エントリ

 橋下弁護士が、ブログ(橋下徹のLawyer’s EYE)で意見を述べています。

 で、私の意見はどうかということですが、オードリーさんに過去ログを読んでくださいと言った手前、私自身で少し自分の書いたエントリを読み直してみました。
 こういう意見を書いています。
 裁判員制度と安田弁護士的弁護

 読み比べていただくと分かりますが、一見、よく似た意見です。
 ほとんど同じに見えるところもあると思います。

 しかし、私は橋下弁護士の主張する理由に基づいて、弁護団を懲戒すべし、という意見には賛成できません。

 刑事弁護には、絶対にゆるがせにしてはいけないことが一つあります。
 それは、被疑者・被告人の利益を守る、ということです。
 その一点において例外は認められません。
 つまり、どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない、ということです。
 具体的に言いますと、弁護人はたとえ依頼者である被告人が黒だと確信したとしても、被告人が「自分は無実だ」と主張する以上は、弁護人の立場にとどまる限り、有罪の弁論をすることは許されないのです。
 無罪を主張する被告人の弁護人が、被告人の有罪を確信した場合にその弁護人はどうするべきか、という問題は、司法研修所の刑事弁護教育における重要かつ困難な問題で、これが正しいという答がありません。
 こうするべしという答はありませんが、被告人は有罪であるという弁論をしてはいけないことについては異論を見ないはずです。たぶん、橋下弁護士もこの結論は認めるでしょう。
 辞任というのも一つの考え方であり選択肢でありますが、辞任した場合は別の弁護士がその被告人の弁護人に就任しなければなりません。
 結局、誰かが被告人の無罪の弁論をしなければならないことになります。

 橋下弁護士の主張の当否は、以上を前提にして考える必要があります。
 橋下弁護士は、

私の主張の骨子は、弁護士法上の懲戒事由である「弁護士会の信用を害する行為、品位を失う行為」の基準は、世間の基準だということです。

と主張しています。
 この主張を、橋下弁護士のいう説明責任という観点から本件に即して言いますと

 被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。

ということになると思います。

 しかし、そんなことはいつもいつもできるわけではないのです。
 話をさせるたびに話の内容がころころ変わる被告人がいます。
 言い訳の矛盾を指摘されるたびに新たな言い訳をその場の思いつきで口にして、最後には支離滅裂の言い訳をする被告人もいます。
 そんな被告人の場合は、世間が納得する理由など説明できるはずがありません。
 納得できない理由ならいくらでも考えることができるかも知れませんが。
 被告人の有罪を確信し、被告人の弁解がおよそ裁判官に採用されないことを分かりながら、被告人の主張を代弁している弁護人はそれこそごまんといるのです。
 世間が理解すべきは、弁護人の仕事とはそういうものである、ということです。

 このような弁護人の職責がいかに重要であるかは、この拙文をお読みの皆さんが無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考えていただけると少しはおわかりになるのではないでしょうか。
 自分はそんなことになるはずがない、とお考えの人も多いと思いますが、これまで冤罪に苦しんだ人たちは、逮捕される前は例外なくそう思っていたはずです。

 補足しますと、弁護人が依頼者を有罪であると確信する根拠としては、検察官が収集した証拠に基づくわけですが、いかに強固に見える証拠であったとしてもそれは所詮警察・検察が収集した証拠であるわけですから、弁護人としてはそれらの証拠を無条件に信頼するわけにはいかないのです。
 言い換えれば、弁護人は、被告人が有罪であるという自己の確信の根拠を常に疑わなければいけないのです。
 そして、この弁護人としてのスタンスについては、例外を認めないことによってのみ冤罪防止の機能が働きます。
 
 私が思いますに、橋下弁護士は、本当に悩ましい事件の刑事弁護をしたことがないのではないでしょうか。
 たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。

 刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます。

追記
 こちら(「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」)もどうぞ。

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コメント(67)

>たぶん、国選弁護事件は弁護士になりたてのころに問題のない自白事件を少しやっただけなのではないかと思えてしまいます。
>刑事弁護人の苦悩を知らずに批判しているように思えます

 私もそう思っていましたが、そうではないようです。
 先週日曜日の「たかじんのそこまで言って委員会」で、万引犯の弁護をしたときに被告人に「醤油の瓶が自分から買い物籠に入ってきた」と言い訳されて困ったが、それを否定せずに弁護したと言っていましたから。

 橋下弁護士は、当初は弁護団の主張や証拠をよく知らずに一般人と同様「弁護人が変わってから被告人の供述も変わっているので、弁護人が被告人に影響を与えて供述を変えさせたのだろう」と思っていたのではないでしょうか。
 それが、弁護団の報告集会に出席してそうではないことが分かり、急に「説明責任」などと言い出したのだと思っています。

 何を言っても許され、言いたい放題であれば、その言い分の信憑性についての価値も全体なレベルが低下し、羮に懲りて膾を吹くという過ちが起こり、真のえん罪を生む土壌にもなりうるのではないでしょうか。
 掘り起こされ、精査されることなく排除される事実が増え、そこから生じた不手際を逆手に検察や、裁判所をなじる向きもあるような。
 「裁判官が日本を滅ぼす」とか元裁判官の「狂った裁判官」という本も出ているぐらいですから。
 逆に正当な事実の証明が、著しく困難になり、ハードルも高くされているような気もします。
 それと、どこかの検事長だったかが、百人か千人の犯罪者を逃しても、一人の無辜を罰することなかれ、などという名言を残したそうですが、調査力や判断力を磨いた方が良さそうな。紛い物を容易に混じり込ませれば、間違いは簡単に起こりうるでしょう。
 これは単純な工場作業でも同じことで、はじめから分かり切った経験則です。プログラムの世界でもバグ(欠陥)は常識という大前提があるはずです。特別優秀な頭脳の持ち主か、そう思いこんでいる人であれば、話は別なのかもしれませんが、「万死に値する」などと軽々にいう政治家に似ていますね。
 国民をなめ腐った詭弁ですよ。

被告人の主張が変遷(内容が変わることです)した場合には、弁護人はその変遷の理由について、世間が納得できるように説明すべきである。
わけわかんねぇこと言ってるなあとしか思えないですが・・・。 それじゃ検察側が訴因変更したときは官報で知らせろとでも言うんですかね。

私もその番組を見ていました。「懲戒制度があるのだからやればいいじゃないですか。」というような趣旨で、「積極的に推奨した」ようには感じませんでした。

この番組が放送される前に、インターネットのサイトでは懲戒請求をしようというような書き込みがありました。ガスが充満してた部屋に、「橋下弁護士の発言」という火花が散って、爆発を起こしたような気がします。

刑事訴訟における弁護人の役割を理解していない人が多く、よく行くサイトでも、弁護士は仕事をしていると書き込みをすると袋叩きに遭う始末で、そのサイトから手を引きました。私の文章が拙かったのかも知れませんが。

私も、幸いに、このモトケン先生の説明や、某有名な刑事訴訟法の大家の先生に懇意にして頂いていたため、誤解をせずに済みましたが、それがなかったら、どんな意見をもっていただろうと思うとゾッとします。

そんな状況を橋下弁護士は知っていて、懲戒請求をした人を庇って自分が矢面に立ったのだと、勝手に好意的に解釈しています。テレビ番組で(調子にのせられて)発言してしまったのだから引くに引けないところもあるのかも知れません。

> No.4 たこやき さん

私は「積極的に推奨した」ように感じました。でも、別の日に見ていたらそう感じなかったかも知れません。

利害の絡まない事項についての個人の感想なんて適当なもんです。もちろん程度問題であって、弁護団側の主張に「うん、なるほど。死刑回避もありかも。」と思った一般人は少ない(はず)。

橋下さんの言ってる「世間」っていったい誰のことなんでしょうね?

