エントリ

 警視庁などによると、警察官は同駅前の板橋署常盤台交番に勤務する宮本邦彦巡査部長(53)。宮本巡査部長は、交番にいた際、「線路内に入り込んだ女性がいる」と通行人から通報を受けた。いったんは女性を交番に連れてきたが、女性は交番から出て行って再び踏切に立ち入ったという。

 女性は警報機が鳴り出しても立ち止まっていたため、警察官は後を追って線路内に入った。踏切に隣接した駅ホームの下にある待避スペースに女性を移動させようとしたが間に合わず、2人ともホームに入ってきた電車に巻き込まれたという。

 女性に関する情報が何もないのでいろいろな憶測が可能ですが、女性を交番から出て行かせたことの当否は問題になるかなと思います。

 しかし、敢えて言えば、この警察官は自分の身の安全を守って欲しかったです。
 そして、警察官がそのような行動を取ったとしても、それを批判すべきでないと思います。

続報追記
踏切のセンサー、作動せず 東武東上線ときわ台駅事故(asahi.com 2007年02月07日12時12分)

追記(東京新聞特報)
現場警察官に聞く職場事情キャッシュ

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コメント(52)

 今はただ、宮本邦彦巡査部長の一日も早い御回復をお祈り申し上げます。

 どうか、神仏の御加護のありますように。

その他の新聞報道などを見る限りでは、

1.交番に保護した後、女性が逃げ出した
2.線路上に進入してからも、保護しようとした警察官に抵抗した
3.ホーム上の乗客が女性の救助に協力しようとしたが、これも本人(女性)が拒否したため、ホーム上に引き上げることができなかった

といった情報が入っています。

結果論ではありますが、この場合、まず、非常停止ボタンを押して、列車を抑止することが先だったように思います(あくまでも結果論で、その場に居た訳ではないので、実際には対応できたかどうかはわかりません)。

No.2 成田の近くの住人さん

この場合非常停止ボタンを押すべきは当事者たちではなく、ホームに居た乗客や駅員でしょうね。
警察官の判断は間違っていないと思います。

 「我が身を危険に曝しても市民の安全を守れ」という教育が警察学校でされていると聞いたことがあります。
 この方は、(遮断機が下りた状態だと、ものの1分程度で電車が突入するから)非常停止ボタンを押していては間に合わないので、やむを得ず飛び出されて事故にあったのかも知れません(想像)。あるいは人命救助の緊急性から先ずは身柄確保(保護)を優先選択されたのかも知れません。
 いずれにしろ、人命救助で事故に遭われたのですから、一日も早い重態脱出〜症状安定〜ご回復……職場復帰を念じて止みません。

残念ながらお亡くなりになられたそうです。

件の女性には、言いたいことは山ほどありますが、勇気ある警官の死を無にすることだけは絶対にしないで欲しいと思います。

宮本邦彦巡査部長のご冥福を心からお祈りします。

警察官として、市民の生命身体を守るため己の身を顧みず職務に殉じられた宮本巡査部長の御冥福を心から祈念いたします。
警察官として自分が何を為すべきか、果たして自分が同じ状況において、宮本巡査部長と同様の職務を遂行できるのか、警察官としての本分を改めて顧みることとなった事案でした。


宮本巡査部長に 合掌 _| ̄|○  ○| ̄|_ 黙祷

 國としては、職務への自己犠牲を賞賛するばかりでなく、鉄道会社やメーカーに働きかけて再発防止策を検討するのが供養というものではないかと思います。

私も、rijinさんの御意見に賛成です。お悔やみも良いのですが、それよりも、「どうしたら類似例が防止できるか」という方策を探求することが、亡くなった方の供養になると思います。

もしかしたら、線路なり駅の構造が○○であったらなら、助かったなどというアイディアも出てくるかもしれません。最近では、ホームの下に逃げ込めるようなスペースが作られつつあるようですが、空間の広さ(大きさ)は十分なのでしょうか。

>警察官として、市民の生命身体を守るため己の身を顧みず職務に殉じられた宮本巡査部長

この警察官の方が独身であるならば、まだ話は分からなくもないですが、奥さんやお子さんがいらっしゃるにも関わらず、「己の身を顧みない」というのはいかがなものかと思います。彼の行動がたとえ社会にとって「正義」であったとしても、必ずしも家族にとって「正義」であるとは限りません。

