エントリ

4歳男児死亡の医療過誤で、金沢大名誉教授に禁固の判決(asahi.com 2007年02月07日11時17分 キャッシュ

 判決によると、村上被告は01年2月、当時非常勤で麻酔科医をしていたこの病院で、男児の右足の整形外科手術後に麻酔をさます際、のどに分泌物がたまっていたことから、気道確保のために気管チューブを挿管。この際、誤って食道に入れたうえ、正しく挿管できたかを確認するなどの注意義務を怠ったため、男児は無酸素脳症に陥り、1週間後に急性呼吸障害で死亡した。
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麻酔科の権威であったこと、現在80歳という年齢を考慮しての判決とは思いますが、禁固1年8カ月執行猶予3年(求刑禁固2年)という量刑は、重いのでしょうか?それとも軽いのでしょうか?

例えば、4歳の子供を死亡させた交通事故であれば、どの程度の情状が斟酌されれば、この量刑になるでしょうか?

ちなみに、「禁固1年8カ月執行猶予3年」でググってみたところ、こんな感じの交通事故が出てきましたが・・・。

http://www5.ocn.ne.jp/~ys2001/yougo-tounyoubyou.html

車の運転中の女性(34)が1型糖尿病による低血糖発作で意識を失い、対向車と正面衝突して3人が死傷する事故が2005年8月、大分市内で起きた(注:38歳の主婦が死亡、2人の子供が大怪我)。この事故で業務上過失致死傷罪に問われた女性に対し、大分地裁は2006年7月5日、禁固1年8カ月執行猶予4年の判決を言い渡した。宮本孝文裁判官は「結果は重大だが、被告は運転中に意識を失う発作を起こしたことはそれまでなく、運転を中止しなかったのは悪質な過失とまでは評価しがたい」と述べた。

誤って食道に入れたなんてことは誰にでも起こしうる過失であり、これを業務上過失と見るのはいささか問題があるのではないでしょうか?過失という言葉が悪ければ合併症とでも言いましょうか。正直こんな程度のことで刑事訴訟になっていたら医師は逃散します(あ、現に逃散しているか)し、挿管の経験のある医師の多くは有罪になってしまうでしょう。裁判官の医学的知識の欠如とも言うべきであり、全くお話になりません。
但し、問題はその後の処置でしょうね。つまり、ちゃんと気管に入っているかどうか確認をしなかったとなれば問題でしょう。ただ、これとてちゃんと音がしたから気管に入っているかどうかは別問題です。
これが問題にならないくらい遅ければ過失として問われてもある程度は仕方がないでしょうね。つまり、問題とすべき点は確認作業を怠ったかどうかということです。

> No.2 yama さん

 報道を見る限り、挿管の失敗と、その後の確認作業の懈怠とをセットにして、「過失」と捉えているようですね。
 
「日本麻酔科学会長」というポストの重みがどれ位のものなのかは知りませんけど、いずれにせよ被告人はかなりの重鎮のようで、応援団の動員力という点では福島事件より遥かに上回っているようにも思えるのですが、あまり大きな話題になっていないのは何故なのでしょうか。

注意義務違反が焦点のようですね。

 堀内裁判長は判決理由で「チューブを食道に挿管した後、徐脈や血液中の酸素が欠乏するチアノーゼなど、誤った挿管を示す兆候があったのに、十分な確認を怠った」と挿管後の注意義務違反を認定。村上被告の過失と男児の死亡には因果関係があると認めた。
金沢大名誉教授に有罪

誤挿管自体は問題にしていないのでしょうか。

 この事件の過失(訴因構成)は、誤挿管&確認懈怠の両方です。
 交通事故でも、赤信号看過謀進&ブレーキとアクセルの踏み間違えの両方の過失で有罪となることがあります。

気管と食道を間違えたことは明らかで過失は明白。
医師なら誰でも起こしうるとしても起こさないようにするのが義務であり、その結果死亡したのなら責任は当然だと思うのですが。
結論的には確認しなかったところが問題としているので問題ないにしても、No2の感覚(前段部分)は私には理解できないところですが、医療側の普通の感覚なのでしょうか。

気管チューブが声帯を越えるところが直視できればいいが、喉頭蓋が大きかったりして見えないことも多い。
この場合きちんと挿管できたかどうかは、「勘」でしかない。
ただし、きちんと挿管できてるかを確認する手段はいろいろあり、それを怠っていたのでは刑事罰は免れ得ない。
医学とは所詮不確実なものであり、「技」は「職人芸」である。きちんとできることの方が、むしろ奇跡に思える。

元日本麻酔科学会長でもやってしまう程度に、食道挿管そのものはごく日常的に起きています。
ただ日常的に起きてはいるけれど、日常的に即座に気付いて対処しています。
気管挿管という手技と食道誤挿管とその対処はほぼ一体になっていると言っていいようなものです。

つまりNo.4 しま さんがおっしゃるように、「挿管後の注意義務違反」が焦点なのでしょうね。

これ以上は情報がないのでコメントを控えます。

>No.6 オジヤマ虫さん
>気管と食道を間違えたことは明らかで過失は明白。

私も日常的に全身麻酔を行っていますが、気管内挿管が困難な症例で、食道にチューブが入ってしまうこと自体は、珍しくありません。但し通常は挿管直後に、チューブが、食道でなく、気管に入っていることを確認しますので、食道に挿管した場合でも、それに気付けば大事に至ることは殆どありません。

このケースでは、食道挿管に気づかなかったことが、問われているのだと思います。食道挿管自体を、刑法罰に値する過失と捕らえるのであれば、だれも気管内挿管を行うことはできなくなります。

この施設は、重度肢体不自由児の入所施設であり、身体的問題から挿管も、確認も困難であった可能性があります。村上先生が、確認作業を怠っていたのなら、悪質と思われますが、確認が困難な状況であったのなら、刑事罰までは厳しいかなとは思います。但しそのような場合でも民事責任はあると思います。

No.4 しまさんのコメント
>誤挿管自体は問題にしていないのでしょうか。

No.6 オジヤマ虫さんのコメント
>No2の感覚(前段部分)は私には理解できないところですが、医療側の普通の感覚なのでしょうか。

はい。
理由は、ヒトの体は、固形の管が気管に入るように設計されてはいないから・・・・(理由になってない??)。

食道挿管は、プロゴルファーがティーショットでOBしたり池ポチャしたりしてしまうようなものと考えて下さい。
プロでもやってしまいます。
ましてや、フェアウウェイが極端に狭かったり、バンカーを避けたところにちょうど池があったりしたら・・・・。

