エントリ

 光市母子殺害事件の弁護団のお一人で、橋下弁護士に対する損害賠償請求訴訟の原告の一人でもある今枝仁弁護士から、コメントの転載依頼があり、掲載元の「弁護士のため息」の管理人 さんも了承されているようですので、ここに転載します。
 なお、私はこれまで光市母子殺害事件弁護団の弁護方針についてかなり批判的なエントリを書いておりますが、現時点の情報に基づく限り私自身のスタンスを変更する必要を認めておりません。
 しかし、今枝弁護士のコメントは刑事弁護を理解する上で大変有益であると考え、多くの人に読んでもらいたいと思いますので転載する次第です。

 もう一点付言しますが、ここでは転載しませんが今枝弁護士はご自身の経歴の中で、事務所に拳銃を打ち込まれたこととそのときの心情(端的に言えば恐怖感)を述べられています(「今枝弁護士の経歴」)。
 ここで思い出すべきは、弁護団に対して銃弾のようなものが同封された脅迫状が日弁連などに送りつけられた事件です。
 銃弾の真贋はさだかでありませんが、この事件は今枝弁護士に当時の恐怖感を思い起こさせるに十分なものであったと推察されます。
 それにもかかわら現在も弁護団の一員として積極的に活動されている今枝弁護士の強靭な精神力と使命感には心から敬意を表します。
 少なくとも、今枝弁護士に対して売名行為などと指摘する人があれば、私は「恥を知れ」と言いたいです。

追記
 はてなブックマーク経由でこられた方は、こちらもどうぞ。

たぶん最後の追記
 今枝弁護士が、ご自身のブログを開設されました。
 弁護士・人間・今枝仁

 前置きが長くなりました。
 以下に転載します。

 ここでの議論はかなり有意義と思いますので投稿します。  昨日橋下弁護士に訴訟を提起した原告の今枝です。  光市弁護団は、全員が死刑廃止論者ではありません。私は元検察官ですし、現行法を前提に弁護活動をなすのが正当と思ってます。弁護団の中には死刑廃止論者が何人かいるようですが、そのような議論は弁護団の活動の中でなされていません。もちろん、弁護活動に死刑廃止運動のために事件を利用しようという意図もありません。誰が言い始めたのか、そういうレッテルを世間が鵜呑みにしただけです。

 弁護団は(というより他の人の思いは分からないので少なくとも私は)、今までなされた事実認定に疑問を持ち、真相をより解明し適正な量刑を果たされるために弁護活動をしています。

 現在の被告人の発言は、弁護人が指示したり教唆したものではありません。被告人は旧1・2審では、訴訟記録の差し入れもしてもらっていなかったので、記憶喚起も曖昧であり、検察官の主張に違和感を唱えても弁護人に「下手に争って死刑のリスクを高めるより、反省の情を示し無期懲役を確実にする方が得策」と示唆を受けたと述べます。最高裁段階で証拠の差し入れを受け、記憶が整理され、今の主張に至っています。
 また、家裁での調査記録に「戸別訪問は孤独感が背景」「予想外に部屋に入れられ不安が増大した」「被害者に実母を投影している」「退行した精神状態で進展している」「死者が生き返るとの原始的恐怖心に突き動かされている」「発達程度は4、5歳レベル」などと書かれています。いずれも今までの認定と矛盾し、今の主張と整合しています。また家裁記録には「劇画化して認識することで自己防御する」とあります。そうすると「ドラえもんが」や「魔界天性」等も、そういう被告人の性癖が露呈されただけとも言えます。
 さらに1審の被告人質問では殺意を否認する供述をし、強姦の計画性は刑事や検事に押しつけられた、と否認しています。現在の供述の片鱗は、すでに随所に現れていたと言えます。なお被告人質問は1審で2回、2審で4回ほど行われていますが、犯行態様について聞かれたのはわずか20〜30分間、全体の10分の1以下の時間に過ぎません。

 現在は、被害者の遺体の法医学鑑定も大きな争点です。弥生さんについて「両手で体重をかけて締めた」とされていますが、片手のみの跡が残っており、舌骨骨折もないから疑問を提起しています。夕夏ちゃんについて「頭上から後頭部を下に叩きつけた」とされていますが、頭蓋骨骨折も脳内出血も無いことから疑問を提起しています。被告人は「弥生さんは片手で押さえた」「夕夏ちゃんを叩きつけたというのはない」と述べており、現供述の方が客観証拠と整合します。
 これらについては、すでに5月に陳述し、マスコミにも配布した「更新意見書」に書かれています。ですから守秘義務違反も生じないし、これらの内容がきちんと報道されていない実態に疑問を感じます。橋下弁護士も、大阪の集会でこれを読んで以降は、「弁護団の主張自体はもう批判しない。1・2審であれば自分も同じ主張をしたかもしれない」としています。 

 さらに被告人が「午後からタンクトップのラフな格好で出廷した」と避難されていますが、その実態は、昼休みに護送車に乗った際、他の被告人の汚物が服に付き、着替えが無かったためです。弁護団は即日マスコミに説明しましたが、まったく報道されていません。
 また本村さんを睨んだとされましたが、被告人は斜視で(家裁記録にも「斜視であり、脳器質の異常が疑われる」とあります)、目が視線とは別の方を向いています。つまり実際に目があったときには、どこかほかのところを見ているかのように見えるのです。そのことも記者会見で説明しています。

 そういう状況ですから、マスコミ報道だけを鵜呑みにして評価するのはちょっと待っていただきたいと思います。
 徐々にですが、弁護団の説明が伝わっていきつつあります。
 「説明義務違反が懲戒理由」という橋本弁護士の主張には賛同できませんが、もっと積極的に説明を尽くすべきという指摘には被告人の利益のために考えていくべきことと認識しています。

 裁判員制度を迎えるいま、刑事裁判の本質が正しく国民に理解されなければなりません。中でも刑事弁護人の役割は、なかなか理解されにくいものがあります。刑事弁護人は、たとえ全世界が被告人に唾棄しても、被告人を擁護し、被告人が述べるところに従って(議論はするとしても最終的には従い)弁護すべき立場にあります。だからといって、裁判所が受け入れる余地もない荒唐無稽な主張をしても被告人のために意味はありません。

 光市事件では、被告人の成熟度、強姦の計画性、殺意の有無・程度・殺害態様などを証拠に基づき争っており、報道過程で荒唐無稽で中身の無いもののようにされているにすぎません。視聴者が飛びつきやすいセンセーショナルな枝葉を拡大され表面に膜を張られ、根幹が見えなくされています。

 裁判所は鑑定書や証人を採用し、検察官も法医学者の証人尋問を申請しました。このように、弁護人の主張はスルーされるわけでもなく、法廷では事実が証拠に基づき主張が激突しているのです。その本質を理解された上で、感情でなく論理的に批判を受けるのであれば、私たちも反省をしなければならないかもしれません。(その0

 ここで示されている疑問について、説明致します。

 私が弁護団に加わった理由と経緯について
正直に言いますと、端的に言えば、足立修一弁護士との友情関係からです。
 最高裁の弁論欠席後、社会からバッシングを受けている足立弁護士の憔悴しきった姿を見て、事件が広島高裁に差し戻されたときに、負担と批判、リスクを広く分担するために、広島で何人かお手伝いしようという話になったときに、多くの弁護士は断りましたが、私は他人事として放置することができませんでした。
 しかしそのときは、私もそれまでの報道の影響を受けており、この事件におよそ救いというものはないだろうし、本村さんの発言にもある程度共感をしていましたので、死刑判決という結果になる過程でやるだけのことをやって弁護人の役割をこなせばよい程度の認識を出ていませんでした。

 その後、被告人と接見し、記録を読み込んでいるうちに、本件については看過できない事実誤認が生じており、これをそのまま維持されて量刑も死刑に変わるということになると、もはや刑事司法における正義には絶望せざるを得ないとも言える状況にあることが理解でき、証拠を吟味し、被告人の言い分に耳を傾け、その内容の合理性を考えながら、今のような訴訟活動をなすに至りました。

 主張の根幹は、被告人の精神的未熟性、生育歴と家庭環境の本件発生への影響、個別訪問の目的は強姦対象の物色でなかったこと、弥生さんに抱きついた時点では強姦の意図まではなく抵抗を受けてパニック状態で死に至らしめたこと、殺害態様として認定されているような行為態様ではなく確定的殺意の認定は不合理であること、夕夏ちゃんへの無惨な殺害行為は客観的証拠と矛盾し被告人の捜査段階の自白しかなくことさら凶悪に創作されていること、姦淫行為は純粋な性行為と言うよりは自殺した母親に甘えたいという抑圧された愛欲の面も窺えること、等です。

 確かに、その文章における表現方法において、マスコミに揚げ足をとられるようなデフォルメ的な表現があったことは、より慎重に検討すればよかったと今となっては反省する面もあります。根幹の主張に力が入っていましたが、枝葉をここまで拡張されて報道されることを予想すれば、枝葉のディテールをもっと慎重に描写すればよかったという反省です。

 被告人の斜視について
被告人は、片目の視線を見たい対象に合わせ、その際他方の目は外側を向きます。
 だいたいにおいて、左目で相手を見、そのとき右目はかなり外側を向いています。
 退廷するときも、被告人から見て右側が傍聴席ですから、被告人が前を見ていても、右目は斜め右前、つまり本村さんの方向を向いていた可能性はあります。
 その右目を、本村さんが、睨んだと感じたとしても不自然ではありません。
 その際、その右目は、何も見ていないので、感情のない、冷たい、不気味な目のように感じられるかもしれません。

 被告人の未成熟性の主張について
 家裁の記録は、「発達レベルは4、5歳程度」という部分だけではなく、随所において、被告人の精神的未熟性と、退行的心理状態を認定しています。
 家裁記録には、鑑別所技官の意見と、家裁調査官の意見の2通りあり、それぞれ複数の担当者が共同調査を行っていますが、いずれの意見においても、被告人の未熟性が認定されています。
 これに加え、あらたに鑑定を依頼した心理学者、精神科医のいずれも、その分析方法は異なるものの、結論においては被告人の精神的未熟性を認定します。父親の虐待から守りあつ母親と母子未分離の精神状態にあるなかで母親の自殺死体を目撃したことがトラウマとなり、発達は停止し、「ゲームなど虚構の世界に逃避し、その後退行状態に逃避する。その2重構造は容易に崩せない」等と評されています。
 これまでの刑事記録における被告人の供述内容にも随所に上記の評価を得心させるような発言があり、弁護人が接見した際の被告人の言動からも上記の評価は納得できるものであり、これらを総合して、主張の根拠としました。

 「不謹慎な手紙」の、「7年でひょっこり地上に芽を出す」という表現から、「普通の人がおよそ知らないような法制度まで熟知しており、ずる賢い上に能力も高いはず」と批判されますが、被告人によれば、本村さんの「天国からのラブレター」に、「少年であれば無期懲役になっても7年で釈放されうる」という記述で知ったそうです。仮にこれが事実ならば、遺族の著述で加害者が知識を得、それが不謹慎な手紙に記載され、しかも相手と検察官により暴露された、という不幸な連鎖ではないでしょうか。
 この言い分については、本村さんを傷つける可能性があるため、これまで伏せていました。
 しかし次回の被告人質問で出てしまうため、これが「枝葉」として拡張されすぎることを回避するため、被告人のためにあえて書きました。(その1

 なんども繰り返すようですが、弁護団の主張がどういうものであるかは、報道を見ただけの感想で評価するのではなく、全体として評価していただきたいと思います。

 これについては、今、更新意見書等の資料をアップする作業を進めています。なお、最高裁段階の主張は、すでに「光市裁判」という書籍が発売されています。

 弁護団の主張の内容を検討して、なお「おかしい。納得がいかない。」と批判されるのであれば、我々も自己批判の検討材料とすることができますが、現在までの報道のほとんどは、枝葉だけを取り上げて根幹は紹介せず、「枝葉が腐っているから木ごと切り倒せ」というようなものと認識しています。

 私も、もし、外部から今の報道だけを見て判断したら、こういう荒唐無稽な主張をすることは被告人のためにならないばかりではなく、裁判制度を侮辱しているのではないかと感じるかもしれません。しかし、報道のされかた自体の問題が介入していることを理解していただき、主張を全体として評価して頂ければ、その中での枝葉の位置づけ(なぜそういう枝葉がそこにあるか)がより理解されるのではないかと思います。(その2

 情報提供についてですが、これまで弁護活動上の情報開示としては、弁論要旨や更新意見書等の書面を配布して記者会見をする程度が一般的であり、かつ、それで十分とされていました。

 光市事件弁護団も、通例に従ってそのような努力をなしていました。
現在、重要資料を冊子にして配布し始めたほか、それらをインターネット上で開示することを準備中ですが、これまでそこまでやっていなかったことをもって説明義務違反になるというご批判でしょうか。

 確かに、誤った前提による誤報道については、もっと早く対応をすればよかったかもしれません。

 たとえば「21人全員死刑廃止論者だから、死刑廃止のプロパガンダのために事件を利用している」などという誤認については、放置してしまったがために誤解が固定してしまったかもしれません。しかし遺族である本村さんがそれをおっしゃっている場合にそれに反論することが、遺族攻撃と批判される可能性もあり、それを自粛したという面もあります。

 なお、そのような一例を挙げると、「不謹慎な手紙」の中の「7年でひょっこり地上に芽を出す」という記載について、元検察官のコメンテーターが、「こういうことは普通知らない。そういう悪知恵がついているということは、相当な知能犯」みたいなコメントをしているのをテレビで見たことがあります。しかし、被告人によると(守秘義務は解除されています)、本村さんの「天国からのラブレター」を読んだときに、「少年だと無期懲役と言っても7年で出所してしまう」と書いてあったことで知ったとのことです。仮にこれが本当だとすると、遺族の書籍が被告人に知識を与え、不謹慎な手紙に影響してしまった可能性、という不幸な連鎖の可能性があります。これまでこのことは「遺族批判」と批判されるおそれがあるので伏せてきました。しかし次回の被告人質問で明らかになるし、そのときにまたこのことが「枝葉」として拡大され全体像をぼかすおそれもあるので、思い切って書きました。

 こういうふうに、一つ一つあげればきりがないほどですが、報道で言われていることというのは、ふたを開けてみれば意外な理由や状況であったりすることが多いのが、生の事件というものです。
 報道で分かるのは、実像の1パーセントにも至りません。
 言うなら「事件は報道より奇なり」です。
 橋下弁護士ら弁護士であるコメンテーターは、そのようなことが十分に分かっていてしかるべき経験を有しているはずではないか、と思います。(その3

 2審の段階で取りざたされた、被告人の「不謹慎な手紙」が今なおマスコミで取り上げられ、被告人が反省していないという根拠とされます。

 これについては、旧2審判決で、「しかしながら、被告人の上記手紙の内容には、相手から来たふざけた内容の手紙に触発されて、殊更に不謹慎な表現がとられている面もみられる(少年記録中では、被告人が、「外面では自己主張をして顕示欲を満たそうと虚勢を張る」とも指摘されている)とともに、本件各犯行に対する被告人なりの悔悟の気持ちをつづる文面もあり」とし、被告人なりに一応の反省の情が芽生えるに至っていると評価しています。

 つまり、手紙の一部ですから、全体の中の流れ・文脈や、その手紙を書く動機となった相手からの手紙の内容等を総合して評価すべきであり、枝葉を取り上げてのみ評価すべきではないとの価値判断をされたものと思います。

 確かに不謹慎な内容の手紙であることは否定できませんし、上記判決の評価に加えこれを擁護する説得力ある論拠もなかなか現時点で見あたりませんが、判決でこのように評価されていることを踏まえ、報道されるのが正しいあり方ではないでしょうか。(その4

 それから、弁護団は、「被告人の発達レベルが4、5歳程度」という主張はしていません。  これは、「家裁の記録にはそう書かれている」、という指摘です。弁護団ではなく家裁調査官が言ったことです。

 弁護団としては、「4、5歳というのはあまりに言い過ぎだが、状況的に見て、事件当時は11〜12歳レベルの発達だったのではないか」と主張していいます。

 逮捕後の被告人の写真を見ても、中学1〜2年生かと思うような幼稚な風貌です。

 皆さんは、非行を繰り返した挙げ句の凶悪少年をイメージしておられるでしょう。私もこの事件に入るまではそうでした。

 そうすると、これを前提に類推すると、「不謹慎な手紙」を書いたころの発達レベルは、14〜15歳前後レベルという推測になるでしょうか。
 そうすると、手紙の内容と発達レベルがおおむね合致してくるのではないでしょうか。

 「4〜5歳レベルであの手紙を書いたというのか」という批判が論理的でないことは理解頂けましたでしょうか。

 なお、精神鑑定医は、「被告人は、父親の暴力から互いを守り合う母親との母子の精神的分離が未熟だった上、13歳のときに母親が自殺しそれを目撃したショック等で発達が停滞していた」とし,通常の18歳の少年と同等の責任を問うのは厳しい、と鑑定しています。(その5

 ○○○さんのように、最高裁段階の弁護団と、現在の弁護団を混合して批判されることには戸惑いを禁じ得ません。

 橋下弁護士が懲戒請求を扇動し、懲戒請求を受けている1人である私は、最高裁段階で弁護人ではなく、よって欠席などもしておりません。

 
 それなのに、なぜ、その後弁護団に入ったということで、最高裁で欠席したことの批判を受けなければならないのでしょうか。

 批判されている弁護団に後から入ったら、自分が参加する前に自分が関与していない行為についても懲戒請求できる、という論拠はどこにあるのでしょうか。(その6



被害者・遺族の気持ちを考えていない、という批判に対し、誤解され得ることを承知で、正直に気持ちを述べます。

 私は、前述のように自分自身事務所を拳銃で銃撃するという被害に遭いましたし、裁判所刑事部事務官、検察官、刑事弁護人の職務を通じ、何十・何百という被害者の方と話をし、その法廷供述を目の当たりにし、何百・何千という供述調書を読んできました。

 不謹慎に思われるかもしれませんが、仕事がら死体の発見状況、解剖状況を見ることも多く、ご遺族のやるせない気持ちに触れることもたくさんありました。

 その課程で、図らずも不覚ながら涙を流したことは数えきれません。 

 本件も特にそうですが、それ以外にも、松本サリン事件の現場記録には胸がつぶれる思いをしました。
 普通の生活の課程で、突如サリンによる攻撃を受けた人は、何が起こっているか分からない状況で苦しまれ死に至っており、その状況からそれがはっきりと分かりました。

 通常の事件では、被害に遭った方が亡くなっている状況だけですが、その現場付近は、ありとあらゆるすべての生き物が、死んでいました。 池の魚は浮き、鳥は地に落ち、アリは隊列のまま死に、まさに地獄絵図とはこういうものか、と感じました。 

 そして、亡くなった方々の生前の写真、友人らの追悼の寄せ書き、それらの資料からは、突如として亡くなった方々の無念や、ご遺族・知人らの残念な思い、怒りは、想像を絶するものと思われました。

 私は、日常の生活とは無関係なところで起きている事件の、マスコミ報道を見て怒っている方々の多くよりはきっと、職務経験的に、被害者やご遺族らのお気持ちを、もちろん十分理解したとまでは言えないかもしれないものの、少なくとも触れて目の当たりにし体験しています。その壮絶さは、ときには肌を突き刺す感覚で身を震わせます。

 職務の過程で、もし自分や家族がこういう被害に遭ったらどう思うだろうか、同じような被害に遭って果たして加害者の死刑を求めないだろうか、という自問自答は、それこそ毎日のように私の心を襲います。そしてときには苦しみ、ときには悩み、日々の職務を遂行してきました。正直に言いますが、自責の念にとらわれて煩悶することも、ありました。

 しかし、対立当事者間の主張・立証を戦わせて裁判官が判断する当事者主義訴訟構造の中での刑事弁護人の役割は、被告人の利益を擁護することが絶対の最優先です。

 むやみやたらに被害者・遺族を傷つけるような行為は自粛すべきものの、被告人の権利を擁護する結果、被害者・ご遺族に申し訳ない訴訟活動となることは、ときには避けられません。
 そういう衝突状況で、被害者・ご遺族を傷つけることを回避しようとするばかりに、もしも被告人に不利益が生じた場合は、刑事弁護人の職責は果たしていないことになってしまいます。

 被害者・ご遺族の立場を代弁し、擁護するのは検察官の役割とされています。それが当事者主義の枠組みです。

 典型的な例は、被害者が死亡しているのが明らかな場合に、被告人が「自分は犯人でない」と主張し、それに従って弁護するときです。
 ご遺族からすると、検察官が起訴した以上その被告人が犯人であり、犯人が言い逃れをするのは許し難く、被害感情を傷つけることになります。
 しかし弁護人は、被告人が「自分が犯人でない」と主張する以上は、その言い分に従い(証拠構造上その言い分が通るのが困難であればそれを説明し議論した上で最終的には従い)、被告人が犯人ではないという主張・立証を尽くさなければなりません。
 その場合、職務に誠実であればあるほどご遺族を傷つける可能性もありますが、それをおそれて被告人の利益を擁護することに手をゆるめてはならない立場にあります。 

 そして、被告人の弁護をなす課程で、「被害者・遺族の気持ちをまったく理解しようとしない。」という批判を受けます。
 人間ですから被害者・ご遺族の立場に最大限配慮しているかのような態度をとって、批判をかわしたい気持ちもありますが、そのような自分の都合で被告人の権利擁護の手をゆるめることはできません。

 このような刑事弁護人の苦悩は、経験のない一般の方に理解していただくのは困難かもしれません。なにも見下しているわけではなく、実際に体験してみないと分からないことはほかにもたくさんあります。

 私も体験したわけではないので適切な例でないかもしれませんが、会社で例えると、従業員をリストラせざるを得ない上司の立場に似ているでしょうか。
 リストラされる従業員の苦悩を、その上司は経験上痛いほど自分なりに感じて苦悩していることも多いでしょう。
 そして第三者は、「リストラされる者や家族らの気持ちを考えているのか。」「考えていないから平気でリストラができるんだろう。」と批判するかもしれません。

 おそらく、「そのような一般論はいいけれど、光市事件差し戻し審の主張内容からすると、被害者の尊厳やご遺族の気持ちを考えていないのではないかと批判されても仕方ないだろう。それに被告人の利益にもなっていないではないか。」とのご指摘があろうかとは思います。
 しかし、これだけの凄惨な事件の弁護活動を職務とし、毎日のように記録(もちろん本村さんの「天国からのラブレター」も)に触れ、世間から激しいバッシングを受けている過程で、被害者・ご遺族の気持ちにおよそ思いを馳せないというような人間が存在し得るでしょうか。

 自分の家族が同じような被害に遭ったら、という自問自答は、数え切れないほど繰り返し、何度夢に見たことでしょう。
 こういうバッシングを受けたり脅迫行為も受けている状況ですから、他の大勢の方々とは異なり、私たちには現実に起こりうる危惧です。

 「主張内容からみる限り、被害者・ご遺族の気持ちをまったく理解しようともしていない」「被告人の利益にもなっていない」とのご批判についても、マスコミ報道から受けた印象だけではなく、私のつたない文章(すべての思いがとうてい筆舌に尽くせぬことにもどかしさを感じます)や、もうすぐ広まりわたるだろう弁護団の主張全部やその根拠となった鑑定書等を検討した上で、ご再考いただきたいと思います。

 すべてを書き尽くすことは到底できませんが、家裁記録に「孤立感と時間つぶしのため、会社のPRと称して個別訪問した」「部屋の中に招き入れられて、不安が高まっている」という記載は「個別訪問は強姦相手の物色行為ではなかった」との主張に結びつき、「被害者に実母を投影している」「非常に退行した精神状態で進展している」という記載は「甘えようとする気持ちで弥生さんに抱きついた」という主張に結びつくなど、従前の記録中の証拠にも、現在の主張の根拠は多数あったことを紹介しておきます。

