エントリ

 未遂に終わって本当によかったと思いますが

奄美の不登校中1女子、教師の訪問直後に自殺未遂(2006年10月27日8時54分 読売新聞)

 鹿児島県奄美大島の公立中学校の男性教諭(37)が、不登校になっていた1年の女子生徒(12)の自宅に上がり込み、生徒がかぶっていた布団を引きはがして、「学校に行くのか、行かないのか」などと迫り、その直後、生徒が首つり自殺を図っていたことが26日、わかった。
 学校や関係者によると、女子生徒は今年6月ごろ、部活動を巡って顧問の女性教諭(25)から全部員の前でしっ責された。女子生徒はその後、退部し、2学期から学校に行かなくなった。

 この女性教諭の叱責行為の当否については情報不足でなんとも言えませんが、その後に不登校になったという事実に照らしますと、少なくとも事後的な対応が不適切であったということにはなると思います。

 一方、男性教諭は18日朝、女子生徒が一人で在宅中に突然、訪問し、「学校に行く気になったら連絡しろ」などと話した。教諭は1泊2日の学習合宿に連れ出すつもりだったという。

 しかしこの男性教諭の行動は明らかに問題であると思います。
 すでに不登校になっている女子生徒に対する対応として最低の部類に属するのではないでしょうか。

 教師に対する教育が急務であるように思います。
 人間や人間の弱さについてあまりにも無知・無理解であるように思われます。

 別エントリで教養というものが議論されていますが、受験競争の中で受験技術だけを最重要なものとして育ってきた人間が教師をしているということも背景事情として無視できないのではないかと考えていますl。

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コメント(43)

奄美の37歳男性教諭。かなり、やり過ぎです。(おバカさんです。)女子生徒の自宅に上がり込み、女子生徒を怒鳴りつけたということは、この男性教諭は女子生徒を結果的に追い詰めただけのような気がします。(この教諭は人の気持ちが判らないタイプですね。)


部活動の女性教諭の「全員の前で叱責」は、良いやり方ではないと思います。女子生徒は、とても心が傷ついたこしとでしょう。社会人でも、そうだと思うのですが、「怒るなら、個別に呼び出す」という方がまだマシです。「全員の前で...」というのは、「見せしめ」のようで嫌ですね。(実は不登校の経験あり)
(この女性教諭も人の気持ちが判らないタイプかも)


男性教諭が学習合宿に連れて行こうとした行為。全然、ダメです。登校拒否の生徒が行くわけないでしょう?(私は林間学校は行きませんでした。担任は私に無理じいをしませんでした。)
ここに出てくる2人の教諭は、「人によって、物のとらえ方の違い・心のあり方が違うことを
気づかないタイプなので教諭として、いかがなものか?」と思います。

ひもを引っ掛けたフックごと外れたおかげで、一命を取り留められたようでほんとうによかったです。

首つりは非常に成功率の高い、かつ瞬間に勝負が決まってしまう極めて「優れた」自殺方法です。
彼女のように「失敗」しない限り、早期発見して医療処置を施しても、全く後遺症なしに回復するというのはごくごくごくごくまれです。

助かってほんとうによかったです。
他人事としては。

>鹿児島県奄美大島の公立中学校の男性教諭(37)が、不登校になっていた1年の女子生徒(12)の自宅に上がり込み、生徒がかぶっていた布団を引きはがして、「学校に行くのか、行かないのか」などと迫り・・・

昔のTVドラマの観過ぎです。ドラマではうまくいって「青春」になったのかもしれませんが、まねして実社会でやるとこういうことになるという代表的な事例です。学年の担任だったのでしょうが、生徒に対する理解が足らず、信頼関係も構築されていなかったのでしょう。問題の原因の部分をほったらかしで、力づくで性急に答えを求めても多くはうまくいきません。