 私の感覚は福田さんに近いです。

 さらに言えば、警察の組織原理としても、警察官は死んではいけない、と思います。

 本文でも書きましたが、宮本巡査部長の行動を批判しているのではありません。
 自分の身を守るという選択肢を批判していはいけないという意味です。

 しかし、亡くなられたことは本当に残念です。
 心からご冥福をお祈りします。

No.12 モトケンさん

> 自分の身を守るという選択肢を批判していはいけないという意味です。

全くその通りだと思います。
しつこいですが、同様に、延命治療中止を中止した選択肢を批判してはいけないと思うのです。

>No.12 モトケンさん
>さらに言えば、警察の組織原理としても、警察官は死んではいけない、と思います。

なるほど。社会にとっても必ずしも「正義」であるとも限らないということですよね。ところで以下のリンク記事によると、首相が「危険を顧みずに人命救助に当たった方を首相として、日本人として誇りに思う」と述べたそうですが、社会のために自ら犠牲となることが美徳となるようなメンタリティって、戦時中を彷彿とさせて違和感がありますね。首相はさらに「お父さんを見習って頑張ってください」と声を掛けたそうですが、妻子を守るという「正義」を捨て、社会の「誇り」とやらを優先させるような大人には決してなって欲しくはない、というのが正直なところです。
http://hochi.yomiuri.co.jp/topics/news/20070213-OHT1T00160.htm


 私のような意見は、一歩間違うと(揚足を取られると)亡くなられた警察官批判に聞こえてしまいますので、政治家としては言えないだろうと思います。

 しかし、警察官の名前を間違えたのはいけませんね。
 政治家として失格と思われそうで・・・

福田様と私は随分価値観が違うようですね。

>「己の身を顧みず」

感熱紙様の言葉ですので、他人である私がとやかく言うことは適切ではないかもしれませんが、「己の身を顧みず」という意味は、「死んでもいい」「わが身を捨てる」とは意味が違うと思います。

宮本さんは、最後の最後まで二人の命(女性と自分)を助けようとしていたのではないかと思います。確かに、モトケン先生のおっしゃるように、わが身を守るためにぎりぎりのところで手を離すという選択肢もlあります。それは責めてはなりませんし、そうしてほしいという思いもあります。

しかし、目の前に助けが必要な人がいて自分しか助けられない、自分が手を離せば終わるとした場合、しかも自分にも危険が目前に迫っていて、冷静に熟考できない状況の中では、手を離せない場合もあることも理解できます。これは理屈ではありません。人間、ぎりぎりのところで理屈では死ねないものです。家族のことを考えていない、大事にしていないこととは別のものだと思います。

今回の事件は、責任感、使命感が強かった警官が、ぎりぎりまで二つの命を助けようと全力を尽くし、結果として不幸にも事故に遭遇したのだと思っています。

宮本邦彦巡査部長のご冥福をお祈りいたします。ご遺族に幸多かれと祈念いたします。

No.16 じじいさんのコメントに大きく頷くとともに大同感します。

また、No.9 rijin さんのコメントにあるように再発防止の策を講じないとなんにもならないと
思う次第です。線路の全部カバーするようなセンサーをつける。動くものを感知すれば、警報の発報と停止信号の発報を連動させるというようなのは、どうでしょうか、素人考えで駄目でしょうかね。費用がかかりすぎなら、駅付近と踏み切り付近にだけ、センサーをつける等々。
とにかく事故が風化しないうちに衆知を集めて、再発防止をやって欲しいです。

>門外漢さん

線路の全部カバーするようなセンサーをつける。動くものを感知すれば、警報の発報と停止信号の発報を連動させるというようなのは、どうでしょうか、素人考えで駄目でしょうかね。

素人考えで言えば、線路にものを落としたとか、枯れ葉が落ちたとか誤作動が頻発する可能性がありますね。また、遊び半分で線路に落ちたりする大人や子供も登場しそうです。

その辺りをどうクリアするかでしょうね。

>No.16 じじいさん
>家族のことを考えていない、大事にしていないこととは別のものだと思います。

そうです。別ものです。だから私は『彼の行動がたとえ社会にとって「正義」であったとしても、必ずしも家族にとって「正義」であるとは限りません』と申し上げたのです。結果的にこの警察官の方は『社会にとっての「正義」』を選択したわけです。そして世間もまた彼のその選択を賞賛し、美談として扱っているわけで、私にはその感覚が理解できないというだけの話です。私ならまず何よりも『家族にとっての「正義」』を優先するでしょうから。

