エントリ

 基準検察という言葉があります。
 ググッてみましたがヒットしませんので、一般的な言葉ではなく公式な用語でもないようですが、検察の内部で、事件の処理をを一定の比較的形式的な基準に基づいて行う場合を言うと理解しています。

 an_accused さんが紹介された「連邦量刑ガイドライン」に似たものが検察内部にあるわけです。
 ただし、これは公開されていませんし、検察の処理基準(起訴不起訴及び求刑に関する基準)であり、裁判所の量刑の基準になるものではありません。

 私が検事をしていた当時の話ではありますが、全ての犯罪について基準が定められているわけではなく、事件数が多くて公平を図る必要と処理を早く決する必要があって、パターン化に馴染む犯罪に限って定められていました。

 例えば、自動車による業務上過失致死傷、薬物事犯、暴力事犯(暴行・傷害等)等にはありました。
 ときどき基準が改定されていますので、今の基準の内容は知りません。
 当時より厳しくなっているという印象はあります。

 暴力事犯で言いますと、被害者の怪我の程度、凶器使用の有無、使用した凶器の危険性の程度、同種前科の有無などであり、判断要素としては常識的なものです。
 それらを類型化して、一定の基準に当てはまれば、ある程度の求刑の範囲が決まり(例えば罰金20〜30万円など)、その範囲内でさらに細かい情状を考慮して微調整するという感じでした。

 このような基準がある犯罪ですと、新米検事でも処分のレベルを決めやすいのですが、基準がない犯罪のほうが多いわけで、求刑の基準なんていうものは、司法試験を受かって司法研修所を卒業したくらいではまったく分かりません。

 それでは新米検事はどうするかといいますと、最も安直な方法は先輩に意見を聞くことです。ベテランの事務官に聞く場合もあります。
 しかしこれでは「なんとなくこれくらいかな」という程度の意見しか聞けませんので、上司の決裁がとおりません。
 
 そこで、よく似た処分例、裁判例を探すことになります。 
 つまり、前例踏襲ということになるわけです。
 一番無難な決め方です。
 こういうことを繰り返して自分なりの求刑感覚というものを身につけていくことになります。

 しかし、前例踏襲的発想では、まず社会の変化についていけません。
 さらに、前例踏襲と言っても、全く同じ事件というものはないですから、よく似た事件が見あたらない場合もあります。
 
 特に殺人事件などは、求刑(量刑)の基礎となる情状は千差万別です。
 それに加えて、日本の刑法が、殺人については刑法199条の一条だけであり(昔は尊属殺というのがありましたが)、その法定刑が、「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」(最近の改正前の下限は懲役3年)というべらぼうに幅のある定めになっていることから、量刑の困難さに拍車をかけます。
 これで罪刑法定主義の要請を満たしているのかという意見もあるくらいです。

 強盗殺人ですと、法定刑は死刑か無期懲役しかありませんが、それでも死刑と無期懲役との格差があまりにも大きいため、実質的な法定刑の幅は相当大きいことになります。

 別エントリのコメント欄において、裁判官によって判断が異なってもいいのか、という問題が議論されていましたが、あまりに判断がまちまちになるようでは公平性の観点から問題が生じます。
 ですから、ある程度の基準というものは必要だと思うのですが、いくつかの要素を代入すれば一義的に量刑が定まるというような基準を作ることは不可能です。
 もしそんなものが可能なら裁判官は不要になる、という意見もありますが、そもそも判断の基礎となる事実の認定や評価から問題があるのですから、犯した罪に応じて罰を与えるということである限り、本質的に不完全な裁判官による裁判という手続によるほかないと思われます。

 言い方を変えますと、裁判というのは、人間(裁判官)の目から見た、人間(被告人)の行動及びその人間性の評価に基づいて下される判断、ということになると思います。

 当たり前の話なのですが、ここに裁判の意味、機能、限界、矛盾の本質があると考えます。

 矛盾を抱えつつも、よりよい裁判と言えるための要請の一つに公平性というものがありますから、何らかの基準があるほうがいいわけですが、公平性の前に、それだけの刑罰を与えるべきであるという必要性、当罰性というものがなければならないと思います。

 特に、死刑はいろいろな意味で究極の刑罰ですから、どのような事件について死刑が相当かという問題は、極めて重大かつ深刻な問題です。

 さまざまな犯罪類型ごとに求刑の基準というものは考えられていますが、次のエントリで死刑の基準について、私なりに考えてみたいと思います。

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コメント(5)

