エントリ

 取調べの可視化の議論が活発化しているように感じられます。
 取調べの可視化というのは、具体的には、取調べ状況を録音や録画などの方法により客観的に記録し、それを弁護士や裁判官に開示することだと理解しています。
 議論の活発化の背景には裁判員制度があると考えられます。
 裁判員制度の裁判においては、証拠をできるだけシンプルにすることが要請されており、自白調書の任意性や信用性という問題をできれば裁判員に判断させたくない(はっきり言って裁判員には荷が重い)からだと思います。

 しかし、取調べの全てを録画してそれを開示することには到底賛成できません。
 その最大の理由は、被疑者及び第三者のプライバシー侵害の危険が大きすぎるからです。
 取調べにおいては、被疑者の全人生、従って被疑者の人生に関わった全ての人の言動が話題に上り得るのです。

 では現状のままでいいかと言いますと、私も、法廷で自白調書の任意性について不毛な議論が延々と続けられる状況はなんとかしなければならないと思いますし、この問題がクリアできない限り裁判員制度も機能不全に陥るだろうと予測しています。

 そこで私案ですが、現在、取調べにおいて弁護人の立会いは認められていませんが、調書の作成時においてだけ弁護人の立会いを認め、弁護人が連署した調書の任意性は原則として争うことができなくなることにしてしまうのです。

 例によって思いつきの案ですが、いかがでしょうか。
 取調べの可視化はそれ自体が重要なのではなく、自白調書の任意性の確保の問題だと思うのです。

 この問題を考えるにあたって確認しておきたいことが一つあります。
 取調べの可視化が問題になるのは、
 無実の被疑者に対して無理矢理自白をさせる捜査官が存在するという前提があるのですが、
 真犯人の被疑者に対して否認を勧める弁護士も存在するということも考慮に入れるべきでしょう。

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コメント(24)

訪問&コメントありがとうございます。
コメント、物凄く参考になりました。ありがとうございました。

僕の案に近いもの(URL参照)が、
一線の実務家の先生から主張されたこと、
かなり嬉しかったりします。

僕のアイデアや感覚も捨てたものではなかったと。

でも、逆にそうなると、
「暴論」部分が余計だったってことに
なってしまいそうです(^^;

弁護人連署調書だけ任意性を争えないというのは,妥協点としていいアイデアですね。
弁護士と連絡して,調書に連署を求められるとしたら,時間調整などから,おのずとPSだけに絞られるでしょう。
KSには任意性のみならず信用性も認めていませんから,PSに連署を求めるのはいいアイデアだと思います。まあ,これも私の思いつきコメントですから,するっと軽く流して下さい。

 刑事弁護を担当している弁護士からすれば、このような妥協的なやり方に納得する弁護士はかなり少ないと思います。私だったら、絶対に連署はしません。
 全ての取調べに立ち会えるようになることは当然の上で、それでも、連署したら任意性を争えるとすることは問題があるように思います。
 取調べの全過程の録画・録音をすることと、公判廷での取調べの方法は別の問題であり、後者における問題を理由に、前者を否定するべきではないと思います。
 以上の理由で、私は、先生のご提案には反対です。

ビートニクスさんは,PSのみならずKSについても,そして,その取調過程についても弁護人立会を要求するお立場なのでしょうね。
たいへんですよ。
我々よりも前の世代は,たとえば,「平成17年11月15日から同月16日にかけて,00地方検察庁において取り調べたところ」という調書を録っていたようです。要するに午前零時をまわる調書です。
私は体力が続かないので,午後10時ころが限界でしたが,弁護士さんが,通常の民事事件を受任しつつ,午後10時までの取調に立ち会うのは,もはや体力勝負の世界だと思います。
これも,するっと軽く読み流して下さいね。

ボクシングファン様
ページ拝見させて頂きました。
おぼろげな記憶で申し訳ないのですが,確か,「言いたいことは聞きたくないから,言いたくないことだけを喋りなさい。」と告知するんでしたっけ。

