エントリ

 ようやく始まりました。
 今朝、出張先の旅館のテレビで弁護団の記者会見の内容を見ました。
 その感想を本音で言うと放送禁止用語を連発しそうな感じでした。
 事務所に戻ってきて、弁護団の意見を確認しようと思って主だったニュースサイトを見てみましたが、一番詳しそうなのが毎日でした。

 山口・光の母子殺害:元少年側「傷害致死」 検察側「死刑が相当」−−差し戻し審(毎日新聞 2007年5月25日 東京朝刊)

 弁護側は、独自に行った法医鑑定から殺意を否定。「弥生さんについては、騒がれたため口をふさいだら誤って首を押さえ続け窒息死させた。夕夏ちゃんについては、泣きやまないので首にひもをまいて、蝶々(ちょうちょう)結びにしたら、死んでしまった」などと傷害致死罪を主張。強姦目的についても「被害者に中学1年の時に自殺した母親を重ね、甘える思いで抱きついた」などと否定した。

 たしかもっとすごいことを言っていたはずだと思って探したら以下のブログがありました。

  光市母子殺害事件 弁護側「死姦は蘇生行為」と主張

「朝ズバッ!」によると、「死後に姦淫したことは、被告が死者を生き返らせようと思ってやったこと」と弁護側は主張している模様。

 これらを第1回公判で主張したのなら私もそれなりに理解できるんですが

 最高裁までやってきてやっと主張して、差戻審でさらにそれを膨らましたという感じでして

 つまるところ何を今更、というところなのですが

 この弁護団の主張については遺族の本村氏も

怒りを通り過ぎて失笑した(京都新聞)

とのことであります。

 本件は死刑求刑事件であり、それなりに襟を正して論評しなければならないと思っておりますが、

 その観点で顔文字の使用は控えるべきだと思っておりましたが

 今のところ弁護団の意見をどういうスタンスで論評すべきか迷っております(^^;

 弁護団の意見の詳細を知りたいものであります。

追記
 弁護団の主張に対する冷静な検討については、「弁護団の主張について(光市母子殺害事件)」を参照してください。

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コメント(34)

 弁護団に被告人が言ったのか知りません(それに類することを言ったのだと信用したいところですが)が、復活の儀式論とか、最低限もうちょっと言葉を選ぶことは出来なかったのかと私自身も首を傾げました。
 何を今更なのはもともと上告審の段階で明らかだったことですし、一応差し戻して最後の審理の機会が与えられたわけですから、今更取り立てる必要もないかと思います。

 二審までの弁護人に問題があったのか、上告審からの弁護人に問題があるのか、被告人が振り回しているのか、憶測の域を出ることは出来ませんが、またしても弁護人バッシングが起こっているのは悲しいことだと思います。

一般人の司法システムへの信頼が揺らぎかねない弁護団ですね。
法曹の権威はなぜ彼らの主張のでたらめさを声を大にして触れ回らないのでしょうか。
なぜ沈黙を守っているのでしょうか。
国民全部を敵に回しても生きていけると、本気で考えているのでしょうか?

読売新聞の記事では、ちょっと別のポイントについても触れられていますね。
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070524i115.htm

> これに対し、弁護側は「著しい精神的な未発達がもたらした偶発的な事件」と主張。強姦目的や殺意を否定し、「傷害致死罪にとどまる」と述べ、犯行時の精神年齢を12歳程度だったとした独自の鑑定結果を示して、更生は可能と指摘し、「一生かけて償うチャンスを与えられるべき」とした。

ということなので、一つには精神年齢が低かったために、上にあるような突飛な理由で行動した、と主張しているのかもしれません。またこの記事によれば、弁護側の意図するところでは、精神年齢が低かったから(まだ成長の余地があるので?)、更生は可能であると読めるように思います。

この精神年齢という言葉が何をさしているかちょっとわからないのですが、我々精神科医が普通使う場合、知能の発達の程度を指すことが多く、そうであるとすると弁護側は、被告が軽度精神遅滞であると主張していることになります。この年齢になってから、急に知能が伸びて精神年齢が高くなるとは、考えにくいため、そのことと更生可能性を直結させる論には、違和感を感じます。

>風の精霊さん

 私としては、弁護団に対する人格攻撃をするつもりはありませんが、弁護団が何を目的としてどういう計算で動いているのかについては大変興味があります。
 私とは相当違う感覚であることは間違いありません。


>desk さん

>一般人の司法システムへの信頼が揺らぎかねない弁護団ですね。

 一般人の感覚はそうでしょうね。


>afcp さん

 こういうコメントがすぐに返ってくるところが、このブログが一般的な法曹ブログと違うところでしょうね。

 afcp さんのコメントを私なりに解釈しますと、被告人が本件犯行で示した危険性を矯正することは容易でない、というように読めます。
 違いますでしょうか?

