エントリ

朝日の社説
ウィニー有罪 開発者が萎縮する(asahi.com 2006年12月14日)

運転手が速度違反をしたら、速く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない。

 しょっぱなから、判決というか幇助犯というものに対する無理解を示す書き出しです。
 どう無理解かをわかりやすく説明するのは大変なんですが、興味のある方はとりあえず、別エントリの私のコメントを読んでみてください。

 しかし、元助手はファイル交換ソフトが著作権を侵害する状態で広く使われているとわかっていた。それにもかかわらず、ウィニーを公開してだれでも使えるようにしたのは幇助にあたる。これが判決の論理だ。

 簡単に言うとそうなります。
 より正確には「幇助行為にあたる。」と言うべきでしょう。
 幇助行為だけでは幇助犯が成立しないことに注意。

 ソフトの開発では、まず無料で公開し、意見を寄せてもらって改良するのが一般的な手法だ。しかし、今回の判決では、公開した時点で、悪用されるという認識があれば有罪になるというのだ。

 悪用されてもかまわないと思って公開し、案の定たくさんの人が悪用したというのが本件です。
 認識だけを問題にしてるんじゃありません。

 ただし、そうした技術は使い方次第で著作権を侵害する危険がつきまとうのも事実だ。ソフト開発の芽をつまずに、著作権を守ることを考えねばならない。それには、認証をとった人だけが使える管理機能を設け、利用者に課金するようなシステムをつくる必要があるだろう。

 ウィニーは、著作権侵害的利用に対する対策を取っていなかったという点も問題だろうと思います。
 ウィニー開発者に罰金判決(いくつかの追記あり)のNo.23 wd さんのコメント は

ファイル共有ソフトウェアは数々ありますが、正当なファイル配布に用いる目的には、Winnyには致命的な欠陥があります。それは、配布停止機能の欠如です。

と指摘しています。

 技術者が開発をためらわない環境をいかに整えていくか。その問題が今回の有罪判決で改めて浮かび上がった。

 環境の問題というより、開発者とユーザーのモラルの問題のような気がします。


毎日の社説

社説:ウィニー有罪判決 実態は変わらないむなしさ
(毎日新聞 2006年12月14日 0時16分)

 著作権侵害は、映画などコンテンツ産業に大きな被害を与えている。断じて容認するわけにいかないし、ソフトウエアの開発者の倫理も問われている。

 一応同意

 しかし、新技術が後に及ぼす影響について、開発者が事前にすべてを予測することはできない。元助手が逮捕され、さらに有罪と認定されたことによって、ソフト開発にマイナスの影響を及ぼすなら残念だ。

 ウィニーの開発者は、著作権侵害行為の発生を相当程度具体的に予測していたと思われます。
 その点を抜きにして、判決の論理を無視し、結論だけを一般化することは無用の萎縮効果を発生させます。

 技術が先に進み、法制度が想定していない世界が誕生してしまったというのが、ネットの実態だろう。元助手は即日控訴したが、著作権管理のあり方も含め、ネット社会に対応した仕組みを築くことが必要だ。

 単なるスローガン的な記述ですが、一応同意。


読売の社説
[ウィニー判決]「技術者のモラルが裁かれた」(2006年12月14日2時7分 読売新聞)

 技術者のモラルを重く見た判断と言えるだろう。

 そう思います。

 技術には必ず「明と暗」がある。包丁を例に取ると、料理の道具なら「明」だが、凶器に使われれば「暗」になる。

 判決はウィニーの「暗」の面を問い、使い方次第で社会に害をもたらすことを元助手は十分に理解していた、と認定した。にもかかわらず、開発と改良を続けネット上で不特定多数に無償提供し、著作権侵害を引き起こしたと断じた。

 技術開発に当たって技術者は「暗」の側面を自覚する必要がある、というメッセージだろう。ウィニーに限らない。科学技術の研究開発に携わる者にとって共通に求められるモラルだ。

 私の感覚に最も近い社説ということができます。

 今回の判決で技術者が委縮するという指摘もある。だが、同種ソフトの開発は止まっていない。心配は無用だろう。

 朝日とは対照的な楽観的意見です。


 私は、ウィニー開発者に罰金判決(いくつかの追記あり)の追記において次のように書きました。

 言い換えれば、開発者の立件の最も大きな理由になったのは、Winnyを用いて著作権侵害行為を行っていた多数のユーザーであると言うことができます。

 こう言ったからといって、ユーザーのモラルが向上するわけではありませんが、本件の背景として忘れてはいけない状況であろうと思います。

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コメント(55)

 幇助犯を一番拡大解釈しているは、2ちゃんねらーのようです(爆。
 これに各社説が追いかけるのは、いかがなものかと思います。
 幇助犯の過去の判例を見れば抱腹絶倒の屁理屈のような気がしますが。
 マスコミの判決評釈も刑法総論を踏まえておらずたいしたことがないわけで。

>運転手が速度違反をしたら、速く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない。

形式論理でいうとwinnyの件と区別はつかないんですけどね。
winnyだって自分の著作物をupしてるだけなら問題ないわけで。

ま、何が幇助にあたるかは常識に適うかどうかということかと…。

>形式論理でいうとwinnyの件と区別はつかないんですけどね。

 このように言いますと、形式論理でいうとすべての業務上過失致死傷事案は殺人または殺人未遂と区別できない、ということになります。

 「認容」の存否の問題は形式論理では判断できないと思います。

受験では前田説でしたが、未必の故意の成否の切り分けのために非法曹の常識的感覚に沿うのは、結果無価値アプローチよりも行為無価値アプローチのほうかもしれないですね。

別エントリの自動車の例でも、「蓋然性の認識」よりも、「認容」のほうが、無罪を説明しやすいように思います。

別エントリのコメントを拝見して、車とスピード違反については
理解致しました。ではこれはどうなんでしょ?

