取り調べメモ、私費購入のノートも開示対象 最高裁決定(asahi.com 2008年10月1日20時14分)
警察官が自宅保管の取り調べメモ、最高裁で開示命令が確定(2008年10月1日20時31分 読売新聞)
140取調べの最近のブログ記事
千葉県警、取り調べの一部録画 可視化巡り警察初の試行(asahi.com 2008年9月3日3時5分)
今回の撮影は2日午前11時から約20分間、千葉県内の警察署で実施された。取調官が容疑者に自白調書を読み聞かせて、署名、押印させる様子を、容疑者本人から了解を得たうえでDVDに収録。取調官が「最後に言いたいことはあるか」と尋ね、容疑者が反省の言葉を述べる場面も映っているという。
お茶を濁したと言われるだけのような気が、、、
一方、警察庁幹部は「今回担当した取調官は『撮影時の容疑者は、普段の取り調べより硬くなっていたように感じた』と話しており、全過程を可視化すると取り調べへの影響は避けられない」と話す。
結局、これが言いたかっただけじゃないのか、という声も聞こえてきそうですが。
警察庁は来年4月以降、残りの全道府県での試行を目指し、録画機材の購入費など3億6700万円を09年度の概算要求に盛り込んでいる。
すでに水は流れ始めており、水量は刻一刻と増加していると思われますので、中途半端な対応に終始していると、下手な抵抗は濁流に押し流されてしまうのではないかと思います。
ただし、何事もプラス面ばかりではないですから、マイナス面に対する想像力を最大限に発揮して将来の制度設計を考えないといけないと思いいます。
刑事8割が「捜査協力得にくい」 平成20年版警察白書(産経ニュース)
平成19年版以前はこちら(警察庁・警察白書)
大分教員汚職:富松審議監「責任ない」に身内から反発の声(毎日新聞 2008年8月1日 2時30分(最終更新 8月1日 2時30分))
金券授受の趣旨について、富松審議監は任意聴取に対し「あいさつとして受け取った」と話し、矢野被告も「よろしくお願いしますという趣旨だった」と関係者に話しているという。
「話しているという」ということで、本当に話しているのかどうか分からないんですけど、本当に話しているとすれば、という仮定でものを言えば、
常識として「あいさつとして」20万円分の金券を受け取るということはないわけで、「よろしくお願いします」というのも何をお願いしたのかは言わずもがなだと思われますので、裁判員予備軍としての一般市民感覚では、こんなん当然起訴で有罪やんか、ではないかと思うのですが、収賄罪には「職務関連性」などという要件がありますので、その点に関する証拠がないと、なかなか逮捕・勾留までも踏み切れないところがあります。
現金とか金券には、職務との関連性は何も書いてありませんので、「職務関連性」に関する最も重要な証拠は被疑者の自供になります。
「あいさつとして20万円分の金券を受け取った」という供述は極めて非常識な供述ではありますが、文言解釈、つまり字面では自供とは言えません。
となると、警察としては「厳しく追及」するわけです。
マスコミがよく言いますよね、「警察は今後容疑者を厳しく追及する方針です。」なんてね。
こういうときのマスコミというのは、「厳しい追及」を期待または要求している雰囲気むんむんなんですけど、弁護人としては、厳しい追及の結果自供した場合なんかは、「無理矢理自供させられたもので、自供に任意性はない。」と主張するわけです。
そして、自供以外に確たる証拠がなかったりしますと、裁判で無罪になったりします。
そうすると、マスコミは「捜査のあり方に問題はなかったか。」などとしたり顔で警察批判をするわけです。
でも、こういう事件は、裁判員裁判では有罪になる可能性が高くなるんじゃなかろうかと思うのですが、どうでしょうか?
刑事事件としての捜査はともかくとしても、もし上記審議監の発言が確認されたとしたら、教育委員会はいつまでこの非常識な男を要職に置いておくのだろうと思いましたが、別のニュースによれば、処分するようですね。どの程度の処分かはまだはっきりしませんが。
富松教育審議監を処分へ(四国新聞社)
関係者全員が膿を全部出し切って再出発すべきだと誰しも思っているのでしょうが、たぶんそれを徹底すると、誰もいなくなるんでしょうね。教育界だけじゃなくて、いろんなところから。
“ミナミの帝王”が女性検事に叱られて… (産経ニュース)
いろいろ深読み淺読みができるニュースですが
この被告人、捜査段階(起訴前)に弁護士がついてなかったんでしょうか?
弁護士を雇えないほど金がなかったとは思えないんですが、、、
淺読みとしましては、検事が女性かどうかは関係ないと思います。
取り調べ「全面可視化法案」が参院委可決、衆院へ(ヤフーニュース 6月3日19時56分配信 読売新聞)
警察や検察による容疑者の取り調べについて、全面的な録音・録画(可視化)を義務づける民主党提出の刑事訴訟法改正案が3日、参院法務委員会で民主、共産、社民の賛成多数で可決された。4日の本会議での採決を経て衆院に送られることになった。日本弁護士連合会は「画期的な意義がある」と歓迎しているが、与党が多数を占める衆院で成立する可能性は低く、否決か継続審議になる見通しだ。
こんな法案が提出されてたんですね。
知りませんでした。
こんどの衆院選で与党が負けると成立しちゃうんでしょうか?