橋下さんの言ってる「世間」っていったい誰のことなんでしょうね?
「B層」じゃないですか?

 お久しぶりです。
「お弁当の賞味期限を切らすために,あらゆる手段を尽くす」弁護手法について,元検さんは,どう思われますか?
 「あなたには,黙秘権と証人審問権が認められている。この権利は憲法で認められた人権だ」と依頼者にアドヴァイスしたことがあります。
 一件は,賞味期限が切れた上,当該事件の判決で執行猶予(保護観察)が認められました。

 Barl-Karthさんのブログをちょっとだけ、拝見しました。これって、マキャベリの肖像画に似てますね。
 賞味期限という比喩も大変参考になりました。

>橋下さんの言ってる「世間」っていったい誰のことなんでしょうね?

 お天道様のことではなさそうですね。
 ところで、B層とは何のことなのでしょう。ABCのランクで中間層ということになるのか、それともビジネス層なのか。隠語のようにですが、分かる人は少なそうです。

弁護士の先生方とそれ以外の一般人との捉え方があまりに違いすぎますね。
どうしてここまで差があるのでしょうか。

私がこの弁護団に嫌悪感を感じるのは、記者会見でいたずらに遺族を刺激させたり侮辱するような発言を繰り返したり、裁判に対する遅延行為。
どうしても、この弁護団は少年を刑事弁護してるのではなく、裁判を政治的利用してるようにしか見えないからです。

そこまでする必要があるのか。やはり、やり方が違う気がするのです。
彼らは弁護したいのではなく、死刑廃止論を世間に訴えたいだけにしか見えないのです。

そして裁判を利用してやりたい放題な弁護団に対して弁護士の先生方は誰も批判はしない。
懲戒請求は世間が弁護士会に自浄作用を求めているのです。

ここでは医療問題についてよく扱われてますが、例えばいい意味で感情論で物事が動いたおかげで、
インフォームドコンセプトという言葉が一般的になったのです。
医療不信を煽り医師のカルテなどの雑務負担が増えた一面もありますが、その一方で医師と患者が向き合う一つのきっかけとして作用しているのではないでしょうか。
必ずしも感情論が悪いとは思いません。

なぜ、一般人が弁護団に対して怒っているのか。

感情論で片付けないで、先生方にも少し歩み寄ってほしいものです。

No.7
その符丁は一般の方には分かりにくいでしょうね(^^;
それとも最後の一文で分かるかな?

>No.10 pon さんのコメント
>弁護士の先生方とそれ以外の一般人との捉え方があまりに違いすぎますね。
どうしてここまで差があるのでしょうか。

弁護士の仕事は、国家権力を監視することです。国家権力は法の支配といって、法によって、その行使の仕方が規律されています。法律によって自らが規制されていると感じている一般人と法規範は国家権力にこそ向けられているとして仕事をしている弁護士の意識の違いかと思います。
国家権力を監視する仕事は、国家権力を支持し、多数派を構成する一般人から、煙たがれ批判を受ける宿命にありますが、国家権力の適正な行使を図ることは国家存立の必要条件です。安易に歩み寄る訳にはいかないのです。
2年後から裁判員制度が始まります。裁判こそ、国家権力を監視する場面です。歩み寄るというか、刑事裁判についての正確な理解を得る必要があるのは、一般人です。

どんな被告人であってもその利益を守らなければいけない

安田弁護士は,本当に被告人を守っているだろうか?
変な記者会見をしたりして,被告人を貶めているように見えます。
結果論としては,極刑回避の判決が出れば,守ったことになるのかもしれませんが。

終わった裁判では,
麻原裁判で,麻原死刑囚に3審を受けさせなかった弁護士は,麻原死刑囚を守っただろうか?

弁護士は,この方法はダメだったかで済むんでしょうか。何かここが,医療関係と大きな違いを感じます。

>No.13 hatty(一般人) さん

>弁護士は,この方法はダメだったかで済むんでしょうか。

弁護士のやった方法について、評価するのは当該事件の依頼者(刑事の場合は、被告人)です。

 そして、依頼者が、弁護人のやった方法について不満があれば、懲戒請求、損害賠償請求等にもなりますし、それが法的に正しければ、懲戒、認容判決となります。

 法律的な大きな枠組みとしては、医師と患者の関係と一緒です。

 懲戒請求、紛議調停の申立、苦情窓口、市民窓口、法律相談センターによるチェック等、道具立ては医師の場合より、弁護士会が多く設置しているかと思いますが。


本論ではないのですが、橋下弁護士は本当に弁護士や、弁護団に関して批判しているのだろうかと思わないでもありません。

橋下弁護士の矛先は、弁護士や弁護団よりも、むしろ弁護士会の方に向かっているように思います。弁護士会を批判したいがために、光市の事件を利用しているような印象を受けます。

穿ちすぎな見方かも知れませんが。

>No.1 M.T. さん

 万引き事件で「困った」橋下弁護士と死刑判決の可能性に直面している本件の弁護団とを同列に見ることはできないのではないでしょうか。

>Barl-Karth さん

 裁判所からの理解を得られそうな範囲で考えます。
 賞味期限が2年も先なのに、なりふりかまわずなんでもあり、という方針は私としてはとれないです。
 裁判所からの信用を失ったら他事件の保釈弁護などに対する悪影響が懸念されますから。
 6か月程度の賞味期限なら、裁判所も検察官も大抵のことは織り込み済みではないでしょうか。

>No.10 pon さん
私は一般人ですが、今回の件での自称「世間」の反応を薄ら寒く感じています。
勝手に一まとめにして法曹対一般人の対立構造に無理矢理持っていくのはいかがなものでしょうか。

>記者会見でいたずらに遺族を刺激させたり侮辱するような発言を繰り返したり
それは説明責任を果たしたと言うことでは?

はじめまして

橋下弁護士の懲戒請求についての説明ですが、何万、何十万出せば処分せざるを得ないということを述べていました。これは懲戒請求を間違って説明したのではと思っています。(自分の調べた情報から判断すると、量より懲戒理由が正当かどうかが大切だと思うので)

懲戒請求というものは量により影響は出るのでしょうか?そもそも懲戒請求というのはどういう時に出すものなのか、モトケンさん教えてください。

No.12元検弁護士様の国民が正確な理解をえることが大事なこともおっしゃるとおりです。しかしながら国民はそれぞれの社会活動を精一杯です。私達は義務教育で教わったこと以上ましてや検事様のような知識を持ち合わせることはできません。インターネットやメディアを通して少しずつでも理解しあえるように司法側も努力していただけないものでしょうか。裁判員制度の導入のきっかけである司法制度改革は国民への十分な司法サービスの提供のためではありませんでしたか?

