エントリ

 中2男子生徒(13)がいじめを苦に自殺した福岡県筑前町立三輪中で、この男子生徒をいじめていたとされるグループが事件後も別の生徒にいじめを繰り返していたことが分かった。学校側は遺族側に「再発防止を目指す」と繰り返しているが、いじめ対策が進まない現状が浮き彫りになった。

 複数の関係者によると、新たないじめを受けているのは自殺した男子生徒と同じ学年の別の男子生徒。暴力的な行為はないものの、言葉によるいじめだったという。

 男子生徒の自殺後、間もなくいじめグループが別の男子生徒を対象にしたいじめを始め、見かねた他の同級生が保護者に相談し、保護者が学校側に通報した。学校側はこの保護者に「実際に新たないじめがあるかどうか調査中」と説明しているという。

 同級生の保護者によると「いじめのやり方は亡くなった男子生徒と全く同じと聞いている。学校は一体何をしているのか」と憤っている。

 自殺した男子生徒は自殺直前に7人の生徒からいじめを受けていたことが判明している。同中にはこの7人を含む多人数のいじめグループがあり、新たないじめもこのグループの生徒が繰り返しているという。

 男子生徒は死の直前まで「消えろ」など言葉によるいじめを繰り返し受け「いじめが原因です。いたって本気です。さようなら」などと記した遺書を残し、先月11日に自殺した。自殺した男子生徒の父親(40)は「また息子と同じようないじめが起きているとすれば許せない。つらい思いをするのは私たちで十分だ」と話している。

 報道を信用しますと

 このいじめグループのメンバーは人間性が崩壊しているのか、形成に失敗しているのかどちらかだと思われます。
 
 このような生徒に対して学校がどの程度の教育効果を発揮できるのか疑問なしとしないのですが、学校がどの程度の努力をしたのかは検証される必要があると思います。

 責任を自覚できない生徒は自己中心的人格の持ち主であり、自己中心的人格の持ち主は高度の蓋然性をもった犯罪予備軍であると考えます。
 そして人の命の重さを自覚できていないのであれば、彼らは重大犯罪予備軍であるというべきです。

 そのような生徒を是正しようとしない教師は、重大犯罪予備軍幇助者です。

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コメント(14)

「学校がどの程度の努力をしたのかは検証される必要があると思います。」は、正にそのとおりと思います。

公平な、今後に活かすことができる検証を行うには、行政組織ではない一般市民が委員会をつくり、幾つかの調査会社(NPO法人も含め)に調査をさせ、公表され実体がパブリックとなるのがよいと私は考えます。おそらく公表されると固有名詞が出ていなくても、推測できるからと反対する人はいると思いますが。そのような人は、うがった見方をすれば、被害者ではなく加害者であったり。或いは、加担者になってしまうのではと思います。

費用は、地方自治体や政府であってよいと思います。

>>管理人さん
エントリ本文におおむね賛成しますが、

> そのような生徒を是正しようとしない教師は、重大犯罪予備軍幇助者です。

には同意しかねます。
「教師は」ではなく「教師も」でしたら理解できます。

「暴力行為のない『いじめ』」を刑法の対象にしてこなかった、1986年11月2日以前に生誕した日本国民全てがその責めを負うべきかと。

 「も」といえば子供達の親も含まれてくると思いますが、「日本国民全て」と言われますと同意しかねます。

 「いじめ」を刑法の対象にすることは困難ですし適切でもないと思います。
 強いて言えば、刑法以前の問題と考えています。

 現状、学校での自浄作用が期待できない以上、法改正or立法で、いじめ防止・解決の義務を学校側、生徒に課するのはいかがでしょうか。

いじめる側はいつもグループでいじめられる側は個人。
マスコミというとてつもない大きなグループは、個人の医師や教師を執拗に攻撃します。
教師は今の世の中でいじめられる側にあって、そのいじめられっこの教師に、学校内のいじめをどうにかせよ というのは、明らかな無理難題を押し付けて、更にいじめの後押しをし、弱体化を促進させてるように思います。

いじめの問題をどうすればいいか? 分かりませんが、一つのアイデアとしては、学校に行きたくない人は、別に学校に行かずテレビ電話のお茶の間学習でいいのではないか て気もしますね。同世代とのコミュニケーションは、地区のボランティア活動や同じ趣味を持った同士のクラブ等に参加したらよいし。お茶の間学習で気の合ったもの同士で実際に会ってもいいし。

子供のうちに色々な人の中でもまれて来いと言っても、しょせん、ほとんど単一民族で左向け左でみんな左に向く人種ですし。出る釘はぼこっと打たれる場所だし。

モトケン先生

>「いじめ」を刑法の対象にすることは困難ですし適切でもないと思います。
 強いて言えば、刑法以前の問題と考えています。

御意。
なんでも犯罪として処罰すれば社会的な問題を解決できると考える傾向の方がいますが、それでは自由の無い管理国家になってしまいます。


talleyrandさん

>現状、学校での自浄作用が期待できない以上、法改正or立法で、いじめ防止・解決の義務を学校側、生徒に課するのはいかがでしょうか。

現行法でも、学校側にはいじめ防止・解決の義務が一応は課されていると解されます。
新たに立法するというのならば、どのような義務を課して、それに反した場合にどういった責任を負わせるかを考えねばならないと思います。

