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北九州監禁殺人、「逆らえず」緒方被告が無罪主張へ(2006年9月1日3時5分 読売新聞)

 最近、ニュースの見出しだけではどんな事件だったかわからなくなりました。

 以下のページが読売のこれまでの報道をまとめています。

北九州市の監禁・殺人事件

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コメント(9)

一審までのしおらしい態度も、今にして思えば死刑逃れの戦術だったんでしょうね。

情状酌量で無期を狙いに行き、情状は斟酌されたものの結局は死刑だったので、二審では戦術転換を行ったというところでしょう。

まあ、毛沢東に冷たくされながらも傍を離れず文化大革命を一緒に仕切った江青みたいなものですから、いまさら無罪は通らないでしょう。
しかし、この戦法ってめっさ心証悪いと思うんですが、裏目に出ないんですかね?

それにしても、この主犯の男の支配欲はものすごいですね。公判中も機会さえあれば持論をぶって裁判官を洗脳しにかかってたようですし、口八丁手八丁という言葉が陳腐に思えるくらいです。その口車で外部に協力者を仕立てないよう、面会を弁護士だけに限定されているという話も聞いたことがあります。
もちろん、支配されやすいターゲットを選ぶ能力にも長けているんでしょうが、そのためのコツでもあるのでしょうか。結婚詐欺師のカモ選びにも通じるものがあるかもしれません。

>しかし、この戦法ってめっさ心証悪いと思うんですが、裏目に出ないんですかね?

多分、二審で情状で争っても、死刑は免れないと判断したんじゃないですか。情状酌量でも逆転無期は望めないとなれば、今さら心証を気にしても仕方がないですもん。

松永被告の特異なキャラクターと自分の家族を責め苛んで殺すという事件の特殊性を利用したこの戦術で、あわよくば心神耗弱で減刑を狙うしかないのかなと思います。自供や一審での起訴事実を認めたのも、洗脳が解けて、洗脳下とはいえ自分の犯した行為の恐ろしさを悔いる気持ちの発露・・・ということにでもするのでしょう。

この事件は本当に謎が多いです
報道されているストーリーでこの結果は
理解しがたい

今回のような特殊な事件の場合、全容解明の為には(緒方被告がそれを望めば)
被告が刑を受け入れるつもりでも、控訴する事はあるんじゃないでしょうか?
松永被告が控訴してますし、このまま自分だけ刑を受け入れる訳には
行かないと思ったのかもしれません。(減刑できるできないは別で)
弁護士さんとしては被告がどう思っていようと、
無罪を主張できる事件内容だと考えられたのかもしれません。
ちょっと緒方被告に好意的な考えですかね?
二審で彼女がどういう発言をするか、それ次第でまた評価も変りますが。

 「ES(エス)」というドイツ映画がありました。複数の人間を2つのグループに分け、互いのグループに、どのような心理的変化が生じ、その結果どのような行動をとってゆくか、をテーマにした映画でした。ひとつのグループは看守、他方のグループは囚人です。監獄の仮想空間を造り、その中で、看守に対し囚人は絶対服従する状況をつくる。時間の経過と共に、看守グループの囚人グループに対する虐待はエスカレートしてゆき、囚人グループはそれでも服従せざるを得なくなってゆく。

 監禁事件の報道があると、被害者は成人であるのに、何故逃げ出さなかったのかなどと思ってしまうのですが、虐待を受ける側にも異常な心理が生じていたのでしょうか。

 松永(敬称略以下同)は、「ワル中のワル」であり死刑も当然と考えますが、緒方に関しては共犯者とはいえ、利用されるだけ利用され、親兄弟血縁者が目の前で殺害されており、一抹の同情を禁じ得ません。

 さて、このエントリーに関し、疑問に思うところがあります。お差支えなければ、どなたかご解説頂ければ幸いです。

(問1)弁護人は死刑は重すぎるとして無期懲役への減刑を求めることをせず、(例えば、虐待により心神耗弱状態を引きおこしていたので死刑は重過ぎるという主張。)なぜ無罪を主張する弁護方針をとったのでしょうか?

(問2)『虐待を受けて逆らえず、自らの行動をコントロールできる状態になかった。犯罪は成立しない。よって無罪。』と主張していますが、よくわかりません。このことを、如何なる方法で立証するのでしょうか?

(問3)「虐待を受けて自らの行動をコントロールできない」ことが「そもそも犯罪は成立しない」理由であるならば、オウム教の各種犯罪で、「精神的コントロールを受けて、自らの行動をコントロールできない」ことも「犯罪は成立しない」という解釈が可能なのではないでしょうか?

