エントリ

 しま(その他)さんが紹介してくださったJ-CASTニュース(ウェブ魚拓)が比較的詳しいようですので、それに基づいて若干コメントしてみます。

 J-CASTニュースによれば、弁護団の主張は以下のようです。 

1 被告は、自分が中学1年のときに自殺した母への人恋しさから被害者に抱きついた。甘えてじゃれようとしたので強姦目的ではない。
2 騒がれたために口をふさごうとしたら誤って首を押さえ窒息死させた。
3 死後に遺体を犯した行為は、生をつぎ込み死者を復活させる魔術的な儀式だった。
4 長女は泣きやまないので首にひもをまいてリボンの代わりに蝶々結びにしたら死んでしまった。
5 どちらも殺意はなく、(殺人より罪が軽い)傷害致死罪に当たる。

 いかに荒唐無稽な主張であろうと、それが信憑性のある証拠、合理的な根拠に基づくものであれば傾聴に値します。

 上記の主張の中で、遺体の痕跡との照合が可能という意味で客観的根拠がありそうなものは、2と4です。
 しかし、2と4についてはすでに最高裁において一蹴されており、客観的根拠と整合しないことが確認されていると考えられます。

 それ以外の1、3、5は、つまるところ被告人の供述しか根拠がないように思われます。
 弁護団としては、精神鑑定によってそれらの主張を基礎付けようとしているようですが、精神鑑定の基礎資料は結局のところ被告人の供述以外になさそうです。

 となると、その被告人の供述はいつの時点のものかが問題になります。

 犯行直後または第1審の地裁段階の供述であれば、その供述が犯行当時に精神状態または心理状態を反映していると見る余地があると思いますが、本件の地裁判決、高裁判決を読む限り、そのような供述があったことが読み取れません。
 しかし私自身は証拠を見たわけではありませんので、弁護団が行った精神鑑定が捜査段階や地裁での供述を資料とするものであれば検討の余地がないわけではないと思いますが、仮に、控訴審判決後、または最高裁の弁論決定後の供述に基づくものであるとすれば、信憑性のある根拠に基づくものであるとは到底言えないと考えます。

 弁護団請求にかかる鑑定人の尋問が待たれます。

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コメント(20)

蘇生の為の死姦・・・・
21人の弁護士の方々は本気でこのような事を考え、本気で減刑判決を
得ようとして、このような主張をしているのでしょうか。

21人もいれば数人は
「ったく、こんな主張通るわけないよな〜。でも、〇〇だからしょうがないか〜」って思ってる弁護士もいるのでは?

ちなみに〇〇の中には
’簗召砲覆襪ら
■拱杆郢里僕蠅泙譴燭ら
J鷭靴多額
い海譴盪纏
なんかが当てはまりそうです。

弁護士の方々には失礼な物言いかもしれませんが、こと本件に関してはこのような穿った見方しか出来ないのが正直なところです。

それと・・・弁護士か多いことによって裁判官の心証に与える影響は少なからずあるのでしょうか?

>弁護士か多いことによって裁判官の心証に与える影響は少なからずあるのでしょうか?

 この事件については全くないと思います。

刑事弁護人としては、全国民を敵に回しても、被告人の利益のために、仕事をするのが義務です。
弁護人については、最高裁の弁論を欠席した点は批判しますが、差戻審で記事のような主張をした点については、周りには分からない事情もあるでしょうし批判はしません。

