エントリ

奈良女児殺害、小林被告控訴取り下げ 死刑確定へ(asahi.com 2006年10月10日18時56分)

「命日までに死刑にして」、小林死刑囚が手紙準備(asahi.com 2006年10月11日15時21分)

 いろいろ意見はあると思いますが、自ら死刑を受け入れるという決断には重いものがあると思います。

 ほとんど直感ですが、宅間守とは違う印象を受けています。

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コメント(16)

>ほとんど直感ですが、宅間守とは違う印象を受けています。

宅間守は自殺未遂の前歴が二回ぐらいあって、自暴自棄になり自殺できないので死刑志願で事件を起こしたという点と反省の表明が一切なかったという点で、当然違うわけで、控訴を自ら取り下げる。控訴しない。ということでの控訴しなかったという共通点だけでしょう。小林死刑囚の心理は分かりませんが、自己の犯した罪を本当に悔いて、結論としての取下げであれば被害者遺族の感情からして、死刑が叶ったという事と、早く決着がついたという事が、せめてもの償いになったと思いますが。

「3回裁判受けてないから執行は慎重に」とか言う間抜けな法律家が出てくるような悪寒

ド素人の疑問なのですが、なぜ小林氏側の弁護士は控訴したのでしょう? また、控訴することが許されるのでしょう?

引用先であるasahi.comによれば

> 弁護側は、死刑判決を受けた先月26日、「判決は事件の本質に迫ってい
> ない」などとして即日控訴した。
(stuff deleted)
> しかし、弁護人が10日午前、小林被告と接見したところ、同被告から取
> り下げの意向を伝えられたという。

ド素人の感覚では「をい、ふざけるな」です。てめえ、クライアントの基本方針も確認せずに決定的な行動をとったのか? 基本方針なぞ確認する必要もない、控訴に決まっているとでも思いこんだのか?

刑事被告人の弁護士という役割は生半可な覚悟では出来ない、と本サイトでお教え頂きました。それにしても、本件を見る限り弁護人は自ら悪循環の罠に踏み込んでいるではないか、平均的なビジネスパーソンから「ビジネスの基本が分かっていない空想の世界に生きる人々」との烙印を押されるだけではないかと思わずにはいられません。

(私は人権思想が大嫌いですが、被告人になった瞬間に人権は失われると主張する人々はもっと嫌いなので、小林被告、ではなく小林氏と呼ばせていただきます)

宅間守との違いは絶望ではないかと。
宅間は、過去の行動を見ても、純粋な気違いだと思います。
小林は、単なるロリコンですね。性的異常者ではあっても、気違いではない。だから、思考回路は「こちら側」に近いものがある。まともな思考の持ち主なら、自分が性的異常者なんて絶望します。しかも、社会的地位も底辺に近い小林は、他に希望を見出すこともできない。そこで、破壊的な行動に出たのでしょう。他者もろとも自分の人生も破壊。
絶望、すなわち望みが絶たれた人間としては、ありえない行動ではない様に思います。逆説的かもしれませんが、「人に迷惑をかけてはならない」というのは何か少しでも自分の守りたいものがある人間の理屈でしょう。

宅間との違いを考えてみました。。

弁護人には独自の控訴権があります。
被告人は法的知識が不十分であり、身柄を拘束されて動きがとれず、時には精神の平衡を失っている場合もあるので、
被告人の意思判断を待っていては、被告人の権利を守り通すことができないからです。
有罪・無罪にかかわらず全ての人について、憲法及び刑事訴訟法で定められた手続きを保障することが、国家の恣意的な権力行使を排して国民の人権を守ることに繋がるのだという刑事弁護の意義が、世間にあまり理解されないのは悲しいことです。

もっとも、個々具体的な場面において、刑事弁護人が何を為すべきか、また、してはならないかは、今もって、全ての弁護士の意見が一致しない大きな問題ではあります。
しかしながら、本件で、当初に控訴手続きをとった弁護人のやり方について、大多数の弁護士は正当な弁護活動であると認めるでしょう。少なくとも、不当弁護であると批難することはないと思います。

もし私が本件の弁護人であったなら、
被告人に対して控訴を勧めるし、
被告人が迷っている場合は弁護人の権限で控訴状を出しておくことまではします。

控訴したほうがよいと考える理由は、
・判決が死刑という重刑であり、執行されると取り返しがつかない
・被告人の言い分が認められなかった部分がある(誰かの供述調書は嘘であると主張したとの報道があったと思います)
・量刑面で、過去の判例に照らして、被害者数1名に死刑は重すぎる

