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 前回、「刑事裁判では書面は原則として証拠として使えません。」と書きました。
 何故でしょう?
 その理由をできるだけ分かり易く説明してみます。
 分かりやすさ優先ですので、専門家からの突っ込みは看過できないほど重大な誤りに限定してください。

 ここで「証拠」とは主として事実認定の資料です。
 どういう事実を認定するための証拠かと言いますと、起訴状に書かれた事実(犯罪事実)と検察官が冒頭陳述で述べた犯罪事実の詳細及びその前後の状況と考えてもらえばいいです。
 証拠には物証(証拠物)と書証(書面)があります。

 物証の典型は、殺人事件の凶器たるナイフなどです。
 そのナイフに被告人の指紋が付いており、被害者の血液が刃の根元付近まで付着していたりすれば、ナイフは何もしゃべりませんが、被告人の犯行を語る超強力かつ雄弁な証拠になります。

 書証の典型は、供述調書です。
 供述調書はどのようにして成立するかを、最も分かりやすい犯行目撃者の供述調書を例にとって説明します。
 まず捜査官が目撃者から目撃状況についていろいろ質問します。
 何時、どこで、何を見たか、について具体的に質問するのです。
 そして、目撃者が説明した内容を捜査官が文章化してそれを調書に取りまとめた書きます。
 そして、捜査官が書き上げた文章を目撃者に読んで聞かせてその内容が間違っていないかどうか確認し、目撃者が間違いないことを確認したら、調書末尾に供述人である目撃者と書面作成者である捜査官が署名押印して供述調書として成立します。

 目撃者自身が記載内容を確認していますので一見すると正確性が担保されているようですが、実は正確性の担保はかなり怪しいのです。

 まず、目撃者の記憶の信頼性が問題になります。
 突発的な事件では、そもそも記憶自体があいまいな場合があります。
 ところがそれを文章化すると、明確な記憶であるような表現になったりします。
 目撃時から調書作成時まで日時が経過していれば記憶が変容したり曖昧になったりします。
 それも文章化すると確固たる記憶に基づく供述のように見えたりします。
 
 次に、記憶の再現性が問題になります。
 まず、目撃者が自己の記憶を言語化しますが、目撃者の表現力には個人差があります。
 さらに、目撃者の言語表現を捜査官が理解するのですが、ここにも誤解やニュアンスの伝達が十分でない可能性が生じます。
 そして、捜査官が自分の理解した目撃状況を文章化することになりますが、その際には捜査官の文章表現力の巧拙が影響してきます。
 最後に目撃者が作成された文章の内容を確認しているのですが、素人の目撃者に表現の正確性や厳密性を要求するのがもとから無理な話ですので、結果的にかなり不完全な確認にしかなりません。

 供述調書は以上のようなプロセスで成立しますので、目撃者の記憶の再現性という観点でいいますと、目撃者自身は一生懸命正直に話したとしても、その正確性が十分担保されているとは言えないのです。

 供述調書にその問題性が最も分かり易く露呈しますが、これは目撃者自身が作成した書面(陳述書)であっても、目撃者の話を録音してそれを正確にテープ起こしした書面であろうと本質的には変わりません。
 その理由は、目撃者の記憶の正確性が確認されない、目撃者の表現の正確性が担保されない、という重要部分において供述調書と同様であり、場合によっては供述調書より劣るからです。

 では目撃供述の信用性はどのようにして確認されるのか。
 既にお分かりの方も多いと思いますが、現在、供述の信用性判断のために最も有効かつ現実的な方法として採用されているのが、供述者を証人として法廷に呼び出し、反対尋問によって検証する方法です。

 検察官側の証人について説明しますと、まず検察官が証人に対して質問をします。これを主尋問といいます。
 主尋問に対して目撃証人が、
 「犯人は、赤い服を着ていました。
  犯人はナイフで被害者を刺しました。
  犯人は、この法廷にいる被告人に似ています。」
と証言したとします。

 これに対して弁護人がその信用性を確認するため(本音で言えば信用性を失わせるため)に行う質問が反対尋問です。
 例えば、
 「赤い服と仰いましたが、どんな赤ですか?真っ赤ですか、ピンクですか、ワインレッドですか?
  そのときの明るさはどの程度でしたか?色が分かるほど明るかったのですか?
  犯人と被告人が似ているといいましたが、どこがどのように似ているのですか?そもそも顔は見えたのですか、どの程度見えたのですか、あなたの視力は?」などなどです。