司法試験に合格し、数十年も法廷で戦ってこられたベテラン弁護士が、死刑を回避するために寄ってたかって一生懸命考えたんですよね、この意見・・・。

精神の幼稚さを殊更に強調することで、責任能力一点で争いたいのかもしれません。
しかし、不謹慎な言い方ですが、既に「詰んでいる」と思うのは私だけでしょうか?

法律の門外漢なので、質問です。

最高裁で、「揺ぎ無く認めることができる」の目的語は「殺意があったこと」、すなわち、「傷害致死でなかったこと」のように記憶しています。
これは裁判法で差戻審を拘束するとあったと思います。

ならば、新規に証拠が無い場合、弁護団が傷害致死を主張することは意味があるのでしょうか。
それも、聞いて呆れるような論点です。
私なら、殺人を認めて真摯に反省していて、更生の可能性があるという一点で議論します。

永年経験を積んで来られた安田先生が、何故このような弁護方針を立てたのか、不可解でなりません。

大抵の事は許容するのですが、いくらなんでもこれは酷い

被告は、自分が中学1年のときに自殺した母への人恋しさから被害者に抱きついた。甘えてじゃれようとしたので強姦目的ではない。騒がれたために口をふさごうとしたら誤って首を押さえ窒息死させた。死後に遺体を犯した行為は、生をつぎ込み死者を復活させる魔術的な儀式だった。長女は泣きやまないので首にひもをまいてリボンの代わりに蝶々結びにしたら死んでしまった。どちらも殺意はなく、(殺人より罪が軽い)傷害致死罪に当たる。
http://www.j-cast.com/2007/05/25007937.html

これらの主張を21世紀の裁判官に受け取ってもらえと言うのでしょうか。

ほぼ一年前に、安田弁護士の裁判欠席事件があってその件について、モトケンさんもわたしもブログで書いています。
「母子殺害」で検索すると、すぐにモトケンさん記事が出てきて記事中にわたしの「酔うぞの遠めがね」の紹介があるから、一年前の記事にコメントが付いています。

当時の記事を読み返しても、わたしは事件そのものよりも非常に厳しく「弁護士欠席」を問題にしています。

今回は弁護団の主張の中に「精神年齢が12歳程度だったとの独自の鑑定」というのがあって、個人的にはいくら何でもそれはないだろうと思うところです。

どうも弁護団の主張は極端に行きすぎているとしか思えず、これは弁護活動と言えるのか?と思うところです。

 凄まじく現実離れをした弁護団の主張、論理展開だと思いますが、司法の崩壊を狙っているとか、政治目的という声もあがっているようです。
 先ほどたまたま見かけたブログですが、とても参考になりました。
> 社民党の顧問弁護士を務める中光弘治先生は、判決で無期懲役が出たときに 被害者遺族の前でガッツポーズをしてみせるくらい熱い漢(おとこ)だ。
http://sarah.iza.ne.jp/blog/entry/179363
 弁護士という業界自体にも深刻で、危機的な問題を含むんじゃないでしょうか。
 21人ですか、「感応性精神病」というものあるそうですが、なまじ知識や信用があるので、症状が亢進しているのかも、専門家(精神科医等)のチェックも必要なのではないでしょうか。
 死刑廃止のための国民の理解が得られるとも考えにくいです。主張者、同調者の主観面を含め。火に油を注ぐ、というのが真の目的なんでしょうか。なんか色々と巻き込んでいるように思えます。

 つくづく思いますが、「荒唐無稽な、安田弁護士大サーカス団」という印象ですね。弁護士全体が、気色ばんで見えます。
 曲芸飛行をぶっ飛んでいるようです。猛獣使いが、猛獣より手に負えない、犯罪者を量産しているような。このところの理解を超えた悲惨な事件とも通じるところがありそうな気がしました。
 安田弁護士って健在だったんですね。意外でした。
 経験豊富な弁護士で、偉い人のようですが、言っていることを聞いていると、ただの「気違い博士」にしか思えません。
 あくまで率直な、感想です。極めて自然な。

