いじめ映像がネット流出 学校、指導の最中に さいたま(asahi.com 2007年06月08日21時24分)
さいたま市の私立高校の教室で実際に起きたいじめの映像が、インターネット上に流出していることが分かった。数人の男子生徒が1人の生徒を囲み殴ったりけったりしている場面が音声つきで映し出されている。加害生徒の一人が携帯電話で撮影し、携帯電話サイトに投稿したものがネットで広まったという。学校側は加害生徒らの指導を進めるとともに、ネットのサイト管理者に削除を求め、一部のサイトでは削除された。
ありがちな事件ですが、報道にちょっと気になるところがあります。
やや揚げ足取り気味ではありますが。
いじめを目撃した生徒の情報をもとに学校側が5月末、加害生徒に事情を聴き、暴行の事実を認めたため、生活態度などの指導を始めていた。その後、今月6日になってネット上の動画の存在を知り、改めて調べたところ、加害生徒の一人が「軽い気持ちで投稿した」と認めたという。
「軽い気持ちで投稿した」ということですが、「軽い気持ち」ってどんな気持ちなんでしょう?
「軽い気持ちで投稿した」というのは学校側つまり教師の質問に対して生徒が口にした言葉だと思いますが、質問した教師は「軽い気持ちで投稿した」という答に納得したのでしょうか、それで加害生徒の気持ちが理解したつもりなのでしょうか?
教師 「お前はなんでいじめ映像をネットに投稿したのんだ?」
生徒 (答に窮する)
教師 「理由を言え。」
生徒 (ともかく何か答えなきゃと考えて)「軽い気持ちで・・・」
教師 「そうか、軽い気持ちだったのか」
こんなやりとりが想像されるんですが。
仮にこんなものであったとしますと、何の意味もない聞き取り調査だと思います。
(学校側は)8日にも全校集会を開き、ネットに軽い気持ちで投稿することの危険性を呼びかけるという。
記事では、ここでも「軽い気持ち」という言葉が使われています。
学校側の誰か(例えば教頭?)の言葉なのかも知れませんが、もしそうだとすると学校側の認識はオオボケです。
軽い気持ちであろうがなかろうが、ネットに投稿するという行動とその結果たる事実が問題だという認識が欠落しています。
そして、この記事を書いた記者及びそれを認めた編集者の言葉に対する感覚が「軽い」ことが一番気になります。
極めて皮相的である印象を受けました。
そして言葉に対する軽さは、人の言葉の背後にある事実に対する追求力の貧弱さを意味すると思います。
全く同感です。
たくさんの学校に顔を出していますが、ネットの危険性などについて考えている先生はごく僅かです。
学校の先生は、基本的には真面目な人ばかりですが、そういう人たちが「上からの指示待ち」あるいは「上から指導された知識で動く」となると、インターネットの問題についてちゃんと理解できるとは、わたしには思えません。
また、生徒たちに教える場合にも「あれはいけない、これはダメ」的な教え方になったり、相談された先生が「ネットは詳しくないから」と返事しているのではないか?と想像しています。
なんでこんな事になるのか?を考えると「軽い気持ち」なんでしょうね。
それが事件になっても変わらない。
確かに「人の言葉の背後にある事実に対する追求力の貧弱さを意味する」のでしょうが、ここまで強く言うまでもなく先生に対するネットワーク問題ついての教育が出来ていないし、公立高校などでは「先生は、ネットワークを使わないでも良い」としています。
これでは「電話を使わない先生が、電話をかけ方の授業をする」ようなもので、まるで実際的ではない。
その一方で、大学になるとメールが使えないと授業が受けられない、メールアドレスが止まると自動的に停学状態になる、のですから高校時代から大学(含む社会人)のギャップをどうやって埋めるのか?
まるで組織的教育体制が出来ていません。
そのことは、ご指摘の通りのコメントに表れています。
最初から罪悪感が無いんでしょ
軽い気持ちでやったことなので許してほしいという、一応外に向けての謝罪の言葉なのだと思います。少なくとも強い害意のある犯罪的な行為ではなかったと。学校としても加害者の側にも未来があるからこれで済ましてほしいということなのでは無いでしょうか。少なくとも真相を語ろうとしての言葉ではないことは間違いないでしょう。
本題からはずれますが、罰としてはシンガポールよろしく「鞭打ち」とか「百叩き」とかが至適に思えます。
詳細が分かりませんので憶測に過ぎませんが、「軽い気持ち」と言うのは、「悪意があってやったわけではない」ということを表現したかったのではないかと推測します。
ところで、学校の先生と言うのは、職業上、その生徒を守ることを社会から要請されているのではないかと私は考えます。
たとえ、加害者であっても、学校の先生はその生徒を何らかの形で守らなければならないのではないかと思います。
ですから、学校の先生は、今回の事件に際して、検察官としての役割や、被害者側弁護士としての役割以外にも、加害者側弁護士の役割も果たさなければならない様に見えます。
その上、管理責任を追及される立場にも立たされるわけですから、かなり危うい位置にいるように思われます。
>ネットに軽い気持ちで投稿することの危険性を呼びかけるという。
普通はいじめをしてはいけない、ということを呼びかけるものではないのでしょうか。
学校側も新聞社もなにかずれているような気がします。
http://www.sanspo.com/shakai/top/sha200706/sha2007060904.html
>投稿者は「面白半分で投稿した。全世界に配信されるとは。オレが投稿したばっかりに」と後悔。
後悔するところはそこじゃないでしょう。いろいろな意味でどうしようもない愚か者ですね。
その生徒の投稿は重要な問題提起の機会を、社会全体に与えています。
それを受けても、問題の本質から目を背けたい、社会の狼狽振りが伺えます。
蹴りが振りだけだった可能性も否定は出来ない、ちなみに実際に誤解された経験も有ります。
しかし暴力が事実であった場合には、本人は「軽い気持ち」どころか「救いを求めて」かもしれません。
いじめ・暴力事件の真相はきっちり究明し、対策するのが大人の仕事で。
新聞も本質から逃げて煽るのは、彼らの言うマスコミの努めと全く違う。
No.4
同じく本論から外れますが、シンガポールやマレーシアの鞭打ち刑・・・彼らはホワイトカラーに効果がある(恥に感じるから)と言っております、政治家、社長、官僚、法律家、医者とかm(_ _)m
映像見ましたけど、いじめといえるほどのものではありませんでした。
単なる学校の日常といったところ。
ネットに流失したので、学校も対処したのではないでしょうか?
