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体罰:奈良の「熱血校長」小4男児に ご飯粗末にした(毎日新聞 2006年11月22日 15時00分)

 奈良県三郷町の町立三郷北小学校で今月14日、給食のご飯を粗末に扱ったとして、岡本喜代治校長(59)が4年の男児の尻を強くたたいて転倒させるなどし、約1週間のけがを負わせていたことが分かった。岡本校長と同町教委は「行き過ぎた指導だった」として男児の家族に謝罪した。岡本校長は教育困難校の立て直しなどで実績があり、子どもと教師の心理についての著書も執筆。地元では「熱血校長」で知られている。

 どうコメントしたものか悩ましいです。

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コメント(11)

私の子どもの頃はこれぐらい普通にあったので、この程度で新聞に載るなら、私なんぞはワイドショーで2時間くらい特番を組んでもらえるかなと思えるくらいでした。

お叱りをいただくことを覚悟で言えば、私はこういう校長に子どもを預けたいと思います。

「物を粗末にしてはいけない。」と教えるのはいいと思います。ですが、少しやり過ぎだと思います。大袈裟に言うと、子供のトラウマになったりして心に残らないか心配です。
体罰を受けた時の怒りなどをずっと引きずって行くかもしれません。子供の中には、小さい時に受けた体罰やいじめの経験を引きずり、すぐキレてしまう若者になってしまう子がいるかもしれません。そういうことが私は心配ですね。

私が子供の頃は、給食のご飯を粗末に扱って先生に怒られたと
親に報告などしようものなら、親からさらに怒られることが
明白だったので、先生に怒られたことを親に報告などしなかったものです。
ご飯を粗末に扱えば、なぐられても仕方ないことくらいは理解できると
思うのですが。
それにしても、問題にすべきなのは校長ではなくて文句を言いに
来た親だと思います。
こんな親ばかりだから、子供がますますつけあがるのだ。

「茶わんに残った米を団子状にして天井に投げる」行為すなわち食べ物を粗末に扱う行為は、その行為がなされた場が、集団生活内であれ家庭内であれ、通常良識ある行為とは思えず、男子児童自身が自らの行為を良識のない非道徳的行為であることを、認識するか否かということは、この男児の将来に大きな影響を及ぼすと考えます。

体罰によって、自身がその理由をよく理解し反省するのであれば、体罰には意味があり、このことは男児にとって糧となるでしょう。成人し社会に出て「あの先生と出会っていて本当によかった」と想い出すことを期待したいものです。

男児がクラスに一人か二人必ずいる人気者の「おちゃらけ君」であり、無作法な行為が、たまたまふざけて行われた一過性のものであるのか、あるいは「担任教師が校長に報告した」とありますから、担任が幾度となく説諭しているにもかかわらず、日常的に「悪さ」の顕著な男児であるのか、その態様によって体罰の必要性も考慮せざるを得ない場合もあるのではないでしょうか。


PINGU様

私は反対に、自分の度が過ぎたおちゃらけからスタートしたことが大問題となり、こうして新聞沙汰になり、親が学校や先生を責め、校長先生に謝罪させるようなことになってしまったことの方が、児童に与えるショックは大きく、成育に悪影響があるのではないかと思います。

PINGUさまの言うように、確かに、頬に傷がついたのは、力の加減を間違えた、やりすぎの感はありますが、小学4年生にもなって、給食の食べ物をこのように扱うのは、厳しい意見と思いますが、親の教育・しつけに問題があるように思います。小学校入学前の子どもや1年生ならまだしも、おふざけでも、やって良いことと悪いことの判断はつく年齢でしょう。

それと、昔の日本人なら、子どもも親も、「こんな大事になって。元々は、自分の側にも落ち度があった。」と考えるのでしょうが、この親は、もしかしたら、『校長先生は公の場で謝罪した、だから、私達の方が正しかった。とんでもない学校だ。』と、子どもに言っているかもしれないと、悲しいかな、最悪の状況も想像できてしまいました。

或る内科医さんのコメント至極冷静な分析と思いました。

私は体罰はいかがなものかと、また、内容もやり過ぎの感が否めませんね。
爪あとや、転倒させない程度であれば、こんな大ごとにならなかったでしょうに、

この校長先生も感情のコントロールが出来ない。この一件だけで
言えば不適格教師になるのでは、手を出すのではなく、包容力をもって
おしえさとすという、指導が出来ないんでしょうか。理想をいいすぎかなぁ

No.7 門外漢さん

>この校長先生も感情のコントロールが出来ない。

感情の爆発のように受け取ってらっしゃるようですが、私は必ずしもそうではないと思います。
力に頼らずに指導ができれば勿論それに越したことはないでしょうが、熱血先生との評判で、指導能力に優れた教員であってもその限界はあります。
とにかく絶対守るべきことは身体で覚えさせることが必要です。 擦り傷はついたにせよ、体罰で後遺症の残りにくい尻打ちを選んでいます。

体罰に至らない教師が子供が理解できるまで本当に言葉で教え諭し続けているかと言えばそうでなく、体罰までやると自分の身が危なくなるから、そこでギブアップというところが真相ではないでしょうか。

体罰を与えてそれで終わりではダメですが、子供に対してはとことんやってはならないということを教えきることが大切だと思います。

学校時代の先生の中では怖い先生というのは印象深いものですが、それは乱暴な先生だったからではなく、簡単に生徒に教えることを諦めなかったからではないでしょうか?

じじいさんのコメント同様に私もこういう先生の方に預けたいですね。

家庭で基本的なしつけすら出来ていなかったと考えざるを得ない親は,家庭での躾が出来ていなかったことを反省し,そして,子供に大事なことを教育した校長に対して深謝したのでしょうか?
そのあたりを報道して欲しいですね。

>家庭で基本的なしつけすら出来ていなかったと考えざるを得ない親は,家庭での躾が出来ていなかったことを反省し,そして,子供に大事なことを教育した校長に対して深謝したのでしょうか?

報道内容が事実とすれば、血がにじむ程度のほっぺたの爪の跡だけで病院に連れて行き、診断書を取った親ですから、十中八九、罵倒することはあっても、深謝することはないと思われます。

No.2 PINGU さん

たしかにPTSDがきれる等の情緒不安定な人間を作るのは確かですが、異論を唱えさせてもらいたいと思います。

PTSDになるのは脳です。脳にとって、体の痛みなどの感覚も、聴覚も、視覚も、影響力に関して何の違いもありません。(生命の危機を及ぼさない範囲であれば)痛みの強さはPTSDをおこすかどうかにはほとんど関係はないでしょう。この場合はトラウマは心配しなくてもいいでしょう。

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