 私たちは専門家としての刑事弁護人ですから、なんら証拠に基づかない主張の組み立ては行っていません。
 あの「ドラえもん」ですら、捜査段階の供述調書に出てきます。(その7

追加
弁護士のため息」に9/11付けで「今枝弁護士の話ーその8」が掲載されましたので、追加して転載します。

 超初級革命講座で、多方面にご迷惑をかけてはいけないので一応説明を終了する旨書きましたが、やはりどうしても説明し誤解を解いたり、さらに議論の前提となる情報を提示したいとの思いがあり、今日コメントすることにしました。

 私の予想以上に、ご理解やご支援をいただき、恐縮、感謝、なにより安堵致しました。
 なおも反対意見も根強いですが、私は、意見には反対意見があるからこそ意味があるのであり、全ての反対意見をねじ伏せようとするものは意見ではなくプロパガンダに過ぎないと思っていますので、批判も大歓迎です。批判されることによって、意見は洗練されていくことが可能になります。そしてプロパガンダをするつもりは一切ありません。

 また、私は形式的には「理を述べた」つもりでしたが、自覚していなかった者の、実質的には「情を述べた」面も多々あり、しかもその「情」の部分が意外に支持を受けたようで、情を欠いた論理が、これまで法曹関係者に軽視され国民から不満が募る要因となっていたのではないかという問題意識が生まれました。
 丸山弁護士は、「裁判は情に流されてはならない」と述べましたが、情に流され過ぎて理を失ってはならないものの、あまりにも情を軽視した裁判は国民から信頼され期待される司法とは言えなくなりつつある、という社会情勢を感じました。

 そういう意味では、懲戒請求という制度を誤解させ扇動(本人は乗らなかったので先導や船頭ではない。)するような発言をした橋下弁護士の行為は違法だとは思うものの、示された問題意識に一部真摯に理解すべき部分があったことは否定しません。

 このコメントは、弁護団の公式見解ではなく私個人の考えであり私個人のみが全責任を負うべきものですが、上記した観点から鑑みると、これまでの光市事件の説明方法について、弁護士の身に付いた「論理」「強調」「アピール」という技法の用い方が下手で、強調すべきところがうまく強調できず、下手に強調すべきでないところの表現が下手(雑)で、受け手にとっては変に強調されて過印象を与えてしまった面は、不用意、未熟と思われても仕方がないかもしれないな、と思うようになりました。
 単に法廷で述べるだけの意見ではなく、記者会見しマスコミに交付する前提もあり作成された意見ですから、誤解や偏見が生じやすいマスコミの報道情勢に鑑み、誤解され偏見を持たれないような配慮はもっとすべきだったと反省しています。
 いくら理論的に説得を試みても、相手の情に響かない論理は、詭弁と言われても仕方がない場面もあるということを勉強しました。

 もちろん、報道の側の方では、より誤解と偏見がない報道姿勢を模索していただきたいとの思いと現状への不満は変わりません。

 その後いくら説明を尽くしてもいまだ誤解が解けない点も多々あります。

 例えば、アエラに、「赤ん坊を床に叩きつけたのは『ままごと遊びの感覚だった』」と引用されていますが、弁護人の更新意見で「ママゴト」と表現しているのは、水道工を装っての戸別訪問行為のことのみです。
 これまでの記録にも「暇つぶしと称して寂しさを紛らわすために」「会社の制服である作業着を着て会社名を名乗り会社のPRのつもりで」などとあること等から、強姦相手を物色するための行為ではなく、時間つぶしで仕事を演じて「仕事していない」罪悪感の代償行為であったことを評して「ママゴト」という言葉を使ったのですが、「ママゴト=幼い子供」というイメージが介在してか、夕夏ちゃんを叩きつけた行為がママゴトであったと主張したかのように誤解されいます。
 しかしそもそも弁護人らは「夕夏ちゃんを頭の上から叩きつけたというような行為は、夕夏ちゃんの遺体に頭蓋骨骨折や内出血が無いような状況から不自然で、被告人の捜査段階の自白にしかなく、公判でも述べられていないから、捜査官の創作である」旨主張しているのです。

 このような明らかな間違いが報道され続けることには閉口しますが、文字通り「口を閉ざし」ていても問題は解決しないことに早く気付けばよかったのかもしれません。

 それから、特に理解して頂きたいことがあります。
 橋下弁護士は、「供述の変遷理由を国民や被害者に説明しない説明義務違反が懲戒理由」と主張していますが、供述の変遷理由は次の被告人質問で被告人から聴くことになっています。
 その内容を、事前に説明しろと言われたら、それを不用意にすることによって被告人の利益を害する結果となることは目に見えています。検察官に反対尋問の材料を与えてしまいます。裁判所に予断を与えるおそれもあります。

 また、弁護団が審理を遅延させているのではないかという批判について、今現在「月に3日」の集中審理を行っているのは、弁護団からの提案です。
 遠隔地から来る弁護人の都合という実際的な面もありますが、この差し戻し審を、迅速に進めたいという訴訟戦略でもあります。
 その結果、年内結審も不可能でないペースで訴訟が進んでいます。
 繰り返しますが、集中審理は「弁護側からの提案」なのです。
もしも通常のペースで審理していたら、もっと時間がかかっていただろうし、仮に「死刑廃止のプロパガンダ」や「どんな手を使ってでも死刑を阻止」しようとしているのだったら、牛歩戦術のような方法をとっていたりするのではないでしょうか。
 そしてこの重大事案をこの迅速ペースで審理可能となったのは、約20人もの弁護士が集まっているからできたことなのです。

 もちろん、繰り返しになりますが、反対意見や批判をねじ伏せようとは思いません。
 しかし、状況認識を正しくされた上で、反対や批判の評価をなして頂きたいと願います。
 そのような反対意見のみが、相手の心に響き良い影響を与えることがあると思います。

 また、批判されることは、今後私たちがどうすべきかという点で参考になることもあります。
 「人間の心に響かない論理はいくら筋が通っていても詭弁だ」というご批判は、とても(表現できないくらい)有益でした。
 最も説得すべき裁判官も、人間ですから。

 長文におつきあい頂きありがとうございました。
 橋下弁護士のように簡潔に説明できないのが私の弱点です。

さらに追加
今枝弁護士の話ーその9(コメントの質問に対する回答)

いくつかの疑問に答えます。

Q 私のコメントに対する他の弁護人の反応
  静観されています。辞めろ、とか、こうしろ、という声は一切ありません。

Q なぜ22人も必要か
A 本件は、最高裁が「事実認定は揺らぎなく認められる」とまで述べており、実質的に再審請求に近い困難な状況です。しかしなぜわざわざそこまで言及されたのか、読み方はいろいろあるでしょうが、差し戻し審に対する牽制の意味もあるのかもしれません。そうすると最高裁自身、差し戻し審で事実が覆らないか不安があったとも読む余地も生じます。
 再審弁護団で20人くらい集まることは珍しくありませんし、再審弁護団もほぼボランティアです。
 また、法医鑑定、心理鑑定、精神鑑定、短期集中審理などの方針から、通常よりもはるかに多くの人員を要します。

Q 被告人の反省について
A 被告人は、最高裁段階まで、親にも見放され、友達も離れ、「不謹慎な手紙」の提出で誰にも手紙も書けなくなり、孤立していました。
 しかも、旧2審までは、被告人自身が認識していない事実関係を前提に、反省を迫られていました。「僕のやったことと違う。」という思いの中、真摯な反省ができるのは、どれほどの人間でしょう。
 彼の反省が十分ではなかった、到底反省していると思われにくい状況であったとしても、それを全て彼の責任にするのは酷ではないかと思います。
 今現在、被告人は、自分のした事実と厳密に向き合い、弱いところは弱いところとしてさらけ出し、今後反省を深めていくための努力をなしています。
 特に、彼を分析した家裁記録を彼自身が読んで内省を深めることが、成長に影響した面は少なくありません。
 私も当初は接見中、?、と思うこともありました。しかし、徐々に、本当に徐々にではありますが、ようやく彼も成長し始めています。十代の少年の苦悩と成長を、ようやく26歳の今ゆっくりと始めています。

Q 被告人の未成熟について
A 家裁の調査記録の随所に現れています。

 家裁記録で、

*  「自尊意識が傷つきやすい未成熟」
*  「原始的な迫害不安がでてくる」
*  「幼稚で自己愛が強く」
*  「性格偏奇、精神障害の疑いがある。」
*  「内的活動は活発で空想癖を持ちやすい。」
*  「3歳以前の生活史に起因すると思われる深刻な心的外傷体験や剥奪、あるいは内因性精神病の前駆等により人格の基底に深刻な欠損が生じている可能性も窺え」
*  「父親から当時の少年としては理由の分からない強い叱責を受けていたことが原因であろう」
*  「このような家族状況が、自己無価値感や傷付きやすい幼児的な自尊心の源泉」
*  「同姓の友人関係での親睦や連帯に大きな価値を置いており」
* 「異性関係については、未熟である」
*  「男女の接近した関係を、『母と自分、それに介入する父(エディプス的状況)」といった枠組みで認知してしまいがちであり、そのために生起した依存感情や憎悪と性愛的感情の区別がつかなくなり混乱した行動に至りがちであろうと推察される」
* 「被害者に実母を投影」
*  「退行した心理状態」等とあり、「死者が生き返ると本気で信じている」
* 「劇画化して認識することで安定しようとのの防御機制が働いている」

旨報告されています。
 学校の先生から見た被告人像も、「動作や話の内容が幼稚」「幼稚さがあり、判断力も甘い」等、その幼稚性を窺わせるものです。
 さらに、被告人が逮捕後に実弟から来た複数の手紙を見ると、延々とプロレスの話題のみが書かれています。こういう事態になって、兄弟とプロレスの話しかできない関係であった、ということです。

Q 不謹慎な手紙について
A これは私は、手紙の相手が酷いと思います。仮に相手をA君とします。
 A君は、検察に「こういう手紙をもらっている」として被告人の手紙を提出しながら、並行して、被告人に手紙を書き、その中で被告人を挑発し、誘惑してことさら不謹慎な手紙を書かせています。
 「天国からのラブレター」を差入れ、「こんなん書いてるけど、どう思う?」と感想を求めたのもA君です。ほとんど「おとり捜査」です。
 一方被告人は、自分の認識している事実とは異なる事実に反省を求められ、親からも見捨てられ、親しく話や手紙ができるのはA君でした。A君とは拘置所の部屋が隣りだっただけの関係なのに、A君を「親友」と呼びます。
 A君には分かってもらいたい、A君に離れていってほしくない、そういう寂しい状態の被告人が、A君が手紙の中でふざけた手紙や本村さんへの非難に迎合して、書いたものに過ぎません。少年記録にも、「その場ごとの期待に合わせて振る舞う順応性を見せる。」「周囲の顔色をうかがいながら行動することが習性になっている。」等と評価されています。
 それにしてもあまりに不謹慎すぎるとは思いますが、そういう背景を前提に評価して頂きたいと思います。

Q サポートしなかった周囲の責任
A 少年記録にも、

*  「受け入れがたい自分の悪の部分を切り離さずに自分のものとして受け止めていく作業を必要とするものであり、事件の重さに応じた相応の期間を要する。」
*  「精神的にサポートを受け、ある程度安定した状態にないと困難であるため、定期的なカウンセリングが望まれる。」
*  「今後起こりうる精神的な落ち込みを語れる場がないと大きく崩れるおそれも否定できない。社会復帰後の予後は施設内での経過次第である。」
*  「いわゆる自己愛の傷つきに由来する人格の偏りであると考えられるため、将来的に当人格障害を含む、いわばDSMー犬離ラスターBに該当する人格障害に固まっていく可能性はある。」
*  「今後さらなる精査を行う機会があれば、衝動統制の問題については、器質的な負因の存在の有無を確認すること」
* 「刑事裁判手続を通じて、罪の重さと現実の厳しさを直視させることが、本少年については不可欠の教育的意義を持つと考えられる。その上で、かなり長期間の施設内教育に委ねることが相当であろう。とりわけ贖罪教育に重点を置いて指導を行い、少年に罪の重さを認識させ、遺族に対する償いの念を深めていきたい。」

とあります。
 このような対処を、司法の過程できちんとなしていたら、もっと早く被告人に真摯な反省と更生の芽が生じていたのではないでしょうか。
 残念なことです。

以上、転載終わり

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「光市事件とメディア」の続報としてエントリを書いておく。昨日(12日)は秋田県の児童殺害事件の初公判があったので、報道のトーンを比べてみようかなとも思っ... 続きを読む

今枝仁 に関するブログのYahoo、Google、Goo、Livedoor検索による最新の口コミ情報をお届けします!… 続きを読む

コメント(359)

(投稿者の希望により削除)

オードーリー様

今枝氏の文面は、自己弁護だけにつきるような内容には読み取れなかったのですが・・。そして、オードリーさんの内包している問題と、これら裁判に絡む問題は別々に解決されるべきことかもしれませんね。

 それはさておき、とても苦しく辛い人生を過ごされてきたのですね。
 私も2年前に命にかかわるような辛い経験をしました。毎日「いつになったら忘れられるんだろう」と思いつつ、憎しみを新たにし、フラッシュバックして呼吸が乱れることもよくあります。
 心のうちをお話しできる生身の人はお近くにいらっしゃいますか。(かくいう私は、そうした負の感情を抑え込もうとしていますが、ときどきダンナに八つ当たりしてます(笑))きっとオードリーさんにとって、最近のご時世は、必死で押さえ込もうとしている悲しみや苦しみに、荒波を立たせるようなものなのですね。お互い一日のうちに少しでも、穏やかな心の時間が訪れることがあればいいですね。
 お節介だとしたらごめんなさい。
 そして、本ブログの趣旨と話がそれてしまったことを、ブログ主様にもお詫びいたします。

>「不謹慎な手紙」の、「7年でひょっこり地上に芽を出す」という表現から、「普通の人がおよそ知らないような法制度まで熟知しており、ずる賢い上に能力も高いはず」と批判されますが、被告人によれば、本村さんの「天国からのラブレター」に、「少年であれば無期懲役になっても7年で釈放されうる」という記述で知ったそうです。

「7年」という部分についてしか答えていない。
「ひょっこり芽を出す」ならびに、その他の表現についての弁明を期待したい。

>仮にこれが事実ならば、遺族の著述で加害者が知識を得、それが不謹慎な手紙に記載され、しかも相手と検察官により暴露された、という不幸な連鎖ではないでしょうか。

相手の誘導に乗ろうが乗るまいが、被告人自身の意思によって書かれたものである。

>この言い分については、本村さんを傷つける可能性があるため、これまで伏せていました。
 
すでに被告人ならびに貴方がた弁護団によって十分すぎるほど傷ついている。今更そのような配慮は必要ない。

>しかし次回の被告人質問で出てしまうため、これが「枝葉」として拡張されすぎることを回避するため、被告人のためにあえて書きました。(その1)

「枝葉」ではなく「被告人の本性」だと思うが。
とりあえず次回の被告人質問とやらを待ちたい。

今回転載された「今枝仁弁護士のコメント」には、弁護団の弁護内容が全て書かれていない、ということを私たちは頭の隅に置いて読まなければならないと思います。

守秘義務の制約から書けない事柄も沢山あると思いますが、裁判が現に高裁で差戻し審が進行中であり、被告側弁護士としては法定で主張する予定の「手の内」を全て公開することは出来るハズがありません。

今回投稿されたコメントに書くことが出来なかった「手持ち材料」があると思いますし、この裁判が全て終わり、被告の判決が確定してからでないと出せない事実も多いと思います。

いや、判決が確定しも守秘義務がありますから、永久に語れない部分もありますね。

今枝弁護士と同じ広島の弁護士です。

今枝弁護士は、広島弁護士会の刑事弁護のエースであり、普通の弁護士がいやがって受けないような殺人事件、強姦事件、強制わいせつ事件の受任もしています。
本当は、つらい仕事だから、できることならやりたくないのは今枝弁護士も同じだと思います。
使命感と、そういう被告人の弁護を誰もやらない結果被告人の権利が奪われることを危惧されてのことでしょう。
その過程で、強姦・わいせつの被害者や、ご遺族に、罵倒され唾棄されたことも多数おありでしょう。

今枝弁護士ほど被害者・ご遺族のお気持ちを理解しようとし、職務にあたっている弁護士をほかに知りません。

広島県警が、犯罪被害者支援センターを設立するときに、ふだんは対立している今枝弁護士に、役員就任を要請したのは有名な話です。
警察からそれほど信頼される弁護士がどれほどいるでしょうか。

今枝弁護士自身述べられていますが、2人の娘さんがおられます。
下の娘さんは、夕夏さんが亡くなられたときと同じ、生後10ヶ月くらいだそうです。
おそらく、最近は、そのお子さんを抱き上げるたびごとに、夕夏さんのことを考えておられるのではないかと思います。

さらに、上のお子さんは、広島女児殺害事件の被害者である木下あいりちゃんとまったく同じ誕生日だそうです。
法廷で、あいりちゃんのお母さんが、「あいりがいない誕生日を迎えるたびに、私たち夫婦は、あいりが生きていたら今何歳かと、悲嘆に暮れるでしょう。」と証言したとき、今枝弁護士はそれまで張り詰めていた気持ちがはち切れたのか、法廷で鳴き始め、お母さんの証言が終わるまでずっと泣き続けていたと、新聞記者から聞きました。

このような一面も知りつつ、今枝弁護士の姿勢を評価してあげていただきたいと思い、筆を執りました。

今枝弁護士のコメントを読んで、それでもなお被害者の気持ちを分かっていないという批判は、イチローに「4割打ったことがない」と追求するのに近いですね。
平均的な弁護士の姿勢よりもはるかに評価できると思います。
もちろん今枝弁護士はさらに向上する意欲をお持ちでしょう。

広島女児殺害事件での公判で今枝弁護士が木下あいりちゃんのお母さんが証言したときに泣き続けた話は私も聞いたことがあります。

木下夫妻があれだけテレビで被告の死刑を訴え始めたのに、弁護人批判をしないのも、そういう弁護人の苦悩が伝わったからかもしれない、と思いました。

被害者・ご遺族の気持ちが分かれば分かるほど、職務がつらいでしょうが、強靱な精神力で克服していかれているのでしょう。

光市事件の被告人については意見が分かれるまま終わるかもしれませんが、適正な量刑が実現されるため、弁護人にも検察にもその職責を萎縮することなく遂行していただきたいです。


今枝弁護士は、被害者や遺族に罵られたり暴言を吐かれたことも多数あるだろうが、そういうことは示していない。被害者や遺族への配慮がうかがわれるとともに、自己弁護のためにやり始めた行為ではないことが分かるはずだ。

支持する、不満を述べる、批判する、評価は各自の自由だが、評価の対象とすべき前提事実を見逃さないようにしよう。

橋下弁護士は、いまもなお、ブログで世間に自分を勝たせるたもの署名運動のようなものを呼びかけている。
そういう数の圧力は賛成しないが、橋下弁護士がそういうのであれば、少なくとも光市弁護団が懲戒処分にまではあたらないと思う人たちは、弁護士会に支援の電話やファックスをしてみてはどうだろうか。橋下弁護士も世間についての認識を改めるかもしれない。

また、橋下弁護士自身も述べたように、「弁護団の主張がおかしいからという理由自体は懲戒請求の理由にならない」ことがはっきりしたのだから、そういう理由で懲戒請求をした人は、取り下げるのが筋ではないだろうか。

 一読して、他の刑事弁護人がこれほど多くの懲戒請求に曝されたことがないことのワケが、弁護団には全く理解されていないのだということが分かります。

 また、どんな刑事被告人であっても弁護を必要とするのだという一般論はもちろん、本件の詳細をいくら説明しても、今後、弁護士に対する懲戒請求はより規模を拡大し、数も増えて来るであろう事がわかっていないとお見受けします。

 全体として、この弁護団はもちろん、弁護士の大勢もまた、同種事件に対する対処能力が欠落しているように感じました。刑事弁護は厳しい時代を迎えそうですね。

筋が通っている部分もあるが納得できない、というのが今枝氏のコメントを読んだあとの率直な感想です。
例えば自分が身内を殺されたとき、愛する人が犯されたとき、犯人が知的障害者であったから、責任能力を問えないから、許せますか?殺人事件が起こり、裁くという段になると、まず犯人の人殺しとしての資質を評価するという今の法自体が私は納得がいきません。当時正気であったかどうか、どういう家庭環境で育ったかなどくだらないです。そうしたことは、もうこのような犯人を出さない環境を整えるための資料であり、政治に任せればいいのです。人に殺されようが動物に殺されようが、残された家族の無念は変わりません。このような感情は多くの人にも根底にあるように思えます。よって、この法の元での行動という点では、今枝氏はある程度、正当であるといえるのでしょう。ですがだからといって世論がどうであるとか理解されないのはおかしいとか言うのは、そういう職業を選んだのは貴方でしょうご愁傷様という感じです。
何をどう言い繕おうが、犯人は女性を殺し、死姦し、赤ん坊をも殺したのです。書き込んでいるだけで吐き気がします。
今枝氏、頑張ってこのネクロフィリアを救ってみてください。正気か狂っているか決めるのも貴方がたの手腕次第でしょう。ですが世論の理解を得られるとは思わないことです。私はあなたがたを心から軽蔑します。

なんかもう、的外れな上に支離滅裂ですね。
今枝弁護士が、ではなくこのツリーでどう弁護士を非難してる(『批判』の水準に達してない)人たちのことですが。

弁護士個人がその犯罪行為を許せるか許せないかって話じゃないですよ。現行の刑事司法制度がいかなる犯罪者が相手であってもその弁護を行うべしと要請してるんだし、今の刑事司法のルールが、被告人の生育環境だの知的発達度に鑑みることを許容してるんだからそれに則って弁護活動をするのは当然でしょう。
それが許せないと言うのなら、それこそ政治にでも訴えて法や制度を変えさせればよろしい。弁護士に文句を言うのは八つ当たりもいいところです。

余談ながら、私も個人の悲惨な生育暦だとか精神の発達度合いだとかが考慮の材料となっていることには(とりわけ重大事件の場合には)納得できない思いを抱いています。
しかしそういう要素を裁判で織り込むことになった経緯を知らないので、短絡的な批判をすることは謹んでいます。ちゃんと理解もできていないのに文句だけ言うのって、人間として恥ずかしいですから。

今枝弁護士の長文かつ論点整理をなさっての投稿は、一般国民を陪審員に見立てての弁論として書かれたものという印象を受けました。
各論点について議論になるでしょうが、膨大になりそうですね。

それを思うと、裁判員制度って機能するのかなという危惧が膨らんできました。独りボソッ

 一般人1さん、あなたは身近な人、あるいはご自身が急に精神病を発症したことはありますか?頑健な人が病弱な人を気合いが足りないと罵倒するように、心の病の見聞の足りない人には理解しがたいことでしょう。もしまともな想像力がおありでしたら、最愛の人が突然精神病を発症し、幻覚から殺人を起こして世間からバッシングを受けるご自身を想像してください。人間といっても所詮脳の化学反応電気反応で動いています。どこかに異常が起きたら本人にはどうしようもありません。それが病気です。誰にでも起こりえます。血筋とかそういう問題ではありません。普段から心の病に理解のない人ほど、実際身近で発症したときに現実が受け入れられず、治療が遅れて手遅れになりがちです。そうなりたくなければ普段から想像力を働かせることです。あなたのように、精神病を患っている人を狂ってると蔑視する発言を長年続けたあげく、最愛の息子が発症したときに「うちにはそういう血統はない、うちの子に限って精神病にはならない」と通院を拒否してぼろぼろになっていった人を知ってます。あなたが今の考えを続ける限り、いつ同じ惨めな状態になってもおかしくありません。でも私から言わせればそれは自業自得です。
 世間には、たまたま身近に障害者がいないのをいいことに傲慢な発言をする人が多いですが、今枝弁護士始め法曹界の方々にはそんな下世話な世論には惑わされず職責を全うされることを期待します。
 オードリーさんについては、認知の問題が修正されて、ご自身の事件と他人の事件を弁別できるようなるといいですね。簡単にできることではないでしょうか。

