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遺族怒り胸に傍聴 ヤギ被告判決(asahi.com 2006年07月04日14時10分)
広島小1女児殺害:ヤギ被告に無期懲役 広島地裁判決(毎日新聞 2006年7月4日 13時52分 (最終更新時間 7月4日 13時55分))
両親の思い届かず、ヤギ被告に無期…広島小1女児殺害(2006年7月4日14時23分 読売新聞)

 死刑求刑に対して無期懲役の判決です。
 従前の例に従えば予想された判決ですが、精神鑑定請求が却下された時点で、さらに無期懲役の可能性が高まったと感じていました。

 検察としては、思いつきで死刑を求刑したのではなく、時代の変化に応じて厳罰化の姿勢を打ち出したものと思われますので、一審確定は考えられません。
 高裁でも無期懲役の可能性は高いですが、当然、検察は最高裁の判断を仰ぐことを考えていると思います。

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さらに僕はぼやき続ける - 死刑と無期の間 (2006年7月 4日 21:14)

事件そのものについては論評する気はありませんが、終身刑の準備が無いままの「死刑廃止論」というのは、無意味でしかなく、人間の世界には「絶対に社会にだしてはい... 続きを読む

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欧米でもレイブし殺人までおかしても死刑にはならないが、多くの場合つかまった犯人は自殺することが多いと聞きます。そんなことして刑務所に入ったら他の囚人からレイブされてしまい、あげくにリンチをうけ殺されてしまうことが多いからです。

先生 こんばんは
悲惨な事件が多すぎます。人間ではできないことをしたのです。
なぜ、許されるのでしょうか?
裁判官というお仕事は残酷ですね。
あいりちゃんのご冥福を祈るばかりです。

>なぜ、許されるのでしょうか?
なにを許されてるのでしょうか?

やはり、一人では死刑は難しいんでしょうか。

もし死刑が無理としても、彼は二度と外に出してはいけない人だと思います。
万一釈放されれば、彼は間違いなく、罪を重ねるでしょう。母国でも、少女をレイプし
居づらくなって、旅券を偽造し日本に来たそうですから。

彼や奈良県の事件の犯人のような、ペドフィリア犯罪者は、多分何年刑務所に入っても矯正はできないでしょう。もし死刑が無理なら、少なくとも仮釈放だけはしないでほしい。彼を野放しにすることは、新たな犠牲者を生むだけだから。

彼の社会復帰を認める人には聞いてみたい。あなたの子どもや孫を彼の標的に差し出す覚悟はあるかということを。

光事件と同様に冷静には聞けない判決でした。

「人の命は地球よりも重い」
という言葉をよく聞きます。

しかし、
「『人(他人)の命』を奪った人の命よりは軽い」
ということなんでしょうね。

でなければ、被害者の人数が判決に影響するのは
おかしいでしょう。

でも本当は、被害者だけでなく被害者家族や被害者の
周囲の人々、もっと言えば加害者の家族までも巻き添え
にしているんですよね、みんなを不幸にしたんですよね。

こういうことも認識しておかないといけないと思ますけど・・・。

ユーキさんへ
言葉がたりませんでした。すみません。
更生の余地がないとは言えないと裁判官がおっしゃったとか。
その言葉が許されているように感じたのです。

判決には、「一生をもって償わせるのが相当であり、仮釈放は可能な限り慎重な運用がなされるよう希望する」とあり、事実上の終身刑ですね。

ペルーでの前科が、公判前整理手続のため立証できなかったとか。検察の怠慢と言うべきか。

多くの方々が異議を唱えていますが、やはり私も納得できません。量刑が被害者の人数で左右されるという事です。ここでは量の計算(つまり、1人+1人=2人)ではなく、質の計算(例えば、90度のお湯+90度のお湯=90度のお湯)で考えられるべきだと思うのです。7歳の女の子がどんなに小さくて華奢で非力かを想像すれば、高裁、最高裁という手順を踏むまでもない事のような気がします。人が人を裁くのですから、慎重に慎重を期すべきだとは思います。でも、近年の犯罪の低年齢化(被害者、加害者とも)、凶悪化は確実にスピードアップしています。時代の変化に応じて厳罰化という姿勢以前に、いま時計がどれくらいの早さで回っているのかというメタな観点を欠いた判決に思えます。

「量刑が被害者の人数で左右されるという事」が納得できないというのは、かなりの少数派だと思います。1人殺すより2人殺す方が悪いに決まっているのであって、量刑もそれに従って重くなるべきでしょう。

裁判が公平であるというには、他の事件と比較して突出して重かったり、軽かったりしてはいけないのであって、1人殺した場合は基本的に死刑にしないという裁判例が積み重なっているのですから、この事件だけ死刑にしたら、それこそ不公平裁判でしょう。この事件で、検察が最高裁まで死刑を求めて上訴するというのは、税金と時間の無駄遣いであり、その金と時間で、もっと他にすべきことがあるでしょう。

7歳の女の子を殺すのと、70歳の老人を殺すのと、一家の大黒柱を殺すのと、子を持つ母親を殺すのと、前途有望な青年を殺すのと、、、7歳の女の子だけを重くすることはできないでしょう。

無期懲役の判決は「被害者の命は加害者の命より軽い」という意味ではないですよね。被害者の命の方が当然思重い。でも、「目には目を」という思想とは過去に決別して、現在の法体系があるのですから。被害者の受けた損害に釣り合うのは、民事の賠償金であって、刑事罰ではない。

この手の事件を死刑にしたいのなら、裁判所にではなく、国会に働きかけて、「児童姦淫殺人罪」などという罪を作り、それを死刑にするというのがまっとうだと思いますが。でも、子供を守りたいなら、もっと他にすることがあるように思います。

本質的な話では無いのかもしれないが
ペルーでの前歴が立証できなかったのが
検察としてはイタかったのではないでしょうか
二回目なら永山基準でもかるーく死刑でしょうから

ペルーでの前科は、殺人などではなく、ただのわいせつ罪だから、「2回目」じゃないし、死刑は無理。

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