「福岡若手弁護士のblog」では
可視化によるデメリットが 国民には皆無のケースでは ないかと思いますので
と述べられていますが、皆無と言って良いかどうか疑問です。
全面録画自体はいいとして、その情報をどこまで開示するかなど制度や手続のつめが必要だと思います。
法案ではどうなっているのか知りませんが。
取り調べ「可視化」、警視庁や大阪府警などで試行へ(asahi.com 2008年04月03日11時34分)
捜査責任者が、当初否認するなど裁判で任意性が争われる可能性があると判断した事件を選び、当初は警察庁も指導する。具体的には、容疑者に自白調書を読み聞かせて署名・押印させたり、調書に沿った質問をして答えさせたりする状況をDVDに録画。時間は数十分程度を見込む。
ついに抵抗し切れなくなったみたいですが、任意性がないことの証拠になる可能性が高いんじゃないかな、という危惧を感じます。
今は改善されているかもしれませんが、警察官(特に上層部)には公判立証というものを理解していない人がけっこういるからです。
何回か痛い目を見れば理解できると思いますが。
取り調べ規則、来春施行 警察内に監視担当者(asahi.com 2008年03月27日17時45分)
警察本部や署の総務部門に設ける監視・監督部署の担当官(取り調べ監督官)は透視鏡で外から取調室内を見たり、報告書を読んだりして点検。本部の担当(巡察官)も定期や抜き打ちで署を回る。違反があれば、事件捜査を指揮する幹部に取り調べ中止や是正措置を求めることができる。
必死の抵抗という感じがしますが
これだけやってなお冤罪が出たらそれこそ全部録画に抵抗できなくなるでしょうね。
きっと出ると思います。
犠牲者が何人か出なければ変わらないと思います、この国は。
自白調書も厳選、提出しない選択も 最高検が方針転換(asahi.com 2008年03月26日15時00分 ウェブ魚拓)
最高検の方針転換は、まったく不十分と見るべきか、方向性を誤っているのいずれかだと思います。
自白に依存しないというならば、立証のあり方全体の再検討が必要であり、検察庁だけの問題ではありません。
というよりも裁判所や裁判員の事実認定のあり方の問題です。
さらには刑法の根本的な大改正も必要になります。
自白は重要だという考えを維持するならば、取調べの適正化、具体的には可視化等によって任意性と信用性を確保する方向を目指すべきものと思います。
関連ブログ
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20080327#1206574566(落合ブログ)
最高検はともかく、高検は、役に立たない、どこにも持って行き場のない検事が集まった廃棄物中間処理場のようなところで、
全ての高検検事がそうではありませんが、同様の印象を抱いたことはあります。
最高検、取調べ全過程の録音・録画は拒否 日弁連反発(asahi.com 2008年03月22日03時14分 ウェブ魚拓)
検証によると170件の録画で撮影を担当した検事のアンケートで、全過程を撮影すべきだという意見はゼロ。「容疑者の供述の矛盾を厳しく問えず、十分な追及ができなくなる」「雑談や笑いもある取り調べを公開し、被害者や遺族が目の当たりにしたら、捜査機関に極度の不信感、嫌悪感を抱くかもしれない」などの意見が多かった。
元検としましては、こういう意見が出るだろうなと理解できる意見ですが、
「容疑者の供述の矛盾を厳しく問えず、十分な追及ができなくなる」というのはあまり説得力がないと思います。
このような意見を述べた検事が何を考えているのか明確ではありませんが、厳しく問うシーンが裁判員から見ると任意性を疑われる恐れを心配したのでしょうか?
しかし、供述の矛盾は誰が見ても矛盾なのですから、そこを厳しく問うのは当然でしょう。
本音は別のところにありそうです。
取調べ技術の未熟さが露呈するのを恐れているように思われます。
「雑談や笑いもある取り調べを公開し、被害者や遺族が目の当たりにしたら、捜査機関に極度の不信感、嫌悪感を抱くかもしれない」のほうははるかに本音に近いですね。
「雑談や笑いもある取り調べ」というのは日常的にあります。
調書にならない本音もポロポロでます。
紹介された意見では、捜査機関に対する不信感などが生じることを恐れていますが、場合によっては被疑者がポロリと漏らした本音が思いっきり被疑者に不利に働く場合もあります。
可視化に関する議論は、録画されたもの全てが少なくとも裁判関係者(被告人、弁護人、裁判官、裁判員)に公開されることが前提になっており、場合によっては傍聴人にも公開されることが想定されているようです。
しかし、以前も述べましたが、全面録画をするのであれば、公開対象場面と公開対象関係者を限定することが検討されるべきではないかと思います。
録画は、被告人にとっても有利なことばかりではないのですから。
場合によっては、被告人以外の関係者に重大な不利益を及ぼす場合も考えられます。
強制わいせつ罪の男性に無罪判決 横浜地裁横須賀支部(asahi.com 2008年03月18日21時03分)
検察は控訴するかも知れませんので、訴訟上の事実としてもまだ確定はしていませんが、それにしても
男性は05年5月に逮捕され、06年11月に保釈が認められるまで約1年半の間、勾留(こうりゅう)されていた。
裁判官は(本件の裁判官に限らずすべての裁判官への問いかけです)、この事実をどう考えるんでしょう。
60歳の古書店主にいったいどの程度の罪証隠滅の恐れがあったというのでしょう。
もしこのまま被告人の無罪が確定したら、この勾留期間はどれだけ不条理なものになるのか。
人質司法は無罪推定の原則を蹂躙するものであるという感を深くします。
結果論で言っているのではありません。
被疑者・被告人を勾留するということは、すでに文字通りの意味における「無罪の推定」を超える「犯罪の嫌疑」の存在を前提にしていますが(その意味で無罪推定の原則は被告人を無罪として扱うべしというわけではありませんが)、それでも被告人は無罪になり得るということは当然織り込んで制度を運用すべきだということです。
この被告人の背後に暴力団組織があって、保釈すると暴力団組員が被害者に対して威圧的な働きかけをする恐れがあったというのであれば、正当化の余地が少しはあるかも知れませんが。
ここまで書いて公判の推移を確認しますと、06年11月に保釈が認められてますね。
おそらくこの時点で何らかの状況の変化があったと思われますが、その後1年以上審理が続いていたということからすると、その時点で証拠調べが終わったというわけでもなさそうです。
いろいろな可能性が推測可能ですが、あまりに情報不足なのでやめておきます。
最近、被害者の証言の信用性に疑問を投げかける判決が目に付きますが、その大元には、検察官が被害者の供述を十分な検討もしないで鵜呑みにして信じる傾向があるのではないかと危惧しています。
被疑者と被害者の話が食い違ったら、被害者の話を信用すると公言する検事を知っています。
判決が指摘しているように、信用性の低い被害者供述もあれば、被害者も被疑者もどっちも信用できない場合もあります。
じっくり聞けばどっちも正直者だったということもあります。
はなから被疑者・被告人を疑って被害者の供述にそう自白を求めるという考え方の危険性と弊害を考えていない警察官や法曹が増えていないでしょうか。
いずれにしても、この被告人が経営していた古書店はどうなったのでしょう?
