小林被告自殺、面会室の空白1時間20分…署員確認せず(2007年8月7日14時39分 読売新聞 ウェブ魚拓)
秘密接見交通権が守られていることが証明された事件ではありますが、やはり重大な不祥事です。
被疑者の勾留には、被疑者の自殺防止という意味も含まれていると言われています。
その意味では、警察の管理不十分は、結果として明らかであり、これも結果論かも知れませんが、弁護士の配慮も足りなかったように思われます。
記事にある「呼び鈴」というのは本件のような事態を防ぐための、つまり被疑者を一人のまま放置しないための措置であるわけですが、それが徹底されていなかったことが原因と言わざるを得ません。
万一の事故を起こさないためには、100%を確保しなければならないということなのでしょう。
全国的にシステム的な見直しを行う必要があると思います。
今日の昼のワイドショーでも指摘されていましたが、警察サイドできちんとした手順を作成し、弁護士側もそれに協力するということが求められます。
このケースがそれに当てはまるかどうかはわかりませんが、留置場や拘置所の医療体制の著しい不備、特に精神医療の体制の不備も、この種の事件の多発に影響しているのではないかと感じます。
またwowswarさんのこちらの記事もぜひお読みいただければと思います。
http://d.hatena.ne.jp/woeswar/20070807/p1
なかなか難しいことなのかもしれませんが、被疑者の自殺防止という点については、警察、検察側と弁護側の利害は一致しそうにも思います。woeswarさんも書かれているように、まずは問題意識の共有ということになるのでしょうか。
とんでもない展開になってきました。
http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070808k0000m040152000c.html
弁護士は被疑者のこういう権利も擁護せねばならんのですか? 同業者としては理解できる部分もあるのですか?
素人目には、もし事実だとすれば刑事責任もありうるように思えるのですが。
毎日の記事の通りだとするとモトケンさんの仰るような「弁護士の配慮も足りなかった」どころか、確信的に自死させてますね。
意図的に、依頼人被疑者の権利や名誉を守る職責を放棄し被告人が裁判を受ける権利を損なっているわけですから、これこそ懲戒相当じゃないかと(笑)。
>No.2 みみみ さん
「刑事責任もありうるように思える」とのことですから、せっかくですのでどのような理屈立てにすれば、どの刑事罰を科すことができるのか、考えてみたらいかがでしょうか。
No.3 惰眠 さん
いえいえ、具体的な理屈を構築できるほどの知識は持ち合わせておりません。あくまでも素人考えでちょっと納得がいかなかっただけですので。
「道義的には問題あるけど、法に触れることは何もない」ということでしたら、それで結構です。
「適正な弁護活動の一環。仕事熱心のあまり、被疑者の意向をちょっと尊重しすぎた」という感じになるんですかね。
実は、一番そこを考えていただきたかったんです。
「〜と思う」「〜なんじゃないの?」と思いついたとき、そう思ったり疑問に感じたりする「なぜ」を、自己流で構わないので論理の段階を踏んで言語化していくのが大事だと私は思うのです。
余談ながら私は、この弁護士の行為を適正だなどとは到底認められません。
概念論としてならば弁護士の言う「死ぬ・死なないは究極の人間の尊厳」であることを認めるに吝かではありませんが、犯罪の被疑者として扱われたことで自死を選択しようとしている依頼人に対して、そんな基準を持ち出すこと自体が大間違いのコンコンチキです。大馬鹿野郎であります。
死ぬの死なないのと言うところまで依頼人が追い詰められているのならば、その原因への対処に努めるのが弁護士の仕事でしょう。
なるほど。では及ばずながら。
材料がこの2つの記事くらいしかありませんが、まず考えられるのは自殺幇助ですかね。
