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福島産科事故 被告産婦人科医、起訴事実を否認 初公判で(ヤフーニュース 1月26日17時14分配信 毎日新聞 キャッシュ

 既にコメント欄で紹介していただいてますが、毎日の報道姿勢の確認という視点込みで全文を紹介します。
 読みやすいように分割しています。

 福島県立大野病院(同県大熊町)で04年、帝王切開手術中に女性(当時29歳)が死亡した医療事故で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医、加藤克彦被告(39)の初公判が26日、福島地裁(大沢広裁判長)であった。加藤被告は「死亡や執刀は認めますが、それ以外は否認します。切迫した状況の中で精いっぱいやった」と起訴事実を否認した。  冒頭陳述で検察側は、応援を呼ぶべきだという先輩医師の事前のアドバイスを被告が断ったことや、胎盤はく離開始5分後の血圧降下など大量出血の予見可能性があったことなどを指摘した。  弁護側も冒頭陳述を行い、明白な医療過誤とは異質と指摘。胎盤はく離は現場の裁量で、事後の判断は結果責任の追及になると反論し、産科専門家の意見も聞いていないと捜査を批判した。  起訴状によると、加藤被告は04年12月17日、帝王切開手術中、はがせば大量出血するおそれがある「癒着胎盤」であると認識しながら、子宮摘出手術などに移行せず、手術用はさみで胎盤をはがし失血死させた。また、医師法が規定する24時間以内の警察署への異状死体の届け出をしなかった。【町田徳丈、松本惇】
 ◇被告 落ち着いた声で書面読み上げる  「1人の医師として患者が死亡したのは大変残念」。初公判で加藤被告は起訴事実を否認する一方、死亡した女性に対しては「心から冥福を祈ります」と述べた。黒っぽいスーツを身につけ、落ち着いた声で準備した書面を読み上げた。  加藤克彦被告が逮捕・起訴されて休職となり、昨年3月から県立大野病院の産婦人科は休診が続いている。同科は加藤被告が唯一の産婦人科医という「1人医長」体制。再開のめどは立たない。  隣の富岡町の30代女性は加藤被告を信頼して出産することを決めたが、休診で昨年4月に実家近くの病院で二男を出産した。女性は「車で長時間かけて通うのも負担だった」と振り返る。二男出産に加藤被告が立ち会った女性(28)も「次も加藤先生に診てもらいたいと思っていた」と言う。  一方、被害者の父親は「事前に生命の危険がある手術だという説明がなかった」と振り返る。危篤状態の時も「被告は冷静で、精いっぱいのことをしてくれたようには見えなかった」と話す。  病院の対応にも不満がある。病院側は示談を要請したが父親は受け入れず、05年9月の連絡を最後に接触は途絶えた。昨年11月に問うと、病院は「弁護士と相談して進めていく」と答えたという。「納得できない。娘が死んだ真相を教えてほしい。このままでは娘に何も報告できない」と不信感を募らせる。【松本惇】
 ■「通常の医療行為」の結果責任追及 医師界に危機感  この裁判では、加藤被告を逮捕、起訴した捜査当局に、全国の医師から強い批判の声が上がっている。背景には、通常の医療行為で患者が死亡した結果責任を、医師個人が追及されているのではないかという危機意識がある。医師の刑事責任を負うべき判断ミスか、1万例に1例といわれる「癒着胎盤」のために起きた不幸な事故か。医師法で届け出義務が課される異状死の定義があいまいという指摘もあり、裁判の展開を多くの医療関係者が注目する。  最大の争点は「癒着胎盤」のはく離を中止すべきだったかどうか。検察側は「癒着胎盤と分かった時点で大量出血しないようにはく離を中止し、子宮摘出に移行すべきだった」と医師の判断ミス、過失ととらえる。これに対し、弁護側は「臨床では止血のために胎盤をはがすのは当然で、出血を放置して子宮を摘出するのは危険」と通常の医療行為だと主張する。  このほか、癒着胎盤の程度や大量出血の予見可能性なども争点となる。  日本産科婦人科学会の昨年12月の発表によると、06年度(11月まで)に同会に入会した産婦人科医は298人で、2年間の臨床研修が課される前の03年度の375人から2割程度減少した。同会の荒木信一事務局長は「産科医の過酷な労働状況や訴訟リスクに加え、大野病院の事故が減少に拍車をかけた」と分析している。【松本惇】
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コメント(99)

呼び水として、極めて素人的な疑問を。

「病院側は示談を要請した」という点について、医療行為に過失がないと判断したのに示談を持ちかけることなんてあるのだろうか、自ら示談を要請する位だから、病院としても何らかの過失はあったと認めていたのではないか、という俗っぽい疑問も湧いてきます。

この点に関する病院側及び医師側の言い分、その妥当性、考えられる背景等について、どなたか御紹介ください。

以下で背景について紹介されているようですね。

ある産婦人科医のひとりごと: 福島県立大野病院の医師逮捕は不当

No.1 FFFさん
>この点に関する病院側及び医師側の言い分、その妥当性、考えられる背景等について、どなたか御紹介ください
とりあえず参考までに「ある産婦人科医のひとりごと」さんの記事にある日経メディカルオンラインの佐藤教授が書かれている内容とその考察がひとつの参考意見になりますでしょうか
http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/

色々と私なりに書きたいこともありますが脳みそが溶けそうなので自分の意見を書かずに紹介だけw
m3のスレもほとんど読めてないしw

公判始まりましたね。色んな話しが出て来るかも知れません。

本日の会見によりますと、この産科医は Cesarean Hysterectomy は、今回が初めてだったようですね。だとしたら、なぜ、その恐れがある手術なのに、医局から応援を依頼しなかったのか、できなかったのか、その辺りが知りたいところです。

医局の教育が余程悪かったのか、もしそうだとしたら、この医師も、ある面での犠牲者ですね。

該当の記事を読みましたが、県の医療事故調査委員会は、第三者調査機関とはなり得ないという主張なのでしょうか。


>医療事故は警察などではなく、第三者機関が医学的な見地から
>検証を行うべきだ

と仰いますが、今回の件は第三者機関の調査に基づいて、警察が動き出したと考えることができます。つまり、第三者機関を作れば正しい検証が行えるとは言えないと言うことなのでしょうね、

医師側に不利な点と言えば、以下のことでしょうね。もっとも、裁判の場ではどのように主張されたかは存じませんし、裁判所がどのように判断するかも存じませんが

----------
検察側は冒頭陳述で、加藤被告の過失を細かく指摘した。それによると、加藤被告は(1)胎盤の剥離が困難になったら、すぐに子宮を摘出する(2)器具を使った剥離は危険―などの医療知識を専門書で得ていた上、女性患者が癒着胎盤を起こしている可能性が高いことも手術前に認識していた。助産師が「手術は設備の整った病院でするべきだ」と助言すると、「何でそんなこと言う」と拒否した。
福島・大野病院事件初公判 加藤被告、無罪を主張
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>No.2 ron さん、No.3 まさむねさん

