再任問題としては、自分の正当性を主張しなければならないのに、所長の非を主張しても意味がないと思います。
井上判事が批判されている問題と、所長の裁判干渉の問題とは、
所長の行為が裁判干渉と言えても言えなくても、井上判事の判決が短すぎることの当否は問題として残る
という意味で、論理的な関連性はないと思います。
そもそも裁判は誰のためにあるのか?
民事裁判に即して言えば、国による市民に対する紛争解決システムの提供であるといえます。
つまり、国による市民に対するサービスの提供です。
井上判事の問題は、井上判事が市民に提供しているサービスの質が問題にされていると思います。
裁判所全体として、個々の裁判官が提供しているサービスの質を問題にするのは当然です。
裁判制度全体に対する信頼に直結するからです。
所長としては当事者つまりサービスの対象、さらに言えば顧客の批判を無視できないので、制度運営の責任者として井上判事に改善を求めたものと考えられますから、所長に対する訴追請求は、そもそも筋違いの感を否めません。
追記
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井上裁判官は「司法のしゃべるすぎ」を著しているのですね。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4106101033/249-4073043-3327566#product-details
>出版社/著者からの内容紹介
>現役判事が司法の抱える問題点を鋭く突く。
>不要に原告を疲弊させ、理不尽に被告を傷つけ、
>無駄に裁判を遅延させる「蛇足」の正体とは何か。
>戦後補償訴訟、中国人の強制連行、ロッキード事件、
>ロス疑惑、「悪魔ちゃん」事件など
>現実の裁判を例にあげて蛇足の弊害を明らかにする。
>まったく新しい視点から裁判を論じた画期的な提言。
>裁判を見る目が一変すること間違いなし。
これ、元裁判官とか弁護士あるいは素人など裁判官でない人が書いた本なら比較的第三者の視点から取材して書いた記事あるいは論評と言えるでしょうが、現役の裁判官が書くのでは天然自然にちょっと偏ってしまうでしょうね。
どんな業界でも業界の人の個人個人が努力してより良くしようとしていても、内部の人間の判断には偏差(偏見)があるから、必ずしも市場の要求を反映しないことは良く知られていて、そこにコンサルタントなどが出てくる余地があります。
本を読んでないのですが「判決が短すぎる」というのは明らかにクレームでしょう。
裁判所長の事務能力や手続きについて問題視しても、クレーム対応はどうするのよ?です。
もっとも、判決の明らかな間違え(被告と原告の取り違えなど)でも上訴しなければならないことがあるから「この判決文では意味が通じない」という上訴をすれば良いのでしょうかね?
(意味を理解するのに苦労する判決文はちょっと多いと思う)