>Mib さん

>インターネットやメディアを通して少しずつでも理解しあえるように司法側も努力していただけないものでしょうか。

 私としては、このブログで折に触れて書くことによって努力しているつもりです。

 裁判所もけっこうな予算を投じて裁判員制度の広報活動をしているようですが、慣れないことをしているせいかとても非効率な印象を受けますし、刑事弁護の役割までまだ手が回ってないみたいです。
 日弁連がもっとがんばるべきだと思いますが、たいした広報活動はやっていないみたいですし、やったとしても結局マスコミの力には負けます。
 
 もうちょっとマスコミが刑事弁護について理解があるといいなと思うのですが、現状を見ると悲観的です。

 マスコミとの関係では、弁護士がメディアに向かってものを言うのであれば、弁護士の発言はもっとマスコミに配慮されてしかるべきだと思います。
 光市事件の弁護団の記者会見のあり方は、懲戒理由にはならないと思いますが、下手糞の極みです。

>>19
義務教育で土台を作っておかないと後から理解を求めるのは難しいでしょう。四則演算を知らない人に三角関数教えるわけにもいきませんし。
現状の法教育(法とか裁判に対する一般的な理解に関する教育)って、足し算と引き算しか教えていないような状態ですから、かけ算と割り算をまず教育の場で扱う必要があるかと思います。
ところが、これを扱うのが結局行政である、というのが悩ましい事なのかも知れません。

No.2 廣野秀樹 さん >

それと、どこかの検事長だったかが、百人か千人の犯罪者を逃しても、一人の無辜を罰することなかれ、などという名言を残したそうですが、調査力や判断力を磨いた方が良さそうな。紛い物を容易に混じり込ませれば、間違いは簡単に起こりうるでしょう。
これは単純な工場作業でも同じことで、はじめから分かり切った経験則です。プログラムの世界でもバグ(欠陥)は常識という大前提があるはずです。

その論理は、何か、おかしく無いですか?
バグを無くすのは無理って事は、バグの発生率を下げることが無理って事を意味していない訳で。

「百人か千人の犯罪者を逃しても、一人の無辜を罰することなかれ」
ってのは、字面だけ読めば、現場の人間に無謬である事を求めてる様には読めないんですが。
むしろ、人間は間違いを犯すものだ、と言う前提の元に、起こり得る複数の種類の間違いに対する対策の優先順位をどうするか、って話じゃないんでしょうか?

刑事弁護の原理原則は、一般人には理解不能です。
こちらにいらしている人たちの輪から、なかなか理解の輪が外に広がらないし、逆に反発を強めている人たちも多く見られるようです。
犀の河原で石を積み重ねるような作業をされて、とても大変だと思いますが、がんばってください。
世の中、正論だけではうまくいかないものですが、先生にはぜひ正論を貫き続けてほしいものです。

>No.22 万年下っ端プログラマ さん
 コメントありがとうございます。確かに人間は間違いを犯すものですし、そのための対策というのもあらゆる場面で講じられていると思います。
 教訓を生かすとか、教訓に学ぶとか、そういう姿勢はもちろん大切なことだと思います。
 私は、検察にその誤りを正してもらうため、手続きを行う予定ですが、昨今の刑事裁判を取り巻く状況についてある程度のことは把握しておきたいと考え、こちらのブログも参考にさせていただいております。
 裁判というのは、警察官、検察官、弁護士、裁判官といった立場の異なる専門職が関与し、判決へといたるプロセスを辿るはずですが、どの過程において間違いが生じ、あらぬ方向に流れるのか、という観点から原点に立ち返り、深く考えているところなのですが、その一つとして検察のことを取り上げてみました。
 ご紹介した検事長の発言は、かなり有名なはずで、議論にもなっているかと思います。
 私が何を言いたいのか、現実に同であったのかということにつきましては、長い説明にもなるので、自分のブログのほうで書き、リンクにてご紹介させていただきたいところです。
 私自身、言い換えれば被告人自身に問題があったことを含め、家族や我が身にも降りかかりうる刑事裁判のあり方について考えていただければ幸いですし、ご意見などいただければとても参考になります。
 具体的な現実の裁判を通し、目からうろこが落ちるような新鮮な発見や、考えさせられる点もあるかと思います。
 なお、こちらのブログも参考に、金沢弁護士会にも回答を求める手続きを考え始めました。

>弁護士は,この方法はダメだったかで済むんでしょうか。何かここが,医療関係と大きな違いを感じます。
というコメントも参考にさせていただきも、やもやと考えていたことが、すっきりしてきました。
 より詳しく具体的な、説明を書く予定でいますが、概要は過去のエントリに書いてありますので、ご覧いただければ幸いです。
http://d.hatena.ne.jp/hirono_hideki/20060924/1159110002#c1189228449

> 刑事弁護に無知な一般人さん

刑事弁護の原理原則は、一般人には理解不能です。

簡単だと思います。つまり、自分がえん罪で逮捕された時の事を想定すれば、原理原則はすんなりと腑に落ちると思うのですが。

えん罪で逮捕された場合、あなたは「自分の利益を最大限に考える弁護士」と「マスコミや世論の見解に押されてしまう弁護士」のどちらを選びますか?

>自分がえん罪で逮捕された時の事を想定すれば、原理原則はすんなりと腑に落ちると思うのですが。

それが想定できないのが一般人のすごいところ。

警察は「悪い人」しか捕まえないと信じている。
ときどき見聞きする、「冤罪」という現象は、
「悪い警察」という、「警察」とは別の組織が行っている。

> No.23 刑事弁護に無知な一般人 さん

理解不能なら、プロの言うことに「納得いかんけど、そういうもんですか。」と黙って従うのも一つの見識だと思いますが。

まー、橋下さんもプロだけど。

> No.23 刑事弁護に無知な一般人 さん

「12人の怒れる男」、または「12人の優しい日本人」を視聴
することをおすすめします。

「12人の怒れる男」
という映画のタイトルは聞いたことがありますが、私もみたことがありません。何となく陪審員制度のようなイメージが湧きますね。
 ところで、刑事裁判での問題は、いわゆるえん罪だけではないと思います。冤罪というのは、濡れ衣というのか、やってもいないことで有罪にされることだと思いますが、実際にやったことでも、裁判の内容や結果が自身の実体験に照らし、著しく異なっていれば納得もいかないでしょう。
 刑事裁判ではなく民事だったかもしれませんが、確か札幌地裁で、裁判官を殺そうとした事件もありました。
 これくらいはわかってくれるだろうという考えは通用しないはずです。わかってくれたとしても、裁判官が取り上げてくれる可能性も低いかと思われます。なぜなら証拠が必要だから。
 証拠に基づき認定されるのが事実ですが、限られた専門分野でこれを「事実認定」と呼んでいるようです。
 専門的に取り上げた書籍を読めばわかると思いますが、その事実認定というのも推測であり、推理でしかないのです。
 また、主張を裏付ける根拠のことを挙証責任というはずですが、刑事裁判の場合、原則これは検察官の側にあります。その検察側の主張に対し、反論を行うことを防御ともいうようですが、このように互いに攻撃・防御を尽くし、裁判官が判断を下すというのが、刑事裁判の仕組みであり、流れであるはずです。これを当事者主義とも呼び、検察官と被告人は対等な立場とされています。
 戦前というか帝国憲法の頃の裁判は、上から問い質すというスタイルで、糾問主義と呼ばれていたはずです。未だにこのような感覚で裁判のことを考えている人が多いのかもしれませんね。
 それ故、検察や裁判に逆らうのは馬鹿で、馬鹿だから不利益を受けたと軽く考えているのか。
 自分も平成4年当時、そんなことを知っていれば、物怖じせず、考えや事実を整理して対処できただろうと悔やまれます。
 検事さんはお代官様に見えたし、同行していた警察官には、「気を悪くさせると不利になる」というような忠告を受けました。親切心からとは感じましたが。
 私は今、その運命を暗転させてくれた元検察官のことを「マヌケ大王」と呼んでいます。全く信じられないぐらいに抜けていました。

刑事弁護に無知だと、こんなに反発があるもんなんですね。
びっくりしました。

しま(一般人)へ

その問い掛けはアンバランスです。弁護士の表現に悪意がこもっていますし。
設定するなら、
「自分の利益を最大限に考える弁護士」
「マスコミや世論の見解に押されてしまう弁護士」→「被害者の利益も考える弁護士」
あたりではないですか?