生徒についても、「いじめをしてはいけない」という義務は課されていると思われますが、それ以上に義務を課すとしたら、どういった義務を課すかを検討しなければならないと思います。

この記事が本当だとしたら、人をしに追い詰めた上に、さらにいじめをつづけるこの生徒たちは、たしかに人間性が崩壊しているといえるでしょう。

私が中学生のころは、いわゆる「積み木崩し」の時代。校内暴力、いじめが構内で多発していて、生徒から暴力をうけそうになり、とっくみあう先生もいた時代でした。休み時間ではいつもだれかが廊下のはしっこで殴られていました。授業も崩壊していて、先生を教室から締め出して、教室内で男子はタバコを吸い、女の子たちは女性自身とかのエロ記事を、お菓子を食べながら読む、といった状況でした。

そういう、いじめが毎日日常的にあるときでさえ、教師はいじめになかなか気づきませんでした。いじめをする側は巧妙に先生の目を逃れていました。
教師が実態を把握するのは、なかなか難しいのではないかと思います。
(ちなみに、わたしはさすがにみてみぬふりがいやになって、先生に親を通じて言いましたが、、、。でもこれがばれると、チクった、といじめの対象になりまねませんから、勇気が要ります)

いじめの問題は、学校だけの問題でしょうか?
教師はどれだけ制止力をもつのでしょう?

この問題のように、人間性がここまで疑われる場合、
どう考えても親が悪いとしかいいようがありません。
本当に、最近の親は、子供に対して抑止力をもたないように思います。
「うちの子がそんなことをするはずがない」
「うちの子供を信じていますから」
といって、むしろ逆切れする親が多い。

家庭、育児、教育、しつけ、、、、
大きな社会全体の流れとしての問題の一端にすぎないのではないでしょうか?
それを学校側に押し付けるのは、いまの医療崩壊と同じ運命をたどりつつあるように思います。
(いや、どっちが先か、わかりませんが、、、)

小学校の学級崩壊からして、異常です。

親も悪い、報道も悪い、社会通念も悪くなっている。
そしてそれらは、
医者が悪い、教師が悪いと気に入らないものを叩いて、
現場で実際にがんばっている人間を追い詰めているようにもおもいます。

http://www.hokkaido-np.co.jp/Php/kiji.php3?&d=20061022&j=0022&k=200610220665
マスコミ報道ですから多少割り引いて考える必要があるとはおもいますが
このような事実を総合的に考えるとこの生徒たちはどう考えても
人間的に終わっています。
とても普通の学校教育のレベルでは矯正は不可能でしょう。
しかも義務教育のレベルでの段階ですから退学処分といった強制的な隔離は
無理だと思われますし、下手をすると親も相当なDQNぞろいでしょうから
クレームを入れてくる恐れさえあります。
担任教師にも大きな問題があったようですが、
もはや学校側の手に負えるような状態ではないと思います。
現状ではどう折り合いをつけるべきか私には検討もつきません。

「せいせいした」

などと口では言っていても、
心の中では相当動揺しているのが人間というものではないですか?

「殺人」というような重大な犯罪を犯した犯人も、平静を装っていても内心は動揺している人が多いのではないかと思います。
ま、私は犯罪を犯した人と付き合いがないので正確なところはわかりませんが。
そうした人たちと接触経験のある専門家の方のご意見を伺いたいところです。

この報道が事実だとするとなんともやりきれない。
いじめをコントロールできない教師を批判することは簡単ですが、この教師、特に当該中学の教師は、マスコミおよび社会の懲罰的な批判報道を受けて、機能できなくなっているのではないかと推察されます。
いかにも学校サイドが「人間性に問題」(別の被害家族がテレビでそう発現していましたが)がありと印象づける報道を繰り返していることが、誤ったメッセージとしていじめる側、いじめられる側、両方に受け取られているようでなりません。
おそらくはこの学校の中では、教師および学校サイドの落ち度ばかりが強調されるあまり、生徒に対し指導力を発揮できない状態になっているということはないでしょうか?
そういう意味では、第三者機関による調査指導が今後必要になるのでは?
現場の詳しい情報が知りたいところです。

http://www.yabelab.net/blog/2006/10/16-220250.php
↑なんか以前にカキコした予想が当たってしまったようで。
って自慢してどーする…

まあ勘がはたらく方々は気づいていらしたようですが。

責任から言えばやはり「マスゴミ」の責任が非常に大きいと
言わざるを得ません。
先生(だけ)が悪いかのような報道、
大人たちが頭を下げる映像の垂れ流し…
子供たちは世間をなめきってしまいましたね。