モトケンさんの意見は、警察で取り調べられる人は全て罪を犯しているという前提で言われていると思われます。国民という権力者ではない者から言うと、自分の尊厳を守るために録画して欲しいと思います。もし万が一共謀罪が成立した場合、可視化していないならどんなことになるか、想像に難くないとは思えませんか。
調べられる側が「これから言うことは録音しないで」と要請をすることが出来るようなシステムではどうでしょうか。基本的に可視化はするべきです。

 確かに、弁護士が、現在のような長時間の取調べの全てに立ち会うのは大変です。お隣の韓国でも、在宅事件の立会いはかなりあるようですが、身柄事件の立会は少ないそうです。
 この点については、アメリカの「ミランダ法則」が同時に適用されないといけないと思います。つまり、弁護人の立会なしに取調べをしてはいけないという目ルールを適用して初めて実行可能になるでしょう。
 いずれにしても、日本では、取調べの可視化とともに、弁護人の立会権が認められることが必要です。
 お隣の韓国では、この両方が運用上認められており、もう少ししたら法制化もされるようで、うらやましい限りです。

>しかし、取調べの全てを録画してそれを開示することには到底賛成できません。

到底とされているので「録画反対」なのかと思いますが、録画さえあれば不毛な議論にならないと言えるのではないかと思います。

取り調べ室で婦女暴行に至ったという事件がありましたが、これも立会人が居ないから起きたということで、録画なんて技術が無い時代の手続きをそのままにしているから、と思うので。

今の技術で公平に判断した場合に「録画しない方が良い」と主張することは出来るものとは思えません。
もちろん「開示すると」という問題はあるから、それは開示の方法論で解決できるでしょう。

少なくもと現状の「不毛な議論」と「開示に関する不毛な議論」を比較すると後者の方がマシだと思うものです。

>ヒロコさん
>モトケンさんの意見は、警察で取り調べられる人は全て罪を犯しているという前提で言われていると思われます。

 そう読めましたか(^^;
 私はそのような前提を一度も持ったことがありません。
 客観証拠が薄い場合は、当然、犯人性を疑います。

 私は、以前に

では、私が被疑者をどの程度信頼していたかといいますと、もちろん全面的に信頼というか信用できない場合のほうが多いわけでして、基本的なスタンスは

 疑いながら信用する
 信用しながら疑う

というものでした。
 「疑いながら信用する」というのは、どんな荒唐無稽な弁解でも、物理的に不可能でない限り、一応はありうることとして検討する、ということです。
 「信用しながら疑う」というのは、どんな本当っぽい話でも、裏づけが取れるまでは、全面的には信用できないということです。

と書いたことがあります。

 今でもそう思ってます。

 モトケンさん、こんにちは。

 モトケンさんの意見には、共感を覚えることが多いのですが、取調べの可視化(取調べ全課程の録画・録音)については、賛成派なので、反論したいと思います。

 「取調べの可視化はそれ自体が重要なのではなく、自白調書の任意性の確保の問題だと思うのです」というのは、最高検が始めた試行録画・一部録画の目的ではないでしょうか。日弁連が主張している取調べの可視化の目的は、任意性の立証だけでなく、取調べの適正化にもあります。この取調べの適正化という目的を実現するためには、取調べの可視化それ自体が重要になると思います。

 また、署名押印の際に弁護人が立ち会うだけでは、不十分です。弁護人が立ち会っていない間に、違法・不当な取調べがなされるおそれがあるからです。したがって、「調書の作成時においてだけ弁護人の立会いを認め、弁護人が連署した調書の任意性は原則として争うことができなくなる」という提案には、賛成できません。

 また、「この問題を考えるにあたって確認しておきたいことが一つあります。取調べの可視化が問題になるのは、無実の被疑者に対して無理矢理自白をさせる捜査官が存在するという前提があるのですが、真犯人の被疑者に対して否認を勧める弁護士も存在するということも考慮に入れるべきでしょう。」とのことですが、「真犯人の被疑者に対して否認を勧める弁護士も存在する」という事実(存在を確認したわけではありませんが)は、取調べの可視化を否定する根拠にはならないと思います。モトケンさんも、さすがに「悪い弁護士がいるから、捜査官も密室の中で違法・不当な取調べをしていいんだ」とはおっしゃらないでしょうから…。