となると、むしろ流失はよいことだといえます。
学校の隠蔽ことなかれ体質を逆手にとることですね。
「軽い気持ち」というのは、要するに「何も考えていない」と言うことだと思います。
そしてこの場合、投稿者が考えなければならなかった事というのは、
「ネットに投稿すればそれが全世界に向けて公開され、結果いじめられた人やその家族も映像を見る可能性があり、傷つく人も出てくる」ということです。
「ネットに軽い気持ちで投稿することの危険性を呼びかける」とは
投稿する前に、それがどういう結果になるか考えろ、という程度のことだと思い、特に違和感はありませんでしたが・・・。
この事件の経過、私はリアルタイムで見ていたのですが、
学校側が問題にしているのは、動画の内容がいじめであったということではなく、動画の情報から投稿者の個人情報が割れてしまったことにあると思われます。
(本名、所属学校名、住所など)
警察が動いたのも、個人情報が特定された上で通報されたからです。
いじめは良くないわけですが、この件で本来考えなければいけないことはいじめについてではなく、自分の発信した情報から芋づる式に知られたくない情報(個人情報)が暴露される恐れがあるということです。
いじめはよくない、そんなことは当たり前で、それよりも考えて欲しいことは自分が発信した情報にどのくらい責任が発生するのか?ということです。
まとめサイト
http://www34.atwiki.jp/kamata/
いつも楽しく拝見(ROM)させて頂いております。トピックとは少し外れてしまいますが・・・
No.1 酔うぞ さん
>その一方で、大学になるとメールが使えないと授業が受けられない、
>メールアドレスが止まると自動的に停学状態になる、のですから
>高校時代から大学(含む社会人)のギャップをどうやって埋めるのか?
自分の勤務する大学(地方の国立大学法人)を含む幾つかの大学を知っておりますが、
上記にあるような程度にまで進んでいる大学は知りませんでした。
本学について言えば、学生全員に学籍番号を元にしたメアドは配布されておりますが、
学生に聞いてみると「殆ど使った事が無い」と言われます。
履修届は相変わらず紙です。学生に対する通知も紙の掲示ですね。
職員を対象としたパソコン教室をやってるようなレベルですので、学生にそこまで高度な
ネット指南も現状では不可能でしょう。(メーリングリストにそのまま返信して
私信を大学全体に流してしまう教授がいたり、書類がメールで流れて来たと思ったら
一度印刷したものをスキャナで読み込んでpdfにしたものだったりとか、
もう惨憺たる有様です。)
大学ですらこんな状況ですから、高校とかは推して知るべしでしょうか。
No.12 大学教員 さん、こんにちは。
横レス失礼いたします。
>学生全員に学籍番号を元にしたメアドは配布されておりますが、
>学生に聞いてみると「殆ど使った事が無い」と言われます。
これは、学生の問題と言うより、大学側の問題ではないのでしょうか?
新しいメールアドレスをつかうというのは、そのために別にアドレスを覚え、
パスワードを覚え、、、、、と言うことをしなければなりません。
大学配布のメルアドを使う特別なメリットがなければ誰も使わないのは
当たり前の話です。
特に、メールは携帯でと言う人にとっては、余程の理由がなければ
大学配布のメルアドなど論外だろうと思います。
そういったことを考慮すれば、大学側が一方的にメルアドを配布するのではなく、
学生さんから、実際に使っているメルアドを提出してもらうという方向に
なると思います。
(大学のアドレスの付いたメルアドはちょっとした身分証明のようにもなるので
希望者に対し配布するというのは悪くないと思います)
No.13 創価板日報係(消外)さん
>これは、学生の問題と言うより、大学側の問題ではないのでしょうか?
大学側の問題でしょう。
配布したメールアドレスを有効活用していける環境づくりが
必要なのだと思います。
(履修届や通知に対する有効活用、自由に使えるPC環境等)
自前で持ってる人にだけメアドを提出させてという点に関しては
否定的意見を持っています。これは同じ授業料を払っているのに、自前でメアドを
持っている人だけ優遇する事にもなりかねないのではと考えます。
(大学全体でこのような考えを持っているかは定かではありませんが。)
大学のメアドに転送設定を付ける方法も通知されています。自前のメアドと競合する
ということは無いでしょう。
No.13 創価板日報係(消外)さん
>大学のアドレスの付いたメルアドはちょっとした身分証明のようにもなるので
>希望者に対し配布するというのは悪くないと思います
すいません。最後一行読み落としておりました。
仰るとおり希望者にはメアド配布、自前で持ってる人にはメアドを
提出してもらうというのであれば、不公平は生じませんね。
初めまして。青木と申します。
>加害生徒の一人が携帯電話で撮影し、
>携帯電話サイトに投稿したものがネットで広まったという。
asahi.comの記者は文末を「〜という」で終らせています。他にも数箇所、同じような文章の末尾となっています。
どこまでが本当なのでしょうか。事件報道を見るたびに、「動機」の部分は特に、にわかには受け入れられないような説明で済まされていると感じます。