これは札幌のロースクール生Yさんのコメントに対するお返事です。
コメントの内容は以下のとおりです。
ロースクール受験生です。わたしは札幌に住んでいて週に2度は裁判傍聴に足を運んでいます。刑事事件の検事さんは事件が違ってもけっこう重複していることが多いです。 元検事さんということで、ぜひ質問させていただきたいことがあります。法廷で、検事さんはよく怒っています、キレキャラっぽいひともたくさん見受けられます(笑)。あれは、演技なんですか?それとも本当に立腹してるんですか?でも理性的な判断を求められる検事さんが、いくら立腹したからといってそれをそのまま表明するのはいささか短路的に過ぎると思うので、わたしは演技だと思っているのですが・・・。
そうですか、そんなに怒ってますか(^^;
なんでそんなに怒ることがあるんでしょうかね?
たいていの刑事裁判は、がちがちの証拠で起訴してますから、検事としては余裕しゃくしゃくで臨めるはずですから、怒る理由も必要もないはずです。
考えられるのは、被告人が公訴事実は認めるとしても、情状面でしょーもない言い訳をしたときなんかは叱りつけることはあり得ますが、感情的になって怒ってしまっては検事としては失格ですね。
検事は常に計算して発言しないといけないと思います。
その意味で、私はかなり演技をしていたと思います。取調室でも法廷でも。
相手や雰囲気によって言葉遣いも変えましたし。
演技と言っていいかどうか分かりませんが、私はバイリンガルですので(関西弁と標準語ですが^^;)、相手が関西人のときは関西弁を使ったりしてました。
札幌地検の検事さんも、演技で怒っていると思いたいですが、そんなにしょっちゅう怒る真似をしなくてもいいと思うんですけどね(^^;
ちなみに私は不合理な弁解を弄する被告人を理詰めで追いつめるのが大好きでした。
不謹慎な言い方をすれば、反省が薄い被告人をおちょくって遊んでいたわけです(^^)
でもこれは大事なことだと考えています。
不合理な弁解や嘘でかためた弁解は通用しないことをきちんと被告人に教えるべきだと思うからです。
早速のお返事どうもありがとうございます。
最近の裁判ですと、傷害事件でこんなのがありました。駅の雑踏で鞄が当たったのに謝らないのに激昂していきなり殴って怪我をさせたというものです。キレキャラ検事さんは「鞄なんてねえ、わたしだって道歩いてれば当たりますよっ!いちいちそれで相手殴ってたらしょうがないでしょうっ!」といつもの調子でした(笑)。でも、やっぱり演技なんでしょうね。その被告人の態度はあんまり好感持てなかったですから、わたしも。
こちらのサイトは、志望校のステートメントを書くのに煮詰まってしまってネットサーフィンするうちに見つけました。とても楽しく読ませていただきました。今後の記事も期待しています。
私は、刑事事件の法廷(公訴事実に争いのない自白事件です。)で、よく被告人を怒ります。
2度と同じ過ちを犯してほしくないという思いと、本当に反省していることを裁判所に示すためです。
もちろん、接見の際に、被告人には、「おれ怒るよ。」って、言っておきます(笑)。
更生のために厳しいことをいう検事さんは割といますが、キレキャラ検事さんは一人しか見たことがありません。
その検事さんは、法廷で土下座して謝っている被告人に罵声を浴びせ続けていました(裁判官に制止されました。)。
Y様
札幌地検公判部長は,でかい事件の冒陳・論告を決裁しますが,日常の公判対応にまで眼を光らせているわけではありませんので,このような事態になったものと思われます
余りに酷い公判対応,すなわち的を外した証人尋問や誹謗中傷にすぎない被告人質問をするような事態に陥れば,札幌地裁刑事部方面から,そこはかとない声が,札幌地検公判部長の耳に届くシステムとなっておりますので,ご心配なく
それにつけても,私が検事一年生の時に習った,「検事でかい声を張り上げているうちは半人前」という教えはどこにいったんでしょうね
Yさん
