エントリ

奈良高1放火殺人:父「責任痛感」「接し方間違った」毎日新聞 2006年7月1日 12時33分 (最終更新時間 7月1日 16時42分)

 父親の声が漏れ伝わるようになってきました。
 私も、子を持つ父親として、少年の父親を批判するのは気が重いのですが、

また父親は同日までに長男が通う中高一貫教育の私立校にも「責任はすべて自分にある」と謝罪し、退学届を提出していたことも判明。学校側は「本人の意思が確認できない」として保留している。(ヤフーニュース(共同通信) - 7月1日11時23分更新)

 この退学届が、父親が少年の意思を確認することなく提出されたものだとしますと、この父親は問題の根本にまだ十分気付いていないのかもしれないと危惧してしまいます。

 「責任は自分(父親)にある」ということと、「少年の退学届を出す」ということがどういう論理で結びついているのか気になります。

 今は、学校のことなどより2人が考えなければならないもっと大事なことがあるのではないでしょうか。
 今、父親に求められるのは、できる限り息子である少年の気持ちや思いを考えることだと思うのですが・・・

 
 ところで、当初この事件を「もう一つの母子殺害事件?」というエントリタイトルで書きましたが、例の事件に並べて「殺害」とか「殺人」という表記をする気にならなくなりました。

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長男にとって父親の期待に応えて医師になることだけが家庭内で自分の存在を証明するすべだったとすれば, 夢や自分の存在理由を喪失してしまうのはなんと恐ろしい... 続きを読む

正直あまり書きたくない。 だから、今まで、何も触れずに来たが、 少々、言いたいことがある。 父親についてだ。 少年の人生は少年のもの。 ... 続きを読む

コメント(11)

エントリータイトルを変えたモトケン先生の思いを感じ、お人柄が伺えます。
少年の犯した罪は大きいとは思いますが、そこまでに至った少年の気持ちを考えますと、なんとも切なくやりきれません。

罪を償い、人生をやりなおして欲しいと願うばかりです。

 3人の命が失われた直接原因が少年にあり、その原因を作ったのが父親であるとしますと、二人三脚でやり直すことが亡くなられた3人のためでもあると思うのですが、そのために2人の脚を結ぶ紐が優しくかつ強靱になることを祈ります。
 とても困難な作業が予想されますが、まずは父親が変わることではないでしょうか。

 「子どもは親に従っていればいい」「親は子供のためになることがわかる」と今でも思っているのでしょうね。

 痛感した責任は、「家族を死なせてしまった」「世間に迷惑を掛けた」ことであって、「長男の幸せや人生を踏みにじった」ことではない気がします。

思いなどを提出したかったの♪


↑BlogPetのケンボー のコメントについて

 これは、別ページに設置してますサイドバーパーツであるブログペットが、私のエントリや皆さんのコメントの文章から合成するコメントです。
 このブログの空気の一端を反映するような気がしますので設置しています。
 
>思いなどを提出したかったの♪

 最後の「♪」は余計ですが、なんとなく意味が伝わるコメントになっています。

「責任はすべて自分にある」という父親の少年を追い込んだ(まだ動機が100%判明してませんが)原因を作った道義的責任、また結果責任、親としての責任、を取るとというのは亡くなった3人の死を無駄にしない生き方(人生)を親子で全うする以外ないと考えます。

>また父親は同日までに長男が通う中高一貫教育の私立校にも「責任はすべて自分にある」と謝罪し、退学届を提出していたことも判明。学校側は「本人の意思が確認できない」として保留している

この処理の、是非はともかく、お父様の反省の念は感じますが、ON/OFF的な視点が気にかかります。医師としてはそういう視点はある科によっては問題ないと思いますが・・一般生活上で一刀両断的発想は潔癖症とはいえ、誤解されかねないと考えます。

 最近の家族殺しを見ていると、合法的に家族関係を解消することができないというのが原因としてあるように思います。夫婦であれば離婚できるし養子であれば離縁できるけど、それ以外の場合に「勘当する」といったことを実現するシステムが無いですよね、今の民法では。
 家族の関係を断ち切ろうと思ったら、死ぬか殺すかしか選択肢が無いということになっているわけで、これは相当に非人間的なシステムに思えます。合法的に家族と縁切りできれば、殺人までしなくて済んだケースが実はあるのではないかと。

この坊やのお母さんが、継母でなくって、本当のお母さんだったら、救いもあったのに思う。自分は、医師をしています。医師のなかで、女性関係が問題で、結婚、離婚を繰り返す人がいます。自分には厳しい父の、女性関係について、思春期の、僕は、その、事実をわかりはじめてどのような気持ちだったのだろう。実母に会えないことについての、こころの痛みはなかったのだろうか。父が、厳しくとも、継母でなければ、と思うのは、小生だけだろうか?

この坊やのお母さんが、継母でなくって、本当のお母さんだったら、救いもあったのに思う。自分は、医師をしています。医師のなかで、女性関係が問題で、結婚、離婚を繰り返す人がいます。自分には厳しい父の、女性関係について、思春期の、僕は、その、事実をわかりはじめてどのような気持ちだったのだろう。実母に会えないことについての、こころの痛みはなかったのだろうか。父が、厳しくとも、継母でなければ、と思うのは、小生だけだろうか?

父親の行動は父権主義的な考え方からなんでしょうね。時代が違えばこの行動もみんな(一般読者)が納得することを考えると、世代格差が如実に現れた事件なんでしょうか。難しいです。

自分が少年のころを思い出すと分かりますが、父親と二人三脚なんて無理です。そんなことしたら治るものも治らなくなります。後五年ぐらいは最低無理です。隔離すべきです。経済的援助だけで十分です。いま一番必要なのは、彼(少年)がひとりで歩いていることを自覚させることと、ひとりで歩いていくことを助けることだと思います。

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