検察官の主張に違和感を唱えても弁護人に「下手に争って死刑のリスクを高めるより、反省の情を示し無期懲役を確実にする方が得策」と示唆を受けたと述べます。
上記方針で,一審二審とやってきて,ここへ来て,実は被告人は本当はこう思っていたんです。家裁での調査記録にもあるでしょというのは,弁護士の活動としては正しいことかもしれないし,事実も一審二審より現在の主張の方が事実に即しているかもしれない。

でも私思うのです。真実はどこにあるのだろう。

もし最高裁で差し戻しにならなく無期で決定したら,今の主張は表にでなかったわけですよね。
私なんかはテレビドラマの見過ぎで,裁判所とは真実を明らかにする所のイメージが強すぎて,真実とは無関係にこっちの方が得策とか訴訟戦術で方針が決まっていくことに違和感があります。
私が幼稚なのかもしれませんが。

今枝弁護士が弁護士として職責を正しくまっとうされた結果、反省不十分な犯人が死刑をまぬがれてしまう可能性もすくなからずある。それでもそれも現在の司法制度の正しい姿なのだ、と言うことそのものが、人々(私も含め)不安でやり場のない気持ちにさせてしまうのだと思います。

司法制度も完璧じゃない、(何をもって完璧といえばいいのかすらわからないけれど)、人の命をあやめて反省も後悔も十分にできない人間を解き放ってしまうというのが、被害者側の立場にたつ普通の人々にとっては救われない気持ちになるのだと思います。

一般の人が期待している裁判のありようと実態がずれていることも。

>No.13 hatty(一般人)さんへ

あなたの気持ちは分かります。私も法律には一般的知識程度しかない市民です。また、ワイドショーでの取り上げ方で意見が左右されている市民です。

しかし、12の医者1さんのコメントにもあるように、病気や障害がその行動を起こさせたのかについては、明確に検証する必要はあると思います。それ以外の生い立ちなどがどのような影響を与えるかは分かりませんが、少なくとも神の声が聞こえた(病気での幻聴は別ですよ)などと罪を逃れようとするための行動とは分けて考える必要があると思います。

私も一般人さんと同じく、光母子事件の被告人に対しては許せないという感情を思っていますし、今度の供述の変更について弁護人の関与を疑い、同じような感情を持っていました。しかし、事実と真実は違うものかもしれません。真実を突き止めるためには、事実(証拠)の積み重ねが必要だと思うし、それが捏造や偽造だとすれば自ずと結果は明白なのではないでしょうか。

>No.14 blueberry さん

>今枝弁護士が弁護士として職責を正しくまっとうされた結果、反省不十分な犯人が死刑をまぬがれてしまう可能性もすくなからずある。それでもそれも現在の司法制度の正しい姿なのだ

とは誰も言っていません。もちろん私も。

 まず、申し上げますが、死刑になるかならないかは、反省の有無だけで決まりません。
 窃盗事件ならば、全く無反省の被告人であっても死刑にはなりません。
 判決の根拠となる客観的事実が何より重要です。

 死刑になるべきであるかどうかは、裁判所の事実認定によります。
 死刑になるべき事件を犯していながら、被告人が死刑を免れたというのであれば、それは誤判の一種です。
 また、死刑になるほどの事件ではないにもかかわらず、死刑になるべき事件であるという事実認定に基づき死刑になったとすれば、それは明らかな誤判です。

 いずれも「現在の司法制度の正しい姿」とはいえません。

 今枝弁護士らは、被告人は死刑に値するような犯行を犯していない、と主張しているのです。
 死刑に値するような犯行を犯していないから死刑に処すべきではない、というごくまっとうな論理を展開しているだけです。

 あなたは、被告人が死刑になるべき犯行を犯したという前提で今枝弁護士を批判していますが、今枝弁護士はその前提を(被告人の言い分に基づいて)争っているのです。

 そしてその前提事実を認定するのは裁判所の職責であり、弁護人は被告人の言い分を代弁するのが職責です。
 そうすることによって(のみ)裁判所がより正しい判断に近づけるというのが「現在の司法制度の正しい姿」とされているのです。
 橋下弁護士は違うかもしれませんが、日本のほぼ全ての法律家、法学者の共通認識です。

>一般の人が期待している裁判のありようと実態がずれていることも。

 あなたの言う「一般の人」は、一般の人が人殺しだと信じる被告人に対しては死刑を期待するようですね。

 ではこの事件について、あなたは弁護士に何を期待しますか?
http://www.yabelab.net/blog/2007/01/21-172724.php

> そしてその前提事実を認定するのは裁判所の職責であり、弁護人は被告人の言い分を代弁するのが職責です。
> そうすることによって(のみ)裁判所がより正しい判断に近づけるというのが「現在の司法制度の正しい姿」とされているのです。

 法曹以外の一般人、とくにマスコミはそう考えていないようです。そして、法曹がどう考えるかよりも、一般人、とくにマスコミがどう考えるかが優先されるべきだとも考えているように思います。

 要は、法曹の方法論そのものが一般人によって議論の対象になりうる、しかも全否定の対象になりうるものとして認識されていることが、このくだらない騒ぎがここまで大きくなった原因の一つではないでしょうか。

 法曹はこれに対してきちんと応えることによってのみ、事態を収拾し、再び信頼を回復することができます。

 自分たちの主張を理解してもらう努力が要らないとは思いませんが、役には立たないでしょう。

>>あの「ドラえもん」ですら、捜査段階の供述調書に出てきます。

この一文に本音が現れている気もします。ご自身も初めて聞いた際は「んなバカな」と思われたんでしょうかね・・・。
現状はまさに「たとえ全世界が被告人に唾棄しても」という状況だと思います。法に対する盾たらんとしていたら、世間の良識やら道徳やらに後ろから刺されたのがすれ違いの最たる部分なのでしょうか。
とりあえず今枝弁護士が職務に真摯に取り組まれているということは理解できました。
しかしながら

>>批判されている弁護団に後から入ったら、自分が参加する前に自分が関与していない行為についても懲戒請求できる、という論拠はどこにあるのでしょうか。

という文には違和感を感じました。
論拠として成立しないというのは理解できますし、ご本人としては受任前のことまで責任もてないというのも当然です。が、そこを批判せずに名を連ねれば、その方針を許容する者として受け止められるのもまた当然だと思います。請求云々はおいといて、その点について批難されること自体が問題だとお考えなのでしょうか?

懲戒請求というならNo.13 hatty(一般人) さんも書かれてますが

>>下手に争って死刑のリスクを高めるより、反省の情を示し無期懲役を確実にする方が得策

という方針を打ち出した前任者こそ糾弾されるべきではないでしょうか。
真実を隠蔽し改悛を偽り不当な量刑を獲得しようとする姿勢こそ、私たち一般人が嫌悪すべき法廷戦術だと思います。

長文失礼しました。誤認などありましたらご指摘いただけるとありがたく思います。

>No.17 rijin さん

>法曹の方法論そのものが一般人によって議論の対象になりうる

 その「法曹の方法論」って刑事裁判の手続についての方法論ですよね。刑事裁判の手続方法は刑事訴訟法に定められており、その刑訴法の規定に従って裁判官・検事・弁護人の法曹三者が法廷で審理する訳で、刑訴法の定めに逸脱した訴訟手続をを行うことは許されません。

 こうした刑訴法の規定は、元をたどれば憲法第31条[法定手続の保障]の規定を根拠としています。つまり、日本の刑事裁判は憲法の規定に則って行なわれており、マスコミがどう考えるかによって裁判の手続きが決まるのでは無いと言えます。

 「法曹の方法論」=「法令に定めらた裁判手続」が、(一般人とマスコミの)全否定の対象なりうるものであるならば、その批判の向け先は法曹人ではなく、一般人の常識と乖離した刑事訴訟法と憲法を改正しない立法府(国会・国会議員)に向けられるべきではないですか?

 20数人の弁護団にその「全否定の対象」の責任を問うのは、お門違いかと思いますが…。

まず、控訴審の弁護人は、検察官が量刑不当で控訴しただけで、被告人が控訴していない状況で、事実誤認の職権発動を促す訴訟活動をなすことは困難だし、本件の場合むしろリスクの方が大きかった。また、「不謹慎な手紙」が出され、それに防御して無期を維持することに集中するのが得策と考えた。
と考えれば一応明らかに不合理な弁護活動とは言えないでしょう。

1審では、捜査段階で弁護人が就かずにことさら凶悪な調書が作られている、その任意性を争うのはなかなか今年(困難 管理人注記)であり失敗したら反省不足と評価され死刑のリスクが高まる、それまでの前例からすると本件は認めて情状立証に集中すれば死刑になることはまずない。しかも被告人が公判で供述調書の任意性・信用性を争うだけの能力もなかった。
と考えれば一応明らかに不合理な弁護活動とは言えないでしょう。

 法務業の末席 さん、こんにちは。

> 20数人の弁護団にその「全否定の対象」の責任を問うのは、お門違いかと思いますが…。

 ここで対応を誤れば、矛先は速やかに他の刑事弁護人にも拡大することでしょう。

なんとなくですけど、今枝弁護士は、国民の怒りの原因を取り違えているような気がします。怒りの原因を、恣意的なマスコミ報道だとか、刑事弁護の役割に対する国民の理解不足だとかに求めておられるように、僕には思えたんですね。僕の考えですけど、僕らみたいな一般人も意外と分かってるものですよ。

じゃあ何かっていうと、端的に言って、死刑に決まってるだろう!という怒りですよ。国民には法感情とでもいうべきものがありますよね。罪なき母子を殺害し姦淫したならば死刑で当然だと。それがほとんどの国民の法感情だと思います。

だから、国民は弁護団のみならず、高裁の裁判官にも怒っているんですよ。裁判官は表に出てこないから、そちらへの怒りはそうは表面に現れてはこないですけどね。

で、弁護団が「両手ではなく片手だった」「母親への愛情云々」「ちょうちょ結びうんぬん」「ドラえもんうんぬん」と。国民は、「だから?」と言いたい気持ちなんですよ。
「だから?」のあとにあのイライラマークが百個くらいついてるイメージですね。殺す気がなかったと言いたいのか?うっかりだったのだと?それだったら二人の命を死に至らしめても死刑にならないですむのか?両手じゃなく片手だったら死刑にならないの?国民が「馬鹿げている」と怒っているのは、まさにその点なんだと思います。

国民の法感情からすれば、弁護団の主張する事実がすべて認められたとしても死刑には変わりないでしょう。だから国民からすれば「弁護方法がおかしい」ということになる。

ここへ来て、(国民の目からすれば些細な)事実を争う、というこの弁護団の特殊性が、この前代未聞の国民の怒り爆発を招いた

と僕なんかは見てるんですけどね。

で、弁護団が「両手ではなく片手だった」「母親への愛情云々」「ちょうちょ結びうんぬん」「ドラえもんうんぬん」と。国民は、「だから?」と言いたい気持ちなんですよ。 「だから?」のあとにあのイライラマークが百個くらいついてるイメージですね。殺す気がなかったと言いたいのか?うっかりだったのだと?それだったら二人の命を死に至らしめても死刑にならないですむのか?両手じゃなく片手だったら死刑にならないの?国民が「馬鹿げている」と怒っているのは、まさにその点なんだと思います。

これがそのまんま「刑事弁護の役割に対する国民の理解不足」なんですよ。

 惰眠 さん、こんにちは。

> これがそのまんま「刑事弁護の役割に対する国民の理解不足」なんですよ。

 残念ながら、そう主張することは事態を悪化させ、拡大させることに繋がるだけであろうと思います。

>No.24 rijin さん

 無理解なものは無理解と指摘するしかないですよ。
 それなくして根本的な解決はありえない。
 根本的解決は困難かも知れませんけどね。

 実は、これを機会に炎上覚悟でちょっと煽ってみるか、という気にちょっぴりなんてるんですが(^^;

 そうすると、次に品位を欠くのは私の番になるかも知れません。

ま、そうでしょうね。
最初から「刑事弁護の役割」なんか理解するつもりもなくて、ただただ感情の赴くままに弁護士を非難してる人は、どうあっても聞く耳持とうとなんかしないでしょうから。
悪化が良貨を駆逐する、ですかね。

 モトケン さん、惰眠 さん、こんにちは。

 世間から理解されないスペシャリストの仲間に、ようこそ。

 光市事件の弁護団を批判する大多数の方々にとって、「一般人の(倫理的)感覚」が法令に基づく手順や役務分担より重要だ、というスタンスなのでしょうか?

 私自身、決して日本の法令体系が完璧だとは思いません。司法手続や裁判のシステム、法曹三者の役割分担と職責のバランスが世界で最も優れているとも思いません。より良い裁判システムを実現するために改善すべきところは数多くあると考えています。

 ですが、その改善は立法府(国会)での法令や憲法の改正に基づいて行なわれるべきと思います。現に適用されている法令に従って被告人の弁護を行なった弁護士に、その改善についての「対応」の責任を担わせるのはお門違いだと考えております。

>No.9 一般人1 さん

>例えば自分が身内を殺されたとき、愛する人が犯されたとき、犯人が知的障害者であったから、責任能力を問えないから、許せますか?殺人事件が起こり、裁くという段になると、まず犯人の人殺しとしての資質を評価するという今の法自体が私は納得がいきません。当時正気であったかどうか、どういう家庭環境で育ったかなどくだらないです。

そう思われるならば、お怒りや苛立ちは弁度団にではなく、法自体に向けるべきように思います。

>No.22 山田 さん

>殺す気がなかったと言いたいのか?うっかりだったのだと?それだったら二人の命を死に至らしめても死刑にならないですむのか?両手じゃなく片手だったら死刑にならないの?国民が「馬鹿げている」と怒っているのは、まさにその点なんだと思います。

山田さんのコメントに対しても、No.9 一般人1 さんにつけたレスと同じ感想を持ちました。

以下は私見ですが、いま光市事件の弁護団を批判している方々って、実はお二人のような方が多いのかも…と思いました。モトケンさんをはじめとする専門家の方々が、いくら懇切丁寧にわかりやすく刑事弁護や弁護士の職責について説明されても、いつまでも光市事件の弁護団を批判している方々(の一部?)と議論がかみ合わないのは、そういうことだったんだじゃないか…と。

という書き込みをしようと思ったら、すでにNo.28 法務業の末席 さんが同じようなことをおっしゃってますね。。。
同感です。
今枝弁護士のコメントを読んでもなお、光市事件の弁護団を批判されている方の意見には「お門違い」のものが目立つような気が私もします。

別のエントリで「被告の供述は弁護士の入れ知恵では?」と書いた者です。
今枝弁護士もそれは絶対に無いと否定されていますね。

それはともかく、もう2年ほどモトケン先生のブログを拝見させてもらってましたがここまで読ませるエントリは久しぶりのような気がします。

今枝弁護士のコメントを読んでもなお「被害者の気持ちがわかっていない」、「身内が強姦された事がないからだ」等と言われる方々はもはや「性犯罪=犯人は極悪」が脊椎反射になっており、結果発生に至るまでの経緯を慎重に調査し、それに基づいて考察する事が出来なくなっているのでしょう。

ズバリ私もそうです。
一連のマスコミ報道から得られる情報のみで世間があのような反応をしてしまうのは止むを得ない事ですし、今枝弁護士も反省されてるようですが安田弁護士の会見の仕方にも大きな問題があったと思わざるをえません。

ですが、私はこのエントリで事件の真実を知り、弁護団の心情を知ることができました。今までの認識は改める必要がありそうです。
少なくとも、もし、有期刑の判決が出たとしても「ほなあほな!」と頭に血を上らせることはないでしょう。
遺族の方々には耐えられないことでしょうけど・・・

本件に限ったことではありませんが物事は常に冷静かつ客観的に考えなければなりませんね。自戒の意味も込めて。

 弁護団への感情論は別として、山田さんの書いている事は最高裁もちゃんと判断している。 この事件の社会に与えた影響・結果の重大性・犯行後の態度・死刑適用の妥当性等に基づいて判決を出してる訳だから。
 世間の危惧は高裁が前回無期判決を出しているからまた最高裁の判決が否定されるんじゃないかって事にあるんだと思う。

 あとオウム裁判を代表する様に、死刑相当と思われる被告は常に精神鑑定を使って死刑回避戦術を弁護団が取っている事にも原因が有るかもね。
 死刑を回避するにはそれしかないからそれを使うんでしょうが、それって犯した罪を悔いるという被告が最も向き合わなければいけない物に対して背を向けさせる弁護手段ではないですかね。 弁護士の職責は分かるけどその辺の部分に関してはどう考えてるのか知りたいですね。

次回の被告人質問のテーマって「供述の変遷」ですよね??

そしたら、それが終わるまで弁護団が「供述の変遷の理由」についてある程度情報統制しているのは訴訟戦略上当然、という見方はできないんですか?

被告人質問が終わってもなお変遷の理由が出ていないんなら説明義務違反と批判を受けても仕方ない(まあ懲戒になるというバカな弁護士は日本に1人しかいないでしょうが)としても、今から変遷の理由の被告人質問をやるっていう時点で、その事前説明を求めるのは明らかに不合理なように、素人でも思いますけど。

この時期に民訴を提起したのは、供述変遷の理由を世間に納得してもらうための高等戦術じゃないかしらと思うのは褒めすぎですかね??

オードーリーさん

いろいろ大変でしたね。
自分もスケールは小さいけれど世の理不尽さに翻弄されてばかりです。
でも、きっと良いこといっぱいありますよ!

オードーリーさん

いろいろ大変でしたね。
自分もスケールは小さいけれど世の理不尽さに翻弄されてばかりです。
でも、きっと良いこといっぱいありますよ!

今枝仁弁護士さん

自分も今枝弁護士の文章は分かり易いと思います。

弁護団の人達を元々良く知ってる人や、心から信用してる人にはQ&Aのようなシンプルで無駄の無い書き方でも受け入れられる

と思います。
でも、自分は一般人でから、彼らを知りません。そして、このこと知りえる第一報はテレビです。
そのテレビで得た情報をもとに考えるしかないのです。

そういう状態で、Q&Aのような正当この上ない形を取ってる文章を見ると、まず、疑ってかかります。
何故なら最初から悪い印象を持ってるからです。

しかし、今枝さんの書かれた文章は、端々に無駄なことが書かれています。その無駄が、自分のような感覚のものには分かりや

すかったのです。

丁度このブログの過去ログ「ハンドルネームの信頼性とブログ」でモトケンさんが「日々ブログで書いてることの積み重ねを読

めば、その人がどんな人か分かる。」と言うようなことを書かれてます。同じように、本来の事務的な文から考えると無駄であ

る部分から、経験や謙虚さや柔軟さが読み取れたので自分は良い文章だと思いました。

ただ、その後に出来た1〜7の文章まで合わせると長いです。あんまり長いと途中で読むの止めちゃう不謹慎な人はいますし、そ

ういう人も意見を考えたり書いたりする自由はあるわけで・・・。是非更なる工夫を!

これがそのまんま「刑事弁護の役割に対する国民の理解不足」なんですよ。
最初から「刑事弁護の役割」なんか理解するつもりもなくて、ただただ感情の赴くままに弁護士を非難してる人は、どうあっても聞く耳持とうとなんかしないでしょうから。

 こういうxxが法業務に携わってないことだけを祈ります。(名誉棄損の恐れがありますので伏字にさせていただきます)

 橋本弁護士が批判しようとしているのも、まさしくこういう考え方でしょう。
 弁護士や弁護活動そのものが「理解不足な国民」のためのシステムである以上「世間から理解されないスペシャリスト」などただの「法律ヲタク」です。 仲間内だけでごにょごにょやっといてください。

 スペシャリストと名乗るのであれば、弁護活動は被告のためだけではなく、社会システム --大多数の「無理解な国民」によって構成される-- を維持するうえでの一活動であるとの認識を持っていただける方でなければ困ります。

被告人を支持するまでの気持にはなかなかならんが、今枝仁弁護士は支持したくなった。

刑事弁護の役割と、それへの理解について、問題提起をしている。

ハシモトモト弁護士よりよっぽど信頼できる。

今枝サン、顔は恐いけど、心は優しいのね。

>No.35 ファブヨン さん

 掲載元の「弁護士のため息」ブログでは、テーマごとに分かれていてもっと読みやすいです(^^;

ちょっとこのエントリの流れは変。

今枝弁護士が法廷で泣いたからといって、裁判官の心証を良くするための演技かもしれない。

逆に本気で泣いたとしたら弁護人として問題アリ。被告人からすれば「オイオイ・・」だろう。
懲戒請求はしないが。

>>16モトケンさま
コメントをつけていただけると思わずちょっと緊張しています。

ところで私はこちらで「感情に惑わされずきちんと知りたい」と勉強させていただいていました。分からないこともまだ多いし、皆様のやりとりを拝見するだけで十分と思っていましたのに、中途半端な理解の状態で書き込んでしまったことを恥ずかしく思ってまいす。色んな人が色んな感情を持って書き込んでくるのに対応するのは大変そうだな、と思っていたのに、結果的に自分もそうなってしまいました。以降は気をつけて拝見するだけに戻ります。すみませんでした。

言い訳ではないですが、私のコメントの中で今枝弁護士を批判したつもりはまったくありません。刑事弁護の役割はここでも他でも繰り返し説明されていますし、重要な仕事を真摯になされている方だと理解してます。正直に言えば最初は「悪徳弁護団」のように思っていましたが。私の文章のつたなさゆえだと思います。

それだけはご理解いただけたらと思います。

>No.41 blueberry さん

 了解しました。
 今枝弁護士もよろこぶと思います。自分の意見が理解されたということで。
 賛同されなくても理解されればうれしいと思います。

 なお、私も少々戦闘モードに入っていますので少し言い方が普段より厳しくなっているかも知れません(^^;
 思うところがあったら遠慮なくどうぞ。
 
>No.32 kkkkk さん

>そしたら、それが終わるまで弁護団が「供述の変遷の理由」についてある程度情報統制しているのは訴訟戦略上当然、という見方はできないんですか?