しかし、ゴルフとの違いは、ペナルティ無しで何回でも打ち直し可能なことです。
最悪ダメなら、気管切開という奥の手もあります。

No.3 FFF さんのコメント
>被告人はかなりの重鎮のようで、応援団の動員力という点では福島事件より遥かに上回っているようにも思えるのですが、あまり大きな話題になっていないのは何故なのでしょうか。

厳しい言い方かもしれませんが、被告人が麻酔学会の重鎮だったからこそ、と思います。
経験不足の医師が同じ事故を起こしたのであれば、もっと同情の余地はあったと思います。

No.3 FFF さん

>応援団の動員力

医師は団結力はなく、是々非々で動くんですよ。それだけ福島はとんでもないことだった(しかも断片情報だけでトンデモ逮捕だと判断できる)わけで、この例では本当に過失があった可能性も(詳細がわからないとなんとも言えない)ありますからね。(もちろん食道挿管自体を過失とするのは論外ですし、確認も必ずしも簡単とは言えない)

> No.6 オジヤマ虫さん、No.5 ハスカップさん
過失であってもそれが処罰の対象になるかどうかは医学的には別問題です。残念ながら臨床医は誤挿管については仕方がないと思うのが普通でしょう。
何度も言うように誤挿管で過失と認定されてしまったら臨床はできません。医師は神様ではありません。気持ちはわかりますが、理想論は理想論であって、現実は全く異なります。残念ながらその理論は医療崩壊を招くだけで正論とはいえません。人によっては挿管時に声帯が見えません。この状態で100%間違いなく挿管せよ、というのは神様以外できません。例えて言うなら手探り何かを正確に見つけろというようなものです。それでも挿管しなければ患者は死にます。失敗する可能性を前提に患者を助けることはこの場合は必須です。
問題は、他の皆さまも言ってらっしゃるようにその後の確認を怠ったということです。これくらいのことは正直言って麻酔科をまわった研修医や救急を回った研修医でも知っている確認事項です。何度も言うようにこれを怠ったと言うのであれば過失を問われても仕方がないと思います。

> 医師なら誰でも起こしうるとしても起こさないようにするのが義務であり、
> その結果死亡したのなら責任は当然だと思うのですが。
神様以外はこんなことできないと思うのですが・・・(苦笑)。医師は神様ではないのでできないものはできないんです。
一般の人たちがこのようなことを言うのはまだ許せるのですが(教えればすむことなので)、社会を洗脳させられる権力のあるマスコミや検察、医療担当の法曹の方がこのような甘い認識であればそれは許されることではないと思います。もし、裁判官が誤挿管自体を過失と認定し、処罰の理由としたのであれば医学のコトは全くわかっていない素人がでっち上げで医師を罰したということになります。とても歓迎できることではありません。医療崩壊を招き、回りまわって結果として患者が損をするだけです。

このケースでどうこうというわけはなく、一般論として気管挿管に関する意見を言います。

人間の体は画一化された製品とは異なります。当然解剖形態にバラエティーがあります。
気管挿管に関していえば、喉頭展開したときの声帯の直視状況を分類するものがあります。(コールマック・レイハンの分類) 少数ではありますが、どうやっても声帯を直視できない症例があります。したがって、医療者の挿管技術の過失ではなく、患者側の解剖学的要因のために、食道挿管となってしまうことはあります。

私は、食道挿管は、過失とは考えていません。

挿管後の確認を怠ったという行為は、医療者の過失と考えています。

さて、非医療者の方々に知っておいてほしいのは、挿管の確認というのは、ひとつの手技で100%確実というのは存在しません。 ですので、挿管後は、複数の確認手技を組み合わせて、100%を目指すという医療行為を普通行います。
また、挿管している患者は、移動や体位変換などでチューブトラブルが発生することがあるため、適宜、確認作業は一度だけでなく、繰り返して行うということも行います。

私の体験では、心肺停止患者に対して気管挿管を行った直後の型どおりの確認作業はすべてOKであったにもかかわらず、食道挿管であった事例を過去に経験したことがあります。おかしいと思い、声帯直視下再確認をしてそれに気がつくまでの時間は3分ぐらいであったように思います。直ちに再挿管はしましたが、その3分が致命的だと非難され、結果責任を問われたら、私は有罪かもしれません。しかし、私は、スタンダードの方法で、確認作業をを行った自信はあります。しかしながら、結果は正しくなかったのです。
どんなに正しいと思うことを自分が実践しても結果は100%でないということを身をもって知った一例でした。

医療行為というものは、こういう不確実性の中で確実をめざしていても、結果は100%でない現実があるのです。医療者の多くは、これを、社会に認めてほしい、信じてほしいという気持ちから多くの裁判結果を批判しているだと思います。

> No.11 元行政さん

 コメントありがとうございます。

 福島事件の逮捕について話題になったときは、たしかに「証拠以前の問題として、捜査機関の立論は医学的にあからさまにおかしい、とんでもない」という声が大半だったと記憶しているのですが、先日の第1回公判に関するコメント群を見ると、そのような意見があまり出ていないようにも思えるんですよね。

 元行政さんの立場からすると、福島事件における検察の主張は医学的に見て明らかに間違っている、破綻しているということなのか、それとも、学問的に間違っているとは必ずしも断言できないけど、要求する注意義務のレベルが高すぎて不当だということなのか、あれ位で刑事責任を問われてはやってられないから、社会政策的判断から事件化を控えるべきだということなのか、それ以外の御意見(証拠を見ないと是非を判断できない等)なのか、どこになるのでしょうか。

 このエントリの本旨からは外れるので、適当な場所で、適当な機会に御教示頂ければ幸いです。

過失の定義がそもそも曖昧なんですよね。「うっかり」から来る失敗も過失とするのか、あるいはここの法曹の方がおっしゃられているように刑事罰として認定できうるものを過失と言うのか、人によって違うと思います。本来の過失の意味は「不注意や怠慢などから起こる失敗。あやまち。(Kokugo Dai Jiten Dictionary. Shinsou-ban (Revised edition) ゥ Shogakukan 1988.国語大辞典(新装版)ゥ小学館 1988.)」です。これを見ると過失というのはあくまでも相対的であって、見る人によって過失にするかどうかは違いますね。
例えば食道挿管も誤りといえば誤りです。失敗ともとれます。しかし、失敗ととらえるか、あるいは失敗ではなく自然現象だととらえるか、合併症ととらえるか・・・。つまり、これを過失と言うのかどうかは解釈によって違います。