大きな駐車場付きの居酒屋を経営している

これ、今現在の経営者は全員捕まらないとおかしいですよね。
(ググってみましたが2件ぐらい幇助で捕まってはいる)

既に具体的な犯罪の実行(一杯ひっかけて飲酒運転で帰る)
を決意している者の存在を前提にして、その犯罪を容易ならしめる物理的
または精神的支援行為(店に駐車場をつける)

田舎の居酒屋の帰りの車の飲酒運転の割合はすごいですよ。
経営者なら知らないわけがありません。
チェーン店出してる会社のトップが完全スルーされてるのは
なんでなんでしょ?
「飲酒運転はやめましょう」みたいな警告文を出してる店も多くなりましたが
それならWinnyも作者が「著作権の侵害はやめましょう」て
警告文出してますしね・・・。

> No.5 nob さん

居酒屋チェーンの社長を捕まえて起訴するかどうかは、警察・検察の話では無いでしょうか。

>中山さん
>警察・検察の話では無いでしょうか。
確かにそうですね・・後半は間違いです。スルーして下さい。
ご指摘どうもです。

基本的には幇助の考え方として、
この場合は幇助が成立して全員捕まってもおかしくないですよね?
って質問だとお考えください。

> 今回の判決で技術者が委縮するという指摘もある。だが、同種ソフトの開発は止まっていない。心配は無用だろう。

同種ソフトの開発が止まる止まらないの問題じゃないんですね。
P2Pやファイル転送を扱うソフト以外で同じような起訴が行われるのなら、萎縮が進んでしまうのではないかと言う危惧があったわけで。
どんな判決が出てもアウトローな方々は開発をやめないでしょうし。

でも、判決を読む限りではどちらにしてもそれほどの心配はないと思います。
ソフトウェア開発において普通に発生しうるリスクだとも思いますし、今回の判決で反証の筋道も示されたわけですし。

法律には詳しくないですが、エントリやコメントなどを読むに私は、下の4点があって、結局、幇助犯であるか否かにおいて相当に主観が入るようなこの判決を問題に感じます。もっとも、私が「開発者が「幇助」にならない条件」は何かがよく分かっていないので、それを教えて頂けると助かります。実際に開発し販売されたそのものを使用して犯罪が行われたか否かについては、「開発・販売段階では分からない」ので、それは除くとして。

1.「幇助」の概念がそもそも曖昧で広い(実行犯=多数の「著作権侵害者」の犯罪を容易にさせるものであればいい)
2.「開発物の本来の使用法」を問わない(正規の使用法でなく犯罪目的で使用されても「幇助」になる)
3.本件の対象がソフトウェアであり、開発者・製造者・流通者が金子被告に一元化している
4.「未必の故意」の範囲が広い

以下は誤解があるかもしれませんが、感想です。

 大雑把に言って、「開発(製造・販売もか?)者はその開発物がその使用者の意図的に犯罪行為に使用されることについても責任を持つ必要がある」というように読めてしまうのですが。「広く利用されている(広くの範囲の規定がいりますが)」という点が本件の判決にありますが、「幇助」において「数」の概念は重要ではない(目の前の一人の犯罪を幇助してもアウト)でしょうから、それが車であれ刃物であれ「その使用者の意図的に犯罪行為に使われ得ることを認識しながら開発(製造・販売)し、実際にそれを使用した犯罪が発生した場合」幇助にならないのか?の点で、よく分からないです。
 その結果の重大性ということについては、今回は違法ユーザーの「数」でしたが、質において「死者の発生」などが起き得るものであれば(車など)、数は少なくとも重大な被害が生じそうですし。
 3.について、「多数の違法行為があるにもかかわらずソフトの改良を重ねた」のは開発者としての立場であり、ウィニーが大勢の違法ユーザーに使用されたのは通常の製品であれば大量製造・大量流通の結果です。普通の製品(コメントにある車や刃物など)であれば、開発者・製造者・流通者のどこに責任があるの?ということになりますが、本件では金子被告に一元化している点で、ソフトウェア故の特殊ケースと考えられなくもないですが。

モトケン先生

>「認容」の存否の問題は形式論理では判断できないと思います。

この点について、
>運転手が速度違反をしたら、速く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない。
の場合においても、「認容」の存否を明確に判断することはできないと思います。
たとえば、フェラーリのように400〜500馬力もあって、しかもスピードリミッターもついていない車が市販されています。
こうした車の開発者・販売者についてスピード違反の認容があったかなかったかなどということは、ある種の社会的評価にすぎないと思います。
つまり、多少スピードの出る車を開発・販売したからといってスピード違反の幇助犯で処罰するのは適当でないという社会的評価です。
そうすると、winnyについても、現在は幇助性を認める見解が多少優勢かもしれませんが、数年後に振り返ってみた場合、まったく問題無いという評価に変化していても不思議はありません。

というわけで、この社説の、
>運転手が速度違反をしたら、速く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない。
という素朴な疑問はそう馬鹿にしたもんじゃないと思いますが。

> しょっぱなから、判決というか幇助犯というものに対する無理解を示す書き出しです。

ごめんなさい。よくわかんないです。
世の中,スピード違反のクルマで満ち溢れていますよね。まさに,Winnyの中で,
著作権違反が満ち溢れているように。
実際に,スピード違反での多くの者が逮捕者されています。

本来100km/h以上の性能は必要ないのに,100km/h以上でも安定していることを
宣伝しているし,クルマ雑誌に至っては,煽っています。クルマの設計者もそれ
を,知っています。(Winnyの設計者も雑誌で煽っているのを知っていることと同
様です。)

ちょっともじってみました。
Aというスポーツカーが存在し、そのクルマによってスピード違反が頻発してい
る事実がありました。その時点でスポーツカーによってスピード違反を行ってい
る者及び将来的にスピード違反をを行おうとしている者が多数存在しており、そ
のことは、次のスポーツカー開発者のBも認識していたわけです。

そのような状況下で、新たなスポーツカーBを開発し売り出せば、Bを用いたス
ピード違反が多数発生することは当然認識されていたことであり、開発者はその
ようか結果が生じてもかまわないと考えていたと思われます。

そして、開発者がスポーツカーBを販売したところ、開発者を含む大方の予想ど
おり、Bを用いたスピード違反が多発しました。

開発者及び販売会社は,幇助犯と考えることは,おかしいのでしょうか。
ちなみに,リミッターを180km/hから100km/hに変えることは技術的には,
とても簡単です。

No.11 のhattyです。すみません。誤字だらけで。

誤:実際に,スピード違反での多くの者が逮捕者されています。
正:実際に,スピード違反での多くの者が逮捕されています。

誤:のことは、次のスポーツカー開発者のBも認識していたわけです。
正:のことは、次のスポーツカーBの開発者も認識していたわけです。

 ひとまず、WinnyはWinMXの後継と考えられているという事実(MX→NY)も考えるべきだと思います。MXでは実際に主要な使い方として著作権を侵害する使い方をされていました。
 Winnyが作られた経緯から考えても、MXと同じように使われることは、十分予見可能だった…というよりは、MXよりもっといいものが作れるという動機だったことは明らかだと思います。「どう使われるかは使用者次第だ」なんてのは、お花畑の論理だと思います。

 「包丁有罪論」のような考え方は、後付けの論理であって、全く現実に即していないと思います。私は「メリケンサック有罪論」という考え方をしています。多分、包丁とメリケンサック(又はカイザーナックル?)では大分印象が違うと思います。

 私は、素人としてメリケンサックの製作者もWinny製作者も有罪にする事は疑問に思いますが、Winnyの社会的な被害(著作権侵害に限らない)は回復が困難なため、なんらかの新たな法律が必要なのではないかと思います。

 ちなみに、私はソフトウェア開発もやってます。

スピードリミッターについては、こんな情報を発見しました。
http://chiebukuro.yahoo.co.jp/service/question_detail.php?queId=8140784
ここの回答に、

速度超過走行をメーカーが黙認している。ただし現行法では速度超過という犯罪行為の幇助にはならない。

と書かれていたのですが、現行の法規(道路交通法?)にこの根拠となる条文が本当にあるのでしょうか?