ただ、客観的な論評は別です。

最高裁の判決はこう言っています。

 なお,弁護人安田好弘,同足立修一は,当審弁論及びこれを補充する書面において,原判決が維持した第1審判決が認定する各殺人,強姦致死の事実について,重大な事実誤認がある旨を指摘する。
 しかし,その指摘は,他の動かし難い証拠との整合性を無視したもので失当であり,本件記録によれば,弁護人らが言及する資料等を踏まえて検討しても,上記各犯罪事実は,各犯行の動機,犯意の生じた時期,態様等も含め,第1,2審判決の認定,説示するとおり揺るぎなく認めることができるのであり,指摘のような事実誤認等の違法は認められない。
殺人罪の成立については、動機・犯意の生じた時期・態様等も含め、揺るぎなく認めることができるとまで、言い切っています。
モトケンさんの表現を借りれば、傷害致死罪の主張は一蹴されています。
事実関係は、固まりました。
で、量刑です。
 そうすると,原判決は,量刑に当たって考慮すべき事実の評価を誤った結果,死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情の存否について審理を尽くすことなく,被告人を無期懲役に処した第1審判決の量刑を是認したものであって,その刑の量定は甚だしく不当であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
 よって,刑訴法411条2号により原判決を破棄し,本件において死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつき更に慎重な審理を尽くさせるため,同法413条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
最高裁は、上がってきた事件記録を精査したところ、この事件の量刑は死刑であると判断しました。
敢えて死刑を回避するに値する何か特別の事情あるかを、高裁で審理を尽くしなさいということです。

弁護人の主張立証も、最高裁の差戻理由に沿った形で行わないと、最終的には、はしにもぼうにもかからずにおしまいとなるでしょう。
ま、そんなことは、経験豊富な弁護人らは百も承知でしょうが。

色々な見方や、価値観はありそうですが、まさに教育現場の崩壊に繋がるものがありそうです。弁護士の社会的責任自体が問われるのでは?
 ちなみに体罰の復活などが良いことだとは思いませんが、自分が学生の頃は、ごく普通で悪いことをすれば、多少叩かれても仕方がないという共通の認識があったと思います。
 「飽食暖衣禽獣に近し(朱子)」とまでは思いませんが、限度を超えた甘えの構造は、より過酷な現実を招き、与えそうです。
 死刑判決を待つ、拘置所の生活というのは、一般が想像する以上に厳しいものだと思います。
 「水は優しく見えるがゆえに、人を殺す。火は厳しく見えるゆえに人を遠ざける(韓非子)」というような言葉もあります。
 足斬りなど当たり前だった古代中国の過酷な刑罰制度の時代のことですが、甘っちょろい理想主義者との批判も多い、シナの孔子(明治時代は、よくこう呼ばれていたようです。)でさえ、
 公道に灰を捨てたものは手を切断されるのは、自業自得だといっていたそうです。ちなみに江戸時代でも粉塵で盲目になる人が多かったそうな。
 明治時代、弁護士は「三百代言」と卑しめられていたそうですが、先を見据えた、現実的な対応が迫られるべきでは。発言、論理主張の社会的責任が、感じられません。
 なお、必ずしも明治時代が立派な理想的な良くできた社会だったとは思っていませんが、進歩の乏しい、分野という印象が否めない弁護士界の現状です。
 別の意味、目的での合理主義なんでしょうか。一部の存在は仕方ないと思いますが、弁護司会の会長は声明ぐらい出してもらいたいところです。小学生でも理解できるような説明を。
 実際、21人の弁護士は、お笑い芸人になった方がよいという声もネット上で、上がっていましたよ。

どんな事情があるかはわかりませんが、こんな主張をすれば、大方の人間からは嘲笑されるのは十分承知されているでしょう。そもそも「詰んだ」状態で、最高裁から返されて来ているので、情状要素しか勝負するとことはないですし、それも最高裁で争点になっていないところしかダメなわけです。

犯行時未成年であったという点で、死刑が許される年齢ではあるが、被告は少年法の枠組みの中にはまだいる。そこで、被告が精神的に同年齢の子に比して遥かに幼く、未成熟であることから、少年法の趣旨に立ち返って判断すべき、という論理なのかとも思えます。その未成熟である点を強調するため、笑われるのを承知であんな主張をしたのかなと。もし鑑定にでも持ち込めればと期待してのことかと素人目には思えます。確かに拘置中の手紙の件といい、おそろしく幼稚な人間のようですから。

