エントリ

福岡の3人死亡事故、「これぐらいの酒なら」と容疑者(ヤフーニュース(読売新聞) - 9月2日21時26分更新)

今林大(ふとし)容疑者(22)が「酒は飲んでいたが、これぐらいの酒の量なら、ちゃんと運転できると思っていた」と供述していることがわかった。

 正直に供述しているようですが

 調べでは、今林容疑者は8月25日午後7時半ごろ、友人2人と一緒に東区の居酒屋に到着。焼酎5合瓶(900ミリ・リットル)を空けた。

 同9時半ごろには、居酒屋にタクシーを呼んで、いったん帰宅。車を運転して再び外出し、居酒屋近くのスナックで飲酒し、ドライブに出発して事故を起こした。

 こんなバカな男のために3人の子供の命が奪われたかと思うと、言葉もないです。

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福岡市で起きた飲酒運転追突幼児3名殺害事件で、県警東署では人殺しの今林大容疑者を危険運転致死傷罪で立件する方向性を示した。 この容疑者、飲酒して車を運... 続きを読む

コメント(41)

いやあ、まあ、もう、当たり前でしょう。
危険だと自覚できる人は最初から飲酒運転なんかしませんて。
自分のことを棚にあげて、綾小路きみまろの毒舌を笑うおばちゃんみたいなもんです。
事故直後の地元ですら続々と飲酒運転が検挙されたといいます。
「自分は大丈夫」と言い切れる根拠がどこにあるのか、こういう連中に聞いてみたい。

出張で内陸部に行き、昼食で酒を飲んだ(中国では普通)案内人の運転で峠越えしたばかりなので、なおのこと恐ろしい限りです。まったく、中国人は素面ですらダイナミックなドライビングなのに。

今回の事故は「犠牲者が子供」「加害者が公務員」だからこそ注目されているのではないでしょうか。どんな飲酒運転による事故だって許されませんが、もし犠牲者や加害者の身分が違っていたらここまでは注目されなかったでしょう。

厳罰化による悪質交通事故の減少はこれ以上期待できないと思います。そもそも悪質交通事故自体交通事故全体から見れば少ないのではないでしょうか。むしろ圧倒的に多い普通の自動車事故を減らすことの方が大事かと思います。

この点に関しては上岡直見氏の意見を紹介したいと思います。
飲酒運転防止の本質的対策はあるか
http://www.janjan.jp/living/0608/0608290275/1.php

運転するだけでもどうかと思いますが、飲酒後、行くあてのないドライブだったとは、なおあきれてしまいます。昔、運転している最中、子供たちが屯している所に通りかかり、飛び出しがあるなと危険予測していたら、まさに道路に飛び出され、間一髪で停止することができましたが、少しでも集中力を欠いていたら事故になっていたでしょう。まして、飲酒でもしていたら避けられなかったでしょうね。
>今回の事故は「犠牲者が子供」「加害者が公務員」だからこそ注目されているのではないでしょうか。
確かにPiichanさんの言われるとおりだと思いますが、交避通安全を推進しなければならない立場の公務員としては、非難されてもやむを得ないでしょう。
ところで、飲酒運転は懲戒免職とするとのことで、個人的には賛成ですが、どこかの自治体で酒気帯び運転で懲戒免職となった職員が訴訟を起こし、勝訴した事例があった(無事故だった?ので、免職事由としては過大との判断)と記憶していますが、今回の事件はそのような裁判にも影響してくるのでしょうか。

飲酒運転の是非については論ずることのない内容だとは思いますが、
勤務時間外の私的な行動に際して、役所トップが話すことは違和感がありますし、
成人に対しての親のコメント、ましてやオリンピック候補地と絡めての批判等々、
報道の姿勢にも疑問を感じます。
公務員といってもその職種・権限等は多種多様です。運転手さんは北の役人さんが、
お書きになったような
>”交避通安全を推進しなければならない立場の公務員”
さんだったのでしょうか?たとえば役所の道路関係とか、実は福岡県警からの
派遣だったとか、交通安全指導員だったとか。
そういうことならこの姿勢もうなずけなくもないのですが・・・・・・・・。
モラルとか罰則ではなく、人間はミスをすることはわかっているのですから
それを前提にミスをたとえ犯しても安全方向へシフトさせて、事故を減らす方向へ
導くフェールセーフの思想を導入してほしいです。
感情論は事故の減少に向けて、あまり意味をなさないと思います。