裁判員制度にらみ方針転換 警察庁(産経ニュース)
ついに警察も抵抗できなくなったようです。
今後も紆余曲折はあると思いますが、可視化の流れは始まりましたので、録画の範囲や録画データの取り扱いなどの実務的な側面を詰めていくことになるだろうと思います。
取調べの録画にはマイナス面もありますので、弊害を抑制しつつ最大限の可視化を追及していく必要があると思っています。
関連エントリ 「取調べの可視化の問題点」
裁判員制度:重大事件は取り調べを録音、録画 対象拡大へ(毎日新聞 2008年3月14日 15時00分)
来春始まる裁判員制度に向け、法務・検察当局は、一部の事件で限定的に試行してきた取り調べの録音・録画の対象となる事件を大幅に拡大する方針を固めた。殺人など裁判員制度の対象となる重大事件について、原則的に行う方向で検討する。
対象事件の範囲の拡大であって、全過程の録画には直結しないようですが、少しずつでも拡大していくのはよいことだと思います。
誤認逮捕の男性勝訴 捜査の違法性認める 宇都宮地裁(asahi.com 2008年02月28日13時43分)
具体的な証拠関係が分からないので突っ込んだコメントはできませんが
真犯人が判明し無罪が確定した
とあることから、真っ白無罪の事案と認められることに加え
裏付け捜査を怠り、物証を軽視、無視した
という指摘を受けていることからだけでも、かなり問題のある捜査だったことが窺われます。
これに対し、国・県側は「知能程度は低いが是非善悪の判断はできた。記憶力や読み書きの能力が著しく低いからといって直ちに責任能力がないとは言えない」と反論。
これは何の反論にもなっていないと思います。
責任能力の有無が本質的な問題ではないんじゃないですか。
責任能力の有無が問題にならない程度の知的障害であっても、任意性や信用性に対するは特段の配慮は当然必要です。
この手のニュースに接するといつも思うのですが、
検事は何をしていたのかな?
昨日の「今回は検察の味方です。」では、町村先生のコメントに反発して検察擁護のエントリを書きましたが、追記で述べていますように、検察には何の問題もないんだ、信頼感は揺るぎないぞ、などと能天気なことを言うつもりは毛頭ありません。
ただし、志布志事件のような事件が起こったからと言って「検察は」というような一括りの言い方はするべきではない、と考えています。
もちろん完璧な組織などありませんから、検察にも問題は多々あります。
一番大事なことは、組織の基本的な価値観、行動原理であり、またその価値観や行動原理が組織の構成員にきちんと浸透しているかどうかだと思います。
ところで、日本の刑事訴訟法は基本的に検事をかなり信頼した構造になっており、裁判官も検事を信用していました。
典型的には検察官面前調書(検察官が作成した供述調書、検面調書と言います)の取り扱いに表れます。
伝聞例外とか証拠能力とかの専門用語は横に置いておきますが、要するに、ある人の検面調書の内容と法廷における証言の内容が食い違った場合、検面調書のほうが信用されることがとても多かったのです。
つまり、検事の取り調べに対する信頼感がというものが強くあったわけです。
しかし、(私の感覚では)もう十数年以上前から、裁判所の検事調べに対する信頼感が崩れ始めてきたように思います。
今回の志布志事件などはその傾向に強く拍車をかけた事件になったのではないかと想像しています。
つまり、検事だって取調室で何をやってるかわからない、という疑念が裁判所に生じてきていることが想像されるわけです。
検事の取り調べとその結果としての検面調書の信頼性が揺らぐということは検察にとってこれ以上はない深刻な問題です。
最高検もそのような認識というか危機感のもとに、一部とはいえ取調べの録画に踏み切ったものと考えています。
つまり、最高検としては、現場の検事や上司に対して、「まともな取り調べをしろ、そしてまともな取り調べを録画してまともな取り調べをしていることを立証しろ。」と言ったものと理解しています。
しかし、この一部録画という点が強く批判されているようです。
単に不十分であるというだけでなく、有害であるという批判があります。
可視化という観点では、不十分なことは当然です。しかし、可視化に関しては弊害もあることから(「取調べの可視化の問題点」)、全面録画が理想であるとは言い切れないところがあります。
これは、主として供述者にとって不利益な部分を公開しない、という配慮からです。
しかし、一部録画に対する批判は、そういう観点ではなく、取調官にとって不利益または都合の悪い部分を隠蔽する可能性を指摘しています。
つまり、取り調べの過程において、被疑者に対して騙したり脅したりして虚偽自白をさせてから、おもむろにビデオを回して、自発的に真実を自供したような演出を施して一部録画する可能性を指摘しているわけです。
しかし、このようなことははっきり言って証拠の捏造です。
私が推測しているように、最高検が検事調べの信頼を回復するために可視化に踏み切ったのであれば、このような捏造は絶対に行ってはいけません。
もし、一部録画における作為、演出、やらせ(つまりいくつかのテレビ番組でやっているようなこと)をやったりすれば、検事の取り調べに対する信頼はそれこそ回復不能なまでに完全に地に落ちることになります。
取り調べのエッセンスのような適切なダイジェスト版になるか、木だけ見せて森を隠すような姑息な捏造ビデオになるかは、検察の基本的な姿勢によると思います。
要するに、検事全体がもう一度検察とは何か、ということを問い直さないと、町村先生や落合弁護士の危惧が検察全体の問題として現実化していく恐れを私も感じています。
検察庁は公益の代表者の地位を捨てるのか?(Matimulog)