その年代のころの自分とその周りを想像したとき、
世間をなめたガキどもがどうなるかは容易に推察できます。

かの学校はもはや学校の体をなしていないような気がします。
校長先生の「私達が悪かった」発言は、
くだんの校長はもはや学校崩壊になすがまま、
あきらめているかのように見受けられます。

現場の真面目に取り組もうとしている先生方、
まじめな生徒さんたち…
気の毒としか言い様がないです。
現状では逃げるしか手立てがない気がします。

マスコミは今こそ「ちゃんとした取材」をするべきです。
いじめている子供たちの親や関係者をさらし者にする以外に、
当面の解決策は見当たらないと考えます。
こういうときこそ「突撃取材」しろよ。

で、モトケンさん…
やはり私はこういわざるを得ないのですが…

もはや日本国民のだれもが、
人一人殺したぐらいでは、
死刑にもならないことを理解しています。
殺したもん勝ちの世の中だということを理解しています。
特に「悪い奴」ほどそのことを知っています。
「悪ガキ」どもに至っては、
未成年であれば、殺人、強姦、
なにをしても平気だと思っています。

医療崩壊も深刻ですが…
司法も崩壊しているのではないでしょうか。
司法関係者の奮起を期待します。

39条
少年法の矛盾、
大雑把すぎる刑罰の規定、
(懲役の幅が少ない、無期懲役の次が死刑しかない)
複雑化する犯罪に刑法が追いついていない。
刑法の改正をもっと声高に叫ぶべきではないでしょうか。

左巻きどものさえずりはもうたくさんです。
きぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
さまぁぁぁぁぁぁぁらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、
自分の愛する人が同じめにあっても
同じスタンスを取れるんだろうなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!

私は愛する人が何がしかのトラブルに巻き込まれて、
ひどいめにあったら、
その首魁を必ず殺すことに決めています。
殺したが勝ちですから。
その私を捕まえて死刑にできるなら、
してみてください。

(皮肉ですからね)

教師に全ての責任を負わせるのは酷だと思います。私は学校に対する保護者のアクセスを改善することが一番だと思います。保護者は事前の許可がなくとも、いつでも学校や教室に立ち入ることができるということを保証すべきです。現在の中学校教育の問題は、ロールモデルとなる大人をみせることができないことにあります。学校の教師をなめている多くの生徒も、他の生徒の親たちとなるとそうはいかないでしょう。学校は地域社会から隔離されていてはいけないと思います。

言葉は悪いかもしれませんが、学校や教師にあまり期待をしすぎてはいけないと思います。自分の子供は自分で守らなくてはいけません。親にはその義務と権利があります。アメリカでは学校内で父兄の姿をよくみかけます。子供の教育の一義的な責任は親にあるということをいつも教えられます。

子供が悪いのは親が悪いからとの意見はその通りで、上記の話も絵に描いたもちになるかもしれないと言われるかもしれません。でも教師にできることはそもそも限られています。医療の問題と同じで、いかに多くの人を巻き込むことができるか、が問題解決の鍵だと思います。

集団イジメについてはもっと研究する必要がありますが、それはすぐにカルト問題に繋がっていくでしょう。

古くは連合赤軍事件やオウムなどでの集団暴行から殺人に至る問題では「集団内だから」としか解釈できないことで実際の殺人・死体遺棄事件になっています。

これが、学校内でのイジメと同列のものなのか?を研究するべきだと思うのですが、教師が率先していじめたなどというのは教祖が指示したと極めてよく似ていると考えるべきでしょう。

連合赤軍もオウムも個人的にはかなり教育程度の高い人間が法秩序を無視することを是としているわけで、中学生なら分かるだろう、教師なら当然だ、と言った個人に帰するべき問題なのか、別の何かがあったのかはよく調べる必要があると思っています。

そして、この問題について具体的に研究している話は日本ではほとんど聞きません。

確かにマスコミのせいかもしれません。「一緒にいじめた教師が悪い」(確かに悪いのですが)という論調をつくり、それが加熱したことで、「教師だけが悪い」という誤った方向に進み、実際いじめを行ったガキどもを責めない空気ができてしまった。彼らの多くが自殺した子の遺族に語った「先生がいじめたから自分たちもしていいと思った」という言葉はまさに狡猾な彼ら自身の免罪符となってしまったのでしょう。

多分、関係した子どもたちの多くは、人の死を前に程度の差こそあれ後悔はしているのでしょうが、いじめを主導したグループの子どもたちは、既に心が腐ってしまっているので、人の死にも何ら痛痒を感じず、新たな標的を探していたということです。

彼らは既に一度間接的に人を殺し、それを精神的に克服してしまっています。彼らに後悔の心が残っていればやり直しは効いたかもしれませんが、残念ながら、彼らはもうレッドラインを超えてしまったようです。

レッドラインを越える前に連れて帰ってこれるのは親だけだったのでしょうが、彼らの親は子どもたちがレッドラインを越えたことにすら気がついていないかもしれません。件の教師は単なるトリガーに過ぎません。彼らをこんな人間にしてしまったのは、本人の素養はもとより間違いなく彼らの親の教育力の欠如と無関心に他なりません。

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