歯科女児麻酔死:医師不起訴は不当 さいたま検察審査会(毎日新聞 2006年10月19日 13時35分)
虫歯治療中の4歳女児を死亡させたとして、業務上過失致死容疑で送検された埼玉県深谷市の男性歯科医が不起訴となったことについて、さいたま検察審査会が不起訴不当の議決をしていたことが分かった。議決書(4日付)などによると、02年6月15日、深谷市の会社員、木部寿雄さん(40)の長女遙加ちゃんは、同市の歯科医院で治療中、局所麻酔により重篤なアレルギー症状「アナフィラキシーショック」を起こし、同夜に死亡した。県警は05年1月、歯科医師を書類送検したが、さいたま地検は同年7月、嫌疑不十分で不起訴とした。
議決はショック症状について「予見可能」とした。また、「現在の開業医の歯科医の(設備、技術)水準では、救命可能性に疑問が残る」とした地検の判断について「同種の事件で刑事責任が問えなくなる。開業医と他の病院に差があること自体が問題」と指摘した。
「同種の事件で刑事責任が問えなくなる。」という論理が不起訴不当の論理としてどうなのか、という疑問を感じますし
「開業医と他の病院に差があること自体が問題」という点も、過失犯論に対する理解不足を感じさせます。
刑事責任を問うことが目的化しているようです。
例によって情報不足ですが、文面通りとらえるのであれば、もはや検察の論議では医学的に論点がずれています。予見可能かどうかが問題なのではなく、アナフィラキシーショック後の対処がどうだったかが問題と思います。
大体、麻酔アレルギーは予見不可能ですよ。神様じゃあるまいし。
>yama さん
>もはや検察の論議では
これは、「検察審査会の論議では」ということですよね?
> yama さん (No.1のコメントについて)
念のため。検察審査会は、一般市民から無作為に選ばれる11名のメンバーによって構成される機関です。検察官が起訴・不起訴を適切に判断しているか、市民の健全な常識でチェックしようという目的を持っています。
今回は、いわば市民の代表である検察審査会が不起訴不当との判断を出したので、検察官としては、起訴すべきかどうかもう一度検討する、ということになります。なお、今のところ起訴・不起訴の最終的な判断権限は検察官にありますが、もうすぐ、一定の条件下で検察審査会の議決が拘束力を有する(起訴を強制される)という法律が施行されます。
医療崩壊エントリでも書きましたが、自分としては、どうしても裁判員制度のゆくえと関連付けて考えてしまいます。検察審査会は、市民による議決後、検察官・裁判官の判断が介在しますので「市民感覚」が最終的な結論を導くわけではありませんが、裁判員制度は、市民がダイレクトに判決内容を決める制度ですので・・・・。
最高裁の検察審査会の紹介ページでは、改正検察審査会法施行の予定について一言も触れられていないのはなぜでしょうか。
11人の「一般市民」たちが2回「起訴相当」の議決をしたら起訴が確定する、という新制度を故意に触れないようにしているのかと勘ぐってしまいます。
あんな法律を国会で通過させてしまったことについて、何も知らなかった自分の愚かさがつくづく身にしみます。
リンク貼るのを忘れてました。
・最高裁の検察審査会の紹介ページ
http://www.courts.go.jp/kensin/index.html
医師からみた印象ですと、さいたま検察審査会の判断は全く理解できません。
まず、アナフィラキシーショックを予見することは、絶対できないと思います。
開業医と他の病院に差があること自体が問題というが、これも無理でしょう。開業医も、総合病院か大学病院に準ずるレベルの器具・技術・スタッフを用意しろということでしょうか。
薬剤を使う職場である限り、同種の事件?は未来永劫なくなることはありません。そのたびに、刑事責任を問われていては、誰も医師なぞ目指さなくなり(特に産科など)、ますます医療崩壊の方向に向かうでしょう。
頭の悪いマスコミ連中が騒ぎ立てるだけならともかく、審査会などがこの方向にいってしまうと、日本の医療は取り返しのつかない方向にいくのではと危惧しています。
審査会って、素人市民11人なんですか?知りませんでした。
なんで、医療や法曹の専門的知識が皆無で、マスコミに煽動されがちな素人を選ぶのでしょうか?そういう人たちが、起訴までごり押せるシステムが理解不能です。
> FFF さん
それは知りませんでした。大変な誤解をしてしまいました。検察審議会というのでてっきり検察のメンバーで構成されているのかと・・・。
まあ、それなら一般人の無知と言うことで・・・・としてもひどいですね。いくら何でもそういう審議会のメンバーは最低限必要な知識を勉強すべきかと個人的には思います。出なければ審議会に出席する資格はないと考えますが。素人が集まる井戸端会議程度の議論ならともかく、法的拘束力を持つとなるとこれは問題です。いずれにしてもおかしいことかと思います。いくら知ろうとといっても許せませんよね。そもそも起訴された側はどれだけ苦労するか知っているのでしょうか?