 誤解があるようですが。過失があれば即処罰とか損害賠償ではありません。
 過失致死罪や業務上過失致死傷罪は、過失があっても死傷結果がなければ最初から犯罪不成立です。民事でも損害が発生しなければ過失があっても損害賠償責任は生じません。

 世の中は過失(注意義務違反:予見可能性と回避可能性)で満ち溢れていることぐらい、法律家の方々はご存知だからでしょう。
 誤挿管というヒューマンエラー(注意義務違反)はしばしば発生しやすいから、その次の適正挿管確認義務(フェイルセーフ)が発生したものと思われます。

 つまり「誰でも間違いやすいんだから過失にするな」というのは逆立ちした立論ではないかと思います。逆に「誰でも間違いやすい…予見可能性十分…だから事後の確認をしっかり(回避可能)しましょう」となるのだと思いますが。

 医療の門外漢が差し出がましいことを言って失礼があったらお詫びします。m(_ _)m

 刑法上の「過失」の定義解釈は、国語辞典とは異なり

1 予見義務違反
 (1) 結果発生を客観的に予見可能であり
 (2) 行為者に予見する義務があり
 (3) 予見義務を不注意で怠り
2 回避義務違反
 (4) 結果発生を客観的に回避可能であり
 (5) 行為者に回避する義務があり
 (6) 回避義務を不注意で怠り

という6条件がそろうことです。

 民事の不法行為でも厳密に判断する場合は同じようです。

No.15 FFF さん

>先日の第1回公判に関するコメント群を見ると、そのような意見があまり出ていない

検察の主張が、想定問答における既に論破済みと考えている内容だったので、今さらコメントする必要もないということだと思います。当初の予想と違って一理あるなどと考えた医師はいないでしょう。
私の見解は、医学的に破綻です。(多くの医師がそう考えていると思います)

今回の誤挿管について言えばこうなるでしょうね。

1 予見義務違反
 (1) 結果発生を客観的に予見可能であり→あり
 (2) 行為者に予見する義務があり→あり
 (3) 予見義務を不注意で怠り→なし
2 回避義務違反
 (4) 結果発生を客観的に回避可能であり→なし
 (5) 行為者に回避する義務があり→なし
 (6) 回避義務を不注意で怠り→なし

6つすべては該当しませんから過失なし、と判断するのでしょうね。とすれば裁判官が誤挿管についても過失と認定したならばそれはおかしいと言うことになります。
ついでながら確認作業については

1 予見義務違反
 (1) 結果発生を客観的に予見可能であり→あり
 (2) 行為者に予見する義務があり→あり
 (3) 予見義務を不注意で怠り→あり
2 回避義務違反
 (4) 結果発生を客観的に回避可能であり→なし
 (5) 行為者に回避する義務があり→なし
 (6) 回避義務を不注意で怠り→なし

となり、これも過失とは認定しがたいです(回避義務というのは確認作業をしても結果が100%ついて来ないため)。医師の感覚では確認作業を怠った→過失です。但し、「確認作業で問題がなかった=患者は助かった」ではありません。結果責任を医療では問うべきではありません。何度も言うようにプロスペクティブに見てやるべきことをやったかどうか、です。
これも外出ですが、私の考える刑事の過失としてとらえるべき基準です。ちなみにいわゆる期待権の問題や下記以外の過失、システムに起因する過失、エラー等は民事で問うべきです。異論があればどうぞ。

意識がある場合に患者が協力的であり、医療情報が行き渡っており、かつ緊急でもなく労働基準法が守られているという前提で
1.患部の取り違い、患者の取り違い
2.投薬量ミス
3.殺人の疑い
4.医師のほとんど全員が間違わないようなミス(一般の意志にとって当たり前すぎることを怠った等)

今回の事件は4に当たるかもしれません。

あ、もうし忘れましたが、あくまでも一般論です。今回の事件についてではありません。ついでに後者の方を訂正です。

1 予見義務違反
 (1) 結果発生を客観的に予見可能であり→あり
 (2) 行為者に予見する義務があり→あり
 (3) 予見義務を不注意で怠り→あり
2 回避義務違反
 (4) 結果発生を客観的に回避可能であり→なし
 (5) 行為者に回避する義務があり→あり
 (6) 回避義務を不注意で怠り→なし


 (4) 結果発生を客観的に回避可能であり→なし

 (5) 行為者に回避する義務があり→あり
は矛盾しますね。

>(回避義務というのは確認作業をしても結果が100%ついて来ないため)

 それは回避義務ではありません。
 確認作業を尽くすことによって人の死傷という結果を回避する義務が,回避義務です。
 ご意見の100%を条件とするなら、この世に過失は存在しないことになります。
 「社会的に相当な手段」又は「医学会で通常認められている手段」において、でいいはずです。法は完全という不能を強いるものではないからです。

 それに今回の過失は、「適正挿管義務&確認(誤挿管是正)義務」ですから、適正挿管と確認義務の2つに分けてバラバラに考えるものではないでしょう。

 もともと確認義務は、「適正挿管かどうかを確認し、もし誤挿管と判明したら適正挿管に是正する義務」です。
 ですから、誤挿管は「確認義務の履行」で回避可能ですし、患者さんには各種センサーが取り付けてあったので、血中酸素濃度や心拍呼呼吸数のチェックによって低酸素状態は通常は判明するので、「確認義務を履行」すれば誤挿管が判明し、ただちに適正挿管ないし気管切開などにより救命救急措置がとれた(回避可能だった)と思います。

 そもそも、誤挿管による死傷を回避する義務がないとか、確認義務の履行で死傷を回避する義務がないとかするのは、常識にも反してないでしょうか?
 もしそうなら、お医者の先生は、民事損害の賠償責任(過失責任)も負わないことになります。当然、その使用者の病院も賠償責任(使用者責任)を負わないことになります。これは不法行為責任(民法709条以下)、医療に関する契約責任(民法415条以下)も負担しないことになるので、これは不当な結果だと思います。

