言うまでもなく私の想像です。
浜田裁判長とは、光市母子殺害事件上告審の裁判長のことです。
極めて遺憾(光市母子殺害事件上告審)のan_accused さんのコメント欄での質問に答える形で書かせていただきます。
>もしも、弁護人が公判に出席した上で被告人との接見状況などを具体的に説明し、再度期日を設けるよう求めれば、裁判所はその求めに応じ、改めて期日を設けたでしょうか。
さあ、どうでしょうか。
被告人との接見状況などは、就任直後に提出した期日変更申請書ですでに書いているはずなんです。
ぶっちゃけた話をすれば、やはり安田弁護士だから裁判所は強く出たのではないかと思っています。
人間的な信頼関係がない、と言ってもいいように思います。
期日変更申請を却下した理由の最大のものは、これもぶっちゃけの話ですが、裁判所はすでに心証つまり結論を決めているからだと思います。
弁論と言ってもほとんど形式的な儀式としての意味しかないと考えているのでしょう。
手続的に被告・弁護側の意見を聞くことはしますよ。でももう何を言っても無駄ですよ。
という感じです。
そしてその最大の根拠は、被告人が出した手紙の内容だろうと思います。
正直、あきれました。
救いようがない感じです。
この種の事件で最高裁が弁論を開く決定をしたということは、ほとんど判決宣告のときに理由から述べるのと同じようなものだと思います。
つまり、すでに事実上死刑判決を言い渡したようなものです。
そうなりますと、浜田裁判長としては、自分で判決を言い渡すしかないと腹を決めているはずです。
この段階で後任者に引き継ぐということは何としてでも避けたいという思いでしょう。
最高裁の死刑判決は文字通りの最終判断ですから、裁判長が合議体を代表して全責任を負って死刑すなわち国家による殺人を宣告するということです。
そんなことを後任者にさせたくはないと思っておられるでしょう。
後任者が死刑判決を回避することも考えられますが、そうなるとそうなったで後任者が強い批判を受けることが予想されます。
いずれにしても後任者に引き継ぎたくない事件であることは間違いないでしょう。
というわけで、浜田裁判長は、裁判の引き延ばしは断固として許さない、という強い決意で臨んでいると思います。
>矢部先生
詳細なお答えをいただき、ありがとうございます。
最高裁で弁論が開かれるときは、すでに相当程度判決が固まっているものであるということは以前聞いたことがあります。本件についても、実は既に死刑で結論がまとまっていて、弁論は一種のセレモニーということなのでしょう。
とは申しますものの、弁護人としては既に結論が見えているからといって、準備ができないまま死刑求刑事件の公判に出席し、そのまま結審・判決を迎えるわけにはいかないでしょうし、そんなことをすればそれこそ弁護士職務基本規定に引っかかってしまうように思われます(あくまでも、今回の弁護人解任が出来レースでないと仮定した、いわば「綺麗事」として考えた場合であって、実際は「悪あがき」に近い選択だったのかも知れませんが。)。
弁護人は、準備不足のまま公判に出席すれば弁護士倫理に反し、かといって欠席しても強い批判を浴びるという状況下で、弁護人の本分である「被告人の権利擁護」を選択したのであって、あまり弁護人を責めすぎるのは酷に過ぎるのではないかと私は感じました(もちろん、次回期日も欠席するようであれば、弁護人は今以上に厳しく指弾されてしかるべきなのは言うまでもありません。あくまでも今回に限っては、という話です。)。
なお、「安田弁護士だから裁判所は強く出たのではないか」という先生のご推察を伺って、我が国の最高裁にある「正義の女神」像が目隠しをしていない理由が何となくわかった気がいたしました次第です。
>いずれにしても後任者に引き継ぎたくない事件であることは間違いないでしょう
この観点は非常に重要だと思います。そして、後任者もこの事件には絶対に当たりたくない事件だと思います。
というのは、後任者は「国民審査」を受けていない判事である上、次の国民審査が行われるのは2009年半ば以降(与党圧倒的多数の現状では衆議院解散が行われるのは任期満了に近い時期と予想されるため)とみられているためです。すなわち、裁判員裁判が行われる中で審査を受けなければならないとなると、この事件の判断は審査にとって重要な材料になってしまうというのがあります。
申し訳ございません、追記いたします。
後任者については、この合議体に新たに任命される最高裁判事が入る場合です。
このたび、私のブログに時事関係のサイトのリンク集を設けようと思っております。
つきましては、貴サイトを是非リンク集に加えたいと思っております。
問題がある場合のみ、お返事いただければ幸いです。
以上よろしくお願いします。
地方で弁護士をしています。安田弁護士であるから、強く出た。後任の人にやらせなくないから、退官目前の裁判官が断固たる措置を採ったとの見方が当っているとすれば、極めて不可解な話です。安田弁護士であるから強く出たというのが、結論に影響を与えるなら、決定書きにその理由を書くべきでしょう。書けないような事情を考慮すべきでないことは言うまでもないでしょう。後任の裁判官により結論が変わる可能性があるなら、死刑との事案に照らしむしろ権限は謙抑的に行使すべきでしょう。
小林先生、はじめまして
あくまで私の想像ですから、当たっているかもしれませんし、当たってないかもしれません。
公判期日の変更は、「やむを得ないと認める場合の外、公判期日を変更することができない。」(刑訴規則182条)のですから、変更不可が原則です。
却下決定にあたっては、安田弁護士が指摘した理由がやむを得ないと認める場合にあたらないと指摘すれば足りると思います。
弁護人が安田弁護士であるかどうかが影響していることを明示的に判断する必要はないと思います。
不可解でもなんでもありません。
以上は建前論ですが、最高裁が出頭在廷命令まで出したということは、最高裁が安田弁護士を信用していないことは明らかですね。
裁判制度も人間が運営する制度ですから、信頼感の有無が判断に影響する場面は当然でてくるものと思っております。
>後任の裁判官により結論が変わる可能性があるなら、死刑との事案に照らしむしろ権限は謙抑的に行使すべきでしょう。
私の想像は、結論が変わらない可能性のほうを重視して、裁判長は自分で判決を言い渡しをしたいのだろうと思います。
そして、この問題は謙抑性の問題ではないと思います。