エントリ

 仙台高裁で、計画性を認めて死刑とした1審判決に対し、計画性を否定して無期懲役にしたというニュースがあった。

 刑事裁判では、被害が同程度の犯罪でも、計画的犯行のほうが偶発的犯罪より重く処罰される傾向がある。
 裁判官が、厳しい判決を宣告する理由として、犯行が計画的あることを指摘する場合が多い。

 では何故計画的犯行のほうが重く処罰されるのだろうか。

 常識的に考えてそうだ、というのは簡単だが、刑法理論から考えるとそうそう単純でもなさそう。

 一つの考え方としては、計画的犯行のほうが、翻意するチャンスが多いにもかかわらず、犯行を完遂するところに犯人の強度の犯罪傾向が認められる、という見方がある。

 では、強度の犯罪傾向というのは犯罪論の中でどのように位置付けられるべきであろうか。

 違法性の問題として、行為無価値論から説明するか?

 責任の問題として説明するか?

 それとも端的に犯罪論の問題ではなく刑事政策の問題として考えるか?

 犯罪傾向という犯人それ自体の問題として考えるなら、刑事政策の問題として考えるのが一番自然なように思われるが、そもそも犯罪傾向の問題(だけ)と考えていいのかどうかも問題で、悩ましいところです。

 たしか量刑に関する研究もあったはずですので、勉強する必要がありそうです。

このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

法律相談へ

ブログタイムズ

このエントリのコメント

  • コメントはまだありません。