 すばやいレスありがとうございます。

 さっそく御紹介頂いたページを読んでみましたが、「県の医療事故調査委員会が設置され、当大学出身者以外も含め、3人の医師による報告書が2005年3月にまとめられた」という経緯が問題なのですね。ニュース23では、「福島県はミスを認めていた」と報道されていましたが、多分この報告書のことなのでしょう。

 こちらにおいでの医師のうち大多数の方や佐藤章氏は、この「報告書」に批判的なようですが、これを作成したという「3人の医師」の氏名や所属等は明らかになっていないのでしょうか。

 上記報告書が医学的に間違っている、又は明らかに相当でないということであれば、その「3人の医師」は、何故そのような報告書を書いたのでしょうか。

 3人が3人とも判断を誤ったということなのか、それとも、御紹介頂いたページにあるように、「県の強い意向」を受けて、医学的真実と違背する報告書を捏造したということなのでしょうか。

 もし後者だとすると、医師の鑑定とか報告とかいうものは、それを依頼した者の「意向」によってかなりの程度左右されるということなのか、或いは、本件報告書を作成した医師3人が特別に(学問的真実を追求するという意味では)モラルの低い人間だったのか、どちらと考えるべきなのでしょうか。

 今回は、作成を依頼した県の意向が「賠償金を出そう」ということであったからこのような報告書になった、と推理されているようですが、ということは、クライアントの意向が「賠償金を出さなくて済むように」というものであれば、それに沿った報告書になる可能性が高いと見てよいのでしょうか。複数の医師による鑑定といっても、まず結論ありきである場合もあるのね、と思ってしまいますが。

 以上、あえて青臭い疑問を申し上げました。が、私自身、土地の価格査定を依頼した不動産鑑定士から、開口一番「いくらにしといたらよろしいでっか?」と言われて面食らった経験があります(笑)。

No.7 FFF さん

>私自身、土地の価格査定を依頼した不動産鑑定士から、開口一番「いくらにしといたらよろしいでっか?」と言われて面食らった経験があります(笑)。

医師のはいっている医師賠償保険は、医師に過失のない場合おりてきません。
そのため、とりあえず裁判を早期に決着させるため、和解で賠償する事を考えた場合にも、過失を認めましょうって「被告の医師」に「被告の弁護士」から薦めることも珍しくありません。
だからといってその弁護士のモラルが低いとは思いませんが。

まあ、お金を払って解決しようって考える人は、過失があったかどうかより、保険が下りる手続きを優先しようって考えるものなのでしょう。
その為の報告書が、まさか刑事の証拠になるとは思っていなかったってとこじゃないですか。

「3人の医師」はどこのだれで、当時の所属も判明しています。
委員長:宗像正寛(県立三春病院 診療部長)
委 員:田中幹夫(財団法人太田綜合病院附属太田西ノ内病院 産婦人科部長)
委 員:藤森敬也(県立医科大学医学部附属病院総合周産期母子医療センター講師)
の3人です。

県としては、多少は非を認めて、有力企業の関係者をなだめたかった。
調査した医師は、症例検討会のノリで報告書を書いてしまった。
こんな所ではないかと。

すでに何度も言われていることと思いますが、症例検討会は情報を共有し、今後の診療に役立てるために行います。ですから、意見を言う医師は自分のことは棚に上げて、自分でも出来なかったであろう理想の医療を念頭に置いて批判します。結果が出てから、じっくりとみんなで考えて、「あのときどうするべきだったのか」を追い求めるのです。

このような症例検討会の記録も、「医療ミス」の証拠になるのでしょうね。
もう危なくて、症例検討会なんか出来ません。

>複数の医師による鑑定といっても、まず結論ありきである場合もあるのね、と思ってしまいますが。

釈迦に説法でありましょうが、あえて自分たちの主張・目的と異なってもよいという前提で鑑定を依頼する正直者(笑)は余り聞いたことはありません。オダ様がおっしゃられているように、今回はたまたま目的が「保険がおりるようにする」ということだっただけでは。

異なる結論を出す人には最初から依頼しないでしょうし、このブログでも分かるように医師と思しき方々の各事案に対する主張も必ずしも一致しているわけではありませんし。今回の鑑定人も県側が任意に選任したのでしょうから、特に意に反しても県の主張に沿った鑑定をしてくれと頼まなくても、自分たちの意に沿った考え方の鑑定人に依頼すればすむ話ですから。

刑事裁判の検察はどうか分かりませんが、私には「鑑定といっても、まず結論ありきである場合もあるのね」という法曹関係者であるFFF様の感想の方が「へえ、鑑定って結論ありきで依頼しないんだ」という驚きをもって読めました(^^)

癒着胎盤に関する文献などが検察側により証拠採用されなかったようなのですが、証拠採用が恣意的に行われるようであれば、事実に肉薄できるはずがないと素人目には思えます。
詳しい方、このあたりの制度的な解説をお願いできないでしょうか。

教科書レベルで司法判断されたのでは、専門家はたまりません。

こちらの先生が傍聴記をupされるとのことですのでご紹介までに(今のところまだ書きかけのようですが)。

速報 大野病院初公判傍聴記(執筆中−内容追加予定)
http://kazu-dai.cocolog-nifty.com/blog/

普段ドラマ等での作り物の司法關係者しか知らない人間からしますと、ネットから漏れ聞こえる現場の様子は極めて生々しく映ります。と言いますか、他人の人生を云々しようとするならせめて臍帯と靭帯の区別くらいつくようになってから出直せと。

日本の検察は基本的に有能であって今回たまたま方向性が歪んだだけではないかと何となく思い込んでおりましたが、ひどく買いかぶっていたのかも知れません。

>No.11 bamboo さん

>癒着胎盤に関する文献などが検察側により証拠採用されなかったようなのですが、証拠採用が恣意的に行われるようであれば、事実に肉薄できるはずがないと素人目には思えます。
詳しい方、このあたりの制度的な解説をお願いできないでしょうか。


 わかりやすくしようとすると、かなりおおざっぱになってしまうので、他の方に補充をおねがいしたいのですが、刑事訴訟と、民事訴訟では、文書の証拠の取扱いが異なり、民事の場合は、証拠能力(裁判所に証拠としてだせる能力と言えばわかりやすいでしょうか)がありますが、刑事の場合、理論的には、原則としてこの証拠能力がなく、相手方の同意等がなくては、裁判所に出せません。そこで、相手方の同意が得られない場合は、その内容を証拠として提出する場合は、その文書を書いた人間に、法廷で証言してもらわなければならないことになります。