であれば、自分が被告人となったときには「自分の利益を最大限に考える弁護士」が良いですが、自分が被害者となったときには相手の弁護士は「被害者の利益も考える弁護士」が良いです。

世の中にどちらか一方の弁護士の存在しか許されないのであれば、後者の弁護士だけが存在する世界の方がいいです。

>No.30 刑事弁護に無知な一般人 さん
>世の中にどちらか一方の弁護士の存在しか許されないのであれば、後者の弁護士だけが存在する世界の方がいいです。

えっと、他意はなくて、純粋に質問なんですが、
その世界で、あなたが被告人になったらどうするんですか?

>No.30 刑事弁護に無知な一般人 さん

>刑事弁護に無知だと、こんなに反発があるもんなんですね。

 反発ではありません。
 刑事弁護のことを理解してもらいたいと思って説明しているのです。

 検察官の主張を全面的に認める自白事件であるならば、弁護士は被害者の利益を考える必要があります。
 その場合は、被害者の利益を最大限に考慮することが被告人の利益を最大限に考えることになります。

 しかし、検察官の主張と被告人の主張が真っ向から対立する場合は、被告人の利益と被害者の利益も真っ向から対立する場合が多いです。
 強姦事件で被告人が和姦を主張する場合を考えてみてください。

 但し、その中間領域の事件については被告人の主張の内容によって被害者に対してどの程度配慮するかはかなり微妙な問題になります。

>自分が被害者となったときには相手の弁護士は「被害者の利益も考える弁護士」が良いです。

 それはそうでしょうけど、相手の弁護士はあくまで相手の弁護士です。
 あなたの弁護士ではありません。
 相手の弁護士に相手に不利になる行動を期待するほうがおかしいことはお分かりですよね。
 相手の弁護士は、相手つまり依頼者に有利になると思えば被害者のことも考えますが、相手にとって有利になるならば被害者を傷つけることもやむをえないと考えるでしょう。

 但し、被告人が被害者を傷つけるような主張をするときは、それは諸刃の剣になりかねません。
 その主張の立証に失敗すれば、被告人自身にとって重大な不利益が生じる可能性があります。

 つまり、被告人及びその弁護人が被害者の利益を害するような主張や弁護をすることは、ある意味でギャンブルです。
 

白片吟K氏 さんへ

それが当たり前の世界なのですから、多分特になにも感じないと思いますけど。。。
被告人になる確率<<被害者になる確率 ですし


モトケン さんへ

お返事、ありがとうございます。
中山(一般) さんがおっしゃられるようにプロの言うことなんだから、そうなんだねという気分ではあるのですが、すっと入ってきません。

例えば、
>相手の弁護士は、相手つまり依頼者に有利になると思えば被害者のことも考えますが、相手にとって有利になるならば被害者を傷つけることもやむをえないと考えるでしょう。
これは結局「自分の利益を最大限に考える弁護士」ですよね。
なので、「被害者の利益も考える弁護士」ならいいなあと思う一般人なのです。

>No.33 刑事弁護に無知な一般人 さん

No.25 しま(一般人)さんの設定は,
「えん罪で逮捕された場合」
ですので,
「被告人になる確率<<被害者になる確率」
とまではいえないのではないかと思います。

むしろ,被害者がいれば同数の被告人はいるわけですので,
被告人になる確率=被害者になる確率
に近づくのではないでしょうか。

もちろんこれは,捜査機関が全くいいかげんに捜査をすることを想定しています。
しかし,「被害者の利益も考える弁護士」しかおらず,起訴すればすべて有罪となる世界で,今の日本と同じような精密な捜査を期待することはやや楽観的のように思います。

それでもなお,お考えに変わりはありませんか。(私にはそのような潔さはまねできそうにありません。)

>なので、「被害者の利益も考える弁護士」ならいいなあと思う一般人なのです。

適切な譬えかどうかは判りませんが、もし、製造業などの検査部門が、製品の検査・テストの際に、設計部門・生産ラインの「利益」やら、新製品の早期出荷を望んでいるユーザの存在やらを考えてテストに手心を加えたりしたら、どうなるでしょうか?
「被害者の利益も考える弁護士」なんてのは、いわば、そう言う「実質的に機能しなくなった検査部門」みたいなモノなんじゃないでしょうか?
(そもそも、「被害者の利益」って何? って話も有りますが)

で、製造業などで、重大な社外事故が起これば、多くの人は、その会社に対する信頼を持てなくなるように、もし、無実の人間が誤って有罪になるような事が多発すれば、刑罰に対する社会の信頼が揺らぐ事になるんじゃないでしょうか?

早い話が、「被害者の利益も考える弁護士」なんて代物の存在を認める事は、一歩間違えば、「犯罪者に対する刑罰」と言う仕組を「殺して」しまう事にも繋がりかねないと思います。

刑事弁護に無知な一般人 さん

何か釈然としない気持ちになられるのはごもっともなことと思います。こと被告人の主張が「なにいっとんのじゃ?」と思われるような場合なおさらです。被疑者・被告人の立場になって考えてみろといわれても,なかなかイメージしづらいところではあるかと思います。

いわゆる痴漢犯罪をお考えになってみてはいかがでしょう。何かの拍子で被疑者とされてしまうことは十分考えられます(あなたが女性である場合,世の男性であればという形でご想像ください)。
そのような場合において,弁護人が被疑者の言い分を主張してくれない。理由を聞いたら「被害者の利益・気持ちを考えるとそんな主張できません,しません。検察官はあなたがやってるといってますし,被害者もそう言っている。国民だって痴漢は許せないといっているじゃないですか。無駄に争うのはおよしなさい」という。こんな弁護人があなたのおっしゃるところの望ましい弁護人像ということになりかねません(ちょっと極端な例であり,また適切なたとえであるかという問題がありますが)。

「弁護士」という一括したとらえ方ではなく,その依頼を受けた立場の代理人・弁護人としての弁護士という観点でイメージされたほうがよろしいかと存じます。
ある弁護士が被害者の代理人となったとしましょう。そうなれば,その弁護士は被害者の利益を第一に行動しますし,そうでなければならない。
でも,その弁護士が逆に被疑者・被告人の弁護人となったとします(同じ事件だと利益相反なので無理ですが,あくまで仮定の話です)。そうなれば,今度は被疑者・被告人の利益を第一に行動しなければならないのです。