法律用語って難しいですね。少しずつこのブログで勉強しているつもりですが、いまだにチンプンカンプンです。日本語の意味がよくわかりません(苦笑)。

> 「適正挿管義務&確認(誤挿管是正)義務」ですから、
> 適正挿管と確認義務の2つに分けてバラバラに考えるものではないでしょう。
マスコミの文面の流れからすると通常は誤挿管と確認作業両方に過失が認められると言うようにとってしまう人はいるでしょう。現にここの住人である医師はバラバラに考えていますよね。故に医師たちの反発を招いたんだと思います。少なくとも私にとっても誤挿管と確認作業は別の問題です。
それにこのマスコミ発表の判決文をみた一般の患者さんはどう思うでしょう?おそらく挿管に失敗するなんて許せない!と思い、技術の問題を挙げるのではないでしょうか?しかし医師にとって大事なのは確認を怠ったということです。そのように解釈できるようにマスコミや法曹も工夫すべきでしょうね(もちろん医師の協力も必要ですが)。現にこの医師以外のブログの住民でさえ誤挿管は過失である、という意見が一般的のようでしたから。
では、確認作業をしたにもかかわらず誤挿管を認識できなかった場合はどうなるのでしょうか?気になるところです。医学的に普通に考えれば無罪で無いと医療なんて怖くてできません。逃散あるのみです。

他に例えると中心静脈栄養で気胸を作った場合も同じでしょう。私もお恥ずかしながら気胸を作りましたし、気胸を作った医師は数えられないくらいいます。でも鎖骨下静脈からの穿刺は自信がありましたし、もちろん穿刺後は確認作業(この場合レントゲン写真)を行いました。気胸を作らないためには大腿で穿刺する方法が一般的ですが、不潔ですし、ADL上大問題です。この患者さんはその後しばらくして(おそらく原疾患の悪化により)亡くなりましたが、このときは穿刺失敗の責任は問われませんでしたし、そんなこと考えても見ませんでした。しかし、今だったら責任を問われ裁判で負けて前科者になっていたかもしれません。現にこれと同じケースで過失を問われ、確か有罪になった医師がいたようないなかったような記憶があります。
このとき私は一回目の確認で気胸が無いことを確認しました。しかし翌日(か翌々日か忘れましたが)の写真を見てびっくり。縦隔が編位しているではありませんか!あわてて気胸に対する治療を行いました。
気胸は過失になるのでしょうか?それとも合併症になるのでしょうか?自信を持って言いますが、穿刺の失敗には違いありません。しかし回避義務はあるかもしれませんが、回避することは不可能です。これでもし過失に問われるのであれば全国のお医者さんも過失に問うべきだと思いますが・・・・。私は今でも過失かもしれないが、罪に問われることは無いはずだとの認識を持っています。問題は確認を怠っていないかどうか、合併症があったら直ちに治療を行うというところに過失の有無があると思いますがいかがなものでしょうか。

もう一つこれに関連して・・・。いつだったか夜中に医師がいないからと呼び出され、酔っぱらっているのに診察だってしたことがあります(幸い私は顔が赤くなりませんからばれませんでした)。当時は何が何でも主治医が駆けつける、それが当たり前でした。でも、悪習でしょうか?もし、私がいなかったら患者は最悪死んでいたかもしれません。これは日本の医療というシステムの問題であり、個人の問題ではありません。それにもかかわらず、その後すぐに酔っぱらいで善意で駆けつけた医師が訴えられるという事件を耳にしました。全国の医師はこれに怒りました。最も夜中に最低限の医療を超えた内容のことをやった可能性は否定できませんが・・・(それについては詳細な状況がわからず何とも言えません)。少なくとも駆けつけたことは褒めるべきです。もし有罪というのであれば当時それが当たり前だった医療の世界を訴えるべきです!

> そもそも、誤挿管による死傷を回避する義務がないとか、
> 確認義務の履行で死傷を回避する義務がないとかするのは、
> 常識にも反してないでしょうか?
私は誤挿管による死傷を回避する義務がないと言う意味で用いたのではなく、誤挿管を回避するのは不可能であるという意味でこう書きました(誤解されるような文章で申し訳ありません)。確認作業についても同じです。確認作業をやったからと言ってそれを完全に回避することは不可能であると言いたいのです。こういう意味であれば何ら矛盾はしないと思います。
もし、義務があるからそれは失敗してはならない、しいては結果が死傷であったから有罪であるという意味でとらえているのであれば、法曹の言うそもそもその過失の定義が医療においては間違っており、問題であると思います。義務があってやるべきことをやっていたにもかかわらず結果が悪かったのは罪に当たらないとすれば我々は納得するでしょう。しかし、やることをやっても結果が悪かったら業務上過失になるのでしょうか?そんなことでは医療はできません。
もし結果が悪ければダメだよ〜というのであれば医師の大部分は有罪となる行為を幾度と無くやってきたと言うことになります。適正に裁かれるのであればさしずめ医師は前科者の集団となるでしょう。

医療というのはこうしたリスクがつきまとうものであり、限界があるため、システムでカバーすべきなのです。それでも医療事故は無くならないでしょう。そういうことを一般の人はともかく、少なくともマスコミ、政治、司法、行政は知るべきです・・・いや、知らなくてはなりません。
「とにかく医師は善意で寝る間も惜しんで患者のために尽くしていることだけは知ってください。そしてその結果が悪くても一般の医師が必要とする義務を果たしており、その範囲内で最前を尽くしたのならそれで良しとしてください。良きサマリア法というものを学んでください。でないとその結果、回り回って患者の不利益となるでしょう。」
と思っているはずです。結果責任は誰のためにもなりません。怨念を生むだけです。

No.22 ハスカップ さん

>「適正挿管義務&確認(誤挿管是正)義務」

誤挿管は人体の構造の多様性から避けられない事であります。
にも関わらず、適正挿管を義務とする事は、典型的な「完全という不能を強いるもの」ではありませんか?
「最終的に適正挿管になる義務」なら同意です。
「最終的に適正挿管になる義務」というのは、確認義務とは切り離して考える事は出来ないと考えますがいかがでしょうか。

>誤挿管は「確認義務の履行」で回避可能

誤挿管は「確認義務の履行」で判明することで、「確認義務の履行」で回避可能とならないのでは。
どうやったら「確認義務の履行」で回避可能なのか説明していただけませんか?