>hattyさま
>開発者及び販売会社は,幇助犯と考えることは,おかしいのでしょうか。

クルマの例えでいうと、大多数の運転者のモラルや運転技術の水準が社会的に許容範囲内である(主観的ですが)としたうえで、現行の規制を遵守して製造され、交通ルールを守って運転するよう相当程度(やはり主観的ですが)注意喚起し販売されたならば、幇助犯とはいえない、となるのではないでしょうか。
現実に発生している事故は少数の運転者自身の問題である、ということで。

また、ウィニーと違い、クルマは一般的には不特定多数(年齢や運転免許の有無を問わない)が匿名でなおかつタダで自由に入手し運転できるものではありません。
免許はなくても乗れますが、タダで手に入れるには、もらうか盗むかしなければなりません。

ですので、もしhattyさまの言うところのスポーツカーBの開発者が、暴走族やローリング族の方々が多数訪れる場所に、「ご自由にお使いください」なんて貼り紙をしてスポーツカーBをいくつもばらまいたとします。

それによって事故が多数発生したとすればその開発者は幇助犯と看做されるかもしれません(ただし、幇助行為とされるのは開発・製造したことよりもそこにばらまいたことでしょう)。

そうでなく通常の流通ルートで販売されたのならば、あとは運転者のモラルの問題だと思います。
それを担保するために、まがりなりにも運転免許制度があるわけですから。

>ちなみに,リミッターを180km/hから100km/hに変えることは技術的には,とても簡単です。

100km/hリミッター付きのクルマでも、一般道で100km/hで走行すれば充分スピード違反ですよね。

蛇足ですが、今後飲酒運転による事故が減らないどころか増えたりしようものなら、アルコール検知器によるエンジンロック機能を標準装備しない新車を開発・販売した場合には、飲酒運転の幇助に問われる時代が来るかもしれないと私は思っています。

>hatty さん
よくわからないとおっしゃってますが、よくわかっていらっしゃるとお見受けしました。

朝日の社説は、「Aというスポーツカーが存在し、そのクルマによってスピード違反が頻発している事実」だの、「そのような状況下で、新たなスポーツカーBを開発し売り出せば、Bを用いたスピード違反が多数発生することは当然認識されていたことであり、開発者はそのような結果が生じてもかまわないと考えていた」だのという事情を全部すっ飛ばしてただ
「運転手が速度違反をしたら、速く走れる車をつくった開発者も罰しなければならない。」
とだけ言ったので、「無理解」と評されたのです。

>開発者及び販売会社は,幇助犯と考えることは,おかしいのでしょうか。
hatty さんの仮定された事実のもとでは理論的に幇助犯も成立しうると思います。
なお、ちょい悪代官さんの「交通ルールを守って運転するよう相当程度(やはり主観的ですが)注意喚起し販売されたならば」などは、幇助の故意の有無に影響すると思います。

>ちょい悪代官さん

>クルマの例えでいうと、大多数の運転者のモラルや運転技術の水準が社会的に許容範囲内である(主観的ですが)としたうえで、現行の規制を遵守して製造され、交通ルールを守って運転するよう相当程度(やはり主観的ですが)注意喚起し販売されたならば、幇助犯とはいえない、となるのではないでしょうか。
>現実に発生している事故は少数の運転者自身の問題である、ということで。

 私もこの部分が問題の中核部分だろうと思っています。

 本件のような不特定多数の者を対象とする概括的幇助の事案では、対象となる不特定多数の集団のモラルが一定以上のレベルに維持されているのかほとんどないのか、という問題が、幇助の故意の認定に大きな影響を及ぼすと考えています。

 この手の議論を始めますと、刑法総論の故意論の理解が前提になるんですが、この故意論というのはかなりの難物でして、素人の方が考えている「犯意」という言葉のイメージとはかなり違います。
 私ほか数名の方が「認容」という言葉を使っていますが、これは完全な法律用語で大学の法学部を卒業した人でも正確に理解している人が何人いるかわからないという代物です。

 ある意味ではマニアックな議論になりかねないのですが、やはりしなきゃいけないかな、と悩んでおります。

 ところで、ウィニーネットワークの匿名性という問題も影響していると思うのですが、私自身、匿名性について十分理解しているとは言えません。
 どなたか分かりやすく説明したサイトをご存じないでしょうか。
 

Winnyの匿名性については、こちらを読んでいただけると理解できると思います。
http://internet.watch.impress.co.jp/cda/event/2004/06/28/3670.html

なお、現在は金子氏以外の人によって作られた匿名性を強化したWinnyが出回っていますが、それと今回の公判に関連はないでしょう(金子氏逮捕後の話です)。

認容についてのお話は、是非お聞きしたい所存です。
それにより我々法律の素人(なのに法律を理解しなければならない)が少しでも法律の世界に歩み寄ることができればいいなと思います。

>ちょい悪代官さま
>現実に発生している事故は少数の運転者自身の問題である
「事故」は確かに少数かもしれませんが、「反則行為」は少数とはいえないのではないでしょうか。

>交通ルールを守って運転するよう相当程度(やはり主観的ですが)注意喚起し販売された
現行の技術をもってすれば「道路標識の表示を光学的に認識しその道路の制限速度に合わせて自由にスピードリミットを容易に設定できる」、という事実が認定されるような時代になれば、そのような設備を自動車に搭載しない不作為は違法行為の認容と認められるかもしれませんね。
(そんなに難しくないような気がするんですけどね。縦列駐車アシストや車間維持システムがあるくらいだから)

#なお、道路交通法125条1項に定める「反則行為」は刑法でいう「罪」に
#含まれるのか、もし含まれないのであれば「反則行為」の幇助は存在しな
#いのか、について私は分かっておりませんので、そもそも私の前提が違う
#可能性は大いにあります。

