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武富士放火殺人:小林被告の死刑確定へ 最高裁が上告棄却(毎日新聞 2007年3月27日 19時22分 (最終更新時間 3月27日 19時32分))

 上告審で弁護側は「支店長を脅そうとしただけで殺意はなく、他の従業員は逃げたと思っていた」と主張したが、第3小法廷は「(確定的な殺意ではなく)未必の殺意にとどまることを考慮しても、死刑は是認せざるを得ない」と指摘した。

 未必の殺意で死刑というのは珍しいと思いますが、本件の放火行為の危険性の桁外れの大きさかとその結果として5人もの死者が出たことを考えますと、妥当な判決だと思います。

 以前にも指摘したことですが、「未必の殺意」という概念の必要性はほとんどないように思います。

 しかし、最近、「死刑求刑」、「死刑判決」、「死刑確定」というニュースがやたらと多いように感じます。

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コメント(3)

>しかし、最近、「死刑求刑」、「死刑判決」、「死刑確定」というニュースがやたらと多いように感じます。

それでいて、「執行」のニュースが聞かれないのは何故でしょう?
今度の法務大臣は職務を遂行すると言ってませんでしたっけ?

 逃げ場のない店の奥に従業員を追いたて、唯一の出口との間に大量のガソリンを撒き、手には着火した媒介物をかざせば、ガソリンが気化して容易に引火するなんてことは誰でもしているのだし、床に撒いたガソリンに着火させるには、広い室内空間の床上方ではガソリン蒸気が拡散して容易に引火しないから、床に相当近い距離(数十センチ)まで媒介物を近づけないと引火する程度の混合蒸気層に触れないから、やっぱり確定的故意だと思います。
 混合蒸気の引火のデータを知っているヒトなら、すぐわかります。

犯行前に十分下見をしていたということですので、非常階段が付いた裏口など無いことは最初から知っていたでしょう。刃物や銃器ではなく、ガソリンを使った放火による脅迫という性質上、その効果に決定的に関わるものですし、外から見て普通に分かるものなので、下見のときにそうした建物の大まかな構造すら見なかったということは、いくら犯行前で気が昂っていても考えがたいことです。

また、犯行中にも「おめだち」と店長1人を相手には言わない言葉を使っているようですし、店長以外は全員逃げたと思っていたという主張は、どうみても後付けの逃げ口上で、いくら何でも無理があるような気がします。

まあ、人間の記憶というものはあいまいなもので、長年異なる主張をしていれば、そちらの都合のいい記憶とすり替わることもあるといいますから、今では本人もそう信じているのかもしれませんが。

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