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 コメント欄においてご指摘のあったところですが、光市母子殺害事件については、少年法61条が関係してきます。

(記事等の掲載の禁止) 第六十一条 家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。

 少年法の一番最後にある条文です。
 いうまでもなく、実名報道が少年の更生の妨げになることを考慮した規定です。
 本件の被告人は、「少年のとき犯した罪により公訴を提起された者」に該当しますから、実名等を出版物に掲載してはならない、ということになります。

 ブログが出版物かどうかについては、手元にありました「注釈少年法【改訂版】」(有斐閣)の433頁には

要するに、不特定多数の者が知り得る媒体を意味する。今日に通信手段の発達を考えると、新聞、雑誌など「出版物」のほか、テレビ、ラジオ、更に、コンピュータを使った各種の通信等を含むと解すべきであろう。

とありますので、ブログも「出版物」に含まれると考えるのが自然なようです。
 
 となりますと、弁護士の端くれである私としましては、法律を遵守すべきでありますので、このブログにおいて本件の被告人の実名等が記載されました場合には、その部分について管理者の権限として修正編集させていただきますのでご了承願います。既に、2か所修正させていただきました。

 但し、立法論としては、公訴を提起された被告人が成人に達した後もこのような報道制限が必要かどうかについて若干の疑問を抱いています。
 公訴というのは、文字通り公(おおやけ)の訴えの提起でありますし、事件と犯人を成人並みに扱うということにほかならいのではないかと思うことと、例えば19歳11か月の時に犯罪を犯した少年と、20歳になったばかりで犯罪を犯した成人とを、少年が成人した後においても、別異に扱うことの合理的理由がないのではないかと思うからです。

 但し、(但しが続きますが但しです)、上記のような少年事件を成人の事件と同様に扱うということは、実名を公表すべし、ということを意味するのものではありません。
 犯人の更生という観点で別異に扱う合理的理由が見いだせないということでありますから、犯行時少年であったものであろうと若年成年であろうと、報道の必要性と更生に対する障害の可能性とをきちんと議論して報道の可否を決すべきであると思うのです。

 その観点から言えば、少年法61条の反面解釈として、成人なら当然に実名報道すべきである、という考え方は間違っていると考えます。建前としては、そのように言うマスコミ関係者はいないと思いますが。

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少年時代に実名報道を免れた者が成人してから再犯で捕まるケースはどうお考えですか?
女子高生コンクリ殺人の犯人の一人が再犯で逮捕された時、ほとんどのマスコミはコンクリ殺人の犯人と明記した上で匿名報道していました。この考え方でいけば、少年時代に社会的事件を起こしておけば、成人後にどんな大事件を引き起こそうが匿名性が守られるということになります。
少年は更正の可能性を見込んで匿名が保障されているのに、その可能性を自ら摘み取った者のプライバシーを引き続き尊重しなければならないのでしょうか。

上記の指摘はそのとおりですが、翻って、大阪の姉妹殺害事件は、どのマスコミも実名報道・顔もバッチリでしたよね。そう考えると、みみみさんの「少年時代に社会的事件を起こしておけば、成人後にどんな大事件を引き起こそうが匿名性が守られるということになります」というのは、違うのかな〜と思います。
マスコミを擁護するわけではありませんが、こんな風に考えてみました。
女子高生コンクリ詰め殺人の犯人が捕まった事件は、通常であれば、それほど大きく報道されたり、週刊誌に載ったりするほどの大事件ではありませんでした。ただ、その犯人(正確に言うと犯人の1人だったと記憶していますが)が有名事件を起こした元少年だった、ということで、大々的に報道されました。つまり、ここで報道が大きくなったのは、事案の軽重というよりも、「犯人が少年時代にこんなことをしたやつだ」ということに主眼が置かれていたように思います。だから匿名で報道された。実際に、「再犯」事態、どんな事件だったか覚えている人がどれだけいるでしょうか?
これに大して、大阪の姉妹殺害・放火事件は、それ自体、結果重大で社会に与えた不安も大きかった。だから、それ自体の犯人は報道する必要があった。「昔母親を殺した少年だった」ということは単なる+α。
マスコミとしても、一応のすみわけはしているのかもしれません。
だから、「少年時代に社会的事件を起こしておけば・・」というのは、杞憂かなと。
そこまで我が国のマスコミもおばかではないと思います(というか、思いたい)。

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