古紙持ち去り「昨日は無罪、きょう有罪」 同じ東京簡裁(asahi.com 2007年03月27日20時41分 キャッシュ)
東京都世田谷区のごみ集積所から無断で古紙を持ち去ったとして同区清掃・リサイクル条例違反の罪に問われた回収業者3人に対し、東京簡裁の桜井広美裁判官は27日、いずれも罰金15万円(求刑・罰金20万円)の判決を言い渡した。26日には同簡裁判決で別の裁判官2人が業者計5人を無罪としており、集積所が犯罪の構成要件となる犯行場所として特定できるかどうかについて、正反対の判断が下された。
被告人の皆さんも面食らっていると思いますが、どっちに転んでも控訴は必至の事案だと思います。
検察がはじめてのパターンの事件を起訴するときにときどきこのように裁判所によって判断が正反対に分かれるという事態が生じます。
日本の裁判官が独立している証拠だということもできますが、混乱のもとでもありますので、上級審で判断が統一されていくことになります。
>のごみ集積所から無断で古紙を持ち去った(中略)回収業者3人
なかなかユニークなビジネスモデルだと思います。
自転車でまわっておられる個人営業の方だとは思いますが、もしこの方たちに、用心深さがあって「罰せられないよね、でも念のため」と思ったら、今の日本の法体系、行政構造では、事前にどちらに問い合わせれば確かな(=責任を持った、事後で裁判・敗訴になったらその人が責任引き受けてくれる)判断が得られるのでしょう?(内閣法制局かなあ ちょっと大げさか)
以前もお聞きしたのですが皆様お忙しいのかお答えいただけなかったもので。
「人工呼吸器で延命しているが、家人としては中断して欲しいが、医師は中断してくれない、中止するように裁判所命令出してください」と言う民事裁判は日本の法体系では禁止されているのでしょうか?
(アメリカではにっちもさっちもいかなくなったとき法廷の判断仰ぐようですが 例カレン裁判)
あるいは、「重度障害を持って生まれてきた子供に、親権者は、医師が必要と考える延命のための手術を受けさせないと行っている。医師サイドから、裁判所に親権者に手術を受けさせるよう裁判所命令出してくださいと訴える」のは?
禁止されてはいないけれど、日本では法廷は「火中の栗」を拾った人を裁くのであって、法廷自ら「火中の栗」を拾うような危険は侵したくないから、このような裁判が出来るよと言うことは広めたくないのかな と思ったりもするんです。
日本の司法制度は基本的に過去にあった出来事の当否を判断するだけで、これからやろうとする行為について当否を判断するというシステムはないです。
アメリカで、裁判所の判断を求めることが多いのは、
英米法では歴史的に司法権の権限範囲は広いものとされていて、法律(判例)がなくても裁判官の判断により「〜せよ」という命令を出せる制度であるためと思われます。
日本は戦後アメリカ風な憲法を入れたとはいえ、制度全般の基本ベースは大陸法系なので、裁判所が何でも判断して命令するということはできません。
裁判所ではなく、行政庁に対してお伺いを立てて、行政指導を求めるということは考えられますが、
間違ったアドバイスに従った場合に、民事刑事の責任が免責されるという保障はありません。
対行政の関係においては、行政庁が自らの前言を翻して国民に不利益を与えるのは不誠実であるという「確約の法理」が使えるかもしれませんが・・・
なので、こういう古紙回収が刑事上適法であるか否かを、事前に権力側に対し判断してもらうことは不可能と思われます。
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司法が、
相手方に対して今後に何らかの行為をすること(作為・不作為)を義務づける、ということはありますが、
厳密に言えばこれは将来の行為を判断しているのではなく、「相手方に要求する権利がある(あった)」という過去〜現在までの出来事に関する判断から導かれる帰結でしかありません。
家族が病院に対して治療の中止を求める、のは、一応はこの普通の裁判の枠組みに乗ると思います。
しかし、私見では、日本の裁判所は、<家族が>中止を求める権利を容易に認めないような気がします。命のことは本人にしか処分権限がなく、家族や代理人の立場では決められないという考え方。cf.下級審例ですが、安楽死の刑事免責要件として、本人の意思が強く要求されています。
親が子供の治療を拒否し、そのことが子供の生命身体に重大な危険を及ぼす場合については、虐待とみて対処すればよいと思います。
・親と切り離し、児童相談所に保護する(児童虐待防止法8条)
・家庭裁判所に親権喪失を申し立てる(民法834条)
宗教信条に基づいて輸血等の一定の治療方法を拒否し、子供にも許さないという親というケースがときどき問題になりますが、子供の生命身体の危険度(他の治療方法はないか)により判断するしかありません。
緊急の場合は親権喪失の手続きをとっている時間がありませんから、
親を手術室から放り出して治療を強行した場合に、命を救うために他に方法がなかったのなら、緊急行為として許されると考えます。
逆に、親を排除して治療すべき「義務」があるかというと、親が子供を囲い込んで治療させない場合に、子供の生命に危険があることを知った医師が、親元に乗り込んで子供を奪い取ってくる義務まではないと思います。通常の手続きによる保護が間に合わず子供が死んでしまっても、医師には民事刑事の責任はないでしょう。児童相談所などの行政も、そこまでの義務は負っていないのと、同様です。
本件は集積所と分かるかどうかを、故意の成否の問題(違法の意識の可能性)と見ているようですが、
それ以前に、客観的に窃盗罪の対象たる 財物 かどうかが問題になるのではなかろうか。
いったい、古紙は財物 なんですかね?
