オウム・松本被告の裁判打ち切り支持 東京高裁(asahi.com 2006年05月30日15時44分)
11部は決定理由で「弁護側の控訴趣意書提出の遅れがやむを得ない事情に基づくとは言えない、とした10部の判断は正当だ」と述べた。
まだ最高裁の判断を仰ぐ余地はあるとしても、弁護団としてはかなり追いつめられた状況になりました。
相当程度予想された決定です。
「弁護側の控訴趣意書提出の遅れがやむを得ない事情に基づく」と言えるかどうかの判断をするとなると、そうは言えないという判断にならざるを得ないように思います。
過去に何度も述べたと思いますが、少なくとも本件に関する限り、被告人と意思疎通ができなくても、最低限度の控訴趣意書を書くことは可能であり、控訴趣意書を提出した後でも被告人の訴訟能力を争うことは可能だったからです。
あらためて弁護団のこれまでの対応が問われることになると思います。
訴訟の迅速化を強く図っている最高裁としては、棄却決定を覆す可能性は低そうですが、冤罪防止は至上命令と言ってもいいですから、実質的には一審の記録を精査して実体的判断つまり松本被告の共犯性(首謀者か否か)を慎重に審査することになるのではないかと想像しています。
もしこの想像が当たっているとしますと、最高裁が棄却決定を覆した場合は、松本被告の有罪に一抹の疑問を持っていることを示すことになるのかもしれませんが、今からあれこれ想像していても、単なる法律家の井戸端会議です。
このブログは井戸端会議を書くことを目的にしているようなものですが。
追記やや詳報
松本智津夫被告の死刑判決、東京高裁が異議を棄却(2006年5月30日21時56分 読売新聞)
この日の決定は、趣意書の提出遅れについて、「期限内に提出は十分可能だった」と指摘。「被告と意思疎通が出来なくても、弁護人は記録を検討するなどし、法律の専門家として趣意書を作成すべき」とし、「公判の停止という自らの主張が受け入れられないため、趣意書不提出という実力行使に出ることは正当化できない」と批判した。
「実力行使」とまで言っています。
「被告と意思疎通が出来なくても、弁護人は記録を検討するなどし、法律の専門家として趣意書を作成すべき」
これが多分、弁護士を含めて法律家の多数意見だと思うのですが、法曹世論調査みたいなものはありませんので、はっきりしたことは言えません。
しかし、控訴棄却のリスクを負う弁護士がそう多くないことは間違いないと思います。
意地悪な言い方をしますが、松本被告の弁護人は、控訴趣意書はなかなか提出しなかったのに、異議申立てや即時抗告は迅速にできるんですね。
控訴趣意書の不提出は、うっかりの出し忘れでも洒落にならないくらいの懲戒事由ですが、松本被告の弁護人は確信犯です。
松本被告の死刑が確定してしまったら、”誰でもできる”懲戒申立てが弁護士会になされるかもしれません。
意地悪なことを言いますが、死刑廃止論者は、東京高裁の決定に抗議すべきです。弁護人の実力行使の不適法とかの理由なんかどうであれ(無視すべき)、死刑という原審判決を職権で破棄しなかったのですから。
ハスカップさんのコメントについて一言。
ちょっと本筋からずれますが、死刑廃止論者の運動についていつも疑問に思うのは、「判決時ではなく執行時にばかり抗議するのは何故か」という点です。
死刑執行の情報があると、現場となった刑務所の周辺でデモをしたり、法務大臣に対して抗議したりと様々な活動をしているようですが、判決で確定したことを職務としてこなさねばならない人々を責めるより、死刑判決を出すかどうかの決定権を握っている裁判官に対して、判決の直後に抗議する方が本筋だろうと思うのですね。ところが、実際は、判決時にはさしたる活動はしていないように思われます(しているのかも知れないが、あまり耳にしません)。
これは一体なぜなのでしょうか? 死刑判決は大抵大きなニュースになるのだし、死刑求刑があったことや判決の日も予め分かっているのだから、即座の抗議行動も遥かにしやすいだろうと思うのですが・・・・。死刑に反対なのであれば、判決の当日、即ち、残虐な事件の内容についての記憶、社会認識が鮮明な段階でこそ、「このような事件に対してであれ、死刑を選択すべきでない」との意見を正々堂々と展開したらよいのではないでしょうか?
PAMPYさま
たまに聞くのは,「〜以上の理由により,被告人を死刑に処する」と言った瞬間に,裁判官に対し「人殺し!!」とわめく,というのがありますね。
さる有名な刑法学者は,最高裁判事時代にこれがもとで死刑廃止論に転向したと聞いたことがあります。その点から見た場合,効果がないとは言えないのかもしれません。
死刑廃止論の方には酷かもしれませんが,PAMPYさまやkobitoさまと拙論は同旨の立場です。法務大臣にしろ刑務官にしろ裁判所の判決と法律上の義務に基づき命令ないし執行しているのですから,正当業務行為を責める方こそ酷です。
そのような死刑判決は威嚇力がなく応報は不当で誤判の危険もあって人道主義に反するというのなら,その典型例である教祖の原審死刑判決を肯定し,職権を発動して破棄減刑しなかった高裁判決(高裁判事)に厳重に抗議するのがスジなような気がします(裁判官は苦渋の決断で究極の刑・死刑を肯定するのが通常なので個人的には裁判官に抗議するのは酷だと思いますが。)。あるいは死刑制度を廃止しない国会に厳重抗議するならまだスジが通っていると思います。
刑法理論でいえば,違法拘束命令(国会議員や裁判官)を不問に付し,違法拘束命令に従った人(法務大臣・刑務官)を執拗に抗議するのと同じであり,死刑廃止論は説得力を欠くと思います。死刑廃止論の方は是非真摯にご一考いただければ幸いと思います。
訴訟指揮の話はよくわかりませんが
松本被告に対する診察や治療が不十分な気は強く感じます
拘置所内における診察や治療の問題ですが、松本被告の問題に限らず不十分だと思います。
よく問題になるのが虫歯の治療です。
ところで、松本被告を拘置所外で治療するというのは相当大ごとです。
逃げられた又は奪取された、ではすみませんからね。