>私ならまず何よりも『家族にとっての「正義」』を優先するでしょうから。

 それは公務員法や警察法で許されてません。そんな優先価値観でやられたら緊急時や災害時の公務の執行は崩壊します。
 警察官らは、自己や家族の危険を顧みずにしても市民の安全を守る公法上の義務があるからです。
 大震災が来て、家族が重症だからと職場離脱が認められない災害対応公務員と同じです。
 もちろん緊急避難や正当防衛で自己らの生命身体の安全を守る権利はあります。
 しかし警察官(消防士や救急隊員)は、自己の危険を承知で危険な現場で公務を執行するという特殊な義務があることをお忘れなく。
 9.11の現場が危険だからと行かなかったレスキュー隊員や警察官がいましたか?
 殉職された方だって要保護者と自己の生命身体を守るために、一生懸命ホーム下窪みの避難地帯へ入ろうと努力されて殉職なさったのです。

この事件は本当にやりきれない。
やりきれないけれど、起こってしまった以上、自分のこととして考えてみたいと思う。
立場は三つだ。自殺志願者と警察官と周りで見ていた人々。

自殺志願者の立場にはならないだろうし、なりたくもない。
警察官になることもないだろう。
周りで見ていた人々の立場なら、今後なることもある。

迫り来る電車をものともせずに手を貸すことは出来ないだろう。
でも、踏切でもみ合っているときに手を貸すことなら出来そうだ。
誰かがそれをやっていれば、あのような結末にはならなかっただろう。
でも、普段からそのような意識がなければ、なかなか手を貸せないと思う。

宮本氏の死は悲しい出来事ではあるが、誉め称えたり悲しんだりしただけでは浮かばれないと思う。そこから何かを学び、何かが改善されなければいけないのだ。
bambooはぼんやりした傍観者にならないよう、常に意識することで宮元氏に応えよう。
ご冥福をお祈りします。

>No.20 ハスカップさん

公務員法や警察法のどこにも「自己の命を落とし、家族の将来を犠牲にしてまでその他の市民(あるいは国)を守らなければならない」という旨は書かれていないようです。特攻隊じゃないんですから、そんな価値観が現代において許されるわけがないでしょう。まず自分の身(しいては家族)の安全を守ってこその公務だと思いますよ。

>公務員法や警察法のどこにも「自己の命を落とし、家族の将来を犠牲にしてまでその他の市民(あるいは国)を守らなければならない」という旨は書かれていないようです。

 誰もそんなことは言ってません。
 一つ前の私のコメントを何度もよく熟読してください。
 結果と危険をきちんと区別して論じていることがわかるはずです。
 勝手に私の意見や法令を誤読されては迷惑千万です(cf.民商法の法人規定の無視)。
 それに貴方も「論理を摩り替えた印象操作だ」という疑いをかけられたくないでしょう。

私の言葉が足らずいらぬ誤解を生んでしまったようで申し訳ありません。
私自身も「自分の命を犠牲にして職務を遂行することが警察官の本分だ」とは思っていませんし、宮本巡査部長がそうであったとも思いません。
モトケン先生がおっしゃっていたとおり、警察組織内においても自己の生命を犠牲にするような職務執行は認められていません。
「受傷事故、殉職事案は最大級の不祥事」という言葉もあるくらいで、不幸にも殉職された方々は、供養や慰霊の対象ではあっても、決して英雄視するようなことはありません。
しかし警察法第二条第1項には、警察の責務として「個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当たること」をあげています。
そして地方公務員法第三〇条には服務の根本基準として「〜職務の遂行に当っては、全力でこれに専念しなければならない」と規定しています。
更に服務規程(各都道府県ごとに異なる規定が設けられていますが、文言は違っても大体内容は同じものです)には「職員は、職務上の危険又は責任を回避してはならない」と規定されています。
つまり警察官の場合は、危険な状況において職務を遂行する際には「自己の保身を優先してはいけないが、自己の生命を犠牲にするような職務執行もしてはいけない」ということを求められることになります。
警察官といえども人間ですから、自分を危険にさらすことに躊躇してしまうことはあります。
しかし、そこで逃げてしまっては警察官としての責務を果たしたとは言えません。
宮本巡査部長も決して自分の命を犠牲にして女性を救おうとしたのではなく、まず女性を救護し、それから自分も含めて安全な場所に待避しようとしたのでしょうが、それが上手くいかなかったのだろうと思います。
勘違いしていただきたくないのは、全国の警察官で宮本巡査部長の死を「名誉の殉職」と考えている者はおそらく一人もいないと言うことです。

話をそらしますが

>ハスカップさん

9.11の現場が危険だからと行かなかったレスキュー隊員や警察官がいましたか?