陪審員は当面、凶悪な犯罪だけではありませんでしたっけ?私の素人記憶では過失に関しては関係ないのかと・・・。
> モトケン様
私の無知が原因かもしれませんが、誤解が生じる可能性もあります。検察審議会の注釈もあった方が助かりますかもしれません。
> 開業医と他の病院に差があること自体が問題
この件自体が開業医と病院の差の問題に結びつける方が無理があると思いますが。どう考えても結びつかないでしょう。検察の判断もさることながら検察審査会も関係のない議論をしていると言うことになります。従ってこの点だけとってもみても、検察審査会という組織自体が何も分かっていない無知の集団と判断せざるを得ません。
審議会ではなく、審査会ですね。失礼しました。
審査会のメンバーは是非このブログをみて猛省して頂きたい。明らかに間違ったことを言っているのだから(多少なりとも可能性のあることならまだ許せますけどね)。
>yamaさん
何を持って不起訴不当と判断したのかが分からない以上、「明らかに間違った」とは言い切れないと思います。
このような世の中では、もう医療ができません。
アナフィラキシーを予見しつつ治療することは、神以外無理ではないでしょうか。
撤退 しかないです。
非医療者の方も、ここまで進めばさすがに理解できるのではないでしょうか。
理解されるされないに拘らず、日本での真の意味の医療はもう おしまい なのは変わりありませんが。
検察審査会は市民の方々が検察の判断をチェックする、ということですが、その判断が「参考程度」にあつかわれるのならまだしも、
>もうすぐ、一定の条件下で検察審査会の議決が拘束力を有する(起訴を強制される)という法律が施行されます
とのことです。本気でしょうか…
集団ヒステリー状態に容易になりやすく、被害者の感情に相乗りして判断していく傾向があるのはどうしても一般市民の集団では仕方ない面もあるかと思います。別に医療裁判に限らず、様々な刑事事件(になってしまった事項)で、そのような専門的知識に欠ける判断が主流をなす可能性が増すのではないでしょうか。これでは、責任のある仕事をすることができません。日本は終わりなのでしょうか?
>審査会のメンバーは是非このブログをみて猛省して頂きたい。
ただ、不起訴が相当との判断を下して、それをマスコミが報道すると、やはり国民の怒りを買うことになるでしょう。
国民一般のレベルの底上げがないとこの流れは変えられないと思いますね。
だからこそ、もっと医療現場の声を大きくと言っているわけです。
知らせないとわからないのです。
政治も裁判も国民の民度を超えることはできないと思いますから。
> yama さん (No.8の書き込みについて)
おっしゃるとおり、裁判員制度の対象は重大事件に限られますので、今回のような業務上過失致死事件については従来どおり職業裁判官が判断することになります(それが医師の方にとって好ましいのかどうかは分かりませんが・・・・)。
検察審査会は、むしろ素人判断であること自体がウリというか、市民感覚を反映させるということが目的なので、〇〇を勉強した人でなければいけないという前提条件をつけるのは、たぶん制度の趣旨に反するのだろうなあと思います(検察審査会制度の是非についてはひとまず措きます)。だからこそ、どのような資料が用意されてどのような議論がなされたのか、是非とも知りたいところです。
> しまさん
ショック症状について「予見可能」とした というくだりは明らかに間違いです。少なくともアナフィラキシーショックについては。従って明らかに間違っていると考えます。報道内容が誤報でしたら勿論間違っているとは言えないと思いますけど。
> FFFさん
だとしたら、法的拘束力を持たせるというのは良いことなのかどうか疑問です。参考程度にとどめるべきではないでしょうか?
ただ一つ言えることは、医療事故の場合、通常「一般市民の感覚」は圧倒的に事故被害者寄り、ということですね。
奈良の事案のマスコミ報道とそれに基づく「一般市民」の反応を見るまでもありませんが。
「メディア検察制度」と言い切ってもいいかもしれません。
>元内科医さん
検察審査会の定員は11名ですから、一般市民の集団とは切り離された集団であると思います。それに、被害者の感情に相乗りするというのなら、「不起訴不当」「起訴相当」の判断ばかりになってしまい、「不起訴妥当」の判断が極めて少なくなると思うのです。
この面から言っても、事故調査委員会のような医療専門家による認定と処分を優先するシステム構築が必要ということになると思います。
>オジヤマ虫さん
作ること自体は賛成ですが、行政主導で行うか政治主導で行うか医師主導で行うかが問題になってくると思います。
>しまさん
どこが主導するかでどの辺りが変わってくるのでしょう?
>モトケンさん
想像で物を言いますが。
行政主導の場合、システム作りは厚労省に丸投げとなります。また、医師の厚労省に対する不満を聞く限りでは、恐らく「結論が現場の声を反映していない」とか不満がでると思います。国民からは「厚労省と医師が癒着している」という声も出るかと思います。また、行政と政治では、政治の方が立場が強いので、権限も大きくないだろうし、予算の増大も望めないと思います。人選に関しても、国民の声を無視出来ないので委員会を人選するに当たっては医師ばかりでなく、第三者の参加も求められると思います。
政治主導の場合、首相直轄の機関になると思われるので、それなりの権限と予算を手にすることになるでしょう。また、行政と調査期間とを完全に切り離すことになり、厚労省の影響力が弱くなるでしょう。ただ、政治が絡んでいるので、政府の人気取り、ご機嫌伺いの道具になってしまうことも考えられなくはありません。人選に関しては行政主導と同じく、第三者の参加は求められるでしょう。
医師主導の場合、自由自在にシステムを作ることができる反面、誰がシステムを作るのかという問題が残るでしょうね。厚労省や政治が協力しないわけですので、医師だけで合意を形成し、医師だけでシステムを作り、医師だけで国民の同意も取り付けなければなりません。また、財源に関しても自分たちで用意しなければなりませんので、医師が政治力を持つことが前提となるでしょう。人選も自分たちで決められる反面、国民からは「かばい合い」と受け取られることは必至なので、透明性を確保しなければならないでしょう。医師で何事も決められるだけ、困難が増えるだろうと思います。
> しまさん
結局のところ、医師、行政、政治=国民(と仮定)が共同で作らなくてはダメ、ということでしょうか?