「認容」については法律の素人諸氏でもおおまかにイメージが掴めた人もこれまでの議論のなかで増えてきたのではないかと思います。

そこで出てくるであろう次の疑問です。
>対象となる不特定多数の集団のモラルが一定以上のレベルに維持されているのかほとんどないのか
速度超過で取締を受けた人の多くが「運が悪かった」と思っているという統計があったとして、そのことはモラルが一定以上のレベルにないことを指すのでしょうか。

誤字だらけの書き込みに,何人かコメントを頂いて,ありがとうございます。
ぼんやりですが,少し私のモヤモヤが晴れました。

ちなみに,
> ウィニーによって著作権侵害がネット上に蔓延(まんえん)すること自体を
> 積極的に企図したとまでは認められない。
企図した。として有罪になっていたら,私的には,すっきりした判決だったの
ですが…。

クルマの場合,大多数の運転者は,スピード違反をしていない。または,して
いてもその数は,社会的に許容範囲内であり,また,注意喚起し販売されてい
るなら,確かに幇助にならないと思いますが,

実際には,年間最高速度違反で260万件以上が検挙され,公道ではありませ
んとの但し書きはありますが,とんでもない走行を宣伝で用いている現状では,
引っ掛かるものがあります。著作権法違反では,誰も死んでいませんが,最高
速度違反では,多くの人が死んでいるより深刻な問題において,現状の260
万件以上の違反は,(主観的には)社会的に許容範囲内にありません。しかも,
最高速度違反を行っても,大抵は,検挙されていない。実際には,ほとんどみ
んなが違反しているとさえ思っています。

>現実に発生している事故は少数の運転者自身の問題である、ということで。

現実に発生している事故  私:とても多い 世間:少数

きっと,ここなんでしょうね。わたしのモヤモヤのもとは。

また,入手に無料・有料は,関係ないと思います。ウィニーが有料なら,幇助
にならなかったか?→Noでしょう。

> 100km/hリミッター付きのクルマでも、一般道で100km/hで走行すれば充分ス
> ピード違反ですよね。

それについては,そこに技術的に可能かどうかの問題があるように思えます。
一般道の制限速度にリンクすることは,可能かもしれませんが,莫大なコスト
が発生します。天秤もありではないでしょうか。ただ,リミッターを100km/h
にすることには,ほとんどコストは,かかりません。それをしないのは,怠慢
であり,幇助になるのではと思いました。

#上で偉そうに書いていますが,個人的には,リミッターが100km/hになること
#は,いやです。あ,これが,もしかして,社会的許容?

本件については非常に素朴な疑問ですが、、開発段階で、「モラルの低い利用者がおりモラルの低い利用者による被害が存在している技術」については、「罰せられることがない」ためには、開発・製造者は何をもってどう判断したらいいのか、という点がよく分からないのです。

「認容」については是非お願いいたします。

【開発者はそのような結果が生じてもかまわないと考えていたと判決は認定しています。この認定は正しいだろうと思います。なお、刑法上、「認識」と「認容」は異なる概念です。上記の「そのような結果が生じてもかまわないと考えていた」の部分が認容です。】
「そのような結果が生じてもかまわない」と考えていた、という認定、は何をもってなされるのかがよく分かりません。
 No.11 hattyさんの例でいけば、hattyさんの前提の元で、「運転者が意図的に行うスピード違反に対する予防措置を施していない車をそれを承知で開発・販売した」ならば、開発・販売者は、「そのような結果が生じてもかまわないと考えていた」と認定される、ということなのでしょうか?(であれば、A以降のスポーツカーの開発・販売者は全て「運転者が意図的に行うスピード違反に対する予防措置を施していない」限り、開発・販売後、その車のモラルの低い運転者がスピード違反を多数発生させた場合、幇助罪に問われる可能性がある、ということになってしまわないかと思えてしまうのですが)
 

winnyとは直接関係ないのですが、著作権に対する認識が少し気になります。私は「著作権とは著作権者の権利であり、著作物の使い方を著作権者が決めることができる」と言う認識なのですが、「著作権は利用者を規制するものであり、著作権法から少しでも逸脱したら即法律違反」だと誤解を受けている印象があります。

<未必の故意の内容をなす「認容」概念について>(勝手にモトケン先生の下請)

・故意と過失では、刑法理論上全く扱いが違う。そのため、両者の境界線をどこに引くかが、講学上も実務上も、非常に重要。
・故意と過失は、どちらも「犯罪結果に対する意識の程度」であり、概念としてはグラデーション状に連続している。弱い故意は「未必の故意」、強い過失は「認識ある過失」と呼ばれる。
・「未必の故意」と「認識ある過失」を区別するアプローチには、2通りの説明がある。ひとつは「確率的な認識の程度」(認識説)を基準に、もうひとつは「やってやろうとする意欲の程度」(意思説)を基準にする。

・認識説によれば、未必の故意とは、「結果発生の可能性が相当高いことを認識していた」こと(蓋然性説)。
・意思説によれば、未必の故意とは、「結果が発生してもかまわないと考えていた」こと(認容説)。

・両者の違い(○:故意ありに傾く ×:故意なしに傾く)
 (1) 弱い手段で強く意欲した場合(例:絶対殺す!というつもりでデコピン)
   蓋然性説→× 認容説→○
 (2) 強い手段で弱く意欲した場合(例:死ぬはずないと思ってバットで頭を殴打)
   蓋然性説→○ 認容説→×

 ※ 「例」は対比してのわかりやすさ重視にしてますので細かいツッコミはご容赦(^^;>諸兄

・認容説のいう「結果が発生してもかまわない」には
 結果が発生したらいいなーという積極的なもの
 結果が発生しても仕方ないとか気に掛けないという消極的なもの
のどちらも含まれる、という理解が一般的。

※ ただし、私見ですが、消極的認容でもおk、と言っている見解は、相当危険な行為をやろうとしている場合を念頭に、意識が希薄だったというだけで見逃すのは不当だからとりこもう、という問題意識ゆえと思います。


「著作権法違反行為の幇助の故意」に絞る前段階として、とりあえず一般論にとどめます。

有罪にするのがおかしい事件を、ムリヤリ有罪という結論ありきで
法律家が言葉遊びするのが実に法律家の無能さ論理的思考力の無さを表してますね。
日本の司法とはバカの集まりですか。

「認容」という主観的要素は、行為者の供述でもない限り間接証拠から認定するしかないわけですが、
winnyによって幇助犯が成立し、スピード違反可能な車を開発することよって幇助犯が成立しないことを間接証拠を基に統一的に説明することは不可能だと思います。

