エントリ

東大阪生き埋め殺害:広畑容疑者が当初、事件主導の疑い(毎日新聞 2006年7月1日 3時00分)
脅しの一方で口止め料も 解放会社員に主犯の男ら(ヤフーニュース(共同通信) - 7月1日7時27分更新)

 徐々に事件の詳細が解明されつつあるようですが、現時点で一番不可解なのは、どうして一人だけ無事解放されたのかな、という点です。

 事件の構造を考えるときのポイントになるような気がしています。

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岡山の産廃処理場で男性2遺体発見 大阪・集団暴行 大阪府東大阪市の男子大学生ら2人が集団で暴行を受けて行方不明になっている事件で、大阪・岡山両府県警の... 続きを読む

コメント(13)

やくざの抗争を地でゆくような事件ですね。
かつて「マンガ少年」であった私は、「影の番長」を思い出しました。

さらに、松本清張「黒地の絵」を思い出しました。
「集団」と「暗闇」そして「恐怖」は、人をこれほどまでに「狂気」へと駆り立てるのでしょうか。

 たしかにマンガみたいな事件なのですが、現実として2人の命が奪われており、その現実はリセット不可能です。
 ということを彼らはわかっていたのかな、という疑問がなきにしもあらずです。
 最近の若年者の犯罪の中には、暴力的なマンガ、劇画、ゲーム等の影響があるのではないかと思える事件があります。

某大型掲示板で「また大阪かよ!」と揶揄する連中がいるかと思うと腹立たしい限りです。
最初に企図した犯人が「あそこまでやるとは」と供述しているように、名古屋アベック殺人や女子高生コンクリ殺人であったような「集団ならではのエスカレーション」が生じたのでしょう。開放された一人については、殺害への加担を強要して口止めしたという報道もされていますね。
ttp://www.sankei.co.jp/news/060628/evening/29iti001.htm
一人逃がしたのは、警察へは駆け込ませない一方で「あいつらには手出ししない方がいい」という評判だけ広めさせようとしたのかもしれません。

モトケンさんのおっしゃる通り、最近の青年向け漫画では「血みどろの格闘」とか「集団暴行」とか「大量虐殺」とか歯止めのない暴力描写が増えています。しかも、ストーリー的に勧善懲悪になっていないものが多く(時には暴力を振るう側が主役)、相手の痛みへの想像力や平和的解決という意識が読者に育たない。

私はゲーム脳理論には全く賛同しないのですが、道徳的な素養を持たないまま漫画やゲームの暴力「ばかり」吸収していたら、たしかに暴力や殺人への抵抗感は少なくなるでしょうね。漫画やゲーム業界はいつまでも表現の自由を盾に「無罪主張」ばかりはしていられないかもしれません。
こんなことばかり続くと、日本社会に倫理的な「揺り戻し」が来て、ひどく保守的な警察国家になってしまわないかと心配になります。

 みみみさんはマンガにはあまり詳しくないようですね。
 暴力礼賛の番長モノで出世した本宮ひろ志の「男一匹ガキ大将」は30年前、血みどろの乱闘や大量虐殺が描いた白土三平やさいとうひろしの劇画ブームは40年前ですよ。
 邦画では50年前からヤクザものが人気を博していましたし、洋画でも西部劇や戦争ものは昔からあります。

 さらに、古典的なボードゲームの多くはウォーシミュレーションですし、昔の子供の遊びだって生き物を片っ端から殺して回るようなものが大半です。

>相手の痛みへの想像力や平和的解決という意識が読者に育たない。

 相手の痛みが想像できるからこそ、暴力には快感が伴うのであって、痛みを感じない相手をわざわざ苦しめることはありません。平和的解決が現実世界では大半だからこそ、フィクションの世界では暴力的解決が好まれるのだということがおわかりでない?