>yamaさん
現在、国民と医師とが違う方向を向いているようなので、共同で作ると医師の意図が反映されず、結局は医師にとって都合の悪い組織ができてしまうように思います。
個人的には医師が主導で作って、実績で国民を説得するというのが理想なのでしょうが、そんなシステムを作る余力も資金もなさそうですね。医師会が機能しているのなら可能なのでしょうが。
> しまさん
そうでしょうね。それを懸念していました。
No.4の元田舎医さん、
>最高裁の検察審査会の紹介ページでは、改正検察審査会法施行の予定について一言も触れられていないのはなぜでしょうか。
どっかで誰かが抵抗しているんじゃないでしょうか。
http://www.yabelab.net/blog/2006/10/15-105406.php
でコメントしましたが、この制度の施行は非常に不安を感じております。
>あんな法律を国会で通過させてしまったことについて、何も知らなかった自分の愚かさがつくづく身にしみます。
私なんか、「え!こんな改正が通ってたの!?」って情けない状態です。
最近では、立法や法改正の流れが速くて、日弁連でも法案の問題点を検討して意見表明しようとしても、法案の問題点を検討している間に国会を通過してしまったりするようです。
>PINEさん
日弁連の意見書には、以下のように記載されているわけですが。
>2.検察官は検察審査会の議決を尊重した取扱いをすべきである。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/060720_5.html
検察審査会の権限強化自体には必ずしも賛成という訳ではないのでしょうか。
つまり、議決は尊重するべきではるが、権限を強化する事には反対だと。
No23:しまさん
個人的な意見ですが。
「医師にとって都合の悪い」なんていうのはどうでもいいんです(ほんとはあんましよくないけど)。
どれだけ社会的に理不尽な対応を受けようが、どれだけ労働環境が厳しかろうが、その職を選んで行う人がいる限りは。
現在の最大の問題はこういった一つ一つのことが積み重なって医師が逃げていることです。大変な科から、大変な勤務形態から、大変な地方から逃げている。それで苦しむのは国民なんです。それに対する警告なんです。医師が理不尽なしうちを受けているので改善しろという要求ではないんです。
ならば、それは医師主導でやることではない。国民が、あるいはそこから委託されている行政や政治が国民のために行うのが本筋でしょう。
もう何年も前からこういった警告は繰り返されてきています。
しかも警告するのにも疲れたという感すら漂ってきていました。
自分の中でこういった「理不尽なことに対する医師としての怒り」と「医療が崩壊して国民が苦しむという警告」の両者は厳密には峻別できるわけではないんですが。
>立木さん
>ならば、それは医師主導でやることではない。国民が、あるいは
>そこから委託されている行政や政治が国民のために行うのが本筋でしょう。
医師が苦しむことによって医療崩壊が起こる、医療崩壊が起こることによって国民が苦しむ、というのであれば、医師にとって都合の悪いシステムは国民にとっても都合が悪いでしょうし、医師が幸せなシステムを作るのが国民の幸せに繋がると言えるでしょう。
そして、どのような待遇、どのような環境、どのような条件がそろっていれば働きやすいのか知っているのは医師自身です。システムに関しては医師が主導し、政治や国民がバックアップする、行政は具体的な体制を整えるのが理想だと思いますが。
個人的には、医師も国民に要求を突きつけるべきだと思っています。
No28:しまさん
「医師が幸せなシステムを作るのが国民の幸せに繋がる」
僕はそう思っているんですけどね。
ただそれも国民が望まないのならしょうがないと思います。自ら不幸せになる道を選ぶのも選択でしょう。
大事なのは上記のことがコンセンサスになるかどうか。
そういった自覚のない方々に要求だけ突きつけてもうまくいかない気がします。
最近ではそういう自覚を持つために医療は早く一度完全に崩壊したほうがいいと主張する方すらいますな。
>立木さん
>そういった自覚のない方々に要求だけ突きつけてもうまくいかない気がします。
うまく行く、行かないの前に医師が要求してきた例をあまり知らないのですよ。取り上げないマスコミにも問題はあると思いますが、医師の方々も広報活動にはあまり目を向けてこなかったのではないでしょうか。
「自分たちがきちんとやっていれば何も言わなくても分かってくれる」という認識が根っこにあるのではないでしょうか。それが段々と「おかしい、自分たちがいくら一生懸命やっても国民には全く伝わってない。伝わってないという事は国民に問題があるのでは」と、国民不信へと変化しているような気もします。
個人的には「このレベルの医療サービスを提供するには、○○億円の金と○○人の医師が必要だが、現状では全く不足している。物理的に無理だ。市民がこれらの医療サービスを必要としているが、現状ではリソースが不足しており物理的に無理だ。金を出すか、医療サービスをあきらめるのか、あなた方の選択に任せる」と言ってくれれば、納得しやすいかなと思います。
No.26 しまさんのコメント
>検察審査会の権限強化自体には必ずしも賛成という訳ではないのでしょうか。