積極的認容か消極的認容かなど間接証拠の評価にすぎないのに、それを論理的に当然のごとく導き出せるという説明に無理があります。

>No.17 モトケンさん
>ウィニーネットワークの匿名性という問題も影響している

Wikipediaの記事が詳しいです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/Winny

一般に、インターネットで本人を特定するための手段は、以下のようになるかと存じます。
--
1) 該当のコンピュータを特定する。
具体的には、発信元のコンピュータのIPアドレスを入手することとなります。

2) プロバイダから上記発信者の氏名・住所を入手。
入手したIPアドレスを使用して、プロバイダに発信者情報開示請求をおこないます。
(プロバイダ責任制限法にもとづく)
--

Winnyの匿名性は、以下の2点で担保されているようです。
--
1) 一次発信者の特定が困難である。
発信者と受信者の間に、複数の仲介者が入ります。このため、受信者からは、ファイルの送信元が発信者なのか、仲介者なのか、区別が困難です。また、仲介者を遡って発信元を突き止めるのも困難です。
(ファイルのキャッシュ機能)

2) Winnyによる通信を特定することが困難である。
プロバイダからみると、通信内容が暗号化されるため、プロバイダの通信設備で発生している通信のなかから、Winnyの通信を特定することが困難となります。通常、特定のソフトウエアによる通信を特定するためには、通信内容を解析する必要があるのですが、暗号化がこれを妨げます。
(暗号化通信機能)
なお、セキュリティ専門家の技術開発により、現在はWinny通信の特定は可能となっているようです。
--

私なりに調べて検討してみたのですが、正直、このソフトウエアの印象が変わりました。

1)は、より効率の高いファイル共有を実現する、というWinnyの趣旨にかなうもので、この技術の核になる部分だと思います。これが匿名性を担保したとしても、この技術の副作用とみることもできると思うのです。

しかし、2)は余計としか思えません。プロバイダの目をくらますためにあるような機能だと思います。

Wikipediaの記事には、なりすましを防ぐためとありますが、匿名のネットワークでなりすましとは、意味がわかりませんし、矛盾しています。それに、なりすましを防ぐのに必要なのは認証情報の暗号化であって、通信内容の暗号化ではありませんし。

「プログラムが解析されてクラックが蔓延」も苦しいですね。Winnyのプログラム本体が容易に手に入るわけですから。記事にあるようにデバッガを使えば解析できるでしょうに。実際解析されて暗号は破られているわけですし。

不特定多数にファイルを公開するのがWinnyなのであれば、通信内容を暗号化する必要性はないと思います。違法な利用者を保護するためでなければ。

どうも、不明を恥じるばかりですが。
モトケンさんのご明察に脱帽です。

ISOLOGUEでは、こういうことをブログで書いておられました。
http://www.tez.com/blog/archives/000808.html

私も心配になります。こんなことを過去に、書きましたから。
http://urenaiconsul.cocolog-nifty.com/blog/2006/10/youtube_1e89.html
の(2)です。

大丈夫とは、思いますが、どこで線を引くことが出来るのか、引くべきか難しい問題があると思います。

>不特定多数にファイルを公開するのがWinnyなのであれば、通信内容を暗号化する必要性はないと思います。違法な利用者を保護するためでなければ。

必ずしもそうは言えないと思います。
全て合法的なファイルのやり取りであってもダウンロードしているファイルのジャンルを調べて情報収集されるのは気分の良くないものです。
スパイウエアなどにはどこのページを閲覧しているかユーザーの許可無く勝手に送信したりしています。これが即違法かどうかは別としても知られたくないというユーザーは多いのではと思います。
ハガキにしても、文面は第三者に読まれることを考えないというのは有り得ないと思いますが、全て読まれてデータベースに使われているとしたら、今までのように気軽には利用できないと思うのではないでしょうか。

>No.28 クルンテープ さん
>必ずしもそうは言えないと思います。
>全て合法的なファイルのやり取りであってもダウンロードしているファイルのジャンルを>調べて情報収集されるのは気分の良くないものです。

プライバシーの保護との関係については私も考えてみたのですが。

原則公開のサービスを利用する以上、情報収集される可能性は、受け入れる他ないように思います。ただし、情報収集されたとしても、合法的な利用にとどまれば、インターネットが通常に有する匿名性によって、プライバシーは保護されます。と申しますのは、違法な利用がなければ、プロバイダに発信者情報開示請求をできないからです。

このモトケンさんのBlogでも、私たちの閲覧行動、コメントのポストなどの行動に関して、情報収集されていると思います。しかし、匿名のHNを使うことで、合法的な利用をする限り、プライバシーは保護されます。

あ、誤解を受けるといけませんので、付け加えますと、モトケンさんが意図的に情報収集している、というのではなく、サーバの運営をすれば、必然的に情報収集されてしまう、ということです。もともとサーバにはそういった機能が必ずありまして、アクセス数解析だとか、サーバ障害時の原因追求だとかで利用します。

>No.27 売れない経営コンサルタント さん
>私も心配になります。

同感です。
モトケンさんが元記事でおっしゃっているように、この判決は「かなり軽い判決」ということなのでしょうし、判決だけをみれば、妥当なのかな、とは思います。

しかし、警察に逮捕される(かも)、というだけで、私のような小心者は震え上がってしまいます。世間一般では、警察に逮捕->即犯罪人扱いで、判決での罪の軽重など省みられることはないですから。まあ、世間一般が潔癖にすぎる、ということなのかもしれません。

昨今、日本人のモラルが低下している、という実感を持っておられる方は多いようです。このモラルの欠如を埋め合わせるかのごとく、警察の職務の及ぶ範囲が拡大の一途をたどっているように思います。以前、ストーカー事件などで、「警察も民事不介入などと言わず、積極的に介入せよ」といった論調があったように思いますが、どうも思わぬ副作用となっているのでは、という気がします。

>原則公開のサービスを利用する以上、情報収集される可能性は、受け入れる他ないように思います。

私が困るというのは第三者に収集される可能性です。このブログでのモトケンさんにというのは当事者であって仕方がないと思います。現在ではどこかのページにメアドでも書き込んだらほどなくスパムが舞い込みます。まったく同等の技術でファイル共有でのやり取りでモニターできるかはわかりませんが、私にとってはブラックボックスである以上少しで暗号化されてモニターされにくいことを望みますね。
とりあえず日本の捜査当局は日本国法に縛られますが、完全に違法捜査がなされていないとは信じ切れませんし、縛られない人たちもいると思います。違法合法ともに。 ネットのユーザー全員の善意までは信用できません。
捜査当局が暗号化という自己防衛をさせないつもりなら、第三者からの安全も担保すべきだと思います。