>学校や関係者によると、女子生徒は今年6月ごろ、部活動を巡って顧問の女性教諭(25)から全部員の前でしっ責された。

「叱る」という指導方法は本当に難しいです。一般的な注意程度なら誰でもできますが、指導として「叱る」ことは、その子の性格やものごとの考え方、置かれているポジション、周囲との人間関係など様々なことを考えてから行う必要があります。

ケースとして他人の前で叱ることが必要な場合もあるかもしれませんが、その場合も叱られた子がどう受け止め、それに対して叱った大人がどうフォローし、周囲との関係も見極めながら、どのようにして指導の目的に結びつけるのかが問われます。

そういった意味で、このケースは叱った行為が、目的達成に結びつかないだけでなく、さらに事態を悪化させています。悪化させた理由が全く分かりませんので、叱ったことについての批判はしませんが、不登校に至るまでに、件の女性教師がどのようにフォローしたかが問われるケースではないかと思います。

教師の人生としての醍醐味って何でしょうか。きっと、教え子が立派に社会や地域で活躍してくれることでしょうね。
出来た教師は、他からの賞賛なんかは、必要ないと考えているでしょう。

それにしても、教師バッシング(今回は必要なバッシングかも知れないですけど)、多すぎませんか?
進学率や合格率以外に、もっと素晴らしい教師の活動や仕事を、社会が注目すべきではないですかね?教師自身がそれを望んでいるとは思えないけど、少なくとも、そういった社会からの賞賛のニュースが少なく感じます。

>しかしこの男性教諭の行動は明らかに問題であると思います。
 すでに不登校になっている女子生徒に対する対応として最低の部類に属するのではないでしょうか。

どこまでがセーフなんでしょうか?
玄関まで行って不登校の生徒が出てこなかったら
引き返すのが普通の教師という意味ですか?
私は別にどっちでもいいのですが
結果論でなくprospectiveな議論の習慣を始めて欲しいという意味で。

>いのげさん
人の家に勝手に上がり込むのはいかがなものでしょう
他人の家ですから、まず了承を得てから入るのがルールだと思います

さーまずそこです
「突然」とありますが「勝手に」だったと書いてないです
親の了承はあったのかもしれません
この記事の批難の根拠は結果であって
了承の有無は書いてないとも読めます
非常に重要な点だと思います。
他社の記事には記載ありますでしょうか。
了承が無かったら単純に不法侵入で刑事立件可能ですね。

マスコミが事を歪めて報道するのは医療報道で分かっているので、この事件もそういう目で見てもいいのではないですか?
事実はそうではない、この事件の裏にはこういう事実がある、という教師側からの発言を待ちたいですが、ネット上で教職の方をお見かけするのは少ないですね。

医療と学校教育とどっちが先に沈没するか競争みたいなもんじゃないですか?
どちらも必要なものなのに。

>いのげさん
以下の報道がありますね

----------
教委によると、生徒指導主任の男性教諭(37)が女子生徒宅に両親が不在の時に上がり込み、生徒がかぶっていた掛け布団をめくり、1泊2日の宿泊合宿への参加を促した。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20061027i101.htm?from=main1
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返事がなく、鍵も掛かっていなかったため、声を掛けて家に上がったという。生徒が布団をかぶって寝ていたため、布団をめくり「一緒に宿泊学習に行かないか」と話し掛け、携帯電話のメモを残して帰ったという。
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/20061027/20061027_035.shtml
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自宅を訪問。呼び掛けても返事がなかったため、男子生徒を入り口に待たせ、「入るぞ」などと声をかけて上がり、リビングで頭から布団をかぶって寝ていた女子生徒の布団をめくって「一緒に宿泊学習に行こう」と声をかけたという。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20061028k0000m040131000c.html
----------

自殺未遂したかどうかに関しては疑いはありますが、了承を得ないで上がり込んだ可能性は高いでしょうね。

まずマスコミさんの報道は、特にデティールが信用できないのでなんともいえませんが。

自分の生徒が不登校になった教師になったつもりで考えます。
何らかのアクションをとる、それによって例えば自殺したり、家庭内で事件を起こしたり、何年も引きこもったりということになるかもしれません。
勿論何もしないで様子を見るというのもアクションのひとつですので同じ危険があります。