取り調べ過程の可視化も、実体的真実に適った裁判を実現するためにやっているのであって、都合のいい場面だけを録画することで有罪立証に役立つから賛成というのでは、その目的にはそぐわない。 真実はどうでもよくてとにかく有罪立証さえできれば、冤罪の可能性があっても知ったことではないと言うことになるではないか。
これはかなり揚げ足取りなご意見ですね。
たしかに取り調べ状況の一部録画というのは不十分かも知れませんが、何もないよりはましです。
そもそも「都合のいい場面だけを録画することで有罪立証に役立つ」という視点で見るならば、供述調書というのはその最たるものです。
被疑者の供述の中で分量的にはそのうちのごく一部の検察官にとって都合のいい部分だけを抜き出して文章化し、しかもその正確性や再現性が何ら保証されていないものです。
検察官の姿勢を批判するのであれば、可視化以前の段階において材料に事欠きません。
しかし、仮に一部であったとしても取り調べを可視化するということは、供述調書とは比べものにならない情報を弁護人や裁判官に提供します。
問題は、その情報を弁護人や裁判官がどう判断するかだと思います。
現に、検察官が提出したDVDによって自白の任意性を否定した裁判例もあります。(「検察の取り調べ録画によって自白の任意性を否定」)
町村先生は、一部録画だったらしないほうがましだ、とお考えなのでしょう。
どうも、
真実はどうでもよくてとにかく有罪立証さえできれば、冤罪の可能性があっても知ったことではないと言うことになるではないか。
この記述からしますと、検察官の意識を問題にされているようですが、これは検察官としての根本的な姿勢にかかわる問題であって、取り調べ状況を録画するとかしないとかという次元の問題ではありません。
検察官が起訴し、有罪判決を求めて立証するということの前提として、全ての証拠を評価した上で、被疑者が犯罪を犯したことは間違いない、という相当厳格な心証形成があるのです。
そして、有罪の心証が確信を伴って形成できない場合は不起訴ですし、確信があって始めて起訴しています。
町村先生のエントリによれば、検事が確信なくして起訴し、しゃにむに有罪判決を得るために取り調べ状況の録画を利用しようとしているとお考えのようですが、その根拠はあるのでしょうか?
法務大臣によれば、鹿児島選挙違反事件のような事例でも冤罪とは呼ばないのが検察クオリティらしいし、
という点については別エントリで述べました。
なお、このエントリで述べた検察の姿勢は、私が知る範囲での基本的な考え方であり、もちろん例外の存在を認めないわけではありません。
例えば、町村先生もあげている志布志事件などは、不当捜査だと思いますが、最高検や多くの検事が
あの事件でもさんざん責め立てた場面は闇に葬って最後に自白した場面だけを録画しておけば、有罪になったかもと、ほぞをかんでいるのかもしれない。
と町村先生が本気で考えているとしたら、それは違うと申し上げます。
追記
落合弁護士がMatimulogの同じエントリについてコメントされています。
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20080217#1203177756
モトケンさんの感覚は古いよ。
今はそんなこと言ってられる状況じゃないよ。
と言われているようなコメントです(^^;
いや、笑い事じゃないんですが。
たしかに、若い検事の中に
今や、日本の検察庁は、刑事事件を一種のゲーム視し、起訴できれば、有罪になれば「勝ち」であり、勝つためにはあらゆる手段を講じ、負けにつながることはしない、という、国民にとっては何とも厄介な存在になりつつある、あるいは、既になってしまっているのではないか、という強い懸念を持たざるを得ません。
という懸念が妥当するような検事がいると、私も認識しています。
しかし、最近、某部制庁の刑事部長と話をする機会があったのですが、その刑事部長は私と危機感を共有しておりました。
つまり、検察の本流はまだまだ捨てたものではないと思っています。
しかし、危機的状況が悪化しつつあるということも間違いなさそうです。
だんだん、私のエントリが腰砕けになっていくようで私自身が残念なところがあります。
追記
続編はこちら 「今回は検察に苦言と警告」
取り調べの録音・録画「裁判員裁判に有効」…最高検が中間報告(2008年2月15日11時32分 読売新聞)
これまでに実施した170件の事例を、担当検察官へのアンケートなどを通じて検証したもので、担当検察官の96%が肯定的に評価。最高検は「迅速で分かりやすい立証を可能にする」と指摘しており、反対論も根強かった録音・録画が裁判員裁判に本格導入される方向性が強まった。最高検は年度内に録音・録画の具体的指針を定め、試行を全国60の地検・支部に拡大する方針だ。
最高検に対する迎合的意見もあると思いますが、それを割り引いたとしても積極意見はかなりの高率と考えられます。
最高検が音頭をとって可視化を進めていると評価していいと思います。
これまで何度か紹介していますが、有力な弁護士ブロガーの一人の落合弁護士は私と同じヤメ検ですので、特に刑事事件については感覚に似たようなところがあります。
今回取り上げるのは、「夫バラバラ殺人、検察側が自白調書撤回 東京地裁 歌織被告は任意性否定 」です。
落合弁護士は中日新聞の記事を以下のように引用されています。
検察側は「犯罪事実は被告人質問で十分立証できた」として、証拠請求していた捜査段階の被告の自白調書などを撤回した。検察側が被告の供述調書の請求を取り下げるのは極めて異例。裁判員制度を意識し、裁判の迅速化を図る目的とみられ、今後、同様のケースが続くとみられる。 一方、歌織被告は被告人質問で「警察官や検察官の取り調べで、怒鳴られたり脅されたりして、不本意な調書を作られた」と述べ、供述が任意ではなかったと主張。取り調べの際に検察官から「風俗で働いていた。犬畜生と同じだ。おまえの事件なんて、どうせ男とカネなんだろ」などとののしられたと述べた。検察官の作成した調書の内容を否定し続けると、以前中絶した時の胎児のエコー写真を机の上に並べられて「法廷でこの写真を出していいのかと脅された」と訴えた。