>No.11 Y.K.さん

 私も2年たつとだいぶ考えが変わってきてますので、今では可視化は必要だと思っています。

 但し、 Y.K.さんにお聞きしたい点が一つあります。
 それは「取調べの適正化」というのはどういうことか、という点です。
 「任意性の確保」と「取調べの適正化」はどちらが広い概念なのか、と言い換えてもいいのですが。

 私とY.K.さんでは「任意性」というもののとらえ方がかなり違っている可能性があるかも知れないと感じています。

>無実の被疑者に対して無理矢理自白をさせる捜査官が存在するという前提があるのですが、
>真犯人の被疑者に対して否認を勧める弁護士も存在するということも考慮に入れるべきでしょう。

 これって並列に並べることでしょうか。
 前者は違法ですが、後者は許容されているのでは。

No.13
黙秘を勧めること(黙秘権行使のすすめ)は許容されていると思います。
「否認をすすめる」の意味の取り方が違うのかもしれません。

>No.12 モトケンさん

 賛成派に変わられているということで、大変うれしく思っています。

 「任意性の確保」と「取調べの適正化」のどちらが広い概念なのか、と言う点ですが、取調べの可視化の目的は、大きく分けて「任意性の立証」と「取調べの適正化」にあると思います。「任意性の確保」と申し上げたのは、正確には「任意性の立証」という意味です(裁判員制度をひかえ、裁判員に分かりやすい立証が求められる中で、取調べの可視化の必要性が唱えられています)。

 「任意性の確保」を「違法・不当な取調べもない中で自由な意思で供述することを確保する」と捉えるのであれば、「取調べの適正化」と実質的には重なりますね。ただ、モトケンさんがおっしゃっていた「任意性を原則として争えなくする法制度」は、上記の意味での「任意性の確保」ではなく(もし取調べの適正化も含めた意味であれば、全過程での立会いが必要となるはずです)、任意性の立証に重きをおいたものだと理解していました。


久しぶりにコメントします。
>No.13 藤花さん
>No.14 psq法曹さん
否認している被疑者に対し、「やっていないのであれば警察の取調に簡単に応じず、黙秘するべきだ」と弁護士がアドバイスするのはありだと思うのですが、自分から事実関係を供述しようとしている被疑者に対して「否認して事実を争った方が刑が軽くなる」とか「警察はどうせあなたが犯人だと証明できないんだから、否認すれば無罪になる」などと言って否認を勧めるのはいかがなものかと思います。
また、暴力団組員が被疑者の場合、弁護士は組の幹部が付けることが多いのですが、その場合弁護士が「組長の意向なので否認して下さい」と否認を強要することも頻繁にあります。
「自白の任意性」だけでなく「否認の任意性」についてももっと注目してもらいたいと思います。

警察や検察、裁判所はトラブルを公権力で処理するところであって個人の人権は当然非常に制限されます。刑事トラブルで司直の介入を受けるということは、個人の「人権」にとっては社会生活を送ることができない程の法的重病や法的重傷を負ったと見做すことができ、刑事捜査のための逮捕や勾留は強毒伝染病の疑いでの隔離入院措置(強制受診や強制入院)にあたり、検察による事件の検討は入院先での詳しい診察や検査にあたるでしょう。そこで集められたエビデンス(日本語で証拠w)をもとに、確定診断や治療方針を決定するのが裁判所であるというふうに例えると、わかりやすいのではないでしょうか。

このように考えて司法と医療は社会のトラブル(人の嫌がるもの)を治療して(汚れ仕事でつねw)社会を前進させてゆく両輪(下支えというか、土台部分の基礎構造)であるべきだと以前書いたものでした。