● これこれの行動をとるほうが良い結果をもたらしやすいと判明しているか
● これこれの行動だけは取ってはいけないというのが判明しているか
● それらのことは教師の間で周知となっているか
● 今回この教師の取った行動は、その周知の指針に反しており非難されるべきであるか

正直どれも僕にはわかりません。

後だしジャンケンさま、教育はすでに陥落しています。
すでに教育は法学の土俵で彼らの論理で振り回されずたずたになりました。
羮に懲りて膾を吹く形になっているんですよ。
このままではお医者様も同じになるんではないでしょうか?

バカ教師とおっしゃるモトケンさまは、バカと思えない対応策をお持ちなのでしょうか?
もしなしでバカとお書きになるとしたら無責任だなぁとおもいます。
もしお持ちだとしても地域性・それまでの経緯・背景などによって対応は変わるので、
机上の理論の域を出ません。
”人間や人間の弱さについてあまりにも無知・無理解であるように思われます。”
これはここを見せていただいていて、自信たっぷりな(法曹界と思える)方々にも
いえることであると常々感じております。

elfinさん はじめまして 内科医をやっている立木といいます
教育問題は全くわかりませんが、なんとなくelfinさんのおっしゃっていることが正しいような気がしています。

「すでに教育は法学の土俵で彼らの論理で振り回されずたずたになりました。
羮に懲りて膾を吹く形になっているんですよ。」

とその実例とか、簡単な歴史とか教えていただけるとうれしいです。

>しかしこの男性教諭の行動は明らかに問題であると思います。すでに不登校になっている女子生徒に対する対応として最低の部類に属するのではないでしょうか。
>教師に対する教育が急務であるように思います。

対応の是非に関しては、私はモトケン先生の意見にほぼ同意します。趣味でやっている心療内科の知識経験に照らし合わせれば、まあ拙い対応ですね。(最低の部類は言い過ぎだと思いますが)
ただ平均的な(又はもう少し低い)教師がとる対応として無理のないものだとしたら、当事者を責めるべきではない。教師に心理学は必修でも、難しい例に簡単に対応できるほど理路整然とした学問でもないわけで、現場としては無理からぬものという判断が多いのではないでしょうか。教師を教育というのも一つの策ですが、いろいろな面で難しいかな。カウンセラーの派遣(実際おこなわれていて一定の成果はある)の方が実際的な気がします。ただここにも人員不足、予算不足の壁がありそうですね。

>elfinさん
つまり、場合によっては住居侵入も許されると言うことになるんですね
もしくは、住居侵入が許される地域もあると言うことなんですね

>いのげさん
URLをいくつか貼り付けたコメントが待機状態になっているのですが

1.両親が不在時で、生徒1人が在宅していた
2.教師が来て、声をかけた上で上がり込んで
3.布団をはがした

と言うのが教育委員会の発表のようですよ

そりゃいかんですな

筝罩違ゃс(罐窮吾鴻с)
<莇障

しまさんが3つの新聞記事を紹介されていますが、
>生徒がかぶっていた布団を引きはがして、「学校に行くのか、行かないのか」などと迫り
と、
>布団をめくって「一緒に宿泊学習に行こう」と声をかけた
ではニュアンスが大夫異なります。前者はこの先生をデリカシーのかけらもないヤツだと決めつけた記者の誇張である可能性もあります。優しく声をかけたのかも知れませんし、それなら評価は異なる気がします。