 これは、検察・被告人両方の側に働き、本件の場合で言えば、弁護人は、検察が提出した鑑定書等は不同意にするでしょうから、これを作成した医師は、法廷でこの内容を説明することになります。

 要は、事実上、相手方の出した文書の証拠に対し、それを書いたどの人間に対し、尋問をするかどうかは、文書を出された側に選択権があることになります。

 こういう事件ですので、こういう展開になるのはわかっているので、検察が医師に鑑定書を依頼するあるいはその後には、その作成者に法廷で証言することになることは説明しているとは思いますし、作成者もそれはわかっていると思います。

私は医療関係者でも、法律の関係者でもありませんが、本件は、日本の医療に大きな影響を与えると思われるだけに、注目しております。

ところで、素人質問で申し訳ないのですが、検察および警察関係者には、いわゆる「医療の専門家」(例えば、医師の資格を持っている等)がいるのでしょうか。

また、仮にいない場合、専門的な領域について、どのように判断するのでしょうか。素人目には、例えば、専門的な知識がないと、医療関係者の説明を聞いても、正確な判断ができないように思うのですが。

No.14 成田の近くの住人さん
>検察および警察関係者には、いわゆる「医療の専門家」(例えば、医師の資格を持っている等)がいるのでしょうか。
全国を捜せば検察官の中には医師免許を持っている人がいるかもしれませんがこの件には関係してないのではないでしょうか
もしいるとしたら起訴事実を検察官が読み上げるのにいきなり臍帯を「ジンタイ」と読んだりはしないでしょう
こんなレベルの人が起訴・不起訴に関わってるのかと思うとあまりに情けなくて涙がでそうでした

なかなか事件の事実関係が不明でしたが1/25の日経メディカル Onlineに加藤克彦氏の所属医局の福島県立医大産婦人科教授の佐藤章氏が当時の経緯を初めて詳しく話されておりました。重要な内容を含んでいるので、長文ですが全文引用いたします。

福島県立大野病院の医師逮捕は不当
福島県立医大産婦人科教授 佐藤章氏
帝王切開手術で患者を出血死させたとして逮捕・起訴された、福島県立大野病院に勤務していた産婦人科医、加藤克彦氏の初公判が明日、1月26日に開かれる。その行方が注目されるところだが、そもそも2006年2月の担当医の逮捕や医療事故を刑事事件として扱うことを問題視する声は多い。この点について、同医師の所属医局の福島県立医大産婦人科教授の佐藤章氏に、当時の経緯も含めて聞いた。(編集部)

さとう あきら氏。1968年東北大卒。米国シカゴ大、南カリフォルニア大留学、東北大産婦人科講師などを経て、85年から現職。
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 なぜ逮捕されたのか、なぜなんだ−−。これが私が一番知りたいことなのだが、いまだに分からない。加藤克彦医師の逮捕には私自身、強い疑問を感じているとともに後悔の念も抱いている。

 加藤医師とは今、全然連絡を取れない状態にある。弁護士を介して、近況を知るだけだ。「証拠隠滅の恐れがあるから、関係者とは連絡を取らない」ことが、保釈の条件だからだ。昨年2月に逮捕されたときには、既に県による事故報告書もまとまっており、カルテなども警察が押収していた状況であり、証拠隠滅も何もないと思うのだが、口裏合わせをする恐れがあるという。

 当然ながら保釈後、彼は医師として働いていない。1月26日が初公判で、毎月1回、5月までの公判日時が既に決まっている。その後、裁判がいつまで続くか分からないが、昨年の逮捕以降、既に1年近く診療から離れており、今後しばらくこの状態が続くわけだ。腕の確かな医師であり、これは誰にとっても痛手だ。

県の事故報告書に疑問を呈するも認められず
 加藤医師が帝王切開手術を担当した患者が死亡したのは2004年12月のことだ。前置胎盤・癒着胎盤で、手術中に出血多量となり、死亡した。癒着胎盤は非常に稀な疾患で、しかも当該患者の場合、癒着は子宮後壁だったので、新生児を取り出す過程で初めて分かるものだった。癒着が分かった場合でもどの程度の出血があるかを予測し、そのまま胎盤剥離を続けるか、子宮摘出に移行するかなどを判断するのは非常に難しい。なお、癒着胎盤は最終的には病理診断で確定するものだが、術後に当大学で病理診断を行い、子宮後壁の癒着胎盤であることを確認している。

 患者の死亡後、県の医療事故調査委員会が設置され、当大学出身者以外も含め、3人の医師による報告書が2005年3月にまとめられた。今回の逮捕・起訴の発端が、この報告書だ。県の意向が反映されたと推測されるが、「○○すればよかった」など、「ミスがあった」と受け取られかねない記載があった。私はこれを見たとき、訂正を求めたが、県からは「こう書かないと賠償金は出ない」との答えだった。裁判に発展するのを嫌ったのか、示談で済ませたいという意向がうかがえた。私は、争うなら争い、法廷の場で真実を明らかにすべきだと訴えたが、受け入れられなかった。さすがにこの時、「逮捕」という言葉は頭になかったが、強く主張していれば、今のような事態にならなかったかもしれないと悔やんでいる。加藤医師は、報告書がまとまった後に、県による行政処分(減給処分)を受けた。

 警察は、この報告書を見て動き出したわけだ。最近、医療事故では患者側から積極的に警察に働きかけるケースもあると聞いているが、私が聞いた範囲では患者側が特段働きかけたわけでもないようだ。警察による捜査のやり方には問題を感じている。例えば、当該患者の子宮組織を大学から持ち出し、改めて病理検査を行っているが、その組織も検査結果もわれわれにフィードバックされないままだ。捜査の過程で鑑定も行っているが、担当したのは実際に癒着胎盤の症例を多く取り扱った経験のある医師ではない。

 加藤医師は数回、警察から事情を聞かれ、その都度、私は報告は受けていた。最後に彼が警察に出向いたのが昨年2月で、そのときにそのまま逮捕されてしまった。弁護士を付けずに、1人で行かせたことを後悔している。翌3月に、業務上過失致死罪と異状死の届け出義務違反で起訴された。

 また公判前整理手続き(編集部注:裁判の迅速化のために、初公判前に検察側と弁護側、裁判官が集まり、論点などを整理する手続き)も計6回実施したが、医学的な見地から議論を尽くしたとはいえない。そもそも癒着胎盤とは何か、その定義から議論する必要があったが、検察側はこうした話には乗ってこなかったと聞く。弁護側が、癒着胎盤の対応の難しさに関する海外の文献など様々な証拠を提出したが、そのほとんどが採用されなかった。