>ようやく始まりました。

本当にそうですね。なにより本村氏をはじめご遺族の今度こそ死刑判決をとの願いがかなうことを願ってやみません。

弁護団の目的は死刑回避、その為には荒唐無稽な話を作り出し、なりふり構わずというところなのか。被告人が出した手紙の内容や、1.2審での事実認定された経過は何を意味するのかと問いたい。この弁護団のメンバーとは、私の常識というものと180度違うと言えるだろう。思想の自由があるからどんな思想を持とうが個人の勝手といえば、それまでだが、改めて話しても分からない人達がいるという感想です。何が正義なのか、何が悪なのか、そして何の為の法なのかと考え込んでしまった。

こんなうそ話を作り出した弁護団を偽証罪かなんかで罰することは出来ないのでしょうか、
また、彼らが所属する弁護士会やその他大勢の弁護士の方々はどのように捉えられているのでしょうか。刑の軽減の常套手段なのでしょうか。

真実を曲げてまで、死刑回避しなければならないのか、いや死刑廃止こそが、絶対的な価値なのか。私には理解できないです。

安田弁護士という方は弁護士生命をかけて死刑廃止に取り組んでおられるようです。
個々の犯罪被害者・遺族の人格、名誉、尊厳は犠牲にして数多の屍を乗り越えてこそ
その大義名分にたどり着くものだ、と思われているのが良く判りました。

今回の噴飯物はある意味確信犯なのでしょう。
自分の行いの是非は死刑廃止が日本で常識になった数十年後の
未来の人々の審判に託す、とでも思われているのでしょうか。

こうなるとある意味、弁護士としては本末転倒ではないのでしょうか?
果たしてそこに「正義」はあるのでしょうか。

> No.4 モトケンさん
> afcp さんのコメントを私なりに解釈しますと、被告人が本件犯行で示した危険性を矯正することは容易でない、というように読めます。
その通りです。もし弁護側が「犯行時の精神年齢を12歳程度だった」から、という事を根拠にしているならば、ということですが。僕は心情的には死刑廃止派なので、矯正可能性のない人はいない、という考えなのですが、いくらなんでもこの論理はないだろうと思います。矯正可能性を主張するなら、もう少し説得力のあるロジックを考えて欲しいものです。

> No.8 酔うぞさん
>今回は弁護団の主張の中に「精神年齢が12歳程度だったとの独自の鑑定」というのがあって、個人的にはいくら何でもそれはないだろうと思うところです。

逆にこれはいくらでもありうることのように思います。この事件の被告について詳細は知らないので、一般論としてということになりますが、この被告についても、少なくとも知能指数がとても高いという印象は持たないですね。さて精神年齢12歳というのがもし知的発達に関する数字ということになると、いわゆるIQでいうと70前後くらいということになります。IQ70未満の人は理屈の上では全人口の2.3%くらいはいるという事になるので、普通にクラスに1人や2人はいるということになります。とうことなので、もし彼がそうだとしても違和感はありません。この程度の軽度精神遅滞の方は、誰かにそうと気付かれることもなく、教育や福祉の上での特別な援助をうけることなく暮らしていることは少なくありません。

こうした人達は大きなハンディを持ちながら、知的発達の良好な人達とハンデなしの競争をさせられ、失敗体験を重ねることになるので、精神保健などの面でリスクをもつことになります。場合によってはそうした失敗体験の積み重ねは犯罪のリスクとも結びつくのかもしれませんが、これについては僕ははっきりした数字や研究を知りません。ただ山本譲二氏の最近の著作などをみると、そういうことはありそうだという気になってきますが。

こうした点については知能指数についてのWikiがおおむね正確ですし、参考になるかと思います。
http://ja.wikipedia.org/wiki/知能指数

No.13 afcp さん

12歳程度の知能だと、会社員はちょっと無理でしょう。
実態は不明ですが、一応会社員だったのです。
弁護側の主張か「12歳程度」というのであれば、変動があっても「最大12歳程度」を意味するのだろうと思うのです。
そうでないと一時的錯乱などであって精神年齢の問題には出来ないでしょう。

そうなると、常に精神年齢12歳以下の会社員というのは「ちょっと無理だろう」ということから書きました。

 有名な裁判例の事案ですが精神年齢9歳の上、音声言語も文字言語も手話もほぼできない人が「土木作業員」をやっている例がありました。
 年齢ははっきりしたことは分かりませんが、40以上である事は確実です。

私には、現弁護団には判決確定を遅らせる戦術しか残されておらず、引き延ばしをはかっているとしか思えません。無茶苦茶なことをやらない限り、ヤムを得ないのだろうと思います。

