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少年恐喝逮捕 検察、警察チェック怠った 岐阜地裁支部(2005年11月30日 読売新聞)

 かなり異例な判決だと思います。

判決などによると、少年は1999年12月、同県内の少年(当時16歳)から現金3000円を恐喝したとして、多治見署に逮捕された。少年は長時間の取り調べを受け、自白を強要され、検察も警察の調べを信用して、岐阜家裁に送致したという。しかし少年は「恐喝はしていない」と一貫して犯行を否認、同家裁では「反省している」として少年を不処分にした。

ということのようですが、これに対して夏目明徳裁判官は

恐喝されたとする少年の供述の信用性に疑いを抱くべき事情があったのに、検察官は証拠を過大に評価し、うその供述を見抜けなかった

と指摘し、

警察での強引な捜査を認める証拠はないが、検察が警察に対して十分なチェック機能を怠ったのは違法だとして、国に対して70万円の支払いを命じた。

ということです。

 「判決などによると」の部分がかなり不明瞭で、ニュース全体として矛盾しているような気がしますが、ともかく警察捜査の責任は認めずに、検察がチェック機能を怠ったとして国の責任を認めたと言うのは、その論理、結論のいずれの点でも異例だと思われます。

 少年は、「自白を強要され」たが、「『恐喝はしていない』と一貫して犯行を否認」ということなので、結局、自白していなかったのでしょうか?

 結局、検察官はどうすればよかったのでしょうか。

 どうもニュースだけでは要領を得ません。

 たしかに、検察官には被害者の供述を信用しすぎる傾向があることは感じていますので、その傾向に対する歯止めになる判決だという意味で評価できますが、判決文を見てからさらにコメントしたいと思います。

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コメント(8)

「(公判段階では)一貫して犯行を否認」
と書きたかったのかな、と推測しますが。

勝手な想像ですが、
最大の問題は取調官による虚偽自白の取得だけれども、具体的な「不当な取調べ行為」まで立証できず(裁判官がそこまで踏み込めなかった?)、
立論が容易な「検察官によるチェック不足」という過失行為を捕らえることで、「いずれにせよ捜査機関側のミスだ」という結論は維持したということなのかなあ、と。

しかし70万円ですか。
相変わらず賠償額に関する裁判官の感覚はおかしいなあと思います。

少女殺害のペルー人被疑者も自白したとのことで、警察がマスコミに詳細漏らしてますが、
公判で否認に転ずる可能性も十分考えられますね。

私も、逮捕のニュースを見てy_okamuraさんと同じ事件を思い出していました。

>fuka_fukaさん

 あそこのコメント欄がかなり大きくなってしまっていることもありまして、あそこに書くのも問題があると思いました。

 ですので、僕のWEB上の日記にフカフカさんへの私信をしたためました。このブログをご覧になっている方も含め、よかったらお読み下さい。

 「ボクシングファン」の場所をクリックすると開きます。

 それでは。

ボクシングファンさん:

拝見しました。
ボクシングファンさんの日記には、掲示板的に書き込める場所が見当たらなかったのですが、続きはどうしましょうか?
メールアドレスを入れておきますので、ご連絡ください。


矢部先生:

私としては、ボクシングファンさんの板に移ることも、私信でやりとりすることにも異論はないのですが、
この議論の続きについてこの場をお借りすることの適否について、ひとことコメント頂ければ幸いです。

すみません、アドレスが表示されてないですね。システムを誤解してました。

fuka_fuka_2027@yahoo.co.jp

です。よろしくお願いします。

お返事が送れて申し訳ありません。

私としましては、ここで議論と続けていただくことに何の問題もありません。
コメント数がいくら多くなっても特に問題はありません。
事態の推移に応じて、柔軟に議論することはとても有益だと思います。

>フカフカさん

一応、日記の方にメールフォームがついていました。
日付を指定して表示した場合には見えないんですね。
「最新の日記」というところをクリックして、
トップページにあたる場所に行くとあります。