(問4)最近松本清張の「カルネアデスの舟板」という短編小説を読んだのですが、
「自らの行動をコントロールできないほどの虐待をうけていた。自分が殺されるかも知れないと思った。故に松永の命令に従わざるを得なかった。」と緊急避難を主張した場合、裁判所はどう判断するのでしょうか?

(問5)新聞報道では「被告」と書いていますが、「被告人」と「被告」は同じ意味なのでしょうか?判決要旨など読むと「被告人」と書いていますが。

>或る内科医 さん

 弁護人の控訴趣意書を見てみないとよく分からないところがありますが、

 問1については、訴訟戦術として最大限の主張をしたということでしょう。
 ちょっと専門的な話になりますが、犯罪成立要件として、構成要件該当性、違法性、有責性という三つがあります。
 三つの要件が全て具備されてはじめて犯罪が成立する、つまり有罪になるわけです。

 ところで、構成要件該当性というのは、該当するかしないか、というオールオアナッシングの問題なのですが、違法性と有責性は、有無だけでなく程度が問題になる概念です。
 ゼロなら無罪ですがゼロから100%までありうるわけで、その程度が量刑に影響することになります。
 弁護人の主張は、有責性つまり刑事責任そのものの重さについての主張のようです。

 つまり、弁護人としてはゼロを目指しつつ、ゼロにならなかったとしても死刑を回避できる程度の責任減少の立証を尽くそうということだと思います。

 問2についてですが、基本的には、本件の各犯行前の緒方被告人と松永被告人との関係はどうであったか、緒方被告人は松永被告人からどのようなことをされていたのか、というようなことを立証することになると思われます。

 問3についてですが、物理的強制または心理的強制やマインドコントロールがどの犯罪成立要件を失わしめるかという問題があります。
 物理的強制については期待可能性が、心理的強制等については責任能力が問題になりそうですが(他の場合もありえます)、いずれの場合も犯罪不成立となるのは相当レアケースだと思います。
 つまり、解釈は可能ですが、実際問題として無罪になる場合は極めて稀でしょう。

 問4についですが、カルネアデスの舟板というのは究極の緊急避難場面ですが、本件の弁護人の主張が緊急避難の主張ではないような気がしています。
 報道で見る限りですが、緊急避難というのは上記の三つの犯罪成立要件の問題としては違法性の問題なのですが、弁護人の主張は有責性の主張のように感じられます。
 裁判所がどう判断するかは、弁護人の主張が正当であることと、その主張を基礎づける事実が証拠によって(ある程度)認められるかどうかにかかります。
 
 問5についてですが、刑事訴訟では「被告人」が正解です。
 マスコミの言い方は、字数の節約のためではないでしょうか。
 面倒なので私も○○被告と書く場合があります。
 なお、民事訴訟では「被告」です。

>モトケン先生
ご丁寧なご解説有難うございました。お礼が遅くなりすみません。

報道された記事から、弁護人が無罪に固執するあまり、もし無罪の主張が裁判所に認められなければ、控訴棄却となり、一審通り死刑となってしまうのではないか、どうしてそのようなリスクの高い、捨て身の戦術をとるのかと思っていました。

>『弁護人としてはゼロを目指しつつ、ゼロにならなかったとしても死刑を回避できる程度の責任減少の立証を尽くそうということだと思います。』
とのご解説で、もやもやしたものが払拭された気持ちです。新聞報道だけでは、深い意味を読み取ることが出来ませんでした。有難うございました。

ところで、
>『物理的強制については期待可能性が、心理的強制等については責任能力が問題になりそうですが(他の場合もありえます)』
とのことですが、「期待可能性」という意味がよくわかりません。また犯罪成立要件を失わせる要因として、同じ行為であっても、「物理的強制では期待可能性」、「心理的強制では責任能力」と異なるのは何故でしょうか?お差支えなければ御教示頂ければ嬉しいです。法学部一年生のような質問で申し訳ありません。法律は難しいです。


ご無沙汰しております。

本日、福岡高裁で控訴審判決がありました。

報道によりますと、判決文に「特異な人格を持つ松永の主導の下、適法行為の期待可能性が相当限定された中で、追従的に犯行に関与した。再犯の危険性が高いとは言えない」とのことで、緒方被告は無期に減刑されております。

モトケン先生のエントリーを思い出し、復習してみますと、先生も「期待可能性」について言及されています。たいへん勉強になります。

今年某日、佐木隆三先生の講演を聴きにゆきまして、ご周知のように、佐木先生は門司区に在住されておりすので、裁判傍聴業を自認されている先生は、かかさず当該裁判を傍聴されていたようです。その結果、所感として緒方被告の一審死刑判決は重きに過ぎるのではないかと述べられていました。

私のような法律素人の市民感情からみても、御者(=松永被告)と馬(=緒方被告)の関係において、緒方被告の死刑判決は酷に過ぎるのではないかと思っていた次第です。

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