ネットやデジタルに迷ったら・・・・・の新刊を見つけました。

『デジタル・フォレンジック事典』ISBN4-8171-9208-9
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2006/12/book_28e0.html

エントリの問題に参考になるかもです。

>ronさん
>警察に逮捕される(かも)、というだけで、私のような小心者は
>震え上がってしまいます

ネットで何か物事を表現すると言うことは、常に逮捕リスク、訴訟リスクが付きまとっていると私は考えます。著作権法しかり、名誉棄損しかり。むしろ、今までがあまりにも無自覚、無邪気すぎたのかも知れません。


>クルンテープ さん
>捜査当局が暗号化という自己防衛をさせないつもりなら、
>第三者からの安全も担保すべきだと思います。

同じように、ユーザーがあくまで暗号化と言う自己防衛をしたいというのなら、違法ファイルの流通を行わないという保証も担保するべきでしょうね。ニワトリ卵問題なのですが。

No.32 しまさん

今までのしまさんらしくない非論理的なコメントですね。

>同じように、ユーザーがあくまで暗号化と言う自己防衛をしたいというのなら、違法ファイルの流通を行わないという保証も担保するべきでしょうね。

これって違法行為をしたユーザーがいたら、していないユーザー全体が連帯して責任を負うってことですか?
捜査当局は統一された一つの組織ですから、当局のトップが責任を持つと言えば全員の責任を持つことになりますけど、ユーザー個人は他人の責任までは持たせることなど不可能でしょう。全体主義の北朝鮮でも無理です。
ユーザー個々の責任は違法ファイルをアップロードすれば既に処罰の対象になっていますから、嫌でも自己の責任は負わされていますよ。

>No.23 fuka_fuka さん
 
 わかりやすい説明ありがとうございます。

>No.26 ron さん

 私が知りたかった情報です。ありがとうございます。

>No.25 kenji47 さん
>積極的認容か消極的認容かなど間接証拠の評価にすぎないのに、それを論理的に当然のごとく導き出せるという説明に無理があります。

 そうなんですよ。
 実務上はまさしく「評価」が問題になるんです。
 故意の存否は論理ではなく事実認定、その意味で証拠評価の問題です。
 もっともどのような事実が立証の対象になるかは故意論を踏まえた問題になります。

>No.27 売れない経営コンサルタント さん

 今回の判決の萎縮効果を批判する人たちが、萎縮効果を煽っているように思えます。

>No.23 fuka_fuka さん

説明ありがとうございます。

>・「未必の故意」と「認識ある過失」を区別するアプローチには、2通りの説明がある。ひとつは「確率的な認識の程度」(認識説)を基準に、もうひとつは「やってやろうとする意欲の程度」(意思説)を基準にする。
・認識説によれば、未必の故意とは、「結果発生の可能性が相当高いことを認識していた」こと(蓋然性説)。
・意思説によれば、未必の故意とは、「結果が発生してもかまわないと考えていた」こと(認容説)。
・両者の違い(○:故意ありに傾く ×:故意なしに傾く)
 (1) 弱い手段で強く意欲した場合(例:絶対殺す!というつもりでデコピン)
   蓋然性説→× 認容説→○
 (2) 強い手段で弱く意欲した場合(例:死ぬはずないと思ってバットで頭を殴打)
   蓋然性説→○ 認容説→×

意思説の方は「どう考えていたか」ということなので考えとしては分かりやすいですが(実際に、容疑者がどう考えていたかを推定するのは難しそうですが、それはさておき)、「結果発生の可能性が相当高いことを認識していた」の認識とは、「容疑者がどう認識していたか」ということではなく「用いた手段などの状況から、通常なされうるであろう認識」ということでいいのでしょうか。
上の例では、「デコピン」や「バットで頭を殴打」」という手段から、第3者視点から「結果発生の可能性がどうであるか」が推定されます。「バットで頭を殴打すればされた相手が死ぬ確率は高いだろう」とか。(しかし、上の例では、「死ぬはずがないと思って」いるので、殴った相手が死ぬ可能性が高いことを容疑者は認識していない)

>「Winnyの提供が幇助となるのであれば、リミッターを付けずに制限速度以上で走れるようにしている自動車メーカーも道路交通法違反幇助にあたる可能性がある」

他ならぬwinny事件弁護団の壇弁護士のコメントです。
壇弁護士もwinny事件とスピード違反の件は本質的違いはないと考えているということでしょう。
同じような感想を抱いた方は、それは決して間違った考え方ではなく、ごく真っ当な問題意識だと思っていただければよろしいのではないかと思われます。

>No.30 クルンテープ さん

>私が困るというのは第三者に収集される可能性です。このブログでのモトケンさんにというのは当事者であって仕方がないと思います。

Winnyというソフトウエアに限定すれば、暗号化通信で「第三者に収集される」のを防ぐのは無理がありますし、現実的でもないです。

全員が匿名では、誰に情報が渡るか、まったくわからない状態となります。
安全性を担保するのなら、「身元の確かな誰か」が必要となります。

暗号化通信というのは、「身元の保証(証明書)」とセットになっているのが普通です。いくら暗号化したところで、通信相手は暗号を解除するわけですから、通信相手が信用できなくては始まりません。

その後の情報流出事件を見ても分かるとおりですが、Winnyというのは決して「安全な」ソフトウエアではありません。技術者から見ると、相当「危ない」しろものです。リスクは承知で使うものだと思います。

>Winnyというソフトウエアに限定すれば、暗号化通信で「第三者に収集される」のを防ぐのは無理がありますし、現実的でもないです。

100%秘密を守るというよりも少しでも防ぐと言う意味です。

>No.39 クルンテープ さん
>100%秘密を守るというよりも少しでも防ぐと言う意味です。

うーん、難しいですね。
私から見ますと、プラシボ効果程度に思えます。

>クルンテープ さん

Winny利用者には情報を渡してもよいが、Winny利用者以外には情報を渡さない、というのが「少しでも防ぐ」ことになるか、ということですね。
この場合の「第三者」は、「Winnyを使わない人」になりそうですが。

なお、Winnyの暗号化通信は、「リアルタイムで解読されるほど脆弱」だそうです。プログラムに鍵を埋め込んでいるそうですから、たいしたものではないでしょうね。

No.35 北風さま

>(実際に、容疑者がどう考えていたかを推定するのは難しそうですが、それはさておき)

この問題がまさに、「教室設例」と「現実の裁判」の違いだと私は理解しています。
神の視点と人の視点。
設例では、あくまで例ですから、「デコピンなのに本気で殺意をもっていた」などという人間を設定することもできます。
(試験問題などでは、事実関係は所与です。「事実認定」は司法試験レベルでは聞かれず、確定した事実関係を前提に法に当てはめることができるかがテストされるだけ)