9.11の現場で多くの消防士が亡くなられた原因の一つには、そこが危険な場所と分かっていなかったという側面もあるみたいですね。なにせ、ツインタワーの中の消防士は、もう片方のビルが崩落したことさえ知らなかったそうで。

 私も話をそらしますが、当時の9.11レスキュー交信記録には「飛行機が激突して構造材が損傷し、過剰重量がビルの過負荷となっている。よって退避を最優先にして、退避後に医療措置に当たれ」という司令官の命令が残っています。

PS:私が念頭においた公法上の一般公務員や警察官の職務執行義務は、しまさんがご指摘のものです。私の昔のご同業と拝察します(オジギ。

誤記訂正です(No.26)

誤 : しまさんがご指摘
正 : 感熱紙さんがご指摘

引用を間違えて申し訳無いです(深くオジギ)。

あらためて殉職された方の御霊に敬礼。

>ハスカップさん
>9.11レスキュー交信記録

退避命令が出ていたという話は聞いています。無線さえ通じていたら、と思うのですが。ただ、被災地での無線とか、警察と消防の連携に関してはわが国も他人事ではないのでしょうね。

>しまさん
>警察と消防の連携に関してはわが国も他人事ではないのでしょうね。

 この点は地下鉄サリン事件の教訓が生きており、それぞれの総合指揮本部間だけでなく、現場指揮本部間でも迅速な連絡網が構築できるようになりました。自衛隊との連携は警察との間で行われて訓練もなされており、警察経由でレスキュー部隊と迅速な連絡ができるようになったそうです。

 本ブログの主題関連ですと、9.11の後、昔の同僚がわが国で同様の事態が起きた場合を想定して議論したとき、高機能救急車(ドクターカー)にお医者の先生を乗せて行っていいか?が論点となったそうです。トリアージのためには災害現場でカラーリングしていただければ、現場で「搬送の優先順位」や「現場での救命救急手術の優先順位」の判断ができますが、ドクターカーの上に倒壊したビルが崩落する危険(破片到達距離は半径1〜1.5km)がないわけではなく、そこに退避訓練を受けていないお医者の先生に行ってもらってよいか?ということです。
 米国は救急業務が民営ですので出動は自己責任ですが、我が国は自治体の業務で公法上の出動義務があり、レスキュー隊員や救急隊員は危険を覚悟で現場に出動する義務がありますが、非常勤嘱託とはいえドクターカーのお医者の先生はそうではないだろうということです。
 また、大災害時は、医療行為による人命救済のプロであるお医者の先生の身の安全の確保が最優先されるのです(ハイジャックされた場合、パイロットの身の安全が最優先されるのと同じ)。重症被災者を災害現場から次々救出しましたが、現場臨場ドクターが二次災害で全滅したため、被災者も治療を受けられず現場で次々死亡しました、では困るからです。

>No.24 感熱紙さん
>「受傷事故、殉職事案は最大級の不祥事」という言葉もあるくらいで、不幸にも殉職された方々は、供養や慰霊の対象ではあっても、決して英雄視するようなことはありません。

そうですよね。私が違和感を持っていたのはその辺りにあります。今回の「不祥事」はいつの間にか「美談」にすり替わり、挙げ句の果てには、その亡くなられた警察官のお子さんに対して「お父さんを見習って頑張ってください」などと心ない言葉がかけられる始末で、そういうセンシティブな問題に対して殆ど疑義が出てこないのが不思議なくらいです。

>つまり警察官の場合は、危険な状況において職務を遂行する際には「自己の保身を優先してはいけないが、自己の生命を犠牲にするような職務執行もしてはいけない」ということを求められることになります。

つまり「両方守れ」ということなのでしょうが、今回は二者択一のケースだったわけで、その場合「自己の保身を優先してはいけないが、自己の生命を犠牲にするような職務執行もしてはいけない」という命題は機能不全を起こします。したがって最終的には職務に従事する人間の二者択一的な話になってくる筈です。今回のケースでは結果的に「自己の保身を優先してはいけない」方が選択されたわけですが、果たしてそれで良かったのか、というのが私の問いです。自己の保身と言ったって守るべき家族がいるわけですし、今後も職務として守っていくべき市民がいて、守っていく街があるわけです。むしろ二者択一的な状況下においては「自己の生命を犠牲にするような職務執行をしてはいけない」方を優先すべきなのではないでしょうか。

>宮本巡査部長も決して自分の命を犠牲にして女性を救おうとしたのではなく、まず女性を救護し、それから自分も含めて安全な場所に待避しようとしたのでしょうが、それが上手くいかなかったのだろうと思います。