そのへんに放ってある反故紙は捨てられるだけで、財産的価値はない。
ゴミと財物の区別はどうやってつけるのか?
本件判決は、「集積所に置いてある古紙」なら財物に当たると解するのか?
そうすると、「空き缶はリサイクルしよう」と書かれたゴミ箱から、缶を持ち出すことも窃盗罪となるか?
空き缶の奪い合いで回収業者の間で血を見た事件があるから、経済的価値がゼロとは言い切れないけれど。
一応、財物に当たると見た上で、「価値が著しく低いから、加罰的違法性なし」(ハナ紙数枚を盗んで無罪になった判例あり)とする考え方もあり得ると思います。
No.2 YUNYUN さん、こんにちは。
間抜けな質問で申し訳ないのですが、
>家族が病院に対して治療の中止を求める、のは、一応はこの普通の裁判の枠組みに乗ると思います。
これで、病院側が応訴しなかったら、裁判所は、一方的に治療中止の判決を出すことになるのでしょうか?
それならそれで使えるかなと、、、
YUNYUNさん お返事ありがとうございます。いつぞやは算数におつきあい頂き、「理系文系」論争でご迷惑かけ申し訳ありませんでした。私も、必死に検算いたしましたです。
いえ、率直に言って、乗りさえすれば、そして何らかの判断を出してもらえれば、いいんです。
詰まるところ、今からやろうとしていることを、「どうしてそういう行動をするのかの理論」「具体的にやる内容」をきれいにそろえて出して、判断を仰ぐだけですから、事前であろうと事後であろうと医師サイドにとっては手間は変わりません。やってしまった後だと罰せられるか、民事で訴えられるかの危険性有るけれど、事前なら、「私はその裁判所の判断に納得できませんが、裁判所がこういってますから、それに従います。文句があったら、裁判所にどうぞ」といえて訴訟リスクなくなって医療崩壊の危機が減るだろうと思っているのです。
もちろん、これは、一つの有力な考え方として成り立ちますのでまったく問題有りません。事前にこうだといってもらえれば、家人が延命中止を求めて説得する相手が医師ではなく裁判官(および現行法体系)だと誰の目にも明確になって、医師が矢面に立つ必要性がなくなります。それが大事なんです。
そういう意味で、創価板UD日報係さんがおっしゃるように、ほんとは、黙って家族の希望通りにしてあげても良い時でも、それでは事後に問題視する向き(遠い親戚、検察、人権に関して強い信念をお持ちの団体の方)でるかもしれないので、形だけ、ごく形式的な民事訴訟を起こしてもらって、医師はあえて積極的には応訴せず、裁判所の命令に従うのもありかなと。
遠い親戚、検察、人権に関して強い信念をお持ちの団体の方が「どうして延命中止の命令を出した」と裁判所と争われるのは、ご随意にです。
> 創価板UD日報係さん
先の代理出産の様に、裁判所は判断せずに原告敗訴になりそうな気がします。
しまさん
確認せずに書いているので間違っていたら申し訳ないですが、
最高裁は、判断していないのではなく、「代理出産を認めた高裁判決を、「民法が認めていない関係の成立を認めた裁判は、公序良俗に反し無効」。現行民法下では代理出産で親子関係は認めない」と判断したのでは。これはこれで、一つの判断ですから私は認めます。後に続く者に対し、明確な指針になりますから。
延命中止認めず、とはっきり裁判所が事前に判断するならそれもまた一つの判断として尊重いたします。
一番たちが悪いのは、延命中止を家人が求めた時に、家人にはこのような訴訟を起こす資格がないとかいって、延命中止せよとも延命中止はしてはならないともいわず、すませられることです。
あ、でもその場合は、家人は医師に対しても延命に関する要望出す権利ないわけだから一切無視すればいいのかな。まさか、裁判で判断を求める権利はないが、医師に個人的に要求する権利があるなんてことはないですよね。
ところで、東京都品川区は応訴したんでしょうかね?
