早期釈放 被告にプラス 即決裁判、30分で判決(ヤフーニュース 1月7日11時27分配信 京都新聞)
落合弁護士もコメントされていますが、一番大事なところは以下の部分でしょう。
◇争点”素通り“ 捜査段階の調書は「はじめから盗むつもりで店に入った」となっていたが、被告は公判で「買うつもりでレジに行こうとしたが、財布がないのでポケットに入れた」と主張した。普通なら争点になるところだが、あらかじめ「結論」が見えているせいか、検察、弁護側ともあっさりと被告人質問をやめてしまった。 別の窃盗事件の審理では、余罪について取り調べを受けた被告が「朝の5時、6時まで調べを受け、半分寝ていた」と証言し、「言ったら楽になると思って、やってもいないことをベラベラしゃべりました」と続けた。これも通常なら弁護側が捜査手法について激しく追及するはずだが、弁護人は「起訴されていない余罪だった」として争わなかった。
即決裁判手続では、執行猶予付きの判決しか言い渡せません。
その意味で、結果が見えているのです。
結果が見えていることから、上記の争点は争点ではないともいえます。
京都地検の幹部は「まだ制度に慣れていない面がある。もし審理の途中で問題が生じれば、通常裁判に移行できる仕組みになっている」と説明する。裁判の儀式化への懸念を示しつつ「短い時間でも的確な質問をするなどの技術を磨く必要がある」と話す。
「裁判の儀式化への懸念」というのはいわゆる「裁判の感銘力」(裁判手続による犯罪抑止力)を問題にしていると思われ、私も事案によっては重要な問題だと思いますが、即決裁判に付される事件は、いわば誰が見ても執行猶予相当と思われる事件であり、執行猶予付き判決が裁判の感銘力のほぼ全てと見てよい事件だと思いますので、儀式化への懸念はそれほど問題にならないと思います。
落合弁護士のコメントを引用しますと
従来の刑事弁護では、何か問題があれば、重箱の隅をつつくように何でも問題にし、有利な事情を引き出して行く、という手法が主流で、それは一定の成果をあげてきた面もあり、完全に否定されるべきでもないと思いますが、今後は、事案の内容や選択された手続等に応じ、メリハリをつけ、頭を切り換えつつ、何が被告人にとって現実的に利益になるか、といったことを考える必要が、今まで以上に強くなっているのではないか、という気がします。
と述べておられ、私も同感です。
即決裁判手続は、私がイメージする日本における司法取引の具体化の一歩と考えています。
即決裁判にかける、と決める段階で検察側と弁護側でほとんど合意が出来ている、とすれば手間を省けて合理的と思えます。
一方、裁判の位置づけは役所で部長以上の上司決済程度の意味に過ぎないような気もします。
そう受け取って良いのでしょうか。
このエントリにコメントがほしいな、と思ってました(^^)
>役所で部長以上の上司決済程度
う〜ん、もうちょっと上の
企業でいえば社長決裁くらいに見てあげたほうがいいんじゃないでしょうか。
裁判官の判断を仰ぐのですから。
裁判官、検察官、弁護士の10人中10人が執行猶予付き有罪が相当と判断できるような事件であれば、この即決裁判手続きは被疑者/被告人の勾留期間を短縮することで利益になります。
しかしながら、この手続きは裁判の儀式化という一面もあるように思います。日本の刑事手続きでは起訴裁量権を持つ検察官に大きな裁量がありますが、即決裁判手続きの導入により従来ならば起訴猶予にするか悩んでいたような事例を安易に起訴することや、事実関係に争いがある事例に人質司法を用いて即決裁判手続きに誘導したりするようなことが危惧されます。
この点では窃盗罪や公務執行妨害罪に罰金刑を導入したことや、交通違反の略式手続きと同様の問題で、実務レベルで可罰的違法性や被疑者の情状に対する議論を過小評価する傾向につながりかねません。前科が付くことによる社会的不利益を考えれば、比較的軽微な犯罪類型に対して構成要件に該当したら即刑罰という運用は望ましくないと思います。
司法取引の導入は上記のような運用を変えるためには有用ではないでしょうか。過失犯や被害の軽微な窃盗、傷害の初犯、被害者のいない形式的な違反を取り締まる特別法の違反などは、一定の社会的貢献を課すことで刑罰を免除し前科とならない手続きの導入も考慮されてよいと思います。