> No.33 刑事弁護に無知な一般人 さん

それが当たり前の世界なのですから、多分特になにも感じないと思いますけど。。。

だったら現在は「自分の利益を最大限に考える弁護士」が当たり前の世界なんですから、特になにも感じない筈ですが。

あっ、しまった。
法曹関係者でもないのに「現在は「自分の利益を最大限に考える弁護士」が当たり前の世界」なんて図々しく書いてしまいました(汗)。

定義次第ですが、「自分の利益を最大限に考える弁護士」ってのはNo.33での刑事弁護に無知な一般人さんのコメントを基準として想定した想像上の弁護士業界です。

違っているのなら、訂正をお願いします。

>刑事弁護に無知な一般人 さん

>被告人になる確率<<被害者になる確率 ですし

その確率は、どのように算出されたのでしょうか?
私はそのような確率がどうやったら算出できるのかわかりません。
しかし、仕事をしたり、車を運転したり、女性と交際したり…等々、普通にマジメに社会生活を営んでいても、その中で刑事事件の被告人や容疑者になってしまう可能性は誰にでもいくらでもあるのではないかと私は思います。

あと、「自分(←これ、被告人のことですよね?)の利益を最大限に考える弁護士」も、被害者の心情にまったく思いを馳せないということは、あまり無いような気がします。
光市事件の弁護団の方が、苦しい胸のうちを明かされたコメントが下記のURLで読めます。
時間があるときにでも、ご一読頂ければ、と思います。
http://t-m-lawyer.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_da83.html

>No.39 けん さん

情報ありがとうございます。

ご紹介いただいた「弁護士のため息」というブログ、私もブックマークしてあったのですが…数日お寄りしない間にスゴイ記事が載っていました。

光市事件の弁護団の一員で、しかも橋下弁護士を損害賠償請求で提訴した今枝弁護士ご自身が、ご自分の言葉で光市事件の被告を弁護する心の葛藤が投稿されているとは…。不覚です、ヤッパリ毎日訪問すべきですね。

この今枝弁護士の投稿記事、光市事件の弁護団についてコメントを付けようとされる方は必ず読むべきかと思います。


「弁護士のため息」のブログ主さま(コテハンを書いても良いのかな?)、
並びにこちらのブログ主のモトケンさま。

今枝弁護士のご了解を得た上で、こちらのモトケンさまのブログにも投稿を転載して頂けませんでしょうか。一人でも多くの人が読めるようにすれば、「刑事弁護の本質」を正しく理解する人が増えると思います。

>No.40 法務業の末席 さん
>今枝弁護士のご了解を得た上で、こちらのモトケンさまのブログにも投稿を転載して頂けませんでしょうか。一人でも多くの人が読めるようにすれば、「刑事弁護の本質」を正しく理解する人が増えると思います。

今枝弁護士は「私の個人プレーが暴走しすぎて、光市事件弁護団のほかの弁護人らや、懲戒扇動被害弁護団の代理人となってくださった先生方、そしてなによりも被告人やご遺族にご迷惑がかかってはならない」と言っておられます。

 今枝弁護士の話は、そのお人柄がしのばれるもので、一般の方々の多くに好感を持たれています。
 私は法務業の末席さんの言われるように、一人でも多くの人が読めるようにした方がいいと思うのですが。

 弁護団は今ネット上で裁判資料の一部を公開することを検討中のようです。
 
 心配なのは、今枝弁護士の話を取り上げて議論をすることで、また新たな攻撃のタネをまき、あちこちのブログ等で今枝弁護士が反論しなければならないことです。

 弁護団には、ネットにおける情報公開の方針を決めて頂く必要があると思います。

 週明けに今枝弁護士か弁護団の他の弁護士に電話して確認してみます。

今枝弁護士のご意見は、原告の利益を害しない最大限の配慮のもとで、弁護人の本音が語られていて、それがマスコミの情報だけで判断していた「怒れる」読者の心に届いているのでしょう。

刑事弁護に関する専門的な議論ではなくて、「一見したら無茶苦茶な弁護に見えるかもしれないけどそうせざるを得ないんですよ、事件に接して辛いのはみんな同じです」という、ただその一言を、世間は欲しているのではないかと思われました。

しかしあえていえば、本来はそのような本音は語ってはならないのが原則、弁護士会や、他の弁護士がマスコミを通じて代弁するべきことでした。まさに橋下さんが適任だったのに、懲戒請求を煽るなんて・・・

何か、ミスコミュニケーションがあるように思えてなりません。

法律と普段関係ない一般人からすれば、マスコミの断片的な情報に接するだけでは、弁護団が悪の特権者に見えてしまう。
弁護団からしてみれば、あんな懲戒請求の嵐や、テレビやネットでの煽りを食らえば、無知な世間からの暴力と感じ、扇動者への対決姿勢を強めざるを得ません。

マスコミのマッチポンプに踊らされるのは、まったく空しいことですね。

上記No. 42の一行目は、「原告」→「被告人」です。
失礼いたしました。

No.42 neco さんへ
>刑事弁護に関する専門的な議論ではなくて、「一見したら無茶苦茶な弁護に見えるかもしれないけどそうせざるを得ないんですよ、事件に接して辛いのはみんな同じです」という、ただその一言を、世間は欲しているのではないかと思われました。

 今枝弁護士はそこまで言っておられません。
 「私たちは専門家としての刑事弁護人ですから、なんら証拠に基づかない主張の組み立ては行っていません。
 あの「ドラえもん」ですら、捜査段階の供述調書に出てきます。」
 と述べておられます。

 「被害者・ご遺族を傷つけることを回避しようとするばかりに、もしも被告人に不利益が生じた場合は、刑事弁護人の職責は果たしていないことになってしまいます。」
 とは述べておられますが。
 
 引用部分は、私を含め他の弁護士が、同じようなことを言っています。

多くのお話ありがとうございます。
でも、正直キャパシティーを超えてしまいましたので、全部にお答えできているかわかりません。
もし、お答えしていない方がいらっしゃったら、ごめんなさい。

くりるさん、けんさん

被告人になる確率<<被害者になる確率
についてですが、ここでの被告人は話の流れから冤罪での被告人と想定してました。
裁判では被告人の数=被害者の数ですよね。
で、被告人のうち冤罪で被告人になっている人の数ってどのくらいなのでしょうか?
ニュースで報じられているくらいしかわからないのですが、有罪率とかのイメージから1%未満なのじゃないかなあと思ってます。
すると冤罪での被告人は上の裁判での被告人に冤罪で被告人になる確率を掛けるので、被告人になる確率(冤罪)<<被害者になる確率とのイメージです。
全然、間違っていたらごめんなさい。

そうすると冤罪で裁かれることよりも、被害者となって加害者が不当に軽い刑になってしまうことを心配してしまうのです。小市民で申し訳ないです。
きっと皆さんのおっしゃっていることが正しいと思うのですが、まだよく飲み込めません。

中山(一般) さん

その通りですね。
現在の世界で疑問を持っているのですから、架空の世界でも疑問を持つはずですね。
前の質問に戻りますと、自分(被告人&冤罪)の弁護士が被害者のことも考慮に入れた弁護をすることには、多分そんなに違和感はないなと思います。(被害者のことだけを考えられると困りますが)
「弁ですが現在ROM専」さんのコメントにもつながりますが、被害者を傷つけずにかつ自分は無実であることを主張してくださいとお願いすると思います。
(私の弁護士さんは大変ですね)

