日本の刑事裁判においては、自白がとても重要です。
それは、単に犯人性の確認(被疑者が本当に真犯人か)だけではなく、犯人に何罪が成立するのかという問題においても重要なのです。
それは、犯罪の内容を決めている刑法が主観的要素を多く要求しているからです。
比較刑法学を勉強したわけではありませんので、大きなことは言えないのですが、そう感じています。
主観的要素というのは、犯人の内心の事情です。
例えば、故意、目的などですが、問題なのは、内心の事情の内容によって、成立する罪名が変わり法定刑も大きく変わる場合があります。
岡口裁判官のボツネタのコメント欄にその趣旨のご意見が書かれています。
引用させていただきますと
# 他の国? 『日本みたいに故意,共謀,営利目的,供与の趣旨,行使の目的など,犯罪の成立にやたら主観要件の高いハードルがある国ですか?供述がないと立証が不可能な構成要件が定められた国ですか?強制わいせつ未遂と強姦未遂,殺人未遂と傷害,強盗殺人と殺人+窃盗など,主観要件だけで成立罪名・法定刑が極端に変わってくる国ですか?「認めれば求刑を下げる」とか「認めれば不起訴だ」と言っただけで「利益誘導で任意性がない」などと言われる国ですか?理想を追求するのはすばらしいことですが,現実を知ってくださいね』
というものです(前後の文脈がありますので、リンクを辿って全文をお読みください)。
内心の事情というのは、外形的な行動からある程度推認することは可能ですが、外形的行動からは分からない場合もかなりあります。
典型的な場合としては、深夜、路上を歩いている女性を犯人が無言で殴りつけたところで別の通行人に捕まったという事案を考えてみますと(被害者は怪我をしていないとします)、犯人が強姦するつもりだったら強姦未遂、わいせつ行為をするつもりだったら強制わいせつ未遂、金を取るつもりだったら強盗未遂になります。
しかし、このいずれかは無言で殴りつけた段階で捕まってしまいますと、外形的な行為からは判別がつきません。
「金を出せ」とか「やらせろ」などという言葉が出ていて、それを被害者が聞いていれば、被害者の供述から犯人の内心を推認することはできますが、無言であるとそういうわけにはいきません。
そうすると被疑者を取り調べて、どういうつもりだったのかという自供を得なければ、何罪が成立するか決められないのです。
つまり刑法の規定の仕方というものも、取調べと自白の重要性に影響を与えるわけです。
追記(H18/3/5)
落合弁護士が、裁判員制度における問題点などの関連意見「『自白の重要性』雑感」を書かれています。
同感です。
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