エントリ

 そして、今まさに自殺を考えいている人に言うべきではないのかもしれませんが
 自殺はとてもはた迷惑な行為です。  他人を巻き添えにする場合は特に。 男性、デパート13階から転落 巻き添えの男女3人けが(asahi.com 2006年07月12日23時27分)
転落した男性は全身を強く打って間もなく死亡し、巻き添えの3人も足などに重軽傷を負った。13階は飲食店のフロアで、屋外に出ることが可能だったといい、警視庁は自殺の可能性が高いとみて調べている。

原宿署や東京消防庁によると、巻き添えになったのは男性2人と女性1人。うち1人の男性(45)は転落した男性が直撃したとみられ、左足骨折の重傷を負った。残る男性(27)と女性(26)は男性が転落した衝撃で飛んできた木製のひさしの枠が当たるなどして腕などに軽い打撲を負った。


 最悪の場合、左足骨折の男性は死んでいたかもしれません。

 今回のような直接的な巻き添えの場合だけでなく、電車への飛び込みなどは大勢の人に迷惑をかけます。
 その中には、重要な約束に遅れて人生を大きく狂わせる人もいるかもしれません。
 人知れず富士の樹海で首を吊ったとしても、家族知り合いは迷惑です。
 家族や知り合いなど1人もいないと思っている人でも、それはその人の思い込みです。
 自分に関係のない人が1人もいない人などありません。

 みなさん、自殺だけはやめましょう。
 もし、少しでも心に余裕が残っていれば、他人の迷惑を考えて欲しい。
 それによって、思いとどまる気持ちが少しでも生まれればと思い、このエントリを書きました。

 それに
 私の個人的な思想信条によれば、自殺は何の問題解決にもなりません。
 死ぬ前には、死ねば解決できると思えるかもしれませんが、そんな保証は何もありません。
 繰り返しますが、死が問題を解決するという保証も証拠も何もありません。
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コメント(18)

私が頭にくるのは、レンタカー借りてそれで集団自殺図る輩です。

自動車はその中で自殺がされると、価値はゼロになります(中古車の査定表にそのように書いてあります)。
レンタカー会社の担当者は怒り狂ってると思いますよ。
人の死が絡んでるだけに表立って発言はしませんけどね。

死ぬのは勝手といえば勝手ですが、このような迷惑をかけてはいけません。

昔、自殺を計って飛び降りた人間が助かって直撃を受けた方が亡くなった事件があったと記憶します。そうした例を引き合いに出すまでもなく、自殺が周囲にとって迷惑極まりないものであることに異論はありません。ただ、その迷惑も意識出来なくなる状態が自殺直前ではないかとも思います。たぶん心に余裕が少しでもあれば、自殺はしないと思います。

>みなさん、自殺だけはやめましょう。
ご趣旨にはもちろん賛成です。しかしこの提言は実効の点において
「みなさん、犯罪だけはやめましょう。」
と同程度に感じます。

>私の個人的な思想信条によれば、自殺は何の問題解決にもなりません。
モトケンさんの思想信条において、問題とは何か?解決とは何か?をお聞きしないと真意を量りかねますが、自殺によって少なくとも様々な苦痛から解放されることだけは事実だと思います。そして、苦痛こそが最大の問題である場合は、それはそれで問題の解決になっているとも思います。決して自殺を擁護するわけではありませんが、世の中には無責任な自殺もあれば止むに止まれぬ自殺もあるのではないかと思います。

はじめまして。
私も四月の終わりに自殺を決意して直前で思いとどまったことがありましたので気になって読んでしまいました。

今回の事件のように自殺が他人に被害を与える場合は絶対に許せません。でも、個人的な経験から言えば、自殺直前は冷静な判断力を欠いています。今回の事件もデパートの高層からの飛び降りということで、当然下に人がいるだろうということも考えられなかったのでしょうね。そういう意味ですこし同情を禁じえません。被害者に死者が出なかったのは不幸中の幸いでした。