あとは、傷害致死の疑いがある、被告は精神的に幼く可塑性がある(あくまで論点としてです)、責任能力に問題がある、などという論点を挙げておくことで、再審運動に向けた布石にするつもりなのかもしれませんが。

弁護士が被告人の利益のために論陣を張るのは当然ですが、あまりにも荒唐無稽な主張だと、かえって被告人の不利益になることは無いのでしょうか。
少なくとも私が裁判員だったら、反省していないと見なします。

>No.6 生活習慣病予備軍さん

>少なくとも私が裁判員だったら、反省していないと見なします。

 弁護人の立証が失敗した場合、裁判官だってそう考えると思います。

 そして成功する確率は極めて低いように思われます。

医療従事者の心得に次の項目があります。

「目の前の患者が自分の親兄弟だったら、自分はどうするか」ということを常に考える。

これは医療従事者だけではなく、社会全体に当てはまると思います。
被告側弁護団は、被告のことだけを考えていれば良い訳ではなく、もっと広い視点でものを見るべきだと思います。「更生・更生」言っても、弁護士が更生させる訳ではないでしょう。自分たちの弁護によって苦しむ人がいるという現実を見据えて欲しいです。

また、弁護団の数に失笑してしまいました。あの人員の半分でも多重債務や暴力団被害などに苦しむ人のためにまわせば、どれだけの人が助かるでしょうか。

医療従事者と法曹関係者。フィールドは違えど、ともに社会全体への奉仕者です。
同じ奉仕者を目指す者として、彼らは良い反面教師になりそうです。

> 被告側弁護団は、被告のことだけを考えていれば良い訳ではなく、もっと広い視点でものを見るべきだと思います。

それは弁護人の役割ではありません。あなたは刑事弁護の目的を理解されていないと思います。
弁護人の任務は被告人の利益を守ることに尽きます。他の何を差し置いても、被告人の利益を、そのことのみを、考えて行動しなければなりません。

> 刑事弁護人としては、全国民を敵に回しても、被告人の利益のために、仕事をするのが義務です(No.3 PINE さま)

刑事手続きに関与する法曹は、それぞれが法に定められた役割をもって行動しています。検察官(訴追する人)、弁護人(弁護する人)、裁判官(判断する人)。
公益を考えるのは検察官の役割です。公益の代表者として、本件を訴追するか否か、また訴追するとしていかなる求刑をするかについては、社会的な影響をも十分に考慮に入れる必要があります。
しかし、弁護人は公益を考える義務を負っていませんし、負うことはできないものです。

本件でも、弁護団の戦術に対して法技術的な面から論評することはあり得るとしても、
被告人のために弁護するという行動自体を非難することはできません。

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> 「目の前の患者が自分の親兄弟だったら、自分はどうするか」ということを常に考える。

この喩え話の趣旨がよく分かりません。
患者が自分の親兄弟であったなら、公益はさておき、患者のことを第一に考えるべきだという意味になりませんか?
社会のために、親兄弟を犠牲に供せよ という価値観ならば、「もっと広い視点で」ということになるかもしれませんが。

医師が社会的なことまで考慮して、個々の患者に対する治療内容を決定しているのかどうか知りませんが、
もし仮に、そういう役割を負っている職業であるとするならば、
医師と刑事弁護人とでは、全く任務が異なるということになります。

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> 弁護団の数に失笑してしまいました

数が多いのが悪いということは言えないでしょう。
事件の必要に応じて、複数の弁護士が弁護団を組むことはあります。
例えば、福島事件でも複数の弁護人が付いておられます。
医師の場合でも、一人の患者に対して、多数の医師が治療に当たることは、むしろ普通ではないでしょうか。

ちなみに、私が名を連ねた(名前のみで実働はしていませんが)、最大の弁護団は200人くらいで、判決は無罪でした。

モトケン先生、NO2のコメントありがとうございます。

通常、裁判においては「弁護人は必ず全員が出廷しなければならない」となっているわけではないですよね?
本件の場合、21人全員が発言をする機会は無いでしょうから、出廷して座ってるだけの人に何のメリットがあるんでしょう。法廷戦略の一つなんでしょうか。

