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山形・特急転覆 「ダウンバースト」有力 予見は困難(河北新報) - 1月8日7時13分更新

 見出しにあるとおり、予見は困難というのが大方の見方のようですが、山形県警としては

幹部捜査員は「死者5人、負傷者32人という大惨事だけに『突風という天災が原因だった』では済まされない。JRの運行基準に問題がなかったかなど、刑事責任の追及を目指す」と語り、業務上過失致死傷容疑での立件を視野に検証作業を進めている。

という方針のようです。

 しかし、この種の事故においては、原因の究明とそれの基づく再発防止策の策定と実施こそが重要であり、結果が重大だからといって、「刑事責任の追及を目指す」というのは論理的でもなければ合理的でもないと考えます。

 刑事責任の追及を前提とした捜査手続では、関係者は自らの刑事訴追を恐れて真相を語らない恐れが生じます。
 捜査は必要かと思いますが、報道を読んだだけでも立件は難しそうです。
 誰かの個人責任を問うよりは、同様の事故を起こさないきとんとした対策を立てることのほうが亡くなられた方たちの無念に応える道と考えます。
 下手をすると、誰かをスケープゴートにしたてあげる危険があります。

 所要の捜査を遂げた後は、専門家による事故調査委員会のような機関による刑事免責を前提とした調査を行うべきではないかと思います。

 この報道については、「新司法試験・独学の独白」のpocket6さんが同様の意見を述べておられ、基本的には同感です。

 ただし

客観的な視点で事故の原因を分析し、まず最初に、次の「事故」が起こらない手立てを考え、策を講じる。
その次に、その事故の原因が人的ミスであるというならば、現行法の範囲でその責任を問う。
事件の処理手順は、本来こうあるべきでしょう。

という手順については、さらに検討が必要かと思います。
事情聴取なしに原因究明は困難であり、先に述べたように刑事訴追が予想される場合、事情聴取において隠蔽が行われる可能性があるからです。

いずれにしても、刑事責任追及というのは、万能でも最善でもないという認識が重要かと思います。

山形は私の赴任地であり、山形県警の皆さんには大変お世話になりました。
とても有能で誠実な方が多かったという印象をもっております。
くれぐれも面子にとらわれて無理をしないようにお願いします。

追記

「死者5人、負傷者32人という大惨事だけに『突風という天災が原因だった』では済まされない。」

 この「済まされない」というところに検察とは違う警察の感覚が表れているようです。

 検事の感覚からすれば、
 「どんな重大事故であろうが、何人死者がでようが、故意も過失もないものは起訴しようがない。」
 です。

 ちょっと揚げ足取りでしたか。
 捜査しないわけにはいかない、という意味なら理解できますが、(誰かを)立件しないわけにはいかない、という意味ならかなり危険な発想です。

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コメント(7)

 お久しぶりです。私も鉄道ファンだけにこの事故には考えさせられるところが多くありました。私も、今回は「事故」的な背景が多くあったと思います。

 となると、思い出すのは、尼崎での脱線「事件」。こちらの方が刑事事件として立件されるべき材料が多いと思うのに、未だに刑事事件として立件できていない、というのは納得できないところがあります。尼崎での脱線事故が刑事事件として立件できていないのに、このような報道(もちろん、警察の捜査自体は必要でも)がなされるのは非常に問題あると思います

尼崎の事故の場合は、まずは運転手の過失が問題になりますが、すでに被疑者死亡の状況です。
その背景事情には相当問題があったことが窺われますが、過失や因果関係の問題を考えますとかなり難しい事案と思います。
刑事責任追及の観点から見れば限界がある事件だと思われますので、再発防止のために調査結果の公表を前提とした強力な権限を持つ調査機関が必要だと思います。
不起訴となった捜査結果の公表にはいろいろ制約があるからです。

TBありがとうございました。
私の「原因分析⇒対策」の優先的な考え方は、鉄道航空事故調査委員会の調査権限がもう少し強いものになったらいいな、というイメージです。
先日、同委員会の方の講演を聴く機会があったのですが、原因究明のための事情聴取をしようとしても、当事者は刑事訴追を恐れて黙ってしまう傾向が強く、果たして真実を語っているのか分からないことがあるそうです。
より安全な交通システムを作るためには、当事者が「失敗」を語ることが重要だと思うのですが、その誰もが重要だと思うことがうまく出来ないあたりに、刑事法をはじめとする法の連携の不備を感じます。

>当事者が「失敗」を語ることが重要だと思うのですが、

同感です。
警察の責任追及型の取調べでは必ずしも真相解明ができないのではないかと思っています。
刑事免責という言葉が思い浮かびますが、どうも日本人のメンタリティには馴染まないようです。

わたしは日航123便(御巣鷹山ジャンボ墜落事故)の被害者で昨年8月に二本のテレビ番組に主人公として登場した、美谷島邦子さんと中学校で同学年でした。

この数年は福祉関係のお仕事を手伝ったりしていて、色々と当事者の声として聞いています。

刑事責任の追及が優先するから証言が無かったのは日航123便事故でも大問題になったことで、自動車事故ですら原因究明が出来ていません。

特に自動車事故の責任が道路にあるとされる例はほとんど無いのに、道路を改修したら事故が激減したという例は沢山あります。

これは法律を改正するしか無いでしょう。
ずっと前から同じ状態です。

刑事免責が日本人のメンタリティに・・・
というところは、確かに同意できますが、その背景には「公平な刑罰がある」ということではないでしょうか?

自動車・航空機などの事故(産業事故にもあるが)の責任追及が直接担当者にばかり行って、道路の構造などになるとそれこそ「過失も故意も無い」で罰せられない。

確かに事故には基本的に悪意は無いわけですから、間接的な関係者の責任を追及できないのは刑事上の問題としては当然でしょうが、それが問題を放置して良い行政などの責任を逃れる理由にはならない、という当然のことがどこかに置き忘れられているので無いでしょうか?

とにかく「事故調査」の重要性は法律を改正する必要があるものだ、というところは強調したいです。

>酔うぞさん
刑事責任を問う、ということは社会秩序を維持するための手段の一つに過ぎないもので、最高のものでも最良のものでもまして神聖なものでもないわけですが、はたして国民の意識はどうでしょうか。
いうまでもなく、司法取引にも関係する問題です。

モトケンさん

    >刑事責任を問う、ということは社会秩序を維持するための
    >手段の一つに過ぎないもので、
    >最高のものでも最良のものでもまして
    >神聖なものでもないわけですが、
    >はたして国民の意識はどうでしょうか。
    >いうまでもなく、司法取引にも関係する問題です。

コメントありがとうございます。
色々書いてみましたが、極めて難しいしドンドン話が広がって収拾付かなくなったので
結論だけで失礼します。

わたしは、社会一般の感覚として今回の鉄道事故などで刑事捜査の途中で「司法取引にして、原因調査を優先します」とした場合、刑事捜査を優先するべきという意見の方が数としては多いかと思います。
しかし、それが原因不明でも仕方ないと許すわけでも無いです。

この両立しないことを多くの方は考えていないと思います。
一言で言えば「警察は事故原因を解明もキッチリやっていて当然だ」ということですね。
しかし当事者になったり興味を持っている人は「現状では問題だ」と言っているのです。

最終的には司法取引になるのだろうと思いますが、社会に対して改善提案をどう説明するのか?という問題を広範に検討しないと本末転倒で理解されない、といったことになるかと思います。

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