つまり、議決は尊重するべきではるが、権限を強化する事には反対だと。
日弁連執行部の真意はわかりませんが、おそらく反対する趣旨ではないものと思います。
検察審査会法の改正に抗議したり憂慮を示す会長声明等は出ていませんから。
No.25の私のコメント『最近では、立法や法改正の流れが速くて、日弁連でも法案の問題点を検討して意見表明しようとしても、法案の問題点を検討している間に国会を通過してしまったりするようです。』というのは、「今回の法改正について」という意味ではなく、「こういうことが目立つようになってきた」という私の感想です。
誤解を与えるような書き方で申し訳ありません。
問題は「命を金で計るのか?」と宣う方が後を絶たないことですね。
そろそろ大人になって欲しいものですが・・・。
検察審査会の『開業医と他の病院に差があること自体が問題』との意見は、正直驚きました。
今回検察審査会を構成した普通の国民の皆さんは、このように考えているんですね。
診療所と病院の機能分担なんて話は、すべてぶっ飛んじゃいますね。
皆さまが指摘しておられるとおり、この議決は問題が多そうですね。
検察審査会はあくまでも個々の事案において検察官の公訴権行使・不行使が適正に行なわれているかどうかを審査するのが仕事であって、「同種の事件で刑事責任が問えなくなる」なんて、余計なお世話というものです。
もしこのような議決が乱発されるようであれば、改正法をもう一度改正しなおす必要がありますね。
そもそも設備と構成人数が違うのに同等のはずがありませんよね。
やはり欧米のように病院は紹介状がなければ受けられないようにするのが一番国民の目が覚める方法だと思います。
ついでに言うと、欧米では科ごと、職種ごとに請求書が来ますから、病院にかかると開業医にかかる費用どころの話ではなくなります。
日本人のこうした平和ボケがツケとなって現れている良い例でしょう。
> 最高裁の検察審査会の紹介ページでは、改正検察審査会法施行の予定について一言も触れられていないのはなぜでしょうか。(No.4元田舎医さま)
検察審査会の起訴強制のしくみは、裁判員制度と同時期(2009年5月27日まで)に施行される予定の法改正で、正確な日付がまだ決まっていないために、表示していないのだと思います。
http://www.kensatsu-kyoukai.gr.jp/saibanin.html
No.26しま様、No31PINE様、
日弁連の現執行部は基本的に司法改革に賛成路線ですから、検察審査会の権限強化についても、賛成の態度です。
しま様が引用された日弁連意見書(2006年7月20日)は、
改正法が国会成立したことを受けて、制度を活かすために運用をどうせよ、という話で、
法律を先取りして、検察審査会の起訴議決には従えという趣旨です。
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/060720_5.html
日弁連が改正法審議の段階で出した2つの意見書
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/2003_77.html (2003年12月20日)
http://www.nichibenren.or.jp/ja/opinion/report/2004_08.html (2004年2月12日)
検察審査会に法的拘束力を与えることとのバーターとして、
「被疑者に検察審査会の審議における弁明の機会を保障せよ」という提言がなされていました。
結局、この提案は法案には取り入れられませんでしたが、私はそれがセンスの良いアイディアであるとは思えません。
弁明の機会とは人民裁判の前倒しではなかろうか。日弁意見書の起案者は、自分が弁明に呼ばれて、11人の素人から無茶苦茶ツルシ上げをくらうさまを、想像したことがあるか?
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> 皆さまが指摘しておられるとおり、この議決は問題が多そうですね(No.34 an_accusedさま)
「医療事故と検察」エントリNo.3で述べましたように、素人判断による市民感覚を取り入れるということは、必然的にある程度は間違いを許容するということになります。
みんな、本当にそうしたいの?それでいいの?
裁判員制度も検察審査会議決の起訴強制も、施行日までにまだ間がありますので、再考の余地はあります。
裁判員制度にも検察審査会議決の起訴強制にも恐怖を覚える者ですが、
>施行日までにまだ間がありますので、再考の余地はあります
ってそうなんですか?
もう規定路線でどうにもならないのではないですか?
検察が検察審査会法の改正について触れない(あるいは積極的に言わない)のはある意味当然ですね。
なぜなら、検察をチェックする機能強化の方向=被害者保護の方向=国民の意思反映という構図ですから、誰も文句がない(から敢えて言うまでもない)と思っていた(いる)はずだからです。
これに不満があるとすれば権限縮小される検察だけで、不満を主張すれば国民の意思反映(民主化)に反することになるわけですから。
全然他意はなかった(ない)と思いますよ。
もし問題だと思うなら、検察と医療界がタッグを組むことになりますが、さて可能でしょうか?
