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「万引きで死刑」なのか?ライブドア問題を考える

 このネタも落合弁護士経由です(^^;
 落合先生は、「この「突っ込みどころ満載」のニュースに、私が逐一コメントするまでもないでしょう。」と言いつつ、けっこう突っ込んでおられます。

 

朝日新聞「アエラ」大鹿靖明記者がいうような「万引きで死刑」の結果となったライブドア事件について考えてみたい。

という書き出しなのですが、アエラを読んでいないので、ちょっとググッてみますと、「株は世につれ」というブログに若干の紹介がありました。

 要するに検察批判のようです。
 50億円を超える粉飾が「万引」で上場廃止が「死刑」のようです。
 しかし、落合先生も指摘されているように、ライブドアの上場廃止を決定したのは東京証券取引所であって、検察ではありません。

 東証の上場廃止基準がおかしいと批判したり、東証によるライブドアの上場廃止は東証の事実誤認であると批判するのなら話は分かりますが、上場廃止の責任が検察にあるかのような論旨は、やはり筋違いなのではないでしょうか。

 たしかに突っ込みどころ満載なのですが、ほとんど敢えて突っ込むまでもない程度の文章です。
 ご希望があれば突っ込みますが(^^)

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コメント(29)

>上場廃止の責任が検察にあるかのような論旨は、やはり筋違いなのではないでしょうか。

今までは実質的に「死刑」を宣告されるまでは、強制捜査は行われなかったのですから、ライブドアの場合はそれが異例ということじゃないですか?

>50億円を超える粉飾が「万引」

裁判所が粉飾と判断するかはまだわかりません。
犯罪でないとなれば「万引」と比較するまでもないですね。
最近の雰囲気からすると、「粉飾」の起訴事実については必ずしも有罪とは限らない気がしてきましたが。

たしかにAERAの書き方は変ですけど、マスコミなんてそんなものでしょ。

はじめまして
紹介ありがとうございます。
突っ込みどころ満載とは
私のblogというより、「万引きで死刑」のことでしょうか?
私のblogのことなら突っ込んでいただいてけっこうですよ(^^)
知識が薄いので全部答えられないかもしれませんが、
投資家の被害がもっと少なくすむ方法があったとするならば
教えていただきたいです。

以前TBはさせて頂きましたが,こちらでは初めてコメントさせて頂きます.いきなり以下の様なコメントで恐縮ですが,他に思うところもあり,書き込みをさせて頂きます.

>50億円を超える粉飾が「万引」で上場廃止が「死刑」のようです。

私にはこの解釈は正しくないと思われます.「万引」のたとえはとにかくとして,「死刑」の意味するものは上場廃止などではなく,強制捜索による重要書類やPCの押収,経営陣の身柄拘束等により企業がその活動を著しく阻害される事態を指した表現だと思います.上場廃止はその結果に過ぎないと考えます.ホリエモンはもうライブドアの経営には関わらないと表明していますが,会社を追われるきっかけが逮捕であったのは間違いないでしょう.逮捕しただけで大きな社会制裁になることは検察もこれまでの事例から熟知している筈です.このような状況において,検察の責任を問うことが「筋違い」でしょうか?私には「万引」ではなく,「有罪が確定していない段階で死刑はいかがなものか?」に感じられます.

willwin さん、はじめまして
 突っ込みどころ満載というのは、冒頭で引用したライブドアニュースの記事のことです。
 株式投資のことについては詳しくありませんので、投資家保護について確たる考えがあるわけではありません。
 しかし、上場企業においては決算報告は誠実であるべきであると考えているのですが、ライブドアについて、不誠実ではない、または許容範囲と考えている方が多いように思われ、感覚のずれを感じています。
 マスコミ報道に基づく印象にとどまりますが。
 