>患者さんには各種センサーが取り付けてあったので、血中酸素濃度や心拍呼呼吸数のチェックによって低酸素状態は通常は判明する

記事を信頼するなら、のどに分泌物がたまっていた状態なので、完全に気道閉塞となっていたとは考えにくく、低酸素状態になっていた可能性は低いと考えられます。
気道やのどにたまっていた分泌物があって呼吸がゼロゼロしているだけで気道閉塞していない場合でも、その後の気道閉塞のリスクを減らすために挿管して気道の痰を吸引することがあります。
このような気道分泌物除去のための挿管では、患者は呼吸がしにくくなっているだけでまだ低酸素状態になっておりません。
そのため誤挿管であったとしても、心拍数やパルスオキシメーター(血中酸素飽和度を測定する器械)に異常がすぐに顕われないことのほうが多いです。
こういう場合では、「低酸素状態の把握」以外の確認作業のほうが大事なのです。

それから適正挿管されれば、すぐに低酸素状態が改善される訳でもありません。
医療者にとってみれば挿管で呼吸管理がしやすくなっただけで、呼吸障害の原因の治療をしなければ問題の解決になりません。
適正挿管であっても「血中酸素濃度や心拍呼呼吸数のチェックによって低酸素状態」が判明することはしばしば起こりえます。
低酸素状態の持続は誤挿管を疑う有力な状況証拠ではあるが、これがあるだけでは誤挿管がただちに証明されたわけではありません。

麻酔覚醒の時に、只分泌物を吸引するためだけに気管挿管することって、私はあまり経験がない。あるとすれば、何らかの原因で気道閉塞のある場合だと思う。それなりに危険な状況だったのではないだろうか。既に酸素飽和度は下がっていた可能性がある。

食道挿管に気がつかない症例も経験した。他科のローテイションが麻酔を担当し、指導医が見ていたのだが、どちらも食道挿管に気がついていなかった。通りかかった私が気がついて指摘したときも、指導医は自分で聴診して食道挿管ではないと断言した。実際に喉頭鏡で覗かせたところ、やはり食道挿管だった。見分けがつきにくいことはあるのだ。

また、気管挿管していても換気が出来ないことはある。強い咳反射のため怒責状態になると、子供といえども換気が出来ない。報道からは誰がどのように食道挿管だと判断したのか判らない。

教授というのは自分で麻酔することは少ないし、退官からだいぶ年月も経ち、高齢でもあるので、麻酔の技術に難があった可能性はあるのだが、それでも気道の確保を確認しない麻酔科医が居るとは信じられない。
麻酔で最も重要なのは、学問より確認なのだ。・・・・・・・と思う。

村上被告自身は事実認定に誤りがあると言ってるようだ。(共同通信)
控訴審の報道は、もう少し詳しいものであって欲しい。

亀レスですが
>No.3 FFF さま

応援団の動員力という点では福島事件より遥かに上回っているようにも思えるのですが、あまり大きな話題になっていないのは何故なのでしょうか。
まず、福島事件の医師は本件の医師と違い、手錠をはめられて警察に連行され、更にその姿を全国に報道されました。
法律関係者の方にとっては被疑者に対する通常の手続きのひとつが遂行されたに過ぎないのかもしれませんが、法律の素人である我々医療者にとっては、そのような扱いは殺人や強盗といった重大犯罪を犯した人間が受ける「社会的制裁」だという認識があり、通常の医療行為を行い全力を尽くしたとしても、結果が悪ければ社会からはそれらと同等に扱われるのか、という大変大きなインパクトがありました。
また、福島事件の医師は働き盛りの年齢で、事件前も過酷な僻地での産婦人科のひとり医長の任務を十分に果たしており、一般的な医療者から見ても非常に同情できる立場です。事件の内容に関しても、公開されている情報を見る限り、医療者側の論理ではどこをどうとっても過失の可能性が見当たりません。
この様な点が本事件と異なっているため、大きく話題になったのだと思います。

誤挿管に関しての判断です。

毎日新聞>地域ニュース>石川 2月8日

堀内裁判長は、村上被告が男児に気道確保のためのチューブを誤って食道に挿管した事実については「迅速な措置が要求されていた状況下ではやむをえない」と過失を否定したが、「チアノーゼなど異常を疑わせる兆候があったが、状況を継続させた」として挿管後の注意義務違反を指摘。「多くの実績を持ち、知識も経験も豊かなはずの麻酔科医の行動としては遺憾」と述べた。

No.25 bamboo さん

>只分泌物を吸引するためだけに気管挿管することって、私はあまり経験がない。

重度肢体不自由児の入所施設だと情報がありましたので小児科ながら出しゃばりました。
重度肢体不自由児はもともと痰がからむ子が多いです。
重度肢体不自由児の麻酔後の痰絡みが強い時に「普段はどうなの」ってオペ室で呼ばれた場合では、「サチュレーションがそんな悪くなくても、痰で呼吸状態が不安定ぽい状態なら挿管してしっかり吸痰したのち抜管。そして呼吸状態の安定を確認」って感じでやっておりました。麻酔の後の痰絡みによる呼吸の不安定さは、呼吸器感染症がある場合と違ってこれでほとんどすぐ安定していたんですよ。
だから分泌物を吸引するための気管挿管はこの場合、珍しくないのかと考えていたのですが、これってあんまり一般的ではないのかなあ。
もし違うって他の小児科医の意見があれば是非教えてください。

No.26 つくね さん

>手錠をはめられて警察に連行され、更にその姿を全国に報道されました。

加藤医師の記者会見で、「診療中の逮捕」「手錠をはめられて連行」は誤報と解りました。
会見の中から引用を。

午前中に2時間くらい家宅捜索があり、「警察署で話を聞く」と言われた。その前にも3回くらい警察署で話をしており、それと同じかなという感覚だった。(所属している)大学にも電話し、「警察に連れて来られた。逮捕されたら、どうしようか」などと冗談で言っていった。ところが警察の取調室に入ったら、突然逮捕状が読み上げられた。「これは、こうだからこうしたんですよ」などと説明もしたが、もちろん聞き入れてもらえなかった。

会見についての元記事は以下のアドレスにあります。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/200701/502358.html

ただ逮捕の話は事前にマスコミにリークされており、K医師が警察署へ行く映像がテレビで放映されているのだから、福島県警・検察はこれはこれで悪質だなと思いました。

 おそらく2つの過失の連鎖で初めて有罪になるという流れが更に理解を難しくしているのだと思います。学術的にも過失競合とか二重過失とか過失の連鎖とか誤解を招く点があると思います。

 逆に言えば2つの義務を共に怠って死傷が生じた場合にのみ有罪なのです。
・適正に挿管されていた−>人が死傷しないから確認義務を怠っても最初から不加罰
・確認中に誤挿管に気付き挿管しなおした−>最初の挿管に過失があっても最初から不加罰
・両方の義務を怠ったが自発呼吸に支障がなかった−>結果が生じないから最初から不加罰
という感じではないかと思います。

 それに、注意義務を尽くせば人が死傷しても過失がなかったことになりますから
・麻酔学会所定の適正な医学的方法で両義務を履行した(注意義務を尽くした)が、不慮の事態や想定の範囲外の生体反応で死亡した−>予見可能性か回避可能性がないから無罪
・同様に注意義務を尽くしたが、医療機器の故障で死亡した−>主治医の医療行為と死傷結果との間に因果関係がないから無罪(医療機器の管理行為の過失は別論点として)
という感じになると思います。