検事の取調べ状況に関する被告人の供述に関するさらに詳細な報道として産経ニュースがあります。
歌織被告「検事は『風俗なんかで働いていた汚い奴め、お前は犬畜生と一緒で生きている価値がない。お前の刑を決めるのはおれだ。おれの前で頭を下げてみろ』と、そういうことを言われ続けた。それに対し、私が『違う』とずっと言い続けていると、終いには私が以前に堕ろした子供のエコー写真を並べて、『法廷でこの写真を出されてもいいのか。法廷でマスコミの前に出してやるからな』と言われた」
産経ニュースを流し読みした限りにおいて、検察官はこの被告人の供述に対して何の反対質問もしないで被告人質問を終わらせています。
そうなりますと
自白調書の任意性を争われ、その理由を具体的に述べられた後に、検察官が請求を撤回すれば、やはり任意性に問題がある自白調書だったから、という印象を裁判所に与える可能性が高いように思います。(落合ブログ)
となるのは自然な流れだろうと思います。
私も、被告人が言うような取調べを検事がした可能性が高いな、と思います。
落合弁護士は「裁判所に」と書いていますが、裁判員裁判が始まれば当然「裁判所」の中には裁判員が含まれてきます。
産経のような法廷のやりとりを詳細に報じるメディアによって、国民の多くにも同様の印象を与える可能性が生じてくるでしょう。
そしてその中から別の事件の裁判の裁判員が選任されてくることになります。
検察はその点をどう考えているのでしょうか。
全取調室に透視鏡 警察庁、冤罪防止へ「適正化指針」(asahi.com 2008年01月24日11時17分 ウェブ魚拓)
今朝のテレビでも取り上げられていました。
このニュースを読んだ人のほとんどは、「だったら取調べを全部録画録音すればいいじゃん。」と思ったはずです。
私もそう思います。
取調べを可視化すればいいのです。
しかし、私自身が検事として取調べを行ってきた経験に照らして懸念材料が三つあります。
一つは、被疑者(参考人を含む)の供述内容の秘密の保護です。
ここで「供述内容」というのは、供述調書に記載された内容だけでなく、被疑者が口にした言葉全てを含みます。
組織犯罪の捜査などでは被疑者が組織の重大な秘密を漏らしたことが明らかになればその被疑者の命が狙われるということが現実に起こります。
しゃべっちまったら終わりじゃないかという意見があるかも知れませんが、組織防衛の観点から将来的な秘密保持のために、しゃべった裏切り者を殺すことによって見せしめにするということが考えられます。
これはドラマの中だけの話じゃありません。
組織の黒幕を起訴するときには被疑者に腹をくくってもらって供述を得て、その組織を壊滅させることによって被疑者自身の命も守るという場面がありますが、少なくとも情報収集段階にとどまる供述が外部に漏れるということは防がないといけないと考えます。
組織犯罪でなくても、関係者に知られないほうが被疑者の更生や紛争解決のためにはいい話(したがって供述調書には記載を控える話)はいくらでもあります。
二つ目の懸念は、録画された取調べ状況が適切に評価されないおそれがあるということです。
取調べの可視化の最大の目的は供述の任意性の評価とそれによる確保だと思いますが、どのような取調べが任意性にどのような影響を及ぼすのかという具体的な問題場面においては、検察官と弁護人との間でも相当の感覚的乖離がある場合がありますし、まして素人の裁判員の評価に基づいた場合、軒並み任意性を否定されそうな気がします。
取調べというのは、言いたくないことを言わせる作業であることは間違いないのです。
場合によっては、しゃべれば死刑になるかも知れない(または間違いなく死刑になる)事実の説明を求めることもあるのです。
誤解を恐れずに言えば、そこには、何らかの圧力、かけひき等があるのは当たり前です。
そのような特殊な状況における供述の任意性を判断するというのは、それなりに専門的な知識と経験が必要だと思われ、録画したから任意性の有無が一目瞭然というわけにはいかないだろうと考えています。
最後のそして最大の心配は、一番目とも関連しますが、録画された情報が本来の目的とは別の目的に使用されることです。
録画データがマスコミに流れた場合のことを想定すればご理解いただけるかと思います。
録画されたデータを編集すれば、取調べを受けた被疑者はもちろん、取り調べた捜査官に対する人格攻撃も可能です。
マスコミがちょっとバイアスをかければ、被疑者の将来の人生を破壊したり、取り調べに問題がない検事の検事生命を奪うことも簡単なことになります。
以上のような問題がありますので警察庁も検察庁もそうそう簡単には取り調べの全面録画に応じないのだと考えています。
となると、弁護士会側において、録画データの取り扱いに関するガイドラインを提案するのが取調べの可視化を推進するための現実的方策だと思うのですがいかがでしょう。
追記
このエントリについて、私が取調べの可視化に反対する意見を述べている、と読む人がいるようですがそうではありません。
私も取調べの可視化は必要であると考えています。
ただし、私がいつも指摘しているようにあらゆる制度や手続には効用・利益と同時に弊害またはその危険性が存在します。
私は、このエントリで可視化の弊害を指摘したのです。
つまり、可視化を実施するに当たっては、弊害を最小限度に抑える方策が必要だということです。