おそらくそうでしょう。そして結果的に「自己の保身を優先してはいけない」方が選択されてしまったわけです。非常に残念ですね。

>勘違いしていただきたくないのは、全国の警察官で宮本巡査部長の死を「名誉の殉職」と考えている者はおそらく一人もいないと言うことです。

なるほど。マスコミやネットの論調とは異なるわけですか。

>自己の保身と言ったって守るべき家族がいるわけですし、今後も職務として守っていくべき市民がいて、守っていく街があるわけです。むしろ二者択一的な状況下においては「自己の生命を犠牲にするような職務執行をしてはいけない」方を優先すべきなのではないでしょうか。

 死者を鞭打つようなネチケットに反する言動はどうかお控えください。
 ご本人は二者択一という貴方のような単純思考ではなく、両方の利益を両立させようとした複眼思考総合判断で必死に努力して職務を全うされようとして、不幸な辛い悲しい結果に至ったのです。ご本人が即死なさらなかったことがその証左です。これはハイリスクな職務や業務を経験していないと(鉄道事故や大災害対応の経験していないと)了解困難かもしれませんが。
 安楽椅子に腰掛けて現場を知らずに死者をアレコレ批評すること(アームチェアークリティシズム)は最もいけないことだと思います。

>なるほど。マスコミやネットの論調とは異なるわけですか。

 人のコメントはちゃんと読みましょう。誰もそんな論調はこのブログでは言ってません。
 貴方一人が「マスコミやネットの論調」をこのブログに当てはめているだけです(JASRAC問題参照)。
 真摯な議論で実のある結果を出すためにも、どうか他の人のコメントを先入観や予断偏見なくお読みくださるようにお願い申し上げます。

>今回の「不祥事」はいつの間にか「美談」にすり替わり、挙げ句の果てには、その亡くなられた警察官のお子さんに対して「お父さんを見習って頑張ってください」などと心ない言葉がかけられる始末で、そういうセンシティブな問題に対して殆ど疑義が出てこないのが不思議なくらいです。

何が不祥事なのですか?
世界中の宗教、道徳を見ても困った人間を助けるのは良い事です
徳の高い人を見習い、より良い人間であろうとするorなって欲しいと全ての人間に望むことがセンシティブなのですか?

>つまり「両方守れ」ということなのでしょうが、今回は二者択一のケースだったわけで、その場合「自己の保身を優先してはいけないが、自己の生命を犠牲にするような職務執行もしてはいけない」という命題は機能不全を起こします。

社会正義を元に動く組織が綺麗事がなくて世の中動くかボケ

>したがって最終的には職務に従事する人間の二者択一的な話になってくる筈です。今回のケースでは結果的に「自己の保身を優先してはいけない」方が選択されたわけですが、果たしてそれで良かったのか、というのが私の問いです。自己の保身と言ったって守るべき家族がいるわけですし、今後も職務として守っていくべき市民がいて、守っていく街があるわけです。むしろ二者択一的な状況下においては「自己の生命を犠牲にするような職務執行をしてはいけない」方を優先すべきなのではないでしょうか。

ならばこの場合の最適解は、女性の足を撃って動けなくした後安全な場所に引っ張っていくことだ

いろいろ思うところは有るけど、これ以上は書かない

 sakimi さん、こんにちは。

> ならばこの場合の最適解は、女性の足を撃って動けなくした後安全な場所に引っ張っていくことだ

 それが最適解でないことはご自分でよくご承知の筈です。ダーティー・ハリーでもそんなことしたらバッヂを取り上げられるでしょう。(その後、訴訟で身ぐるみ剥がれます。)日本でなら尚更のことです。

> いろいろ思うところは有るけど、これ以上は書かない

 御理解いただきたいのは、生きて帰るのも警察官の仕事のうちであるということです。その点、損耗率という数字で死ぬことが予定されている軍人とは違うのです。

 彼我両方の命を保とうとして果たせなかった、失ったのがたまたま自分の命の方であったということであって、ご本人もご家族も無念であったろうと思います。それは、ご自分が生き延びてあったときも、全く同じように悔しい思いをされたであろうと言えば、分かっていただけますでしょうか。

rijin さんへ
誤読を重ねるボケへの返答であって、他の方へ不快を感じさせてしまったならば私の不徳です

根本的に「不祥事」では無いことを「不祥事」と言い切った、「匿名の卑怯者・臆病者・愚か者」(By 小倉秀夫弁護士)の福田(実名出さない)への苦言ですので流していただけると幸いです

 sakimi さんへ

 却って見当違いのコメントになってしまったようで、申し訳ありません。

そんな名指しで「ボケ」などとおっしゃられても・・・(苦笑)
「不祥事ではない」ですか?そんなことをご遺族の方が聞かれたらさぞかし心を痛まれるでしょう。
そこまで今回の事故を肯定なさる神経が私には理解できません。

助けようとした医者が、巻き込まれて、いっぱい損害賠償されてますが、これらの件は放置でよいのでしょうか?