 それに対して証人がどのような答をするのか、を総合的に判断して裁判官がその信用性を判断することになります。

 ところが、書証の最大の問題は反対尋問による信用性確認が不可能であるということです。
 書面に対して、いくら大声で質問しても書面は何も答えません。当たり前ですね。
 ですから、刑事訴訟法は、書面は原則として証拠にならないとしたのです。
 これを伝聞法則といいます。
 情報伝達過程として見た場合、又聞きになるので、もともとの情報ソースに対して直接確認ができない証拠については証拠能力(証拠として用いることができる資格)を認めないということです。

 但し、書面の内容が常に信用できないわけではありません。
 証拠請求された相手方から見ても、その内容に問題はない、あるいは少々問題はあるが証人尋問を行うとより重大な問題が生じるような場合には、相手方の判断で証拠とすることに同意すれば、それを証拠とすることができることになっています。
 本件の弁護人もここで悩まれたわけですが、検察官提出の重要書証を不同意にするということは、その書証の作成者または供述人に対する証人尋問が行われることを意味しますから、そうなった場合のあらゆる観点からの検討が必要になるわけです。

 以上が、供述調書を典型とした一般論です。

 しかし、書面にはいろいろなパターンがあり、パターンに応じて伝聞法則の例外が認められています。
 次回は、本件において検察官に対する批判の多い学術文献の不同意について考えてみたいと思います。

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コメント(8)

補足したい点です。
1 伝聞とは、裁判所にとって伝聞ということです。
  ですから、証人が直接裁判所で証言すれば伝聞証拠ではなくなります。
  逆に言えば、その証言が信用できるなら「証拠」として事実を認定できることになります。
  よく「物証がないのに証言だけで認定されてはたまらない」と言う人がいますが、証言だけで認定できる場合もあり、それは伝聞証拠排除の問題ではないことを理解しておくべきです。
2 AはBから「Cは犯行時刻に現場にいて見ていたと言っていた」と聞いた。Aが証言してもBからの伝聞だから「Cが現場にいたこと、見ていたこと」の証拠にならない。
 Aを裁判所、Bを捜査官(警察・検察)、Cを供述者と置き換えれば、Bは直接Cから聞いていても、そしてその調書をとっていても、依然としてAにとっては伝聞。つまり、捜査官は伝聞証拠をせっせと作っていることになる。
3 医学の文献も法的には同じことになりますが、検察官として実際にそこまで徹底するか、他の方策を採るかは、結構差があるのでしょう。

御殿場事件が再審されるようですね

モトケンさんの説明通りなら、どうして自白偏重の冤罪が起きるのだろうか、という疑問がむくむくと。(^_^;)

それはさておき、文献編、楽しみに待ちます。

覚えていらっしゃるでしょうか?
以前に一度、コメントさせていただいた者です。

> そして、捜査官が自分の理解した目撃状況を文章化することになりますが、その際には捜査官の文章表現力の巧拙が影響してきます。

これなのですが、捜査官が、書面を途中ですりかえる、といった類もこれに分類されますか?

>捜査官が、書面を途中ですりかえる(No.4 くう 様)

それは証拠の捏造であり、明白な違法捜査です。
裁判に提出された証拠が捏造品であることが判明すれば、当然、それは証拠能力が無いものとして、裁判の基礎から排除されます。

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モトケンさまが指摘されているのは、
捜査において収集される証拠というものは、たとえ捜査官が真面目に、適法な捜査を遂行したとしても、
本質的に、(歴史的)真実と齟齬する危険性をはらんでいるということ。
そして、いわゆる「伝聞証拠」は特にその危険が高いために、刑事訴訟法では限定的にしか、その証拠能力を認めない、としているのです。

>YUNYUN さん

 適切な解説ありがとうございます。

 調書の捏造、変造は伝聞法則以前の問題ですね。
 適法に作成された調書は一定の要件のもとに証拠能力が認められますが、違法に作成された調書はその余地がありません。

 偽変造防止のために、被疑者に指印で調書に割り印をさせる取扱も増えてきたようです。

> YUNYUN さん
す、すいません。
本当は違う意図があったのですが。申し訳ない。
その通りですね。
勉強になりました。
また、よろしくお願い致します。

くうさん

本当はどのような意図であったか説明していただければ幸いです(別に非難しているわけではありません。単純に我々が気づいていない問題点があれば指摘していただきたいと考えただけですので。)。

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