グーグルで探した調査研究の一例です。
内閣府のHPの一部です。

青少年とテレビ、ゲーム等に係る暴力性に関する調査研究

今回の犯人(と被害者)が恐ろしいのは、問題解決の手段として暴力を何の抵抗も無く選択していることです。別にチンピラやくざでもない大学生が、です。たしかに昨今の漫画で似たような展開の作品がありました。直接影響を受けたかどうかはわかりませんが。
ただ、犯罪が漫画じみているからと言って、マスコミのようにすぐ漫画をわかりやすい悪役に仕立てる愚は避けたいものです。


>inoueさま
漫画にリアルな暴力描写が定着したのは約40年前の劇画ブーム以降であることは承知しています。しかし、当時と現代を比較すれば、作品も社会も大きく変わったと指摘せざるをえません。

作品に関して言えば、白土三平やさいとうたかを(ですよね?)は暴力の存在を冷徹に認めはしても賞賛はしていません。ジョージ秋山の「アシュラ」もそうです。当時は大問題になりましたが、あの作品の主眼が残虐描写でないことは明らかです。それに、忍者やスパイ、ギャングが題材では真似のしようもない。
「男一匹ガキ大将」の万吉は人殺しや金目当ての暴行はしなかったし、暴力の恐怖で弱い者を支配することもしませんでした(読んだことがあるならお分かりでしょう)。
私が先のコメントで述べたのは、歯止めのない暴力に主眼を置いた作品が増えているということです。言い換えれば、過激な暴力描写が目的化した作品です。
ヤンキー系の漫画の多くは、真面目な人間をダサいと見なし、カツアゲやフクロを当然の行為として描いています。その他、殺人や暴力をゲーム化している作品も少なくありません。同じ大量虐殺の描写があっても、「石の花」と「GANTZ」では、読者が感じる痛みや命の重さはまるで違います。
思うに、漫画の描き手自身、暴力を肯定し犯罪をゲーム視する人が増えているのではないでしょうか。そして、読者が慣れるに従って過激な描写はエスカレートし、対象年齢も下がっていきました。

次に社会的な面ですが、年少の読者を取り巻く環境は大きく変わりました。
核家族化・少子化・価値観の相対化が進み、「こんなもの子供にはまだ早い」と本を取り上げたり、「暴力での解決や弱いものいじめはよくない」とはっきり諭してくれる大人(親)が減りました。また、子供部屋が普及して親との接点が減り、子供は際限なく漫画やゲームの刺激に身を浸せるようになりました。
今はランドセルを背負った子供が誰はばかることなく「バキ」を立ち読みできる時代です。

私はこういった状況の変化を踏まえて先のコメントを書きました。時系列のみに囚われて一くくりにしてしまうのは少々短絡的ではないかと思います。

>邦画では50年前からヤクザものが人気を博していましたし、洋画でも西部劇や戦争ものは昔からあります。

それはいずれも成長期の子供を対象にした映画ではありませんよね? 当時であっても、「長靴をはいた猫」と「緋牡丹博徒」の二本立ては不可能だったと思いますよ。
しかし今、コンビニでは少年向けと青年向け漫画雑誌が並んで置かれているのです。

>古典的なボードゲームの多くはウォーシミュレーションですし

盤上のヘックス(六角マス)に駒を並べるウォー・シミュレーションは純粋な戦略ゲーム
であり、戦争への賛否はともかく暴力衝動をかき立てる要素はありません。この点で、今のリアルな殺戮系テレビゲームと同列に扱うのは無理があります。

>昔の子供の遊びだって生き物を片っ端から殺して回るようなものが大半です

その通りです。だからこそ、どのくらい傷つければ死ぬか、取り返しのつかないことになるかを実際に学ぶことができた。しかし、昆虫採集などしない今の子供たちの教科書は漫画とアニメとゲームです。漫画を読んで「木刀で力一杯殴りつけても、しばらくすれば気絶から覚める」と学ぶのです。脳挫傷やくも膜下出血など知らないままで。

>平和的解決が現実世界では大半だからこそ、フィクションの世界では暴力的解決が好まれるのだということがおわかりでない?

