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畠山容疑者の弁護士「長女殺害には守秘義務」(asahi.com 2006年07月17日20時59分)

 この記事の

 弁護士の記者会見はこの日が5回目。「家族への取材を自粛してもらいたい」という畠山容疑者の強い意向を受けて、朝日新聞社などが加盟する秋田県警記者クラブが「節度ある取材に努める」と申し合わせたうえで、弁護士が畠山容疑者の供述内容を公表してきた。

この部分なんですが、以前にも報じられていましたが、やっぱりおかしいですね、考え方が。

 一見すると、被疑者側の要請によるような書き方をしていますが、被疑者または弁護士から見れば、家族が取材攻勢にさらされたくなかったら、弁護士を通じて供述内容を教えろ、と言われてるみたいで、まるで脅迫または強要を受けているようです。

 このような対応が先例のようになってしまいますと、被疑者および弁護人の防御にとって、事実上の重大な脅威になりかねません。

 このような問題があるにもかかわらず、さも当然のことのように報道する朝日の無神経さというか刑事弁護に対する無理解というか人権感覚の麻痺にはあきれてしまいます。

 ところで弁護人も

 しかしこの日、記者クラブの要請で急きょ開かれた会見で、有坂弁護士は、畠山容疑者が彩香さんの殺害も認める供述を始めたとされることについて、「本人が『今はまだ(公表を)待ってほしい』と言っている。その理由も言えない」と述べ、コメントを一切しなかった。

と言いつつ、豪憲君の関係では

 豪憲君殺害の動機について、畠山容疑者は「豪憲君と彩香の姿が重なり、嫉妬のような感情を抱いた」「彩香の水死の再捜査を県警に促したかった」という趣旨のこれまでと同じ説明をしているという。

このような説明をしているようですが、すでにマスコミとの取引は破綻しているのですし、供述の信用性に相当の問題があることが明らかになっているのですから、一切ノーコメントとするのが適当のような気がするのですが・・・

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コメント(4)

たまたま,その弁護士の記者会見(10:00am〜)の冒頭部分を見ました。
・家族への取材をしない代わりに弁護士が供述内容を記者会見で言うことにしていた。
・どこだか一社(社名を言わなかった)の記者が約束を破って家族への取材をした。
・新たな供述内容の開示はしないように容疑者に言われた。
ということだったと思います。また,
・会見前におこなわれた話し合い(?)で,上記の話をしたが,「それを記者会見の席で言って欲しい」と言われた。
とも言っていたと記憶します。
容疑者が二人の殺人を実行したか否かはさておき,逮捕前の様子や今回の家族への取材をしたということからは,マスコミの「他社を出し抜くためには何をやっても良い」という姿勢がうかがえて,大変不快に思いました。

>どこだか一社(社名を言わなかった)の記者が約束を破って家族への取材をした。

日本テレビのワイドショーレポーター阿部祐二
のことですね。

嘘八百に時折事実を混ぜてプロパガンダに励む愉快な「きっこ」サンも書いてます。
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=338790&log=20060614

モトケンさんは 野沢 尚  原作の
「破線のマリス」という映画、ご覧になった事がありますか?

首都テレビ報道局のニュース番組で映像編集を担う遠藤瑤子は、虚実の狭間を縫うモンタージュを駆使し、刺激的な画面を創りだす。彼女を待ち受けていたのは、自ら仕掛けた視覚の罠だった!?事故か、他殺か、一本のビデオから始まる、超一級の「フー&ホワイダニット」。第43回江戸川乱歩賞受賞の傑作ミステリ。
(以上はamazonの紹介文の引用)

私は映画しか見ていないのですが、映画の終盤で主人公が叫ぶ言葉がとても心に残りました。
「面白ければいいんでしょ!おもしろくするわよ!!」

報道という仕事に携わる人達がいう「報道」の意味は、
「視聴者を楽しませるエンターテイメント」ですね。

誰かを持ち上げておいて、その人間が飽きられたら、こき下ろす。
世間に出しても良いほど正確な情報かどうか、精査せず、
偽情報でも構わずスクープとして、我先にと急いで発表し、世間を右に左にと振り回す。

情報の取捨選択のプロだとして、どういう基準の取捨選択なんでしょうか。
こんなに、簡単に振り回される人達に、取捨選択の能力があるとは思えないのですが。
この事件の事をテレビで取り上げる時に、頻繁に使われるフレーズ
「二転三転する供述、いったい真相はどういうことなのか」
報道の人間が、視聴者に質問してしまう程、
事件についての情報がないはずなのに、
犯人が既に決まっているという、支離滅裂な状態。

「物証がなく、自供だけでは、公判でひっくり返される」
自供という情報の、確実性のなさを自覚しているにも関わらず、
頼れる情報が自供だけの状況で、犯人を決めて放送する。無罪になれば、未必の故意で名誉毀損罪が成立しないんでしょうか。
この、公平な視点の欠如した報道、一人の人間を犯人として世間に紹介する際の、自分たちの発する言葉に対しての責任のなさは良いんでしょうか。
容疑者の供述が変わるたび、報道の人間が世間を巻き込んで振り回されるのは、供述を変える容疑者が悪いんでしょうか。
はっきり分かるまで、犯人だと決め付けてはいけないと思いますが、なぜか、この事件は、決まっています。
番組を作る人間は、ネットでブログや掲示板に書き込む様な気分で、ネットで仕入れた情報の裏も取らずに利用しているんじゃないでしょうか。

この事件の報道で、テレビに出て、「容疑者は殺しました。」と断定的に言った人達は、名誉毀損罪にはならないのでしょうか。
この事件の、報道のされ方について、
目的の公益性
事実の真実性の証明
犯罪事実についての特例
真実性の証明の失敗
確実な資料・根拠に基づかずに事実を真実と誤信した場合の処理
について モトケンさんの意見を伺えればうれしいのですが。どうでしょうか。

>オルフェウスは振り返る さん

 犯罪容疑報道の「目的の公益性」については、刑法230条の2第2項(前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。 )によって、あるとされる場合が多いと思います。

 「事実の真実性の証明」については、証明できれば(本件では有罪判決が確定すれば証明できたことになりますが、理論上はその場合に限らないと思います)、刑法230条の2第1項で不可罰です。

 「真実性の証明の失敗」については、判例は「確実な資料、根拠に照らして相当の理由があるときは、犯罪の故意がなく、名誉毀損の罪は成立しない」と言っていますので、その基準に基づいて判断されることになると思います。

 私としましては、名誉毀損罪の成否という観点で問題にするより、マスコミの取材と報道の倫理という観点で考えるべきものと捉えています。
 犯罪の成否という問題提起をしますと、論点が限定され、また批判のハードルが高くなりすぎるからです。
 つまり、名誉毀損にならなければいいという問題ではないと考えています。
 

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