けんじさん
 異例だから批判されるべし、という論調ではないように思います。
 粉飾かどうかは、企業会計原則などの会計基準に基づいて判断されるものと理解していますので、粉飾決算か否かについては裁判所の判断の入る余地は少ないのではないかかと思っています。
 特捜検事はかなり会計の知識があるはずですし、専門家の意見を聞いた上で判断していると思いますので、粉飾自体が否定される可能性は低いと思います。
 すでに東証は、粉飾と認定しているのではないですか。
 これで堀江被告の裁判で粉飾が否定されたら、それこそ今までの会計基準はなんだったんだということになってしまいます。

ヤブ医者さん、と呼びかけるのは大変気が引けますが(^^;
 コメントありがとうございます。

>「死刑」の意味するものは上場廃止などではなく,強制捜索による重要書類やPCの押収,経営陣の身柄拘束等により企業がその活動を著しく阻害される事態を指した表現だと思います.上場廃止はその結果に過ぎないと考えます.
 
 私は認識を異にします。
 まず、やはり「死刑」とは「上場廃止」を意味すると思います。
 また、上場廃止は、強制捜査の結果ではなく、東証が上場基準を満たさないと判断したからだと考えます。
 強制捜査によってライブドアの経営に支障が生じたことは間違いないと思いますが、その後も経営は継続され、株価も上がる場面があったのであり、現に経営は継続されています。

>私には「万引」ではなく,「有罪が確定していない段階で死刑はいかがなものか?」に感じられます.

 「死刑」を「上場廃止」と考える以上、批判の対象としては、有罪が確定する前に上場廃止を決定した東証こそ批判されるべきことになると思います。

 強制捜査による株価の下落、経営に対する支障の発生について検察が批判されるのであれば、検察は上場企業に手を出せないことになってしまいます。
 
 但し、経営陣の身柄拘束等が深刻な問題であることは「ふぉーりん・あとにーの憂鬱」で指摘されているところですが、現在の日本の刑事司法制度を前提にする限り、多かれ少なかれ必然的に生じる弊害です。
 ライブドアだから大きな話題になっていますが、中小企業の経営者や個人営業者などについて、同様の問題がもっと深刻なレベルで日常茶飯事的に生じています。

 この問題の解決または軽減は、司法制度全体に及ぶ思想の転換が必要だと思います。
 具体的には司法取引の導入が前提になると考えています。

>すでに東証は、粉飾と認定しているのではないですか。

起訴されたから上場廃止されたのは誰でも理解してることだと思いますよ。
むしろ、会計基準で不明確だった部分に、検察が挑戦状を叩きつけてるように見えます。
裁判所が、
「これは粉飾じゃないよ」
と判断したらそれまでのような。

>起訴されたから上場廃止されたのは誰でも理解してることだと思いますよ。

 「起訴されたから」というのは東証の責任逃れの理由になりません。

>むしろ、会計基準で不明確だった部分に、検察が挑戦状を叩きつけてるように見えます。

 もしそうであるならば、検察はでしゃばりすぎたということになります。
 明確な範囲で起訴するというのが、検察の原則です。

>裁判所が、
>「これは粉飾じゃないよ」
>と判断したらそれまでのような。

 当然の話です。

引用されたライブドアの記事は、「検察庁に国賠訴訟を起こせ」という
主張だと思いますが、そもそも「東証」の決めた「上場廃止」を
国賠訴訟にのせる事はできるのでしょうか?

一般人さん
乗らないと思いますよ。
あの記事は、検察が立件すべきでない事件を立件したと決めつけているような記事ですが、思いつきで書いているような印象を受けます。

つけたしです。

>特捜検事はかなり会計の知識があるはずですし、専門家の意見を聞いた上で判断していると思いますので、粉飾自体が否定される可能性は低いと思います。

特捜検事(に限らずです)が最近裁判所の信頼を失っているのは、無罪ラッシュなどからも感じられることです。
専門家の意見といっても、その専門家でもNECEの件、その他都市銀行などの件との類似性を指摘している人もいます。果たして他でも普通に行われていることを粉飾であると確信を持っていえるのでしょうか?
特捜検事が行うことは間違いないという意見は、今や過去の幻影を追っているに過ぎない気がします。
 