この記事の元となったコメントに対しての意見です。
「アメリカ人が見た日本の検察」(題名不明確かも)DAVID・T・JOHNSON著をお読みください。そこには,日本の裁判でいかに同様の事件に同様な刑がい言い渡されているか,それはどこの国にもない公平性という意味で最大の賞賛がなされています。
かたや,米国司法は裁判官ごとに差が天と地ほど激しく,それが批判されて量刑ガイドラインが出来たのです。量刑ガイドラインが出来ても,まだ不均衡は目に余っているはずです。
そういう事情ならば何でも米国の真似をする必要はないでしょうね。

オジヤマ虫 さん
 コメントありがとうございます。
 何年か前の京都地裁に、否認事件にはめっぽう厳しい裁判官がいました。
 ときどき求刑どおりの実刑判決を出していました。
 その筋には有名になっていまして、起訴されるとその裁判官の担当になるかもしれないと戦々恐々としていたようです。
 でも自白事件に対しては、特に厳しい印象はなかったです。

>矢部先生
 身勝手なリクエストにお答えいただき、ありがとうございます。
 先生が求刑“感覚”と表現なさいましたように、これを習得したり、あらためて言語化したりするのはなかなか大変なことと思います。

 さて、「連邦量刑ガイドライン」は、犯罪の全類型について、我が国の交通反則点数のような基礎点数が設定され(窃盗は何点とか)、武器所持でプラス何点、積極的な自供でマイナス何点などと加減項目が細かく設定されており、たとえ新人であっても量刑が算出できるようになっているようです(最初の半年は先輩についてOJTを受けるとのこと)。

 このような制度が導入されたのは、オジヤマ虫さまがご指摘になり、また私が別エントリーのコメントで申し述べた理由(「裁判官ごとに量刑の幅が大きすぎた」)のほかに、人種差別などによる刑の不均衡がなかなか排除できなかったことや、司法取引を機能させるためには量刑の予測可能性を高める必要があることなどがあるのではないかと考えています。別エントリーで私が「米連邦量刑ガイドライン」を紹介したのは、「量刑判断の点数化についての議論は存在するか」という問いに対しての応答であって、「現状において我が国でも同様の制度を導入すべきだ」という主張を含んだものではありません。
 但し、裁判員制度の導入により、一審における量刑のバラつきが無視できないほど(上訴による修正だけでは制度にかかる負荷が大きすぎると判断されるほど)広がってきた場合、「量刑判断の客観化」の要請が高まるだろうということは、前のコメントで言及したとおりです。

 最後に、本エントリーを拝読して、詐欺事犯において実刑と執行猶予を決定付ける要因として、被害額や被害者数、被告人の年齢等の数々の因子の中で、最も高い相関を示したのは「被害弁済の有無」であったという報告があったというのを思い出しました(その文献が手元にないのでうろ覚えですが、吉野絹子「量刑とその予測」木下富雄・棚瀬孝雄編『法の行動科学』福村出版だったと思います。)。
 詐欺や脱税、窃盗などは求刑・量刑の判断が比較的すんなりできそうな気がしますが、法定刑に死刑を含む事案について、量刑の決定要因を示すのは相当難しいことなのだろうと推察します。

失礼しました。
そういう意味で言うと,よく量刑相場という言葉が批判的に使われているので,殺傷事件について刑が軽いと思われているのではないでしょうか。
もし裁判所が過去の例を示すことによって裁判員が従えばこれまでどおりでしょうが,裁判員裁判になって一度量刑がグチャグチャになるかもしれません。
そうなったら,量刑ガイドラインの可能性が出てくるかもしれませんが,そのグチャグチャニなる期間,問題が指摘される期間,それを是正する期間を考えると,相当期間を要するのでは?
もっとも米国陪審では刑は主に裁判官が決めますが,裁判員は刑決定にも関与するので,その量刑のばらつきを含めて市民の意見反映となり(民主主義?),不均衡を受け入れるべきという論も出てくると思います。

>オジヤマ虫さま
 応答をいただき、ありがとうございます。
 おっしゃるとおり、マスメディアなどで「量刑相場」という言葉が取り上げられるのはあまり肯定的な文脈ではないですね。
 私自身は、「量刑相場」というものは必ずしも否定的に捉えるべきものではないと考えています。ただ、必要以上にとらわれるべきではなく、必要以上にとらわれると、光市母子殺人事件高裁判決のように事実評価と量刑がちぐはぐな印象を与える判決になってしまうのだと考えています。

 裁判員制度は、一般人である裁判員も量刑判断に関与することが予定された制度ですので、その制度の下での量刑にはバラつきが出てくることになるでしょうし、ある程度までそのバラつきは「目論見通り」と肯定的に解釈されることになるでしょう。
 今後仮に量刑の均質化を図る「揺り戻し」が起こるとしても、ずいぶん先の話になるだろうというのも、オジヤマ虫さまのご推察のとおりだと思います。

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