私が区長なら、「よう分からんな。我々は、現在の法では認められないと解釈しました。その解釈が間違っているにしろ、間違っていないにしろ、裁判所の方で判決出して下さい。判決通りにしますよ」と言うところですが。あまり積極的な応訴にはなりようもない気が。
この裁判は形式的には事後ですが、実質、裁判所どうするのか判断せいという限りなく事前的裁判ですね(品川区長も、区役所戸籍係の人も敗訴でダメージなんか受けてませんよね)。
YUNYUNさん すぐ絡んでしまって悪いのですが。
うすうすは、そうではないかと思っておりました。
でも、この有る個別具体的行為が刑事上適法かを事前に知るすべがないという状態は、私はよろしくない状態だと思うのですが、法曹の方にとってはそうでもないのでしょうか?大陸法系日本に住む人すべて等しく受忍すべき状況であって今後も改善の見込み無し、ということになっているのでしょうか。
成文法にすべての行為を列挙せよとは非現実的過ぎて主張しません。しかし、有る抽象的法文があって、私の行う個別具体的事例がこの法令違反になりますかと言う問いかけには答えて欲しいというのは、順法精神に富む人すべての願いでは?
「法の不知を許さず」というからには、「あらかじめ聞くから、先に教えろよ」というのはきわめて筋が通っているのでは。
行政からの制裁については、いわゆるノーアクションレター制度により前もって教えてもらうことが出来ます。ノーアクションレター制度とは、質問に文書(レター)で返答をもらえ、それに従った場合には後に制裁を受けない(ノーアクション)というものです。
http://www.e-gov.go.jp/link/no_action_letter.html
刑事罰については、そのようにしてしかるべきところに聞いた場合には、(所轄官庁から回答結果がweb上に公表される形での回答という、ある程度公式な見解を得た場合といえると考えられるので)違法性の錯誤で、違法性を書いた場合に相当の理由がある場合に当たるかなと思います。要は行為者に責任がなく罪にならない。
その他の論点については、いまだ考えがまとまっていませんので、1点だけ先に。
> 行政からの制裁については、いわゆるノーアクションレター制度
はNo.2に書いた「確約の法理」を制度化したものと解されます。
No.9 通りすがり様もお書きのように、「行政関係」についての問い合わせなので、
> 刑事罰については、
行政機関の中には問うべき官公庁がない、ということになるかと思います。
裁判所がどう判断するかは、行政機関としては分かりませんから、回答できません。
本件条例では罰金刑(刑罰)を課していますが、
もし過料を定めているならば、裁判所ではなく地方公共団体の長の判断によりますから(地方自治法149条3号)、回答を得られるかもしれません。
当該地方公共団体が、ノーアクションレターの制度を設けていれば、です。
No.2 YUNYUN さん
御高説のとおり、「日本の司法制度は基本的に過去にあった出来事の当否を判断するだけで、これからやろうとする行為について当否を判断するというシステムではない」わけですから、「親を手術室から放り出して治療を強行した場合に、命を救うために他に方法がなかったのなら、緊急行為として許される」とゆうのも、「親が子供を囲い込んで治療させない場合に、子供の生命に危険があることを知った医師が、親元に乗り込んで子供を奪い取ってくる義務まではない」とゆうのも、所詮、貴方の予測に過ぎないです。
裁判所が、「親を手術室から放り出して治療を強行したこと」や「医師が、親元に乗り込んで子供を奪い取ってこなかったこと」を違法だと宣言して、医師に超高額の賠償金を払わせる可能性は否定できません。
そんなバカなことは考えられないと反論されるでしょうが、現実にそういうバカなことを繰り返してきた、というか拡大再生産して数々医療機関を破綻させ、医療従事者のやる気を削いでいるのが司法であることを銘記して頂きたいものですね。
法曹家は、こうゆう現実を直視せず、「裁判はそうゆうものだ」「判決(=医学の素人である法曹家の気分のあらわれ)に従え」と繰り返すばかりです。結局、自分たちは何一つ改善すべき点はないだということですね。その傲慢さが国民全体の司法不信を招いていることに気付くべきですね。
>法曹家は、こうゆう現実を直視せず
医師にとっては医療過誤訴訟は日常的な脅威だと思いますが、法曹の多くにとっては、経験したこともない事件なのです。
直視するしない以前に問題意識を持つ機会が少ないのです。
ですから、このブログで医療関係エントリを維持しているのです。
No.11 魔人ドールさま
> 貴方の予測に過ぎないです。
このエントリの趣旨は、法曹の標準的な意見を聞きたい、ということだと理解しております。