万年下っ端プログラマさん

例えをいただいて大変申し訳ないのですが、私にはその例えが理解できません。
すみません。

>No.45 刑事弁護に無知な一般人 さん
>被告人になる確率<<被害者になる確率
についてですが、ここでの被告人は話の流れから冤罪での被告人と想定してました。

いや、冤罪に限りませんよ。
故意犯を考えづらくても、過失犯(自動車事故とか)は含めて考えて下さい。
過失犯も裁判上、被告人ですから。


>被害者を傷つけずにかつ自分は無実であることを主張してくださいとお願いすると思います。

痴漢(冤罪)で、「自分は無実だ」ということは、
被害者の女性が少なくとも、
人違いで自分を痴漢呼ばわりして警察につかまえさせた、ということを意味します。
そう言われて傷つかない人はいません。

被害者を傷つけないことと無実の主張は背理です。
どちらかを選ばなくてはいけません。

今枝弁護士のコメントで、
”夕夏ちゃんについて
「頭上から後頭部を下に叩きつけた」とされていますが、
 頭蓋骨骨折も脳内出血も無いことから”
とありますが、
死因は特定・明らかにされているのでしょうか?
明らかには発表されていないようですが。

というのも、
骨折や脳内出血は無かったのでしょうが、
それは”叩きつけた”ことを
否定しきれるものではないのですが・・・・・。
皮下出血の有無など、どうだったのでしょうねぇ?

というか、
今枝弁護士のコメント、
担当弁護士のお話としては、
こうした点で説得力がないのですが・・・・。
パフォーマンスじみたコメントです。

ニュースで報じられているくらいしかわからないのですが、有罪率とかのイメージから1%未満なのじゃないかなあと思ってます。すると冤罪での被告人は上の裁判での被告人に冤罪で被告人になる確率を掛けるので、被告人になる確率(冤罪)<<被害者になる確率とのイメージです。

 確かに日本の有罪率は99%を超えています。しかしそれは終わった裁判を結果的に見てそうだというだけです。
 いままさに自分が弁護しようとしている被告人が無実を訴えていたとしたら弁護人はなにがあっても無実を主張しなければなりません。無実でなくても被告人に有利な事情があればそれを法廷で明らかにしないといけません。
 これはたとえどんなに有罪の疑いが濃い被告人であってもです。裁判が終わる前に弁護人が被告人を裁いてはならないのです。それは最後に裁判所が判決で行うことです。そう考えれば弁護人の仕事が被告人の利益の擁護に尽きるというのもわかるのではないでしょうか。

「弁ですが現在ROM専」さんのコメントにもつながりますが、被害者を傷つけずにかつ自分は無実であることを主張してくださいとお願いすると思います。

 弁護人は被告人に頼まれもせずに勝手な方法で弁護したりはしません。弁護人は被告人の意向に従って弁護しますから弁護が被害者を傷つけないかどうかは被告人次第です。
 たとえば強姦罪で起訴された被告人がいたとします。被告人が「彼女は男好きであっちから誘ってきたから和姦だ」と主張したとします。嘘だとしたら被害者の女性が傷つくことは間違いないでしょう。しかし本当だとしたら無罪ですから弁護人としては法廷で言わないわけにはいきません。
 たとえ証拠などから強姦の可能性が高いと自分が考えてもです。それを判断するのは弁護人ではなく裁判所だからです。

No.45 刑事弁護に無知な一般人 さん>

例え、被害者の為と言う大義名分が有ろうと、
・無実の人間を有罪にする。
・法律で定められているよりも重い刑を課す。
・事実誤認に基づいて有罪/無罪の判定や量刑を行う。
と言うのは、マズいでしょう。
ここまでは、よろしいでしょうか?

刑事訴訟の弁護人と言うのは、被告の側に立って、上記のような「マズい事」が無いかをチェックするのが役目な訳で。
そういう役目を負ってる人に、「被害者の事も考えろ」と言うのは、スポーツ選手に対して、
「対戦相手のファンの事を考えれば、試合で手抜きをしたり、手加減を加えるたりすべき。それをしないなんて(以下罵詈讒謗)」
と非難する位、無茶苦茶な事なんじゃないんでしょうか?

>痴漢(冤罪)で、「自分は無実だ」ということは、
被害者の女性が少なくとも、
人違いで自分を痴漢呼ばわりして警察につかまえさせた、ということを意味します。
そう言われて傷つかない人はいません。(No.46 白片吟K氏 さんのコメント)

話が横道にそれますが、光市事件のことを報道する際には「あんな被害者や遺族を冒涜するような主張をする弁護団はケシカラン」と怒っているマスコミが、一方では「自分は痴漢冤罪の被害者だ」と訴える男性を次々に誌面や番組に登場させ、「被害女性の事実誤認だ」とか、時には「女性のでっち上げだ」とまで一方的に主張させているのは、あまりにも矛盾していると思います。

なぜ、刑事弁護人というものが存在するのかといえば、「警察・検察の捜査の成果を引き継いだ裁判所が、被告人を問い糺して事件の真相を探る」というやり方より、「公益を代表する検察と、被告人の利益を代弁する弁護人が、それぞれの立場から主張立証を行い、その論争の中から、裁判所が事件の真相を見い出す」というやり方の方が、真実発見のためになるという考えに基づくのだと思います。

ここでいう真実発見というのは、処罰すべきでない人を誤って処罰しないこと、必要以上に重い処罰をしないことを言います。訴追されるのは、けしからん奴、あやしい奴が圧倒的多数なので、どうしても、懲らしめておけという方向に判断が傾きがちだからです。

刑事弁護人として活動すると、「ほんまかいな」と思うような一見不可解な被告人の言い分が全くの事実であることが判ってびっくりしたり、警察は被告人に有利な事実を知りながら(極端な場合はシロの心証を持ちながら)検察に事件を送る際に敢えて伏せたりするのかとショックを受けたりすることが実際にあります。多数とはいえないにしても、稀というほどではない程に経験します。このような場合の刑事弁護人の活動の意義は、比較的理解されやすいと思います。ことに冤罪の疑いのある場合には分かりやすいことでしょう。

他方、「ほんまかいな」と思う言い分がやっぱり完全に破綻していることが明確になったり、警察も掴んでいないような被告人に不利な事実が出てきたりすることもあります。弁護人自身も一般市民として生活している者であり、凶悪事件を惹き起こした被告人や、犯罪性向の進んだ被告人に共感できないため信頼関係が築けず悩むこともあります。余り理由があると思えない言い分に接し、どれだけ説得してもその言い分が変わらないためそれに沿った弁護活動をせざるを得ないときに、何ともいえない暗澹たる気分になることもあります。

しかし、刑事弁護人は、被告人の言い分を徹頭徹尾代弁することを通じて、真実の発見、ひいては、社会正義の実現に寄与するという職責を与えられているので、被告人の意思に沿わない弁護人個人の考えで弁護活動をすることは絶対に許されません。死刑相当の被告人が一審で死刑判決を受け「死刑は重すぎる」と控訴したときに、「弁護人としても遺族の悲痛な叫びには言葉もなく、死刑はやむを得ない」などと弁論すれば、懲戒は必至です。

そのため、刑事弁護人は、弁護人の個人的な考えとは別に、その与えられた職業上の立場を全うするために、被告人の言い分を踏まえた上で、最も被告人の利益につながる活動をすることになります。たとえ弁護人が個人の立場では「なんだかなあ」と思う主張であっても、実は個人的には「なんだかなあ」と思っているなどということを決して知られてはならないし、また、弁護人としての立場での活動と、その弁護人の個人的な信念は、同一視されるべきものではないのです。

