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裁判員制度 「参加したくない」8割 責任重い/判断に自信ない(ヤフーニュース 2月2日8時1分配信 産経新聞 キャッシュ

 裁判員を務める場合の不安(複数回答)に関しては「被告人の運命が決まる責任を重く感じる」が64・5%でトップ。

 まじめに裁判員制度を一度でも考えたことのある人なら責任を感じるというのは当然のことだと思います。
 
 私が検事になって初めてバッジをつけたときに、その重さをひしひしと感じました。
 私が初めて起訴状に署名したとき、手が震えそうになり何度もペンを持ち直しました。
 裁判員制度の導入が決まり重大事件がその対象になると知ったとき、真っ先に頭に浮かんだのは死刑事件を担当することになった裁判員の皆さんにかかる重圧のことでした。

 この制度の導入を決定した人の中で、いったい何人がこの「責任の重さ」に思いを致していたのか?
 はなはだ疑問です。
 

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コメント(14)

>この制度の導入を決定した人の中で、いったい何人がこの「責任の重さ」に思いを致していたのか?
 
 作った勢力は、裁判の公平さを保つためという理由でほとんどが「就職禁止規定」に引っかかる職種です。さらにその責任の重さを分かっているはずの弁護士などの法曹関係者もいるのだから極めて悪質です。

責任の重さは相当なものだと思いますが、日本では主権者の権利というものは軽く見られており、お上から与えられたと義務として考えがちですが、本来は逆なのでは?

司法権を行使できるのは本来は主権者である国民だけなのでは?

検察官や裁判官は主権者である国民の代理であり、主権者自身がその権限を行使するようになると言うのが裁判員制度の大きな考え方なのではないでしょうか?

>よしひろ41さん

 理念が正当だとしても、それが現実的に機能しなければ結果的に状況がより悪化する恐れがあります。

つまり、今後国民は個々の事件の量刑には不満を持たず、プロの裁判官の意見を肯定すると言うことなんでしょうから、その事が明るみになっただけでもいいことだと思います。


「なぜこの事件が死刑じゃないんだ」とか「これだけの事でなぜ無期懲役なんだ。裁判官は甘すぎる」とか「この死刑は不当に重い」とか、その辺りに文句を付けることは、安全地帯に立っているから不満を言うことができたに過ぎないのですね。

この制度で世間の有罪推定主義が少しは緩和されれば良いのですけど、確かに「劇薬」ですからねえ。量刑が重い場合には逃げ出す人が出てくる可能性はありますね。みんな突然、死刑廃止論者になるとか。

まあ、ここまできたら、まずはやってみるしかないように思いますです。

元記事にも少しつっこみを。

刑事裁判への参加意識では、「参加したい」はわずか5・6%で、「参加してもよい」も15・2%にとどまった。最も多かったのは「あまり参加したくないが、義務であるなら参加せざるを得ない」の44・5%。これと「義務でも参加したくない」(33・6%)を合わせると78・1%に上る。

「あまり参加したくないが、義務であるなら参加せざるを得ない」を「参加したくない」と解釈してますね。産経新聞は裁判員制度に反対なのでしょうか。

被害者も刑事裁判に参加できるようになるようで、
なんか、下手すれば
「裁判員を早く泣かせた方が勝ち」合戦になる、鴨。

産経に限らないのですが、この種のアンケートをする際には「裁判員制度に意義を認めるか」と言う設問も付けて欲しいです。「俺が裁くのは嫌だけど、俺以外の誰かが司法に参加することはとてもいいことだ」と思っている人もかなり多いと思うのです。

しまさん(No.4)

激しく同意です。裁判員制度を知った直後は「はぁ?おかしな制度を作りやがった。」と思ったのですが、だんだん「チクショー、法曹はうまいことやりやがって!」という思いに変わりました。

別のエントリのコメントにも書きましたが、裁判員制度に倣って、医療員制度の創設を切に希望します。

>No.9 峰村健司 さん

 裁判員制度は国民(の一部または多く)にとって面倒なことかも知れませんが、法曹のほとんどにとっても楽なことではありません。

 よって、「チクショー、法曹はうまいことやりやがって!」というのは法曹から見ると、当たっていません。

>モトケンさん
「うまいことやりやがって」の認識がいささかちがうのかと思われます。裁判員制度によって、法曹と国民が同じ土俵(土俵の一部分かとも思いますが)に上がったのに対し、意志と国民とは同じ土俵に上がっていないと言うことなんだろうなと思います。

自己責任の時代のロビー活動が議論の出発点になると思いますが、裁判員制度の導入によって、国民が司法を(無制限に)批判する時代は終わりました。司法というか、裁判官の量刑に文句を言うのであれば、その文句がそのまま国民に降りかかってくる時代になったと思います。

他方、医療行為に関しては、医師は国民に無制限に言われっぱなしです。その意味で、峰村さんは「法曹はうまいことやりやがって」と想われたのではないかと邪推いたします。

モトケンさん、しまさん

現場が苦労されることはまさしくその通りだと思います。
私の思いとしてはしまさんのご指摘に近いです。表現することが難しいですが、「法曹は裁判員制度を国民に突きつけることによって、法曹の崇高さというか尊さを絶大にアピールし、一般国民には容易には手出しできるようなものではないのだということを知らしめることが出来てうらやましい」といったところでしょうか。

ただ、検察審議会はそれなりに動いているんですよね。裁判員制度も実際に動き出したら世論もまた変わるかも知れませんね。

やることを決めているのに、参加したいか参加したくないかって聞く意味あるのでしょうか。
たとえば、税金を納めたいか収めたくないかと聞けば、誰だって納めたくないのでは?
誰だって、金のある人から取るのはいいが自分は嫌だ、となるのでは?
聞くなら、端的に参加するかしないか、法改正して裁判員制度をやめるべきかどうか、と聞くべきでしょうね。

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