 できると思います。

考えてみたら、6月の被告人質問で犯行態様を聴いて、6月の被告人質問で当日の前足と後ろ足を聴いて、9月の被告人質問で供述の変遷を聴いて、たぶんその後に情状を聴く、というスケジュールが形成されているのではないでしょうか。

そうすると、供述の変遷がテーマの期日が終わる前に、供述の変遷についての具体的理由を説明してしまうことは、検察に予備知識を与え、被告人の防御権を害するおそれがあるとして弁護団が自粛していたということは、法律家であれば想定できるシナリオということもできませんが。

>山田さん

端的に言って、死刑に決まってるだろう!という怒りですよ

国民の大多数が死刑だと思ったら、被告は安易に取り調べられて、即死刑という考え方ですか? 私は死刑反対論者ではありませんが、このような意見を聞くと考えが変わってしまいますね。

>rijinさん

残念ながら、そう主張することは事態を悪化させ、拡大させることに繋がるだけであろうと思います。

医療崩壊論争の時によく言われていたことですが、今回の件で事態が悪化したとして、困るのは国民なのですよね。

法律家の方は自分で弁護できるし、仲間の法律家の助けを借りることもできるかと思います。一方、法律の素人に取っては、弁護士が「防衛弁護」した場合、それに対抗する術は何一つないわけで。

弁護士や法律家に対する不信感をぶつけるのは仕方ないと思うのですが、対立が激化した場合、不利益を被るのは「理解のない国民」なのですよね。自業自得とも言えますが。

なお、個人的には私は事態が悪化すればするほど、刑事弁護に対する理解が深まるのではないかと、楽天的に考えています。

No.47 しま(その他) さん
>医療崩壊論争の時によく言われていたことですが、今回の件で事態が悪化したとして、困るのは国民なのですよね。
>なお、個人的には私は事態が悪化すればするほど、刑事弁護に対する理解が深まるのではないかと、楽天的に考えています。

今度の経緯ではまったく同意します。論理の優位を、感情の抑制を、こころから期待しています。法(論理)のシステムの機能する姿を見たいと願っています。

橋下発言の影響で、各地の弁護士会で、国選弁護人を引き受ける弁護士が遠のいてしまったらしい。

僕も、重大事件で否認している事件はもう受けたくない。

橋下発言の影響で、各地の弁護士会で、国選弁護人を引き受ける弁護士が遠のいてしまったらしい。

僕も、重大事件で否認している事件はもう受けたくない。

ハシシタ自身が、主張が荒唐無稽だということ自体では懲戒理由にならないと説を変えてるだろ。
いいかげんハシゴ降ろされたこと気付よ。
訴訟起こされたら金払ってハシシタに依頼すれば。断られるだろうけど。

すでにどなたかがどこかで 述べているかもしれませんが
現在の医療問題とこの問題はダブって見えて仕方ありません。

医療=法曹界
医師=弁護士
産科=刑事弁護
多くの医療機関で妊婦受け入れできず=殺人事件の弁護

このように少し無理もありますが重ね合わせてみました。
そして マスコミが一般の方が共感を得やすい側に立って
あおるような報道があるという共通点があります。

そういう意味でできるだけ冷静に考えてみると
自身の感情はさておいても刑事弁護についても少しは
理解できたような気がします。

ただ違和感を感じるのは ある意味仕方ないことかも
しれませんが、純粋な刑事弁護の背景にやはり
「死刑廃止論」
の姿が見え隠れしているように感じられる点です。

このあたり今枝弁護士はそうでないかもしれませんが
ほかの弁護士の方はどうなんでしょうか?

できれば 死刑廃止論が見え隠れしないような
純粋な刑事弁護を望みたいと思います。
医師が治療するときに 治療をきちっとやっていても
治療以外のものをみているように感じたらどうでしょうか?
皆さんもきっと同じ気持ちをになるでしょう。

ファブヨン様

 ハイ。苦労しない者はいませんから私も頑張って生きて行きます(^O^)/

ファブヨンさんのコメントは法律の解らない私には理解しやすいです文章です。(ごめんなさい)・・・というのは今枝先生の書かれた文章は法廷用語が全く無く普通の市民の情に訴える様にセツセツと書かれていたから「サスガ−♪」と思いました。

でも文章の中に「見下していません」を見つけた時に普段は「見下してんだ」と思ったのです。人間はポロッと本音がでるんもんです。先生は正直なんです。時々、のぼりまち教会に行きますから近所に友達がいるんです。

今枝先生は弁護団が嫌い・・という市民だけで無く先日も朝からガァ−ガァ−と右翼の宣伝カ−が喧くて大変なんです。
仕事柄、敵が多いんです。因果な商売ですね。

ハシシタ自身が、主張が荒唐無稽だということ自体では懲戒理由にならないと説を変えてるだろ。
いいかげんハシゴ降ろされたこと気付よ。
訴訟起こされたら金払ってハシシタに依頼すれば。断られるだろうけど。

個人的な見方ですが、死刑の終身刑化と、無期懲役の終身刑化が同時に進行しつつあるように思います。

光市の被告が死刑になろうと、無期懲役になろうと、些細な問題な気がして仕方ありません。どちらにせよ、結局は同じ所に行き着くのでしょうから。

蛇足ですが、死刑廃止論者に取っては、光市の事件を無罪にするよりも、死刑の年間執行数を問題にした方が有効であり、国民を説得しやすいと思います

No.50 くらいふたーん さん

ただ違和感を感じるのは ある意味仕方ないことかも
しれませんが、純粋な刑事弁護の背景にやはり
「死刑廃止論」
の姿が見え隠れしているように感じられる点です。

具体的には何に対して、そうお感じになられたのでしょうか?
今枝弁護士のコメントですか?

オードリーさんは、まだまだ今枝弁護士に不満がありそうですね。
実は自分もそうなんですよ。

今までの説明は、感情的な人に対する説明としては良くなかった。
今村さんは、同意したり、反省したりと言った柔軟さを出してくれたので受け入れやすいと評価してるだけなんです。
モトケンさんが「問題は単純ではない」で書いてるように、自分も弁護団への異論反論は今までのままたくさんあります。

今枝弁護士が「感情に任せただけの意見は受け付けられないけれど、理性的な意見には耳を傾ける」と言う意味のことを書いてますけど、(偉そうに聞こえるかもしれませんが、逆も一緒で)「怒ってるときに事務的なことだけ言う人の話しは聞けないけど、気持ちを汲んでくれる人となら、感情を押さえて冷静に話すことが出来る」こうも言えると思います。

と言うことで、後で今村弁護士への意見書きます。

調べてみました。wikipedia情報なので申し訳ありませんが、

死刑確定から執行まで、多くが数年から十数年もの間、平均では7年6ヶ月を要するのが実際である。異例の早さで死刑が執行されたといわれる附属池田小事件の元死刑囚でさえ、確定してから約1年の時間を要している。そのため、刑を執行されないまま拘置所の中で一生を終える死刑囚もいる。

http://ja.wikipedia.org/wiki/日本における死刑

と言うわけで、死刑の終身刑化というのは明らかに間違いでした。印象を元に語ってしまったことをお詫びいたします。

 この裁判、安田弁護士・橋下弁護士・今枝弁護士など「場外」での動きがいろいろありすぎですね。

「場外」がどう動こうが、裁判所が判断するだけですし、一市民としては場外はともかく裁判を見守るだけですが。

 遺族にとっては早く判決がおりて欲しいでしょうが、一方、事実関係も含めて調査するのには時間が必要なのも分からなくもないですが、裁判とは時間がかかるものなのだなあ、とは思いますね。
(裁判の場がそういうものではないので仕方がないのでしょうが、裁判ではなく最初から事実解明を目的に動いていた場合、これほど時間がかかるものなのかと思うと)

 今枝弁護士の話(その3)から、重要資料がインターネットで公開されるそうなのでそちらも見ながら一外野として、裁判の経過を見ていきたいところですが。

今枝先生は、プロの法律家だから、理を尽くして説明しているだけじゃないでしょうか。

感情を聞いてほしいなら、弁護士にではなく、カウンセラーにいうべきではないですか?

法律家というのは、情にほだされて判断を変えたりしてしまわないよう訓練されているものです。
そのような姿勢まで、世間に合わせなければならないという価値観を前面に出すなら別ですが。

今枝弁護士の好感が持てるところは、ハシシタ弁護士や他のコメンテーターらのように、表向き「私はこれだけ本村さんの気持ちが分かっていますよ。」というポーズをとってこびを売るのではなく、実際の体験に照らして具体的に説明し、しかも(これが大事なことだが)決して不用意に「本村さんの気持ちになれば」などという分かったふりをしないことだ。

確かに、突如妻子を殺害され姦淫された本村さんの怒りや無念は想像を絶する。

しかし今枝弁護士が遭った銃撃の被害や、その犯人や目的も不明のままであること、今現在の社会からのバッシング・脅迫状況からくる、「今日にも被害に遭うかもしれない」という「今まさにそこにある恐怖感」は、被害者・遺族とはまた性質が異なる異様な被害感情だと推察される。

そしてそれを決して聞き手に押しつけようとまではせず、さらっと紹介して聞き手の判断に委ねているところに、大衆ファッショに陥っているマスコミに自省を迫る無言のメッセージを感じる。

実際に被害者や遺族の気持ちが実感できていないくせに、頭の中でできたふりをして怒っている「世間」は、猛省すべきだ。

賛否両論あろうが、これだけ一般人の心に響く弁護士の言葉はめったにない。

完全に遅たうえトピズレですが。

>No.1 オ−ドリ− さん
>一般人ではなく右翼の

街宣活動が目立つのは多くは『似非右翼』で。
「一般人でない右翼」とは彼ら『右翼に成りすましたやくざの一部門』です、
在日と部落で90%を占める暴力団は金で動き、宣伝カ−がくるなら、まずバック(依頼主)が居ます。

但し、一般の人で右翼系の人も居ないわけではなく、単に『右翼』とするとどちらか解りませんね。

ここで窺える今枝弁護士の人柄や考え方から推測すると、単に懲戒請求を受けた苦痛の賠償を求めたり、光市事件を有利に進めるためなどといった端的な目的ではなく、刑事弁護という職域を必死で守ろうとしているのではないかと思えてくる。

彼が事務所に拳銃を撃ち込まれたのも、巷では、県警に頼まれて、広島最大の広域暴力団の組長逮捕のきっかけとなった証人を依頼者とし擁護したためだとも言われている。

つまり、悲しいほどに、無理をして1人で体を張ってしまう人なのだ。
今回も、4人の原告で、顔が見えるのは彼だけではないか。

ほかの刑事弁護士たちは何をしているのだろう。
黒船が来たときに、日本を憂う志士たちが立ち上がり日本を守ったではないか。
508人の人数にものをいわせて懲戒中止をアピールする程度か。

義を見てせざるは勇無きなり。

精神年齢が人間の3歳ぐらいで責任能力の無き土佐犬が、親(買主)の怠慢により、散歩もろくにされなくストレスが溜まり、鎖を切り逃亡し、愛を求めて人間に抱きつき首を甘え噛みしたら、その人間は何故か死んでしまった!

その結末に、本犬を如何なる処置にするのが妥当であろうか。

今枝仁弁護士さんへ質問します。


(他の方の疑問とニアミスしてたり重複する場合があるかもしれません。)


1.「弁護団が弁護を受けた経緯は?」

今枝弁護士が受けた経緯は理解できましたが、そもそも弁護団本体は何方からどういう形で依頼を受けたのでしょうか?
と言うのも、世間から反感を受けた原点はどうしても、前任者との交代の時期に思えるのです。

2.「弁護団は何故21人もいらっしゃるのですか?」

最初はお二人でしたが、その後こんなに増えたのはどうしてなのでしょうか?

3.「ボランティアとは、どういう位置づけなのですか?」

ネット上ではボランティアが主義主張のためだという想像ばかりで、まともな理由が知りたいのです。例えば、自分が何かの事件に巻き込まれた場合、国選でも私選でもなくボランティアでお願いします。って気軽に頼めるのでしょうか?

4.「弁護団が推定してる少年の発達年齢を裏付ける関係者はいるのでしょうか?」

事件当時11〜12歳、手紙作成時14〜15歳とのことですが、学校とか職場でもそう思われてたのでしょうか?


守秘義務とかいろいろあるでしょうから、お答えいただくわけには行かないのかもしれませんが、こういう疑問があるということを是非ご参考になさってください。

あと、これは今枝さん向けのメッセージではありませんが・・・・。

一応、自分は、弁護団に疑問を持っていて、どちらかと言うと先走り過ぎな橋下弁護士の方が理解できる人間です。
でも、だからといって、今まで一度たりとも、刑事弁護人が被告人を弁護することが悪いことだなんて思ったことも書いたことも無いです。
良くこのことへの批判が出るのですが、(無記名を除くと)主張してるのをあまり見かけないのですが、これは誰の主張なのですか?


No.58 混同 さん

>法律家というのは、情にほだされて判断を変えたりしてしまわないよう訓練されているものです。

具体的にはどのような訓練をされてるのですか?

・・・姦淫行為は純粋な性行為と言うよりは自殺した母親に甘えたいという抑圧された愛欲の面も窺える

ここまで読んだ。

精神異常者は何しても人殺しでも擁護される!らしい。


301 名前:無責任な名無しさん :2007/09/11(火) 01:35:03 ID:RJXIPdxx
人様を殺してもドラえもんが何とかしてくれると祈れば死刑を逃れるらしい。


302 名前:無責任な名無しさん :2007/09/11(火) 01:39:09 ID:9pcAdaTb
だもんだから,お客がそこそこ着いてくると,
一見さんお断り事務所になるのも無理はない。

知り合いや得意先の紹介ならDQNリスクは低くなるから。


303 名前:無責任な名無しさん :2007/09/11(火) 01:40:11 ID:RJXIPdxx
一目ぼれした奥さんに、後ろから抱き着いて抵抗されたパニックになり、
首を力強く押えたら死んでしまった。
その奥さんが弁護士の妻であっても弁護してくれるらしい。
心強い!


304 名前:無責任な名無しさん :2007/09/11(火) 01:43:33 ID:RJXIPdxx
>>303
まったく殺意はなかった、過失で人殺しをしてしまったのです。
如何なる場合であっても正常な人間が人様を殺すでしょうか。


305 名前:無責任な名無しさん :2007/09/11(火) 01:46:02 ID:RJXIPdxx
>>304
質問です?
貴方は、如何なる場合においてなら、人様を殺す可能性がありますか?
ちなみに、私は、如何なる場合であっても絶対にありえません!!

犬は絶対に人間を噛んではならない!
人間の赤ん坊にしろ、大人を殺してはならない!!
それは掟であり、最再低減の共存共栄社会のルールである!!!
よって、何ら擁護する必要に与えすることはなく、死刑が相当であろう。

>No.64 ファブヨン さん
>これは誰の主張なのですか?

無記名の人の主張。

刑事弁護人が被告人を弁護することが悪い、と
抽象的な書き方がされているのは見たことがないけど。

何ら弁護に与えしなく、
被告人の主張が事実であれば、単なる子供の代弁者にすぎないのではないかい。

今後、訴訟吹っかけ弁護死が急増!
毎年3000人を要因とする訴訟が急増し裁判所もその対応に追われパニックに陥り、
蝶ちょ結びやスリーパーホールド判決などの如何なる判決も容認される状態になる模様です。

判例が後々に重要性な影響を及ぼすのを理解しているのかな!?
アホな刑事弁護死は、、、

再犯を防止する戒め的効力と社会的影響をも想定しての刑事弁護なのかな!?
死姦問題じゃ!

No.50 でくらいふたーんさんが
>>現在の医療問題とこの問題はダブって見えて仕方ありません。
とコメントされているが、一つだけ決定的に違うのがマスコミとネット世論の関係だと思う。

医療問題に関して言えば、マスコミがどれだけ病院や医師個人に対して感情論で攻撃的になっても、ネットでは医療システムの問題と捉え感情的な報道を批判される。

一方、この事件ではネット世論でさえも感情的である。


ここを見ていると、弁護団への批判がおおよそ思考停止した低脳な者たちがほとんどだということを証明してくれている。

ファブヨンさん

今枝仁弁護士のコメントを転載したこのブログで質問しても、答えてもらえる可能性は低いと思いますが?
また今枝仁弁護士は、今後コメントはしばらく「弁護士のため息」上でのみ行う、それ以外の場所でのコメントは「なりすまし」と思ってほしい、と書かれています。

それはさておき、今枝弁護士の代わりに、推測でですが、回答というか私の意見を書きます。

1 弁護団交代の理由
これは、最高裁が上告後3年間も放っておいて、急に期日指定をしてきたため、あわてた原審弁護人が安田・足立弁護士に相談して頼んだとされています。

2 21人も就いた理由
あのようなバッシング状態でしたから、義侠心で参加した人も多いでしょう。あとは安田弁護士の人望からでしょう。
また、再審請求と同じような困難性を伴う状況です。再審弁護団で20人くらい集まることは珍しくありません。

3 ボランティア
この事件は、死刑の範囲が拡大されて先例になる可能性が高く、それに対する問題意識からボランティア参加した人が多いのでしょう。
むやみやたらにボランティアでの弁護を依頼しても、それだけの意味がある事件でなければ、断られるのがオチです。

4 被告人の未熟性
これは証拠を直接見たわけではありませんので答えようがありません。
しかし、家裁記録に「4〜5歳レベル」「未成熟」「退行」といった記載があるという、原証拠に根拠があるという事実は無視されるべきではありません。

今枝弁護士のご説明により、もたれる疑問もより有意義なものになってきたということはすばらしいことと思います。

No.22で書いた者です。

>No.29 けん さん
今の騒動は、弁護団に対する怒りと法のシステムに対する怒りが両方ある状況だと思います。

弁護団に対する怒りは、僕がNo.22で書いたように、弁護方法に対して「?」が多すぎるという怒りです。モトケン先生や惰眠さんのように「無理解な国民こそ問題だ」というスタンスなら、原因は弁護団ではなく国民にあるということになるでしょうかね。

法のシステムに対する怒りは、この被告人が無期懲役ですむなら正義が行われないという法感情に由来する怒りです。あくまで僕の見立てですが。

>No.44 しま(その他) さん
>国民の大多数が死刑だと思ったら、被告は安易に取り調べられて、即死刑という考え方ですか?

いいえ。そんな風に裁判制度がゆがめられたら、むしろそちらの方が国民の怒りを買うのでは。僕はあくまでこの事件についての国民的な法感情は死刑に傾いているだろうということを述べただけです。国民にも裁判結果に対する期待や不満や怒りの意思を表現する自由はありますから。野次馬として。

No.74 山田さん
名指しがありましたのでご返答いたします。

 繰り返しになりますが「刑事司法における法曹三者の役割分担を正しく理解していないから、弁護士のやっていることが『不正義』だと勘違いして怒りの感情を抱いている」と申し上げているのです。

 「この被告人が無期懲役ですむなら正義が行われない」と主張なさるのはなぜでしょう。
 いま、検察側主張(と、それに準じたマスコミ報道)から知ることのできる範囲では、被告人は鬼畜外道の殺人犯と言わざるを得ませんが、それはあくまで検察主張(と、それに準じたマスコミ報道)によって与えられた印象に過ぎません。もしマスコミ報道以外の直接的な情報をお持ちの方がおいでならばこの点は撤回しますが、そんな人はいないでしょ?

 証拠を仔細に検討したら、検察主張やマスコミ報道と違う事件像が浮かび上がってくるかもしれないのです。その可能性はゼロではありませんし、被告人弁護側はその可能性を巡って裁判を行っています。
 「説得力」の点において私は被告人弁護側の主張を受け入れがたく感じていますが、これはマスコミを含め我々外野には十分な材料が与えられていないのでどちらに妥当性があるのか的確な判断ができません。

 端的に言って、検察主張どおり「殺人」であるならば(最高裁もそのように判断しているようですが)この被告を死刑に処さないとなれば正義に著しく反することになるでしょう。
 しかしながら弁護側の主張するように「傷害致死」であったならば、この被告を死刑に処することが正義に反します。

 そして被告人および被告側弁護人がどのような主張をしたとしても、その適否は裁判官が下すのです。
 検察側がどのように主張しようとも、その適否は最終的に裁判官が判断するのです。
 つまり「無期懲役で済んでしまった」としたならば、その責は殺人事件であることを立証し切れなかった検察か、あるいは適切な判断のできなかった裁判官が負うべきものであって、弁護活動を批判するのはお門違いも甚だしいのです。

 検察側が捜査段階で得た心証を元に犯罪事実の立証を適切に行わなかったり、弁護側が接見で得た心証を元に被告人の弁護を十分に行わなかったりするのは単に「利敵行為」と言うだけでなく、裁判官に適切な判断を下させる材料をきちんと提示しないと言う意味において「刑事司法に対する裏切り行為」です。

 被告人側の主張が、我々の常識に照らしてどれほど荒唐無稽で出鱈目であっても、被告人主観における事件像がそういうものであるならば、その「荒唐無稽で出鱈目」な主張もさせなくちゃいけません。

 そして、多分この点に大きな誤解があるんじゃないかと思うんですが、その主張を「荒唐無稽で出鱈目」として否定するのは我々の常識によってではなく、他の供述との整合性など、証拠によって否定されるべきものです。

 繰り返しになりますが、もし裁判官がその「荒唐無稽で出鱈目」な主張にも理があると判断したとするならば、否定材料をキチンと立証できなかった検察の不手際で、弁護側は職責を全うしたのに検察側が全うしなかったというべきです。

>惰眠さん

 客観的に全ての証拠・証言を見てきた裁判所が地裁・高裁・最高裁と全てにおいて殺人罪を適用しているのは事実だし、最高裁の差し戻しの判決にも「第1、2審判決の認定、説示するとおり揺るぎなく認めることができる」と有るんだから、今回の事件は殺人と見なすのが裁判に関わっていない第3者としては正しいのではないかな?

 弁護団の弁護方針を是とされるのは理解するが、世間が地裁・高裁・最高裁の判決を見てこの事件を判断するのは当然だし、山田さんがこの3審の結果を見て死刑にならないのはおかしいというのは主張としては別におかしくはないと思う。

>>No.68 白片吟K氏さん

>無記名の人の主張。

そうですよね。
少なくともコテハンの人は、(弁護人の立場は)分かってるのだけどと言う前提で、それでもある不満を書いてたと思います。
その程度では完璧ではないのかもしれませんが、あまり攻められるとさらに混乱が増すだけなので。


これは行き過ぎでは?とか、理解してるけれど、もう一方で社会正義も大切では?と言う感じで書いてます。
それでも、やはり素人ですから、どこかで感情が出てるのでしょうけれど、もうほとんど鶏が先か?卵が先か?状態で、それに対する司法側の反論の中にもわざわざ感情を逆なでするものや御自身のイライラを募らせてるような意見がありました。

>>No.73今枝仁弁護士に代わりさん

ご返答ありがとうございます。

>今枝仁弁護士は、今後コメントはしばらく「弁護士のため息」上でのみ行う、

そうだったのですか、M.T.さんのところもチェックしてるつもりでしたが読み落としていました。

>今枝弁護士のご説明により、もたれる疑問もより有意義なものになってきたということはすばらしいことと思います。

良い方向に行けば良いですね。

>No.76 通りすがりさん
ご指名いただきましたので返答申し上げます。

 何度も同じ趣旨の文章を打ち込むのも面倒なので「死刑相当な殺人事件と見るのが正しいのか、無期懲役相当の傷害致死事件と見るべきなのか」など論点にしていないことを、正しく読み取っていただきたいところです。

 繰り返しになりますが「奴は凶悪な殺人犯なので死刑になって当然」と思うことが「凶悪な人殺し野郎のクソ出鱈目な言い逃れをサポートする弁護士なんか許せない」みたいに飛躍していることを「刑事司法についての無理解」と指摘しているのです。

 幾度も書いてきましたが、刑事司法において日本の国法が弁護士に与えた職責とはまさに「凶悪な人殺し野郎のクソ出鱈目な言い逃れをサポートすること」なんです。
 私を含め世間の全てが「死刑で当然」と確信して疑わないような裁判であっても、その被告人を庇うことが弁護人の任務ですから、その任務を忠実に果たしている弁護人を捕まえて怒りをぶちまけるのはお門違いなのです。
 同じことは裏面で検察にも言えることで、世間の全てが「人格高潔で清廉潔白」と信じて疑わない被告人であっても、なんら手心加えず法の定めるところに従い罪を糾弾するのが彼らの職務です。それぞれ職域が違うのです。


 なお、余談になりますがせっかくご指摘をいただきましたのでもう一点申し上げます。

客観的に全ての証拠・証言を見てきた裁判所が

 とのことですが、裁判所が取り扱うのは裁判で証拠採用された範囲に限ります。全てじゃありません。さらに、一審と旧二審で被告側は殺人の起訴事実について争っていませんから、もしかしたら裁判所の証拠調べも否認事件の裁判ほど慎重に行われていない可能性もあります。

 それと、どうも一つ思い違いをしてらっしゃるようですが、裁判官は検察および弁護側の提出した証拠について、その証拠能力や立証との整合性(主張と矛盾しないか、主張を裏付ける材料になっているか)を判断しますが「その証拠が何を意味しているのか」を読み解く仕事をしているわけではありません。それをするのは、検察と被告人弁護側の二者です。

 惰眠 さん、こんにちは。

> 的外れな上に支離滅裂

> 『批判』の水準に達してない

> ちゃんと理解もできていないのに文句だけ言うのって、人間として恥ずかしいですから。

> ただただ感情の赴くままに弁護士を非難してる

> 正しく理解していない

 このブログを、実際に懲戒請求を出した方々が読まれたとして、こういう言い方をされれば、たちまち冷静さを取り戻し、深く反省すると共に、直ちに請求を取り下げられるとは到底思えません。

No.54 青魚さま
レスが遅くて申し訳ありません。

ただ違和感を感じるのは ある意味仕方ないことかも
しれませんが、純粋な刑事弁護の背景にやはり
「死刑廃止論」
の姿が見え隠れしているように感じられる点です。

具体的には何に対して、そうお感じになられたのでしょうか?
今枝弁護士のコメントですか?