ここで、「標準的」というのは、法曹の8割以上(おおむね9割)の多数意見という意味です。
私が他の人と意見を異にする私見を述べる場合は、そのように注記しています。
法曹全体の標準的な意見はどうあれ、自分が当たった裁判官がどう判断するかがだけが問題だから、
標準意見を聞くことは無意味であるとお考えなら、あなたはこのエントリを読む必要はないというだけのことです。
このように厳密に記載すれば、ご満足でしょうか?
・親が子供を囲い込んで治療させない場合に、子供の生命に危険があることを知った医師が、親元に乗り込んで子供を奪い取り治療すべき義務があると判断する裁判所は全くないとは言い切れないが、数的には全体の1割以下の少数派である。
・「親を手術室から放り出して治療を強行したこと」や「医師が、親元に乗り込んで子供を奪い取ってこなかったこと」を違法だと宣言して、医師に超高額の賠償金を払わせる裁判所は、全くないとは言いkれないが、数的には全体の1割以下の少数派である。
・全国の約3500名の裁判官のうち、具体的に、どの裁判官がそのように判断するかは、今まで調査されたことがないため、不明である。
>No.11 魔人ドールさん
>法曹家は、こうゆう現実を直視せず、「裁判はそうゆうものだ」「判決(=医学の素人である法曹家の気分のあらわれ)に従え」と繰り返すばかりです。結局、自分たちは何一つ改善すべき点はないだということですね。その傲慢さが国民全体の司法不信を招いていることに気付くべきですね。
魔人ドールさんは、攻撃の相手を間違えてます。
追求するべきなのは、法の用意をしなかった行政・立法府の責任です。
裁判では現実に起こったことを、今ある法体系に従って判断するしかないもので、あらゆる事態に対処できるように見えているのは、あらゆる事態に対処せざるをえなかった結果を見ているだけです。
アンパイヤーにヒットを期待するのは間違いで、ヒットは選手に求めるべきです。
法に不備があって、多重の解釈を許すことが混乱につながるのであれば、法の改正が必要なのであり、不備な法に従って末端の警察官や行政官が右往左往するような事態は望ましくないのです
親から子供を引っ張り出して治療しないといけないとするのは、医師としてもやり過ぎでしょう。児童相談所か警察に依頼・協力を仰ぐのが筋というものです。
例えそれで子供に被害が及ぶことや、利益が届かないことがあったとしても、医師という他人ができることには限界があるということです。
一歩間違えれば、子供の権利も親の権利も侵害するかもしれないという、際どい状態だという認識が足りないんじゃないかと思います。
医師は、お節介までは求められていないと、もう少し謙抑的であるべきでしょう
他人の家に許可されていないのに入ることは、医師であるということだけで許されるとは思いません。
社会的に期待されていない救命行為まで、義務感に燃える必要はないでしょう
という裁判所の苦渋の審判の声も聞いてみるべきでしょう
(続いての高裁の介護費用も”損害賠償の対象”と認めた判断には?ですが)
現在過去エントリとコメントを読みかじり中。ちょっとだけレスです
No.14 Med_Lawさん
しかし、検査を拒否する患者に対して「検査に踏み切る義務があった」みたいな判決も出る現状ですからねぇ…>No.15 峰村健司 さん
私は、大人の愚行権は認められる権利だと思ってます(他人の権利を侵害しない範囲で)
医療判断については患者は知識がないため判断能力の欠けるので、検査拒否する場合も愚行であることを理解した上での愚行権の行使なのか、たんなる無知識ゆえの愚行なのか、医師も判定して医療を行えということでしょうね
私なら
「検査(治療)を行わないリスクを承知の上で、拒否された」
と一文書いて、更に
「家族への説得を試みたが、本人が連絡を拒否した」
とまで書いて、本人に愚行の責任を取ってもらうようにすることでしょう。
そして更に結果に責任が持てないため、転医を勧め、完全に契約関係を切ることになるでしょう
自ら進んでリスクを高める患者の面倒を最後まで診ないといけないと思うほど、お人好しな私じゃないので、昔の基準では良い医師ではないのかもしれません(笑)
No.16 Med_Lawさん
愚行権ですか。全く賛成です。私も「説明したが治療は希望されず」などとよくカルテに書いています。「あなたこの治療を受けないんだったら、単に病院に顔を出してお金を落として、目が潰れるのを待っているだけの人ってことですよー」などと皮肉を言ってみたりもします。しかし、
患者が理解しているのかしていないのかについての判断基準がないまま、司法が患者救済判決を出してくる場合がある現状で、どうしろと言うんでしょうかねぇ…少し静観しておりましたが、あまり反論も出ないようですので(スルーか?)