そして、警察・検察・裁判所も病院も、いわゆる個人の「幸福な人生」にとっては不吉でできればお世話になりたくないものの象徴的存在となるのも、人情の当然でしょう(笑)。二つの場所ともそこにいるのは神仏ではない生身の人間(To err is human)ばかりですから、その場所に送り込まれれば常に生命の危険に否応無くさらされるからです。

このことを常識として社会人が受け入れている社会が、成熟した社会であるといえる、のではないかなという希ガスな私の1億2千万分の1の感想です(笑)。

No.19をここに書いたココロは(笑)、
取調べの可視化を求める根底の感情と、インフォームドコンセントを求める根底の感情が、社会人の感情として同根のような気がしたからです。
とはいっても、この仮説もいまだ検討中なんですが(笑)

モトケン様

失礼ですがお話になりません。
自白の任意性は調書を作成する時点で問題になるのではなく,調書作成にGOサインが出る過程で問題になります。
調書作成が決まった段階で,被疑者側の負けは確定したようなものです。

モトケン様の方法ではさんざん違法捜査して,被疑者に逆らわないよう言い含めて,調書の時に弁護士に立ち会わせればフリーハンドで自白の任意性が認められてしまいます。

>No.19 ぷり(駆け出し弁護士)さん

 えらく古いエントリにコメントされましたね。
 当時と今とは可視化実現の可能性に関する状況がかなり変わってますので、私の意見もかなり変わってきてます。

 今となっては、弁護人の立会いを認めるより可視化を進めることのほうがはるかに現実的になっていると思います。

 というわけですでに余談になりますが

>モトケン様の方法ではさんざん違法捜査して,被疑者に逆らわないよう言い含めて,調書の時に弁護士に立ち会わせればフリーハンドで自白の任意性が認められてしまいます。

 私の(j当時の)私案は、弁護人が十分接見していることを前提にしています。

>調書作成が決まった段階で,被疑者側の負けは確定したようなものです。

 弁護人が十分接見していれば必ずしもそうはならないと思います。
 「やりました」と言わせてから調書を作る場合もあれば、「やりました」と言ってないのに「『やりました』という調書」を作成してそれに署名させる場合もあります。

 いずれにしても、調書は署名があってはじめて成立するのですから、署名時が勝負どころと思います。

No.20 モトケン先生
>No.19 ぷり(駆け出し弁護士)さん
>えらく古いエントリにコメントされましたね。
No.19 ぷりさんは私につられてここに書かれたんでしょうけど、
実はその私もつられてここに書いちゃいました(笑)

No.20 モトケンさん

す,すいません。
事情はNo.21 ぼつでおkさん のお書きになったとおりです。
3年前だったとはorz

ただ

いずれにしても、調書は署名があってはじめて成立するのですから、署名時が勝負どころと思います。

ここは確かにそうですが,署名時だけで勝負するだけで本当にいいのだろうか,という問題意識が背後にあります。

あと,弁護士が十分に接見していても,所詮は接見です。
違法な取調べを食い止めるのにどれだけ効果はあるかは疑問です(それでもやるしかないのですが。)

調書作成時の立ち会い+連署で任意性を争えないという案には反対です。
調書作成に至るまでの過程こそが重要なのにそれを確認しないままで連署すると任意性が争えなくなるなんて、そんなもの怖くて連署できません。
調書作成時の連署システムを採用するなら、それまでの取り調べ過程(映像)を弁護人が確認した上で調書作成に立ち会った場合に限るべきです。
それよりは全て録画して、任意性を争う場合のみ開示するというシステムの方がまだマシです。

自白の強要や脅迫など警察官の違法な取調べによって、今までたくさんの冤罪事件が作られてきました。
冤罪をなくすために、取調べの全てを録画録音(可視化)するための法改正にご協力お願いします!
日弁連http://www.nichibenren.or.jp/ [ソースチェック] では、取調べを可視化するための法改正の署名活動を行っています。
ホームページ上に書式があるので、署名の方お願いします。


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