医療事故は第三者機関などで調査解明を
 裁判の行方は分からないが、容易には決着しないだろう。今回の件については、日本産婦人科学会をはじめ様々な学会が逮捕後に抗議の声明を出したほか、昨年末には日本医学会が会長名で「不可抗力ともいえる事例を犯罪行為として扱うことは好ましくない」などとする声明文を公表している。加藤医師を支援する会も立ち上がり、既に1万人を超す署名が集まった。それだけ皆、危機感を持っている表れだろう。

 今回のような予見が難しい、しかも故意や悪意がない医療事故をすべて刑事事件として扱ったのでは、誰も手術をやらなくなる。癒着胎盤は最近頻度が高くなっているが、誰も手がけなくなったらどうなるのか。本来、医療事故は警察などではなく、第三者機関が医学的な見地から検証を行うべきだ。また医療事故はゼロにはならず、予期しないことが必ず起り得る。医学は完全なものではないことを国民にも理解してもらう必要があるだろう。(談)

こうして読んでみると、検察の思考回路というものは、科学的合理性とは対極をなすものと個人的には思います。

個人的には、調査報告書とは
1.目的を決めない(是は是、非は非)
2.外部向けであることを常に意識する

と言う事が重要であり、「県の強い意向を受けて」作成されたのであれば1の視点が抜け落ち、bambooさんの言われるような「症例検討会のノリで報告書を書いてしまった」と言うのなら、2の視点が抜け落ちていたのではないかと思います。

>No.15 OLさん

>こんなレベルの人が起訴・不起訴に関わってるのかと思うとあまりに情けなくて涙がでそうでした

私は、実務家でもっと詳しい人がいるでしょうが、近代国家の司法というのは、基本的には、専門家不信の構造だと思います。特に最右翼(左翼)のアメリカの場合は、裁判官に対しても不信があり(植民地時代の宗主国の裁判官の経験からと書いた本を読んだ記憶があります)、事実認定については、陪審員という素人が判断することになっています。

 日本は、裁判官が判断するキャリアシステムという大陸法(フランス、ドイツ等)の流れですが、大陸法の国々でも、参審制など、素人が参加するシステムに変えてきており、日本の裁判員制もこの流れの中でとらえることができます(刑事訴訟の大学の教授の中には、今の時代では、裁判官だけが判断するという制度では、とても先進国の中で、民主国家と言えないという先生もいらっしゃいます)。

 この点で、近代国家の司法は、専門家が判断するという制度とは、いわば逆の形をとっています。

 

> No.8 オダさん、No.9 bamboo さん、No.10 じじいさん

 コメントありがとうございます(まとめてのレスですみません)。

 私がよく分からないのは、今回の事件における「ミス」の程度なんですよね。

 被告人の医療行為が、「過失といえるかどうか微妙」なもの、つまり、当時の診療体制等を前提にしても改善の余地が結構大きく、平均的な水準の医師であればもう少しうまくできた可能性もそれなりにある、という程度のものだったなら、諸般の事情(笑)を考慮して、「過失あり」という報告書が出るのも理解できます。灰色を黒とするような感覚で。

 しかし、被告人本人や弁護人、支援者らの主張は勿論、ここのブログにおける御意見でも、福島事件の検察側の主張は殆ど荒唐無稽である、医学的にあり得ないような言いがかりである、立件自体が暴挙であるといった論調が中心なので、そうだとすれば、被告人たる医師としては、その状況下では最善の行為をした(事後的に検証すればパーフェクトとまでは言えないにしても、通常の医師であれば行うべき措置を適切にこなしていた)ということなのかいな、と思います。このような場合にまで過失ありとの報告書を書く、つまり、白を黒と言いくるめるようなことがあり得るのかしら、という疑問があるのですが、実際のところはどうなのでしょうか。「紛争を保険で解決するために、医学的に明らかに間違った報告書を3人の医師が作る」という事態は、想定の範囲内なのでしょうか。報告書を執筆した3人の医師は、「県の意向を受けて学問的に誤っている報告書を書いた」と認めているのでしょうか。あるいは「症例検討会のノリで書いたに過ぎない」と弁解しているのでしょうか。それとも、「報告書に誤りはない」と主張しているのでしょうか。

※ 報告書自体がインターネット上で閲覧できるのであれば、アドレス等を教えて頂きたく思います。「過失」についてどの程度の表現をしているのか確認してみたいので・・・・。

 私がこの点にこだわるのは、以前「医師のかばい合い体質」が話題になった際に、「医師というのは基本的に科学者であって、他の医師による医療行為につき、学問的真実を枉げて恣意的な意見を出すことは考えられない」という指摘を繰り返し頂いたからです。被告人の医療行為が適切なものであったとすれば、今回の「報告書」は、和解で穏当に解決したいというクライアントの意向を受けて、科学者たる医師が、それも3人そろって、学問的真実をねじ曲げたという非難を免れないのではないかと思うのですが・・・・福島事件の捜査・起訴について非難声明を出した医師会や産婦人科学会、全国医学部長病院長会議等は、この「報告書」を起案した3名の医師に対してどのようなスタンスをとっているのでしょうか。

No.14 成田の近くの住人さん

>ところで、素人質問で申し訳ないのですが、検察および警察関係者には、いわゆる「医療の専門家」(例えば、医師の資格を持っている等)がいるのでしょうか。

 大変申し訳ないですが、この議論は既に終わっていると思います。
 このブログにおける情報の整理の必要性が求められる所以でありますが。

>また、仮にいない場合、専門的な領域について、どのように判断するのでしょうか。

 法律家は、専門領域については専門家の話を聞いてその内容を理解できる能力があれば足ります。
 個々の法律家がそのような能力を持っているかどうかは別問題ですが。

 また、理解能力があれば足りるというものではありません。
 価値判断、または見識というものが問われます。

>No.11 bamboo さん

 既にNo.13でL.A.LAW さんが解説して下さっていますが、「文献」に限らず、書面は他方当事者が同意した場合に限って証拠として扱える、というのが刑事訴訟のルールです。

 今回は、「癒着胎盤に関する文献」を証拠とすることに検察側が同意しなかったから、ルール上、裁判所も証拠採用できなかった、ということでしょう。なお弁護人が文献の内容を証拠としたければ、執筆した人を法廷に呼んで、その内容について証言をしてもらうということになります。この場合、検察官も、その証人に質問することができます(反対尋問)。

 被告人の主張からすると、弁護人も、検察官が提出した書面の多くについて、証拠とすることに同意しなかったはずです。もちろん、この対応についても「恣意的」と非難される筋合いはありません。

 書面がそのまま証拠とできないのは、反対尋問による信用性のチェックができないからだ、と説明されています。もちろん、全ての書面について作成者を尋問するのでは時間がかかりすぎるし合理的でもないので、例外も色々あります。