本事件で、私の思う点は:
(1)1審、2審の際は、被告側は検察の主張をほぼ全面的に受け入れたのだろうと思っています。多分、認めなかったのは殺害の計画性についてのみと想像します。弁護側が最高裁と今回の差戻審で主張したような弁論をしなかったのは、18歳10月で死刑回避を確実視したからと想像します。実際の犯行はどうであったのだろうか?と(知りたくもないような事件ですが、警察の調書と実際は、どうかと?)
(2)被告が拘置所から友人に書いた手紙が2審で証拠採用されている。私信の証拠採用になぜ弁護側が応じたのだろうかと思います。手紙の内容が異常と思うのですが、その時弁護側は証拠採用には心理鑑定を要求することもできたと思うのです。
(3)今後の死刑求刑事件の国選弁護のありかたは、どうなのだろうか?死刑求刑事件についてのみ、慎重な審理を目的として弁護士報酬を高くすることは可能か?

No 16. 酔うぞさん

> 12歳程度の知能だと、会社員はちょっと無理でしょう。

どのような種類の会社員か、ということにもよりますが、12歳程度の知的能力であれば充分に可能ですし、ケースによっては短大や大学に通っていることもないわけではありません。12歳と言うと小学校6年生か中学1年生ですので、四則演算や常用漢字の読み書きは出来ます。職種によっては充分安定した就労が可能ですし、実際そのようにされている方は僕の患者さんの中にも少なくありません。

このケースの場合18歳の4月に会社員であったという事は、中卒ないしは高校中退で就職したか、高校卒業後就職して間もないということになります。前者であれば高い知的能力を要求される職種であった可能性は低いでしょうし、後者なら、まだ働き始めたばかりで、問題にされない段階かもしれません。

>弁護側の主張か「12歳程度」というのであれば、変動があっても「最大12歳程度」を意味するのだろうと思うのです。

この「12歳程度」というのが、心理テストなどで測定される知的発達の相当する年齢として、使われているということが前提ですが、その場合、高いところと低いところをならして大体これくらいというのが、精神年齢の意味になります。このため暗記力はとても高いけれど話の筋道を理解する力はひどく低い、とかパズルのようなことはとても得意だけれど、言葉の意味などはあまり解っていないというような場合でも、ならして12歳程度、という算出の仕方になります。

 afcp さんにお尋ねしたいのですが、今26歳の被告人について、18歳当時の犯行時の精神状態または精神能力を的確に判定することは可能なのでしょうか?

No 18. モトケンさん
不可能ではないというのがお答えになるかと思います。

精神医学の領域には病跡学といって、何百年も前に死んだ人についても、その生活や行動の記録、絵画、文学作品などを通じてその病理を調べるという学問があります。それに比べれば、この被告の鑑定の場合、当事者も生きていて話も聞けるわけですし、当時の取り調べの記録や被告の書いた手紙なども利用できるわけなので、より容易であると思います。

ただし現在の状況を鑑定するのに比べ、その妥当性を保つことは当然難しくなります。このことは犯行直後の鑑定でも、訴訟能力、受刑能力などの鑑定に比べて、犯行時の責任能力の鑑定をする場合には、やはり同様の難しさのあることだと思います。その意味では、記録さえ充分であれば、犯行からの期間が3か月なのか8年なのかということには、案外差はないかもしれません。

特定のケースでは逆に年月が経過することによって、鑑定がより容易になる場合があります。例えば犯行当時統合失調症の初発症状があったかもしれないと疑われるケースに、その後典型的な統合失調症症状が見られた場合、その鑑定はやりやすくなると思われます。後医は名医と言われますが、それと同じようなことが起こりうると思います。

というわけで、曖昧な結論になりますが、やはりそれは可能であるとなると思います。ただこの年月の間に被告や弁護側に、精神状態の偽装のための周到な用意がなされたり、その理屈付けがどんどん進んでいたりすると、それを見破るのは当然難しくなるでしょう。今回の事件の場合には、そこまでの周到さはなさそうなので、大きな妨げにはならないように思いますが。

>afcp さん

 詳細な説明ありがとうございます。

 私としても、鑑定資料が問題だと思っています。
 現弁護団の主張の根拠となっている精神鑑定がどのような資料を元にしたものかという問題です。

 本件は起訴された時点から死刑求刑が想定範囲の事案ですから、大抵の弁護士は責任能力を争うことを視野に入れて弁護方針を検討するはずです。
 つまり一審や控訴審の弁護人はそういう目で記録を精査したはずだと思われます。
 しかし、地裁判決や控訴審判決を読む限り(このコメント書くにあたり読み直したわけではありませんので私の見落としの可能性がありますが)、一審や控訴審の弁護人が責任能力を争った形跡がないのです。