 また、誰が手術しても、それまでの統計から手術成功率(生存率)が30%程度の手術で、説明義務を尽くして患者も手術に同意した(望んだ)とき、手術に失敗しても、ただちに過失ありとはいえないでしょう。
 過失があっても、社会的相当行為という違法性阻却事由(許された危険・患者の真摯な同意・患者の自己決定権……)があると思うからです(実は私が受けるはずだった脳血管手術がそうでした(大汗。)。

 (1) 過失という言葉自体が誤解を生みやすいですし、(2) 構造的な過失6要因に基づく分析も理解が困難かもしれませんし、(3) 過失競合や二重過失や過失の連鎖となるともっと誤解を生じやすいし、(4) 過失と因果関係と違法性阻却事由となるば混乱すると思います。ここらへんは、私より刑事医事法に精通した弁護士先生から講義を受けられた方がよろしいかと思います。
 私は自治医大卒の弁護士先生(医籍と弁護士登録の双方をお持ちの方)のお話を聞いて感銘を受けた者です。

 なお、具体的な各確認行為が過失となるかどうかは、医学的知識の乏しい私には判断できないので(議論する資格がもとから無い程度です)、コメントを控えさせてください。
 この場を借りて、十ウン年前、私の命を救っていただいた医師の先生をはじめとする医療従事者の皆様にお礼を申し上げると共に、そのあまりの激務の中で患者さんの命と健康を必死に守っておられるご努力に敬意を申し上げます。

ま、医師の皆さんそうカリカリなさらずに。
ここは一つ、非医療者の方々のペースに合わせて、のんびりじっくりいい案を考えればいいんじゃないんですか。

日本の医療崩壊は必定なのですから。

今は「19年」です。
昭和の「19年」ではそろそろインパール作戦が始まります。


さて、
変身後のウルトラマンが誰かを踏みつぶして、死なせてしまったら、やはり業務上過失致死傷の罪に問われるんですかね?
少なくとも相当の器物損壊はしてそうですし、あれで民事の責任が問えないなんてのも考えられそうにありません。
民事の場合はやっぱり国際科学警察機構の下部組織である科学特別捜査隊を相手取って訴訟を起こすことになるんでしょうか。
あれってパリに本部を持つ国際組織なんですよね。
特別立法してなかったらけっこうめんどくさそうです。

いずれにせよ、文字通り命をかけて怪獣と戦ってるのに、感謝の替わりに逮捕・民事訴訟が待っていると思えば、やってられませんね。
これで刑事裁判での被害者参加制度が始まったら、涙ながらに呪詛の言葉を投げつけられる、被告人席に立つウルトラマンはかなり分が悪くなりそうです。
立法でなんとかしてあげることなく、東京地裁と大阪地裁に「対怪獣戦闘問題集中部」なんかを作るだけでお茶を濁されそうですし。

ウルトラマン(シリーズ)は宇宙警備隊銀河系局からの派遣ですが、あそこは4月人事ですので、もし、そんな事態になれば、今回のウルトラマン・メビウスの後がどうなるかわかりませんね。
宇宙保安庁長官であるウルトラの父が激怒して来年度以降の引き揚げを考えるかも知れませんし、何より宇宙警備隊の士気が相当低下しそうで、仮に地球への派遣が決まっても「それなら俺、除隊するわ」てなことになりそうです。

さてさて、ウルトラマンの方々に気持ちよく戦闘していただくにはどうしたものでしょう。

※Wikipediaを見い見い書いたので、細かい突っ込みはご容赦下さい。実は幼少時からウルトラシリーズはあまり見てない人なのです。

No.27 脳外科医(留学中)さま
詳細ありがとうございます。
誤挿管→過失を否定
確認義務→違反を認定
な訳ですね、すっきりしました。
これで医療者側の「食道挿管自体を刑法罰に値する過失と捕らえるのであれば、だれも気管内挿管を行うことはできなくなります。(No.9 田舎の消化器外科医さま)」という懸念はとりあえず払拭できたと思います。

今後の議論は確認義務違反になると思いますが、ここでは法曹側と医療側で大きな認識の違いがあると思います。
法曹側は

患者さんには各種センサーが取り付けてあったので、血中酸素濃度や心拍呼呼吸数のチェックによって低酸素状態は通常は判明するので、「確認義務を履行」すれば誤挿管が判明し(No.21 ハスカップさま)
にあるように
「確認義務を履行すれば誤挿管が判明するのだから、誤挿管を発見できなかったのであれば確認義務を果たしたとは言えない」という認識です。

一方医療者側は

挿管の確認というのは、ひとつの手技で100%確実というのは存在しません。ですので、挿管後は、複数の確認手技を組み合わせて、100%を目指すという医療行為を普通行います。(No.14 ER医のはしくれさま)
にあるように
「どんなに確認作業を尽くしても誤挿管を100%発見することはできない、よって誤挿管を発見できなかったからといって確認義務を果たさなかったとは言えない」という立場です。

まずはこの認識の溝を埋める事が必要だと思うのですが。

追記:

 もし本件の判決例が、確認義務のみの単独過失とする訴因構成なら、それは「直近過失」理論に近い過失の連鎖に対する判断枠組みだと思います。
 いわば第一の行為は避けられない事故だったから過失は無いが、第二のフェイルセーフに相当する適切な処置を怠った場合、第二の過失のみで有罪とするという理論でしょう。

 つまり過失を問われない誤挿管があったことを前提として
(1) 誤挿管(で人の死傷が生じること)が客観的に予見可能であり
(2) 誤挿管(同上)を予見する義務があり
(3) 不注意により(2)の義務を怠り
(4) 誤挿管(同上)を挿管しなおすことが客観的に回避可能であり
(5) 誤挿管(同上)を是正する回避義務があり
(6) 誤挿管(同上)を回避する義務を怠った
という構成ではないかと思います。

 もちろん(3)を怠れば自動的に(6)を怠ることに通常はなると思います。予見(予測)もしていないなら回避する義務があるとは認識できないので(認識のない過失)、そのまま回避義務を怠るからです。このような場合は、予見義務違反が回避義務違反を包摂する(自動的に随伴する)、という学者先生もいます。

No.28 オダさん
私は肢体不自由児の麻酔経験はあまりないのですが、一般的には、麻酔覚醒時には気道の被刺激性は高まっており、気管挿管による有害反射の危険があると思います。健常者であれば、十分に覚醒してから咳をさせるだけで、たいていは大丈夫だと思うのですが。もっとも、自分で十分に痰を出せない児童は、反射も弱いのかも知れませんね。