私が指摘した弊害はいずれも人の命や人生にかかわりかねない重大なものです。
トラックバックをいただいた「さぬきうどん1号のページ」には
しかし,現状の密室における取調べは若干のマイナス面に目をつむってでも全面的に可視化しなければならないほど腐敗しているといわざるを得ません。
とお書きですが、このエントリで指摘した弊害は「若干のマイナス面」というには深刻すぎる問題だと考えています。
「ガイドライン」について補足しますが、端的かつ具体的に言いますと、録画データを見ることができる者を弁護士、検察官、裁判官に限定することが考えられます。
そして、厳しい守秘義務を課します。
「厳しい守秘義務」という意味は、この守秘義務に違反すれば一発で懲戒免職(裁判官及び検察官)または除名及び再登録不可(弁護士)となる程度のペナルティを科すということです。
弁護士会からこのような提案をすれば、警察・検察としても抵抗しにくいのではないかと思うわけです。
裁判員についてどうするかが悩ましいところです。
重い罰則を科すことが考えられますが、立証の困難性を考えますと、実効性に疑問が残るからです。
取り調べ時の警官備忘録「裁判証拠」 最高裁も開示命令(asahi.com 2007年12月27日06時50分)
検察側は、開示の対象になるのは検察官が実際に保管している「手持ち証拠」に限られ、メモや備忘録は対象にならないと主張してきた。地裁は検察側の主張に沿って請求を棄却。しかし、即時抗告審で東京高裁が開示命令を出したため、検察側が特別抗告していた。
手近の模範六法を見ると、平成18年8月25日の広島高裁の決定では、「検察官の保管する証拠に限られる」と言ってます。
捜査関係の書類のほとんどは、警察官が作成してそれを検察官に送致するという手続をとりますが、広島高裁みたいなことを言えば、警察・検察にとって不都合な書類は警察から検察への送致手続を取らなければいいのですから、ざる法みたいなもんだと思っていました。
ところが最高裁は
決定で第三小法廷は、05年11月に始まった公判前整理手続き(期日間整理手続きを含む)での証拠開示制度が、争点整理と証拠調べを有効で効率的に行うために導入されたことを重視。開示の対象となるのは検察官がいま保管している証拠だけでなく、「捜査の過程で作成・入手した書面で公務員が職務上保管し、検察官が容易に入手できるものを含む」とする初めての判断を示した。
と言ったわけで、ざる法的解釈は許さないという、妥当な解釈が示されたと思います。
まあ、こんなメモ書きみたいなものを問題にするより、取調べの全面録画をしたらいいじゃないか、という意見が出てくるのは当然で、私もそのほうがいいと思いますが、仮に取り調べを全面的に録画したとしても、供述の任意性についても信用性についても、録画を見れば一目瞭然とはいかないだろうな、と思っています。
関連報道
共犯者自白のDVD、主犯公判で「有用」…東京地裁裁判長(2007年12月27日0時6分 読売新聞)
これは部分録画ですが、どんな状況が録画されているのか見てみたいです。
大阪地検ではどじなことやってますが(検察の取り調べ録画によって自白の任意性を否定)、東京地裁ではうまくいったようです。
東京地裁のほうが大阪地裁より検察寄りだといううわさが無きにしも非ずですが、そういう一般的憶測より、録画されている供述状況が問題だと思いますので、検察上層部としても、両者のDVDを比較検討していることと思います。
取り調べ適正化にマイクやのぞき窓、警察庁が設置検討(2007年12月1日1時5分 読売新聞)
吉村長官は、裁判員制度の導入で供述や自白の任意性が焦点になることに触れ、今後は、既に一部の取り調べで録音・録画を試行している検察庁や、外部の有識者から意見を聞く方針という。ただ、「全過程で実施すると、取り調べ機能が阻害される」として、従来の考えと同様、完全導入には否定的な考えを示した。
警察もだんだん抵抗しきれなくなっているようですが、格好をつけるだけの録画では逆効果になるというのはすでに検察庁の録画で証明済みです。
検察の取り調べ録画によって自白の任意性を否定
録画から「任意性に疑い」と調書却下、大阪の殺人未遂公判(2007年11月15日3時8分 読売新聞)
取り調べDVDで検察調書を却下 「自白の任意性に疑い」と大阪地裁(産経ニュース ウェブ魚拓)
裁判所の判断理由にはやや揚げ足取り的なところも見られますが、大阪地検はいったい何を考えていたのかな、と感じられる報道です。
録画された取り調べ状況や自白調書の具体的内容がわかりませんので感想にとどまりますが、
検事の取り調べ技術が下手くそだったのではないか。
何のために録画するのか、という問題意識のピントがずれていたのではないか。
検察官は本件の立証の柱をどう考えていたのか。
などの疑問が頭に浮かびます。
本件は計画的犯行ではなく、激情的な偶発的な事件であるように思われますが、仮にそうだとしますと、殺意の有無の認定においては、被告人が「『殺すつもりがあった。』と供述したかどうか。」は決定的ではないと思います。
凶器の形状(果物ナイフの刃渡り等)、傷害の部位(胸や首などか手足などか)、傷の深さ(どの程度の力を込めたのかが推定できる)などの客観状況が重要です。
逆に言えば、被告人の自白調書の証拠請求が却下されたからといって、直ちに殺意が認められなくなるというわけではありません。
客観状況の立証がしっかりしていれば、殺意を認定することは可能です。
しかし、客観状況(刺したときの状況)の認定のかなりの部分は被告人の供述に依存するはずですから、殺意に関する供述の任意性に疑問が生じると、その他の部分の供述の任意性にも影響を及ぼします。
検察の立証方針の当否が問われる事件だと思われます。
警察庁、「取り調べ適正化」部門新設へ…相次ぐ無罪受け(2007年11月1日13時26分 読売新聞)