>すでに東証は、粉飾と認定しているのではないですか。

東証が粉飾と認定したのは起訴されたからであることは明らかです。
そのような事態に至った以上、事実的な対応として東証が上場廃止の措置をとるのはやむをえないことといえるでしょう。
裁判所が、東証において粉飾についての実質的な判断をしたとは考えないでしょうし、もちろん上場廃止の事実に判断を拘束されるわけでもありません。

東証はライブドアが万引きをやっているようだという指摘がありながら、
それを見過ごしたという責任があると思います。

それから、「死刑」とは「上場廃止」を意味すると思います、に賛成です。

「諸君らが愛してくれたホリエ・モンは死んだ。何故だ!」
「坊やだからさ」
という思いはぬぐえません。

私が敬愛する箭内昇氏が日経でホリエモン擁護の論陣を張っておられます。元長銀役員として、自分がかつて受けた特捜部の取り調べを振り返り、捜査手法への違和感、坊やなホリエモンごときは足下にも及ばぬ大銀行の振る舞い、そして尻馬に乗る人々の浅ましさを指摘しておられます。

http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/yanai.cfm?i=20060303c9000c9

実体験をふまえた箭内氏の意見に私ごときが付け加えることはほとんどありませんが、あえて蛇足を述べるならば「若者の間で広く共有された絶望感こそがホリエモンをヒーローにした」です。就職口はなく、かろうじて就職できても使い捨てに近い扱いを受け、上を見れば逃げ切りを図る団塊の世代他がおり、(一般にはあまり知られていませんが)有権者の平均年齢は50歳であることを考えれば政治の力で現状を変えることが出来るとも思えず、その間にも国債残高は着実に増え続け(つまり時は若者に不利に働く)、という若者の閉塞感を桁外れのパワーで壊して見せたのがホリエモンでした。

ライブドアの怪しさは昔から噂がありました。粉飾はあったのでしょう。それでも、20歳代の絶望感を多少は共有する世代の一員として捜査には「何の問題もない」と言い切るのは抵抗があります。

「ではなぜ、より大規模な大銀行の粉飾は見逃されたのか」
「では我々若者はこの絶望的閉塞状況を打破するため何をすべきだったというのか、社会的地位と権力と経験で劣り、数ですら劣る我々は」

これが「たかが50億の粉飾ごときで検察は」という暴論を産む土壌であり、それはまだ解消されていません。

丁寧なお返事有り難うございます.アエラの記事を読まずにコメントしたのは軽率でした.ネットで関連の記事を漁りましたが,たしかに「死刑」は仰る通り「上場廃止」のようです.ただしアエラの大鹿靖明記者の真意は一連の検察捜査批判と思われ,不利益を「死刑」=「上場廃止」に限定して責任を全て東証に帰結する考えはいささか乱暴だと思います.

>その後も経営は継続され、株価も上がる場面があったのであり、現に経営は継続されています。
この事実は上場廃止がライブドアの死刑になっていなかったことを示します.一方,会社を追われた経営陣にとっては文字通りの死刑であったわけで,この場合の死刑は上場廃止とは無関係です.

>強制捜査による株価の下落、経営に対する支障の発生について検察が批判されるのであれば、検察は上場企業に手を出せないことになってしまいます。
物事は全て程度問題であり,all or nothingの考え方が賢いとは思いません.捜査のやり方を変えれば解決する事柄もあるのではないかと思います.また,批判されることが手を出せない理由とはなりません.これは「批判するな」という言葉と同義です.

>現在の日本の刑事司法制度を前提にする限り、多かれ少なかれ必然的に生じる弊害です。
この辺りで素人に(あるいは私だけなのかも知れませんが)理解できないのが「問題の根底は本当に制度なのか?」です.上で書いたこととも関連しますが,「強制捜査の方法論が問題で実は回避可能な部分がある」という考え方は成り立たないのでしょうか?

