k_penguinさんからトラックバックをいただいた。
記事のタイトルは「裁判員制度は冤罪を減らすか」です。
冤罪問題は、裁判員制度との関係だけでなく、少年事件も含めて考えますと現在でもほとんど日常的に生じているかも知れない問題です。
がしかし、この投稿ではk_penguinさんの追記に対して非公式に答えたいと思います。
捜査担当の検察官と、公判担当の検察官は原則違う人だ。
この点は以前に書いたかと思いますが、大都市地検では原則ですが、地方地検では捜査担当の検察官と、公判担当の検察官が同じというのが原則です。
無罪判決が出たら、責任をかぶるのは公判担当だ。 と、いうわけで、やっぱり無罪判決は出しづらい。
裁判官が無罪判決に関与した検察官がどのような不利益を受けると認識しているのかよく分かりませんが、少なくとも個人的なしがらみで「無罪判決は出しづらい」ということはないと思います。
個人的なしがらみを問題にするならば、捜査担当の検察官と、公判担当の検察官が違うほうが無罪判決を出しやすいと思います。
無罪判決の原因は、公判検事より起訴検事にある場合のほうがはるかに多いからです。
ところで、無罪判決を出した検察官が責任を問われるかどうか、無罪判決が昇進に影響するかどうか、についてですが、全体的な印象としてはあんまり関係なさそうです。
さらに詳細に述べれば、無罪の理由と無罪判決の数によりけりだと思います。
検事として基本的なミスをして無罪判決を出すということを繰り返せば、その検事の能力を疑われて昇進できなくなるということは十分あります。
しかし、無罪判決を出したことによって検事が公務員としての懲戒処分を受けた、という話は聞いたことがありません。
これは、検察庁の組織原理の観点から見ても当然のことであり、無罪判決を出したことによって懲戒処分を受けたりすれば、捜査検事としてはちょっとでも無罪の可能性のある事件は起訴しなくなってしまうことになってしまいますから、つまり、現場の検事に萎縮効果を生じさせますから、そんなことはできませんし、していないはずです。
エントリー書いていただきまして、ありがとうございます。
私の記事の内容は、以前私の勤める事務所で冤罪だと思われる事件を扱って有罪判決をいただいた際に、ボス弁から聞いたことを元にしています。
そのため「捜査担当の検察官と、公判担当の検察官は原則違う人」というのは、東京を念頭においています。
「無罪判決を出した検察官が責任を問われる」「無罪判決が出たら、責任をかぶるのは公判担当」というのもボス弁曰くで、この辺になると、裏が取れていないので、私も「聞いた話だけど」として扱うしかありません。
ただ、ここにいう「しがらみ」とは個人的なしがらみではなく、制度に内包される「しがらみ」です。
冤罪事件に関わってみて感じたことは、決して裁判官も投げやりにやっているわけではなく、それなりに無罪の裏を取ろうとしているのに、何か見えない沼に足を取られているように前に進まない。なんかギルド的なものの悪い面が露わになっているような感じがする。ということです。
裁判官、弁護士、そして検察官(公判担当)個人は決して悪くないのに、なぜか、証明がつくされているとは言えないことが有罪になってしまう。
冤罪の構造には何か深いものがあると感じました。
なお、私の勤める事務所の刑事事件は当番弁護くらいしかなく、しかも、弁護士が高齢なのでセンターが配慮してくれてるらしくて外国人事件に当たったことがありません。
それなのに、冤罪に当たったということは、冤罪は一般の印象よりももっとたくさん起きているのではないでしょうか。
はじめまして。笑月と申します。
故遠藤誠弁護士が千葉地裁の裁判官時代に、無罪の疑いがあると訴える遠藤裁判官に対し、裁判長が「だって検察官が起訴したんだよ」と反論したという話があります。
あまりこういうタイプの裁判官がいるとは思いたくないですが、このような傾向がある疑いがある裁判官に出会われたこととかありますか?
笑月さん
はじめまして
>このような傾向がある疑いがある裁判官に出会われたこととかありますか?
ありますよ。
珍しくないと思います。
http://www.yabelab.net/blog/2005/10/21-224605.php
ここでも少しふれてます。