フィクションの世界での暴力にカタルシスとしての役割があることはわかります。私もアクションやホラーは大好きですから。たしかに、現実社会では平和的解決が前提だと知っている大人が読めば、それはカタルシスになるでしょう。
しかし、そういう認識がまだ育っていない子供たちが読んだら?
えてして暴力的解決は平和的解決より明快で簡単です。そして子供は明快で簡単なものを好みます。
これは極論ですが、「サラリーマン金太郎」を読んだ大人は「ありえねー」と思いつつ溜飲を下げますが、何も知らない子供が読めば「切羽詰れば敵の社長をぶん殴ればいいんだ」と思い込むかもしれません。

誤解を招かないように言い添えますが、私は法によるエロ・暴力描写の規制には反対です。作品を通読せずにコマ数やモチーフで線引きするなど論外です。作品によっては、必然性のあるエロ・暴力描写が伴うこともあるでしょう。しかし、そんな言い訳が通らない作品が子供の目の前で売られていることも事実です。
「キャプテン翼」を読んでJリーガーを目指したとか、「ヒカルの碁」で囲碁に興味を覚えたとか、漫画にポジティブな影響力があるのなら、ネガティブな影響力も否定できないはずです。
肝心なのは「これはフィクションでしか通用しない」とフォローしてくれる現実世界(たとえば親)の存在です。こういうものが好きでも犯罪に走らない大多数は、このフォローをちゃんと享受できた人なのでしょう。

脱線気味の長文になったことをお詫びします。

>最近の若年者の犯罪の中には、暴力的なマンガ、劇画、ゲーム等の影響がある
>のではないかと思える事件があります。

漫画から影響を受けたであろう犯罪の具体的な例としてはこんなのがあります。
ttp://beyond.2log.net/akutoku/news/2002/1128-12.html
>美人三姉妹の怪盗が登場する人気アニメ「キャッツアイ」を気取り、
>犯行を繰り返していた。同署では「犯罪の重さを知らず、ゲーム感覚だったのでは」
>とあきれている。

大衆娯楽が悪影響を与えた例だけ示すのは妥当ではありませんので、
いい影響を与えた映画の例も挙げておきます。

ネタバレがありますので、ご興味のある方だけ。
タイトルは「汚れた顔の天使」(原題:Angels With Dirty Faces)です。
ttp://www.sam.hi-ho.ne.jp/whiteriver/e16e.html
ttp://mwjp.s48.xrea.com/bio/cagney1.htm
>この映画のおかげで、青少年の非行や犯罪が減ったそうです。

>サンドラールさん
 事例紹介ありがとうございます。

>みみみさん
 とても共感できるコメントです。

>漫画にポジティブな影響力があるのなら、ネガティブな影響力も否定できないはずです。

 サンドラールさんの紹介事例が実証しているようですね。

この事件、1点疑問があります。
被害者は、金を払うからという加害者の一言で、何故、岡山まで出向いてしまったのでしょうか。
脅した相手(敵)の縄張りに行って、無事に帰ってこれると思っていたのでしょうか。
フットワークが軽すぎます。これもゲームの影響?

>ifu さん

 双方とも、考えているようで何も考えていないような事件ですね。

これはどっちが加害者になってもおかしくない事件だったのかもしれません。
今回の当事者たちは、この事件がなくてもいずれ何かで新聞ざたになっていたような気がします。

データの提供をもうひとつ。
これも記憶の片隅にひっかかっていた事件の一審の本人最終意見陳述です。

ttp://a.sanpal.co.jp/graffiti417/jp/struggle/statement-k_20031217.html
>「北斗の拳」を転用すると「私たちはすでに生き延びている」

こんな発言で意見陳述を締めくくられるのを読むと、「時代」を感じます。
聞く方(裁判官及び検察官)も困ってしまうんだろうなぁ、とか想像します。

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