さらに追記事項:

>ライブドアの粉飾事件に関して、あまり認識されていないが極めて重要なことがある。それは、数千億円の時価総額を持っていた上場企業が「生体解剖」されたという重たい事実だ。
 粉飾決算の摘発は他の先進国でも実施されているが、生体解剖は経営者が自ら粉飾の事実を認めたときに限られる。その意味で、ライブドア事件とエンロン事件は違う。エンロンの場合、内部告発を受けて会社内部で調査をした結果、会社が粉飾を認めている。したがって、ライブドアのケース(堀江被告は粉飾の事実を認めていない)とは大きく異なっているのが実情。
 もし、報道が示しているように、ナンバー2と会計士の自白によって、粉飾が立証されるとするならば、他の上場企業は覚悟しておくべきだ。尋問された関係者が自白するだけで粉飾と認定され、退場を迫られかねない。
 これは他の先進国にはない激烈なリスクだ。それを認識するならば、当局による自浄作用ではなく、制度としての自浄作用をもっと機能させたほうがよいという判断になるのではないか。

「週刊!木村剛」より。
http://kimuratakeshi.cocolog-nifty.com/blog/2006/05/post_7872.html

携帯アクセスですので断片的な投稿になります。

けんじさん
引用された木村剛氏の文章についてですが、生体解剖というのは、何を意味しているのでしょう?
また木村氏は、粉飾の存在の立証と粉飾関与の有無の立証を混同しているように感じられますがいかがですか。


ライブドア事件に関して検察に責任があるとの何人かの方のご意見についてですが、検察のどのような行動が、どのような結果を生じさせたことについて、どのような責任を負うべきである、と言うことなのでしょうか?

ヤブ医者さん
強制捜査は、外科手術に例えることができます。
ただし、検察(警察もですが)は、切った後、縫合しません。

切られ患部は、他の誰かによって縫合されるか、自然治癒するか、部分的にえ死するかですが、検察は切った後の面倒見が悪いやぶ医者です。

落合先生のブログからの引用です。私も同感です。同期法曹氏は知人なので転載の許諾を得ました。

> 同期法曹 『偽証と脱税と粉飾決算。このうち1つをやったら社会的信用がゼロとなるのが米国文化。この3つをやっても「みんなやっている」と擁護する人がいるのが「恥の文化」のはずの日本。どこか間違ってないですか。3つのウソをつくのを容認するのはどうですかね。小学校で教わらなかったかなあ。ウソつきは泥棒の始まりと。>生体解剖論』

えーと、ちょっとわからないのですが、上場廃止と検察を結びつける考えって言うのは、つまり、
東証は起訴されただけで上場廃止を決めちゃうようなバカなんだから、それを見越してもっと起訴や強制捜査は容疑が確実になってからやるべきだ、
とゆーことなんでしょうか。
粉飾決算が違法合法ぎりぎりのところで行われる高度に専門的なもので、検察的には確実だと思っても、やはり判決が出るまではわからないという性質のものだ、というのは、計算書類というものがどういうものかを知っている人なら、知っていて当然と思うのですが。
何故東証をそんなに思いやってあげなければいけないのかがわかりません。

これとは別の話ですが、マスコミが適当なのは何も今に始まったことではなく、また、素人の書くライブドアニュースなんてそれ以下です。
適当につっこみを入れてブログのネタにする、という東スポのようなスタンスでおつきあいするのが吉であると考えます。

>また木村氏は、粉飾の存在の立証と粉飾関与の有無の立証を混同しているように感じられますがいかがですか。

落合弁護士のブログもそうですが、ライブドア事件について書いてるマスコミ記事やジャーナリストといった法律の素人さんに対して専門家がチャチャ入れてるようなのは見ていてあまり良い感じがしないのですが、いかがでしょうか?

>ライブドア事件に関して検察に責任があるとの何人かの方のご意見についてですが、検察のどのような行動が、どのような結果を生じさせたことについて、どのような責任を負うべきである、と言うことなのでしょうか?

