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医師「呼吸器外したい」と院長に相談…7人安楽死疑惑(2006年3月25日15時9分 読売新聞)

 まだ、詳細が明らかではありませんので、この報道について具体的なコメントができる段階ではありませんが、これまで同様な問題が起こっていますし、これからも起こる問題だと思います。

 昔は、治療の甲斐なく亡くなっていた患者さんが、医療技術の進歩により生命を維持しつづけることが可能になっています。
 そして、たとえどんな状態であっても一日でも命を長らえて欲しいというご家族がおられることも理解できます。

 しかし、私は許される安楽死の要件をもっと緩和したほうがよいのではないかと思っています。

 私自身としては、もし自分が意識不明の状態になって、体に繋がれている機械のスイッチを切れば生命を維持できない状態がある程度の期間続き、冷厳な医学的観点から回復の見込みがないと判断されるならば、スイッチを切るように書面で家族に指示しておこうかと真剣に考えています。

 たんに私の心臓の鼓動を打ち続けさせるために消費される医療資源は、もっと意味のある医療に使ってもらいたいと思うからです。

 この問題は、根本的には個々人の世界観、生命観の問題です。
 法律的には、自己決定権の問題として論じられます。
 しかし、医療制度論の問題でもあります。
 つまり、金と医療資源の配分の問題でもあるわけです。

 今回の問題が、たんに医師の刑事責任を問うだけでなく、医療全体の問題として考えられることを願います。

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こういう場合、病院側は患者本人の意思よりも、家族の意思を気にします。
死んじゃった人は後から文句は言わないけれど、生きてる家族は文句言うからです。
私の父は去年ガンでなくなりましたが、この辺のことを考慮して、日本尊厳死協会に入り、無理な延命を拒否する旨の書面作ってハンコついて、いざというとき医師に渡せるように持っていました。

まあ、結局使いませんでしたが。

>こういう場合、病院側は患者本人の意思よりも、家族の意思を気にします。

当然ですね。
本人の意思は確認しようにもできない場合でしょうから。

ある医師から、家族の同意のある場合もない場合もスイッチOFFするようなことは相当数あると聞いたことがあります。
かなり前の話です。

たぶん、医療現場と判例は大きく乖離しているのではないでしょうか。

>たぶん、医療現場と判例は大きく乖離しているのではないでしょうか

 それを考えると、この事件がもし2009年後半以降に起き、殺人罪で起訴され裁判員裁判で扱われることになったらと思うと恐ろしい気も致します。7人死亡という結果からすれば死刑まで考えられる事件でもあるためです

「呼吸器外し」これは積極的安楽死ですよね。呼吸器を付けることで一旦は延命治療を目指していたことになります。呼吸器を付ける段階で、家族と相談ができればより自然な死を迎えられたのではないでしょうか。私は最初から機械はごめんです。

iFinder さん
 安楽死、尊厳死関係の用語の整理ができていないのですが、一旦刑法から離れて終末医療の在り方を根本的に問い直す必要があるように思います。
 法律家や医者の判断は二の次にして、人間または人生は、そして社会はどうあるべきかという問題のように思えます。

 警察はすぐに刑事責任を問いたがりますが、刑法がでしゃばってはいけない領域は当然警察もでしゃばってはいけないと思います。

宗教の世界,聖職者がより直接に関与すべき分野だと思っています。もともと,医療や法分野は宗教からの分派ですから。
それから警察が刑事責任を問いたがっているというよりも,なんでも刑事事件として頼る日本の国民性がなせる技だと思います。民事事件でも解明できる,解明すべきという発想が少ないのだと思います。

>なんでも刑事事件として頼る日本の国民性がなせる技

 こういう面はたしかにありますね。
 適材適所という言葉がありますが、どのような問題を解決するためには、どのような制度またはシステムが適切か、という問題の検討が、安楽死問題に限らず、これまで不十分であるように思います。

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