座位先生

それは、こっちこっち↓

http://www.yabelab.net/blog/2007/02/15-104709.php

じじい 様
御指摘の通りでした。

東京新聞特報を追記

>モトケンさん
>東京新聞特報を追記

参考になります。今回のような不祥事をなくしていくためには、警察組織のあり方にも着目していく必要があるかも知れませんね。

>福田さん
公務中の事故で警察官が死亡した場合で、適切な安全対策を取らなかったことがその死に繋がった場合、その殉職は不祥事であるという考え方はあります。
例えば、防弾チョッキを着装せずに抗争現場に向かったとか、事故の現場で不用意に高速道路に飛び出したりした場合などがそれに当たると思われます。
しかしながら、本件における宮本巡査部長の職務執行に関しては何ら落ち度は無く、警察官として当然の行動をしたのですが、残念なことに負傷し命を落とされてしまったのです。
ですから、本件のように防ぎようのない状況を不祥事というのは不適当であると言えます。
問題があるとすれば、踏切の警報装置の不備と周囲の目撃者の躊躇くらいでしょうか?
福田さんは本件を警察官が自分の命を守るため女性を見殺しにするか、警察官が自分の命を犠牲にして女性を助けるかの二者択一であったと考えられておられるようですが、ハスカップさんがおっしゃられているとおり、現実にはそんな簡単なことではなく(はっきり言ってどちらの選択肢も警察官にとっては選ぶことのない選択肢です)今回は適切な職務執行をしたにも関わらず、不幸にも殉職されたのです。
「命と引き換え」にと「命懸けで」では大きく異なるのですが、福田さんの発言やマスコミ報道などを見るとそこのところを履き違えていらっしゃるように見受けます。
何度も言いますが本件は「自己犠牲の精神に溢れた警察官が自分の命と引き換えに女性の命を救って名誉の殉職を遂げた」美談ではなく、「経験豊富な警察官が、適切な職務執行をしようとしたにも関わらず不幸にも命を落とした」非常に残念な事案なのです。>追記
本当に資機材に関して言えば警察はかなり遅れています。
決められた予算内で購入するため質よりも値段が安価なものを購入しますが、購入した物は買い替えが効かず、どんなにボロボロになっても壊れて使えなくなるまで新しい物が導入できませんでした(私が以前勤務していた警察署には年代物(三十五年近く前に配分)のアサヒペンタックスのカメラが使用可能カメラとして管理されていました)。
最近はパソコンなどを中心に僅かながらリースによる機器の導入もあるので、以前に比べれば若干ましになった部分もあります(まだまだ不十分ですが)。

>「命と引き換え」にと「命懸けで」では大きく異なるのですが、福田さんの発言やマスコミ報道などを見るとそこのところを履き違えていらっしゃるように見受けます。

 私もそう思います。日本人は、結果とリスクをキチンと区分できない人(本人の動機や目的を正確にトレースできない人)が不勉強のままネットやマスコミに徘徊してます(荒れてはいけないのでこの程度で止めます)。

 同僚の在職中他界(現職時死亡)の葬儀には二度と出たくありません(と良いながら3度も出てます。)。
 公務員は人員も装備も本当に貧弱です。筆記具なんかどうでもいいですが、自分の身を守る防塵防毒マスク、防弾ベスト、防刃ベスト、放射能防護服、化学防護服、防毒……。
 国家財政や地方財政が現況のようでは、公務員自らが声を大にして言えない状況もあります。タメにする公務員叩きを呼ぶだけですから。

 災害対策要員の指定を受ければ、所属公務署まで徒歩で30分〜1時間以内に駆け付けられるところに住まなくてはなりません。
 しかし東京都内だと,民間のアパートに人並みに家族で住んだら給料の半分以上がふっ飛びますし,格安アパートだと「耐震基準を満たしたところに住む義務」を履行できません。
 そのため鉄筋コンクリートの官舎(ただし高級公務員でない限り昭和40年代築とかのボロ官舎)に公務員基準の家賃で住んでいる人(震災を専門とする大学教授ですら)が多いのですが、それすら不当利得扱いされるのです。
 そして殉職してもネットで高飛車屁理屈で死者を鞭打ち叩きする人が出るに至っては、やりきれません。誰も死にたくなんかないのです。それは同僚ご遺族の号泣が耳に焼き付いて離れない公務員が一番よく知っています。