>「結果発生の可能性が相当高いことを認識していた」の認識とは、「容疑者がどう認識していたか」ということではなく「用いた手段などの状況から、通常なされうるであろう認識」ということでいいのでしょうか。

法律家の理解にかなり近いと思いますが、法律家はそこからさらに区別して理解します。

「容疑者がどう認識していたか」が、立証の究極の対象です。
でも、被告人の当時の主観(認識、意識、思考)がどうだったかは、被告人すら正確に記憶できていないし(後付バイアス等で必ず歪む)、まして第三者(検察官、弁護人、裁判官その他すべて)が正確に知ることはできません。神ならぬ人ゆえ。

その「被告人の当時の主観」を推知するための材料が、「用いた手段などの状況」(が、証拠物件、目撃証言、実況見分調書etc.の形に証拠化されたもの)ということになります。

つまり、裁判官が認定しようとするのは、 「用いた手段などの状況から、 【被告人自身が有していた】 であろう認識」 のはず。

しかし、実際には、ご推察のとおり、 「用いた手段などの状況から、通常なされうるであろう認識」 に限りなく近いだろうとは思います。


>上の例では、「デコピン」や「バットで頭を殴打」」という手段から、第3者視点から「結果発生の可能性がどうであるか」が推定されます。「バットで頭を殴打すればされた相手が死ぬ確率は高いだろう」とか。

基本は、おっしゃるとおりです。
ただ、被告人自身の供述内容や当時の状況などからみて、「バットで殴るけど、絶対死ぬはずないと考えるのが合理的といえる事情」があれば、
客観的には死ぬ確率の高い危険な行為だったけど、
被告人の主観としては「死ぬ確率が低い/皆無」ということだった、
という事実が認定されることは、ありうると思います。

>(しかし、上の例では、「死ぬはずがないと思って」いるので、殴った相手が死ぬ可能性が高いことを容疑者は認識していない)

このあたりも、法律家の思考がややこしいところなのですが、
「ナマの事実の認識」と、「それが違法な行為だと気づいているかどうか」を区別したりします。
「バットで頭部を殴打する行為を認識していたならば、本人が何らかの理由で 『死ぬ確率は低い』 と信じ込んでいたとしても、故意は成立する」(←法律家は「故意は阻却されない」とわざわざ難しく書きたがります)
という理屈が、上記の事実認定論とは別に、学術的な理解として存在したりします。

先に細かいツッコミご容赦、と書いたのは、このように掘り下げようとすると無限だからなのです。
(無限といっても、「アキレスと亀」と同じ意味での「無限」でしかなく、法律家が勝手に細分化してムツカシく考えているだけですが)

かえって混乱させるような下手な説明だったかもしれませんが、日曜深夜ということでご容赦を(^^;

どうでもいい補足

「デコピンで殺す」でイメージしていたのは

範馬バキ親子

とか

法律論ではなく技術論で語るなら、Winnyを包丁にたとえるのは的外れです。包丁は料理用途に便利なように設計されるものですが、Winnyは正当な著作物配布には不向きな仕様になっていますから。Winnyを刃物にたとえるなら、日本刀ですね。

 日本刀だとすると、誰でも自由に所持したり持ち歩いたりできない、ということになりますね。

ウィニーって例えば映画とかテレビ番組などのソフトを配ったり貰ったりするわけですよね。
ところで、功利主義的に考えると、(配布にコストがかからないなど)いくつかの条件の下ではソフトは無料配布されるのが総余剰を最大化しますよね??しないかな??


となると、著作権のあり方を変えたい、即ちソフトを無料にし、一方で良質なソフトを作った人にはそれだけのペイがあるような仕組みを作ろうという考えには一理ありますな。

結局医師は経験論、つまり統計学をよりどころにし、
技術者や科学者はf=ma、E=mc2などの原理原則をよりどころにし、
法曹家は法律をよりどころにし個別の事例に法律解釈を行う。
然るに各分野の総合理解のためにはまさに馬鹿の壁がたちはだかり、裁判の結果においては医師はグローバルスタンダードがわからずに、技術者や科学者は原理原則がわからずにフラストレーションを覚えるといった構図でしょうか。

ではどうすれば解決できるかというと・・・・難しい。結局対話を続けていくことしかないんでしょうかね。

> No.47 場末の開業医さん
技術者や科学者もよりどころにするのは統計、つまり確率論です。
それに、医師は科学者に含まれると思います。(科学者という大きなカテゴリーがあり、その中に医師や技術者は属する)
科学者はまず結果を解析し、それを形式的、抽象的概念に導出することを生業とします(帰納的推論)。
それに対し、法曹はまず法律という絶対的ルールがあり、それらを個別の事象に適用することを生業とする、といえると思います(演繹的推論)。

この、推論の仕方が演繹的、帰納的という差がいわゆる『バカの壁』に当たると思います。
このエントリで法曹系と技術系の方で話がかみ合わないのは、技術系の方は個々の事象(スピード違反の例や包丁の例)から抽象的概念(幇助の定義)を導き出すことを真っ先に考えるのに対し、法曹系の方はまず幇助の定義が確かに存在し、その定義が今回のWinny事件にどのように当てはめられるかを真っ先に考えるからと確信しています。
ここで勘違いしてはいけないのは、技術系の方が真っ先に考える概念は司法の場に持ち出せる理論ではなく、その上位にある『法律作り』に係ってくることであると思います。法律運用の話ではないんですね。
結果、『幇助という概念の妥当性』と『Winny開発・配布を幇助とする妥当性』の話が入り乱れてしまい、収集がつかなくなってきます。

別エントリでモトケンさんがイラっと来た話をまた持ち出してしまいますが、あれはモトケンさんの『演繹』論に対し、カクテルさんが『帰納』論での話を持ち出したからではないかなと思う次第です。

研究現場にいる立場からは、Winnyの件がきっかけでディテールを理解できない人々が関係ない研究に規制をかけようと動くことを怖れます。戦後、占領軍によって理研のサイクロトロンが破壊されました。サイクロトロンは原爆開発には何の役にも立たない実験機器であるにも関わらず、核物理学関係というだけで味噌も糞も一緒にされたのです。同じことがコンピュータ分野で起きることを怖れます。

その意味では、Winny固有の問題を論じずに技術開発の一般論だけで結論を出そうとする社説は、Winny養護派であるか批判派であるかに関わらず、的外れな迷惑な議論です。