 一審や控訴審の弁護人が、被告人の精神遅滞をうかがわせる事情を見落としていたとすれば相当問題がある弁護活動だったということになってしまうのですが、そうではなく、今回の鑑定の基礎資料が最近のものしかないというのであれば、犯行当時の精神状態に関する鑑定としての結論の信頼性はどの程度でしょうか?
 質問ばかりですみません。

素人考えですが・・・・・・・

弁護団(安田弁護士)は批判される事も全部、分かってて目茶苦茶な事を言ってるだと思いますよ
無茶な主張して、精神鑑定で実質無罪いを狙い
だめでも、あらゆる目茶苦茶な法廷闘争を展開して
裁判を長期化させて事件を風化させて、結局無期懲役で結審させる。
死刑確定なこの判例をひっくり返す事で自分のネームバリューが上がるんだから、
応えられないでしょう、
しかも、もともと死刑は確定しているようなものだから、死刑判決が出ても
弁護団(安田弁護士)の敗北に成らない
今回の弁護団(安田弁護士)の主張も、わざと被害者遺族とか
TVのコメンテーターを怒らせる挑発をして、感情的で過激な発言が出たら、それを
死刑反対運動の宣伝に使う、弁護団(安田弁護士)にしてみたら、
こんな美味しい裁判は無いですね

て、弁護士から見て、ありえないのかな(^^ゞ

>No. 20 モトケンさん
まず問題が生来性の精神遅滞のみに関するものであれば、鑑定の基礎資料が最近のもののみであったとしても、さほど困ることはないと思います。というのは特殊な状況(若年性の痴呆の発症とか脳腫瘍とか)がなければ、テストで測定されるような知的な能力が大幅に落ちるということは、あまりありません。また逆に18歳から26歳の間に大幅に伸びるということもごく稀であるので、知的能力のみに関して言えば、現在の状態からある程度推測可能であると思います。

ただIQ70程度の軽度精神遅滞というのは、前のコメントでも触れたように、ずいぶん苦労はするでしょうが充分社会生活は可能です。大雑把に言えば軽度精神遅滞はIQ50〜69の間ということになりますが、この被告の場合、その一番上の方ということになります。この点については過去の判例などについてもあまり詳しくないのですが、軽度精神遅滞、それもIQ70に近いケースで責任能力の減弱がみとめられることは、そうないように思います。

弁護側の意図するところはむしろ軽度精神遅滞、あるいは境界線級知能(IQ 70〜84)の存在を証明し、それを情状に結びつける、あるいはあの突飛な動機を説明する材料にするということではないでしょうか。

何だか弁護人がストーリーを作り上げたことが前提となっている点に違和感があります。上告審から弁護人に就任した弁護士が被告人に接見した際にそのようなことを打ち明けられたら、それを主張しないわけにはいかないでしょう。

そのとうりです
私の意見は弁護人がストーリーを作り上げたことが前提となっています
弁護士が被告人に接見した際に、それらしき事を、言われたかもしれませが
それから後は安田弁護士のパホーマンスだと思います
再審前になぜ、イラスト実演入りで記者会見したのでしょうか?
裁判に影響を及ぼすとも思えませんが?
こうゆうのを普通パホーマンスと言うのだと思いますが

いずれにせよ、これからの裁判を見守りたいと思います


>小倉秀夫さん

 起訴段階から死刑求刑が予想され、最初から最大級の弁護が要請され、その意味で弁護方針の選択の幅が広くないと思われる事件において、弁護人の交代によってまるで別の事件かと思われるほど弁護方針が変わったことに違和感を覚えます。

 差戻審における被告人質問の最大のテーマは、弁護人の主張の変遷の根拠になっているものと思われる被告人の供述の変遷内容とその変遷の理由ではないでしょうか。

 弁護人がストーリーを作り上げたとは思いませんが、ストーリーの創作性は不自然不合理で出来が悪いと思います。彼が友人に送った手紙の内容とも矛盾を生じています。何よりも最高裁の事実認定(下級審拘束力ありでしょう)に反しては、破棄差戻審でも採用の限りではない被告人や弁護団の証拠を無視した独自の見解でしょう。
 もちろん被告人がそのように主張して弁護団の説得に応じなければ、弁護団は被告人の主張を前提に意見を述べざるを得ないとは思いますが、それにも限度があるのではないかというのが、法理論を越えた世論一般の感想だと思います。
 口を塞ぐつもりで,どうやって誤って首を絞めることができるか、はなはだ疑問です(素人考えでは)。おとなしくさせるための蝶々結びでどうして首が締まって窒息死するのかな〜?と素人は疑問に思います(悪魔的儀式の論点に入る前に)。

