ニュースから伺われる断片的な証拠関係で判決の当否を判断することはできませんが、被害者の父親ですら
すべての公判を傍聴した純さんは「(被告は)犯人ではないのかもしれない」と眠れぬ夜もあったという。
という印象をもったのであれば、法廷の空気はなんとなく想像できます。
犯人が意図するしないにかかわらず、決め手となる物証のない事件はこれからも発生するでしょう。
そのような事件において、自白調書だけに頼る捜査はもう通用しないのかもしれません。
こうなりますと、取調べの可視化こそ検察にとって最大の武器になるように思います。
そして取調官は可視化に耐える取調べ技術を持たなければならないでしょう。
私としても、発想の転換をすべき時期に来ているように思います。
追記 補足説明(H18/1/25)
物証がない、自白調書に頼れない、じゃあどうすればいいんだ、という声が聞こえてきそうです。
言葉足らずでしたので補足します。
取調べの結果としての自白調書だけでなく、自白を得るプロセス、自白調書成立の過程を証拠化する必要があり、それによって、取調べの結果としての自白調書の任意性と信用性を担保し、立証する必要があるという意味です。
自白調書成立過程の証拠化というのは、取調べの可視化にほかなりません。
この事件は先々週の報道特集でやってました。捜査担当検事は「厳密な意味での秘密の暴露はない」「(被告人の犯人性について)客観的な証拠はない」と証言したようです。
正直な証言ですが、何故それなら起訴するのか?という疑問を禁じ得ない。外部から窺い知れない何かがあるのかも知れません。
検察としては、自白が得られた以上、起訴しないわけにはいかない、という面があると思いますが、自白があるからといって起訴しなければならないわけでもなく、他に物証がないならば自白の信用性が決定的に重要になりますから、その点の判断に甘さがなかったかは検証される必要があると思います。