改正法の施行は動かないでしょう。
ただし、検察審査会の起訴議決に基づいて起訴された事案について、裁判所が軒並み無罪を言い渡したら(その可能性はけっこうあると思っているのですが)、マスコミが検察審査会を批判するのか裁判所を批判するのか、不謹慎ですが見物です。
>YUNYUNさん
>11人の素人から無茶苦茶ツルシ上げをくらうさまを、想像したことがあるか?
YUNYUNさんは検察審査会の場に居合わせた事はあるのですか?
個人的に知りたいのは、検察審査会でどのような審査が行われているかです。
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検察審査会が審査した結論に基づいて,検察官が再検討の結果起訴した事件は,50年間で1,051件を数え,その中には,懲役10年,懲役8年などといった重い刑に処せられたものもある⇒⇒起訴した事件の92%は一審で有罪の判決が出ている
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kennsatusinnsakai.htm
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ある程度は機能しているようですが。
>素人判断による市民感覚を取り入れるということは、
>必然的にある程度は間違いを許容するということになります。
いつまでも間違いを許容出来ない社会であっても困りますので、素人判断を取り入れるべきじゃないでしょうか。判断が拘束力を持つと言うことは、同時に批判されることでもなりますよね。いつかは必要なことだと思います。ただ、制度を強化べき時期として、今が適切なのかどうかは分かりませんが。
No.39のモトケンさん
>マスコミが検察審査会を批判するのか裁判所を批判するのか
検察官でもないのに、実際に公訴・公判を遂行するハメになって、挙句の果てに無罪判決をくらった弁護士ではないでしょうか(笑)。
>PINE さん
引き受けたくない仕事です。
ただ、幾らくらいの報酬を出すのかは興味があります。
否認されたら100万円程度では全然割に合わないですね。
で、無罪になったら結果責任。
たまりませんね(^^;
>しまさん
>起訴した事件の92%は一審で有罪
通常の有罪率(99%以上)より有意に低いですね。
それくらいの有罪率が適正であるという意見もありますが。
>モトケンさん
そうとも言えますね。ただ、現状の制度としては検察審査会は「ある程度」機能しているとは思います。今後、拘束力を持つことでどのようなブレーキがかかるか、アクセルがかかるのかは興味深いところである反面、実験台にされる当事者にしてはたまらないなとは思います。
検察審査会がどのように機能しているのかを分析した論文を読んでみたいところですね。諸外国における陪審制は、本がある程度はあるようには思いますが。
>YUNYUN先生
検察審査会制度は大陪審(起訴陪審)制度と異なり、あくまでも検察官による公訴権の不行使を事後的に審査するという、限定的な機能しか有していません。また、起訴強制の効力も、一度だけではなく二度「起訴相当」の議決が必要であり、相当の縛りがかかっています。
複数の合議体によって公訴権を行使すべきであるという意思がしめされたものであれば、検察官による詳細な理由説明が社会に対してなされるなり、裁判所によって最終的な判断がしめされるなりすべきであって、現行のように大した理由も明らかにせず検察官が無視しつづけることができるというのはあまり健全な制度であるとは言えないように思われます。
社会制度というものは、何らかの形で民主的正統性を確保する必要があります。また、「素人による間違いを許容できるか」とのことですが、「検察が専門家であるがゆえに犯す間違い」があることもまた考慮する必要があるのであって、従来警察官の職務犯罪などに限られていた付審判制度を一般犯罪に拡げるかわりに検察審査会の複数の議決を要求する改正法は、それほどおかしなものではないように思います。
もちろん、今回のような疑問の多い議決が乱発されているというのであれば、再度見直す必要があると思いますが、起訴強制の要件にかからない不起訴不当の議決がひとつあったからといって、制度そのものを全否定するようなことをおっしゃるのはやや早計ではないでしょうか。
そういうわけで私は、裁判員制度と異なり、検察審査会制度の改正については、YUNYUN先生のお考えとは異なる考えを抱いています。
パソコンが不調で、ケータイメールで投稿しているので、まとまりに欠ける文章になってしまい申し訳ありません。
> YUNYUNさんは検察審査会の場に居合わせた事はあるのですか?(No.40しま様)
済みません、No.36は誤解を招く書き方だったようです。
まず、私自身は成人してからこのかた検察審査会に選ばれたことはなく、審議内容を見たことはありません。
法曹は委員に選ばれる資格がないので、今後とも見る機会はないと思います。
審査の実際については、目撃した方にご報告願うしかありませんが、守秘義務との兼ねあいで難しいかもしれません。
検察審査会の審議としては、現行法上は、捜査関係書類の書面審査のほか、申立人や証人を呼んで話を聞くことができるとされています。実際に、どの程度証人を呼んでいるのかは分かりません。
それで、日弁連は、「起訴強制するなら、審査会に被疑者を呼んで話を聞け」という提案をしたのですが、もしその方法が実現したとしても、被疑者の権利を守る効果はないと思う、というのが私の意見でした。