言葉足らずで申し訳ありません。
具体的には 今枝弁護士の今回のコメントに対して
感じているわけではありません。

具体的な事例と言うより これまで自分が知り得た情報の中で
これまでの安田弁護士を中心とする弁護団の動き全体の中で
感じたと言うことです。

当然 知り得た情報は報道が中心になりますので
バイアスがかかった情報だとは認識しつつも 個人的には
それ専門に追いかけているわけでもありませんので
おそらくは報道による刷り込みを排除できている自信は
ありませんが。

ただ すり込まれただけかもしれませんが
私が感じたような違和感をほかの多くの方にもたれるとしたら
それはおそらくは 刑事弁護の本当の理解には
不利益につながるのではないかと危惧する次第です。

No.79 rijin さん
 こちらのブログの記事

 「ダショーウィッツからの手紙」
 ttp://nagablo.seesaa.net/article/50629900.html

 「刑事弁護人の立場・役割とは?――曽我・鳥取県弁護士会副会長に聞く〜毎日新聞8月27日付朝刊「地域面:鳥取」より」
 ttp://sokonisonnzaisuru.blog23.fc2.com/blog-entry-549.html
  
 も一度読んでみて下さい。

No74 ponさま

医療問題に関して言えば、マスコミがどれだけ病院や医師個人に対して感情論で攻撃的になっても、ネットでは医療システムの問題と捉え感情的な報道を批判される。

一方、この事件ではネット世論でさえも感情的である。
もちろん違う点はご指摘のほかにもたくさんありますね。
(医療報道に対する批判はまだ不十分だと個人的には
感じていますけど)

時間軸の違いというか 医療問題の場合は多くは
事件そのものは短時間の話が多いですけど
弁護士の場合は 訴訟が長くかかるので
論争と実際の訴訟が平行していますね。
このあたりも違います。

医師は個人的にたたかれた場合、その職業を抹殺される
可能性も高いのですが、弁護士さんの場合はどうでしょうか?

 M.T.さん、こんにちは。

 わかっていただけないようですね。

 残念です。頑張って下さい。

>>No.83 rijinさん

理性的に相手と話す努力をされた貴方は素敵な人だと思います。

微妙な言い回しですがNo.58 混同さんのように、論理的な思考能力と感情論を全く逆のものだとする考え方も分からなくはないのですが、職業で言うと論理的思考能力のキングオブキングスでグランドチャンプなのは(自分の読んだ本によると)脳の研究でハッキリしてますが数学者です。
数字だけの世界だと感情の入りようが無いですしね。

外野の分際で生意気言いますが、考えてみると法律家は、数学者や科学者と言うよりは哲学者や宗教家に近い職業だと思われます。

人間は感情含めて人間。事件だって感情があるから起きるのだし、感情があるから怒ったり悲しんだりするわけで。

裁判だって、別に数値データのやり取りに徹する場ではなく、感情は事件当事者だけでなく裁判官も検事も弁護士も持ってるわけで、感情だけで判断すると言うのは論外にしても、感情を含めていろいろなことがやり取りされてると考えることも出来ます。

No.79 rijinさん
私も思いません。
その引用部分は、物分りの悪い人たちに苛立って哄笑しているだけですから。私が法曹だったら「品位を汚すべき非行」ってことにでもなるんですかね。
尤も、それでカチンと来た人が筋道だった反論を試みようとするならば、或いは過ちに気づくやも知れぬと思わぬでもありませんが。

No.74 山田 さん

山田さんのコメントは、この騒動の中で山田さんご自身が怒っていて、自分がなぜ怒っているのかを説明されているのでしょうか? それとも、この騒動の中で怒っている人たちが、なぜ怒っているのかを客観的に分析されているのでしょうか?
少々わかりづらいのですが、両方の可能性をにらみながらレスさせて頂きます。

>今の騒動は、弁護団に対する怒りと法のシステムに対する怒りが両方ある状況だと思います。

 山田さんのNo.22のコメントを読み、そうなのかなあ、という気が私もしてきました。
 ただ、より正確に言うなら、「弁護団に対する怒りと法のシステムに対する怒りを混同させ、なんだかワケがわからなくなり、負の感情の何もかもを矢面に立っている弁護団にぶつけている」という感じになるのではないかと思います。


>弁護団に対する怒りは、僕がNo.22で書いたように、弁護方法に対して「?」が多すぎるという怒りです。

 「死者の儀式、ドラえもん、母親への愛情云々などといった弁護団の主張はデタラメだとしか思えない」とか、「弁護団の主張は被害者を冒涜している」という思いから弁護団を批判するならば、少なくとも「お門違い」ではないように思えなくもないですが、
「たとえ、はた目には荒唐無稽に思える弁護団の主張がすべて認められ、強姦に計画性はなく、殺意もなく、過失であったと認定されても、二人の命を死に至らしめて死刑にならないですむのは納得できない」という思いから弁護団を批判するのは「お門違い」だと思います。その怒りは、法にぶつけるべきものだと思います。


>法のシステムに対する怒りは、この被告人が無期懲役ですむなら正義が行われないという法感情に由来する怒りです。あくまで僕の見立てですが。

 それは、一審や二審の判決が出た頃の話ではないですか?最高裁は一審や二審で認定された事実を量刑に照らし、死刑じゃないとおかしいということで高裁に差し戻したはずですから、現時点ではそのような理由から法のシステムに対して怒る必要は何もないように思うのですが…
それとも、一審や二審の判決が出た頃に抱いた法のシステムへの怒りが、弁護団への怒りと科学反応を起こして再び湧き起こってきたということでしょうか?

>No.53 しま(その他) さんのコメント

 死刑と無期懲役ではまるで異なると思います。死刑囚の場合、刑が確定すると執行まで、拘置所に拘置されます。それも執行するための設備がある高裁管区の拘置所のはずです。
 広島拘置所も高裁管区(確か全国で8つ)のはずですが、私の場合、広島拘置所で刑が執行されたという話は聞いたことはありません。
 これは知っておいてよいことだと思いますが、高裁には支部があり、たとえば北陸は、名古屋高裁金沢支部がありますが、福井や富山の地裁で判決を受け、不服があって控訴した場合には、金沢刑務所の中にある拘置所に移送(移管)されます。
 判決確定前の被告人は、未決という扱いですが、私服のほか、寝具の差し入れも出来ました。これを私物とも言いますが、自分でまかなわない場合、施設から支給されるいわゆる官物になりますが、これは受刑者とまったく同じもので、さらに使い古されたものになります。
 この寝具やパジャマのデザインが、あまりに悪すぎて、更正に適さないと政治的に苦情を申し入れた例もあるようです。未決の場合、ほかに自費でお菓子やジュース、コーヒー、カップ麺、パンなども購入できました。お金さえあれば、衣食に限った話、そこそこな生活が出来ますし、新聞も購読できます。
 判決が確定することで、未決は既決という扱いに変わり、面会も手紙(信書)の受発信も大幅に制限され、基本的には親族以外とは出来ません。
 一方、無期刑ですが、これは懲役刑であり、工場出役が原則です。有名なところでは、無期囚を収容する施設として、熊本、徳島、岐阜、千葉、宮城の各刑務所があるはずですが、実際は、結構短期囚も混じっているそうです。ちなみに、残刑期が8年以下(もしくは未満)の場合、短期として区別されるようです。熊本や岐阜は、実際に生活した人から話を聞いていますが、食事の質や量がとても良いそうです。しかし、無期無期と言われる無期の仮釈放中に事件を起こし、再収監され二度と社会に戻れない自暴自棄な人もすくなくないらしく、人間関係がとてもとても大変だそうです。
 それと、少年刑務所というのがありますが、平成7年当時で、27歳未満ぐらいの受刑者が入っていたようです。このあたりは、曖昧なところもあるようです。また、この年齢の受刑者は、分類センター、通称ぶんせんというところで、特別な教育を受けていましたが、それはそれは過酷で厳しいものだと聞いていました。誇張もあるかおもいますが、まるで昔の軍隊のようで、とても暴力的だそうです。私が聞いた話はすべて名古屋刑務所の中にあるブンセンの話でしたが、名古屋刑務所では、数年前に刑務官の虐待死が大問題になっていましたね。名古屋に移送になると言われると、どこかにしがみついて泣きわめく受刑者もいたそうです。
 厳しい反面、食事は良いらしく、21時の消灯後に野球中継を続けて見せてくれるようなこともあったそうです。知らない人が多いと思いますが、受刑者は、かなり自由にテレビや雑誌を見ることが出来、名古屋も見れる時間が比較的長いと聞きました。雑居房では雑誌やスポーツ紙、週刊誌の回し読みも出来るので、すごい情報量だと思います。テレビにせよ、見るは時間、社会であくせく働いている人よりは、多いぐらいで、世の中のことや動きをよく知っているかもしれません。
 昔は閉ざされた環境で、仮出所後、自動販売機の使い方もわからない無期囚がいたそうです。
 死刑と無期は、このような違いがあります。それと、知っている人も多いと思いますが、死刑は突然の呼び出しで執行されるので、多くの場合、刑務官の靴音に怯える日を過ごすことになるそうです。

No.78
誰も書かないようなので。

それと、どうも一つ思い違いをしてらっしゃるようですが、裁判官は検察および弁護側の提出した証拠について、その証拠能力や立証との整合性(主張と矛盾しないか、主張を裏付ける材料になっているか)を判断しますが「その証拠が何を意味しているのか」を読み解く仕事をしているわけではありません。それをするのは、検察と被告人弁護側の二者です。

それこそ思い違いですよ。
裁判所は、法廷に出された証拠に基づいて、事実を認定するわけで、まさしく「その証拠が何を意味しているのか」を読み解く仕事をしているわけです。
検察と被告人弁護側の主張は単なる意見にすぎません。
裁判所が認定する事実が検察官の起訴事実の射程範囲内(訴因変更が必要ない)なら、有罪を認定して量刑し、そうでないなら(訴因変更を促しても応じない場合を含む)無罪になります。

それとも「読み解く」の日本語の使い方が違うのかなぁ?

No79
同感です。

それとも「読み解く」の日本語の使い方が違うのかなぁ?
あー。不用意な表現を使いました。反省。 ご説明いただいたことは私も承知しているつもりだったのですが、どっか何か勘違いしてたかも知れないです。

 判断の対象が当事者が提出した主張の範囲に限定される民事と異なり、刑事裁判の場合、裁判官には「職権証拠調べ」という権限があったような気がします。10年以上前になりそうですが、ちょっと調べると、司法警察員を指揮できるとか。これって裁判官が、警察の刑事を直接動かせると言うことになるのでしょうか? ネットでちょっと検索掛けましたが、情報も乏しくわかりにくい。

>No.89 惰眠 さん

 ネタに使わせてもらった形になってしまったかも
 すみません m(_ _)m

No.91モトケンさん
どうぞお気遣いなく(笑)
上手い例え話は何かないもんかと、そんなことばっかり考えながら書いてましたもんで・・・

光市母子殺害事件の弁護人に対し怒りが沸騰している事=弁護活動の内容を理解していない。理解出来ないのは所詮刑事事件に無知なだけの不勉強な輩、と言う理解の仕方をしているだけなら、そうじゃない所を肌で理解出来ない所が余計に世間からずれていくスペシャリストの構図。

世間は弁護士や法律を学ぶ人よりも知識が無いけど、そこまでそんなに無知でも無いし、世間はそんなに簡単に同情も、他人の事で怒ったりもしないし、ウェットでも無い。
その世間が橋下弁護士と言うたった一人の一言で動く訳が無い。そうだと言うのなら、その位人気や知名度の有る弁護士が反論したらこんな騒ぎ収まるでしょう。(それを世間やマスコミが聞かないと言うのは責任転嫁)
それまで弁護士への懲戒処分が有る事すら知らずに居た市民がその方法を知った、その自然の結果が懲戒請求だとは理解出来ないのでしょうか?
方法は知ったが文章が専門的過ぎて難しい、いくら感情的に腹が立っても、大人なら冷静さを保ち客観性を持つ事位は出来ても、専門家じゃない限り気持ちを弁護士会に文章として提出できる位に仕上げる事は難しい、だから普段はその様な文章を書く時にスペシャリストにお願いする、そう言う事も有りますよね?なのでテンプレートが一概に何も考えていない人の懲戒請求とはいえないでしょう。読んで自分の気持ちを代弁してる、書いてある文章に納得出来ると思えば、自分で変に書いて棄却されるよりも良いだろうと判断して使ってもおかしくない。
冷静で客観的で有るのが弁護士だけだと思ったら大間違いですよ。書けるかどうかはスペシャリストかどうかの違いなだけ。かもしれない。

いえ、勿論不勉強で何となく波に乗る人も大勢居るでしょうし、踊ってるアホも多く居るだろうけど、懲戒請求に自分の個人情報をこのご時勢に弁護士様に出す位この事件に対して思う人が、何も調べず、何も理解しようとせず、全く無知なまま、リスクを全く知らずにテンプレで提出するとも思えない。そんな人も居るとは想像できないですかね?


普段なら事件への客観性を右手に持ち、左手には弁護士が弁護活動するのは当然だと言う思いですよ。
弁護士は被告を弁護して、被告人を有利な方へ導き、裁判官を納得させて判決を有利にするのが仕事、その為ならどんな事でも致し方ない。そりゃ仕方無い事だと世間が理解してなかったら今の今、弁護士なんて仕事成り立ってる訳も無い。

それは必要な仕事で、自分も何時お世話になるのか解らないですからなるべく批判等せずにいいお付き合いしたい職業
ベスト3です。感謝してますよ。

でも、光市母子殺人事件の様にデメリットが大きい裁判に、経験の有る多忙で高い報酬を得るに相応しい職業の資格を持つ、腕の良い多くの貴重な弁護士達が、ボランティアで手弁当で集まって、デメリットだけしか無い裁判を引き受けるのなら、何か何処かにメリット、もしくは信念が無ければ到底動けるものではない。安田氏への信頼だと言うならば、安田氏の普段の弁護内容等を見ていたら死刑廃止が目的だろうと言うのは、最初の入り口が単に友情で、とか、人柄で、等よりも説得力を持つでしょう。被告の為だけなら一審二審から居ないと説得力無いですよ。その辺の説明が十分ではないですよね。

まぁ・・何より呆れるのが、それでも、尚「人として生きるならば、人の尊厳を守ろうね」と暗黙の了解で成り立ってる世間に、被告と同じ様に、、言え有る意味それ以上に被害者を結果としてセカンドレイプにする姿を露骨に見せたら、世間から石を投げられる事は想像を全く想像していなかった。ここが一番世間とズレてる。
そんな事位は、被告を守る為にはどんな事でもお構いなしで、拳銃撃たれる位の経験を重ね、相手の気持ちが痛い程解る位の体験をして、それに涙しながらも、やっぱりセカンドレイプしている事を本気で自覚していたら、今回世間からこんな批判が来る事位は解るでしょう。
しかしその準備が全くされていない状態で「自分達は解っている、間違って無いので、解らないのは不勉強」なんて言う事、聞いてるだけで恥ずかしいです。世間が無知だから〜なんて理屈が、顔から火が出る程に恥ずかしい事だと解って下さい。
お願いします。

ちなみに・・弁護活動として正当な行為なので懲戒請求は出していないし、出すつもりは無い事を念の為申し添えます。

 刑事弁護がどういうものか、と同時に刑事責任がどういうものかについても議論が必要な気がします。別論点としてマスコミ報道のあり方も問題です。

今枝弁護士の投稿がアップされている「弁護士のため息」ブログに、今度は江川紹子さんの懲戒請求扇動についての批評の一部が引用されていました。

元の江川氏の文章はかなり長いのですが、文筆業の方だけあってスンナリと読めますし、論旨も明確で分かり易い文章です。
是非「江川紹子ジャーナル」を直接訪問して読んでみてください。

「江川紹子ジャーナル」

失礼、リンクを入れ忘れました。

ttp://www.egawashoko.com/c006/000235.html

↑冒頭にhを足してください。

>>93 弁護士って・・。 さん
あなたが、弁護団のどの行動に怒っておられるのでしょう。
 橋下弁護士の主張しているような「説明義務違反」でしょうか。
 せっかく、ここまで書かれておられるのなら、怒りの対象を明らかにされた方がいいと思います。

>No.97 M.T.さん
私が読んだ感じですが、最終パラグラフの

やっぱりセカンドレイプしている事を本気で自覚していたら、今回世間からこんな批判が来る事位は解るでしょう。

あたりが怒りの源泉ではないかと推察します。

私は(昨日ヘタ打ったのをご覧になればお分かりのように)法務のスペシャリストでも何でもありませんが、NO.93のような記事を拝見すると「本っ当に全然判ってないな」と慨嘆したくなります。
感情論としちゃ理解できますけども、否認事件で刑事弁護を普通に行えば、今回の事件に限らず殆んどどんな事件でも、被害者や被害者遺族などを冒涜する展開にならざるを得ないのは必然なのに、と。

光市の事件ほど極端でなくても、交通死亡事故の裁判でだって、同じような弁護は行われているわけですよ。曰く、死亡した「被害者」がセンターラインを割って飛び出してきた、突然わき道から飛び出した、信号を無視したのは死亡した「被害者」だ云々。
福岡の飲酒追突3児死亡事故でも被告側は「被害者が急停止した」とか言ってますよね。事実かどうかわかりませんが。私は被告のうそだと思うけど、本当かもしれない。
事実の発見や量刑判断の材料として、そういう「被害関係者が激しく傷つくであろうこと」も俎上に乗せなきゃならんのが刑事裁判です。
病因を正確に判断し治療するには組織の一部を切除して生検したり、腹掻っ捌いて内臓を切り取ったり、手足を切り落としたりしなきゃならん場合もあるのと同じことだと思いますがね。

「セカンドレイプ」で思い出しましたが、No.93をお書きになった方と同じ感想をお持ちの方は是非、地元の地裁で開催される強姦被疑事件で被告側が否認しているケースを複数傍聴してみることをお勧めします。「裁判自体をやるべきではない」ってお感じになるだけかもしれませんが、その場合、強姦魔は誰に裁かれることもなく大手を振って累犯することになるだけでしょう。

>No.75 惰眠 さん
> 「この被告人が無期懲役ですむなら正義が行われない」と主張なさるのはなぜでしょう。

スペシャリストの方々やスペシャリスト的な思考をなさる方にとっては、さしあたり、法が正義なのでしょうね。法に則り法が実行されることが正義なのでしょう。でも、一国民かとしては、裁判結果とはまた別に各々の価値観としての正義があるわけです。要するに「無期懲役では甘すぎる!」といって怒っているだけのことです。別に法的思考でもなんでもないですよ。だから「法感情」という言葉を使ったのです。あくまで感情ですので、反論にも及びません。

国民は、弁護団がなりふりかまわず被告人を死刑じゃなくそうとしているから怒っているのではありません。国民は、弁護団の主張が常識的思考からは理解を超えるものであるから怒っているのです。説明義務、という話が出てくるのもその点が関係しているのだと思います。

>そして被告人および被告側弁護人がどのような主張をしたとしても、その適否は裁判官が下すのです。

それは無論その通りですが、一般国民も思うところがあれば横からやいのやいの言いますよ。今は「やいのやいの」の声がきわめて大きい状態ですね。

>No.86 けん さん
世論を客観的に分析したつもりですが、僕も世論の大勢と同様の考えなので、僕自身の意見ととってもらっても差し支えないです。分かりにくかったみたいでどうもすみません。

けんさんのコメントには僕も同感です。

>最高裁は一審や二審で認定された事実を量刑に照らし、死刑じゃないとおかしいということで高裁に差し戻したはずですから、現時点ではそのような理由から法のシステムに対して怒る必要は何もないように思うのですが…

そう言えば確かにその通りですね。だからこそ今現在は、弁護団への怒りが増幅されている状況なのかもしれません。

No.93 弁護士って・・。 さんへ

こんにちは。感想をお送りします。

 1.「理解出来ないのは所詮刑事事件に無知なだけの不勉強な輩、…そうじゃない所を肌で理解出来ない所が余計に世間からずれていくスペシャリストの構図。」
「世間が無知だから〜なんて理屈が、顔から火が出る程に恥ずかしい事だと解って下さい。」

 僕は“スペシャリスト”ではありませんが、このブログの様々なコメントを読んだ限りでは、日本の刑事裁判(刑事手続)について、やはり正確な理解が求められていると思う。
 おそらく、(実際に使用されていたか否かは確認していないが)“無知”とか“不勉強”という言葉が、何らかの抵抗を感じさせているのだろう。
だが、表現方法はともかく、知識や理解が不足しているならば、それを認めざるを得ないのではないか。自ら経験していなければ“よく分からない”というのも、自然ではないだろうか。他人の仕事の具体的内容までは、なかなか理解しにくいのだと思う。ただ、理解するのはそんなに困難でもなく、知識といっても、膨大なものが要求されるわけではない。

2.「冷静で客観的で有るのが弁護士だけだと思ったら大間違いですよ。」

 「懲戒」という言葉から、どんなイメージが浮かぶであろうか?それなりの社会経験があれば、“尋常ではない”と感じるだろう。そのような懲戒の請求を、もし仮に、これまでの経緯等を具体的に把握する立場にもないのに行ったら…。懲戒請求の制度について承知し、弁護人の活動における具体的問題点を十分把握しているのならばともかく、そうでないならば、やはり軽率といわざるを得ないのではないだろうか?