一応、
「(ほんとに家族と医師団の意見が対立しての)本気モードでの、事前に、患者家族が延命中止の裁判所命令求める裁判は法曹的に、可能。裁判所は何らかの結論(延命中止せよ、延命中止するな)を出すであろう」
と言う認識でよいでしょうか。
では、医師団は中止しても良いとは思っているが、萎縮していて、裁判所命令あれば止めますよとのスタンス(裁判で一応きっちりと医学倫理的に教科書通りの反論はする、データも、ありのままそろえ、さあ、判断してくださいとのスタンス)での
「ヤラセモード」での同様の裁判は(もちろん表立ってはヤラセとは言わないでしょうが)?
これも一応OKと言う認識でよいでしょうか
上両者がOKなら、私の意見としては、尊厳死立法はまだかと現場の医師は悩まずに、どんどん家族と相談の上、裁判所命令求めれば、現場の混乱のかなりの部分片が付くのではと愚考致します。悩んでないで法のプロに相談相談、任せちゃいましょう。
(家族がそんな命令求めるのは外聞が悪いとためらったら、家族の延命中止にかける思いはその程度なのでしょう。延命中止を医師に頼み込んで聞き入れてもらっても、事後に「外聞」問題出てきたらそんな依頼はしていないとはしごをはずす可能性大です。)
wikipediaでは、罪刑法定主義は
と書いてあります。
ある個別具体的行為が犯罪ですかと聞いても教えるところはなくても、「どのような行為が犯罪に当たるかを国民にあらかじめ知らせることによって」になるんですか?
抽象的法文があれば、「法学の想定する成人」には「どのような行為が犯罪に当たるかを国民にあらかじめ知らせた」ことになって、個別具体的行為の当否は当然判るはずだと言うことになっているんですか?(経済学の想定する人は合理的判断をするんでしたよね。法学の想定する人ってどんな人なんでしょう)
でも、古紙持ち去りが違法かどうか裁判官でも意見別れるんですよね、それを一般人には当然判るはずだというのは、すごい。うれしくなります。
インフォームド・コンセントが問題になる裁判の時、法の想定する一般人(抽象的法文から、裁判官でも判断の分かれる個別具体的事例の当否が理解できるはず)なら、私の説明聞いて理解できたはず、だから難しくて判らなかったと言う反論は一切不可と言っても良いですか。
判るはずはないけれども「それをいっちゃあおしまいよ(罰することが出来なくなるので)」と言うことになっているのでしょうか(法学闇の奥義?)