>FFFさん
「ある産婦人科医のひとりごと」に報告書 県立大野病院医療事故についてと言う、県の報告書のPDFファイルが置いてありますが、「総合判断」を素人が読む限りでは、医師に過失があったとしか受け取れないような内容になっていると思います。もっと言えば、何も知らない人、一般の人を対象に「大野病院の事件は、医師個人に責任があったんだよ」と知らせるような報告書だと思います。結論ありきというのは、その通りでしょうね。


ただ、これをもって起訴するかどうか判断する事もできないと思いますので、あくまでも捜査のきっかけになったということでしょうね。それほど、内容に乏しいように思います。


この件は報告書自体に問題があるように思います。事故調査委員会を設立し、事故調査委員会が報告書を書くというのなら、もっと詳細に調査をするべきでしょうし、もっと詳細な報告書を作成するべきでしょうが、県としてはそこまでは必要ないと判断したのでしょうか。

> No.22 しまさん

 いつもながら素早い御紹介、ありがとうございます。

 さっそく読んでみましたが、予想以上にアッサリした報告書でびっくりしました。もっとボリュームがあるものを想像していたもので。あるいは、これは要約で、他に詳細な版が作成されているのかも知れませんが。

 いずれにせよ、胎盤剥離の是非については報告書と被告人(&医師の多数?)の見解が真っ向から対立(※)しているわけで、どちらかが医学的に間違っているということなんですね。

※ 被告人側の主張は、「検察官や報告書が指摘する選択もあり得たが、胎盤を剥離するという方法も不相当とはいえず、どちらも裁量の範囲内だ」というものではなく、「子宮摘出より胎盤剥離を当然に優先すべきであった、その方が危険が少なかった」ということのようですから、報告書と被告人の言い分が両立することはないと認識しています。

この報告書が真実だと思っている産婦人科医は恐らく日本国中探しても一人もいないと思います(だからいろんなブログで大騒ぎしているのです)。

福島県立医大産婦人科教授の佐藤章氏の
> 訂正を求めたが、県からは「こう書かないと賠償金は出ない」との答えだった。
がすべてだと思います。

賠償金がどこの保険会社から支払われたのか知りませんが、医師や医療機関側に過失がなければ保険会社には支払い義務は生じません。被害者救済目的に、故意に医師に過失があるような報告書が作成されたということで、間違いないと思います(医療事故ではしばしばある話です)。

でもそうなると、保険金詐欺という問題も生じるのでしょうかね?

モトケンさま
素人の質問に、ごていねいにお答え頂き、ありがとうございました。

本件の推移を見守りたいと思います。

>いずれにせよ、胎盤剥離の是非については報告書と被告人(&医師の多
>数?)の見解が真っ向から対立(※)しているわけで、どちらかが医学
>的に間違っているということなんですね。
>
>※ 被告人側の主張は、「検察官や報告書が指摘する選択もあり得たが、
>胎盤を剥離するという方法も不相当とはいえず、どちらも裁量の範囲内
>だ」というものではなく、「子宮摘出より胎盤剥離を当然に優先すべき
>であった、その方が危険が少なかった」ということのようですから、報
>告書と被告人の言い分が両立することはないと認識しています。

FFFさん,
すみません.そのように白黒はっきりつけようとするところが既に「法律家的発想」なのだと思います.「報告書が指摘する選択はあり得ないと言い切ることも誰にもできない」というのが医学ではないでしょうか?
「一般的には,子宮摘出より胎盤剥離を当然に優先すべきであった、その方が危険が少なかった」としか言えないのが医学です.その現場にいた医師しか判断できないような事例を,非医療者が「絶対にxxxしなければならないかった」などとは決して言えないのです.

>成田の近くの住人さん及び常連の皆さん

 いや、実はちょっとぶっきらぼうになって申し訳ありませんでした。

 この事件については私も強い関心を持っています。

 検察のあり方と医療崩壊を考えるにあたって象徴的な事件といえます。

 できればこのブログの常連さんやこれから常連になってもらえる医療関係者、法曹関係者、その他関心のある方々の総力をあげて徹底検証したいと考えてちょっと準備中です。

 私一人では手に余る作業ですので、ご協力のほどよろしくお願い申し上げます。

>Level3さん
>「報告書が指摘する選択はあり得ないと言い切ることも誰にもできない」と
>いうのが医学ではないでしょうか?

医学的発想とか法律家的発想ではなく、玄人と素人の問題だと思います。つまり、報告書というのは素人が見ることも想定するわけですので、

>「一般的には,子宮摘出より胎盤剥離を当然に優先すべきであった、
>その方が危険が少なかった」
と言うのであれば、報告書にその旨を盛り込んでおくべきだと思うのです。

この事故が与えた影響は非常に多岐に渡りますが、
一つは、産婦人科という一つの科の医師が急速に減っているのが一番、国民医療に対する影響は大きいでしょう。私の同期はまだギネに進んだのが多かった(14人)ですが、今、一線で産科をやっているのはたった一人です。昨年、お産から手を引いて婦人科のみになったのが8人もいますが、未だ40代なのですから、今後は日本でお産するのが難しくなるのかも知れません。責任の検事正にしたら、そんな影響は関係無いって言いたいでしょうが。
一つは今後は医療事故報告書っていうものが、事故を検証してその後、同様の事故を防ぐという本来の目的で書かれる事は出来なくなってしまったという事でしょう。報告書を書いた3人の医師は無邪気だったんでしょうね。今の後悔は佐藤教授を超えていると思います。

>No.9 bamboo さん
当然ご存じでしょうが、医療者以外の方のために・・。
症例報告(いわゆるCCやCPC等も含む)はレトロスペクティブに見て医師が勉強する場です。自分が例えできなくてもそれを教訓とするのが目的ですから正しい意見であれば何を言っても良いのです。未知の世界を切り開くわけですから当然です。
ただ、それが裁判の証拠として用いることができるかというとできません。なぜなら医療過誤における過失はプロスペクティブに見ていかなければ何も解決しないからです。そのときは未知だったけど今となっては既知であることを最低限の注意義務(少なくとも検察はそう表現しています)とするのはアンフェアであるばかりか、医療現場が萎縮してしまうことはここで散々述べられていますし、実際に昨年当たりから起きてしまっていますね。
私はこの最低限の注意義務の範囲がどれくらいなのかということに検察の勘違いがあるのではないかと思います。つまりこの事件での検察の言う最低限の注意義務はスーパードクターがやったらわかるだろう、あるいはレトロスペクティブに見ればわかるだろうということと同義です。しかし、普通の最低限の注意義務のレベルは、普通の医者あるいは大多数の医者ならわかるだろう、というレベルだと思います。