我々は些細なことですぐにキレる人間がいた場合、その人物を怒らせた行為を批判することは少ない様に思います。これは「すぐにキレる人間のキャラクターに問題あり」と判断するからです。自殺は微妙な問題ですが、やはり「自殺し易いキャラクター」というのはあるのだと思います。自傷行為の多い人間は死にきれない人間ですから、案外自殺まで行かないという見方も出来ます。本当に自殺する人間は一発で決めるでしょうから、自殺可能性の予見は非常に難しいと思います。自殺し易いキャラクターに自殺のキッカケを作ると犯罪者の様に非難されるのは、これも一種の結果責任主義の様に感じられます。キッカケは最後の一押しであって、その前に様々な「押し」があるのだと思います。

ここから先を書くと酷い非難を浴びそうですが、福岡の中学生が自殺した件で教師が非常に苦しい立場に立たされたことをこの女生徒は知っていた可能性があります。「右足太ももにははさみのようなもので傷つけたような跡があった」とか「父親に「フックにロープをかけ、首をかけた」などと話した」とか、やや不自然な点もあります。これ以上は書けませんが、そういう可能性も頭の片隅に置いた上で議論する必要があると思います。

ヤブ医者先生のような視点も必要かと思います。

もう、20年近く前に、あるアイドルが飛び降り自殺した後、中高校生が、後追い自殺したこと思い出しました。
「いじめ」が、根本的な原因であることに変わりはないですが、「いじめ」による自殺報道が増加すればするほど、その報道前には自殺までしなくても済んでいた子どもが、一種の集団ヒステリーのように、全国で自殺しているように最近感じます。

北海道の女の子が自殺し、その原因が「いじめ」であったと、マスコミが学校を追求したり、テレビで特集が組まれることが、ほかの「いじめ」られている思春期の子ども達に、逆の影響を及ぼしているのではないでしょうか。
マスコミの方達は、今、「いじめ」られている子ども達が自殺しないように、「いじめ」をしている子どもに「いじめ」を止めなさいという主旨の元に報道されているのでしょうが、その方法がまずいのか、今の思春期の子ども達に正しく伝わっていないような気がします。

マスコミだけでなく、「いじめ」に対する学校の対応が間違っているのかもしれません。「いじめ」による自殺報道があった場合、他人事ではなくて、自身の学校で起こっていることとして、子ども達に対応しないといけないのではないかと思います。
自殺をしないと、「いじめ」の内容が明らかにされないというような流れを早く断ち切らないと、子ども達が可哀想です。

No.18 nsiku さん

青少年における自殺の連鎖反応は明らかにありそうです。単に報道が多くなるということではないでしょう。マスコミは単に事実を垂れ流すだけでなく、このような観点からも報道する内容を考えるべきでしょう。(簡単ではありませんが)

自殺の原因になったかどうかは分かりませんが・・・
女子学生の布団を剥がすのは良くなかったと思います。
教師とはいえ男ですし・・・。
レイプされるかも。という男性に対する恐怖心を増幅するには十分すぎますよ。
(布団を剥がしたのが事実だとしたらの話ですが・・・)

不登校を適応障害と捉えた場合、この教師の行為はうつ病患者を叱咤激励したようなものと思いますが、心療内科の先生の意見はいかがなものでしょうか。そうだとすると、教師の精神医学的知識の欠如が最大の原因と思います。不登校がありふれている現代では、大学の教員養成カリキュラムの中で本例にアプローチできるような最低限の精神医学的知識を身につけさせるべきと思います。

立木様。一般論ではありますが、
以前は学校の責任を問う前にまず自分の子が悪いと考えたと思いますし、
学校の先生の重みってのがあったと思うんですね。
ところが、最近はあら探しとか自分と意見が違うと罵ったりするらしく。
挙げ句の果てには訴訟とか。
プレジデントファミリー誌にも”学校を動かすには弁護士名の内容証明が有効”
と書かれていましたが、訴訟対策のような形式的な面ばかりが重視されるように
なっているようです。
だんだん、意欲が削がれてきて、大変なところから人が逃げ出すようになり、
大変なところはますます大変になり病人も増え・・・・・
今の医療訴訟のあたりがこの学校が沈み始めた頃と似ているように思えるんです。
校内暴力時代からこの傾向が始まったように思いますが、当時の保護者層が
年をとり、要医療層になったという仮説は・・・考えすぎ?かもしれません。