それとも、判るはずはないが、法はそれでも罰するのだと言っちゃってるのでしょうか。(黒法学?)。
これは、私の感覚では既に罪刑法定主義ではないです。
>「法の不知を許さず」というからには、「あらかじめ聞くから、先に教えろよ」というのはきわめて筋が通っているのでは。
これはきわめて筋が通っている話でして、ですから法律は公布から施行までの間に数か月から数年の周知期間を置くのが原則です。
問題は、「誰が教えるのか」です。
三権分立のもとでは、本来的には、それは裁判官の職責ではないのです。
>罪刑法定主義
過失犯というのは、そもそも罪刑法定主義との相性がよくありません。
罪刑法定主義が機能しにくいというのは事実だと思います。
ですから、運用面での慎重な判断が特に要求されると考えるべきだと思います。
モトケンさん ありがとうございます。
以前のお返事で、検事に聞くというのも望み薄だったかと(検事は行政職だが限りなく司法に近いので)。
では、法務省? それとも所轄の官庁? 内閣法制局?(こればっかりですが)
そちらに尋ねたら、「抽象的法文は作ります。法に具体例の列挙なんか出来ません。法の具体的事例への適応は司法の役割だ」と言われそうな気が。それとも「具体的事例への対応は裁判所じゃないですね。私ども行政(あるいは立法)の役割か? さあ知りません。」かな?
まあ、たとえ、教える気があっても
のようですし。
ちょっと脱線
ホリエモン事件の会計士有罪でしたが、詳しい内容知らなずにしゃべって申し訳ないですが、「完全に共謀、悪いことと知っててやったなら仕方ないかなと思います、でも会計士として相談受け、微妙なところの判断をこれはセーフではないかと職業倫理にかけて思って、やって、その結果が刑事有罪なら、だれも微妙なところの判断なんか事前にしなくなるんじゃないでしょうかね。」
ちょっと言ってることが混乱していますが、
つまり微妙な案件について、裁判所は事前の判断しない(のは仕方ないとしても)、でもどこか(例 行政府)が事前の判断するべき、しないといけない状況なら、裁判所は事後に、微妙な案件の判断が裁判所と違うからといって断罪するべきではない。そうしないと誰も微妙な案件の判断に手を出さなくなる。断罪するなら、「あらかじめ私どもに問い合わせていただければお教えしましたのに」と言うべき。
ということです。
falcon171 さん
>では、法務省? それとも所轄の官庁? 内閣法制局?(こればっかりですが)
そちらに尋ねたら、「抽象的法文は作ります。法に具体例の列挙なんか出来ません。法の具体的事例への適応は司法の役割だ」と言われそうな気が。それとも「具体的事例への対応は裁判所じゃないですね。私ども行政(あるいは立法)の役割か? さあ知りません。」かな?
何故、立法府が抜けているのでしょう?
国会の議事録を読めば、法の具体例の列挙をして議論していることは、明らかです。
小、中学生で習うことのように思いますよ
古紙持ち去りのような、国会の議事録に列挙されてる具体例、に出ていない具体例が
ここで問題になってるのだと思いますが。
>問題は、「誰が教えるのか」です。
法律は公布されれば、国民が各自それを自分で読んで理解する、というのが建前なので、
特に「教える」機関というのは予定されていないんじゃないでしょうか。
予定されてなくても教えちゃいけないってことはないので、行政指導があるわけですけれども。
微妙な事例については、自己責任で行動するしかないと思います。
法律が予定してなくて、かつ、やばそうな雰囲気のものは、違法を避けたいのであれば、やらない方がいいに決まってるし、
そこをやるってことは、それなりのメリットがあるからなんでしょうから、
その辺を秤にかけてチャレンジするかしないかなんじゃないでしょうか。
>falcon171 さん
「事前の判断」は、立法の時点で行われるべきだと思うのです。法律の条文自体が微妙であるからこそ、国民も微妙な判断を迫られ、裁判所も微妙な条文に基づいて判断しなければならなくなるのだと思います。
しま様
>「事前の判断」は、立法の時点で行われるべきだと思うのです。
>法律の条文自体が微妙であるからこそ、国民も微妙な判断を迫られ、裁判所も微妙な条文に基づいて判断しなければならなくなるのだと思います。
それは理想ですが、立法府にも行政府にも残念ながら神様はいません。
古今東西のあらゆる事象・研究・犯罪etcを網羅して把握し、それを法的に整理できるような卓越した能力を備えた行政官も国会議員も多分いません。民間でもまだ見たことはありませんが。たった数名の立法プロジェクトチームで、億を超える人々の英知に勝てるという傲慢さも持ってはいないでしょう。疑義の多くは、立法時点で一般的でなかった事象や想定されなかった事象や将来的に発生した社会現象的なモノの取り扱いですし、どれだけ条文を詰めても、未来が不確実なものである以上、結局疑義はなくなりません。