落合先生のブログからの引用ですが・・・

>あまりにも無理な主張は、反省の情を強く疑わせ、裁判所の心証を害し、また、被害者や遺族への一種の冒涜ともなって、逆効果になる可能性が大きいと思います。

プロの法律家の方がこのように考えているという事は非法曹の我々にとっては大きな救いです。

法曹の方々、特に弁護士の方に本音で伺いたいのですが、

この弁護団の1〜4の主張は常識的には世間一般に受け入れられるとは思われませんが、このような弁護の仕方に同意される方は多いのでしょうか。
また弁護士というのは被告人の弁護のためならでたらめを述べても構わないのでしょうか。
もし弁護士が意図的にでたらめを述べて弁護していることが判明した場合でも、弁護士として活動を続けることが許されるのでしょうか。

被告人救済の苦肉の手段なのか死刑反対論者の政治活動なのか知りませんが、あまりにも唐突で常識はずれな弁護団の主張には驚きを通り越してあきれるばかりです。法曹の方々の本音として、もしこれらの弁護を許容する人が多数派だとしたなら、医療問題での法曹と医療従事者の相互理解もほど遠いかもしれないと脱力感さえ生じています。

この場合の 弁護士が求める被告人の利益というのは 死刑を免れる という一点だけなんでしょうか?
それにしても ニュースに報道されている弁護側の主張というのは 非常識としかいえないと思います。
死刑に値するが、大前提のように思うのですが。
そのうえで どうこう という点も配慮してほしい というくらいが 関の山というか、。

初めまして。

YUNYUNさんは同じ弁護士だからそう思われるんでしょうね。
被告の利益のみを守る。そりゃそうでしょうが、今回の場合、あなた達の職業の品格が疑われてるということがわかりませんか?世の中のほとんどの人は、刑事弁護人の役割なんぞ理解してませんよ。この弁護団が人並み外れた詭弁者だってのはわかりますけど。

>ちなみに、私が名を連ねた(名前のみで実働はしていませんが)、最大の弁護団は200人くらいで、判決は無罪でした。
これって自慢?「判決は無罪」はいらないでしょ。

医師と弁護人とは、全く違う職業だと思いますよ。医者の仕事は人を救うこと。弁護士の仕事は顧客を救うこと。その為には、他人はどうなったって知ったこっちゃないってこと。ですよね?

>自称「陸自隊員」さん

 あなた自身が冤罪の嫌疑を受けて、逮捕・勾留・起訴され、マスコミはもとよりあなたの家族もあなたを真犯人と信じてしまうことはありうることです。

 全くの冤罪でなくても、自分がやったことをはるかに超える責任を問われることはもっとありうることです。

 そのときにあなたの味方になってくれる人が一人もいなかったらどうしますか?

モトケンさまへ

まずはこちらのブログを初めて拝見させていただき、初投稿にもかかわらず上記のような非礼なコメントをこのブログに投稿してしまった無礼をお詫びいたします。

御質問の件ですが、たしかに「国民全員を敵にまわしても云々」とおっしゃることに対しては否定するものではありません。自身、マスコミ報道等はいわゆる「マスゴミ」と思っておりますので、多少色メガネをかけて見るくらいが丁度いいと思っておりますが、それでも家族からまでも嫌疑の目で見られたとなれば、それはもう生き地獄でしょうね。「唯一弁護士のみが自分の味方である」というのはそのとおりだと思いますし、実際そのような事態になった場合でも弁護していただけるというのは心強い限りです。
ただ今回の弁護団の主張は、あまりにどうかと思う次第であります。法曹界に身をおかれる方々は事情をよく御存知で、納得される方もおられるようですが、普通の人がこれを見たときに「この方々は刑事弁護士だからしょうがない・・・」等とは思わず、「なにかの宗教団体?」と思うんじゃないですか?弁護士という職業に失望するのではないでしょうか?
「誇り」などと言うと笑われるかもしれませんが、同じ弁護するにしてももう少し知的に行って欲しいと思うのは間違ってますでしょうか?