ブログではないのでコメント欄がありません。
その点は申し訳ないなと思うのですが、
主題の性質上、どうしても長くなりますので、
自分のスペースにアップさせていただきました。

頂いたメールで公開希望の箇所がありましたら、
日記内で引用させていただきます、
という形で対応させていただくことにしています。
今時はブログの方がいろいろ便利なのですが、
あの日記はちょっと思い入れのある場所でして、
変えたくないんです。すいません。

なお、先生はこうおっしゃっていただいていますが、
僕からメールは送った方がいいでしょうか?
ここで語られた問題でもありますし、
可視的な方が良い部分もあるかなと。

ただ、とりあえず僕としては、日記冒頭に書いたとおり、
残された問題は、価値判断を要するものではなく、
客観的な用語法等だけかなと思っているのですが。


>矢部先生

ブログ改装おめでとうございます。

色の好みは一長一短がありますが、
少し冷厳なイメージだった前の色より、
今の色の方が暖かく人間味がありますね。

機能としては断然使いやすくなったと思います。
ブログ内リンクが整理されて見やすくなりました。
それに、正直、以前は少し重かったです。
表示されるまでに時間がかかったり、
コメント欄に書き込んだり確認するのに
少しタイムラグが生じたり。
それがかなり快適になりました。

これからもよろしくお願いしますね。

>ボクシングファンさん

お返事を出しそびれてしまい申し訳ありません。
このブログはコメントに字数制限はないはずですから、遠慮なく使ってください。
やはり議論となると日記システムよりブログのほうが使いやすいでしょうね。
私もブログシステムがなければこんなサイトは作れなかったと思います。
fuka_fuka さんは十分語るに足る人ですからがんがん議論してください。
本気を出すと手ごわいですよ(^^)

>今の色の方が暖かく人間味がありますね。

涙が出るほど嬉しいお言葉です。
だいぶん寒くなってきましたので、暖かい雰囲気にしたいと思ったんですが、なかなかイメージどおりにいきません。
イメージが貧困なのが主たる原因ですが(^^;

皆さま、これからもこのブログを盛り上げていただくようお願いします m(_ _)m

ボクシングファンさん:

では、矢部先生のご厚意に甘えまして、日記へのレスをこちらに書かせて頂きます(字数制限なしとのことで、ホッといたしました^^;)。
触れていない点は、特に異議はないのでスルーしている、ということでお願いします。


> 議題は「姉歯建築士の偽装事件で、不動産購入者を被害者とする詐欺罪が成立するか」でしたが、主たる問題に関しては矢部先生ご自身がが決定的な論を立てられたことで一応の解決を見たと思います。

とのことですが、矢部先生の2005年12月02日 21:51付のコメントに(ほぼ)全面同意、ということでよいのでしょうか?


> 刑事訴訟でも「主要事実」という用語は使います。

これはご指摘のとおりですね。
よく調べずにおぼろげな記憶でテキトーなことを書いてしまい、恥をさらしてしまいましたorz


> ただ、民法においては、罪刑法定主義が存在せず解釈論がそれほど厳格にならないので、「構成要件に該当するかどうか」が激しく問題にならないことから、あまり使われないのではないでしょうか。

罪刑法定主義なし=拡張解釈・類推解釈の許容度が大きい、という文脈ですよね。
「構成要件に該当するかどうか」にいう「構成要件」が、「条文に書かれたままの要件」という意味で書かれているなら、同意。
(解釈によって拡張・類推された要件も、その限度で「書かれざる構成要件」だ、という理解もありうると思いますので。些末な点ですが気になったのでコメント)


(ボクシングファンさん)
> 間接事実というのは、僕の感覚では、例えば、「騙された」と被害者が主張しているのに対して、被告人が「被害者に会ったことなどないので騙しようがない」と反論している場合に、被告人と被害者が会っていたことを目撃証言で証明する、そういう事実ではないかと。