遺書を作成して隠すなど具体的に準備行動を起こしており、自分の死後の対応まで依頼されれば、自殺を実行に移す可能性がかなり高いと判断できたはずです。
普通なら、やめておけと説得するでしょう。もし説得しても効かなければ、警察に危険性を報せるなど未然に防ぐ努力をするはずです。それをしていないということは、「被疑者が本当に自殺しても構わない」という意思があったと考えられます。
しかも、呼び鈴を鳴らさなかった行為は、被疑者が自殺を遂げられるよう時間稼ぎをした、と解釈されても仕方ありません。もちろん初めての面会ではないでしょうから、「呼び鈴を知らなかった」という弁明はにわかに信じがたいものがあります。
つまり、自殺の遂行を積極的に幇助した疑いが強い。
というところでしょうか。刑法上はそれほど大きな罪ではないのかもしれませんが、弁護士としてはどうなんでしょうか。正直、「死にたい」と言う被疑者や被告人に「ああ、死んだらいいよ」と応じてしまう弁護士は想像の埒外でした。
ご対応いただきましてありがとうございます。
概ね私の考えるところも同じです。
ただ、問題の弁護士の行為が幇助の要件を満たすか否かでは、かなり微妙だろうと――少なくとも公判維持できるだけの材料を揃えるのは難しいだろうと――思います。
と言うのも、弁護士が敢えてベルを鳴らさなかったたとしても、退去後自殺を実行するまでの間に警察官が面会室に現れないことが必ずしも保証されるわけではないからです。担当の警察官が弁護士の退出を覚知していなくとも、玄関警備の警官は退出を見ているわけですから・・・。
本件のようなケースでは、積極的に警察官の来室を妨害する工作を謀っていないと自殺幇助の罪に問うのは困難なのではないでしょうか。
それでも私としては、立件できないことは承知の上で(捜査権の濫用といえばその通りかもしれませんが)でも、自殺幇助容疑で当該弁護士を取り調べてもらいたいところです。こういう弁護士を野放しにしていいとは思えません。
あとは所属弁護士会がどう動くのか。或いは動かないのか。
何となくの印象ですが、被疑者が死んでくれた方がありがたい利害関係人って言うのが存在して、この問題弁護士ともつながってたんじゃないかなぁ、実は教唆もあったんじゃないかなぁなんて思ったりもします。
刑事施設被収容者の自殺企図について。
弁護士会あてに、刑務所から、「人権調査してくれなきゃ、死んでやる」という趣旨のお手紙が来たことがあります。
この場合に、自殺を防止するために、その人の希望を全て叶えてやることはできません。
実際問題として、弁護士会では人権調査を開始するに足りる事案と判断したものについてのみ調査を行うので、この種のご要望には必ずしも添えないのです。
(弁護士会の人権調査について、どこからも調査費は出ず、弁護士会会員らが拠出した会費と、調査に当たる人権委員の労働奉仕活動によって成り立っています。)
それに、この戦法が功を奏するとなれば、次ぎに来るのは「人権侵害の警告を出してくれなきゃ、死んでやる」の脅しでしょう。
受刑者が発信する手紙は検査されるため、刑務所側は内容を把握しているはずですが、あらためて動静に注意してもらうよう、刑務所側にお願いしました。
No.8 YUNYUN(弁護士) さん
実例紹介、ありがとうございます。
ただ正直申し上げまして、ご紹介いただいた事例は今回事案とは些か状況や意味合いが違うのではないかと感じております。
栃木の事案に関しても、警察署の仕組みがきちんとしていれば起こり得なかったわけですから、警察の大失態であることは言うまでもありません。
また、弁護士が仮に「まさか本当に自殺するとは思っていなかった」とでも発言したのであれば、私もこれまで書いてきたような感想を、弁護士に対して抱くことはありませんでした。
つまるところ「死ぬ死なないは個人の究極の尊厳の問題」だからとして、被疑者の法益を正しい手順に則って守ることを放棄してよしとする姿勢が、全く容認できないのです。