なぜなら、検察審査会のムードが既に起訴方向で固まっている場合には、そこへ乗り込んで被疑者がいかに弁明しようとも、「嘘つき」「往生際の悪い奴」「反省心がない」という評価にしか、ならないような気がします。現状の一般人やマスコミの、逮捕者に対する「犯人扱い」のさまを見ていると。
弁護人としては、とてもそんな恐ろしい場所へ被疑者を行かせるわけにはいきませんね。
ま、いずれにしても、改正法は被疑者の弁明という制度を入れませんでした。
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> 起訴した事件の92%は一審で有罪の判決
> 通常の有罪率(99%以上)より有意に低いですね(No.42 モトケン様)
最初の検察官が起訴を躊躇したのは、やはり危うい要素があったからと言えそうです。
現行制度上はこれでも「検察官が再検討して」選んで起訴した結果であり、改正法によりオール起訴となれば、有罪率はもっと下がるでしょう。
つまり、間違いで起訴される不運な人が増えると予想されます。
起訴されても有罪判決が確定するまでは無罪の推定があるのだから、犯人扱いしてはならない、不利益な取り扱いをしてはならない、ということの社会的なコンセンサスができなければ、困った事態になると思います。
> 検察官でもないのに、実際に公訴・公判を遂行するハメになって、挙句の果てに無罪判決をくらった弁護士(No.41PINEさま)
これは、一般には意味が分かりにくいかと思いますので、補足。
改正法の下で検察審査会の起訴議決に基づいて起訴される事件については、検察官が起訴するのではなく、裁判所が選任した指定弁護士が検察官役を務めます。
現行制度で、公務員犯罪に関する準起訴手続(付審判請求)において、弁護士が訴追することと、似ています。
刑事事件の公訴提起や訴追側としての訴訟活動は、弁護士にとっては全く不慣れな仕事なので、上手くできるかどうか心配です。
モトケン様がおっしゃるように、すごく報酬が高いならともかく、そんな大変そうな仕事を、わざわざ引き受けようという弁護士は少ないのではないでしょうか。
刑事訴追の仕事で名を上げてたとしても、メインの民事事件のお客さんが寄って来るかどうかは分からないですよね。
うーむ、「医療事故と検察」エントリのほうでも感じたのですが、やはりan_accused様とは、考え方の根本が違いますね。大げさに言えば、世界観が違うというか。
私は、こんな仕事をしていながら何ですが、裁判そのものに対してあまり期待を持たず、社会の必要悪という認識です。国家の刑罰権の発動は少ないほうが望ましい。検察官よ、頑張るな。
特に、現状では刑罰適用性がない人まで刑務所へ行かされていることがあるが、行政や福祉等、他の手段で代替できるものは、できるだけ代替すべきである。
だから、司法改革の項目では、起訴を拡大する方向に進みそうな検察審査会の起訴強制に反対だし、裁判員制度は有罪率拡大の要因になるのではないかと不審の目で見ています。
an_accused様は、国民の司法参加は良識有る運用がなされるだろうという楽観主義。
また、医療事故調査委員会のような専門機関がない現状では、裁判の真相解明機能を活用するべし、というご意見です。
弁護士の考え方も一様でないと、皆様にお解りいただけると思います。
弁護士会はギルドであっても、個々の弁護士の思想・活動を統制する権限はありません。
日弁連会長といえども、ヒラの一会員に対する影響力の行使としては、説得によるのみ。
基本的に独立自営業者の集団(開業医と同)であって、雇われていない、ということが大きいです。「あんたから、給料をもらってへんわ」と言われたら、どうしようもないですもん。
法改正や新制度づくりの折衝では、弁護士会が一枚岩になれない点で、いつも裁判所・法務省(検察庁)連合軍に負けるんだよね。
念のため。
起訴強制は、2度の起訴相当議決です(不起訴不当ではないので救いですが)。
現実に起訴相当決議は極めて少ない(拘束力が与えられることによって増えるかどうかは読めない)。
検察が起訴しない場合と比較すべきで、そういう意味では付審判請求と比較すべきでしょう。これは公権力乱用等の犯罪の不起訴につき、被害者が直接裁判所に申し出、裁判所が裁判開始を決定したら、弁護士が検察官役になって訴訟遂行し、もちろん別の弁護士が被告人側にも付く。
裁判所が付審判請求を認める件数がここ何年もゼロですが、認められた付審判請求の有罪率(無罪率ではありません)は、たしかかなり低かった(40%程度ではなかったですかね、統計も調べずにすみません)。
ところで、埼玉新聞の報道だと少しニュアンスが違います。
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検察審査会は「歯科医は被害者の容体観察を怠り、漫然と治療を継続した過失によりアナフィラキシーショックの発症に気付かず救命措置が遅れた。直ちに救命措置を講じていれば、死亡という最悪の結果には至らなかった可能性がある」としている。
http://www.saitama-np.co.jp/news10/20/28x.html
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刑事で問えるかどうか、起訴出来るかどうかは難しいような気もしますが。
民事でも訴えているようなので、同種と思われる事例の判例のリンクを掲載します。
http://homepage3.nifty.com/medio/watching/hanrei/151016.htm
> yama さん (No.15のコメントについて)
これまでの制度は、まさに「参考程度にとどめる」ものでした。最終的には検察官が判断しますので。今回の法改正は、それでは足りないと判断したということなのでしょう。国会議員や、その背後にいる国民が。