そして、弁護人が個人的には「なんだかなあ」と思う主張であっても、その数十%くらいに重要な真実が混じっているかもしれませんし、実際、全く弁護の余地のない人というのはそうはいません。当事者双方の主張を裁定するのはあくまで裁判官でなければならないといわれるのは、そのためです。

弁護側の主張が変化する理由は、さまざまです。被告人の気分が変わったから主張も変わったということや、弁護人としての戦略的な判断から主張を変えるということもありましょう。しかし、被告人という立場に置かれた人たちの心を開きそこから真相を引き出すことの難しさ、一定の考えを持って作られた捜査関係書類を緻密に検討しそこから事実を見つけて引き出すことの難しさ、国選弁護人の経済的・技術的サポート体制の不備などに由来する不十分な弁護活動を事後的に是正する必要など、他の理由による場合も少なくありません。

刑事弁護活動が理解されにくいのは仕方のないことかもしれません。刑事弁護人の活動に対する非難にも傾聴に値するものがあることは確かであり、全ての弁護士にとって反省材料とすべき事柄も多々あることでしょう。しかし、余り人に言うべきことではないから言わないだけで、刑事弁護人にも種々の苦悩があります。

とてつもない長文ですみません。ご迷惑でしたら削除して下さい。

No.47 ある脳外科医 さん
>今枝弁護士のコメント、
担当弁護士のお話としては、
こうした点で説得力がないのですが・・・・。
パフォーマンスじみたコメントです。

マスコミ報道よりは具体的だと思いますが。
 近々、弁護団からネット上に弁護資料が公開されるそうです。
 おそらく遺体の鑑定書も公開されると思いますので、ご批判はそれまでお待ち下さい。

 ついに弁護人がネット裁判資料を公開する時代になったのですね。真実発見のためにも喜ばしい兆候です。
 予定していたブログの更新はできませんでした。今回もなんだかその気になれなくて。

痴漢冤罪を例えてられる方がいますが
それでは私たち一般人の憤り、違和感を理解できてないのかなぁと思ってしまいます。
痴漢の例えで言うとするなら、最高裁まで私は痴漢はやりましたと言っていたのに
急に私はやっていません、魔法の手が現れて勝手に触ったんです、と翻した状況です。
今までのはまるでなかったことのようにしている事に憤っているのだと思います。
一般人のわかってない人がひっかかっている部分は理解して欲しいです。
最初からこういう主張だったら、ここまで批判をする人はでてこなかったでしょう。

>最初からこういう主張だったら

専門家の上げる痴漢の例は「主張と気持ちが真っ向から対立する構図が見えやすい」だけのことで、争点の変遷とは無関係です。

殺人の意図に関する主張は、1審2進で無かった訳ではなくて「無期懲役になるならOK」と争わなかったのが、最高裁で通じない事態になって慌てたポイですが。

そんな事情はお構い無しに(今の)弁護団が集中的に槍玉に上がって居ます。

被告のトンデモな主張のもたらした反感が大きいことは、言わずもがな、と見えますが。
端的に表せば「攻撃対象も良く判らないままに攻め立てている野次馬が多い」なのでは。

>No.54 PINPIN さん
痴漢冤罪は、「ふつーの人」が刑事事件の被告人の立場になりうる可能性について喩えたもので、
光母子の場合とは直接の関係はありません。

このエントリは、「刑事弁護について」ですから。


 被告人を擁護する気持ちはありませんが、命や生涯にわたる自由がかかっていたので、言いたいことも十分にいえなかったのかもしれません。欲を出してしまったことが、取り返しのつかないことになった気もしますが、それも彼の本心なのでしょう。
 結局のところ、悪いことをしたという自覚が乏しすぎるようです。内容はともなく結果はあまりにも重大ですので。
 重大さに、頭が混乱していたという事実も感じ取れないですね、報道を見る限り。やはりあの手紙が、明暗を分けたような気がします。弁護団も、こればかりは否定していないようですし。

>>PINPINさん
 被告人の主張が変遷するのはままあることです。そのことについて弁護人を非難するのはお門違いです。弁護人は常に被告人の主張に沿って弁論を行いますから被告人の主張が変遷すれば弁護方針も二転三転するわけです。
 主張が変遷することによって不利益、具体的には裁判所に全体の供述の信用性を疑われたり反省してないと思われる、を被るのは被告人自身です。

 なお冤罪の例とは違うとおっしゃいますが、最初は罪を認めていた被告人が後から無罪を訴えるということがあります。そういうときは主張を180度転換させることになります。ただの苦し紛れの嘘なのかもしれませんし、もしかしたら本当に冤罪なのかもしれません。しかし弁護人としては被告人の言い分を前提に弁護するわけです。被告人の主張を糾弾するのは検察官であり最後にその真偽を判断するのは裁判所の役割です。もし弁護人がはじめから被告人の主張の変遷をとりあげなければ法廷はただの法曹三者によるリンチとなり見つかるべきだった冤罪も見つからなくなります。弁護人だけは常に最後まで被告人の味方となることにより冤罪を防ぐという意味がわかっていただけるでしょうか?

 なお私自身は弁護団の資料や今枝弁護士の説明にも関わらず被告人の言っていることは極刑に直面した者の見苦しい言い訳だと思っています。だからと言ってそれを前提に弁護している弁護団を非難しようとは思いません。彼らはその職責を果たしているに過ぎないからです。ましてやネットでまことしやかに言われているように弁護団が主張を捏造したなどと根拠もなくいえるはずもありません。

 繰り返しますが主張の変遷について被告人が非難されるのは自業自得です。しかし弁護団を非難するのはお門違いというものです。

>ひらの さんのへ
 証言が変遷すると言いますが、そんなの被告人の信頼を得られず正直に語らせなかった弁護士の力不足では?
被告と二人三脚で戦うのが弁護士だから、弁護士に嘘つくなんて考えられない、例え嘘ついていても、その嘘すら見抜いて被告にとって、最適な方法を取るのが弁護士のはず
というぐらい、弁護士を信頼しているんですよ。だからこそ、あの主張は弁護士が言わせたんだと思い(弁護士なら、無茶な主張だと感じたら、駄目だと説得して本人の罪が軽くなるように最適な方法をとるはず)、怒りが弁護士に向けられているんだと思うんですけどね。

うーん、うまく言えてないのはわかっています。けど、ここで一般の人は仕組みをわかってないと言うのとは、少し違う憤りを感じていると思うんですよ。自分を含めて一般とここで言われる人たちは。(一般人という言われ方は好きではないですが。
ただ単に、一般人にはわからねーよププ
というのに反発しているだけかもしれません。

>No.59 PINPIN さん

>証言が変遷すると言いますが、そんなの被告人の信頼を得られず正直に語らせなかった弁護士の力不足では?

 敢えて語らない弁護方針もあるということは別エントリで説明しているはずですが。

>というぐらい、弁護士を信頼しているんですよ。

 だれが、「というぐらい、弁護士を信頼している」んでしょうか?
 あなたは、それくらい弁護士を信頼していますか?