>No.42 感熱紙さん
>ですから、本件のように防ぎようのない状況を不祥事というのは不適当であると言えます。

「不祥事」か否か、というのは「落ち度」の有無とは無関係でしょう。「不祥事」という言葉は字から類推しても「よくない兆しの事柄」を指すのであって、そこに「落ち度」があったかとかなかったかなどという意味は介在しない筈です。むしろ「不祥事ではない」と豪語する方が、まるで今回の事故は「よくないことであった、というわけではない」と言っているようで、遺族の方には心ない言葉となってしまうでしょう。一部の方のように「不祥事」という言葉に過剰反応する必要はないと思います。

>福田さんは本件を警察官が自分の命を守るため女性を見殺しにするか、警察官が自分の命を犠牲にして女性を助けるかの二者択一であったと考えられておられるようですが、ハスカップさんがおっしゃられているとおり、現実にはそんな簡単なことではなく

私は最初から結果的な話を申し上げているんです。過程の話をしているのではありません。現実がどうかとか、精一杯頑張ったとか、そんなことは全く問題になどしていないのです(むしろ過程の話を持ち出して来られたのは私やモトケンさんのような考えに反論なさる方たちです)。遺族の方にしてみれば結果が全てなんです。もうどんなに後付でああだこうだなどと言っても故人は帰ってこないんですよ。結果は紛れも無く二者択一です(生か死か)。自己の保身を優先していれば、少なくとも死ぬことはなかったわけですから。

>「命と引き換え」にと「命懸けで」では大きく異なるのですが、福田さんの発言やマスコミ報道などを見るとそこのところを履き違えていらっしゃるように見受けます。

結果は「命と引き換え」になってしまいましたね。

>本件は「自己犠牲の精神に溢れた警察官が自分の命と引き換えに女性の命を救って名誉の殉職を遂げた」美談ではなく、「経験豊富な警察官が、適切な職務執行をしようとしたにも関わらず不幸にも命を落とした」非常に残念な事案なのです。

美談でないなら、私やモトケンさんの「生きて帰るべきだった」という考えが特に否定されるものではないと思います。まあNo.15でモトケンさんが予想なさった通りの展開になってしまいましたね。

>私やモトケンさんの「生きて帰るべきだった」という考えが特に否定されるものではないと

だれもその考えを否定はしていないと思うのですが。

No.36 「不祥事ではない」ですか?そんなことをご遺族の方が聞かれたらさぞかし心を痛まれるでしょう。
は、「ご遺族にとっては不祥事」と言っているようなもので不可解でしたが、
No.44 「不祥事」という言葉は字から類推しても「よくない兆しの事柄」を指すのであって、そこに「落ち度」があったかとかなかったかなどという意味は介在しない筈です。
という福田さんの「不祥事」の独特な定義によれば解読可能です。
しかし、「吉祥事」という言葉があるかどうか知りませんが、その反対語が「不祥事」とは恐れ入りました。

一般に、「不祥事」は、「関係者にとって不名誉で好ましくない事件(広辞苑)」であり、例えばスキャンダル的な事に使われています。痴漢事件でも、一般人がやれば「単なる事件」ですが、大学教授がやれば「不祥事」です。一方、人命救助のプロが自ら死んでしまっては「不祥事」でしょう。それは、まさに本人に限らず関係者にとって不名誉だからです。そういう意味で、今回の警察官の死は、不祥事でもあり、不祥事でもないといえそうです。それは、それを言う人の立場で使い分けるべきことであって、第三者が一方に決めることではないでしょう。

いずれにしても、福田さんは言葉を弄んでいる感じで、極めて不快です。議論がかみ合わないのも言葉の定義の違いなどという高尚な話しでもなさそうですしね(アーキテクチャ論を彷彿させます)。

そもそも、モトケン先生が「自分の身を守るという選択肢」というあいまいな言い方をされて、それを福田さんは「二者択一」に誘導したような感じを受けておりました。
今回のケースで、女性と警察官の生死が逆転し、警察官もしくは警察組織に非難が向けられた場合には、モトケン先生の言い方も現実味をおびてきますが、なんか対岸の火事的な言い放しに聞こえてしまいます。