>No.48 bg さん

計算機屋は決定論者が多いでしょうね。
形式論理は大好きでしょうし。
形式論理で判決が出せるなら、「判決マシン」が開発できますね。

裁判というのは弁証法(古典論理)の世界だと思いますけど。

>No.49 wd さん

同感です。
Winnyを単に「ファイルを交換するソフト」と理解してしまうと...
「ファイルを交換する」などというベーシックな機能は、ほとんどのソフトウエアが該当しそうです。インターネットなんて、ファイルを交換する仕組みといっても過言ではないですし。

No.42 fuka_fuka さま

 どうも丁寧な説明ありがとうございます。

>「容疑者がどう認識していたか」が、立証の究極の対象です。
でも、被告人の当時の主観(認識、意識、思考)がどうだったかは、被告人すら正確に記憶できていないし(後付バイアス等で必ず歪む)、まして第三者(検察官、弁護人、裁判官その他すべて)が正確に知ることはできません。神ならぬ人ゆえ。
その「被告人の当時の主観」を推知するための材料が、「用いた手段などの状況」(が、証拠物件、目撃証言、実況見分調書etc.の形に証拠化されたもの)ということになります。

こう言ってしまうとなんですが、「真の対象」に対して推知する手段の精度があまりにも・・・。
あと、認容説・蓋然性説、で「真の対象」は違うのに推知する手段が共通、であるため、切り分けるのが第三者の判断(判断のルールはあるのでしょうが)というのが。

 科学など対象が物性値である場合、適切な測定手法・装置によって精度をあげて測定しえます。そういう観点でいえば、「被告人の当時の主観」という「真の対象」については、心理学などによるアプローチが精度をあげるためには必須のように思われますが。

 むしろ、「真の値を念頭において定義された概念」をどう適用するか、という問題であるので、その適用の仕方が問題であり、「こう適用すべし」という半経験則の問題のような気がしないでもないです。

>No.48 bg さん

 ご指摘のとおりだろうと思います。
 ただ
>法律という絶対的ルール
 の「法律」はより正確には「法規範」というべきであり、条文等から適用すべき法規範を見出す作業(解釈)は、そう簡単ではなく一義的な結論が出るものでもありません。
 その意味で「絶対的」という言葉は、誤解を招きかねないと心配します。

 ところで、私は「名医という言葉がある限り、医学は科学ではない。」という言葉を聞いた記憶があります。
 法律家にも当てはまりそうな言葉です。


>No.49 wd さん

>その意味では、Winny固有の問題を論じずに・・・

 同感です。
 判決が判断の基礎とした具体的事実関係の詳細が明らかになっていない段階で、論理を要約したに過ぎない判決要旨に基づいて、「技術開発」という言葉でくくられるすべての事象に判決論理を拡張しようとしているところが問題のように思えます。

医学研究はともかくとして、医師は科学者ではありませんね。他の医師の方はどう思われますか。(横道誘導スイマセン)

「分散アップロード」は良いが、「Winnyの暗号化」がダメ、という意見が多いのを見て、PC関連の仕事をしている人間から、一つだけ(法律には詳しくありません)。


多くの方がここで、wikiで述べられている「第三者によるなりすまし」を、単純に「プライバシー保護」と結びつけて考えておられるようですが、wikiいわく「第三者によるなりすまし」による被害とは、プライバシーの問題だけではありません。むしろ、プライバシーの問題はそれほど重要でなく、「ファイルそのものの正当性」を保証する(あるいは、少なくてもしたい、と考える)ことこそが、Winnyの暗号化のもっとも大きな目的です。

例えば、Aさんが「自作のポエムα」を、Winny上で配布したとします。そして、Bさんがこれを「欲しい」と考え、入手したとします。「自作のポエム」は、もちろん著作権的に問題のないモノとします。
この例において、もし「悪意ある第三者C」が、Aに”なりすまし”、むちゃくちゃに改ざんした「γ」を「α」と偽ってWinnyネットワーク上に流すことができたら、どうなるでしょう?これを防ぐ、つまり、「αとしてBが入手したファイルが、本当にAによって配布されたαである」ことを保証するために、暗号化が必要なのです。
Winnyは、その善悪はさておき、複数ユーザーの間でファイルを共有するためのソフトです。である以上、「αが確かにαである」「αはAによって流されたモノである」ことを、まがいなりにも担保していなければ、使い物になりません。

・・・ちなみにこれは余談ですが、Winny上では「AがAであること」を「トリップ」と呼ばれる文字列で、「αがαであること」を「ハッシュ」と呼ばれる文字列で識別しています。そして、作者が逮捕されたことで更新が止まってしまった現在のWinnyネットワーク上では、「トリップ」「ハッシュ」ともに偽装が可能になっています。つまり、ファイル共有ソフトに絶対に必要な「AがAであること」「αがαであること」を、すでに保証できなくなっているのです。
で、その結果が「ねつ造ファイル」「ウイルス入りファイル」の氾濫で、これが「度重なる個人情報漏洩」の直接の原因です。ですから、「Winnyの暗号化」が「著作権違反幇助のため”だけ”の仕組み」とする指摘は適切では無いと思います(むろんそういう側面もあるかもしれませんが)

No.54 通りすがり。さん

>「分散アップロード」は良いが、「Winnyの暗号化」がダメ、という意見が多い

すみません、この意見を述べているのは私だけです。
「分散アップロード」も微妙ですが、これを問題とされるのは、技術者としてはちょっと、という感じですね。

>Aさんが「自作のポエムα」を、Winny上で配布したとします。そして、Bさんがこれを「欲しい」と考え、入手したとします。

Winnyネットワーク上は匿名だとすると、別手段でAさんがBさんに「トリップ」(のもとになっている「合言葉」)、「ハッシュ」を渡す、ということですかね。

>ですから、「Winnyの暗号化」が「著作権違反幇助のため”だけ”の仕組み」とする指摘は適切では無いと思います

そこまでは言いませんけど。
必要以上に「匿名性」を高めている、ようには見えます。
ところで、ファイルの正当性を保障するなら、「トリップ」だけを暗号化しておけば良いような気がします(「ハッシュ」はファイルから生成だから、しても仕方ない)。
暗号化通信というからには、TCP/IP通信自体が暗号化されるのだと思いましたが。

Winnyの暗号を解読・ブロックできるファイアウォールが登場より

Winnyは国内で広く使われているPtoPソフトウェア。データを暗号化してやり取りするため、通信内容を判断して検知することが難しかった。One Point Wall WinnyはWinnyの暗号化データを解読できるので、通信がWinnyによって行われているかどうかを判断した上でやり取りを阻止できる。

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