行政官や国会議員の能力にも限界はありますし、作業時間も無限にあるわけではありません。また、条文に詳細に書きすぎると、適用は極めて明確ですが、非常に柔軟性がなく、守備範囲の狭い、又は使い勝手が極めてよくない、悪く言えば使えない法律が出来あがります。
ご存知ないかもしれないですが、法案の制定・改正作業といえば、一言一句どころか、てにをはまで徹底的に調査・討論し、恐ろしいほど膨大な時間と労力を費やします。特に法制局の法令審査の厳しさは有名ですし、関係省庁間の調整では人知をつくした膨大な疑義合戦さえ行われます。でそんな作業を経ても、こなせるシミュレーションは森羅万象に比して微々たるモノであり、結局法律に反映できるのは、至極一般的な事象についてでしかありません。
後は、国会審議の過程での議論や立法趣旨から、有権解釈権を持つ官庁が解釈をひねり出し、通知等で知らしめるか、判例を待つしかないのです。一度出来てしまった法律は、行政的には行政官の手で何とかできますが、刑事的には行政官の手を離れてしまいますし。
どーでもいいことですが、何かエロエロと弁解したくなるんですよね〜。元行政の悲しさか・・・。
>じじいさん
いや、別に完璧を求めているわけではないのですが。法律に関しては行政だけでなく政治家も責任を持っているでしょうし、国民も責任を持っていると思います。
「この法律はおかしい」と思ったら、誰かが声を挙げなければならないと思うのです。
時代や現状に合わせて法改正をするわけにはいかないものでしょうか。
本来であれば当事者で解決するべき事に対しても、解決を求められる行政の方々はいつも大変だなと思っているのですが、きつい事を申し上げているのだとしたらお詫びする以外にありませんね。
しま様、ありがとうございます。
いえ、いえ、責めてるわけぢゃないんですよ。
私も役人について結構きついこといってますし(^^;
どうも自分では文句を言うのですが、他人に批判されるとむくむくと反論シタイゾー君が起きてきてしまいまして・・・m(_ _)m
さて、集積所については、本件は裁判所の解釈に委ねざるをえないのかなと。
行政による規制で、違反者を行政側が告発し、その上で警察が動くシステムの場合なら、当該行政庁に予め聞けばよいかもしれません。警察が行政による告発を、法的のみならず事実上も待たずに現場を見つけるや否やビシバシ行っちゃう場合は余り意味がないですが。
ただ、本件の場合など、あくまで想像ですが、たまさかおじさんが知らずにやったというよりも、集積場に集められたものであることを認識しつつ、掲示が分かりにくいのをいいことに、行政等の注意も聞かず常習的に持って行ってたのではないかと思うのですが。この程度のことで一回みつけたらいきなり告発は、行政的には考えがたいことです。
本エントリーの話については、おじさんがたとえ予め行政(区)に聞いたところで、そこは集積場なのでダメですという答えしか返らないと思います。
で、集積場の定義ですが、余り法律に厳格に書きすぎると、5万ある集積場のあちこちで条例上の「不法投棄」(集積場の範囲外へのゴミだし)が大量に発生してしまうんじゃないですかね。だから書きたくても書けんような気がしますです。
「裁判所ではなく、行政庁に対してお伺いを立てて、行政指導を求めるということは考えられますが、間違ったアドバイスに従った場合に、民事刑事の責任が免責されるという保障はありません。」というYUNYUNさんの言葉が、かなり強いニュアンスに理解されているように思います。
実際問題として、例えばノーアクションレターを取るなど、ある行為がある法令に反しないかについて、行政に対してしかるべき問い合わせをし、問題ないとの回答を得ているにもかかわらず、その法令に反したとして刑事罰を受けたり、その法令の効果として民事上の責任を負わされたりという事態は、確かに全くないと保証することはできないにしても、その可能性はかなり低いと思うのですが。(一般不法行為責任なんかは判りませんけれども、、)
ビーチバレー浅尾美和のハプニングで水着がずれて出てる。
おかしな話だな。はっ!
学生さんとかは、よく粗大ゴミを有効活用しているけど
あれが罪になるって言うのは話にもならねえね。
結局はリサイクル利権による甘い蜜を吸いたがる
ヤツラ、輩を脅かそうとする者を、法律の名前の下で
びびらせようとしてるだけ
国が腐れば腐るほど法律が増える。
ギリシャの哲学者、タキトゥスも言ってたな。