エントリ

 最近の飲酒運転がらみのエントリにおける私の言葉遣いについて、いくつかご指摘がありましたが、その根っこにあるのは言うまでもなく、飲酒運転による追突・3児死亡事故があまりに痛ましく、その理不尽さに憤りを禁じ得なかったからです。

 なぜか。

 被害者が幼児であったからか。
 被害者が3人であったからか。

 それもあります。それが前提だとも言えます。

 しかし、私が一番痛ましく思ったのは、両親の気持ちを慮ったからです。特に母親の。
 母親は、沈みゆく車から命がけで子供たちを救おうとしました。
 父親も必死に助けようとしました。
 しかし、一人も助かりませんでした。

 第三者は、助からなかったと言いますが
 両親からすれば、助けられなかったと思っていることでしょう。
 自分たちの力が及ばなかったと。
 その深い悔恨の念は一生癒えることがないのではなかろうかと想像されてしまいます。

 加害者はその思いを理解できるのでしょうか。
 たしかに、加害者はこのような悲惨な事故をわざと起こそうとしたものではないし、予想していたわけでもないでしょう。
 
 しかし、予想は可能だったと言うべきです。
 彼は、彼の意思で今回の事故を回避することができたのです。
 
 飲酒運転による事故は、飲酒運転者が悲惨な事故を自ら起こすことを予想しないが故に繰り返されます。

 私の加害者の対する非難は、感情的なものであったことは事実です。
 しかし、感情的な非難をしたことは、少し恥ずかしいことだったかもしれませんが、後悔はしていません。

 飲酒運転がとてつもない悲劇を生み出す真に愚かしい行為であること再確認する人が少しでも増えれば、私が恥をさらした甲斐があるというものです。

 ところで続報です。

 福岡3児死亡事故、容疑者「ナンパ目的でドライブ」(2006年9月6日14時41分 読売新聞)

 最近だいぶ冷静になってますので、クール目のコメントですが、ナンパ目的だから量刑が目立って重くなるかどうか疑問です。
 飲酒していたが運転しなければならない必要性・緊急性があれば情状酌量の余地がありますが、そのような事情がなければ、ナンパ目的でも買い物目的でも大差ないと思います。小差はあるかも知れませんが。

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結果が重大だからといって、危険運転致死罪を適用できるかは別問題。 続きを読む

福岡3児死亡事故、容疑者「ナンパ目的でドライブ」 福岡市東区の海の中道大橋で同市博多区、会社員大上哲央(あきお)さん(33)一家5人の乗った車が追突さ... 続きを読む

コメント(23)

もともと個人で開設されている「ブログ」なんですから、ご自由に発言なさっていいんじゃないかと、私は思います。
私は、モトケンさんの素直な感情の発露に、むしろ好感を持っております。

私もこの被疑者には、非常に憤りを感じます。
そんでもって、酒を飲んだ上での運転というものに、憎悪を持っております。

正直、「ナンパ目的でドライブ」の記事の必要性がよくわかりません。
酒を飲んで運転したこと。そしてそれを隠蔽しようとしたことは責められる事でしょうが、
今更ドライブの目的など、どうでも良いんじゃないかと。
(裁判の時には重要なのかもしれませんが)
なんだか加害者いじめが入っている気もします。
無論、加害者本人には自業自得と言えるのですが、
被害者のご両親、そして加害者のご両親に対しては、
この記事は酷じゃないかと思います。
それでも知らせるべき真実なのでしょうか。

この事件、加害者を擁護するつもりは毛頭ありませんし、私が当事者だったら
許すことはできないと思いますが、「ナンパ目的でドライブ」の記事には
疑問を感じました。

ナンパ目的だったら何だというのか。ただ単に加害者の心証を悪くしようと
しているだけじゃないでしょうか。
そういう発表があったのか捜査員のリークなのかわかりませんが、
こういった世論操作は本当に危険だと思います。

怒りや憎しみを利用して世論をコントロールするのはよくある手で、
去年の総選挙は特定郵便局長への怒りがすべてだったし、
アメリカは911後に戦争を始めたし、反日感情で成り立ってるような国もあります。

後で冷静になってみれば、あれは何だったの?みたいな感じじゃないでしょうか。

モトケンさんもフォースのダークサイドに堕ちないように気を付けてください。

> 「ナンパ目的でドライブ」の記事の必要性がよくわかりません。(No.2)
モトケン先生がおっしゃるように、刑事裁判上の意味は、情状としてもさほど大きな要素ではないでしょう。
名誉毀損やプライバシーとの関係で、犯罪報道には公益があると解されていますが、
こういう週刊誌的な大衆扇情ネタは公益性とは関係ないと思います。

似た用例としては、
親が赤ちゃんを窓を閉め切った車の中に置きっぱなしにして、熱中症や脱水症状で死なせてしまった場合に、保護責任者遺棄致死罪等に問われますが、
親がその間に何をしていたかをみんな知りたがります。
スーパーで晩ご飯のおかずを買っていたのなら子育ての苦労を同情されるが、
パチンコ屋で遊んでいたら非難が大きいとか。
パチンコでおかずを買う資金を稼ごうとしていたのかもしれませんけれど。