検察審査会は、あくまで「裁判をすべきかどうか」の次元に留まるのに対し、今後は市民が直接裁判を行い、判決という結論自体を決めるという制度になるわけで(※一応は裁判官も議論に加わる形にはなるけど、裁判官はできる限り口を出すな、とにかく裁判員を誘導してはいかん、ということになっています)、裁判制度全体が、非専門家たる一般市民の関与を劇的に増やそう、国民の意見を強く反映させよう、という方向に変わってきています。この潮流の中で改正検察審査会法の施行を阻止するというのは、現実的には困難であろうと思います。一方、何事にも極端に触れるとされる日本人の特質からすると、法の施行直前になってマスコミがネガティブな報道を繰り返し、一気に棚上げ→廃止となる可能性もなくはないのかなあと想像(妄想?)しています。
> 裁判所が付審判請求を認める件数がここ何年もゼロですが、認められた付審判請求の有罪率(無罪率ではありません)は、たしかかなり低かった(40%程度ではなかったですかね、統計も調べずにすみません)。(No.47 オジヤマ虫さま)
有罪率を計ること自体が統計的に無意味というか、
付審判請求の申立ては毎年数百件されているが、認容(起訴決定)件数は戦後に制度ができてから17件しかないし、そのうち有罪になったのが8件だそうです。(2001年の文献から拾った数字ですが、その後、有罪件数は増えていないと思います。)
付審判事件の有罪率が低い原因の一つとして、検察官役を務める弁護士に対して捜査機関が非協力的であることが上げられています。
公務員犯罪(特に警察の違法捜査案件)を訴追することについて、当然ながら警察は全くヤル気がなく、頼んだ資料は出してくれるという程度のため、検察官役は非常にやりにくい、ということを聞きました。
やや古い本ですが。警察官が被疑者に暴行した事件で、付審判事件の検察官役を務めた弁護士の体験談。
三上孝孜、森下 弘 『裁かれる警察―阪神ファン暴行警官と付審判事件』日本評論社
http://www.amazon.co.jp/gp/product/453551075X/
検察審査会の新制度による起訴決議は、公務員犯罪に限られないので、警察も協力的に動いてくれるのでは。
(それが良いことかどうかは、わかりませんが。)
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> 埼玉新聞の報道「救命措置が遅れた。直ちに救命措置を講じていれば、死亡という最悪の結果には至らなかった可能性がある」
> 刑事で問えるかどうか、起訴出来るかどうかは難しいような気もしますが(No.48しま様)
毎日新聞のほうは、「ショックを予見しなかったことが過失である」というように読めますが(←医学的には予見は不可能と批判される)、
埼玉新聞の書き方では過失の中身が全然が違いますね。
「救命措置をとらなかった」という不作為を過失と捉えるためには、そのような作為義務があることが前提となります。
本件は医師ではなく歯科医師ですから、一般人以上の措置ができなくても、仕方がないでしょう。「業務上」の作為義務があるといえるのかどうかも疑問。
あるいは、救急救命士と同じ程度には、人工呼吸や心臓マッサージができなければならないかもしれませんが、
でも、それで、アナフィラキシーショックに適応するのか?
>あるいは、救急救命士と同じ程度には、人工呼吸や心臓マッサージができなけ
>ればならないかもしれませんが、
>でも、それで、アナフィラキシーショックに適応するのか?
これまでに何度もアナフィラキシーを目の前で見てきた経験から書きます.
アナフィラキシーショックであれば救急のABCつまりBLS(ベーシックライフサポート)が行えたとしても蘇生することは困難です.
すくなくともボスミン(アドレナリン)の投与は必須でしょう.気管支攣縮が生じればたとえ気管挿管していても換気不能になることもあります.
歯科や一般の医院では激烈な場合は救命は難しいと思います.
全身麻酔中のようにすでに気道確保されていても救命できる保証はないのが実際のところだと思います.
アナフィラキシーは予見することも不可能ですし,救命することも条件が整っていなければ非常に困難と考えるべきでしょう.(もちろん重症度によってそのレベルは異なりますが)
>YUNYUNさん、Level3さん
埼玉新聞の記事を読む限りではポイントは、
1.歯科医はアナフィラキシーショックに気が付く必要があるのか
2.歯科医はアナフィラキシーショックに対して救命措置を施す必要があるのか
3.救命措置を施さなければならないとしたら、どのレベルの措置が必要なのか
と言う辺りでしょうか。
>1.歯科医はアナフィラキシーショックに気が付く必要があるのか
>2.歯科医はアナフィラキシーショックに対して救命措置を施す必要があるのか
>3.救命措置を施さなければならないとしたら、どのレベルの措置が必要なのか
しまさん,
私の個人的見解ですが,1.は必要だと思います.2.も必要でしょうが,先に書きましたようにここだけの処置で救命できる可能性は低いように思われます.従いまして2.を行いながらQQ車を呼ぶ(蘇生できる技術のある人間+蘇生に必要な道具,薬剤を手配する)必要があると思います.
なお,予見に関しましては何度も書きますがほとんど「不可能」です.既往歴にあれば「その特定の薬剤を使用しない」ことはできてもそれ位でしょうね.
>なお,予見に関しましては何度も書きますがほとんど「不可能」です.
とのことですが、VIPに対する治療としてどうしてもその危険を回避せよと至上命題があった場合、その危険回避に対するコストはどの程度になるのでしょうか?