今回、同委員会が求めた内容は、<1>取り調べに対する監督の強化<2>取り調べ時間の管理の厳格化<3>適正な取り調べを担保するための措置<4>捜査に携わる者の意識向上――の4項目。
具体的な中身が気になるところですが
同庁では今後、捜査外の立場から取り調べ状況を監視・監督する部門を新設し、必要に応じて容疑者から取り調べ状況を聞き取ることなども検討する。
ちょっと面白いアイデアですけど、「必要に応じ」というのはどんな場合を想定しているのでしょう。
「聞き取り」に弁護士を立ち会わせるということであれば少しは評価してもいいかなと思っているのですが。
同庁は「決定を重く受けとめているが、可視化をしなくても適正な取り調べが行われることを指針で示したい」としている。
指針で示すだけではダメだと思いますよ。 >警察庁さん
警察庁、法曹3者会合に参加 「取り調べ可視化」協議へ(asahi.com 2007年10月04日19時11分)
ただ、吉村博人長官は4日の定例会見で、「基本的な考え方は変えていないが、全く変えないということで協議に参加しているわけではない」との考えを示した。
踏み字事件の影響があるのではないでしょうか。
あれだけの違法捜査をやったんでは、どんな反対理由も吹っ飛ぶでしょう。
「裏取りしないから」と、自白迫る 鹿児島・無罪事件(asahi.com 2007年06月15日09時26分 ウェブ魚拓)
被告全員の無罪が確定した03年の鹿児島県議選をめぐる「公職選挙法違反事件」の捜査で、県警の捜査員が元被告らに対し、「裏取りはしないから」と約束するなどして虚偽の自白をさせていたことが14日、明らかになった。朝日新聞が入手した供述調書のもとになる「取調小票(こひょう)」から浮上した。それによると、捜査の早い段階から、複数の捜査員が虚偽の自白をもとに捜査を進めていることを認識していたことになる。
これは故意です。
一方、県警は「コメントしない」としている。
もうそれでは通用しないでしょう。
警察庁長官の引責も視野に入ると思います。
「警官に殴られた」被疑者ノートを大阪地裁が証拠採用(2007年5月14日 読売新聞 ウェブ魚拓)
県警・地検、弁護士懲戒狙い調書化 鹿児島選挙違反無罪(asahi.com 2007年05月03日08時08分 ウェブ魚拓)
いろいろ微妙な問題を孕んでいる問題ですので、報道にかかる検察側の発言の正確性が問題にはなりますが、どう転んでも格好のいい話にはなりませんね。
しかし、よくまあこれだけ捜査の裏情報が漏れてくるものだと感心します。
これも警察からの情報だと思われますが、そうだとしますと本件の(ねつ造)捜査について腹に据えかねていた幹部クラスの警察官がいたことが強く想像されますから、警察への信頼回復の一助にはなっていると思います。
で、検察はどうするんでしょうか?
地検として発言できないなら、最高検として一言あってもいいんじゃないかな、と思っているのですが。。。
ちょっと刺激的なタイトルをつけましたが、私、かなり頭に来ています。
ネット上には見当たらなかったのですが、今日付けの朝日新聞紙面に
「問題捜査」公判中も自覚
県警・検察、裏付け巡り
という見出しの記事があります。
例によって、県警と検察が公判途中から捜査の問題を認識して協議を繰り返していたことを報道するものです。
私が頭に来たのは、そのような協議の中で、地検側が県警に対して
捜査資料、地検「死んでも出さない」 鹿児島12人無罪(asahi.com 2007年04月07日09時06分 キャッシュ)
落合弁護士のブログにほとんど付け加えることはないのですが、報道に言う「取調小票(こひょう)」が問題になった時点で、当時鹿児島地検はいったいこの事件をどのように認識していたのかが問題だと思います。
取り調べ男性に暴行し重傷、山口県警警部補を懲戒処分(2007年3月20日20時52分 読売新聞 キャッシュ)
鹿児島県議選違反の控訴断念、警察庁長官が異例の注意(2007年3月8日20時48分 読売新聞 キャッシュ)
鹿児島県議選違反 12被告全員「無罪」、ずさん捜査“完敗”(ヤフーニュース 2月24日8時0分配信 産経新聞 キャッシュ)
これが第一報でしょうか。
以前から注目していた事件の判決です。
30歳男性「落書き」誤認逮捕、9日間も拘束…福島(2007年2月4日21時35分 読売新聞 キャッシュ)
「踏み字」取り調べ事件、控訴を断念 鹿児島県警(asahi.com 2007年01月31日22時31分 キャッシュ)
一応決着のようです。
鹿児島県警の「踏み字拷問」に賠償命令 鹿児島地裁(asahi.com 2007年01月18日13時36分 キャッシュ)
以前に触れた事件の関連報道ですので紹介します。
関連エントリ「鹿児島県警自白強要事件(その3)」
「疎ましくなった」 畠山容疑者、供述一変 秋田事件(asahi.com 2006年07月17日08時31分)
「娘が邪魔になった」畠山被告、殺害動機を供述(2006年7月17日3時3分 読売新聞)
東京地検での取調べの録画が話題になっていますが、既報のとおり、警察は断固として録画には応じない姿勢を明らかにしています。
そしてこれに対する批判的意見が多いです。
取り調べ録画 最高検「特命」6人、極秘推進(asahi.com 2006年05月10日07時14分)
「青天のへきれきだ」。東京地検の幹部は、ビデオ録画・録音の導入決定に驚きの声をあげた。
検事取り調べを録画 東京地検で試行 裁判員制度に対応(asahi.com 2006年05月09日15時13分)
