エントリ

3拘置所で4人に死刑執行(2006年12月25日14時17分 読売新聞)

法務省は25日、執行の事実と人数だけを発表した。

 法務省の正式発表は執行の事実と人数だけのようです。
 たしか以前は執行の事実も正式には発表していなかったのではないかと思います。
 ところが関係者の話として誰が執行されたのかが報じられます。
 これはおかしいと思います。

 死刑の存在意義の一つは最強の一般予防効果(威嚇力ないしみせしめ)であるはずです。
 そうであるならば、どのような事件を犯した誰がいつ執行されたのかを法務省は正式に発表するべきだと考えます。

4人の死刑を執行と法務省が発表 05年9月以来の執行(asahi.com 2006年12月25日13時22分)

 この朝日の記事の中に聞き捨てならない一文があります。

裁判所が死刑判決を「量産」し、

 カギカッコ(「」)でくくっていることからすると、明白な批判的意図をもって「量産」という言葉を使ったようですが、私には、この表現は死刑判決を宣告した裁判官に対する重大な侮辱に思えます。

 朝日新聞の記者と編集者は、裁判官が人の命を物であるかのように扱っているとでも言いたいのでしょうか!

 検察官に対しては、死刑求刑を「乱発」している、とでも言うのでしょうか?

 朝日の記者さん、あんた何様のつもりなんだ。

 なお、考える材料として
 1年余ぶりの死刑執行に賛否 「議論を」「当然だ」(asahi.com 2006年12月25日15時51分)

| コメント(27) このエントリーを含むはてなブックマーク  (Top)

コメント(27)

土本教授の以下のコメントも参考になると思います。

http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/061201/srn061201004.htm

それにしても死刑判決確定から執行まで、19年5カ月、13年3か月、7年6ヶ月、6年10ヶ月
という期間は長すぎます。

執行までの期間が長いと、事件当時、それが、いかに凄惨で残酷非道な犯罪であったのか、すなわち世間がその記憶を風化させられてしまった後の執行となりますと、「死刑になる理由」を世間が茫洋とした認識として受け止めてしまうことも考えられます。紙面が許せば、当時の事件内容を詳細に報道してもらいたいものです。

さらに、必死の捜査をした捜査当局、長期にわたる厳正中立なる審理の末、結論を出した裁判所の努力は報われないのではないかと考えてしまいます。

加えて、ご遺族の方が、先に他界されている場合もあるかもしれません。

小選挙区で選ばれた一国会議員の個人的理念により、個別の司法制度が形骸化し例外化してしまうことは断固として避けなければなりません。

今後の法務大臣も、故後藤田正晴氏の法務大臣としての決断を思い出して欲しいものです。

それにしても、執行の順番はどのように決められているのでしょうか。必ずしも判決確定順ではないようですが。

余談ですが、私の記憶が正しければ、件の朝日新聞は大久保清の死刑執行のスクープを狙って、当局にコネをつくっていたらしいですが、その努力にもかかわらず、他社に出し抜かれてしまったエピソードがあります。


土本氏はかなり極端な考えの学者だとは思いますけどね。

それはともかくとして、たしかに死刑執行は正式発表すべきだと思います。
なにゆえ法務省は隠したがるのでしょうか?

 土本氏は法務・検察のスポークスマンのような意見しか言いませんので、私から見ても面白くないです。
 スポークスマンと見ればわかりやすいですが。

>朝日の記者さん、あんた何様のつもりなんだ。

まあ、朝日新聞ですから・・・。そんなに多くを望んでも無理なような気が・・・。

スレの話題から少し離れますが、、
なぜ処刑は非公開で行われているのでしょうか?
現行の死刑制度のもとでは、被害者が法務大臣に「本当に処刑したという証拠がほしい」と詰め寄ったときに、返答のしようがないと思うのですが。

べつに公開しなくとも死刑執行したことは書類上明らかにすることはできると思いますが。

書類は捏造され得るものだから、裁判の公開と同様に、一般国民の目に晒さなければ、確認手段として十分でないと考えるような、疑り深い人も世の中にはいるかもしれません。
しかし、死刑執行の手順として、執行する刑務官は複数であり、検察官らが立ち会い、医師が死亡を確認していますから、
書類上で死刑にしたように装って、実は逃亡させるという活劇みたいなことは、実際上は不可能だと思います。