> クライアントの基本方針も確認せずに決定的な行動をとったのか?
報道によると、小林氏は一旦は控訴に同意したものの、後に翻意して今回の取り下げに至った模様ですから、弁護人の独断で控訴したというわけではないようです。
また、法律的に言えば、控訴という訴訟行為自体は「決定的」ではありません。それは本件で控訴取り下げがなされている事実からもお解りいただけると思います。

控訴期間は2週間と非常に短かく、控訴しなかった場合は死刑判決が確定するというそれこそ「決定的」な効果が生じてしまうため、
迷っている時は暫定的に控訴しておくということも、弁護の手法としてはアリだと考えます。
控訴審における弁護活動を実質的に行うかどうか(控訴理由書の提出等)は、その後に時間をかけて被告人と打ち合わせをすればよいのです。
控訴するにしても、控訴審では私は担当を外れて弁護をしないということになるかもしれません。
国選弁護人であれば、原則的に審級限りの選任なので、あとは控訴審の弁護人に引き継ぎますし、私撰であれば被告人の意思により解任されることもありえます。

> 平均的なビジネスパーソンから「ビジネスの基本が分かっていない空想の世界に生きる人々」との烙印を押されるだけ
刑事弁護を「ビジネス」と考えることには、普通の弁護士とっては抵抗があると思います。
実際、経済的にペイしない事件がほとんどですから、その意味でもビジネスと思ってはやっていられません。
東京や大阪のように、弁護士数の多い都市では、刑事弁護は全く手がけないと言う弁護士もいます。

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本件とは違いますが、
被告人が無実を訴えながら、有罪判決を受けても控訴せず判決に服したいと言う場合に、弁護人としてどのような態度を取るべきかは悩ましい問題です。
それ以前の段階でも、自分は無実だが、争って長期裁判になるのは嫌なので、言われるままに罰金を払ったほうがよいだろうかとか、執行猶予が付くなら有罪を認めて早く裁判を終わらせたいとか。

逆に、有罪であることを認めていても、手続き的に控訴はするという被告人もいます。
懲役の労働はできるだけしたくないので、未決勾留日数の参入を稼ぎたいとか、
拘置所に居る間に面会に来てもらいたい友達がいるとか、年末年始に刑務所に行くの寂しいから下獄は年明けにしたいとか、
罰金を払うお金が無いので金策をするから、etc.

YUNYUN様、お教え有り難うございます。

よろしければもう少しだけお教え下さい。「弁護人には独自の控訴権がある」これは明文化されているのでしょうか。

お陰様で弁護人の感覚は少しだけ分かりました。勉強になりました。また小林氏は一旦は控訴の意向を示していたとのこと、ならば「クライアントの意向も確認せず」はそもそも私の誤解ですね。失礼しました。

刑事訴訟を「ビジネス」と書いたのは、単なる言葉遣いの問題です。気に障るのでしたら「ビジネス」「クライアント」を「仕事」「依頼人」と読み替えて頂ければ。

あと、蛇足を承知で一つだけ申しますと、

> また、法律的に言えば、控訴という訴訟行為自体は「決定的」ではありませ
> ん。それは本件で控訴取り下げがなされている事実からもお解りいただける
> と思います。

この辺りの感覚が、法曹の皆様と私のようなド素人とで違うのだな、それが誤解を生む原因の一つなのかなと思います。理屈としては法曹の皆様の仰ることは分かるのですよ。一々もっともだと思います。でも、私のように裁判所の中に入ったこともない人間にとって裁判とか控訴とかという言葉は、日々の生活として裁判に関わっておられる方々よりも、重い。「法律的に言えば」とわざわざ断っておられるのは、それを意識しての事と拝察いたしますが、医療関係の議論を拝見していても、議論がかみ合わない原因の一部は、この感覚のズレだと感じております。

どうしたらいいんでしょう(すいません、まとまりません)