一つだけ言えることは(検察にも知ってもらいたい事実ですが)このレベルの過誤(過誤といったらいけないのかな?としたら不幸な結果とでもいいましょうか)で逮捕されうるし、有罪にもなりうるのであれば、全国の臨床医は今までやった医療行為の責任を問われた場合、逮捕されるようなこともほぼ全員やっているし、当然有罪になりうる。だから全国の医師たちが一致団結して検察を批判しているのです。

> No.26 Level3 さん

 コメントありがとうございます。

 私も、一般論として、医療措置の選択については幅というか裁量性が高く認められるべきであろうとは思います。

 ただ、今回のケースについては、検察や報告書は「まずAという方法を選択すべきだった」と指摘しており、被告人は、反対に「まずBを選択すべきだった」と反論しているわけでしょう。「AとBのどちらを優先するかは裁量の範囲内だ」という反論ではなく。すると、どちらかの見解が間違っているとしか思えないのですが・・・・。

  Level3 さんを含め、医師の方は「今回の検察官の主張はそもそも医学的におかしい」と主張されているのではなかったのですか? それとも、「検察官がそうすべきだったと指摘する方法も医学的に間違っていないけど、被告人のとった方法もまた適切であるから、責任を問うのは不当だ」というスタンスなのでしょうか。

>FFFさん
胎盤剥離と死亡とは因果関係がないという主張もしているようです。

剥離後、子宮収縮剤を打っても収縮しなかったため、あらゆる方法で止血措置を行い、血圧の安定と血液の到着を待って子宮摘出した。無事、摘出し、安心した時点で突然、心室細動がおき、蘇生術をしたが亡くなったもので、胎盤剥離の継続と死亡とは因果関係を認めがたい。

県立大野病院事件

素人としては、弁護側の主張が盛りだくさんな感じはするのですが、刑事裁判とはそのようなものなのでしょうか。つまり、クーパーを使うのが正当な医療行為であるというのならそれだけ主張すればよろしいでしょうし、胎盤剥離の継続と死亡とは因果関係がないというのであれば、それだけを主張すればよいと思うのですが、そんな単純なものでもないみたいですね。

> 癒着胎盤に関する文献などが検察側により証拠採用されなかったようなのですが(No.11 bamboo さま)

検察官は、弁護側が請求した書面による証拠を不同意にしたので、そのままでは証拠採用されません。

> 刑事訴訟と、民事訴訟では、文書の証拠の取扱いが異なり、
> 刑事の場合、理論的には、原則としてこの証拠能力がなく、相手方の同意等がなくては、裁判所に出せません。(No.13 L.A.LAW さま)

刑事訴訟法第326条1項 検察官及び被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述は、その書面が作成され又は供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、第321条乃至前条の規定にかかわらず、これを証拠とすることができる。

補足として、別エントリですが、刑事訴訟における証拠法則に関する一般的な説明がありますので、ご参照ください。
●業過致死無罪事件 No.2

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相手方が書証に同意してくれない場合にどうするか。
1.刑事訴訟法の伝聞法則の例外(相手の同意なしに証拠にできると定められている場合、刑事訴訟法第321〜325条)に当たる場合は、提出できる。
2.供述者・書面作成者を法廷に呼んで、内容を証言してもらう。

1.の点について。
学術文献は、「被告人の供述調書」や「被告人以外の者の供述調書」ではない、「その他一般文書」となり、その扱いは刑事訴訟法323条3号によります。

刑事訴訟法第323条 前3条に掲げる書面以外の書面は、次に掲げるものに限り、これを証拠とすることができる。
1.戸籍謄本、公正証書謄本その他公務員(外国の公務員を含む。)がその職務上証明することができる事実についてその公務員の作成した書面
2.商業帳簿、航海日誌その他業務の通常の過程において作成された書面
3.前2号に掲げるものの外特に信用すべき情況の下に作成された書面。

私は、学術文献は3号「特に信用すべき情況の下に作成された書面」とみるべきであると考えます。
常識的に、学者が学術文献に意識して嘘を書くとは思われません。
見解が誤っており学問的真理に合致しないことはあるかもしれませんが、専門的見解の当否を問うのに、素人である法律家が法廷で反対尋問しても容易に崩せるものではないので、その学説を論破している別の文献を提出する等、もっと効率的な戦術をとるべきでしょう。
わざわざ専門家を法廷に呼んで尋問するとすれば、当該事件に即した重要な意見書・鑑定書の作成者に限るべきであると考えます。

周産期医療の崩壊をくい止める会のホームページに掲載された第6回公判前整理(H18.12.14)の報告
「弁護団側から提出した証拠134点の殆どに対し検察側が不同意を示したため、裁判所の方から検察側に再考するようにとの指示があり」

裁判所は必ずしも学術文献を323条3号書面に当たるとは見ないのでしょうが、
学術文献の著者をいちいち尋問することには意味がないという問題意識は、同様であると思われます。

横から失礼します。

FFF様
>>医師の方は「今回の検察官の主張はそもそも医学的におかしい」と
>>主張されているのではなかったのですか?
治療内容について,「医学的におかしい」と主張した医者は居ないと思います.Level3様が繰り返し言われている事ですが,「どっちが正しい」という事は誰にも断言出来ませんから.

>>すると、どちらかの見解が間違っているとしか思えないのですが・・・・。
>>それとも、「検察官がそうすべきだったと指摘する方法も医学的に
>>間違っていないけど・・・
どちらかと言えば後者の「責任を問うのは不当」というのが医者側の多数を占めると思います.
どの方法が正しいとは言い切れない中で最良と思われる治療法を行っていても別の治療法の方が良かったのかも知れない,それは結果論でしかありません.鑑定をされた先生が行わない方法でも,K医師が行った方法だからこそ助かったという可能性も十分あり得ます.
それを考慮せず,「子宮を取っていたら助かった」と主張して逮捕・起訴に至った事について全国の医師が恐怖しているのだと思います(個人的には.一鑑定を根拠に検察が治療法を決定するが如き内容には,憤っているというよりも恐怖の方が強いです).
同様に,「どちらかの見解が間違っている」とも言い切れませんし,被告の主張である「Bを選択」というのは,検察側が「Aの選択が正しい」とと断定し,それを有罪理由としている事への反論であり,「Bの選択」も十分正しかった事から有罪理由には当たらないという事だと思われます.
有罪理由に反対する事なしに,「AもBも無い.何れも合理性がある.何れを採用するかは裁量の範囲内である」と言う主張をして,それが通るものでしょうか?

何れにせよ,医者が「正しい・正しく無い」を判断し得ない事を,検察が判断した事が全国の医師を震撼させた原因であり,単に「正しい・正しく無い」だけの問題では無いと思います.

>Level3 さんを含め、医師の方は「今回の検察官の主張はそもそも医学的
>におかしい」と主張されているのではなかったのですか?