>elfin さん

 たしかにリンピック候補地と絡めての批判などはほとんど悪乗りと言っていいと思いますが、一言

>人間はミスをすることはわかっているのですから

 この事故はミスとは言えないものです。
 少なくとも単純なミスではありません。

 最近、医療崩壊と刑罰の抑止力との関係で故意犯と過失犯について考えているのですが、この事故の本質をミスつまり過失と捉えることは誤りだと思います。

 本件の根本問題は飲酒運転にあるのであり、飲酒運転行為は明白に故意行為だからです。

危険運転罪では殺人並みの量刑が言い渡されたことがありますが、単に刑務所に入れられるということだけでも十分抑止効果があるのではないでしょうか。懲役10年位でも十分重いはずです。まさか少し刑務所に入ればいいから飲酒運転しようと考える人はいるとは思えませんが。

>事故の本質をミスつまり過失と捉えることは誤りだと思います。
私は誤りだとは思いません。ミス=過失、 しっくり来ません。
飲酒運転も、この程度なら大丈夫と判断した、判断のミスから発生すると思っています。
事故を起こすつもり で運転を行ったのでしょうか?
ならば故意ともいえますが・・・・・・。供述が正しいならば判断のミスととらえます。
過失とは十分な知識があるにもかかわらずという場合だと思います。
運転手さんは飲酒時の自分の力量に対する認識がなかった結果、
大丈夫であるという第3者から見たら誤った判断をしたのじゃないでしょうか。
法学と工学における故意・ミス等の用語定義の違いなのでしょうか?
長いこと業界に浸っていると、思わぬところで判断ベースの違いに出くわすことが
あり、時々戒めているのですが・・・。

百歩譲ってモトケン様のおっしゃるとおり故意だったとしても、
判断ミスをした場合に有効な装置があったとすれば防げるわけです。
その視点がほしいと思います。(運転手さんの責任論の話じゃないんです。)

事故にいたる連鎖のどこか一つを断ち切れば、事故は防げるのですよ。
飲酒運転者を処罰することで事故を減らそうとするのか、
飲酒運転車を減らすことで事故を減らしたいと考えるのかという
違いなのかもしれませんね。

Piichanさん
>まさか少し刑務所に入ればいいから飲酒運転しようと考える人はいるとは思えませんが。
そのとおりです。「そんな奴おらんやろ」(大木こだま氏のギャグ)それでもやる人は、自分だけは大丈夫、
事故を起こさない。等々と考え、重大な事故につながる。という想像力や遵法精神が欠けていて、
なぜそういう法律があるかということについての認識や、過去の事故についての教訓が生かされない人達がやる訳です。じゃあそういう人達をどうするかが大問題です。
elfin さん
>安全方向へシフトさせて、事故を減らす方向へ導くフェールセーフの思想を導入してほしいです。
大賛成で自動車メーカーも様々取り組まれてるみたいですが、一日も早く事故を起こさない車の誕生を願います。本気でそう思います。

>elfin さん

 実務上、故意の認定というのは微妙なものです。
 
 理論上は「そのつもりがなければ故意がない」という解釈(認容説)が多数だと思いますが、事実認定においては被疑者が「そのつもりはなかった」と言えば故意でなくなるわけではありません。
 行為の客観的危険性の程度とその認識が結論を左右します。

 何ゆえに危険運転致死傷罪が新設されたのか、危険運転致死罪においては殺意がないことが前提になのに、何ゆえに殺人罪に匹敵する重罰が科されるのか。

 行為者の行為を全体的に見てその危険性の大きさとその認識の有無程度に基づいて処罰されることになってきています。

 もっともこのエントリは刑法理論の厳密な適用を考えて書いたものではありません。
 いわば常識論です。

 誤った判断というのであれば、捕まった犯罪者は全て判断を誤ったといえます。
 ごく一部の例外を除き、誰も捕まるつもりで犯罪を犯さないからです。

 ところでフェールセーフの思想というのは、自らが積極的に重大な危険を作出するような場合にも適用されるのでしょうか?