>以前は学校の責任を問う前にまず自分の子が悪いと考えたと思いますし、

私の時代の親は、まだ戦前・戦中生まれの方が多かったからか、先生が子どもを叱ってくれると手放しで喜び、懇談会などでは、「先生よくぞうちのバカ息子を叱ってくれた」と感謝していました。

仮に何か事故やトラブルがあっても、親が学校に文句を言いにケースは少なく(下手に親が文句を言いに行くと同級生に笑われた)、反対に子どもの不始末を親が学校に謝りに行くケース(私の親もよく謝りに行ってました。)が多かったように思います。

先生と揉めたときは、親は先生の味方。多少理不尽な話も中にはありましたが、前提として、「先生は正しい」「先生はお前たちのことを考えている」という暗黙の相互了解事項がありました。今にして思えば、この了解事項は我々子どもにも厳しかったですが、当然先生にも「常に正しくあれ」という高度な規範意識が求められますので、ある意味大変だったのだろうと思います。

先生の多くは威厳があって怖いけれど優しく、一番私をかわいがってくれた先生は、一番私を殴った先生でもありました。

No.18 nsiku さん

どっかのメーリングリストで仕入れた知識をしったかぶりで流します。

メディア報道によって自殺が誘発されることはほぼ確定しており、

● 自殺の記事は直後の模倣自殺を増やす
● テレビニュースによる自殺報道が自殺者を増やす
● 青少年ほど影響を受けやすく、ときに「群発自殺」へと進展する

自殺の報道は自殺者を増やすんですね。
それを防ぐには、センセーショナルに取り扱わないとか具体的な方法は述べないとか
色々工夫する必要があるようですが、日本のマスコミさんはまだそこまで自覚している人が少ないようです。


http://www.ncnp-k.go.jp/pdf/kenkyu49_sp.pdf
の宮崎隆穂氏の論文をどうぞ

立木 志摩夫先生、資料提供、ありがとうございます。

あの後追い自殺の時も、自殺は誘発されるとか、では報道をどうするか?なんて言う議論があったと記憶しているのですが、マスコミの報道姿勢は何も進展してないようですね。

あのアイドルの自殺は、私の中学入学式の当日の出来事だったので、自分の入学式の記憶より鮮明に覚えています。自分より、ちょっと年齢の上の学生が、バタバタと自殺していく報道を見て、怖かったです。
中学の担任の先生の、始めの頃の授業が、「命を粗末にしてはいけない」というような内容だったと記憶しています。日本史の先生なんですけどね…。道徳とか倫理観とか、正義とか、国とは、なんてことを歴史に織り交ぜて教えてくれていました。いい先生でした、こういう先生はもうほとんど存在しないのでしょうかね。寂しいかぎりです。
ただ、その当時でさえ、この先生は教頭・校長から授業内容の事などで目を付けられていたそうです(本人談)。

昔は優秀な人が教師になっていたように思います。
今は、どんな職業にもつけそうな優秀な人であったら、何かよっぽどの理由と熱意がない限り、教師になることを選ぶことはないのでは?
昔は教師の子が教師になっていた。今はそれも少ないのでは?

そのうち、この文章の教師が医師に変わりそうな気がします。

>>No.26 後だしジャンケン さん
>そのうち、この文章の教師が医師に変わりそうな気がします。

に同意です。

医者になることはたいしたincentiveではない、ということがあと数年して受験生に広まれば、入試難易度が「他の学部はどこにも受かりそうにないからとりあえず国立医学部でも受けるか」レベルにまで落ちてくる可能性は十分あります。