 「宅間は純粋な気違い」などと書いている方がいたが、それなら心神喪失になってしまう。彼は気違いなどではなく、人生や社会への不満を、行きたくても行けなかった学校の児童にぶつけただけでしょう。さらに、生育歴として虐待があったとされることも犯行と無関係とはいえません。
 また、小林死刑囚は絶望の結果犯行を犯したとの説も疑問です。誘拐の発覚をおそれて殺害したというのが動機で、連れ去りの時点では殺害までは考えていなかったとされています。犯行前に絶望しているのなら、このまま被害者を帰宅させたら捕まるなどと恐れて殺害に及ぶ必然性などどこにもないでしょう。
 ロリコンを性的異常者とする見解も一種の偏見で、本来、性的趣味に異常も正常もありません。同性愛者も昔は異常者扱いされましたが、今では性的傾向を理由とした不利な扱いは差別とする認識が確立しています。同性愛だろうがスカトロだろうが、ロリコンだろうが、性的趣味は正常とか異常とかのレッテルを貼るべきものではなく、ただ単に多数派と少数派が存在するに過ぎません。そして、どんな性的趣味も犯罪との直接の関係はないといえます。成人女性の下着類を盗む犯罪者がいたとしても、下着類への興味が問題なのではありません。そういった興味を盗みという犯罪で満たそうとすることが問題なのです。ロリコンも、それ自体は殺人と直接結びつくものではありません。
 ただ、“異常性欲者”という概念を使えば、異性の夫婦間の生殖目的の性交以外は“異常”とのレッテルを貼って排除しやすくなります。それがどんな影響を社会にもたらすか。エイズがこれほど広がったのも、当初は同性愛者の病気とみなされ、その同性愛者が異常者として軽視されたからにほかなりません。

No.6 Forsterstrasse さま(横からすみません>YUNYUNさま)

>「弁護人には独自の控訴権がある」これは明文化されているのでしょうか。

刑事訴訟法355条です。
「原審における代理人又は弁護人は、被告人のため上訴をすることができる。」

解釈論としては、「明示の意思に反してはいけない」とされています。
つまり「控訴・上告したくない」という意思がはっきり伝えられる前であれば、控訴・上告することが許されます。

また、「蛇足」の点については、「感覚」ではなく、「正確な知識」の問題ではないか、と思います。
「控訴」は、一旦申立書を提出しても、取り下げることが許されている制度ですから、その事実が共通認識となった後では「感覚が違う」という批判は噛み合わないように思います。

No.3 Forsterstrasse さん

>ド素人の感覚では「をい、ふざけるな」です。てめえ、クライアントの基本方針も確認せずに決定的な行動をとったのか? 基本方針なぞ確認する必要もない、控訴に決まっているとでも思いこんだのか?

私もド素人の一人ですが、極めてまともな対応をした弁護人だと思いましたよ。

手続きが法律に基づいているのは専門家の書き込みを見てわかりましたが、法的根拠がどうであれ、被告人の利益に沿った手続きだったと思います。

死刑というのは被告人に対する最大かつ不可逆な刑罰で、被告人は避けたいと思っていると考えても何ら不思議ではありません。
逆に控訴したいと明示的に言われなかったから控訴しなかった場合は意志が明らかになったときの被告人の不利益の甚大さは明らかです。

どちらのあてが外れたときが深刻かといえば、控訴しなかったときですよね。

控訴しない意志がはっきりした時点で取り下げていますから、被告人の意志云々に関わらず自分の主張に被告人と裁判を利用しているわけでもありませんし

宅間守は反社会性人格障害だったと考えてよいと思われます。

犯罪者が反社会性人格障害だった場合、再犯防止に役立ちそうな根治療法は基本的にありません。
アメリカで性犯罪者に試みられているとされるホルモン剤や手術による去勢(男性ホルモンの作用をなくす)が効果的である可能性がありますが、法的に去勢術を刑罰の一種に加えるのでもない限り、実施は難しそうです。

参考:
http://akatan.cool.ne.jp/jinkaku.htm
http://health.goo.ne.jp/medical/search/10470100.html
など

 私が弁護人なら、被告人が一見明白な不控訴の意思を表示したとしても弁護人として控訴するかもしれません。

 死刑判決直後の被告人は、表面的にはどうあれ内心は激しく動揺していると見るのが自然です。

 被告人が真に死刑を受け入れるかどうか、被告人自身で本当に納得するためにある程度の時間は必要だろうと思うからです。

 そうであるならば、選択の余地を確保するために控訴することになります。

管理人さま、たびたびすいません。

宅間は気違いと書いたら反論を頂いてしまいました。確かに、気違い(精神異常者?)というと、人格障害とは区別すべきなのでしょうね。

小林に、殺害の意図がなかったというのも知りませんでした。絶望して犯行に及んだのではなく、子供だからバレないだろう程度にしか考えていなかったのかもしれませんね。

Anonymousさんのご意見、もっともだと思います。ロリコンを異常性欲者としてとらえるのではなく、健全な性癖のひとつとして、個性のように認めていく姿勢が求められるのかもしれませんね。