 3.「…死刑廃止が目的だろうと言うのは、…等よりも説得力を持つでしょう。被告の為だけなら一審二審から居ないと説得力無いですよ。その辺の説明が十分ではないですよね。」

 何か他人と一緒に仕事をする場合、その選択の理由は人により様々だと思う。経済的な利害関係はもちろん、経験という“勉強”のためであったり、以前から、一度、仕事を一緒にしてみたかった、などが理由になったりする。弁護人になった理由も、当然、個人の様々な考えがあるのだろう。それに対し、“安田氏への信頼からならば死刑廃止を理由(目的)とする方が説得力がある”と考えるのは、短絡的ではないだろうか?また、あなたの個人的な関心からの場合はともかく、弁護人になった理由につき、説得力の高い十分な説明を求めることに、それほど意味はないであろう。

 4.全体として、具体的に問題を「切り分ける」ことが必要だと感じる。例えば、「懲戒請求の制度の分かりにくさについて」とか「弁護団におけるマスコミ対応のあり方について」といった具合である。何らかのコメントをする場合、問題の所在を具体的に明確にする必要があるのであり、No.97 M.T. さんのコメント に同意できる。

それでは失礼します。

>95で法務業の末席さんが紹介している「江川 紹子ジャーナル」読みました。紹介のとおり、論旨も明確で読みやすく、一度お読みになることをお勧めします。

癸坑海諒杆郢里辰董ΑΔ気鵑隆蕎陲呂茲分かります。私も同じような感覚でコメントし、惰眠さんに同じように意見され、「法を理解していない国民は意見も言ってはいけないか」というようなことを書いたこともあります。
私もあの弁護団の説明には納得はしていません。でも、何よりも憎むべきは被告人の行った犯罪であり、その犯罪に対して法に則った検証を行い判断するための裁判が行われているのであって、犯した罪から「死刑」で「あるべきだ」という感情論からばかり物事をみていると本質を見逃す可能性があると思います。例えば、弁護人の対応に全ての責があり、ある種のバイアスのかかった報道を行っているマスコミに問題はないのかなど・・・。私も被告人は死刑になるべきだという気持ちはあるものの、今回の件については大分冷静に見れるようになりました。

意見・議論を封殺することはしてはいけないことを分かっていながらも、いくら説明しても刑事裁判における弁護士の職責などについて理解されず、感情論が先行した意見が多い、私を含めた一般大衆(不適切かも知れませんが・・)に対して、法曹界の方々も次第に口調が厳しくなってくるのは理解できますが、いくら聴いても感情的に許せないという気持ちがあるということも理解して頂いていると思います。これからも、議論の余地のないような言葉で返す(そうしてるといっているのではないですよ)のではなく、素人相手にも分かりやすく議論や説明をお願いします。

>>No.99 山田 さんのコメント
>国民は、弁護団の主張が常識的思考からは理解を超えるものであるから怒っているのです。説明義務、という話が出てくるのもその点が関係しているのだと思います。

 「国民の怒り」という言葉が山田さんに限らずよく使用されますが、この問題を把握するためには、その怒りが「弁護団のどのような言動」に向けられているのかはっきりさせる必要を感じます。
 「常識的思考からは理解を超える」弁護団の主張、というのを一度特定して頂けないでしょうか。

うーん、私は自分が「スペシャリスト的思考」なるものをしているとは思わないんですが……。単純に、裁判の仕組みとして、被告人弁護側が自己有利のことを(筋が通ろうが通るまいがお構いなしに)言うのはアタリマエのことと考えてるだけで。

そりゃ、私だって「ヒデェこと言ってやがるな」と思ってますし、あの言い分には猛烈に腹が立ちますが、その怒りの矛先を弁護士・弁護団に向けるのはお門違いと言うか筋違いと言うか勘違いと言うか思い違いと言うか、要するに全然違うよ、ってことです。

 確かに安田弁護士は例によって例の如く、わざわざ人の神経を逆なでするような、相手を小ばかにしたような物言いで(バカにしている本当の対象は多分検察と取材記者)挑発をしますから、そりゃカチンときますけど、一々そんなことで感情昂ぶらせて論理的対応ができなくなってたら思う壺じゃないんですかね。ますますバカにされるだけと思うんですけど。しかも全然有効な批判にならない。

 寧ろ「安田サンよ。あんたらの主張には、斯く斯く然々の点から論理性がないぜ」だとか「コレコレの点に基づけば、あんたらの言うことには説得力がないよ」って論破してやったほうがよほど生産的です。
 で「そんな主張で裁判官が納得する(今回で言えば、最高裁の差戻し理由の壁を乗り越えられると)とでも思ってんの?」と言ってやりゃいいんです。

 もともといまの差戻し二審で被告側は、最高裁でもゆるぎなく殺人事件と認められると言っている事柄について、それでもなお捜査段階や家裁段階での被告人供述から殺人事件ではない「かもしれない」可能性に賭けて争っているわけです。
 これは素人目にも相当なムリ筋ですから、色々と突飛な理由付けを持ち出す以外にないでしょう。しかし肝心なのは「もしかしたら傷害致死犯かもしれない犯罪者が、間違って殺人犯として裁かれているのかもしれない」という点です。

 私には考慮に値するほどその可能性が高いとは思えませんが、法の正義だとか社会正義を愚直に守るつもりならば、被告人が誤った罪状を適用されて裁きにかけられている可能性がゼロでない限り、その検証をしなければいけません。

 いずれにせよ、被告人と弁護士を同一視しすぎです。「大久保清の犯罪」に主演しリアルに凶悪な性犯罪者の役を演じきったビートたけしを指して「あいつは冷酷な犯罪者だ」とか「人倫に悖る鬼畜」となじっているのを見ている気分にさせられます。
 徹底的にリアルに犯人の凶行を再現するのが役者の仕事なのに、役柄と役者を一緒くたにして、犯罪者に向けるべき怒りや憎しみを役者に向けている感じ。

 なお、山田さんは「法感情」という言葉をお使いになりますが、それは「処罰感情」と呼ぶべきものです。
 そしてその処罰感情の根拠となる「あれだけのことをしたのだから」は、未だ判決の確定していない現時点では、あくまでマスコミが報じる検察側主張をベースにした「一方からだけの見方」に基づいていることに、もう少し自覚的であったほうがいいと思います。まぁ「もう一方の見方」に基づくストーリーは、あんまりっちゃあんまりな出来なんですが。

  
 NO,61MultiSyncさん>
           亀レスですいません。ご指摘はもっともです。真摯に受け止めています。が、細かく名指しはできません。そんな怖いことできませんって・・・(汗)
 
 NO73の今枝弁護士に代わりさん>
            私もファブヨンさんと同様な疑問
持っていましたので推測でもお答えいただいてありがとうございました。ついで・・というの失礼ですが私の今枝先生に対する考えを知っておいていただきたいです。

私には2人の息子がいます。いつ、加害者になるかも解りません。その時、私は親の立場で息子が悪いと判断したら裁判でも息子が悪い正当な裁きを・・・と言う積もりです。
・・・この様な時は今枝先生は不要です。
しかし
息子が悪くない、過失であるとか判断した時に駆け込める
近くの先生は今枝先生しか見当たりません。ですから「今日はまだ悪い電話がかからない」から先生の裁判方法が気にいらないから橋下氏の方に立っていようか?という考えです。
つまり何事も100%で判断しているのでは無く、いつも心中は
49対51で-----旗を振っているのが切れやすい息子を持った
普通の大人の考えなのです。今枝先生は今49%必要な人なのです。不満を言いながらメタボで倒れられたら困る。もっとストレスが減らんかな?と考えるのも私なんです。ご理解くだれば幸いです。

そういう意味で今回(8)のコメントも拝読しました。
22人の言語団の沈黙の中でお一人だけ勇気ある発言をされたのは「我が家に万一の時は」と考えている者にとっては嬉しい限りです。

年をとると何事も一刀両断で切れないのです。卑怯と言わず
その様な人間も沢山、嫌った素振りをしていることをお含みください。(礼)

 
 

横から失礼します。
この被告のために多くの弁護士がボランティアで参加している事が理解できません。
多くの自殺者がいる現在、弁護士に相談する金があれば助かっていた命があるのでは無いでしょうか。
ボランティアで自殺を考える人のための無料法律相談でもすればどうでしょう。
救うべき命は他にあると思います。

>一般人woo さん

 繰り返し述べられていることなんですが、弁護団は、検察官の主張する事実、マスコミが報道している事実、今まで裁判所が認定している事実は真実ではない、という認識のもとに弁護しているのです。
 自分とは認識が違う人間の立場に立ってものを見るということをしてみてはいかがでしょう。
 そうすれば、ある程度の理解はできるでしょう。
 
 弁護団としては、被告人の行為は死刑に値いしないかもしれないと思っているのです。
 あなたとは前提が違います。

 但し、弁護団に認識が正しいとは限りません。
しかし、可能性はとても低いかも知れませんが正しいかも知れません。
 正しい可能性があるならば、それを追及するのはおかしいことではないでしょう。
 人ひとりの命がかかっているのですから。

 なお、無料法律相談は、多くの自治体が開設しており、多数の弁護士が協力しています。
 弁護団に参加している弁護士の中にも無料法律相談に協力している弁護士がいると思います。

98>

弁護士がそういう仕事だと書いてるし、理解した上で、
それでも、余りに酷い姿を世間に見せたら批判が来る事位想像出来るでしょう?
そこを説明したり、理解しろ等強制したり、理論で論破しても「嫌だ、嫌いだ」と言う感情は残る。その事は解りますよね?
理屈じゃない嫌悪。他にも常識から逸脱した弁護がされて居るのに批判されないのは、そこまで酷くないか、共感出来るか、理解出来る点が有るか、もしく姿を世間に見せないか、のどれかでしょ?
世間に弁護士に対しての嫌悪感を引き起こした事は、配慮を欠いた想像不足から来た、品位を欠く行為を見せた事なのではないですか?

そこは叩かれたくないなら弁護士が世間を理解するべき事でしょ。。
仕方無いとは言え、人が嫌だと感じる部分を見せてるのだから理解を世間に求めるよりも、世間に解る様に説明するスキルを持つのが大人のやり方でしょう?って事です
それを持ってない、準備もしてない。恥ずかしくないのかな?

>No.107の方。

つまり「貴方にとっては正当な職務だが、私はその職務に嫌悪感を覚える。仕事の仕方を変えなさい」と言うことですよね。食肉加工の現場を見て気分が悪くなった見学者が、食肉加工業者を非難してるようなものです。
或いは、トイレの汲み取り業者に「そんな作業を見せるな。見たら気持ち悪くなるから別のやり方考えろ」と言ってる感じ。

解体される食用動物の姿がグロテスクだったり、処理される汚物が不愉快であることの責任を、その作業を行っている人にひっ被せるのは筋違いです。

言い回しを真似させていただきますと「筋違いのことで他人に怒りの矛先を向けて恥ずかしくないのかな?」です。

>No.107 弁護士って さん

 「問題は単純ではない」を読みましたか?

 それと、私は、「弁護士って」というような一般化した言い方は基本的に好きじゃないんですよ。

>他にも常識から逸脱した弁護がされて居るのに批判されないのは、そこまで酷くないか、共感出来るか、理解出来る点が有るか、もしく姿を世間に見せないか、のどれかでしょ?

 あなたはこうおっしゃってますが、「共感出来るか、理解出来る点が有るか」というのは、つまり理解できれば批判されないという意味でしょう。

 で、
>理屈じゃない嫌悪。
というのは理解できないからでしょう。
 要するに、嫌悪感を感じる原因の少なくともその一部は無理解に起因するんじゃないですか。
 だから、法律実務を知っているものとしては、少しでも理解してもらって嫌悪感からではなくと論理的な批判をしてもらいたいと思ってるんですが

>理解しろ等強制したり

 「強制」という言葉の意味を分かってますか?
 これって、理解を拒否する姿勢に読めますよ。

 私としても、弁護団の記者会見は多くの人の感情を逆撫でしてるな、と思ってますよ。
 正直言って、何のために記者会見してるのかさっぱりわからないところもあります。
 まあ、私もプロですから弁護団の意図はある程度読めますが、少なくともその意図が成功しているとは思えない。
 はっきり言ってやらないほうがまし。

 しかし、それと弁護団の弁護方針が不当だとか品位を欠くとか、まして懲戒理由になるなんていうのとは全く別問題。

 あなたが、弁護団の「配慮を欠いた想像不足」を主張するのであれば、あなた自身が冤罪で逮捕されたことを想像してもらえますか。
 橋下弁護士の懲戒扇動は、今回の事件に対する影響だけにとどまらず、制度論的には冤罪防止という刑事弁護制度の最も重要な存在意義の根幹を揺るがす恐れを孕んでいるんですよ。

今の弁護団は、1・2審の弁護人に懲戒請求をかけるべきだ、という議論があります。

しかし、「懲戒請求制度はそんなに軽いものではない。」「刑事弁護人の守秘義務等を理解してほしい。」と主張しているような人たちが、それらに反する行動をするのは容易なことではありません。

懲戒請求は、なんでもかんでも不満や怒りを感じたら制裁するという方法ではありません。

今の弁護団としても、被告人が希望したら別だとしても、1・2審の弁護人に懲戒請求をすることはまずしないだろうし、懲戒請求というのはそれほど重いものであるべきだということは理解しているはずです。

また、1審の時点では、本件のような事案で死刑判決になることは想定し難く、捜査段階の供述調書の任意性・信用性を争うことは(言うのは簡単でも)実際には技術的に困難であり裁判を長期化し遺族感情を害するなどの判断(もしかしたら、少年の言い分を疑っていたのかもしれないし)から、「土下座弁護」という方針を取り、それが事後的に間違いだったとしても、懲戒相当とまでは言えないでしょう。

そして、2審では、被告人からの控訴申立がなく、検事が「量刑不当」控訴のみしているような状況で、事実を争うことはもともと極めて困難な上に、「不謹慎な手紙」が提出されるという事態を防御し無期を維持することに専念したとしても、懲戒相当とまでは言えないでしょう。

「方針が間違っていたのだから懲戒せよ」という短絡的な発想は、実務の厳しい現実を知らない人の発想です(橋下弁護士を含めて)。

選手起用を失敗し負けたサッカー監督に対し、「市中引き回しにしろ」と言うようなものです。

>>No.107 弁護士ってさん


自分は、貴方とまったく同じ心境なのですが、その同じ心境から発せられる弁護士ってさんの意見に賛同できません。

弁護士ってさんは、ハンドルネームから考えると弁護士の人に伝えたいことがあるのですよね?
上手く伝わってますか?

参考になるかどうか分かりませんが、自分自身の意見の説得力を高める簡単な方法があります。
それは徹底して自分の考えを貫くことです。

例えば、弁護士ってさんに取って一番伝えたいことが「相手に嫌悪感を感じさせたら相手の人は意見そのものを聞いてくれなくなる。」で、伝えたい相手が弁護士の方全般だとします。

一本筋を通して自分の考えを貫くのなら、弁護士の人たちが不快に感じないように気を使いながら、意見を書いてみればいいのです。

>>No.110 yoyoyoさん

1審2審の弁護士は私選弁護士なので、少なくともどなたか依頼者がいるはずです。

依頼者が、例えば被告の親御さんであれば、弁護方針もある程度話がついていると予想が出来ます。

好き勝手にやったのなら問題ですけど・・・・。

>>弁護士ってさん

安田氏への信頼だと言うならば、安田氏の普段の弁護内容等を見ていたら死刑廃止が目的だろうと言うのは、最初の入り口が単に友情で、とか、人柄で、等よりも説得力を持つでしょう。

 すいません。同じような議論でいつも思うのですが、仮にこの裁判で弁護団の言い分が100%認められて被告人が死刑にならなかったとしても、それは本件が死刑相当の事件でないと裁判所が判断しただけで死刑廃止には繋がらないのではないかということです。

 死刑廃止論者である安田弁護士がその信条から死刑判決は避けたいと思うのは想像に難くないですが,
それが弁護を死刑廃止目的で行っているということになるのは飛躍があるのではないでしょうか。

 それから安田氏の普段の弁護内容等というのは具体的には何を指しているのでしょうか?

被告の為だけなら一審二審から居ないと説得力無いですよ。その辺の説明が十分ではないですよね。

 これは簡単に説明できます。どんな弁護士でもまず被告人サイドから依頼がなければ弁護人になることはありません。今回は最高裁で弁論が開かれることになった後に依頼され二審の弁護人の後を引き継いだわけです。

そこは叩かれたくないなら弁護士が世間を理解するべき事でしょ。仕方無いとは言え、人が嫌だと感じる部分を見せてるのだから理解を世間に求めるよりも、世間に解る様に説明するスキルを持つのが大人のやり方でしょう?って事ですそれを持ってない、準備もしてない。恥ずかしくないのかな?

 刑事弁護に対する世間の理解を得る努力が必要だというのはわかりますけど、それを現在進行形で公判に従事している現場の弁護人が行えというのは筋違いではないでしょうか?
 
 それともその怒りはそういった努力をしない弁護士会はじめとした司法界に対して向けられたものでしょうか?後者であれば言い分としてはよく分かります。

死刑廃止論者である安田弁護士がその信条から死刑判決は避けたいと思うのは想像に難くないですが,

安田氏は死刑廃止論者でしたっけ?
本人は死刑廃止論のリーダー的存在に祭り上げられるのは困るといった趣旨の発言をしていたと思いますが…

制度としての死刑を廃止する死刑廃止論と、
個々の事件で死刑を回避する死刑回避論?は、分けて考えた方が良いと思います。

>>kamov さん

制度としての死刑を廃止する死刑廃止論と、
個々の事件で死刑を回避する死刑回避論?は、分けて考えた方が良いと思います。

光市母子殺害事件弁護団の説明No.17で私もkamovさんと同じことを書きました。私もこの二つは明確に分けています。

 安田弁護士が死刑廃止論者であることは間違いありません。安田弁護士の著作『「生きる」という権利-麻原彰晃主任弁護人の手記』の前書きでも明確にそのように述べています。
 ただリーダー的存在に祭り上げられるのは困るというのは多分本音なのでしょう。今回の裁判で注目されたおかげで結果的に周りからそう見られる存在になってしまいましたから。

このエントリは今枝弁護士のコメントについてですので安田弁護士のことはこのあたりで切り上げようと思います。

>>108 惰眠さん

刑事弁護に対する不審、嫌悪感については
部落差別などの原因たるケガレ思想にも通じるものがあるかも、と思います。

とするとかなり根が深いでしょうね。

「被告人に対して少しでも有利な判決を引き出す」と言うよりは「検察の被告人に対する求刑が正しいかどうかをチェックさせるため、裁判官に材料を与える」と考えれば、多少は理解しやすくなるのでしょうか。

別な言葉で言えば、一方だけの視点では判断がどうしても偏りがちになる。それを防ぐため、検察とは異なった視点を裁判官に対して与えるのが刑事弁護なのかなと、漠然と考えています。

>>116
ということは、(部落利権ならぬ)弁護利権等が存在すると思ってよろしいか?

むしろ言霊思想かと。

 おおもとの差別問題と同和利権の問題は別問題です。
 無用にセンシティブな問題を持ち込むのは控えてもらいたいと思います。

 たぶん知らない人の方が、多いと思いますので、参考までに、なのですが、裁判所は検察の求刑を上回る判決を下すこともあるそうです。実際、経験した人から話を聞き、そのときはホントかなと、少し疑ったのですが、その後、専門的な書籍でも確認することがありました。
 それと裁判官にも過度の期待を抱かない方がいいと思います。落胆や猜疑心もそれだけ大きくなり、一生とらわれ、引きずり続けることにもなりかねない、からです。
 ちなみに「狂った裁判官」(検索すればすぐ見つかると思います。)という本を読んでも参考になると思います。私自身、かなり偏っているという印象を受けました。
 それに、裁判官の中には鬱病になったり、自殺した人もいます。あまり知られてはいないのかもしれませんが。報道も大きくはないので。

光市母子殺害事件の弁護団に対する社会的バッシングの件は、極論すれば弁護団の一人が
「ご遺族の悲しみは重々承知しております。しかしながら被告の法廷における権利は制約を受けてはならず、それを担保するのが我々の使命なのであります。ご承知願えないならば代わりに私めの命を差し上げる。これにて被告の法廷における権利を認めていただきたい・・・ぐふ」
と切腹でもすれば、以後、世論の非難を受ける事も無く粛々と弁護活動を行う事ができると思います(やれと言ってるわけではありません。やるわけも無いと思いますが)。
切腹そのものが世間の弁護士の役割に関する理解を深めるわけはありませんが、しかし感情的に非難する人は激減するはずです。世間が問題としているのは、ほとんど弁護団の人間的レベルでの犯罪被害者に対する態度、誠実性に対する疑問であって、法律的な問題ではないと思います。だから解決方法は、被害者への深い共感と誠実性を判りやすく心に届きやすい形で強烈にアピールする事。
要はテレビドラマに出てくる主役弁護士ですね。社会の理解は理屈ではなく信頼の後についてくるものだから、誠実で信頼できる弁護士像をアピールできれば、理解は後からついてくる。その逆はあり得ない。
国民のための制度を守るために、何で弁護士がそこまで自己犠牲をしなければいけないの?と思われる方もいるでしょう。私が弁護士でもそう思います。でも一つの制度が社会の中で理解され確立されるためには、誰かが献身と自己犠牲で頑張るか、あるいはそういう人たちの犠牲を埋め合わせる何らかの社会的手当てをして、犠牲になってくれる人を募るしかないと思います。
この弁護団の方々もそういう思いで手弁当で弁護なさっているのだろうと思いますが、アピールの仕方に問題があったのでしょう。

1審の弁護人は私選弁護人で、父親から弁護費用をもらっていたため、「遺族から親の責任を追及されないように」というのが方針の基盤にあったようです。
18歳ですから、背景事情から親の責任が認められるかどうか微妙な年齢です。

そうすると、親からの虐待などの背景が強調され、被告人が否認した場合に、遺族の感情が悪化して親に対し裁判を起こされるなどされるかもしれない、という事情が弁護方針を制約してしまった可能性は大です。

 会計士X さん、こんにちは。

> だから解決方法は、被害者への深い共感と誠実性を判りやすく心に届きやすい形で強烈にアピールする事。

 自分もそう思います。刑事訴訟に対して国民の期待するものが徐々に変わってきているのでしょう。

 しかしながら、現在の日本の刑事訴訟制度の中にそういう仕組みが内在されていないことも間違いありません。木に依りて魚を求むなという類の説明が繰り返し何度も為されることもワケのないことではありません。

 法曹に求められているのは、戦術的レベルで現状について説明し、理解を求めることだけでなく、戦略的に新たな制度設計を行い、国民のニーズに応えることでもあるのではないでしょうか。

 種々の司法制度改革が進行中ですが、このニーズに応えるメニューは極めて乏しく、また効果が期待できないように思います。

 刑事弁護の在り方が変わることが求められているのであって、既存の方法論にいつまでもしがみつくことは不可能且つ有害無益です。また、他の誰かに刑事弁護の在り方を変えてもらうのは、弁護士の立場として甚だしく好ましくないとも思います。

>>116

利権云々の問題ではなく、

日本人には血や罪に触れる人に対する
嫌悪感があることを言いたかったのですが・・・

たしかにセンシティブな問題に突っ込んでいたようです。
まとめて削除していただいて構いません。

弁護士のため息に、今枝仁弁護士のかなり長い追加コメントが載っています。

刑事訴訟に対して国民の期待するものが徐々に変わってきているのでしょう。
そうですね、それは私も感じます。 ただ、それがどうも一端「我々の敵」と決め付けた相手を一致団結して血祭りに上げることが「正義」であり、敵の言い分などに耳を貸す必要はなく、『集団リンチ』に同調しなかったり慎重であったりする者もまた「我々の敵」だから「血祭りに上げろ」と言うようなものなのではないかと懸念しているところです。

16世紀ごろの哲学者F.ベーコンは「Revenge is a kind of wild justice,which the more man's nature runs to」(復讐は多くの人が自然とに志向する原始的な正義の一種である)と述べています。
しかしそれに続けて「more ought law to weed it out.」(そのような考えを根こそぎするため法によって律するようより多大なる努力が払われるべきである)と結んでいます。

>No.127 惰眠 さんのコメント
のご冷静さに対して謹んで投票ボタンを押したいと思います。

 惰眠 さん、こんにちは。

> 「血祭りに上げろ」

 表現が過激であることにこだわっていては、本質を見失います。

>No.129 rijin さん
瑣末な表現に拘泥するようでは問題の本質に近づくことすらできません。

No.124 rijin さんのコメント

>戦略的に新たな制度設計を行い、国民のニーズに応えることでもあるのではないでしょうか。
>刑事弁護の在り方が変わることが求められているのであって、既存の方法論にいつまでもしがみつくことは不可能且つ有害無益です。

 rijinさんの言われる「国民のニーズ」とは何でしょうか。

 変わるべき「刑事弁護の在り方」とは何でしょうか。
  
 もう少し具体的にご提案下さい。

 また、今回の光市母子殺害事件の弁護団は、具体的には何をすればよかったとお考えなのでしょうか。

No.124 rijin さんのコメントを平たく言えば、法治主義の原理原則を放り捨てて「国民」の処罰感情に阿るべきだってことでしょ。
国民サマを怒らせた奴は死刑!って。
国民サマの怒りを買うような犯罪者になったやつを弁護するなんて許さないって。
それが法律の素人でありながら主権者なので万能の権限を保有するところの国民サマのニーズなんだって。

今枝仁弁護士含め、この弁護団に直接恨みはないけど、生かそうとする事に対しては理解に苦しむ。

これって冤罪じゃないでしょ?