>ハスカップさん

 素人が疑問に思うような事実認定はおかしい

 というのが裁判員制度採用の根底になる基本認識だと思います。

 素人が疑問に思うような事実もありえないわけではない、というのが経験を積んだプロの認識でもあるのですが。

 そのプロから見ても、今回の主張は、その原因はともかく、その内容において「失笑もの」ではあります。

 どんな証拠または証拠判断のもとでの主張なのかとても興味があります。

 従前の基準であれば、被告人が反省をしていれば死刑を回避できる蓋然性が高かった(実際従前の基準に従った第1審、2審は死刑を回避した)わけだから、第1審、2審の弁護人が反省・恭順路線で言ったことは不自然だと思わないのです。
 しかし、最高裁判決以降、この反省・恭順路線では死刑を回避できないことは確実です。であれば、被告人から改めて話をよく聞き、被告人が言いたいことを法廷でしっかり主張してあげるというのは、弁護人としては当然ではないかという気がします。

 といいますか、矢部先生やハスカップさんが弁護人の立場だったらどうされますか?

>といいますか、矢部先生やハスカップさんが弁護人の立場だったらどうされますか?

 辞任します。
 大弁護団が付いているなら、一人くらい抜けても被告人の人権保護に支障はないでしょう。

素朴な疑問なのですが、モトケンさんが別エントリ、 弁護団の主張について(光市母子殺害事件) で書かれている、

>弁護団としては、精神鑑定によってそれらの主張を基礎付けようとしているようですが、精神鑑定の基礎資料は結局のところ被告人の供述以外になさそうです。

という推測が正しいとすると、弁護側がストーリーを作成することはそれほどおかしななことなのでしょうか。精神鑑定が絡む場合、たとえそれが弁護側の請求によるものでも、必ずしも全例で被告が同意していたり、希望していたりはしないように思うのですが。

荒唐無稽な主張の部分は、おそらく被告の述べたことをもとにしているのだと思いますが、そこから先の説明、つまり荒唐無稽な主張になんとか(わずかばかりの?)説得力を持たせようとする論理の部分は、弁護人の推測によるものなのではないでしょうか。

>No.29 ハスカップさん様

 横レスですが、

>辞任します。

 この件は、私選だと思いますが、被告人の主張がかなり問題があるとして、それが弁護人からの一方的な辞任理由になるか(民法上の問題ということではなく、弁護士倫理上という意味ですが)というと難しいと思いますがどうでしょうか。

 むろん、被告人の方も辞任すると言っている弁護士にやってもらいたくないということから、合意解約となるのが通常でしょうが。

>No.31

自己レスです。弁護士倫理上と言っても、弁護士以外の方にはおわかりにならないと思いますが、私が言っているのは、このケースで、被告人の主張がとんでもないといって、被告人が同意せず勝手に弁護人が辞任した場合、被告人がその弁護人に対し懲戒請求を申し立てれば、それがとおる(懲戒となる)可能性がかなりあるのではないかということです。

>No.28 小倉秀夫さん

>といいますか、矢部先生やハスカップさんが弁護人の立場だったらどうされますか?

 私が言える範囲のことは既に言っておりますが。

つまり、弁護士さんは受任したら法を調べ上げて弁護に全力を尽くす、というお仕事ですね。
弁護を引き受けるというのは、医者が患者の受診の求めに応じる応召義務(罰則はなかったはずですが)を履行するようなものなのでしょう、たぶん(笑)。
そのあとは診立てと腕次第で、弁護士は依頼者の人権の擁護に全能力を傾注して弁護するし、医者もその場の設備に応じて全能力をあて患者の霊長類としての生存権を死から擁護するために疾患を治療する。
いずれも結果は保証の限りではないという点も同じように思えます(笑)。
以前医学と法学は双子の如しとか両輪の如しと申しましたが、ここら辺の事情を念頭においての発言でした。
両者の相互理解は本来容易だと思うのですが、いま現在はやはりのどにささったトゲが妨げになっているように改めて思います。

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