ご紹介の検事さんは、たぶん演技で叱りつけているんだろうと思います。文字だけでは雰囲気がいまいちわかりませんが(^^)
PINEさん
怒る弁護士さんですね(^^)
「怒る検事」、「怒る弁護士」がいれば、当然「怒る裁判官」もおられるわけでして(^^)、執行猶予判決を考えている場合には被告人に敢えて厳しいことを言う裁判官が多いように感じます。
三者とも、考えていることは同じだと思います。
但し、被告人からみて感情的になっていると見えるようならば逆効果だろうと思います。
下手な演技ならしないほうがましです。
薩摩浪人さん、ようやくHNが決まりましたね(^^)
>「検事でかい声を張り上げているうちは半人前」
たしかにそうですね。
私も、相手に本当に聞かせたいことを言うときは声のトーンを落とします。
相手のほうから聞き取ろうとするからです。
>「怒る検事」、「怒る弁護士」がいれば、当然「怒る裁判官」もおられるわけでして
これはありますね。というか、家裁での若い人の窃盗事件などでは、弁護士、検事、裁判官、全員が同じようにお説教していて、セリフだけ聞いているとだれのセリフだか分からないというのもあります(笑)
かろうじて、検事さんは求刑を行い、弁護士さんは「今回に限り寛大な判決を賜りたい・・・」という以外に言ってることの内容に差がないというのは軽微な犯罪ではよく見られます。
わたしの素朴な疑問に対して、実務家の方から速やかにご回答をいただけるなんて、ブログという媒体の素晴らしさを改めて感じます。ありがとうございました。
モトケンさん、
司法の立場じゃないのですが、行政の側からちょっとだけ。
>「怒る検事」、「怒る弁護士」がいれば、当然「怒る裁判官」もおられるわけでして
当然怒る行政マンもいるわけでして、ただ、公判の場じゃないところもあって、いまじゃ怒った方が負けですね。
て、勝ち負けの話じゃないですが、演技でやるにせよ、判事がいて弁護人がいての場では演技で許せますが、個人が乗り込んできて、第三者がいない場での立腹は演技にも何もなりません。
それをよいことに、大声で怒鳴り散らし、この法解釈をどう考える、見解を聞かせ、ことと次第じゃ大臣宛公開質問状を発出するなんてね、おっしゃるわけです。
>「検事でかい声を張り上げているうちは半人前」
じゃないですが、
ここで大声張り上げていた日にゃ半人前。
この年では慎重に事を進めますが、若い行政マンは心の病の予備軍です。
この案件、わたくしめのところに上がってきていたりします。(^^;
冷静に対応すべく、みなさまのコメント、肝に銘じて意を新たにした次第。
参考になりました。(拝)
信天翁さん、こんにちは
「怒る行政マン」ですか。
私も、司法試験に合格する前は某区役所の市民課窓口係を2年ほど経験しまして、行政の隅っこの下っ端を経験しましたので、おぼろげに想像できます(^^;
行政の上司というのは部下が心の病にならないように「怒る市民」と対応する立場なのかな、などと思っております。
積極的忍耐力(?^^;)をフルに発揮されてのご健闘をお祈りします。
私には、演技であっても「怒る」ことの利点が分かりません〜(・・)
感情的にならず、威厳を保ったままちょっと強い口調で・・って感じの方が、説得力があるというか、「聞こう」って思いますけどね。
でも、いろんな人が居ますからね。
被告人がどんな人か知って、叱ったりするんでしょうかね。
yukiさん、こんにちは
子供の躾や学校教育や上司の部下に対する指導などに関して、感情的に「怒る」ということと冷静に「叱る」ということを明確に区別して議論される場合がありますね。
そういう意味では、怒っちゃいけないと思います。
あくまで「叱る」でなければならないと考えます。
取調べや法廷での裁判というのは、罪を犯した人の更生への重要なプロセスだと思うからです。
つまり、躾、教育、指導、矯正などと共通するものだと考えています。
>被告人がどんな人か知って、叱ったりするんでしょうかね。
けっこう分かりますよ。