(fuka_fuka)
> この例は、詐欺罪の構成要件上、「欺く行為」の問題ではありません。(財物を交付させた)「者」に該当するか否か、つまり犯人性の問題です。

(ボクシングファンさん)
> それを言うなら、あらゆる主要事実は「者」にあたるかどうかの問題となってしまうのではありませんか?構成要件に該当する行為を行った者が「犯人」なのですから。

この論点は、私の書き方がまずく、いらぬ誤解を招いてしまったようです。
順に整理させて下さい。

まず、“(財物を交付させた)「者」”という表現をしたのは、「246-Iの文言にあてはめれば」という趣旨で、「者」の前のフレーズを引いてきたにすぎません。単に「者」と言いたかったのです。

そして、確かに「犯人性」の問題を、「者」の該当性として述べている文献を私は知りません。
単に「fuka_fuka説」にすぎないと思います。

ただ、事実認定論において「犯人性の問題」と言われているものは、構成要件に落とすと、「者」以外にあてはめようがないと思いませんか?
「犯人性」とは、例えば、何者かが覆面強盗をしたことは目撃証言や監視カメラの映像その他で立証でき、その犯人と被告人の同一性のみが問題となる、というような場合のことです。
この問題は、ボクシングファンさんが挙げた例で、何者かが被害者を騙したことが明らかである場合には、同じ構造ですよね。


> それだけ聞くと、「被告人が自然人かどうか」という問題かのような印象がありますね。

別に「者」だけを切り取って独立に論じているつもりではありません。
「人を欺いて財物を交付させた者」という構成要件を5W1H的に分解すれば、「Who」の問題は、「者」の語にあてはまる問題ではないのか、と言っているつもりなのです。

とはいえ、「犯人性の問題」といえば通じるところをあえて「者」の該当性の問題だ、などというと混乱するから妥当でない、という批判であるならば、十分理由はあると思いますので、固執するつもりはありません。
意図を誤読されたところは説明しておきたい、というだけです。


それから、これは文脈からの推測なのですが、ボクシングファンさんの中で「構成要件該当事実」とは、「人を欺いて財物を交付させた者」全体にあてはまる1個の歴史的事実、というイメージではないでしょうか。
もしそうであればという前提ですが(違っていたら指摘して下さい)、それが間違っているというわけではないと思いますし、そういうイメージを前提にすれば、「者」の語だけを切り取ると、「誰でもない抽象的な『詐欺を行った人物』」というニュアンスに読めてしまうのは分かる気がします。

が、私の理解では、そういう全体としては1個の歴史的事実であっても、5W1H等の基準で、独立に論じられる対象はなるたけ区別して分析・検討する(訴訟であればそれぞれを個々の立証対象とする)というイメージの方がしっくりきます。

例えば、振り込め詐欺のケースで、被害者の証言に、「私は犯人から電話で『息子さん、ほんま困ったはるで。示談金として200万は、まあ相場や思いまっせ』と言われました」という点があったとしますと、
・「示談金として200万円払う必要がある」との旨を申し向けたという事実は、「欺く行為」の間接事実として、
・犯人が関西弁を話していたという事実は、(被告人が関西弁のnative speakerである場合には)犯人性を肯定する間接事実として、
それぞれ分けて評価するのが妥当だと思います。
(別にそういう見方に異論はない、ということであれば、私の見込み違いです。すみません)
 
 
 
最後に、ちょっと意地悪な揚げ足取り。

> 例えば、「騙された」と被害者が主張しているのに対して

と最初に書かれているのに、

> 「財物の交付」が存在しない詐欺未遂罪の事例かもしれないからです。

という反論は、ちょっと不誠実ではないですか?
被害者が「騙された」と主張している、という設問で、未遂の可能性を考慮するのは合理的でしょうか?
未遂の場合、言うとすれば「騙された」ではなく「騙されそうになった」ではないですか?

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