私は、今回の事件を美談にする国の姿勢は賛成できませんが、
じじいさんが「今回の事件は、責任感、使命感が強かった警官が、ぎりぎりまで二つの命を助けようと全力を尽くし、結果として不幸にも事故に遭遇したのだと思っています。」と述べ、感熱紙さんが「本件は「自己犠牲の精神に溢れた警察官が自分の命と引き換えに女性の命を救って名誉の殉職を遂げた」美談ではなく、「経験豊富な警察官が、適切な職務執行をしようとしたにも関わらず不幸にも命を落とした」非常に残念な事案なのです。」と述べ、多くの方が同様の趣旨を述べております。それでよいと思っております。

 私の感覚に最も近いのは感熱紙さんです。

>いずれにしても、福田さんは言葉を弄んでいる感じで、極めて不快です。議論がかみ合わないのも言葉の定義の違いなどという高尚な話しでもなさそうですしね(アーキテクチャ論を彷彿させます。

 同感です。特に「人の死という尊厳な事項」を言葉で弄ぶのは、美談仕立てにして利用するのと同様に、吐き気すら感じます。遺族や殉職された本人が聞いたら、吐き気ではすまないでしょう。もちろんデリカシーのレベルをはるかに超えています。発言は自由ですが(表現の自由)、人の気持ちを無用かつ無神経に傷付けるのは、どうかと思います。

ふむ
今回の不祥事発言は、福田にとっての不祥事だったと
こう考えれば全てが納得できる

 モトケン先生のこのブログは著名ですから、ご遺族の目に留まると次の部分は、ご遺族にとって非常に残酷な冒涜に等しい放言であり、下手をすれば法律上の争訟を招きかねないので、この部分だけ削除するか伏字処理にした方がよろしいかと思います。法律の専門家の弁護士先生に対して僭越至極で恐縮ですが。

>現実がどうかとか、精一杯頑張ったとか、そんなことは全く問題になどしていないのです(むしろ過程の話を持ち出して来られたのは私やモトケンさんのような考えに反論なさる方たちです)。遺族の方にしてみれば結果が全てなんです。もうどんなに後付でああだこうだなどと言っても故人は帰ってこないんですよ。結果は紛れも無く二者択一です(生か死か)。自己の保身を優先していれば、少なくとも死ぬことはなかったわけですから。

>No.49 ハスカップさん

 このエントリ全体をトータルとして見れば、ご理解いただけると思います。
 誰もご遺族のことを慮っていないわけではありません。

 不祥事という言葉が問題になっているようですが、その主体を亡くなられた警察官であるとすればそれは容認できない暴言になるでしょう。
 しかし、警察官の命を守る体制を整えていなかった警察組織を主体と見ればまさしく不祥事です。
 職務が危険であればあるほど、警察組織は警察官の命を守らなければいけません。

 ただし、私が「自分の身を守るという選択肢」という言い方をしたのは、現場における最終判断は警察官自身にあるからです。

 しかし福田さん、反論する必要のないところに反論されているように思います。 

>No.50 モトケンさん
>しかし福田さん、反論する必要のないところに反論されているように思います。

ご指摘ありがとうございます。しかしどうでしょうかね。必要ないとおっしゃられればこれ以上このエントリでコメントするのは差し控えますが、私自身は感熱紙さんとの議論は必要ないものだとは思っていません(現職の警察官としてのご意見を是非聞いてみたいと思った次第です)。ただ、一部の私を叩きたいだけの方たちに反応してしまった点に関してはおっしゃる通り必要ないものだったかも知れません(わざわざ煽りにのってしまう必要はないですものね)。

>モトケン先生

>不祥事という言葉が問題になっているようですが、その主体を亡くなられた警察官であるとすればそれは容認できない暴言になるでしょう。
>しかし、警察官の命を守る体制を整えていなかった警察組織を主体と見ればまさしく不祥事です。
>職務が危険であればあるほど、警察組織は警察官の命を守らなければいけません。

 全くもって私も同感です。ご趣旨に賛同しております。私の言葉遣いが足らず失礼しました。
 ただ、先生のような著名ブログだと多くの人が見て、ワケワカメで噛みつく方もいらっしゃるので、センシティブなご意見は、誤解を生まぬように主語を明確にされた方がよろしいかと思います。
 私も雇用主が同じ殉職警察官の葬儀に列席しているのでご趣旨に反することを言っているつもりはありません。ただ、ご遺族が誤解を生まないようなお言葉遣いをいただければと願うだけでございます。

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