>みなさん、自殺だけはやめましょう
個人的には、条件付きで自殺は許されるべきだと思います。たとえば、自己の生に依存する他者の生が存在する場合(乳幼児や病人などの一人で生きていけない人間がいる場合)などは自殺は絶対に許されるべきではありません。 しかし、そうでない限り、自殺はどうしようもない運命に弄ばれた人間のとりうる最後の手段として認められるべきでしょう。

モトケン先生の仰るとおり、自殺は直面する問題の解決にはならないでしょう。なぜなら、解決のための作為を欠いているのですから。しかし、重要なのは、問題を意識しなくてすむようになるということです。問題といっても、恋愛から金銭トラブル、病気など様々でしょうが、共通するのはどれも精神的、もしくは肉体的苦痛を生じるということです。それらから解放されるのは、生命の永遠性を説く宗教などを信じていない限り、極めて魅力的なことです。

最後に、個人的な話で恐縮ですが、私は今、精神科通いを続けていて、復帰もできていない状態ですが、生きていても損ではなかったと思っています。自殺はいつでもできますが、生きることは一回しかできませんし、人生は必ずしも苦痛のみとは限らないように思えましたから。

かつては自殺願望に囚われていた者として、
元検さんのおっしゃることは理解できますが、
それが有効なご意見かというと、
そうではないと思うというのが私の意見です。

例えば元検さんが今の地位、収入をなんらかの形で剥奪され、
なおかつ債務だけが迫ってくる、
あるいは元検さんがソープランドに行ったとして、
そこでの行為を写真に撮られて、ばらまくぞと脅されたときに、
どれほどの冷静さを持って対処できるとお思いでしょう。

死は甘い誘惑です。

日本は先進国では突出して成人男性の自殺率が高い国です。
http://www.interq.or.jp/pacific/getjapan/IRYO/jisatsu2.htm

自殺を思いとどまらせるより、
自殺に至る原因を作っている状況を改善するのが、
むしろ必要なのではないでしょうか。
左翼ではないつもりですが、
自殺原因については社会が悪い部分が多分にあると思っています。

そもそも年をとる事が悪いこと、損なこと、
という風潮と状況はまずいですよね。

エントリとは少しずれているカキコですがお許しください。
カキコの理由は私の本音からでした。
それで、敢えて本音を言わせていただくと
「そりゃ公僕人生で給料安定、地位安定してりゃ怖いものないよな」
ということでした。
家の電気、ガス、水道が止り、夜に帰って真っ暗な部屋で
一夜を過ごす経験はまずおありにはならないでしょうから。
水道が止るとトイレも使えなくなるんですよねー
それで家族に責められれでもした日にゃ、
死にたくもなりますよ。ホント(^_^;)

 自殺の危機介入ボランティアをしている小生には,自殺の誘惑にかられた人のご意見も十分に理解できます。しかし,弁護士であるブログの管理人様としては,自殺を肯定するようなコメントは,たとえ書きたくても書けない点をご考慮ください。
 そんなコメントを書けば,「概括的な自殺教唆」ととられかねず,法的責任はともかく道義的な厳しい責任を追及されるからです(特にこのブログに粘着して攻撃する同業者がいる現状では)。

ハスカップさま、自殺志願者は生きる価値を見失った人であると思いますが、如何でしょうか?

自殺志願者に生きていく価値を見つけられるようにしていくことが唯一の手段だと思います。(あいまいな表現ですが)

自殺しようとする人にとっては自分の生きる価値でさえ無だと考えるわけで他人の迷惑などさらにどうでも良いことだと思いますので、管理人さんが他人の迷惑を考えさせて自殺を思い止まらせようとのはあまり効果は無いと思います。

自殺が他人の迷惑になるということ自体は事実だと思いますが。

自殺は悪と言う教義の有る無しに限らず、宗教とか信仰心は一つの救いになるような気はします。 (私は不信心者ですが)

 あのー
 私は、無関係な人がとばっちりをくらったニュースをきっかけにして、自殺の迷惑行為性を指摘し、それが自殺の抑止力にほんのちょっぴりでも役に立てばいいとは願っていますが、私のエントリが自殺防止または減少に有効だとは全然思ってないです。