FFFさん,
3Jさんが既にコメントされていますが,大多数の医師は同じ意見だと思います.しかしながら医師の中にも例えばK大学のU医師とかN大学の某教授のように一般の医師とは違う意見を述べる人間もいるわけです.(特に大学人にそのような変わり者がいるのですが.)それも含めて先のような書き方をしたわけです.

僕自身は、K医師の治療が妥当であったかどうかを判定する能力はありません。
検察の主張する方法が医学的に間違っており、K医師の方法が正しいとは主張しません。
何故なら自分自身は内科医であり、今まで1件の帝王切開も手がけたことなく、実際にデシジョンメーキングをする立場になったこともないからです。
文献を読めばある程度のことは理解できるでしょうが、それは所詮紙の上の知識だったり、その場を知らない素人の考えであるわけです。

そんな僕が何故このK医師の治療が妥当だと言えるかといえば、それは信頼できる複数の産科医が口を揃えて、あの治療は妥当である、少なくとも大きく間違ってはいないと言うから。しかもそっちが多数派です。(もちろん産科医-1さんのように逆の意見の方もおられます)。
すなわちあの場面でどの方針を選ぶのがベターかということは、学問的にも議論がある程度の問題ではあるわけで、少なくとも国家が刑罰という手段を用いて罰しなければいけないほどにあからさまに間違った行為ではないということです。

教科書の記述なんかをもとに断罪するのは(そういうジャーナリストもおられましたが)、将棋の入門書を片手に名人戦を評して、「桂馬より飛車のほうが価値が高いのだから、あの場面で桂馬をとったのはおかしい」とか言っているレベルな気がしてます。


これだけネットとかでも、いろいろ騒がれていて、問題だって言われているのに。
まだマスコミは、医者が悪者でミスをしたから、患者が死んだって立場なのが残念ですねー。
一体どうしたらよいんでしょうかねー。

>立木 志摩夫 さん
そんな僕が何故このK医師の治療が妥当だと言えるかといえば、それは信頼できる複数の産科医が口を揃えて、あの治療は妥当である、少なくとも大きく間違ってはいないと言うから。しかもそっちが多数派です。(もちろん産科医-1さんのように逆の意見の方もおられます)。

「あの治療は妥当である」の中に、胎盤を剥がすのにクーパーを使った「治療」も入るのでしょうか。立木さんの信頼出来る複数の産科医さんたちは、胎盤を剥がすのに、クーパーを使うと言っているのでしょうか。 

私の知っている産科医の中で、胎盤を剥がすのにクーパーを使うと言う者は、聞いたかぎりでは、居ないのですが。

もし、指で剥がせなかったら、そこで剥がすのはあきらめて子宮摘出に進むか、どうしても剥がしたいのなら、十分な輸血の準備をしてから(胎盤が子宮に付着している間は,胎盤剥離面からの出血はそれ程ありませんから、輸血準備のための一〜二時間程度なら待つことは可能だと思います)、胎盤をクーパーで剥がしに行くのか、どちらかではないでしょうか。

大出血した場合の準備なしに、指で剥がれないような癒着胎盤を,クーパーで剥がしに行くのは、無謀というものです。


>すなわちあの場面でどの方針を選ぶのがベターかということは、学問的にも議論がある程度の問題ではあるわけで、少なくとも国家が刑罰という手段を用いて罰しなければいけないほどにあからさまに間違った行為ではないということです。

僕も、これがなぜ刑罰になったのか、確かに判らない所はありますが、もしこの医師が、その帝王切開で cesarean hysterectomy の可能性を考えていたにもかかわらず、そんな手術は初めてだとしたら、それで母体死亡となったとしたら、青戸病院事件のように、刑事事件となっても仕方ないかと思います。 

前にも書いたと思いますが、これは緊急手術じゃなく予定手術だったのですから、なぜ、もっとベテランの医師と二人でしなかったのでしょうか。呼んで、二人で手術していたら、母体死亡はなかったかも知れませんし、もし同じように死亡していたとしても、こんな大事件にはならなかったと思います。

産科医-1さんこんにちは。

ということは産科医-1さんの周りの産科医の方々は皆さん、「あんな治療法は明らかに間違っている、逮捕・起訴はともかくとしても、産科医としてまったくなってない」というご意見なのですか??


産科婦人科学会や産婦人科医会の公式見解は多少違いますが。
例えばクーパーの件については次のように述べられていますよね。
http://www.jsog.or.jp/news/html/announce_17MAY2006.html

「本件のような帝王切開例における胎盤の癒着部を剥離せしめる手段としては、用手的に行うことだけが適切ということはなく、クーパーをはじめ器械を用いることにも相当の必然性があり、この手技の選択も当該医師の状況に応じた裁量に委ねられなければ、治療手段としての手術は成立し得ません。 」

ちなみに、僕が信頼している産科医さん方にも多少温度差があって、俺もたぶんそうした・それがベストだと思うから、うーん難しいね、その場になってみないと、まで色々です。

>私の知っている産科医の中で、胎盤を剥がすのにクーパーを使うと言う
>者は、聞いたかぎりでは、居ないのですが。
>
>もし、指で剥がせなかったら、そこで剥がすのはあきらめて子宮摘出に
>進むか、どうしても剥がしたいのなら、十分な輸血の準備をしてから(胎
>盤が子宮に付着している間は,胎盤剥離面からの出血はそれ程ありません
>から、輸血準備のための一〜二時間程度なら待つことは可能だと思います
>)、胎盤をクーパーで剥がしに行くのか、どちらかではないでしょうか。

産科医−1先生,
外科手技(使う道具etc.も含め)は施設というか大学によって非常に異なります.麻酔科医からみますと,多くの外科医(外科系各科の先生)は非常に狭い範囲の同業者の手技しか知らないように思われるのですが,違いますでしょうか?他大学医局の先生たちの手技をみる機会は非常に限られているように思われます.
我々麻酔科医は色々な施設(大学医局の異なる)の先生たちの手術をみています.外科手技は本当に千差万別です.こんな方法もあるのか,と思うこともしばしばでした.麻酔科医の行なう麻酔の方法や色々な手技の方法も大学により非常に異なります.たまに他大学の手術室をみせてもらう折にそこの麻酔の方法もみることがありますが,やはり自分の大学の方法とはかなり異なっていることもしばしばです.

いろいろな方法があってしかるべきであり,その方法にある程度の理論的根拠が認められるならそれは容認されるべきであると思います.臨床手技はある意味ではスポーツなどにも通じるものがあります.ひとつのことを行なうにも各種のアプローチがあるわけで,その一つのみが「正しい」とは言えないと思います.