>判断ミスをした場合に有効な装置

 本件のような場合でも有効な装置としては、車自体に呼気アルコール濃度検知装置がついていて、アルコールを検知するとエンジンがかからないような装置が考えられますが、そうすると飲酒者を同乗させることもできなくなったり、検知装置の感度によっては車内でアンパンを食べることもできなくなるかもしれません(アンパンにはみりんが含まれておりアルコールアレルギーの人は食べられないと聞いたことがあります)。

 そのような装置を開発し、装着するという判断はありうると思います。
 そのような視点を持っていないわけではありません。

>事故にいたる連鎖のどこか一つを断ち切れば、事故は防げるのですよ。

 少なくとも事故を減らすことができると思います。
 で、現在の現実論としてどうするかです。
 飲酒運転が事故の原因になることははっきりしています。
 そして酒は人(運転者)が飲むのであり、車が飲むのではありません。
 そして人は酒を飲まないこともできます。
 飲酒運転行為を抑止するためには、人に対する飲酒運転抑止力が必要です。
 少なくとも現時点の車の機能を前提にすれば。

アルコールを提供する飲食店に客が車で来た場合は、帰りの運転手を事前に決めてもらい、その客にはアルコールの提供を禁止。店員がその客の飲酒を確認したら、警察に通報する義務を課す位の勢いで行かなければダメなような気がします。(運転代行を予め頼んでる場合はもちろんOK)

居酒屋も客が大事でしょうが、自らが法的義務を負った場合、そうも言ってられないでしょう。店が運転代行要員を雇うのも有りかもしれません。そもそも、飲みに行くのに車で行こうという考えが間違ってます。

elfin さん
ミス=過失は一般的にも普通の解釈だと思いますよ。
辞書的にも、例えば広辞苑では
過失=『あやまち、しくじり。法律では、注意を欠いて結果の発生を予見しないこと。』(第五版)

飲酒運転をすればどういう結果になりうるかを予見する注意義務があったにも関わらずその注意を怠った、ということでしょう。飲酒運転をすればどういう結果になりうるかは運転免許を持つ以上誰もが教育され、また車を運転する以上認識していなければならない事実です。
またそもそも飲酒運転そのものが禁じられているのですから、飲酒時に自分にどれだけ運転能力があるかを計ることも、またその知識も問題にするわけにもいきません。自分だけは飲酒しても事故など起こすはずがないという言い分は通らないと思います。
ちなみに今の話は過失犯としての業務上過失致死傷罪の話で、「事故の本質をミスつまり過失と捉えることは誤り」とするモトケン先生はおそらく準故意犯としての危険運転致死傷罪の話をしてるのだと思いますが。この場合は酩酊状態での運転という危険な運転を故意に行い事故を起こし被害者を出した、ということが問題にされます。

>elfin さん

前段部分は、私もそのように考えており、この前のエントリーにも個人責任であると書いています。ただ、「交通安全を推進する立場の公務員」とは、現に交通安全業務に携わっているという狭い範囲ではとらえておりません。交通安全を推進するというのは国、自治体の政策目標であり、それを組織として取り組んでいるのに、職員がこれに反する行為を行うことは、非難されて当然だと思います。また、現在携わっていない場合でも、人事異動で担当になることやお手伝いで街頭啓発をしたり、あるいは外部の方がくる会議でアナウンスしてほしいと頼まれる場合もあり、自分が飲酒運転をしていいて交通安全を呼びかけることはできないのではないかと思います。
ところで、大分県職員が酒気帯びで物損事故を起こしたそうです。幸い(本人にとっては、辛い処分が待っているでしょうが)人身事故にはならなかったようですが、福岡の事故を承知で(当然知っているはずですよね)、しかも県では課長会議で周知していたそうですが、それでも飲酒運転をしてしまう。やはり官僚は頭が悪いのかもしれません。

長文おつきあいいただきありがとうございます。
私も法律論でものを言っているつもりはないです。専門家にかみつくほどアホちゃいます(笑)
ただ、機械を操作する(車の運転も操作です)ことと犯罪の心理とは微妙に異なると思いますし、
フェールセーフは設計思想ですので、心理には残念ながら使えません。

>ところでフェールセーフの思想というのは、自らが積極的に重大な危険を作出する
>ような場合にも適用されるのでしょうか?
たとえばA320という飛行機があります。これはパイロットが墜落につながるような操作(ミス)をしても
従わないように作っています。(もっとも設計者の想定外の事象で墜落しましたし、
その手法に是非はあり、議論はありますが)故意・過失それぞれ法的か常識かに関わらず、
ミスをしても安全方向へ操作されるように、考えられているということが大切なんですね。
統計上は第1世代旅客機と比べ安全性は飛躍的に高まっていますので
おそらく間違った方向に進んでしまってはいないと思います。