それはそうと大学医学部と言えば、そろそろ医師定数を満たせずに診療報酬を大幅カットされる大学病院が出てきそうだけど、どうなんでしょ。

>そのうち、この文章の教師が医師に変わりそうな気がします。

後だしじゃんけんさんに私も同意見です。

今朝、家族で話題になりました。

今までは、「学級崩壊」が表立っていたけれど、既に「学校崩壊」というか「教育崩壊」になっていて、医療崩壊より先行ってるかも…と、もしくは、トントンか?と、

 「不登校の生徒には、学校に来いと言ってはいけない」というのは、心理学的、精神医学的には正しいのでしょうが、それは、全ての生徒にあてはまるのでしょうか。例えば、医療において、人間の体や体質がひとりひとり違い、同じ治療をしても結果が同じになるとは限らないように、生徒の心や個性も様々で、常にマニュアル通りの対応が正しいと言えるのでしょうか? 私には分かりません。もちろん、「こういう場合は、こういう治療をするのが普通(標準)だ」というのがあるように、「こういったケースでは、このような対処法が普通だ」というのはあるのでしょうが、本当に救いになる言葉や、「きっかけ」というのは、ひとりひとり違うのではないでしょうか? 
 最近、あまりにも、「不登校の生徒には、学校に来いと言ってはいけない」というのがマニュアル化し、不登校になると、もう、中学校の教師に「放置」されているような印象があります。マニュアル通りの対応をせずにトラブルになれば責任を問われますから、皆、その責任を回避して、血のかよった対応をしてない(できない)のではないでしょうか。
 昔の先生方は、もっと、ひとりひとりの状態を見極めて、血の通ったきめ細かい対応をしてくれていたように思います。もちろん、今でもそういった教師の方はいらっしゃるのでしょうが、雑用ばかり増えて教員が忙しくなり、昔ほど生徒に寄り添える時間が取れなくなっているのではないでしょうか。
 中学校というのは、登校していなくても、卒業してしまいます。そして、そのまま高校に進学し(今は生徒減少期ですから、不登校でも入学できる高校はあります)、中学と同じように登校しないでいると、今度は進級できず、結局ドロップアウトしてしまう子供が増えているのではないでしょうか。高校をドロップアウトすると、フリーターやニートになったり、へたをするとやばい世界へ入ってしまいます。昔なら、ドロップアウトしても本人さえその気になれば、定職につきやすかったかも知れませんが、今の若い世代の就職難が、彼等をさらに追い詰めているように思えます。そんなこんなで、ニートが増えてしまうのではないでしょうか。彼等の中には、早い時期に無理にでも引っ張り出しておけば社会に適応できた子も、いたのではないかと私は思ってしまいます。認識が甘いのかも知れませんが・・・。

 話がもどってしまいますが、この男性教師の対応は、確かにまずかったかも知れません。しかし、「それだけの、リスクをおかしてでも生徒を救おうとした熱意」だけは、私は認めています。37歳という年齢で、ある程度の経験もあるでしょうし、もしかしたら、同じような手法で生徒を立ち直らせたこともあったかも知れません。同じ指導をしても、「指導される生徒の個性や置かれた状況」、「その生徒と教師の普段の関係」など様々なファクターによって、生じる結果は違ってくると思います。この場合は、教師が男性で女子生徒のふとんをめくったのも、相当まずかったとは思います。だれだって、まして、女性なら、異性に「寝巻きで髪の毛ぼさぼさ」の所を見られるのは屈辱でしょうから。

 もしも、この男性教師の今までの教え子達が、「あいつ、いつかやらかすと思ってたんだよ」と、冷ややかに見ているのならば、やはり問題教師なのでしょう。
 しかし、教え子達が、「あんないい先生がどうして・・・」と悲しんでいるのなら、この男性教師は、崩壊していく教育界の中で、必死に奮闘していたのだと思います。
 
 

>E.coliさん
突き詰めると、不登校の責任は学校にあるか、家庭にあるかという問題になると思います。そして、私は不登校の責任は家庭にあり、登校しない生徒の事まで、学校が干渉する必要はないと思います。

