「今枝仁弁護士のコメントの転載」のはてなブックマークのコメントに以下のようなものがある。
「私自身のスタンスを変更する必要を認めておりません」転載しておいてなんだそりゃって感じ。橋下弁護士は論外だが、矢部善朗のダブルスタンダードな態度もおかしい。懲戒請求を扇動している側の態度の方が政治的。
光市母子殺害事件の弁護団に関する問題は決して一つではない。
ただでさえいくつかの問題があって複雑なのに、橋下弁護士が懲戒請求を扇動したものだからさらに問題が錯綜している。
これまで批判の対象になったものを思い浮かぶ範囲で指摘すると
最高裁弁論期日の安田弁護士らの欠席問題
被告人の供述変遷の理由
殺意否認に関する主張の説得力
弁護団の記者会見のあり方
弁護団の弁護活動は懲戒理由になるか
弁護団に対する懲戒申立またはその扇動は損害賠償請求の根拠になるか
総括的な問題として、刑事弁護とはどうあるべきか
などなどである。
以上のそれぞれは関連はするが独立した問題を含んでいる。
従って、ある問題については弁護団を批判し、ある問題については橋下弁護士を批判し、ある問題については弁護団(の一部)の意見に同意し、ある問題については橋下弁護士に共感するということは当然あるのである。
そのような問題の切り分けや分析をしないで(またはできないのに)ダブルスタンダードなどと批判するのは自己の無理解を露呈しているだけということがわからないのだろうか。
それ以前の問題として、弁護団を批判している者(つまり私)が弁護団の一人の見解に同意できる部分を見つけてその意見を転載することがなぜダブルスタンダードになるのだろうか。
これをダブルスタンダードになるというのは、要するに「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というのと同じで、
単なる感情反応(このブログの流行語に従えば脊髄反射)に過ぎない。
物事を善と悪、右と左などというように2項対立でしか捉えられない発想の表れと言えるもので、そのような発想は物事の客観的かつ正確な認識と理解を妨げるものである。
なお、末尾の「懲戒請求を扇動している側の態度の方が政治的。」の意味するところは理解できない。
「政治的」というのは、より好ましいという意味なのだろうか?