>No.15 自称「陸自隊員」さん
 
 刑事弁護人の根本的なスタンスと個々の事件の弁護方針や弁護技術は違うという観点で、このエントリのPINEさんやYUNYUNさん(いずれも弁護士)のコメントや別エントリで紹介した落合弁護士のブログ
http://d.hatena.ne.jp/yjochi/20070526#1180133814
を読んでいただければ、この事件の弁護団とは違う考え、違う感覚の弁護士がいることがご理解いただけると思います。

 また、すでに指摘されていることですが、事件の証拠の全体を見てみなければ本当のところは分からないということもご理解願います。
 その意味で、自分が担当した事件以外の事件の論評は、多かれ少なかれ憶測まじりです。
 本件については、すでに公にされている三つの判決と照らし合わせることによってかなりはっきりとものが言える部分がありますが。

モトケンさまへ

深夜にもかかわらず、拙者ごときに丁寧にお返事いただき大変感謝しております。

今回の弁護団の方々とは違った見解・考えをお持ちの弁護士の方もおられるということは理解してますし、また他にも多数おられると思ってます。

正直申し上げて、「被告の弁護の為なら公共の利益さえ考える必要はない」ともとれるコメントに、違和感を覚えての発言です。それが仕事のため、とおっしゃるのはわからなくもないですが、人は(それこそ弁護士も犯罪者と言われる人々も、そして私も)社会というものからはみ出して生きていくことはできないと思います。「復活の儀式」なるものが流行る世の中なんてゾッとしますよね。

ただ、今回の件でこのブログにめぐり合えたことは幸運でした。御迷惑かも知れませんが今後も拝見させていただこうと思う次第です。

新参者の素人に対し、丁寧に対応していただけたことに恐縮しております。これからも末永く続けられることを祈っております。失礼いたしました。

法治国家に刑法が存在する以上、私的復讐は絶対禁止条項であって数学の公理みたいなものでしょう。
検察と弁護士(被告人の法的代弁者)と判事の三人寄れば文殊の知恵(笑)に任せるべきではないかと思います。
判事が知恵を判決で国民に示せば国民は量刑に文句をつけるべきではありません。それは検察か被告人(弁護人が法的に代弁する)がいうべきものです。
弁護人は被告人の意思の法的代弁者に過ぎません。
法律に通じていて相手に決定打を打たせないようにできる弁護士ほどプロとして上級というわけです。

>No.4 廣野秀樹 さんのコメント

中国も広大な土地に長い歴史(といってもせいぜい5千年でしょうが)があり様々な時代を経てきています。
最近見つけたページが現代日本の思潮からみて面白いと思ったのでちょっとご紹介。
http://chinesegarden.jp/china/index.html

現代日本は儒教的方向に進むのか英米的人権主義の方向に進むのか混沌としているようにみえます。
なにが善いか悪いかを考えると私のキャパを軽く越えてしまうようですが(笑)。

さっき、投票するときにハンドルを間違えて「年季明け」としてしまった。どちらでもいいけど。

弁護士さんのコメントを見て感心。私も、この荒唐無稽な、あからさまに一般常識に反する主張を大の大人が大勢で展開することについて、最初はんなアホなと冷笑していたのが、それも仕事としてありなのかと半ば納得しているから。でも、しばらく時間が立つと、なんで一瞬でも納得しかけたのか、自分で自分を疑問に感じるような予感がする。

口の悪い人は、これを「無茶苦茶な理屈なのに、詭弁で言いくるめられた」というのだろう。でも、たしかに、「当初は到底受け入れられるはずもなかった常識はずれの論理を、一瞬でも受け入れさせる能力」を見せ付けられて感動している自分がいる。

弁護士の、プロのしての技を見せられた思いだ。すごいっ。その手際は手品師にも似る。

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