現実的にアルコール検知械の搭載も望まれれば開発できるでしょうね。
警察が実際に使っている検知器の精度レベルで十分なのでしょうし、
(あんパンやみりんだって、アルコールが閾値まで検知されれば酒気帯びで検挙するんだろうと思います)その応用ですから技術的にそれほど難しいとは思えません。
現にスウェーデンでは義務化されるらしいです。
技術者は要求があれば頑張りますよ。問題は費用負担を含め社会がどう捉えるかなんだと思います。

大分脱線しましたが、安全へのシフトについては、
こういえばわかりやすいでしょうか?鉄道の運転士が赤信号を見落としました。
再発防止策A、運転士に厳罰を下す規定をつくる。
再発防止策B、赤信号を通過したら止まる装置をつける。

Aが必要だと思う方もいらっしゃるでしょう。Bが必要だと思う方もいる。
いろいろな考えがあっていいんじゃないかと思います。
ただ私はAだけではいつか再発しますよ。Bなら想定内の状況ならば止まりますよ。と言っているのです。
Aはわかりやすいし、わりと皆さん盛り上がるんですが、長い目で見たらBの観点を盛り上げないと
結局事故は減らないんじゃないかと思っています。変ですか?

結局のところ交通事故を減らすには自動車の数を減らすしかないのです。

自動車が減ればそれだけまじめな人が運転するようになり悪質交通事故も減るのです。

>ただ私はAだけではいつか再発しますよ。Bなら想定内の状況ならば止まりますよ。と言っているのです。

私は、両方必要だと思います。確かにAばかりで、Bを考えないというのは安全策として不十分であると思います。逆にBばかりでAを考えないとモラルハザードの原因ともなります。

赤信号見落とし時の乗客の安全面を考えれば、Bは確かに決定的ですが、こうしたヒューマンエラーは運転の様々な場面で発生する惧れがあり、その都度危機を招きます。考えうるヒューマンエラーごとに全て安全機構をつけていくというのは現実的ではないでしょう。

それゆえ、A(厳罰だけでなく教育も重要です。)+B両方を突き詰めていく必要があると思います。

>elfin さん

 私の疑問は、飲酒運転をしても事故が発生しないようにする技術というのはフェールセーフの問題だと思うのですが、飲酒運転を防ぐこと自体はフェールセーフの問題なのだろうか、ということです。

 酒を飲んで運転してはいけない、ということが明確に定められているにもかかわらず敢えて酒を飲んで運転する行為というのは、ヒューマンエラーとは言わないと思うのです。

今日の「そこまで言って委員会」勝谷氏発言
「アメリカでは運転前に呼気を計測して
飲酒が無い事を確認してからでないとエンジンがかからない
という技術が既に実用化・普及しているのに
日本ではしていない
経団連前会長が車屋だからではないのか」

その上で米国では悪質な飲酒運転で死亡事故を起こせば殺人罪に問われます。

モトケン様はエラーとかミスという言葉に責任が軽くなるような印象をお持ちで
釈然となさらないのかと思います。
ヒューマンエラーは操作する人間が犯すあやまち全てをひっくるめます。人間のミスですね。
基本的に故意は考えません。ないのが前提ではありますが、過失に対する防御ができて
いれば、同じ操作を故意にしても防げます。
責任の有無、故意過失に関係なく、最悪の事態を防ぐことに主眼をおくのが安全へのシフトです。
もちろん一連の投稿の最初に書いたように、飲酒運転を擁護するものでもありませ。
ミスだから軽くしてやれとか、大変な事故だから重くしてやれなどと言うつもりもありません。
そもそも飲酒運転にたいする法的・人道的責任についてはそれだけの見識はないですから
触れるものではありません。ここはご理解頂きたいと思います。

飲酒運転がまずい行為であれば(あるのですが)、飲酒運転をできないようにさせることは
立派なフェールセーフになります。そもそもの原因を断ち切るのですから。
その意味では酒や車をなくすってのも・・・・・・コレは現実的じゃないですね。

