ネット依存:増える小中生 居場所は「秘密基地」(毎日新聞 2007年5月27日 3時00分 ウェブ魚拓)
小中学生をネットから隔離するなど不可能でしょう。
もしやろうとすると中国以上のネット検閲を考えることになるのでしょうが、それでも不可能。
つまり情報の氾濫から子供を守ろうとしてもダメ。
守ることが無理なら攻めるしかない。
つまり積極的に情報を与えなければならない。
さて、どんな情報をどのように与えるべきか?
私の孫が物心つくころにはどうなっているのでしょう?
ネット依存:増える小中生 居場所は「秘密基地」(毎日新聞 2007年5月27日 3時00分 ウェブ魚拓)
小中学生をネットから隔離するなど不可能でしょう。
もしやろうとすると中国以上のネット検閲を考えることになるのでしょうが、それでも不可能。
つまり情報の氾濫から子供を守ろうとしてもダメ。
守ることが無理なら攻めるしかない。
つまり積極的に情報を与えなければならない。
さて、どんな情報をどのように与えるべきか?
私の孫が物心つくころにはどうなっているのでしょう?
>小中学生をネットから隔離するなど不可能でしょう。
あ、それいいアイデアだね。
子供アカウントを作ればいいんですよ。大人がniftyに申し込んで、子供には子供アカウントを発行してもらう。このアカウントはこども用のdomainしか見れない。昔のプロバイダはお試し用のアカウントをつくってて、それはそんな感じだったから、すぐにでも作れますよ。
子供らは怒って、proxyとか自分らで開発するでしょうが、そこはniftyが先回りしてブロックする。夜店の金魚状態。ざまーみろ。
高校を中心に社会人講師をやっています。
「ネット依存」と書いていますが、子どもたちがネットに依存しない状態をどう定義しているのかな?と思いますね。
高校生の問題となると「授業を聞かない」などが典型とされますが他にも「大人との話し方が分からない」「自分の考えを表せないからチームワークが出来ない」なんてのが大問題で、その根幹には「よい子を演じている」というところがあります。
答えだけを求める、といった傾向があってこれは学校の成績ランクや授業態度の良い・悪いとは無関係です。
例えば「小説を読め」と教えると「どの本を読むのが良いですか?」と質問してきます。
小説なんてのは興味の発露なのだから他人から言われるものではないと思うのですが・・・・・。
そういう現象をまとめると、チームワークが出来ない、自分と他人との違いを理解していない、他人と自分の考え・判断は違う、といったことを経験していない。
といったことがあって、わたしはこういうところが大問題だと思っています。
どうすればよいのでしょうか?
ネットワークの禁止なんて話は、まったく些末な問題であると思っています。
小学生の頃、父親の持っていた梶山季之とか、大藪春彦の小説を盗み読んでました。
私も、ネットワーク云々は些細な問題だと思っています。
>チームワークが出来ない、
>自分と他人との違いを理解していない、
>他人と自分の考え・判断は違う、といったことを経験していない。
確かに子どもに接しているとこの辺りの部分がとても気になります。
長男(小6)の同級生を見ていると、発達障害があるわけでもないのにこの辺りが身についていない子が多いです。
(発達障害児はこの辺りが「自然には」身につかないために、ソーシャルスキルトレーニングなどで外から理詰めでこれを教えていく訳ですが)
それに、他人はいつでも自分の考え・期待を汲み取って行動してくれる(するべきだ)みたいなことを言う子が決して少なくない。
そりゃあ揉め事が絶えない訳だとげんなりします。
「普通の子」の定義に最近自信がなくなってきました。
>他人はいつでも自分の考え・期待を汲み取って行動してくれる(するべきだ)みたいなことを言う子が決して少なくない。
これが高校生だと「教え方が悪いから」なんて言い方になっていくのだと思っています。
わたしは「世の中には理不尽なことがある」ことを教えるのだ、とやっているのです。
学校という集団の中にいるのに実は集団でしか経験できないことをやっていないのだろうな、と思っているのですが・・・・。
先生や親には子供にとって抵抗の一番少ない生き方が「良い子で居ること」なのでしょう。
もう、自動的反応として「良い子にしている」なのですね。
わたし達が教えている「ロボット製作授業」では高校生に「歩き回って良いから」と言っても、立っていってよそのチームと相談するとかしないです。
教室で授業中は座っているものと、身についているのはよいとしてそれを機械的にやっているだけになってしまうんですよね。
興味のあることにすら進まないのだから、創造性の発揮なんてなかなか期待できないです。