検事としては分からないといけないと思います。
被告人の生い立ちや経歴は必ず1通の調書にまとまってますし、何回か取調べをすれば、かなり分かると思ってます。
モトケンさん、
確かに、「怒る」と「叱る」は分けて考えるべきでしょうね。
特に執行猶予が見込まれる事案は、弁護士も検察官も裁判官も、「もう二度とココ(法廷)に来るなよ。」と思って、叱るのでしょう。
明らかに執行猶予が見込まれる事件でも、被告人に「へっへっへっ、裁判なんて、チョロいチョロい。」なんて思われたら困るわけで、よってたかって叱って「もう二度とこんなとこ(法廷)に来たくない。」って思ってもらわんと困るのです。
もちろん、被告人の性格を見て、叱るか叱らないかは考えて法廷に臨みますが。
信天翁さん、
私は弁護士になる前は、県の職員で用地買収をやってました。
用地買収に出向いた地権者のお宅で、正座させられ4時間にわたって県行政に対する苦言をいただいたことがありました。
「そんなこと知事に言ってよ。」と思いつつも、目の前にハンコを置かれていたので、ひたすら耐え、最終的には土地売買契約書にハンコをいただけました(笑)。
PINEさん、
怒る行政マンと書いてしまいましたが、正確には怒りたいけど怒れない行政マンなわけでして、行政は怒ってはいけない職業だということはわきまえております。
舌っ足らずな表現で申し訳ございません。(^^;
詳細は申し上げることはできませんが、情報公開法に基づき、開示請求をしていただけませんかと言う行政側のお願いを、そのような手続きがなくてもよいと言った係がいるではないか、ことと次第じゃ・・・ってことになって一歩もお譲りにならない。
ついにはトップに会わせろ。
司法に例えれば、検事正に会わせろってところでしょうか。(^^
どんなことがあっても行政は丁重に相対しなければなりません。
怒る行政マンなんておりません。
ただ、忍の一字の行政マンがいるだけです。
やはり「怒る行政マンガいるわけで」は「怒りたい行政マンだっているわけで」になるわけでございます。
ええ、内心は怒っているわけですが。。。(^^
勢いでの先の書き込み、誤解を生じさせてしまい平に御容赦。(拝)
ボクのサラリーマン時代の会社では、「怒ることが教育だ」的なところがありました。
この考えは、かなり危険なんですよね。
実際、怒ると怒鳴るを同一視していた上司もいました。
確かに、怒ることで反省を促して、自分の過ちを認めさせて、正しい(と思われる)方向に修正をさせることは必要だと思います。
全く否定するつもりはありません。
しかし、十人十色と言う言葉もあるように、人それぞれ受け取り方の受容体が違いますし、一人の人間を見ても、その時々の体調や心情で受容体が変化するものと思います。
本当にその人のことを思っているのであれば、ただマニュアル的に怒ると言うのではなく、その受容体の変化を敏感に感じ取り、最適な修正を施すことだと思います。
無論、何もしないことが、今出来る最善のことだ、という結論もありうるので、裁判上で検事はどのように対応したら良いのかという問題はあります。
また、人間は宇宙だとも言われるほど深いもので、簡単に答えを見つけることはできませんし、逆に見つけられたと思いこんでは危険です。
長々と書いてしまいましたが、結論としては、怒ることは必要ですが、怒り方をある程度は相手に合わせなくてはならない、ということです。
もし、相手の反省を促すことを目的とするならば、それが重要だと思います。
モトケンさんが、相手により言葉を変えていたというのはおそらくその辺からではないでしょうか?
プリンス君へ
自分の言葉が相手にどう受け取られて、その結果相手が何をどう考えるのかを考えることが大事だと思うのですが、そのためには自分に余裕がないといけませんね。
相手のことを自分がどれだけ理解しているかも大事です。
最近、私も大失敗をしてますので、反省すること多々です。
ただ、いつもいつも相手に合わせるだけでいいとは言えないところもあって、難しいものです。