ヤブ医者 さんの

>「みなさん、犯罪だけはやめましょう。」
>と同程度に感じます。

という感想は、まさにそのとおりです。

 自殺抑止の議論の本質は別のところにあります。

 自殺企図の危機介入をしている身にしてみれば,誠に恐縮ですが,どれが有効か?という議論はむなしさを感じます。どのような手段や理論でも,目の前で自殺しようとしている人に対して自殺抑止にはたらければ何でも活用しているのが「危機介入」現場の現状です(相手も個性のある人間ですし,緊急時の説得のアプローチは千差万別で,万能薬はありません)。
 残された家族や他人への迷惑も,一つの有効な抑止説得論であることは間違い有りません(実際それで自殺防止に成功した例を体験してます)と申し上げておきます。
 管理人さんのエントリの趣旨から外れますのでこの議論はこの辺で。

参考文献:大原健士郎『自殺学1〜5』至文堂,1978〜

なんか、短時間にヘビイなコメントがいくつもついていてすごいなって思いました。

モトケン先生のエントリの意図は分かります。
ただ、それって、感覚的に「たばこのポイ捨ては迷惑だから止めようぜ」のノリで自殺を止めようぜ、と言ってるので、読んでいて良い感じはしない方もいらっしゃると思います。
これらのコメントが真に言いたいのは、このエントリが自殺防止または減少に有効ではない、という主張ではなくて、自殺とたばこのポイ捨ては事の性質が違う、同じに扱うな、ということだと思います。

えーと、コメントした方々、違ってたら、ごめんね。

富士で大きく屋外と

原宿などいるかもしれません
富士で広いひさしとか負った
証拠とかを行為した!


 私のような緊急対処療法で悩む方と根治療法を重視する方の違いもあると思います。丁度,救急救命では根治療法に良くなくても症状安定(憎悪阻止)を最優先する処置があるように。
 ただ,どの方も自殺のない明るい社会を願って模索している点で一致していると思います。

 このエントリで自殺に関する議論を進めるべきかどうか迷っています。
 出発点であるエントリ本文が、出発点としてはあまり適切でない憾みがあるからです。
 もし、自殺に関して何らかの意見をさらに述べたい、と思っている方がおられましたら、改めてエントリを立て直したいと思いますが、いかがでしょうか。

なお、「BlogPetのケンボー 」名の場違いコメントは、別ページに設置していますBlogPetの仕業ですのでご容赦願います。

コメントしようかと思いましたが、別エントリーが立つのでしたらそちらに書きます。異存はありません。

ブログ主さんのご随意に。
そこがブログの良いところですから。

それよりも今回の横浜の交通事故の判決のご意見をお伺いしたいです。

人一人殺したぐらいじゃ死刑にならない。

というコンセンサスが司法ではなく一般に広がりつつあることの
危機感って、司法にはないのでしょうか?
私は、この判決を受けて、
暴走行為をしているオートバイのやからをひき殺すことを決意してますが。
下手に生かすと後が大変ですからね。
殺すに限ります。

いいでしょd(^_^)b

と、こういうことを書いてる時点で
心神耗弱
状態ですし。

いいでしょd(^_^)b
いいでしょd(^_^)b
いいでしょd(^_^)b
いいでしょd(^_^)b

同意しかねます。
ガンで苦しんでる人とか見てきたけど、自殺だけが唯一の救いだと思いました。

>zenkamanさん

>ガンで苦しんでる人とか見てきたけど、自殺だけが唯一の救いだと思いました。

 このご意見は、死ねばガンの苦しみが消えてなくなる、ということを前提にする意見です。

 ほんとに消えてなくなるんでしょうか。

ううう....
鋭い突っ込みですね...

持続する魂があるかどうかということとも関係してきますので、なんとも答えようがないです。

証明できない。

つまり、私の言うことには根拠がない。

すいません、オレが間違ってました。

 zenkamanさんが間違っているかどうか証明不能ですが、死んだからといってチャラにはならないと考えたほうが、いろいろなことがきちんと説明できるような気がしています。

ブログタイムズ

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