飲酒運転は、法で規制されているからいけないんでしょうか?
正常なオペレートができない状態で運転されることが危険だから、それを防ぐために
人を規制するために法を作ったんじゃないでしょうか。
その意味では法も罰則も広義のフェールセーフシステムの一つと捉えてもよいのではないでしょうか。
こんな考え方もあるってことでご記憶頂ければ幸いです。

>elfin さん

 用語の射程距離に関する感覚的な問題ですから実質的な対立があるわけではありません。
 法もフェールセーフシステムの一つと見ることができるならば、それはそれで構いませんが、フェールセーフという概念が曖昧になるような気がしただけです。
 そしてそれは私のフェールセーフに対する理解が十分でないせいでしょう。

 法律は人間の行動を規制することによって社会秩序を維持しようとします。
 それ故の限界があるわけですが、法律の枠内では、少なくとも刑法の枠内では、故意行為と過失行為の責任の違いは歴然とあります。
 言うまでもなく過失行為の責任のほうが軽いです。

酒は麻薬みたいな物ですから普段はまじめな人でも酒を飲むと人格が変貌して飲酒運転をしてしまうという危険性を秘めていると思います。

私や家族は飲酒したら絶対に運転をしないし、飲酒運転する人には車を貸さないので、コストをかけてアルコールを検知するとエンジンがかからないような装置をつけたくはありません。
もしそのような装置の装着が義務化されるのであれば装置装着の可否を選択性にして欲しいです。
装置をつけない車で飲酒運転で事故を起こした場合は懲役・死刑を受け入れる、それがいや、あるいは飲酒運転してしまいそうな人ならアルコールを検知するとエンジンがかからないような装置を設置する、というようにぜひとも選択性にして欲しいです。

飲酒運転を繰り返す人にはアルコール依存症患者が多いそうで、アルコール依存症を治さない限り免許を与えないくらいのことをしないと駄目だと思います。

> じじい様
> 私は、両方必要だと思います。

そうでしょうか?すでにアメリカ等では厳罰化したところで効果がないことが分かっていますし、逆に事故隠しに走ってしまうのではないでしょうか?
それに普通の人の感覚なら事故を起こし、人を傷つけたという段階で思い十字架を背負うことになるでしょう。それが十分な罪の償いになるのではないでしょうか?
但し、医療事故も同じですが、ある一定の業務停止(事実上の反省期間)の行政処分はあっても良いかな?と思います。トラウマになってしまい、二度とやらないか、反省して慎重にことを進めていけばその人にとっては事故防止になるでしょう。
そういった意味では罰を与える、ということになるのかもしれません。従って刑事罰ではなく、ソフトな、事故再発予防の観点からの上記のような罰は必要かもしれません。

以前、新幹線の運転士が居眠り運転でATCが作動して緊急停止した事件がありましたね。あれなんか、マスコミはこぞって「運転士に罰を」みたいな論調でした。でも、ATCのおかげで事故無く停止できたわけです。私はまず、原因究明が先だと思いましたが、世論は違いました。
それに、あれは原因が医学的な理由であり、睡眠時無呼吸症候群であることが判明しました。これでも罰を与えるべきでしょうか?答えは明らかにNoですよね。
これ以外に居眠り運転の原因として薬物服用(なにも違法ドラッグだけでなく、単なる風邪薬も含みます)、ナルコレプシー、不整脈、てんかんなど様々な医学的原因があるかもしれません。こうした事実を認めないまま、安易に罰を与えることの無意味さを我々は知っています。

感想文です。

全国の新聞やTVニュースで報道された、被害者となった幼い3名の兄弟の写真を見て、妹を真ん中にして、お兄ちゃん2人が写っている写真を見て、それでも飲酒運転をする人の心理が私にはわかりません。

>或る内科医さん
本当に言われるとおりですよね。

自分は大丈夫という飲酒運転の経験(今まで飲んでも事故を起こしていない)がそうさせるうのでしょうか。飲酒すると気が大きくなり、善悪、正邪、の判断が鈍るのか、飲酒運転する人の心理分析を犯罪心理学としてなされてこなかったのでしょうか。

警察を始め飲酒運転撲滅に有効な手立てを講じてこなかった、不作為の責任は誰が取るのでしょう。こう言えば言いすぎでしょうか。

つまるところは、その人次第ということになるのでしょうか。

モトケン先生を筆頭に衆知を結集して有効な対策をまとめて警察庁や政府に提言(意見)するというのはいかがでしょうか。単細胞過ぎますか。

>門外漢さん
飲酒運転の事故は昔からあったわけですし、交通事故は「交通戦争」という言葉があったように昔の方がはるかに多かったのです。それなのに厳罰化が今まで実現しなかったのは、昔は犯罪にあまり敏感でなかったことが大きいと思います。

yamaさん
>すでにアメリカ等では厳罰化したところで効果がないことが分かっていますし、逆に事故隠しに走ってしまうのではないでしょうか?