子供をフリーターにするもニートにするも、親の考え一つであり、子供自身の考え一つだと思うのですが。教師にそこまでの責任を負わせるというのは、過大な者があると思います。

>No.30しまさん

 教師に、「ニートが増えている責任」を負わせるつもりは、全くありません。中学教師の職が激務であり、現場がパンク状態なのも、重々承知しています。しかし、だからこそ、もっと人員を配置して、教育の質を上げていくべきだと思っています。生徒減少期の今こそ、教育にもっと予算をかけて、マンパワーを投入して欲しいのです。少人数学級にしたり、教員の数を増やして1人あたりの雑用の量を減らせば、状況は変わってくると思うのです。前の総理は、「米百俵」とおっしゃっていたような気がするのですが、あれは私の空耳だったのでしょうか?
 医療崩壊と似たようなことが、教育現場でも起こっていると思うのです。問題を起こしそうな子供は、最初から「避けられる」傾向になりつつあるのではないかと思うのです。それを、当の子供たちが「中学の時の先生は、怒らなくて優しかった」と勘違いしたら不幸なことだと・・・。仕方なく、「あきらめられてしまった」のと、「優しい」のは違うと思います。本当に「優しい」のは、「最後までその子供のことをあきらめないで、しつけてくれる人」でしょうに・・・。勘の鋭い子供は気づいているでしょうけれどね・・・。
 そして、今の現状では、教師にそこまで要求したら、過労で死ぬかも知れないと思います。要求できません。それは、分かっています。

>昔は優秀な人が教師になっていたように(No.26 後だしジャンケンさん)

昔々は,デモシカ先生が多かった。
昔は,成績優秀かつ教師の縁者が多かった。

しかし,成績優秀だからといって,教師として優秀かどうかはわからない。
児童生徒が,どこがわからないか,どこで引っ掛かっているか,どこで躓いているかが,全く想像できない(成績優秀であった)教師も多い。

No.29 E.coliさん

ちょっと昔を美化しすぎのような気がします。昔はそもそも不登校に対する研究もなく、体系的なノウハウなどなかったですよね。私は教師からある不登校の生徒に対する対応に関して、相談をうけたことがありますが、「学校に来いと言ってはいけない」というのが全てみたいな話にはなりませんでしたよ。熱心な教師は、生徒のなにに着目すべきか、すべきことは何か、してはいけないことは何か、不登校に対するノウハウを参考にした上で、ひとりひとりの状態を見極めて、血の通ったきめ細かい対応をしています。(昔の熱心な教師よりずっと上なのは明らかですよね。もちろん、不熱心な今の教師がマニュアル君になることは否定しません)

>No.33元行政さん

>ちょっと昔を美化しすぎのような気がします。

 確かに、そうかも知れません。たまたま、自分が中学校の時の担任の先生が、良い先生だったため、そのような印象を持っていただけかも知れません。昔から、熱心な教師も、そうではない方もいらっしゃいましたものね。ただ、昔よりも、教育現場に時間的な余裕がなくなって、大変になっているような気はしています。


>昔はそもそも不登校に対する研究もなく、体系的なノウハウなどなかったですよね。
>熱心な教師は、生徒のなにに着目すべきか、すべきことは何か、してはいけないことは何か、不登校に対するノウハウを参考にした上で、ひとりひとりの状態を見極めて、血の通ったきめ細かい対応をしています。(昔の熱心な教師よりずっと上なのは明らかですよね。もちろん、不熱心な今の教師がマニュアル君になることは否定しません)


 了解いたしました。

はじめまして、ふぉとんと申します。

No.26 後だしジャンケンさん
現在、県によっては小学校教員の「応募者」倍率は2倍程度、国公立大の教育学部の受験難易度は、文学系で最低クラスという状況です。
世間一般でいうところの優秀な人材は、もはや集まっていない状況と言えるかと思います。