去勢刑については、以前ヨーロッパの国で実施されたもののその受刑者から精神に異常をきたすものが続出してすぐにやめてしまったという話を聞いたことがあります。いろいろと難しそうですね。人権の壁も厚いし。

>>No.12のyomさん
>去勢刑については、以前ヨーロッパの国で実施されたもののその受刑者から精神に異常をきたすものが続出してすぐにやめてしまったという話を聞いたことがあります。

なるほど。
情報ありがとうございます。

ただ、ほんとに去勢が原因で精神異常を来したかどうかは疑問です。
もともとの精神疾患が時期が来て発病しただけ、という可能性も否定できません。

ちなみに現代の日本でも去勢術は前立腺がんの治療と言う名目で大いに行われています。
ホルモン剤による化学的去勢術にせよ、文字通りタマを取ってしまう外科的去勢術にせよ。
その方々が「いわゆる精神異常」を来たしやすくなる、というようなデータはありません。
うつ病にはなりやすくなりますが。

果たして死刑にしてしまうのが人道的か、去勢術を施して社会復帰させ、生きて罪を贖わせるのが人道的なのかを考えると考慮されても悪くはない刑罰と思われます。
で、もし本当にやるとしたら、費用と確実性の点で外科的去勢術が望ましいかと。

#こんなのも見つけました
・X51.org:性犯罪者に化学的去勢実施 ノルウェー
http://x51.org/x/04/06/0838.php
・ミーガン法のまとめ@macska dot org
http://macska.org/meg/index.html

そうなんですか。それでは去勢で精神に異常をきたすかどうかは確かに分からないですね。ホルモンの関係で脳がおかしくなるのかなーとか、素人アタマで勝手に思ってました…。

田舎医さまのコメントにあるリンク先など見ても、性犯罪者の防止、更正ともに絶望的な状況なんですね。世界的に。これほど難問題とは。

この状況では、論理的には去勢はやむなしでしょう。ただ、現実的には、「残酷刑罰の禁止」の壁をどう乗り越えるか。カテゴリー的には鞭打ちや手首切り落としといった身体刑の範疇でしょう。そう言うとなんか非現実的な気がしてきます。一番いい方法があるのに使えないという…口惜しい感じですね。

去勢を刑罰に加えてしまうとですね、化学的去勢術を出所後も強制したり、
外科的去勢術を行ってしまうと、本来有限であるはずの刑(死刑や終身刑は別として)が
生涯続くことになってしまいますよね。それを更生と呼べるのかどうか疑問です。
それに去勢することで本当に性犯罪を犯さなくなるのでしょうか?
性行為に及ぶ事はできないのかもしれませんが、たとえば女性に触りたいとか、
裸が見たいといった衝動まで押さえられるのですか?
実際去勢したこともされた方にお目にかかったこともありませんから、
正確な所は知りませんが、どうなのでしょう?

>本来有限であるはずの刑(死刑や終身刑は別として)が生涯続くことになってしまいますよね。それを更生と呼べるのかどうか疑問です。

それは「更生」ではなく、一生涯刑罰に処せられている状態ですよね。凶悪な性犯罪者には更生する猶予を与えない、という意味づけになるかと。あくまで死刑や終身刑の代替的なものでしょうから、人権保護の面で、特に問題はないと思います。私なりの考えですが。

>それに去勢することで本当に性犯罪を犯さなくなるのでしょうか?

去勢すると男性ホルモンが作られなくなって性欲や衝動的・攻撃的なリビドー的なものがなくなってしまうのでは。ですからしっかり無害化されるんじゃないでしょうか。

しかし、考えてみると、死刑に値するような人間なら去勢云々と言わずとも死刑にすればよいわけです。問題は、死刑や終身刑に至らない程度の性犯罪者でしょう。その程度でも去勢してしまっていいものか…。難しいですね。今の私には答えは分かりません。

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