これは飲酒運転についてこういう結果が出ているのでしょうか?あまり聞いたことがないのですが。ちなみにアメリカでは80年代から飲酒運転には各州で様々な罰則強化が行われており(悪質な飲酒運転で人を死なせれば殺人罪に問われたり20年の懲役が科せられます)、飲酒運転に反対する団体によれば、これらの罰則強化によって1982年から1998年までの間に飲酒運転による死亡者数が全国で37%減ったとしています。もちろん一般に刑罰と犯罪の増減を確実に関連づける事は困難です。犯罪の増減は様々な要因が影響するものですから、他の要因を一定にしたまま刑罰の軽重の影響だけを切り出すことは不可能でしょう。先のアメリカの例もおそらくは他の要因による影響の方が大きいとする反対意見も米国国内で存在するとは思います。ただ効果がないかどうかも同時に証明しえない事です。
また殺人が罪に問われるために人を殺しても犯人が様々な工作をして発覚を遅らせるなどする場合は少なくありませんが、だからといって殺人に刑罰が必要ないとは普通思われません。罪を犯したものに刑罰という社会的制裁を与えることは例え罪の隠蔽という弊害があるにせよ社会秩序を守るための社会の知恵です。ひとつ間違えば大勢の人間の命を奪うことになりかねない自動車の運転という行為を酩酊状態で行い現に複数の人の命を奪った者に刑罰が科せられるのは当然のことです。飲酒運転による死亡事故というのは、道交法を守っている運転手がうっかりミスや不可抗力で事故を起こすわけではないのです。例えばの話、もし手術室に入る前、執刀医師が居酒屋とスナックをハシゴし酩酊状態でメスを握り、当然手元が狂いあさっての血管を切り刻み患者を死なせたとしたらどうでしょうか?一般論として医療ミスに刑罰を科すべきでないと思われる医師でもこの場合まで同じように免罪しろとは言わないのではないでしょうか?

日本の厳罰化は事故を減らすというよりも被害者・遺族の感情に応えるためという性格が強いと思います。危険運転致死傷罪の制定には被害者・遺族の運動が大きかったわけですし。

>例えばの話、もし手術室に入る前、執刀医師が居酒屋とスナックをハシゴし酩酊状態でメスを握り、当然手元が狂いあさっての血管を切り刻み患者を死なせたとしたらどうでしょうか?

酒を飲んで医療行為をしてはならないという法律はありませんぜ。ほとんどの病院でも酒をのんだら医療行為を行なってはならないという規則は無いはずです。
この場合は血管を切ったことがミスかどうかが問題で、酒を飲んでいたことは無関係ということになるのでは無いでしょうか?
実際、深夜の緊急手術なんかでは執刀医師にアルコールが入っているなんてことは結構あるんじゃないの?これをを追求すると医療崩壊がよけい早まりそうな気もしますけど。

まぁ、この場合は比較の対象としては、予め手術することがわかっている場合での飲酒になると思いますが、それはともかくやはり実際にはそう言ったことは今でもあるんですね。

http://www.sankei.co.jp/life/kanja/051024_002.htm
『一般的にみれば、びっくりする話かもしれない。
しかし、医師の中では、「まだそんなことがあったのか」という反応をする医師も多いと思う。つまり、少し前までは、当直室にビールなどのお酒が置いてある状況というのは決して珍しいものではなかったからである。
このあたりは難しいところで、かつては「酒を飲んだほうが、メス裁きが良くなる」といった豪の医師もいたという。私はお酒を飲まないのであるが、もちろんこのような状況は少なくとも現在の医療にはあってはならないことである。』

ところで交通事故と違って医療過誤の場合はその場で飲酒の有無を警察が測定するわけにもいかず、実態は闇の中って事なんでしょうが、それだけ普通に行われているとすると、実際には医療過誤のそれなりの割合が飲酒した医師による可能性もあるんでしょうか?