2人殺したんだよね。例え精神に幼さがあろうとも人の命を奪ってはいけません。

2人の命を剥奪しておきながら、自身の生きる権利の主張は都合が良すぎます。


交通事故もそうだが、偶発的な致死事件は確かにある。でもなんか同列には語れないんだよ。

飲酒による致死事故は極刑もありと考えてるんだけど。


精神年齢や幼児性を盾に減刑はおかしい。そんな人達の人権は守って隔離などしないんだよね。

隔離もせずに社会に出る権利を与えてるんだから罪を犯した時も精神的な理由で減刑など求めないでくれ。

他人の人権を奪えば自分の人権も失うんだよ。全ての事案に対してそうとは思わないが。


死刑は確定すると思ってるし、そういう判決を期待する。

母子に対しては可哀想で言葉が浮かばない。母子達は極刑を望まないような優しい人達かもしれない。


でも国はこのような犯罪者をキッパリと地獄へ送って欲しい。

幼少時代の恵まれない環境に少しは同情する。

だが死刑になっても、可哀想と思う気持ちが微塵も湧いてこないであろう。

 M.T.さん、惰眠さん、こんにちは。

 現実に直面していない人に対してどんなアドバイスしても受容されることはないでしょう。

 また、事態は比較的単純であり、直視すればむしろ現場の方が様々なアイディアが出せるであろうことは請け合います。

 法曹が刑事訴訟制度の設計について門外漢に意見を求めらたというだけでも驚くべき事ですが、プライドを捨てるべき所は他にあるように思います。

>No.102 M.T. さん
>「常識的思考からは理解を超える」弁護団の主張、というのを一度特定して頂けないでしょうか。

僕もそんなにいろいろ目を通したりはしていなくて中途半端なんですけれども、一応引用しておきますね。さしあたり有名どころでは、以下のあたりということになるでしょうか。

・元少年は、このひもを生後間もない本村さんの長女の首に巻きつけ、蝶々結びにして殺害したとされていますが、ひもで首を絞めたことについてはわからない、認識がない、と供述しました。
・また、長女の遺体を現場アパートの押し入れに入れたことについては、「僕の考えではドラえもんの存在を信じていて、ドラえもんに何とかしてほしいと思いました」と述べています。
・さらに、本村さんの妻の遺体に乱暴したことについては、生き返ってほしいという思いからだったと説明しています。

弁護団はどういう主張をしているのか僕も部分的にしか存じておりませんが、とりあえず上の主張は意味不明で、意図も不明です。犯行当時精神に異常があったという意味なら理解できるんですけれども、そういう主張がなされているわけではないですよね。傷害致死だという主張なんですよね?とすると、少なくとも僕にはもう、意味不明としか…。

>No.103 惰眠 さん
>これは素人目にも相当なムリ筋ですから、色々と突飛な理由付けを持ち出す以外にないでしょう。

それはそうだろうと思いますね。こういう弁護士はつらい立場ですね。

>いずれにせよ、被告人と弁護士を同一視しすぎです。

この指摘は当たっている面もあるでしょうが、あまり当たっていないとも言えます。被告人自身が意味不明な主張を述べるのと、弁護人が意味不明な主張をするのでは、むしろ弁護人の方が非難されるかもしれません。国民の弁護団への怒りが、被告人への怒りがそのまま転化したものであるとは考えにくいですし。

>No.134 rijinさん
貴方の書き込みを拝見するたびに「法曹」の部分を「医師」「医療従事者」に置き換えてみたらいいのになーと思えて仕方ありません。

医療と言う「聖域」に専門知識を持たない司法警察関係者やマスコミが口を差し挟むことには激しい拒絶反応を示す一方で、法律実務と言う専門分野には素人が口を差し挟んで当然と言うような、いびつな現実認識が透けて見えるように感じられます。

 惰眠 さん、こんにちは。

 そう、スペシャリスト集団の論理に対して世間が敵対しているという意味では、事態は同根であると考えています。ようやく共通の認識に達していただけたようで、うれしく思います。

>>山田さん

この指摘は当たっている面もあるでしょうが、あまり当たっていないとも言えます。被告人自身が意味不明な主張を述べるのと、弁護人が意味不明な主張をするのでは、むしろ弁護人の方が非難されるかもしれません。国民の弁護団への怒りが、被告人への怒りがそのまま転化したものであるとは考えにくいですし。

 被告人が意味不明なことを言えば弁護人もその意味不明な主張に沿って弁護方針を組み立てますから、やはり世間の弁護人への非難は被告人への怒りが転化したものといえるのではないかと思うのです。このあたりの是非については他エントリで他の方々が既に議論しているところです。

 このことを踏まえて国連のBasic Principles on the Role of Lawyersにこういう言葉があります。

"Lawyers shall not be identified with their clients or their clients' causes as a result of discharging their functions."
(拙訳:弁護士はその職責を果たしたことにより依頼人または依頼人の信条と同視されるべきでない)

>No.137 rijinさん
そのご返答で、あなたがいびつな感覚を持っている方だと言うことがようやく確認できました。

「スペシャリスト集団の論理に対して世間が敵対している」図式は共通ですが、同根であるかどうかは別の話です。

とりわけ、私は「医療分野について司法やマスコミが内実を知る必要があるが、法に抵触する事実については裁きにかけ筆誅を加えるのが当然である」と考えていますので。
高度に専門性が求められる分野であっても、法の支配の埒外にあるわけではありませんから。

私が批判に値すると感じるのは、誤った事実認識に基づいた見当違いの難癖(奈良で起きた2件の「たらい回し」事例など)です。

>No.136 惰眠 さんのコメント
>・・・「法曹」の部分を「医師」「医療従事者」に置き換えてみたらいいのになー・・・。

実は私もNo.128を書いた時、No.137 rijinさんと同じ意図を持っておりました。黙っててすみません。>惰眠さん

でもちょっとrijinさんも技使いすぎちゃうかなとも思っちゃったり(笑)。

では場外場へまた帰ります。

>No.138 ひらの さん

山田さんのNo.135のコメントは、弁護団に対して国民が怒っていることの是非について何かしらの意見を述べているわけではなく、国民の怒りがどのように形成され、どのように弁護団に向かっていったかの「過程」を客観的に分析しているだけではないかと思います。

そして、No.135のコメント中の「国民の弁護団への怒りが、被告人への怒りがそのまま転化したものであるとは考えにくいですし」の意味は、「国民は、被告人に向けるべき怒りを弁護団に向けてしまっているとは考えにくい」ではなく、「国民はまず最初に被告人に怒り、それから弁護団に怒りの矛先を変えたという過程をたどったとは考えにくい。いきなり最初から弁護団に怒っているのでは」のような気がします。

上手く説明できている自信はありませんし、わざわざこんなレスをつけている私自身が山田さんの真意を間違って解釈しているかもしれない恐れも感じますが。。。

誤解なきように申し添えておきますが、ひらのさんのおっしゃっていること自体はすべて正解だろうと思っています。

>>135 山田さん

>僕もそんなにいろいろ目を通したりはしていなくて中途半端なんですけれども、一応引用しておきますね。さしあたり有名どころでは、以下のあたりということになるでしょうか。

・元少年は、このひもを生後間もない本村さんの長女の首に巻きつけ、蝶々結びにして殺害したとされていますが、ひもで首を絞めたことについてはわからない、認識がない、と供述しました。
・また、長女の遺体を現場アパートの押し入れに入れたことについては、「僕の考えではドラえもんの存在を信じていて、ドラえもんに何とかしてほしいと思いました」と述べています。
・さらに、本村さんの妻の遺体に乱暴したことについては、生き返ってほしいという思いからだったと説明しています。

上記は皆、被告人が述べていることです。被告人が述べていることを弁護人が変更して主張することはできません。
No.138 ひらの さんのコメントのとおりです。
 「被告人が意味不明なことを言えば弁護人もその意味不明な主張に沿って弁護方針を組み立て」ざるをえないのです。
 そこのところを分かって頂きたいですね。

 これらの被告人の供述についての弁護団の主張は、更新意見書に詳しく書いてあります。もうすぐネット上で公開されるはずです。
 また、要旨でしたら、産経新聞の福富記者が公開してくれています。
 http://fukutomim.iza.ne.jp/blog/

今枝先生に折の良い時にお伺いしてみたいことがひとつ。
被告は友人への手紙(当然、全く当人の任意で記されたものです)で「犬が可愛い犬と(えげつないので中略)それが罪でしょうか?」と書いていたかと記憶しております。この記述は、事件の本質を端的に表しており、決して母体回帰なり復活なりが目的でなかったことを強く示唆しているように思えますが、いかがなものでしょうか?

それと、モトケン先生に。

>それと、私は、「弁護士って」というような一般化した言い方は基本的に好きじゃないんですよ。

実に同感です。私は昔新聞に関わっていたことがありましたが、正直、ワイドショーのアマチュア諸君や、取材手法も原稿もお行儀の悪い一部雑誌の皆さんと同列に「マスコミって」と言われることには常々抵抗がありました。

>No.138 ひらの さん

No.141の私のコメント、一部不十分なところがあることに気づきましたので、下記のように訂正致します。“”の部分が訂正です。No.141の私のコメントはスルーして頂けると幸いです。交通整理みたいなことをしたくてしゃしゃり出て、かえってご迷惑をかけてしまっている気もし始めました…
───────────────────

山田さんのNo.135のコメントは、“ひらのさんがNo.138で引用されている部分については”、弁護団に対して国民が怒っていることの是非について何かしらの意見を述べているわけではなく、国民の怒りがどのように形成され、どのように弁護団に向かっていったかの「過程」を客観的に分析しているだけではないかと思います。

そして、No.135のコメント中の「国民の弁護団への怒りが、被告人への怒りがそのまま転化したものであるとは考えにくいですし」の意味は、「国民は、被告人に向けるべき怒りを弁護団に向けてしまっているとは考えにくい」ではなく、「国民はまず最初に被告人に怒り、それから弁護団に怒りの矛先を変えたという過程をたどったとは考えにくい。いきなり最初から弁護団に怒っているのでは」のような気がします。

上手く説明できている自信はありませんし、わざわざこんなレスをつけている私自身が山田さんの真意を間違って解釈しているかもしれない恐れも感じますが。。。

誤解なきように申し添えておきますが、ひらのさんのおっしゃっていること自体はすべて正解だろうと思っています。

>No.122 会計士X さん

「ご遺族の悲しみは重々承知しております。しかしながら被告の法廷における権利は制約を受けてはならず、それを担保するのが我々の使命なのであります。ご承知願えないならば代わりに私めの命を差し上げる。これにて被告の法廷における権利を認めていただきたい・・・ぐふ」

えん罪の被告や、被告側代理人も、「ご遺族の悲しみはじゅうじゅう承知しております……」とやらなければならないという事ですか。

例ええん罪で逮捕されたとしても、罪人であるかのように振る舞わなければならない社会は厳しいし、容疑者に取っては屈辱的ですね。

しかし、国民が「容疑者=犯罪者」と短絡的に結びつけるのであればやむを得ないですね。

別に死刑じゃなくてもいいけど、もし将来出所して再び似たような犯罪を犯したら、死刑だったはずの者を生かした事によって起きた必然的な事件だったとして、連帯責任取ってくれるなら文句言いません。
でも、日本の前科者による再犯率は世界有数なんですよね。
おまけに、刑務所の待遇がすごくいいのでも有名。
犯罪者の人権を守るためには多少強引に思える手も使い、明らかな嘘だと思えるような主張もゴリ押しで認めさせてるんだけど、その後にどうなったかについては、全く責任を感じてもいない。
年金の為のプール金を湯水のように使い、自分たちは高給と多額の退職金を手に入れ、経営は破綻させて責任は取らない政治家や天下りと同じニオイを感じますね。

弁護団がバッシングを受けたきっかけは、まず被告少年に向けた怒りが沸騰して、その弁護を申し出たことで矛先が変わった。などと言うことは全く無いと思います。

きっかけは、はっきりしてるじゃないですか?ドタキャンです。

ドタキャンをして、尚且つ言い訳を「模擬裁判のシミュレーションのリハーサル」としたこと、そこでとても非常識な弁護団だという第一印象が出来てしまったのと思います。

その後の出来事は第一印象がどうしても頭にあるので、突然ドラえもん説が出てくると、通常プラス第一印象分の感情が沸き起こったのだと推察できます。

だから、ただ単に流れてきた情報の中では自然な感情なので、国民側にとても大きな非があるとは言えないと思います。

弁護団も、わざとこうなるようにしたわけではないでしょうし、報道だって意図的に弁護団を叩くなんて言う面倒臭いことをやるほど暇ではないでしょうから、その場で目立った象徴的な事柄を黙々と報道しただけだと思われます。

こうなってしまったとき、弁護団がいくらどこそこが悪い国民の理解が足りないと主張しても、もう受け入れられません。

説明の義務は当然無いのでしょうけど、ポイントの一つは第一印象ですから、第一印象が固まる前にもっと多くの人に受け入れられることを念頭に置いた説明をしても良かったし、一般社会向けの説明ですから(裁判のことは崇高な義務としてそのままの方針でやりますが)不必要に世間をお騒がせした点についてお詫び申し上げます。とお詫びの記者会見でも開けばある程度収まったと考えられます。

法の世界では当然謝る必要なんて100%無いでしょうけれど、日本のなんだか暗い社会の中ではこういうことが求められたりするんです。

やはり法が大切。それに集中したいと思うのなら、世間は放って置くしかないし、勝手にやらせておいて気にしないようにするしかないと思います。

 惰眠 さん、こんにちは。

 どうやら未だ共通認識には達することができていないようで、残念です。

 いずれにせよ、このまま事態が進行するようであれば、数年を待たずに分かっていただけるようになるだろうと思っています。また、事態の解決は法曹自身、特に刑事弁護に携わる弁護士以外には不可能です。せめて刑事弁護に携わることのない弁護士や、検察官、判事が事態をさらに複雑化されることのないよう、お祈りしております。


 ぼつでおk さん、こんにちは。

> でもちょっとrijinさんも技使いすぎちゃうかなとも思っちゃったり(笑)。

…技巧に走ったつもりはないのですが、そう映るのであれば自分もまだまだ未熟ということでしょうか?

 少なくともこのスレッドでは心にもないことは書いたりしていません。唯一気をつけているのは、門外漢としてわかったような解決案を安易に提示することのないようにしています。

 そこまでを技巧と言われると、返す言葉もございませんが…。

>No.148 rijin さん

こちらこそ>No.140勝手な解釈でご迷惑おかけしました、大変申し訳ございません。以後慎みますので何卒お許しください。

>>もふもふさん

犯罪者の人権を守るためには多少強引に思える手も使い、明らかな嘘だと思えるような主張もゴリ押しで認めさせてるんだけど、その後にどうなったかについては、全く責任を感じてもいない。

もふもふさんは日本の司法では検察官が被告人の明らかな嘘を白日の下に晒す能力も、裁判官がそれを見破る能力もないと言っているのでしょうか?

なるほど日本の司法に悲観的なのがよくわかりますね。


日本の前科者による再犯率は世界有数なんですよね。おまけに、刑務所の待遇がすごくいいのでも有名。

これ初耳です。参考までにどのような資料をご覧になったんでしょうか?
特に再犯率の国際的比較については興味があります。

No.147 ファブヨン さん

>やはり法が大切。それに集中したいと思うのなら、世間は放って置くしかないし、勝手にやらせておいて気にしないようにするしかないと思います。

私も、最近、弁護団は最初からそうしていた方がよかったのではないか、と思うようになりました。

 記者会見もなし、マスコミへも一切情報は流さない。

 何をやっても言ってもどうせ叩かれるのだから、中途半端に情報を流さない方がよかったのではないかと思うようになりました。

No.151 M.T.さん

弁護団のことはひとまず置いておいて、M.T.さんご自身は、信念や立場に基づいて普通以上に努力されてると思います。
自分も、(モトケンさんたちからもそうですが)M.T.さんから教えていただいたことがたくさんあります。

M.T.さんのこの件に関する活動の全てが無駄に終わるということはないでしょうけど、もし、お疲れのようでしたら、ペースを落とすとかちょっとだけ休んじゃうとか、思い切ってしばらく別のことに没頭するとか、そういうこともありだと思います。

でも、ここまで関わったらなんだかんだで気になりますよね。
(リフレッシュと言う意味ではタイ古式マッサージなどはいかがでしょう?)

なんだか私信みたいになったので、話を弁護団に戻しますが、本当は最初の段階で上手く説明すれば良かったのだと思われます。それを逃した以上タイミングの問題で、バッシングが大きくなりかけた頃だったら上記の謝罪会見をすれば、ある程度鎮静化できたと考えられます。今は、橋下弁護士のおかげでやや収まってますから、今枝弁護士のようなやわらかい説明なら、多少の効果あると思います。

今後に関しては、もし印象を良くしたいと思うのであれば、いくつか戦術みたいなものは思いつきますが、ここで書いてもしょうがないので割愛します。

>No.151 M.T. さん
 
 安田弁護士は、自分たちの記者会見を聞いた人の多くが、「なるほど、そうだったのか〜」と納得してくれると思ってたのでしょうか?
 安田弁護士に聞いてみないとわからない問題ですが、、、

 一部は既に指摘しましたが、玄人的には突込みどころ満載です。
 それはさておき
 素人相手にどういう計算で何をしたかったのか、よくわかりません。
 被告人にとって有利な結果は何一つ生じていないように思われます。

 事件が変わりますが、昨日(正確には一昨日)初公判のあった秋田の児童殺害事件、検察が、橋から突き落とされたとき、真っ逆さまに落下しながら、「お母さん」と一声残した、と冒頭陳述で述べたそうですが、いったい、誰がその声を聞いたのでしょう。本人が否認しているみたいだし、間近にいた目撃者はいないはずだし。
 首相辞任のニュースで、報道は塗りつぶされ、わずかにしか伝わりませんでしたが、疑問に感じました。考え事をしながら、「講釈師、見てきたような嘘をつく」という言葉が頭に浮かんできました。これも突っ込みどころなんでしょうか?
 その声だけは、記憶に残っているという供述でもあったのかもしれませんが、私の知るかぎり、今のところ同じ疑問は出ていないようです。

 当時5歳ぐらいだった私の子供が、「誰やゆうとってん?」と問いつめると、「テ、テレビや、ゆうとってん!」と苦し紛れの言い訳をしたことがありました。
 テレビの影響は、やはりいろいろと大きいと思います。
 しかし、子供のテレビ自体が物をいうという発想というか、表現自体にも、驚かされましたが、新鮮で鮮烈に覚えています。
 まともな説明の出来ない、弁護団は消えてほしいです。内容は聞いていませんが、玄人の突っ込みどころ満載というご指摘だけで、そう感じました。そんなもんでしょう。普通は、時間的にも。

108惰眠

職業差別と一緒にしないで下さい。
貴方の中にその様な意識が有るからその様に感じるのでは無いですか?

弁護士の活動に感謝も一定の理解も示しています。

仕事の外側、表面上の方法論やセオリー等の話ではありません


もとさん

弁護士ってと言うのはこの弁護団を見て、がっかりした感想ですが、貴方の好き嫌いまで考慮してはかけませんので、いやなら無視して下さい。

後弁護士の弁護の方法については一定の理解を示していると明記してますけど?
冤罪は無実、比較考慮になりません。
この被告が無実とでも言いたいんですか?

++++++++
まだ結果が出てないので解りませんが、
私はこの弁護団の主張を何一つ信用していません。
うそ臭さがプンプンするんですよ。
何を読んでも、何を見ても、狙いは死刑廃止にしか見えない。
なのでそれを覆す証拠が出されたら、全撤回しますし、自分の浅はかさを受け止めます。しかし現段階では何もかもがうそ臭い。なので司法制度を理解する云々ではないんですよ。

ファビヨンさん

誰にでも好感を持って読んでもらうとは思いません。スキルの問題も有るでしょうから、それは精進したいと思いますが考えなしの様な事を言われるのは心外です。

コメントの流れが速すぎてついていけなくなりそうでした(^_^;)
>No.133 ゲンさん
私も本件被告の犯行は極めて悪質で死刑が相当であると感じています。
しかし、その判断については、裁判所での厳正な審判の結果で下されるべきであり、「多くの国民が死刑を希望しているから」などという理由によって下されるべきではないと考えます。
>No.146 もふもふさん
刑事の私がこんな事を言うまでもないんですが、被告人の再犯の責任は、一次的には適切な構成教育を施さなかった刑務所が負い、二次的には公判廷においてその人物の再犯可能性を見抜けなかった裁判官が負うべきものです。
弁護士はその次くらいでしょうか。
ついでに言うなら、犯罪の抑止については、弁護士の責務ではなく我々警察官の責務です。
また、弁護人が強引な手を使ってゴリ押し(と見える)の主張を裁判所に認めさせたのならば、それは弁護士が優秀であるか、その主張が検察官の主張よりも説得力があったからであり、それは覆せなかったのは、検察と警察の力不足ということになります。
基本的に日本の裁判官は優秀ですから、検察官が適切な立証をしている限り、滅多な事では被告人のおかしな主張を全面的に認めるような判決を下す事はないと思っています。
>No.156 弁護士ってさん
興奮しておられるようですが、このブログのブログ主であるモトケン先生や惰眠さんをはじめとする多くの常連の方々は、基本的に「本件被告人は死刑が相当、弁護団の主張は説得力に欠け、法廷戦術としても不可解な点が多い。が、その事と刑事被告人の弁護を行う事とは別問題であり、その主張が社会正義に反するからと言って、部外者が恣意的に排除するような事は
許されない。」と考えていらっしゃるように思えます(違ってたらすいません)。
あなたが、被告人の主張をうそ臭いと思うのは自由です。(私も同感です)
しかし、それを判断するのは私達ではなく裁判官なのです。
それだけはご理解下さい。

>>No.153 モトケンさん
>安田弁護士は、自分たちの記者会見を聞いた人の多くが、「なるほど、そうだったのか〜」と納得してくれると思ってたのでしょうか?