----
刑事訴訟法477条 死刑は、検察官、検察事務官及び刑事施設の長又はその代理者の立会いの上、これを執行しなければならない。
2 検察官又は刑事施設の長の許可を受けた者でなければ、刑場に入ることはできない。

478条 死刑の執行に立ち会つた検察事務官は、執行始末書を作り、検察官及び刑事施設の長又はその代理者とともに、これに署名押印しなければならない。
----

死刑を公開するか非公開とするかは、各国の制度がさまざまで、死刑の威嚇力(一般予防)にどの程度、期待するかという考え方によります。
現代日本では、人の死というもの自体を、社会から隠す風潮があるので、もし仮に公開処刑を行っても、見たがる(見ることに耐えられる)人がどれほど居るものかは、疑問です。殺人被害者の遺族でも、そんなえげつない場面は見たくないという人が、多数ではないでしょうか。

ついでに、
死刑制度の是非について、被害者の処罰感情ということがよく言われますが、
国家が自分の代わりにやってくれるから、処罰してもらいたいと思うのであって、
仇討ちシステムにより自分の手で直接に犯人を殺さなければならないとしたら、
たとえ犯人を縛り付けて返り討ちの危険はないようにしてやると言われても、決意と覚悟のある人は少ないと思います。

>たとえ犯人を縛り付けて返り討ちの危険はないようにしてやると言われても、決意と覚悟のある人は少ないと思います。

確かに、女房、子どもがやられたらやれるとは思いますが、それ以外では難しいかもしれません。それと縛り付けて、「さあやれ」といわれるより、普通に動いてる奴の方がやりやすいかもしれない。

>kenji47 様
>YUNYUN 様
>じじい 様
スレの話題から外れてしまっているのに、お返事いただいて恐縮です。
私が「死刑は本当に毎回行われているのだろうか」と疑いだしたのは最近のことです。きっとこのような疑いを持つ有権者はほとんどいないのでしょう。私の疑いも、確たる証拠に基づくものではなく、制度を殆ど知らない者の憶測に過ぎません。
 
 「刑務官」「検察官、検察事務官及び刑事施設の長又はその代理者」「医師」を同時に丸め込まない限り、「執行始末書」を捏造することはできない。そしておそらく、ボロを出さずに彼らを同時に丸め込むことができる者はいない。
と理解しておきます。

カギカッコ=批判的意図

という図式には若干考慮の余地が有るかもしれません
同じようなもので微妙に違う、というニュアンスで用いる場合もあります
この文章がどちらかはよく分からない。そういう意味では国語のテストで
使うと減点対象になっても文句が言えない種類の表現ですが
朝日新聞系列ではしばしば見かけます。
こんな書き方がカッコイイとでも思ってるんでしょう

>カギカッコ=批判的意図
>という図式には若干考慮の余地が有るかもしれません
>同じようなもので微妙に違う、というニュアンスで用いる場合もあります

というよりも、
弁解の余地をわざと残した、ずる賢いカギカッコといえるでしょう。

再審請求している人ならともかく、そうでない死刑囚を数年も監獄に「放置」(朝日流w)するのは、それはそれで人権問題なのではないかと思ってしまいます(今回執行された人がそうであるかどうかは知りません)。

「量産」⇒量産!!!

と見えますが。問題の記事はさっさと削除・・・朝日らしい。

>No.13 MultiSync さん

>問題の記事はさっさと削除・・・朝日らしい。
社説の欄を見ると分かり易いのですが、朝日の記事は原則1週間で削除の様です。
「ウェブ朝日新聞」サービスを月4000円で契約しても、やはり過去1週間の記事しか読めない様です。ホント、ケチくさい。

>仇討ちシステムにより自分の手で直接に犯人を殺さなければならないとしたら、
たとえ犯人を縛り付けて返り討ちの危険はないようにしてやると言われても、決意と覚悟のある人は少ないと思います。