>挿管の確認というのは、ひとつの手技で100%確実というのは存在しません。ですので、挿管後は、複数の確認手技を組み合わせて、100%を目指すという医療行為を普通行います。(No.14 ER医のはしくれさま)

 私が大学で習ったところでは、たとえ患者が死亡しても、処置当時の医学水準で通常求められる医学的処置を施したのであれば、それは注意義務を尽くしたのであり、過失がないから不加罰である、となると思います。
 刑法上の注意義務とは、
     100%結果を回避する義務(結果無価値)
ではなくて
     その業界で一般に認められた相当な方法を尽くす行為の義務(行為無価値)
ということを意味するのです。

 「義務」という言葉の説明が不十分でたいへん失礼しました。m(_ _)m

PS:『ウルトラマン研究序説』や『空想科学大全』によれば、ウルトラマンの踏み潰し行為は、故意又は過失があっても「緊急避難」として違法性が阻却されて不加罰だそうですw。

医療員制度妄想者です。一般人で医療員に選ばれた方に、適正な挿管の確認の一端を担ってもらいましょう。

>ウルトラマンの方々に気持ちよく戦闘していただくにはどうしたものでしょう。(No.31 元田舎医さんのコメント )

 冗談にマジレスしますと、刑法上の過失を含む「行為」は
    人の人格の主体的現実化たる身体の動静(団藤説)
ですから
    ウルトラマンは「人」でないから、何やっても刑法上不加罰
となると思います。

 そのかわり、ウルトラ一族が
    なんだと、地球の刑法では
    人間扱いしてくれないのか
    俺たちは犬猫といっしょかよ
    もう来ない!プン!プン!
とやっぱりお怒りになってお助けくださらなくなるかも……(。_・☆\ ベキバキ

 もっと怖いのは
    ウルトラ一族が日本国政府に対し
    「不当な宇宙人差別で精神的苦痛を受けた」
    と訴えて損害賠償してくること
だそうです。というのは、法理論問題以前に
    ウルトラマンが物理的に入れる法廷がない
    M78星雲に特別送達状も付郵便も出せない
からだそうです(某裁判官のお話)。

>No.32 つくねさん
>「どんなに確認作業を尽くしても誤挿管を100%発見することはできない、よって誤挿管を発見できなかったからといって確認義務を果たさなかったとは言えない」という立場です。

私は外科系の臨床医です。

法律的な観点ではなく、医学的な観点から、基本的にハスカップさんの意見に賛成です。

麻酔医の基本的な役割の一つは手術室において患者に適切な呼吸管理を施すということでしょう。

もしそれが結果として出来なかったのであれば、麻酔医は“かくかくしかじかの理由でこの症例(の呼吸管理)は難しかったのだ”と言い訳をする必要がある。

それが説得的であれば、少なくとも臨床医の多くは“なるほどもっともだ”と納得するでしょう。

“誤挿管を100%発見することは出来ない”式の議論が有効な反論とは私には思えません。

>No.29 オダさま
そうでした、その記事は既に読んだのですが、それ以前の印象が強くすっかり忘れておりました。
しかしながら、福島事件以前は、我々医療者は業務に関連した件でテレビで名前に「容疑者」とつけられて写真や画像入りで報道されるのは「治療用の麻薬を暴力団に横流しした」とか「気に入らない患者に片っ端から筋弛緩剤を打って殺した」ときくらいのものだと思っていたのです。
それが、通常の診療行為の結果でもそうなりえるという現実を突き付けられた時のインパクトやはり並み大抵では無かったと思います。
もうすぐ逮捕から1年ですが、今でもあの時の衝撃は忘れられません。同僚皆で「もう日本で医者で食っていくのは無理だね」などと毎日の様に話したものです。

約1年弱ROM専ですがこのブログで勉強させて戴いているものです。多分非医療者が主宰する医療関係のブログでPV・質ともにトップである貴ブログのコメント欄を汚してしまう事をお許しください。今日、あまりに無礼なコメントを見てしまったので出てきました。

>No.3 「日本麻酔科学会長」というポストの重みがどれ位のものなのかは知りませんけど、いずれにせよ被告人はかなりの重鎮のようで、応援団の動員力という点では福島事件より遥かに上回っているようにも思えるのですが、あまり大きな話題になっていないのは何故なのでしょうか。

FFF さん、被告が「日本麻酔科学会長」なら無条件で医者の「応援団」が動員される、と本気でお思いですか?元行政さんがNo.11だ述べたとおり、医局に所属しようが、学会に所属しようが医者は個々に一科学者として「独立」しており、常に、一事象に対して各々独立した科学的な思考をもっているのですよ。あなたが福島事件で「動員」された集団のように見たものは、たまたま考えが一致した、「独立」した個人の集まりに過ぎませんね。

そして、No.11で元行政さんの完璧なコメントを受けながら、尚も痛いコメントを
>No.15 福島事件の逮捕について話題になったときは、たしかに「証拠以前の問題として、捜査機関の立論は医学的にあからさまにおかしい、とんでもない」という声が大半だったと記憶しているのですが、先日の第1回公判に関するコメント群を見ると、そのような意見があまり出ていないようにも思えるんですよね。

FFF さん、あなたの文面からは「医者どもは公判で形勢が悪くなったから、ダンマリを決め込んだか」と読み取れますが、医者は一々「捜査機関の立論は医学的にあからさまにおかしい、とんでもない」と言わなければならないのですか?捜査機関の立論は医学的に理論破綻している事は言うまでもないことですが、検察側の冒頭陳述内容で真新しいネタ(我々が事前に報道、ネット等で入手した以上の「事実」)は全くなかったことに呆れ果てているだけです。検察に対して、こんなんで公判維持できんの?とお節介ながら心配すらしています。彼らは「漢字」さえも正しく読めない「オチ」までつけてあまりにも痛々しいようですので。

これらのコメントが、あまり事情の知らない方のものであれば口下手な私が恥をさらしてここには出てきません。これが福島事件以来数々のコメントを重ねられたFFF さんから発せられたものであることに一医療者として愕然としております。一年近く議論を積み重ねてきても、所詮は平行線、交点を見出せない事に失望の念を隠せません。
またROMにもどるしかないようです。