検察OB諸氏にお伺いしたいのですが、法律的に「可能」であることと、社会的・市場的に「妥当」であることはイコールでないのは異論ありませんよね?
先生方は法律的に「可能」なんだから問題ないじゃないか、という考えのようですが、それはいかがなものかと思います。
検察は力の使い方に十分注意すべきではないでしょうか?
検察の責任の取り方ですが、まあ特捜部にとって「負け」と見られる判決が出たら特捜部長がお辞めになるんでしょうね。

 GW中でお出かけのご様子ですね.にもかかわらず携帯からのお返事有り難うございます.ただ,余裕がお有りになる時で結構ですが,私がお尋ねした「問題の根幹が制度なのか?」についてご教示頂けると幸いです.
 強制捜査に関しては極めて「文学的」かつ医者にも分かりやすい説明をして頂きましたが,これに関して医者の立場から申し上げます.検察が「やぶ」であるかどうかは私には判断できませんが,検察の行う外科切除において不足しているのは再建や縫合ではなく,治療効果判定とそれによるフィードバックだと思います.
 我々の治療では,ステージがどの程度であれば治療後5年生存率は○○%といった数字があり,これが異なる治療法の優劣,治療法選択の妥当性,施設間格差などを検証する根拠となり,広い意味で進歩に貢献します.一方,検察の切除術にはどの様な効果判定が仕組みとして存在するのか疑問です.切除対象疾患が単純な犯罪であれば,手術適応は当然で議論の余地はないでしょう.一方,犯罪の認定すら困難を伴う類の病巣に対しては,手術適応の判断も難しいでしょう.手術して病巣を切り取っても,患者の容態がさらに悪化したり甚だしきは死に至るのは極力避けねばなりません.十分に配慮した上での合併症は致し方ないとも言えますが,患者感情としてはそれでもなかなか納得できないものです.検察が行う外科治療の患者は日本国家であり日本人社会であると思いますが(この認識は間違いないですよね?),治療によって本当に患者がよくなったのか常に冷静に判断する必要があると考えます.なかでも,違法性のグレーゾーンに対して規範を示す,という手術には治療効果判定は是非とも必要と考えます.これがないと偏った正義感の押しつけが一層社会を悪くする可能性があると危惧します.なお効果判定に一時的な世論は無意味だと思います.
 上でForsterstrasseさんが紹介されている箭内昇氏も,検察の対応がその後の日本をかなり悪くしたという認識をお持ちの様です.この認識が本当に正しいのかどうか私には判断しかねますが,少なくともこうした考えを持つ人間がいることを検察も真摯に受け止める必要があるのではないでしょうか.私自身は検察の責任を問うつもりもなければホリエモンを擁護するつもりもありません.ただ,検察の態度に唯我独尊的傲慢さを感じており,それに対して文句を言っているだけです.

ヤブ医者様、Forsterstrasseです。
箭内氏は、長銀が粉飾として断罪されたこと自体には異を唱えておられません。私が引用した記事では分かりにくかったかと思いますが、氏の他の記事や著作を見れば明らかです。そこには、かつての金融界が村を作り、その中の常識が一般常識から乖離していたこと、検事・捜査とは、村の中の常識を忠実に守っていた自分に対して突きつけられた一般常識であったこと、が述べられております。
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/yanai.cfm?i=20051116nai20c9
氏が異論を述べているのは、報道機関を巻き込んだ心理作戦という検察の手法であって、目的ではありません。

ヤブ医者 様

>治療効果判定とそれによるフィードバックだと思います.

>検察の切除術にはどの様な効果判定が仕組みとして存在するのか疑問です.

さすがにお医者様だけあって鋭いご意見ですね。
そもそも医学も含めた自然科学と違って、社会科学とくに法律学ではそういった「効果判定」のような思考は欠けがちなんですよ。