yama様

厳罰化の話については、コメ様が上で触れておられますので、それ以外のところで

>これ以外に居眠り運転の原因として薬物服用(なにも違法ドラッグだけでなく、単なる風邪薬も含みます)、ナルコレプシー、不整脈、てんかんなど様々な医学的原因があるかもしれません。こうした事実を認めないまま、安易に罰を与えることの無意味さを我々は知っています。

私は何も原因究明をするなとは言っていませんし、安易に処罰とも言った覚えはありません。睡眠時無呼吸症候群であれば、そうした病気に罹っていることを、本人が承知し、運転中に急に眠る惧れがあることをわかった上で運転したのであれば、処罰の対象になりうるとは思いますが、気がつきにくい病気ですので本人が承知していなかったとすれば過失とはいえないと思います。

ナルコレプシー、不整脈、てんかんなどの医学的原因にしても同様でしょう。
眠る惧れのある風邪薬は、注意書きに服用後は運転するなと書いてあるでしょうから、過失性がないとはいえませんが、飲酒運転などに比べれば明らかに小さいとはいえます。

しかし、yama様のおっしゃられるように居眠り運転の全てが、こうした過失性のない(又は極めて少ない)要因によるという事実があるのであれば、ご教示願えませんでしょうか。私には、残念ながら居眠り運転の原因別データは見つけられませんでした。私は、居眠り運転の原因として単なる睡眠不足は決して少なくないと思います。

睡眠不足というのは、多くの場合、運転者は自分で自覚しています。そして、そういった状況で運転すれば危険であることも、普通の運転者は承知しています。どんな状況でも寝ないということが可能なら、それで運転しても良いかもしれませんが、通常は困難でしょう。危険であることを承知の上で、自分の都合で運転し、他人を危険にさらし、実際に危害を加えたものに対して、「人を傷つけたという段階で重い十字架を背負う」ことのみで良しとするということが正しいあり方とは思えません。

犯罪を犯した者は、人格が破綻しているような者ではない限り、多かれ少なかれ十字架は背負うことになりますが、社会に刑法が不要とは思えません。

居眠り以外でも、脇見、スピード超過、飲酒、信号無視などがありますが、これらについても、「人を傷つけたという段階で重い十字架を背負う」ことで良しとされますか?

福岡の事件はどうでしょうか?
もしyama様が被害者の立場に立ったとき、同じような主張を犯人からされたら、それもそうだと納得されるでしょうか?

基本的にはこういった段階には至らなくても事故はおきますので、そうした不運なものや、先ほど言ったような過失とは言いがたいようなものまで、罰に処すべしとは考えておりません。

現に、今の日本では、交通に関する業務上過失罪の起訴率は、11.2%(H16)に過ぎません。要はよほど悪質とかでもない限り起訴はされないということです。厳罰といいながら運用で緩めてる部分はあるんですけどね。

しかし、私は事故は過失でも原因が故意といえるようなものは、ケースによっては罰を与えても良いと思います。

>コメ様
済みません私の説明不足でした。私が言っているのは飲酒運転のことではなくて、飲酒運転以外の過失事故についてです。
すみませんでした。私のレス読み不足でした。
飲酒運転については罰則について異論はありません。

> じじい様
> しかし、yama様のおっしゃられるように居眠り運転の全てが、こうした過失性のない
> (又は極めて少ない)要因によるという事実があるのであれば、ご教示願えませんで
> しょうか。
不整脈、脳梗塞など、それに本人が睡眠時無呼吸症候群だと気づいていなければそれに該当するのではないでしょうか?でも、睡眠不足の居眠り運転については本人の責任と言ってしまえばそれまでです。
私の解釈間違いがとんだ議論になってしまい、申し訳ありません。

続報を見つけました
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060905it11.htm?from=top

>今林健容疑者は、今林大容疑者と同じソフトボールチームに所属する先輩。
>事故前、居酒屋とスナックで一緒に酒を飲んだ後、今林大容疑者が運転する車で>自宅まで送らせた疑い。
加害者を弁護するつもりではありませんがろくでもない先輩もいたものです。
少なくとも民事ではかなりな責任を問われるべきであると思います。

>少なくとも民事ではかなりな責任を問われるべきであると思います。
「この先輩が帰りに自分を送らせるために運転手を呼び出した」的なことを
勝手に想像しましたが冷静になってみるとその件については検討が必要ですね
自己レスすみません。