様々な、問題を孕んでいる公判です。
1 医療の不確実性とプロスペクティブ性に反する検察側の結果責任からの『過失』認定
2 加藤医師が行った診療過程の優秀さ妥当さをどうやって裁判で非医療者に説得するか。
3 偶発症回避に伴う予備的リソース(人材、設備、血液製剤等)の採算性と社会的期待度
4 産科施設の統合化と地方出産難民救済策との両面における行政的整合性
5 医学医療界が総反発する不当逮捕事件を、公判維持しようとする検察側の政治的意図
  (日本医学会長・日本学術会議会長連名の無罪主張、医師会、産婦人科学会、各種医療団体)

これらの点については、過去に論議され、それなりに既に論点整理されています。
この不当逮捕事件には、別個に重要な歴史的意義があります。それは

この不当逮捕事件が、正当に迅速に判断されたとしても、産科医療の崩壊は押し止まらない。 献身的な医療は今日の日本では、もはや行うべきではないし、長い目で見て、中途半端な手打ちは、勤労医の為にも社会の為にもならないだろうという、焼け跡後を模索する決意を大量の医師が行う契機となった事件である ということです。

私自身もこの事件への、社会(マスコミ、検察、国民)の対応で、決定的に眼が覚めました。

">事故調査委員会の報告書の読み方について。

> 「総合判断」を素人が読む限りでは、医師に過失があったとしか受け取れないような内容になっていると思います(No.22 しま様)
> さっそく読んでみましたが、予想以上にアッサリした報告書でびっくりしました(No.23 FFF さま)

私はこの報告書を逮捕直後の平成18年3月初旬に読みましたが、しま様とは逆に、<過失を認めていない>という印象を受けました。
だから、検察が起訴した時には、この報告書と異なり、過失を根拠づけるに足りる見解を、別の医師から手に入れることができたためだろう、と思ったほどです。
医療事故報告書を多数読み比べた経験があるわけでないのですが、これが本当に過失を認めた内容なのかどうか、今もって疑問です。

本件報告書が過失を認めていないと私が思う根拠は、
第一に、「過失」という言葉は一つも使っていない。
「こうすればよかった」という指摘事項はいくつかありますが、事故要因の分析した後で「結果的に」言えることであって(「“結果として”血液は不足していた。」等)、
医師がそれをできなかったことに対する非難の調子は全く見られません。どちらかといえんば、難しい症例に当たって気の毒だったね、という同情的なニュアンスを感じました(「マンパワーの不足が“痛感される”」)。
そして、今後に本件のような症例に当たった場合はどう対処すべきかという具体的な指針が、欠けている。最終的な結論部分「第5 今後の対策」では、事故要因として上げられた事項とはあまり関係なさそうな一般的な方法論や、実現可能性の薄いような、言ってみればリップサービス的な改善策が並んでいるだけで、あれあれ?と思いました。もし、本件の医師の行為が誤りであったというなら、今後はそれをしないようにということを、強く打ち出すべきではありませんか。

裁判で争点となっているクーパー使用については、
「クーパーを使用する前に剥離を止め子宮摘出に直ちに進むべきであったと考える。」としつつも、続けて「しかし妊婦は20歳代と若く、子宮温存の希望もあったため、子宮摘出の判断に遅れが生じたと考える。」と言い訳めいたことを書いており、
そうすると、調査委員会の判断としては、この情況の下では、剥離を続けたことはやむを得なかったと認められ、法的な過失とは言えない、という流れになるだろうと思いました。

この報告書をそのような趣旨に理解するならば、民事賠償については、
病院に明確な過失はないから損害賠償ではないが、生じた結果が大変お気の毒で、医療側も上手くすればもっとよい方法を取り得たということはあるので、「見舞金くらいは出してやれ」。
まして、これを根拠に刑事責任を問えるとは、考えられないのです。

この報告書の理解の仕方についての疑問を、匿名掲示板のほうで投げかけてみたことがありますが、みなさんの関心を引くことなく流されました。
報告書は過失を認めたものという読み方が普通なのでしょうか?

>この報告書の理解の仕方についての疑問を、匿名掲示板のほうで投げ
>かけてみたことがありますが、みなさんの関心を引くことなく流されまし
>た。報告書は過失を認めたものという読み方が普通なのでしょうか?

事故調査委員会の報告書は、洗練された物ではありません。
この報告書を、検察に悪用されるだろうという警戒心もなく、ただ、患者遺族への配慮の(保険金支払い)こもった報告書だなあというのが感想です。

事故報告書記載にあたっては、様々な機関から証拠として引用されることを自覚して、正確正当で、制約のあるものを書かねばならないということを、この事件で、全国の病院長が学んだ教訓ではないでしょうか?

この報告書は、深読みする内容の重要性はないけれど、裁判では深読みされるでしょうね。

>YUNYUNさん
そもそも調査報告書としての体をなしていないと思いますし、この報告書から何らかの教訓が得られるとは思いません。また、「検討内容」が「総合判断」にどのように反映されているのかも分かりません。

それはそれとして、私は下記のように解釈しました。つまり、報告書中の「○○するべきであった」を、全て過失と解釈しているわけですし、結論の部分である総合判断を他の項目よりも重視しています。

出血は子宮摘出に進むべきところを、癒着胎盤を剥離し止血に進んだためである。胎盤剥離操作は十分な血液の到着を待ってから行うべきであった。

子宮摘出が正しい方法。癒着胎盤の剥離を選択した事は過失。癒着胎盤を剥離するというのなら、血液の到着を待って行うべきであったが、これも怠っていた。


循環血液量の減少は輸液(輸血も含め)の少なさがある。他科の医師の応援を要請し輸液ルートを確保して輸液量を増やす必要があった。

他科の医師の応援を要請しなかったことは過失。

 しまさん、

 ある産婦人科医の先生の公判についての私見と、県立医大の佐藤教授の「福島県立大野病院の医師逮捕は不当」をよく読んでください。

 剥離するまで癒着胎盤かはわからない。剥離を始めたら途中でやめることは困難だし、胎盤を残したまま子宮を摘出することは一般的ではないようですが。

 また他科の医師を応援するのは外野にいた院長の役目でしょう。あふれ出る出血の中必死に戦っているなかで返事ができなかった、それでも言い方によっては「助言を拒否した」ということになるのでしょうかね。

>元研修医さん
弁解めいて申し訳ないのですが、報告書をどのように解釈するかどうかの話であって、私自身がどう思っているかはまた別の話です。

私は医療従事者でもないし、その場に立ち会わせたわけではないので、医師の判断や行動を批判出来る資格はないと思っています。ただ、裁判の推移を見守るだけです。

証拠採用の件、お答えくださった皆様、ありがとうございました。
結局、司法と科学のスタンスの違いなんでしょうかね。

学会で根拠を問われたら、文献を引用してみせれば済みます。
著者を呼んでこいという奴はいません。

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