えてして「適法ならば責任はあるのか?」
といったロジックの世界に入り込みがちです。

本筋から離れますが、すごく気になったので…

> マスコミ記事やジャーナリストといった法律の素人さんに対して専門家がチャチャ入れてるようなのは見ていてあまり良い感じがしない

私は「素人なんだから(分かってなくても許してよ)」と開き直って云い散らかすマスコミの方が好い感じがしません。

素人さんが何か云ってらぁ、と専門家にそっぽ向かれるよりも、モトケンさんや落合さんのように、辛抱強く相手をして欲しいです。

私も、けんじさんのコメントについて、桃ノ次さんと同じところに疑問を覚えました。

専門家による誤解や無理解の指摘や、専門家としての観点からの反論などを「チャチャ」と呼ぶ感覚が正直よく理解できません。

>専門家による誤解や無理解の指摘や、専門家としての観点からの反論

こういうのは、とても良いことだと思うし、有難い指摘だとは思いますよ。
しかし私には「チャチャ」と感じられるような場合があります。

表現の仕方、言い方の問題だと思うんですけどね。
専門家に対する尊敬を損なうようなものだったとしたら良くないような気がします。
具体的にどこがどうだと指摘するつもりはありません。

素人からは「チャチャ」だと受け取られるものが、専門家としては「重要な問題だ」という場合も多いんでしょうね(何が重要かは専門家の方こそがよく分かっているわけですし)。

Forsterstrasseさん
 誤解というか読解力不足を訂正して頂き有り難うございます.ご紹介の記事を読み十分に納得できました.

けんじさん
 過分なお褒め,恐縮です.モトケンさんが手術にたとえられたので上の様な物言いになりましたが,もちろん私も法律と医学の違いは理解しているつもりで,自然科学の様なきちんとしたデータで裏付けることが不可能であることは当然です.法律の解釈とそれに基づく行動は所詮人のやることであり,功罪とも認識の違いに過ぎないのかも知れません.そうであればこそ,デメリットを指摘された際に上回るメリットがあると常に主張できる理論武装は必要かと思います.明確に反論できない場合は行動自体を変えていく,こうしたこともフィードバックの一端ですかね.最もいけないのは,強弁する,誤りを決して認めない,内心誤りに気付いても決して方針転換しない,だと思います.

こんにちわ。とおりすがりのものです。木村氏のコメントに関して以前論じていらっしゃったようですが、結論からすればまじめにとりあう価値もないレベルのものだと思います。この文は中央青山の処分直前に木村氏からリリースされたもので、要は金融庁の中央青山に対する処罰を少しでも軽くしようと言う意図をもって書かれた文です。(何の効果もなかったわけですが)原文を読んで頂ければわかりますが、文の本来のテーマは会計士に対するペナルティーの是非で、ライブドアの「生体解剖」(定義がないので全く意味不明ですが、会計士に対するペナルティとは関係ないことは確かです)は単にダシに使われたに過ぎません。木村氏にとって中央青山はコンサル先であり、彼の経営する振興銀行の監査を担当している極めて親しい先です。カネボウをはじめ、数々の企業の粉飾決算に係わっているにもかかわらず、彼は執拗に擁護しています。
http://blog.business-i.jp/kimura/2005/09/post_25be.html
http://blog.business-i.jp/kimura/2005/10/post_4c0f.html
今回の文中でも「当局による自浄作用ではなく、制度としての自浄作用をもっと機能させたほうがよいという判断になる。」「当局による厳罰によって監査現場や顧客である上場企業を萎縮(いしゅく)させるより、公認会計士協会や監査法人による自浄能力を高める方が望ましい。」と述べています。要は「公認会計士に対する当局のペナルティーをきつくするよりも会計士内部の自浄作用にまかせろ」という主張です。全く意味不明としか言いようがありません。会計士業界内部の自浄作用を高めることと、その自浄作用が働かなかった場合に会計士にペナルティーを与えることは、両立するものです。なぜ二者択一的な考え方にならなければならないのかわかりません。さらに唐突に中央青山の業務内容が出てきて「産業別に組織を再編して専門能力を高める」「監査意見を二重三重にチェック」「元警察のベテラン財務捜査官を招聘」「他の監査法人が追随できないような厳しい体制を整備した」などとその体勢を持ち上げまくっています。まったく意味不明の論理展開ですが、彼の立ち位置を理解すればなんとなくその背景がわかるでしょう。木村氏は香ばしいとしかいいようがありませんが、もしよろしければ彼に今度トラックバックでも送ってやってください。少しは彼も自粛するかもしれません。

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