そのアナフィラキシーショックを未然に防ぐとすればパッチテストとか事前にテストすることが必要なのでしょうし、当該ショックが発生率が低いとするとそれより確率が高い危険に対しても事前検査が必要でしょう。
このアナフィラキシーショックは統計的な発生率はどの程度で、もっと発生率の高い危険を防ぐための検査項目はどれぐらいに及ぶのでしょうか?
これが明らかになれば非医師(歯科医師)にも審査会の不見識がよりわかりやすいのですが?
治療上代替の利かない薬などで、アナフィラキシーが出た可能性がある場合、アナフィラキシーの有無を本気で確認しなければいけないことはあります。
そのときは最低でも、これによって命を失う危険もあることを説明。
点滴を確保して、いつでも挿管(のどの奥・気管に管を入れて人工的に呼吸させること)できる準備を整える。心電図と酸素モニターを装着。麻酔のときに使う、自動血圧計もまきます。
その上で薄めた液を皮膚の上に載せるところからはじめて
濃度を濃くして、そのあと皮膚に引っかき傷をつけて液をのっけて・・・
数人で半日がかりです。
全ての患者の、全ての薬に対しこれをやっていられないというのは明らかだと思います
>そのアナフィラキシーショックを未然に防ぐとすればパッチテストとか事前
>にテストすることが必要なのでしょうし、当該ショックが発生率が低いとす
>るとそれより確率が高い危険に対しても事前検査が必要でしょう。
>このアナフィラキシーショックは統計的な発生率はどの程度で、もっと発生率
>の高い危険を防ぐための検査項目はどれぐらいに及ぶのでしょうか?
クルンテープさん,
場合によってはパッチテストでアナフィラキシーが起こってしまう危険性もあります.発症には抗原量に依存しませんので.もちろんテストでは出なくてもokという保証はありません.このような理由から,最近では抗生剤の皮内反応は行わないようになっています.投与してしばらくの間厳重に監視するのみです.あとは,既往歴をしっかり聴取しておくことくらいですか.
採血して血球で調べることはできますが,すべての患者さんに使用可能性のあるすべての薬剤について検査することは事実上不可能でしょう.
発生頻度というのは難しく,薬剤によっても頻度は異なります.例えば私が専門の麻酔領域ではアナフィラキシーを起こしやすい薬剤というものがいく
つか知られていまして筋弛緩薬(ベクロニウムやパンクロニウム),消毒薬(クロルヘキシジン)などが挙げられています.
日本人の場合クロルヘキシジンにアナフィラキシーを起こす確率が高く,以前は軽度(少し血圧が低下して蕁麻疹が出た程度)のものまで入れますと年に2例くらいは経験していました.最近はあまり経験がないんですが.
麻酔領域の発生頻度についてはフランスでのサーベイが論文になっているのを読んだことがありますが,手元にはありませんので詳細な数字については調べないと解りません.
繰り返しますが,発生した場合100%救命できる保証はありません.発生してもどうしても助ける必要があるような患者さんがもし仮にいたとすれば,そばに予めPCPSを組んで準備しておくことでしょう.ここまでやれば99%以上の確率で助けられると思いますが,普通ならこんなことするはずもありません.コストが全くみあいません.(PCPSのカニュレーションのできる心臓外科医がそばにスタンバイすることも条件です)
PCPSをスタンパイしておけば99%以上助けられるの「99%」は言い過ぎかもしれません.
「通常の場合よりは救命できる可能性はかなり上がる」に訂正しておきます.
No.55 立木 志摩夫さん、No.56 Level3 さん
御説明ありがとうございます。
少なくとも検察は御説明くださったことを理解して、不起訴としたんでしょうね。
検察審査会もきちんと説明を聞けば、医師のような知識が無くても理解ができると思うんですがね。
私は問題は非常に単純であると思います。
開業医に挿管の道具があるでしょうか?麻酔科や救急を回ったことのない医師・歯科医師が挿管を確実に出来るという保証があるでしょうか?そう言う意味では検察の判断は正しいと言えるでしょう。
よく飲み会で医師以外の方に言うのですが、飲み会で「医者がいるから何が起きても大丈夫」と医師以外の方は言います。そのときに私は「任せてください。心臓マッサージと救急車を呼ぶことくらいは出来ます」って言います(注:人工呼吸は必須ではありませんし、やっぱり抵抗ありますよね)。って、あれ?そんなこと一般の人でも出来ますよね?と思われますよね。その通りです。医師でもこれくらいしかできません(おまけに酔っぱらいです)。つまり、このケースの場合、せいぜい救急車を呼ぶことくらいしか出来なかったのではないでしょうか?とても5分での救命は不可能な話です。救急車を呼ばなかったなら過失に問われる可能性は無くもありませんね。いずれにしても刑事事件とするには根拠が無さすぎます。救急車を呼ばなかったという点を論点にしたうえで民事で争うべきではないでしょうか。おかしいと思った時点で救急車を呼んだのであれば必要なことを行ったとはっきり言え、歯科医の判断も正しいといえるし、民事でさえ争うことは意味がないと言えます。
予見は明らかに不可能です。この点については以前、私の言ったとおりです。予見可能とした審査会の判断は明らかに100%間違っています。