ちなみに、ここ十数年の採用抑制で、一部の教育重点校(荒れている学校)を除き、教育現場には20代〜30代の教諭は殆どいません。

既に公教育は瓦解しつつあるかと思います。

ふぉとん様

>既に公教育は瓦解しつつあるかと思います。

最初に瓦解しているのは、公教育ではなく、家庭教育の方であると思います。
別のエントリーでも書かれていますが、本来、学校という社会に出る前になされているべき最低限のしつけができていないから、学校教育がうまくいかないのだと思います。そして何よりも問題なのは、多くの親がその事実に気付いていない、又は気付こうとしないことだと思います。

教師も医師と同様万能の神ではありません。最低限のしつけを学校でやるのはどう考えても無理があります。学校という社会で学ぶために必要な、最低限の基本を身につけさせるのは親の責務だと思います。

大抵はそれができない無能な親ほど学校に文句を言うんですけどね。

聞いた話なので確証はありませんが、フランスでは、学校は勉強を教えるところ、しつけは家でという考え方(制度?)らしく、学校で生徒がタバコを吸っていても先生は注意しないそうです。
クラスや共同作業という概念もあまりなく、授業が終わると教室は鍵をかけるとか・・・。
話をしてくれたフランスの在住の人曰く、フランスの人の個人主義は、学校教育の影響が大きいのではないかと思うとのことでした。

お題と直接は関係ありませんが、日本では実現が難しいと思われる男女平等や、男性の育児なども、スウェーデンなどでは制度として実現されていたりします。

様々な考え方があり、簡単に変えられることではないと思いますが、教育問題や、家庭や社会とのかかわりなど、根本的に良い方向に変えていけないかと考えてしまいます。

私も昔を美化(?)している世代の一人です。昔は恐い先生がいて、その先生に親が「うちのバカ息子が悪いことをしたら殴ってやってください」と頼み、悪いことをしたときには本当にぶん殴られたものでした。
でも、その背景にあったのは信頼関係というか、教師に対する尊敬というものがあったと思います。

今回の件では、教師と生徒の間に信頼関係があったのかどうか。ないにも係わらず、教師側が一方的にあると思い込み、家に上がりこんで布団を引き剥がしたのが原因の一つのように思います。
いつの時代も教師と生徒の間には空気の違いというものが存在するのですが、最近では友達のような関係になることで信頼関係が築かれていると勘違いする教師(教師に限らず、親もそうですが)増えているのではないかと思います。

私が子供の頃は、母親に何があっても学校へ行けといわれ、殆ど休んだことはありません。しかし、自分の子供に対しては、学校で何かあって休みたいといわれれば、「いじめ」「自殺」などと考え、無理に行けとはいえない嫌な時代です。(その責任の一端は自分自身にもあるのだと思いますが)

最後に、報道にはいつもながらバイアスを感じます。医療関係や教職員はターゲットにしやすいのでしょう。一般的に強い立場にいるものを叩くことがマスコミの正義だと思っているのでしょうが、それが医療や教育の崩壊を招いていることにいい加減に気付き、公正な報道をすることを望みます。

私も昔が好き派。
昔は叱る事と怒る事の違いを社会が弁えていたように思います。大人に大人の分別があるからこそ子供心にもそれが薫陶していたのでしょう。
わしの手も痛いんぞ、といいながら手にはあーと息をかけて教室でゲンコツをくれる先生を、われわれ生徒は皆敬愛しておりました。

ぎゃ!コメントスパムで上がってきた、2ヵ月も前の記事と気が付かずにコメントしてしまいました!!すみません。。
と思ったら、今枝さんもブログで記事にしてるし・・・。ごめんなさい。。

>No.41 ひとり選考委員会さん

日の下に新しきこと無し、ですからいいのでは(笑)

2ヵ月じゃなくて、1年2ヵ月前だよ。

>No.41 ぼつでおkさん
お心遣い痛み入ります^^;

>No.42 お〜い紅茶さん
!!!!1年2ヵ月・・・
今後は日付の指差し確認を怠らないようにします^^;

(何度も上げてしまってすみません)

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