No.31のコメントについて補足。

今ひとつ冗談じゃなかったりします。
数時間前に、私の中で何かの線が切れてしまったようですね。

> No.32 つくねさん

 法律家が過失を肯定する際も、「確認義務を履行すれば必ずや誤挿管が判明する」と断定しているわけではなく、「誤挿管が判明して救命できた可能性が高い」「だからきちんと確認しておくべきだった」という認識を基礎にしているのでしょう。

 「どれだけ注意しても100%発見することはできない」というのは分かるのですが、「誤挿管を発見できなかったからといって確認義務を果たさなかったとは言えない」というのは議論の対象が違います。裁判所が「過失」としたのは、「結果として発見できなかったこと」ではなく、「発見しようとする努力を尽くさなかったこと」です。

 もちろん、最善の努力を尽くしても誤挿管を発見できる可能性が低いということであれば、過失責任を問うことは妥当ではありませんが、本件ではそう判断しなかった、ということだと思います。

>No.35 ハスカップ さま

刑法上の注意義務とは、
 100%結果を回避する義務(結果無価値)
ではなくて
 その業界で一般に認められた相当な方法を尽くす行為の義務(行為無価値)
ということを意味するのです。
もしこれがその言葉の通りに遂行されていれば、この様に多くの医療者が不満を唱えることは無いと思います。
今回の件に関しても、医師が通常の確認手技を行っていなかったことが判明すれば、判決に異を唱える医師は多くはいないでしょう。
しかしながら現実には「結果無価値」的な判断がかなりなされているというのが医療者の不満だと思います。
ハスカップさま自ら出された例を引用させて頂きますが
それに、注意義務を尽くせば人が死傷しても過失がなかったことになりますから
・麻酔学会所定の適正な医学的方法で両義務を履行した(注意義務を尽くした)が、不慮の事態や想定の範囲外の生体反応で死亡した−>予見可能性か回避可能性がないから無罪
に関しまして
「麻酔学会所定の適正な医学的方法で両義務を履行し(注意義務を尽くした)、不慮の事態も想定の範囲外の生体反応も存在しなかったにも拘らず、誤挿管が発見できず死亡した」
という例は確実に存在するのです。
その事を理解されずに判断が下される事があってはならない、ということを医療者は訴えていると考えていただければ幸いです。

No.38 yanyan さま
上にも書きましたが、私の立場は「誤挿管を100%発見することは出来ない」のだから「誤挿管を見つけられなかったとしても全て無罪にしろ」ではありません。
少なくとも医療者にyanyan様の言われる「“かくかくしかじかの理由でこの症例(の呼吸管理)は難しかったのだ”と言い訳をする」機会が与えられ、それが正しく公正に評価され「説得力のあるものであれば“なるほどもっともだ”と納得する」基盤がなければならないと言う事を訴えているのです。

 割箸刺突事件では、割箸が脳ミソに突き刺さったことの予見可能性がありながら予見義務を尽くさなかったと仮定しても、どのような医学的手段を尽くしても、もはや患者を救命する可能性がなかった(回避可能性がなかった)ということで、法的責任を問われなかったと聞いています。

 事故当時の医学的通常の水準に基づいた適切な処置(行為)をしているのであれば
(1) 予見可能性がなかった(当時の医学では予測自体ができなかった)
(2) 予見しても回避可能性がなかった(当時の医学では実際にした以上の治療手段がもはやなかった)
というのが第1のポイントではないかと思います。

 ですが、私が見聞きした例では、第2のポイント
(3) 予見義務に基づく治療行為を尽くしたか
(4) 回避義務に基づく治療行為を尽くしたか
という医療行為の適正面ばかりに焦点が当てられ、しかも、そこばかりをマスコミが「ずさん治療」とか「初歩的なミス」とセンセーションに報じるので、医師の先生側が誤解に基づく反発を生じるのも無理もないと思います。
 マスコミの方の法律知識の誤解や無知に基づく誤った観点からの報道が散見される今日は、おそらくマスコミの医療知識の誤解や無知もそうであろうと拝察されるだけに、特に痛感します。

 漫画ブラック・ジャックの台詞ですが「医者は神様じゃないんだ。」「治せない病気は治せないんだ。」という言葉が頭をよぎります。まさに「法は不能を強いらない」と価値観は同じだと思います。

> No.40 JOY さん

 御指摘のような悪意はありません。

 なお、No.19:元行政さんのコメントと、他エントリのコメント(CID 34784、CID 34791)を読み比べて、医師の方でも色々見方はあるのね、という理解をしております。

>ハスカップさん (No.44)

 漫画ブラック・ジャックの台詞ですが「医者は神様じゃないんだ。」「治せない病気は治せないんだ。」という言葉が頭をよぎります。

つい先日のこと。患者「その治療を受ければ100%大丈夫ってことなんですよね」、私「いやあ、100%じゃないですよ。生身の体なんだから、何が起こるかわからないですよ」、患者「それを何とかするのが医者なんじゃないんですか?!」
こんなことをもう80くらいの年配の方が言い出すんで、もう脱力です。

リンクの貼り方がよく分からない・・・・No.45で引用させて頂いたコメント(CID 34784、CID 34791)は、下記のものです。

http://www.yabelab.net/blog/2007/01/26-224939.php#c34784
http://www.yabelab.net/blog/2007/01/26-224939.php#c34791

そもそも,本当に食道挿管だったのかも気になりますね.
挿管の際は半ば無意識的に呼吸音・SpO2はチェックすると思いますし.

食道挿管だったとしても,途中でおかしいと気付いて入れ直すでしょうから,
当該医師の「治療は最善を尽くした」というのも,早々と気付いて適切な再挿管を行ったという意味なら非を問うのはやり過ぎな感じも歪めません.

(食道)挿管後,記録も含めて機械任せで,SpO2が低下するのも気付かずにずっとそのままなら,流石に弁明の余地は無いでしょうが,吸痰目的の挿管の様ですから,そのまま放って置くでしょうか?

弁護側の主張の詳細も聞きたいですな

>患者「それを何とかするのが医者なんじゃないんですか?!」 こんなことをもう80くらいの年配の方が言い出すんで、もう脱力です。(No.46 峰村健司 さんのコメント)

 どこも同じですね。心中お察しします。
公務員「もう予算がありませんので、随契(随意契約)で仕事を寄越せと言われても」
土建屋「そこをなんとかするのが公僕だろうが!市長に言ってやろうか」
こんな感じの繰り返しで3時間半も粘られました。嗚呼!
 土建屋さまが帰ったあとは、脱力を超えた虚脱放心状態でした。

 無理を通せば道理が引っ込んではいけないのが、辛いところです。
 がんばれ「全体の奉仕者」(憲法上の公務員の定義)