと言えます。
 「原則として」と言ったのは例外もあるという意味であり、場合によっては説明の必要性が生じる場合もあると思います。
 例外の典型的な場合は、弁護人が記者会見などで説明を始めてしまった場合です。
 その場合は、記者会見などでいわゆる世間に対して発信を始めてしまった以上、説明が不十分また誤解が生じた場合は、説明を補足し、誤解を解く努力を求められる場合がありうると思います。
 つまり、中途半端はいけないだろう、ということです。
 刑法理論的な例えで言えば、先行行為に基づく作為義務が生じる場合です。

 しかし、その場合も弁護人としては、被告人の利益を最大限に考えなければならないのであり、いかなる場合でも被告人に不利益になる可能性がある説明は避けなければならないと考えます。

 具体例を指摘しますと、被告人の供述の変遷が生じた場合、当然その変遷の理由が裁判において重要な争点になるのですから、法廷で被告人が変遷の理由を語る以前に、弁護人がマスコミ等に対して法廷外で変遷の理由を語ることは被告人に重大な不利益を与える可能性のある行為として、弁護人としては絶対に避けるべきです。

 被告人が法廷で語る前にマスコミや被害者遺族などに変遷の理由を語るべきであるというようなことを弁護士が言ったとすれば、その弁護士は刑事弁護を全くわかっていないと言わざるを得ません。

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 最近のコメント欄の感想のコメント欄において、私がTAKU さんのコメントに応答したのは、言葉が独り歩きしている感のある「世間」、「常識」、「一般社会」というような抽象的なキーワードについて考えてみる機会を作るのもいいのではないか、と考えたからです。
 その意味では、なかなか有意義ではなかったかと考えています。

追記
 意見を述べるときに「証拠」が必要かどうかという議論がありましたが、私としましては、議論の内容によりますが、意見を述べるときに必ずしも「証拠」というものは必要ないと考えています。
 私は、ここでいうところとの「証拠」とは、刑事訴訟における証拠に近いイメージで言ってます。

 但し、議論として成立するためには、意見の「根拠」または「前提」がある程度は明確である必要があると思います。
 議論によっては「根拠」または「前提」の明確性がアバウトでもいい場合も厳密性を要求される場合もあると思いますが、厳密性を要求する場合はその根拠を示した上で厳密性に関する議論が行われればいいと思います。

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 先日紹介した「そこまで言って委員会大会議室(公式BBS)」のスレッド「橋下弁護士が光市母子殺害事件弁護士から提訴」に弁護士のすちゅわーです さんが橋下弁護士に対する公開質問状をアップされました。
 こちらにも転載させていただきます。

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