ちょうど良いタイトルですので書き込みますが、紀子さまのご出産のニュースを見ていて思ったことです。

紀子さまは「部分前置胎盤」だったとのことで、何週間前から入院され、十分な準備のもと「帝王切開」でご出産なされました。

手術のスタッフは10人ぐらいとの話ですが、術者は、主治医の他に産科を専門とする医師が少なくとも1〜2人は居たでしょう。麻酔科医も2人ほどは居たかも知れません。

で、「やや筆が走り気味の昨今」で何が言いたいかと申しますと、福島の帝王切開でも、あれは予定手術だったのですから、cesarean hysterectomy(帝王切開時の子宮摘除術)の可能性を考えて(主治医はその可能性を充分に認識していたのですから)、それをしたことのあるような産科医と一緒に帝王切開していれば、最悪、あんな結果になったとしても、ああした「刑事事件」にはならなかったのではないのかという事です。

福島の産科医が、予定手術であったにかかわらず、cesarean hysterectomyの可能性を承知で、自分一人の責任で強行した帝王切開は、慈恵医大泌尿器科の内視鏡手術のようなものであったと私は思います。

福岡の事件(事故ではなく事件だと思う)では、危険運転致死罪の適用の可否(特に、故意の証明)が問題になっているようですが、立法趣旨から言って、故意は問わなくていい(飲酒運転の認識があれば充分で、それ以上の故意が証明できるなら殺人罪を適用すべき)と思うんですが、いかがでしょうか。

加藤先生の定切のスタッフですが加藤先生の助手として外科医がつき、麻酔科の専門医もついています
看護師も4名で途中から5名です

福島県双葉郡大熊町という地方の一人医長の産科で定切する陣容として問題があったとは思えません
もちろん産科医−1さんが全ての前置胎盤及び、子宮摘出の可能性のある妊婦は全て周産期センターや愛育のような設備・スタッフの揃った所に搬送すべきということであれば別ですが・・

この件は慈恵医大の内視鏡手術と同一視するのはあまりに無茶だと思います
またそれはそれぞれの件でそれぞれの学会や医師達がどう反応しているか見れば一目瞭然です
それとも産科医−1さんの入られている産婦人科医のMLでも産科医−1さんのような意見が主流なのでしょうか?

さすがに産婦人科医である方からこの意見にというのには驚きましたので色々とお聞きしたいと思います

彼らのドライブの目的など確かにどうでもよいことです。ナンパに行こうが、ラーメンを食いに行こうが、起こした事故がなくなるわけではありません。もっと他に書くべき記事があるんじゃないかとも思います。

この記事から分かることは、彼の供述がコロコロ変わっているらしい(あくまで報道だけですので)ことと、彼らの行為が被害者の数を増やす可能性があったこと程度でしょうか。

 産科医1さんがここにどうしてこのことを書き込まれたのかわかりませんが

>福島の産科医が、予定手術であったにかかわらず、cesarean hysterectomyの可能性を承知で、自分一人の責任で強行した帝王切開は、慈恵医大泌尿器科の内視鏡手術のようなものであったと私は思います。

 これは片岡検事や大野署の署長と同じ見解ですね。産婦人科医会・学会、1万人の署名も無視ですか。

 私も産科医さんからこのような発言が出ることに驚きです。
N淵先生、U出先生のようなマスコミ受けすることをおっしゃるけど内部の評判は?(かばいあいとかの意味でなく)な方もいますからいろいろですね。

>親が赤ちゃんを窓を閉め切った車の中に置きっぱなしにして、熱中症や脱水症状で死なせてしまった場合に、保護責任者遺棄致死罪等に問われますが、
親がその間に何をしていたかをみんな知りたがります。

YUNYUN様、お言葉ですが、今回のナンパ云々は前のコメントにも述べたように、どうでもいいようなことですが、未だに炎天下の駐車場に置いた車の中に子どもを閉じ込めてパチンコに興じ、子どもを灼熱地獄の中で殺してしまうようなバカ親が後を絶たない状況の中では、新聞やニュースでなりと、駐車場に止めた自動車の中に子どもを置き去りにして、ほんのちょっとだからとパチンコに興じてると、子どもって簡単に死んじゃうんですよって、バカ親予備軍に教えてやる意味で、少しは報道の価値はあると思いますが。

そのためにそのバカ親に世間が悪感情を抱こうが、それは自業自得だと思います。だって本当に悪いことなんですから。

「感情的な非難をしたことは、少し恥ずかしいこと」であるとは,全く考えません。
私の知る限り,人の痛みが分かる想像力を持たない法律家は,存在しません。
身体に酒気を帯びている認識があれば,飲酒運転は故意犯です。
だが,水で薄める偽装工作までしたとはいえ,0.25ミリグラムの被疑者を危険運転致死罪に問えるか否かについては疑問を感じています。