最高検察庁は、「密室のやりとり」だった検事による取り調べの一部を、ビデオで録画・録音する方針を固めた。犯行の自白などの供述が強制されていないかどうかの判定で公判が長引くケースがある中、09年5月までにスタートする裁判員制度の対象事件で迅速な審理を行うのが狙い。日本の刑事司法史上、初の取り組みとなる。今年7月から07年末まで東京地検で試行し、その結果をみて全国での実施の可否を決める。
先のエントリで引用させていただいたwillwin さんのブログ「株は世につれ」に検察の証拠隠しが問題になっている「佐賀市農協事件」と「布川事件」について、鳥越俊太郎の「ザ・スクープ」が紹介されていましたので、動画ファイルを見てみました。
ここでは、検察が警察抜きで独自に捜査した「佐賀市農協事件」について感想を述べてみたいと思います。
元裁判官の吉丸眞氏が、「録音・録画記録制度について」というタイトルで判例時報に寄稿されています。
ボツネタにその要約が載っていました。
取調べの録音・録画は,真相究明を不可能にはしない by吉丸眞元判事@判時1914号19頁
判例時報の記事をざっと読んでみた印象ですが、具体的な場合を想定して詳細に分析・検討を加えられており、労作であるとは思いますが、やはり元裁判官の分析だな、と思います。
日本の刑事裁判においては、自白がとても重要です。
それは、単に犯人性の確認(被疑者が本当に真犯人か)だけではなく、犯人に何罪が成立するのかという問題においても重要なのです。
それは、犯罪の内容を決めている刑法が主観的要素を多く要求しているからです。
比較刑法学を勉強したわけではありませんので、大きなことは言えないのですが、そう感じています。
主観的要素というのは、犯人の内心の事情です。
例えば、故意、目的などですが、問題なのは、内心の事情の内容によって、成立する罪名が変わり法定刑も大きく変わる場合があります。
(末尾に本日付け(2007/2/24)追記あり)
最近、身柄拘束と自白についての意見をいくつか読みました。
身柄拘束中の自白を問題視する意見です。
典型的な弁護士の意見を二つ紹介します。
証拠採用却下:放火事件被告の自白調書 大阪地裁(毎日新聞 2006年2月4日 3時00分)
昨年5月に住民2人が死亡した大阪市北区のアパート火災で、自室に火をつけたとして現住建造物等放火罪に問われた北山知也被告(32)の公判が3日、大阪地裁であり、杉田宗久裁判長は「被告は警察の過酷な取り調べに耐えかねて自白した」として北山被告の自白調書に信用性はないとし、証拠採用を却下した。
これで大阪地裁における無罪判決は事実上決定です。
その3を書いたときに関連記事はないかとブログを検索したところ、アナウンサー(なのかな?)の長野智子さんのブログでも触れられていました。
今日も見てみましたところ、問題の事件で被疑者扱いされた方のお孫さんという方がコメントを書いておられます。
おじいさまは昨年5月に亡くなられたとのことですが、そのときの警察の対応もさることながら、こぼれ話として書かれている一部マスコミの言動にはあきれた次第。
匿名の投稿ですから疑いだしたらキリがありませんが、信頼できる投稿と思われますので紹介いたしました。
被告全員が無罪主張、捜査巡り訴訟も 鹿児島県議選違反(asahi.com 2006年01月06日17時29分)
朝日新聞が相当強い関心を寄せているようです。
既にザ・スクープで既報ではないかというご意見もあるようですが、徹底的に明らかにして報道してほしい問題です。
鹿児島県警、ウソの供述を強要 県議選違反事件(asahi.com 2006年01月05日05時57分)
この事件については落合先生が「日々是好日」で適切な分析をされているのでほとんど付け加えることがないのですが、私なりに感想めいたものを書くことにします。
少年恐喝逮捕 検察、警察チェック怠った 岐阜地裁支部(2005年11月30日 読売新聞)
かなり異例な判決だと思います。
先日の「取調べの可視化」に対して、ヒロコさんから
>モトケンさんの意見は、警察で取り調べられる人は全て罪を犯しているという前提で言われていると思われます。
というコメントをいただいたんですが、正直これはショックでした(^^;
ヒロコさんがどういうところを根拠にこのように思われたのか聞いてみたいところですが、それはそれとして検察庁の事件処理に関する統計資料を紹介しておきます。
取調べの可視化の議論が活発化しているように感じられます。
取調べの可視化というのは、具体的には、取調べ状況を録音や録画などの方法により客観的に記録し、それを弁護士や裁判官に開示することだと理解しています。
議論の活発化の背景には裁判員制度があると考えられます。
裁判員制度の裁判においては、証拠をできるだけシンプルにすることが要請されており、自白調書の任意性や信用性という問題をできれば裁判員に判断させたくない(はっきり言って裁判員には荷が重い)からだと思います。
9月27日の朝日新聞に特集記事が掲載されていましたが、手元に朝日新聞がなかったので今日になってようやく読めました。
私がほぼ毎日目を通すブログに弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」があります。
落合弁護士は私と似たような経歴の持ち主のようで、アクティブに投稿されていている内容には興味深いものがたくさんあります。
その落合弁護士が最近書かれた記事が、取調べの可視化についてです。
yuki さんのブログCOME ON! HAPPY☆で、言いにくいシチュエーションでのコミュニケーションのことが書かれていました。
それとは逆のシチュエーションで、相手が言いたくないことを聞かなければならない場面として「取調べ」があります。
取調べとは供述証拠、つまり自白を得るための捜査活動と言えます。
供述とは、相手の口から発せられる言葉です。
ここに取り調べの難しさがあります。