>コメさま
誤解があるようなので少しだけ。
想像ですが医師の大部分は飲酒しての医療行為は厳罰にしてもらった方が良いと思ってますよ。当直のときだけ飲まなければ良いのですから。
大抵の場合、休日や当直でない夜間に家で晩酌したり外で飲んでいたりして呼び出されてタクシーに乗りながら、「飲酒運転は法律で禁止されているのにどうして飲酒医療行為は禁止されていないんだ!」と愚痴をこぼしながら病院へ向かうわけです。
飲酒医療行為が違法になり医師免許取消+病院開設者にも厳罰になれば大手を振って「今日は休日で飲酒しているので行けません。」ということが出来ます。困るのは休日でも夜間でも金を払わずに医者を働かせている経営者だけです。
まあこの件に関しては私のような酔っ払いではなく、医療関係のエントリにいる本物の医師の意見を聞いてみたいですね。

yama様

>私の解釈間違いがとんだ議論になってしまい、申し訳ありません。

こちらこそ建設的な議論ではなかったですね。すみませんでした。

> 酒好き様
> 想像ですが医師の大部分は飲酒しての医療行為は厳罰に
> してもらった方が良いと思ってますよ。当直のときだけ飲まな
> ければ良いのですから。

私も当然だと思います・・が、

> 大抵の場合、休日や当直でない夜間に家で晩酌したり外で飲んでいたりして
> 呼び出されてタクシーに乗りながら、「飲酒運転は法律で禁止されているのに
> どうして飲酒医療行為は禁止されていないんだ!」と愚痴をこぼしながら病院
> へ向かうわけです。

ということも私自身経験があり、飲酒後、ほろ酔い状態で死亡宣告したこともあります。
ここまで書くと、「とんでもない藪医者」と思われるかもしれませんが、病院から半ば強制的に呼び出される現実があったわけです。そして、患者の家族も「主治医がいない」ことで腹を立て、最悪、訴訟の原因と成り得るわけです。

以前、山形かどこかで休日だか深夜に飲酒後に呼び出されてIVHをい入れ、失敗したかしないかで訴訟となった例があったと記憶しております。そのときに多くのの医者は「休んでいるところを呼び出されて医療行為をしてなぜ訴えられなければならないのか?我々は一生飲んではいけないのか?」と私を含めて皆憤慨していました。というのは、主治医は呼び出される、というのが当時は常識で、それが出来ない医者はろくでもないという認識が医療従事者だけでなく、一部の患者の間でもあったからです。
しかし、その事件後、余裕のある病院は徐々に「飲んだら病院へ行かなくても良い」という認識が広まってきました。でも、実際にはどうなんでしょう?特に人手不足の病院は飲酒していようがしまいが呼ばなければやっていけない病院もあるでしょうし。

>yamaさん
>特に人手不足の病院は飲酒していようがしまいが呼ばなければやっていけない病院もあるでしょうし

そうですよね
特に産科医で一人医長なんて全国に掃いて捨てるほどいます(いました)しね
彼らは勤務を続ける限り一生、酒を飲むことは許されないのでしょうか

特に↓のような厚遇(笑)を用意していただいた尾鷲の産科医なんて飲酒なんて不可能ですね
>病院側は24時間泊まり込みで対応できるよう
>分娩室隣の個室を生活スペースに改造し、洗濯機などを準備した。

もし一人医長が休みの夜に例えビール一杯でも飲酒をしていた場合に脳性麻痺の出産があり訴訟を起こされた場合、噂の藤山裁判官あたりですと医師が敗訴どころか間違いなく慰謝料が多く加算されそうですね

気になったんで調べてみたら、米国では飲酒しての医療行為は各州医師法で処罰の対象として明文化されてるようですね。米国のMedical Boardによる処分は結構厳しくてアルコールの影響下での手術で医療過誤があればライセンスの剥奪もあるようです。ちなみにちょっと面白いというか米国らしい(?)と思ったのは、ニューヨーク州では患者と不適切な性的関係を持ったら、医師免許の自主的返納処分で免許再申請も認められないとか。
このあたりは興味を持ってる人が集まってるでしょうから。NYのBoardのHPを貼っときます。

http://www.health.state.ny.us/nysdoh/opmc/annual/anrpt2002_2004.htm

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