>例え嘘ついていても、その嘘すら見抜いて被告にとって、最適な方法を取るのが弁護士のはず

 弁護士に嘘を見抜く能力があるのなら、検事や裁判官にもあるんでしょうね。
 もしそうなら、無罪や冤罪なんてのは起こらないんですけどね。

>(弁護士なら、無茶な主張だと感じたら、駄目だと説得して本人の罪が軽くなるように最適な方法をとるはず)

 弁護士の説得に応じる被告人ばかりだと思いますか?
 橋下弁護士も困った経験があるようですよ。

>うーん、うまく言えてないのはわかっています。

 たしかに。

>一般人という言われ方は好きではないですが。

 ならばあなたも「一般人」という言葉を使わないほうがいいのでは → No.54

>ただ単に、一般人にはわからねーよププ
というのに反発しているだけかもしれません。

 ここでは、刑事弁護というものを知らない人に対して、こういうものなんですよ、と説明しているんですが、説明不足ですか。
 「単に、一般人にはわからねーよ」と言っているつもりはないんですけどね。

No.51のまげさんのコメントは私にとって大変理解しやすいものでした。特に「ほんまかいな」とか「なんだかなあ」という感情を持ちながら職責を全うしていることに対して、近親感というか安心感を感じました。
モトケンさんの光母子に関するテーマの中でも、所謂私を含めた法律に詳しくない普通の市民の声として、弁護人の言動が理解できないと感情で訴え、それに対して何故そう感情的になるかと諌められ、そのシステムや弁護人の職責について法曹関係の方々が説明をされてきました。それでもやはり理解できず(私も完全に理解しているわけではありませんが)に、一般人としては「納得できないという感情を持つんだ」という方はまだまだ多いと思います。
私はここのブログを見て、刑事裁判での弁護人と職責については、私なりに多少理解できました。今後は、ただ自分の価値観だけで刑事弁護人に「この弁護士は何を言っているんだ。」とは思わないでしょう。でも、光母子の件に全て納得して腹におちたかといえば違います。しかし、その矛先は弁護人ではなく、まずは被告人に対して向けられるべきものであることは理解できました。
昨夜NHKで冤罪事件の特集をやっていました。内容は警察の取調べ方法について掘り下げられていましたが、冤罪は確実に存在し、それに対して被害者となった時にどうすればいいのか考えさせられました。余り取り上げられていませんでしたが、きっと裏では弁護士さん達が頑張った結果なのでしょう。

いろいろ思うところはありますが
一点だけ(感情的だ部分もありますので・・笑)

いくつか前のコメントに「罪と量刑を決めるのは裁判所」とありました。やっぱりそうだよねと思ったので専門家にお聞きしたい。

裁判に出頭しないってのは裁判所がしなければならない職務を妨害してることにはならないのですか?

あの公表された理由は弁護士では裁判をボイコットしなければならないほど重大事由なんですか?

みなさま、多くのコメントありがとうございます。

白片吟K氏さん
>故意犯を考えづらくても、過失犯(自動車事故とか)は含めて考えて下さい。
冤罪でないのであれば、きちんと被害者の方のことを考慮してほしいと思います。

>人違いで自分を痴漢呼ばわりして警察につかまえさせた、ということを意味します。
>そう言われて傷つかない人はいません。
これは難しい問題ですね。
でも、捕まえて犯人だと起訴したのは検察の方ですよね。
人違いであると指摘したのは確かに彼女かもしれませんが、それが真であると裏書したのは検察ですから、その部分を問えば、傷つき方も軽くなるのではないでしょうか?
また、検察の方から被害者の方にその指摘はあくまでも犯人の可能性の一つであり、それを持って私を犯人だと決めたわけではないことを前もって伝えておかなくてはいけないでしょうね。


万年下っ端プログラマさん

・無実の人間を有罪にする。
・法律で定められているよりも重い刑を課す。
・事実誤認に基づいて有罪/無罪の判定や量刑を行う。
これはわかりますが、刑事弁護人が一生懸命活動することによって
・有罪の人間を無実にする。
・法律で定められているよりも軽い刑を課す。
ということは起こっていないのでしょうか?

と、書いていて思ったんですが、私は検察の方の役目を理解していないのでしょうか?

>No.63 刑事弁護に無知な一般人 さん

まー、痴漢においては被害者の証言がなければ
まず、その人が犯人と決められることはないですけどね。


何回かやりとりしながら考えていたんですが、
自分が被告人になる、という事態は考えにくいし、(正直ワタシだってロクに考えてない)
そういうこととは出来れば一生無縁でいたいし、
また、無縁で済んでいる方も多いので、
ただ一方的に、考えろ考えろと言い立てても
困ってしまうだけかと思います。

ただ、刑事弁護に無知な一般人 さんも書かれているように、
被疑者・被告人になると、リアルに「難しい問題」に沢山直面し、
極限状態で結論を出さざるをえない羽目になります。
ワタシは刑事裁判に関わったことはあまりありませんが、
それでも人間性がよく見えるなあ、という感想を抱きます。

別エントリにあるただのロム専一般人 さんのコメントのたとえがうまいな、
と思ったのですが、
裁判はガチンコ勝負です。
刑事弁護に無知な一般人 さんであれば、こういう行動を取るだろうと考えているシーンで、
別な方が別な行動を選んだとしても、
それだけをもって責めることができる、というものではない
それだけ被告人というものは、必死になるのだ
と言うことは主張しておきたいと思います。

No.63 刑事弁護に無知な一般人 さん>

>これはわかりますが、刑事弁護人が一生懸命活動することによって
>・有罪の人間を無実にする。
>・法律で定められているよりも軽い刑を課す。
>ということは起こっていないのでしょうか?

例えば、本当は有罪の人間を無罪する場合より、本当は無罪の人間を有罪にした場合の方が、社会や関係者に与える被害(?)は大きいでしょう。
後者の場合、事件そのものがでっち上げでも無い限りは、真犯人は野に解き放たれてる上に、無辜の人間が処罰を受ける訳で。

それなので、どうしても、間違いを0にすることが出来ない(人間が全知全能で無い以上)なら、よりマシな間違いが起きる可能性を、少々、高くしても、より悪い間違いが確率を下げる方が、社会にとって有益(ここの事件については、ともかく、長い目で見れば)と言う考え方も出来ると思います。

弁護士の職責はいいんです。でもなぜこの事件、この裁判における弁護士のあり方を考えるときに、「無実の罪で逮捕・起訴され、マスコミはもちろん家族もあなたの有罪を信じてしまった場合のことを考える」必要があるんでしょうか?一審、二審、最高裁、差し戻し審のいずれにおいても、被告による母子殺害の事実は争われていないわけじゃないですか。松本サリン事件での報道被害のような例を出す人もいますが、まったく異なると思いますね。

>aho さん

 何度か書いているんですが、無実の罪つまり冤罪は100%事実誤認のことを言います。
 それに対して、本件の弁護団は、70%くらい(単なる比喩です)の事実誤認を主張しています。
 死刑の回避可能性を考えれば実質的には100%の事実誤認の主張と言ってもいいです。

 その意味で、本件における現弁護団の主張は、100%冤罪の主張と本質的に異なりません。

>一審、二審、最高裁、差し戻し審のいずれにおいても、被告による母子殺害の事実は争われていないわけじゃないですか。

 最高裁では明確に争ってますね。
 確かに被告人は控訴も上告もしていないんですが、本件は実質的には再審の様相を呈しています。
 差戻審の裁判所もそのつもりです。

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