モトケンさん

「後悔はしていません。」で十分と私は思うのです。私も時々コメントを書かせていただいておりますが、非難、感情的なものが入ることがあります。間違ったことを書いたら訂正は必要ですが、私は人間である以上は完璧にはなれないし、感情なしでは、やってられないし、つまらないしと思うのです。

様々なエントリーで今後とも話題の提供をお願いします。それを読んで、私も勉強いたします。

いつも疑問に思うのですが、「情状酌量」とは、どいう意味があるのでしょうか?
そのような事情があるなら、罪を犯してもしょうがないと、言っていいものなのでしょうか?
例えば、虐待の経験があるから自分の子供を虐待死させてしまうなど、いい訳にはならないと思います。その虐待の経験が虐待行動を生むのであれば、自分には無理と判断して、児童相談所にお願いするなど、すべきと考えています。虐待の経験があるならばそう判断することができると思います。特に親であるならば。

ナンパ目的などの理由が考慮されないのと同様に反対向きの理由も考慮されるべきではなく、刑とは別に世間一般が考慮すればよいことだと思います。

そうでなければ、被害者や遺族はやりきれないと思います。
刑は被害者や遺族のために有るのではないとの意見はあるとは思いますが、そのように運用されることを期待しています。

すいませんが、少し前のコメントに対する質問です。
bara17 さんの
>0.25ミリグラムの被疑者を危険運転致死罪に問えるか否かについては
 疑問を 感じています。
なのですが、危険運転致死罪は飲酒してようがしていなかろうが、文字通り
危険な運転をして死亡事故を起こした場合に適用されるのではないでしょうか?
今回の事故の場合、前方を走っていた車を衝撃で道路外まではじき飛ばし、
自分の車も自走不能になるほどの追突を起こす速度でわき見運転をしていたと
いう事だけで十分、危険運転致死罪に問えるように思います。
飲酒の事実は、その量刑に影響するでしょうが。
実際のところどうなのでしょう?

 時間がないので一言ずつ

>通りすーがりさん

 情状というのは、かなり幅のある法定刑の範囲内で具体的な量刑を決めるための諸事情という意味です。
 どのような事情をどの方向でどの程度考慮すべきかは議論があります。

>四不像さん

 このエントリにトラックバックをいただいているPINEさんのブログが参考になります。

産科医-1さま

>cesarean hysterectomy(帝王切開時の子宮摘除術)の可能性を考えて(主治医はその可能性を充分に認識していたのですから)、それをしたことのあるような産科医と一緒に帝王切開していれば

福島のK医師はcesarean hysterectomyの経験がある医師です。
経験がないのは「癒着胎盤で術中に大量出血をきたした時』の経験です。

モトケンさん、PINEさんのブログを拝見しました。
なるほど、”故意に”危険な運転で死者を出した場合ですか。
事故の映像をみて、あれが不注意の結果などと言われても
なんだか釈然としませんが。
またひとつ勉強になりました。ありがとうございます。

高専殺人事件の容疑者とみられる少年が遺体で発見されましたが、NTV系では実名&写真入りで報道し、TBS系では匿名&モザイクでやってました。

亡くなれば更生も何もないですが、何でいまさら実名で報道する意味があるの?という疑問はわきました。

↑「ナンパ目的」報道に関連して書いてしまいました。本エントリーには余り関係なかったですね。

この事件についてのモトケンさんの意見はもっともだと思います。興味深く拝読しております。別に「走りすぎ」といったことは感じておりません。

地方公務員におかれましては、飲酒運転が他人へ及ぼす危険もさることながら、
飲酒・酒気帯びによる自らへの処分をも大いに心配されているようです。
「飲んだら乗るな、飲むなら乗るな」という言葉が空虚に響きます。

http://www.jichiro.gr.jp/question/horitsu_sodan/200505_no713.htm

http://megalodon.jp/?url=http://www.jichiro.gr.jp/question/horitsu_sodan/200505_no713.htm&date=20060911215726

私も昔からなにか書けば書くほどドツボにはまる男であり、医者になってからで言えば病気を良くしようとしてもなかなか思い描いたようには治療効果が増大せず患者さんの不満ばかり増大させてしまったり、裏目に出て「サイアク!」だったり、よしんば良い結果であっても私の治療そのものは自然治癒力や生命力のおこぼれに預かっただけみたいだったり、情けない思いから解放されるひまのないぼつな人生であります。年寄りの繰言(笑)書いちまいまつたが。

ただこの事件で私が予見可能性と回避義務が明らかにあったんじゃないかなと思った点は、橋の欄干の設計でした。海の上を自動車がある程度の高速で往来する新築に近い橋の欄干が、車の衝突によって破壊される衝撃の大きさを予測して設計されていなかったという事故当時のTV報道を見た(といちおう記憶があるんですが貧弱ながらも)時で、欄干の脆弱さと転落との間の相当因果関係のほうを疑った覚えがあります。
未検証のままの毎度ぼつでおkな呟きで失礼致しました。

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