できると思います。
少なくとも、仇討ちシステムが機能していた時代、私の先祖はそのシステムを利用したそうです。

NO.15今回は匿名さん
ご意見に同意します。
できますとも。私にも決意と覚悟はあります。
遺族は全てそういうものだと思います。
しかしその行為を断念する思いが
社会を維持しているのだとも思います。

たまたま発見したサイト
http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Suzuran/7136/daijin.html
法務大臣の決済(「裁判・死刑に関する辞典」から)

歴代法務大臣の死刑決済に対する姿勢の違いが興味深いです
昔は公開で決済しようとして法務当局とマスコミに
袋叩きにされた大臣も居たようです

同一拘置所でかつ同一日に複数の死刑執行が行なわれる場合に備えて複数の処刑場があるのでしょうか。それとも時間を空けて順番に執行されるのでしょうか。教えていただけますか。

同一拘置所でかつ同一日に複数の死刑執行が行なわれる場合に備えて複数の処刑場があるのでしょうか。それとも時間を空けて順番に執行されるのでしょうか。教えていただけますか。

法務大臣の署名の問題の本質は、司法手続により死刑が「確定」したにもかかわらず、その「執行」機関に過ぎない検察の長たる法務大臣の個人的な思想・信条で、事実上、確定した刑罰権が発動されないことにあるのだと思う。

社会秩序維持のために私刑を禁止する代償措置として、国家機関たる司法が刑罰を確定し、行政がそれを執行するというシステムの根本を否定する行為であり、絶対に容認してはならないと考える。大臣の勝手で刑罰権が実現されたりされなかったりでは、もはや人治主義の封建国家と変わりがない。

死刑の執行にどうして大臣の署名が必要となるのか理解に苦しむが、どうしても理論的に必要ならば、せめて死刑判決の確定から執行までにタイムリミットを設け、その間に署名がなされなければ署名を擬制するなどの制度が必要だ。

現行の制度を前提としても、署名を拒否する法務大臣は、職務怠慢として直ちに罷免されるべきだし、そもそも、大臣としての職務を果たせないのだから大臣に就任するべきでない。

どうやら鳩山新法相は現行法に則って粛々と執行する意志があるようですね。一安心です。
一国会議員として立法府で死刑の是非を論じるのは一向にかまいませんが、「行政」をつかさどる大臣になった以上は個人の思想信条を法に優先させてもらっては困ります。
たとえば、中国が非民主主義国家だからといってビザの発給を承認しない外務大臣なんて許されますか?

無選別のビザ無し渡航の方が怖いです。

選別のためのビザの発給、なのでは?

MultiSync@一市民さま

冷静なツッコミをありがとうございます。
外務大臣が自身の政治信条を基準にして選別すること自体が異常であるということを汲み取っていただきたかったのですが・・・。
単なる例なので深く考えていただく必要はありません。

ビザは法定の業務なので例えには変でしたが、大臣が自分の都合で法を曲げていい筈は無いですね。

法的には、大臣の承認で万一の保険を掛けている面が有りますから、一概に承認の延期がだめとも言い難いところです。

しかし、全く承認しないのは業務放棄で、職務に就く資格は認めたく無いですね。

大臣が署名を拒否する理由が、「かくかくしかじかの根拠から、死刑判決に疑義がある。よって、検察に再捜査及びその結果を踏まえた再審請求を指示しているので、その結果が出るまでは死刑の執行を控えたい」というものなら、万一の保険論の対象になりうると思います。
しかし、歴代の署名拒否大臣は、「死刑執行」を一般論として拒否している訳だから、冤罪等による不当な死刑執行の回避を志向するものではなく、保険でも何でもない単なる職務拒否です。

 袴田さん、奥西さんは冤罪の可能性が高いと思います。
 法相になるほどの人ならそれくらいの知識はあるでしょう。また、レクチャーされるでしょう。今後どうなるか解りませんが、執行はされないでしょうね。

>>No.19
同日同一拘置所での執行は、時間を置いての執行だと思われます。ちなみに、同一事件の共犯は同日執行が基本です。

法律相談へ

ブログタイムズ

このエントリのコメント