> ご紹介いただいた事例は今回事案とは些か状況や意味合いが違う(No.9 惰眠 さま)
はい、その通りです。
弁護士が被収容者の自殺願望を覚知して、他に制約が掛かっていない場合の、普通の対応について、参考までにご紹介いたしました。
人権救済申立がオープンに処理される(プライバシーへの配慮はあります)問題であることと異なり、
本件では、接見時に弁護士のみを、特に信頼して打ち明けられた話であったこと、弁護士は接見の秘密保持、依頼者の信頼に応えるべき義務を負う状態であったことが問題になると思います。
依頼者がこうしたいと言っているのだから、その意思を尊重するという考え方も、理解できなくはありません。警察に注意を促すためには、接見の内容を明かさねばならず、それは依頼者の信頼を破ることになりますから、弁護士はジレンマに立たされます。
しかし、おそらく、私も含めて弁護士の多くは、依頼者の信頼を裏切ってでも、留置管理係に通報する道を選ぶのではないでしょうか。
(深刻そうに見えなかったから、通報すべきとは思わなかった、というケースはあり得ますが。)
私が思うに、No.5 惰眠 さまがおっしゃる通り、
> 犯罪の被疑者として扱われたことで自死を選択しようとしている
のは、間違っています。被疑者の地位に置かれただけで、死ななければならないような社会は、間違っています。弁護士としては、「無実なら生きて、そのことを主張し裁判で明かしを立てよう」と説得しなければならない。
が、もしその説得に失敗したならば、次にできることは、他者の手を借りてでも、自殺を阻止することしかありません。
まず命が助かることのほうが先決で、そのために被疑者の信頼を失い、今後の弁護が十分な効果を上げられなくなるとしても、仕方がない。死んでしまっては、弁護は絶対にできないのですから。
もう一つの問題点、接見終了後の身柄回収。
本来なら弁護士が接見終了したら直ちに接見室から房に戻されるべきところを、本件では1時間くらい一人で放置されていたそうです。
接見が終了したら、留置管理の係官がすぐに迎えに来てくれないのか?
私の経験では、
拘置所や少年鑑別所では管理が厳密で、心配したことはありません(原則的に執務時間内の接見しかさせないということもあります)。
接見室の前に詰め所があったり、弁護人が接見室内のブザーを押して知らせる方式にしていたりしますが、必ず管理の人に伝わり、迎えが現れるのも早い。
しかし、警察留置場では、署によっても異なりますが、拘置所ほど厳密ではなく、特に夜間は手薄なようで、すぐに迎えが来るとは限りません。
一般的に、接見室内に弁護人が押すブザーのようなものは付いておらず、被疑者・被告人に対して「係の人を呼んで部屋へ連れて行ってもらってね」と言ってから接見室を出ます。
接見室の前の詰め所に人が居ればよいのですが、誰も居ないことがままあります。特に、夜間は居ないことが多い。
そこで、留置場の出入扉横のブザーを押して(そのブザーの本来の目的とは違うと思いますが)、覗き窓に向かって「終わりましたぁ!!」と大声で言う。
これに対して何か返答があればよいですが、ウンともスンとも言わず誰も来る気配がない時は、大変不安になります。接見室からどこへも逃げられはしませんが、監視もなく一人で放置されることは良くありません。
正直に申しますと、次の予定があって急ぐために、係官が来るのを確認せずに帰ってしまったこともあります。その間、被告人は何分放置されていたのでしょうか。幸い、次に会った時にピンピンしていて、問題は生じなかったのですが。
今日、他の弁護士らとその話になり、みな、警察署の接見時になかなか迎えが来なくて不安を感じた経験があると言います。
弁護人としては、少なくとも係官が接見終了を認識していることを確かめてから帰るようにすべきであり、
特に本件のように自傷の危険を察知したケースでは、係官が迎えに現れるまでの無事を確認するのが弁護人の義務だろう、という結論になりました。