この感覚なんです。安田弁護士に言いたいこと。


>>No.156 弁護士ってさん
>誰にでも好感を持って読んでもらうとは思いません。スキルの問題も有るでしょうから、それは精進したいと思いますが考えなしの様な事を言われるのは心外です。

なるほど。前回のもっと相手のことを考えて書いたほうが良いというレスは自分の勝手な解釈であって、実際は弁護士ってさんはいろいろな工夫をしながら書いてるのですね。そうであるのなら、申し訳ありませんでしたとしか言いようが無いです。

ただ一方で、読み手から見た率直な感想でもあるので、弁護士ってさんが意図した通りに伝わったかどうかを知ることの出来るバロメーターにもなります。だから参考にして欲しいとは思います。

それと、少しお聞きしたいのですが、モトケンさんに対して

>貴方の好き嫌いまで考慮してはかけませんので、いやなら無視して下さい。

と書いてますが、これだとモトケンさんたちのレスは必要ないということになってしまいます。

弁護士ってさんは、その思いを誰に伝えたいのですか?どんな人と意見交換を考えてます?

ちなみに、自分は弁護士ってさんとほとんど同じような感覚で弁護団のやり方に反発してますが、最近ここに意見をよく書くのは、ここに集まる人たちの意見が面白いし専門的なので勉強になることと、その人達と自分の言葉でいろいろ言い合いたいから書いてます。

あと出来ればハンドルネームは正確に書いてください。

>No.124 rijin さん こんにちは
刑事弁護の在り方が変わることが求められているということに同意します。
ただ、私が感じた事はそれ以前に、今70代以上の方たちが現役だった頃は、私が書いたようなことは当然わきまえておられたように思うし、今の40〜60代くらいの方たちも、自分がアピールする側ではなく求める側である時は、当然のようにその相手方に同様のこと(信頼を得るための自己犠牲)を要求しているように思うのです。しかし、自分達が要求されている時は、それが求められていると言う事自体に気づかない。
例えば法曹の方が医療者に対してアドバイスする時は当然のように、それを求めるのに、自分達が要求されている時は、それに気づかない。それは単純な世代論ではなく、社会の風潮なのでしょうが、最近の世の中がギスギスする、大きな一因であると感じております。


>No.145しま さん こんにちは。
私のレスが、そのような一般化の出来ない、あくまで個別的具体的な事例とその対処への考察である事は、自明であると思いますし、それが判るよう明瞭に書いたとも思っておりますが、もし私の文章の拙なさから誤解を招いたのなら申し訳ありません。
上段のrijin さんへのレスの内容にも関連しますが、社会人として経験を積まれている方ならば、えん罪の被告ならばえん罪の被告なりのアピールの仕方があり、それは当然に光市母子殺害事件の場合とは異なる事ということはお解りになっていると考えておりますが、違うでしょうか?えん罪の被告なら、それこそ被告が本心から「冤罪です。信じてください!」と泣いて見せれば、それで十分なアピールでしょう(裁判官ではなく、野次馬への)。
しま さんはそのような事はすべてお解りになっていながら、あえて誤解して見せて軽く挑発されているのかなとも考えたのですが、申し訳ありませんが私はそういうのは苦手ですので、ご容赦ください。

 参考までに、刑事弁護士というのは、塀の中から動かすことの出来る使いっ走りであり、外部と連絡を取るための鳩、ぐらいに考えている被告人が、少なくはないみたいです。
 まじめに、刑事弁護のことをまじめに考えている弁護士が実際は少なすぎるのかもしれない気がします。
 それと普通の生活をしていた人が、たまたまもしくは、突発的に間違いを起こしたような事件と、職業的な犯罪との区別すらな、ごちゃ混ぜになっているような。
 刑務所では、初犯と再犯は区別され、あらゆる点で別世界のような区別がなされているようです。簡単に言えば、前者は、厳しい学校のようなところ。後者でも私は1年ほど生活しましたが、裁判に関する話題など不満を含め、ただの一度も聞くことがありませんでした。
 一年もたたないうちに、私は6人ずつ10ほどに分けられたテーブルの2番目に座っていました。後ろのテーブルには、侵入者が追加されるシステムです。信じられないような回転率でしたが、法律上は、再犯(5年以内に…)の刑は、量刑のベースが2倍になっているはずです。
 建前と実際が、あまりにかけ離れていると感じましたが、これは全般に渡り、随所にある特徴みたいです。それだけ市民の感覚とのずれも大きいはずで、そもそも理屈で割り切れない、はちゃめちゃな世界(業界)になっている気がします。
 それは、問題が抱える本質に根ざすものであるのかもしれませんが。
 何でも被告人の言い分を代弁してやると明言しては、さらに誤解も拡散しそうな気がします。論理的に考える人が、本能的に欲求をさらけ出した人を支援する訳でもありますし。
 この事件は、特にその本能的な部分が表沙汰になっている(例の手紙)。

 「その9」を追加転載しました。

>No.147 ファブヨンさま
>こうなってしまったとき、弁護団がいくらどこそこが悪い国民の理解が足りないと主張しても、もう受け入れられません。

>No.151 M.T.さま
>記者会見もなし、マスコミへも一切情報は流さない。
>何をやっても言ってもどうせ叩かれるのだから、中途半端に情報を流さない方がよかったのではないかと思うようになりました。

>No.153 モトケンさま
>安田弁護士は、自分たちの記者会見を聞いた人の多くが、「なるほど、そうだったのか〜」と納得してくれると思ってたのでしょうか?

私は3人の方々のご指摘には全面的に同意です。

最近何かと話題になる、小売業サービス業の現場で「苦情処理」を連想しました。お客様が怒鳴り込んで来た場合、お店の担当者はとにかく最初の10分間聞くだけに止め、「ですがお客様…」とか「私どもとしては…」と言葉を挟んでお客様の言葉を遮るのはもちろん、お店側がお詫びの言葉を言っても何の効果もないそうです。感情が沸騰している苦情客の言葉の一つ一つに、その都度理屈で言葉を差し挟もうとすると、かえって火に油を注ぐことになり逆効果だそうです。

機関銃のように迸る苦情(怒り)の言葉を5分なり10分間聴き続けると、苦情客の怒りの感情が落ち着いてきて、お店側のお詫びを聞く心のゆとりが生じて来る。そこまで待って初めてお詫びを申し上げ、修理なり返品交換などの対応策を提案するのが「苦情処理の極意」だそうです。

そもそも弁護団への批判が出始めた最初の時期に、安田弁護士が小理屈で反論(模擬裁判も重要だ…云々)したのが一連の騒動のキッカケの一つですし、その後の弁護団揃っての記者会見でも感情論の批判に対して法律家の理屈で反論しようとした印象を受けました。これらは「苦情処理の極意」からすれば最悪の対応と言えましょう。

事態がここまで紛糾してしまったからには、安田弁護団はしばらく理屈での反論は控え、法廷での弁護に集中した方が得策ではないでしょうか。次回、次々回と粛々と公判を重ねて行けば、このモトケンブログや弁護士のため息ブログなどの法曹専門家の解説や見解、或いは江川紹子氏など世間に名の知れた方々の評論を世間が見聞きする機会も増えますし、その結果として刑事弁護の本質を正しく理解する人々も増え、世間の多数意見に占める「感情」と「理性」の比重が自然に変わっていくと思います。

弁護士のため息ブログに今枝弁護士も追加の投稿をされているようですが、一つ一つの質問や意見にその都度反論していくと冷却期間が無くなり、世間の感情論の炎は鎮まりません。今枝弁護士の誠実な態度や真摯なお気持ちは評価できますが、数日おきに直接ご自分で発表されるのはいかがなものでしょうか。今枝弁護士の言葉の持つ「世間に対する説得力」や「相手の心に染み通るパワー」をご自分で下げてしまうことを憂慮します。

ここは辛いことですが、当事者(弁護団メンバー)はしばらくはじっと堪え、刑事裁判や弁護の解説などは信頼できる「勝手な解説者」(例えばモトケンブログ常連さま、江川紹子さま等)に任せ、しばらく本筋(公判での弁護活動)に専念された方が良いかと愚考致します。

「弁護士のため息」ブログ管理者さまへ

上記コメントは、本来は今枝弁護士ご本人に直接伝えたい気持ちを込めて書きました。もし機会がありましたらお取り次ぎ下さい。ご本人の目に触れることになれば大変嬉しく思います。

 今、コメントを読み直しています。
 亀レス気味ですが少しコメントします。

No.31 通りすがり さん

>それって犯した罪を悔いるという被告が最も向き合わなければいけない物に対して背を向けさせる弁護手段ではないですかね。 弁護士の職責は分かるけどその辺の部分に関してはどう考えてるのか知りたいですね。

 そういう味方は当然ありうるところです。
 私も「被告人を守るということ」と「被告人の自己責任」において「但し、「被告人に有利な裁判」と「被告人のためになる裁判」というのは常に一致するとは限らないと思っています」と書いています。

No.66
 
>貴方は、如何なる場合においてなら、人様を殺す可能性がありますか?
ちなみに、私は、如何なる場合であっても絶対にありえません!!

 この発言者に対するコメントですが、
 あなたが殺されそうになってもですか?
 そのような場合は、理論的には正当防衛が成立しますが、実際の捜査や裁判では、だれもあなたが殺されそうになったとい事実を信じてくれない場合があり得ます。

 なお、被告人を死刑にすべし、と言う人は、裁判制度を利用して人殺しに加担していると見ることができます。
 また、裁判官の中には死刑判決を言い渡したくないと考えている人がいるように思われますが、その理由として、自分(裁判官)は人殺しになりたくない、という意識が働いていることが想像されます。

No.125 ようやく3年目 さん

 ようやく3年目 さんの日本人の意識の問題は理解できます。
 しかし、この問題を持ち出すと問題の切り分けのできない人によって荒れる可能性が高いです。

>何人かの方へ

>本件は冤罪ではない

 冤罪というのは最悪かつ典型的な「事実誤認」です。
 その意味で、弁護団は本件において「一部冤罪」を主張しているのです。
 その説得力の有無はともかく。

>rijin さん

 rijin さんは、弁護団に対する批判の問題と医療事故と司法の問題を本質的に同一視しておられるようですが、私の理解は違います。
 医療事故と司法の問題は、司法がどこまで医療事故に対してでしゃばるかという面を含む司法制度の運用の問題(及び制度の改善の問題)ですが、刑事弁護人の職責の問題は、刑事司法制度の根幹に関わる問題です。
 前者は、変えるべきところはどこか、という問題ですが、後者は、変えてはいけないところはここだ、という問題です。

 会計士X さん、こんにちは。

> 信頼を得るための自己犠牲

 あるいは広義のクライアントの期待をつなぎ止めるための無私と誠実でしょうか。

 えん罪を防ぎ、過剰な加罰要求に屈しないという結果においてだけでなく、手段や経過においても、一般社会の求める「正義」との間の整合性を担保することが、刑事弁護人に対する謂われのない冷視や蔑視を防ぎ、もう一度、刑事弁護の必要性をあらためて社会に認知させることに繋がるのではないかと思います。

 それでもなおかつ、現状のような戦術的対応に終始する限りにおいては、これから裁判員制度が始まろうというこのタイミングでは、事態の悪化を押し止めることはできないであろうと思います。

 重大事件に於ける刑事弁護は、被害者だけでなく、その非外観上を共有した裁判員をも新たな敵に回し、厳しい時代を迎えることを覚悟しなければなりません。

 そうなってはじめて、法曹、少なくとも刑事弁護に携わる弁護士の皆さんの間で、問題の深刻さと戦略的対応の必要性が認識されるということになりそうです。この数日の議論に参加して、些かならず心配しています。

 モトケン さん、こんにちは。

 No.165の一部に御返事になりそうなところがありますので、ちょっとお目通しを頂ければ幸いです。

 医療を巡る状況は、訴訟だけが問題ではありません。訴訟に至らないレベルでの紛争は日本中のほとんどの病院で毎月のように経験しているところです。…大きな病院では毎日のように、と言っても言いすぎではありません。

 訴訟として表現されるのが紛争のほんの一部であるのと同様に、紛争として表面化することも、患者さんの感じている不満のほんの一部に過ぎないと考えるべきでもありましょう。

…実際、外来診察や回診が、ギスギスしたやりとりで中断されることはもはや日常茶飯事です。医師や看護師に対する暴力行為は珍しくなくなりました。

 病院現場の働く医師・看護師の全てにとって、もはや患者さんやその家族は油断のならない潜在的な敵であり、マスコミに代表される世間は、つねに待ち構えている強大な中ボスのようなものであるとでも言うような、一種の被害妄想が蔓延しつつあります。

 医療訴訟は重要な局面を形成していますが、それが全てではありません。その周囲にはさらに深刻なひとりひとりの患者さんとの紛争が生じる毎日があるのです。

 問題の本質的解決のカギは、医療訴訟にはない、逐次的対応と戦術的対応の重要性にも拘わらず、それはある意味で根本原因ですらなく、表現されたシグナルの一つに過ぎないと考えています。

 医療を巡る状況が、刑事弁護を巡る状況と同根であると考えているのは、それが、プロフェッショナルの常識と論理に対する明確な否定であるだけでなく、プロフェッショナルがプロフェッショナルであるが故に、最終的にしばしば世間から聖別・賤別の原因となる「わけのわからなさ」から自由になれないという弱点を正確に衝いているからでもあります。

 自分の実家の母に、刑事弁護の正当性などという議論を聞いてもらえるとは思えませんし、医療の本質に横たわる不確実性・仮説性について聞いてもらえるとも思いません。

 聞いてもらえない、相手にされないということが重要なのであって、聞いてもらえれば分かるように説明できるなどということは、何の力にもならないのです。

ファブヨンさん

伏してお詫び申し上げます。。

いつも興味深く読ませていただいています。
オードリーさん、こんど事務所に遊びに来て下さい。

さて、http://beauty.geocities.yahoo.co.jp/gl/imajin28490/view
に自分のホームページ(ジオログ)を立ち上げ、弁護人の更新意見書をアップしていっていますので、よろしければ参考にしてください。

ながれ読まずにいきます。すいません。


読んだ感想ですが、「で?」と言いたい。
もしこれがもっと早い段階・・・
裁判をちらつかせる前であれば効果もあったと思います。
しかし、既に裁判をちらつかせている以上、「一般からの懲戒請求に対し、裁判をちらつかせて恫喝する弁護士」のレッテルを剥がせる強さは無いと思います。
#橋下弁護士に煽動されているから訴えないと言うのはつまり、「煽動されていなければ訴える」というように読めてしまうし、そう読めば「煽動されていても将来的に訴える可能性」をちらつかされているようにしか思えません。

主張しないよりはした方が良いでしょうけど、遅すぎです。
おそらく一般に弁護士にもたれていた「正義」とか「真実を追究」とかというイメージは、警察が不祥事で失ったように崩れ落ちていくんだろうと思います。

> No.162 法務業の末席様
>最近何かと話題になる、小売業サービス業の現場で「苦情処理」を連想しました。(中略)感情が沸騰している苦情客の言葉の一つ一つに、その都度理屈で言葉を差し挟もうとすると、かえって火に油を注ぐことになり逆効果だそうです。

 私、昔小売サービス業でカスタマーセンターにいて「苦情処理」をやってたことが有りました。大失敗も何とか鎮火できて良かった案件も有りましたが、確かにその通りでした。体験から振り返ると、「この時点でこれをお客様に言ったら絶対怒るだろうな」と言う配慮が必要で、その配慮が有るから、「5分10分と言うか、まずお客様の言い分を全て聞こう」という判断に成るんだと思います。鎮火できたときは、全部聞けて「酷い目に有ったようだから何とかしてあげなきゃ」と思えたときで、大失敗したときは、途中で遮って「そりゃもっともですが、これはこういうものでして」と理屈を返したときでした。
 
>モトケン先生、ファブヨン様、法務業の末席様
>安田弁護士は、自分たちの記者会見を聞いた人の多くが、「なるほど、そうだったのか〜」と納得してくれると思ってたのでしょうか?

 安田弁護士は、別に苦情対応者じゃありませんが、私は、上記の点を考えると「この時点でこれを言ったら聞いてる人達絶対怒るだろうな」と言う視点が決定的に欠けてた記者会見だったんじゃ無いかと思います。
 
 あくまで妄想ですが、安田弁護士の記者会見の意義は、「事実誤認により少年に近かった被告が死刑になろうとしている。そんな刑事裁判の駄目っぷり(私が弁護する意義)を世間に知らせるために記者会見だ。本村さんへの配慮?被告への今後の影響?いや、この記者会見ではそれは全く配慮していないから」というのであれば、聞いた人が納得できずに怒るわけも、何か被告のために成ったのだろうか?という疑問についても私は、納得できるのですが。
 
 事件の内容と皆が怒っている状況を考えると「刑事事件の弁護」に対する理解を求める記者会見なら、「感情面に油を注がない配慮」が無いと理解以前に話を聞いてくれなくなると思うので、その配慮が感じられなかったあの記者会見は、「刑事事件の弁護」に対する理解を求める記者会見に成ってないと思います。
 
 「刑事裁判の正しい進行」にのみ目が行っていて、他の影響に対する決定的に配慮が決定的に欠けてたから記者会見やっていても中途半端に見えるんじゃないでしょうか、というのが感想です。

思うんですが、モトケンさんの仰る「刑事弁護人の職責の問題は、刑事司法制度の根幹に関わる問題」であるならば、危機意識は本来、法曹三者が全て共有すべきではないでしょうか。
 そうすると、弁護士業側からの発信には聞く耳持たぬ人が少なくない恐れのある今、例えば検事総長や最高裁長官、もしくは法務大臣あたりが「極めて異例」な「遺憾の談話」を発表するのがいいんじゃないかなぁと思ったりします。

>>No.167 弁護士って・・。さん

はい。謹んでお受けいたします。
今後ともよろしくお願いします。

>>No.168 今枝仁 さん

開設おめでとうございます。
今後お邪魔させていただきます。

>>No.162 法務業の末席さん
>>No.170 ばりんさん

その苦情ですが、一時期とても厄介なもので、繰り返す人はクレーマーと呼ばれて他のお客さんと差別する傾向にもありましたが、苦情は宝物と言う考え方も広がり、わざわざ悪い点を指摘して頂いてる。そういう不便さがあるのならそこから新たなサービスや商品の開発に繋げよう。と言う形にも成りつつあるようですね。

>>No.171 惰眠さん

弁護士の自治を重く考えるのなら、その談話と並行して懲戒請求の制度を拡大した新たな制度の設立が有効だと思います。
一般企業のように監督官庁があれば、今回のような問題になるといきなり懲戒にあたる重い処分を下すことはありえませんが、口頭注意や訓告と言うような形で多少の自省(自制)を求めることが出来ます。
当然裁判での弁護方針はそのままであるべきと説明しつつ、記者会見などの場ではそれに見合った配慮を要請したと発表すれば、謝罪会見に近い沈静効果が期待できると思います。
国民は、弁護士にはその上に弁護士会と言うしっかりした組織があるんだな。と思えるし、弁護士側に取っても自治を維持出来れば出来るほど、本当に権力と戦うときに有効です。また、今回のようなケースでも、担当弁護士の処分が妥当なもの(裁判としては無罪だけど世間への公表の仕方で注意勧告)であれば、今後は処分が明確になるわけだから、弁護士に取ってグレーゾーンで常に弁護士生命を懸けるリスクはなくなり、より権力と戦うグレーゾーンへの飛込みがやり易くなります。
(ま、逆手に取ってギリギリの悪いことする悪徳弁護士も出てくる可能性ありますが・・・・)

敢えてどんな内容の談話を期待してる(?)かを書かなかったんですが、やっぱり逆に受け取られちゃったみたいですね。

 私が想定しているのは「刑事司法において検察と弁護は両輪、エンジンとブレーキのようなものである。そのことを正しく理解しない批判は刑事司法制度の基本構造を傷つけ、法による正義の実現を困難ならしむるものであり、昨今のマスコミ報道や抗議行動のあり方は遺憾云々」の、世間の風潮に対して苦言を呈するものです。

>世間の風潮に対して苦言を呈するものです。

そうだったのですか。
それは失敗してしまいましたが、実は、自分もその世間の風潮を理解する側でありながら、さすがにしつこいなと思ってます。

強い興味を持ってる人なら、相手の言い分にも興味が出てくるはずだし、感情的に怒ってる人にしてもそのテンションが持続し続けることはないですから・・・。

自分は国民に大きな非はないと思ってるので惰眠さんとは逆ですが、沈静化して欲しいという気持ちは同じつもりです。

>No.138 ひらの さん、No.142 M.T. さん
>上記は皆、被告人が述べていることです。被告人が述べていることを弁護人が変更して主張することはできません。

その点は理解しました。常識的には理解不能なことでも弁護士は言わなければならない、と。こういう被告人だと弁護士もつらいんですね。

>No.144 けん さん
フォローありがとうございます。二通りに解釈していただいたところですが、僕が言いたかったのはその両方です。たびたび分かりにくくてすみません。

>>No.174 ファブヨン さん

>自分は国民に大きな非はない

同感です。
「刑事弁護に無理解」という表現もいかがなものかなあ…と最近思います。
多くの国民はこれまで、刑事弁護について考える機会などほとんどなかったわけですから、そこにいきなり「死者復活の儀式」やら「ドラえもん」なんていう難しい例題を提示され、それを理解できなかったところで「無理解」呼ばわりされても…と。

>No.174 ファブヨンさん
私も「非がある」とまでは思ってませんよ。「まだ理解できないのかよ」くらいの感覚はありますが。

>No.176 けん さん
それは、単に事実を指摘されてるだけですよ。
サッカーのことを何も知らない人が「オシムの采配はおかしい!」とか「シュートを決められなかった俊輔はヘボだ!」とか言い始めたら「お前なに言ってんの?サッカー分かって言ってる?」ってなるでしょう。それと同じことです。

参考までにご紹介いたしますが、モトケンさんが引用しているHP製作者の嘆き(http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2007/09/12/1852)の一節に

素人を理由にした社長は「私が分からなければ訪問者も分からない」と自慢気でしたが「あんたより知らない人を探す方が大変だよ」という台詞を飲み込んだのは直属の上司が後で虐められるからです。
知らないことを恥じずに自分が正しいと押し通したり、ホームページで飯を食べているプロの私にズブの素人がご高説を垂れます。
一般常識から見て異常な光景がまかり通ります

と言う記述があります。
なかなか示唆的な話じゃありませんか?

No.174 ファブヨンさん

こんにちは。いつもコメント読んでいます。感想をお送りします。

「…国民に大きな非はない…」

 1.この点についても、ぼくは「問題の切り分け」が必要だと考える。
単に、「刑事弁護や訴訟手続きの意義についてなかなか理解できない」とか、「弁護団の考え方が理解できない」というだけならば、やむをえないと思う。
 
 2.しかし、「十分に調査しないまま懲戒請求をした」という人が「国民」の中に含まれるならば、その人はやはり間違っていたとぼくは考える(“「非」がある”という捉え方が当てはまるかどうかは別として…)。
 このことは単なる“結果論”ではない。
今回、十分な確認もせず懲戒請求をしたのならば、「懲戒」という言葉そのものに対する理解が決定的に欠けていたのだと思う。これは、“専門的知識”の有無という次元のことではない。「これまでの経緯などを直接把握していないけれども、本当に“懲戒”など、求めても良いのだろうか?」と考えるだけの“思慮深さ”が欠けていたといえる。

 3.この意味において、懲戒請求を促した弁護士とは全く別に、軽率にも懲戒請求をした人に、“独自の”マイナス点がある、と考えています。


>>No.177 惰眠さん

>「まだ理解できないのかよ」くらいの感覚はありますが。

ニュアンスこそ違えど同じ感想を持ってます。

ただ、引用部分なのですが、(大きなところは違うのでしょうけど、)雇用者被雇用者に関わらず、国民の多くが似たり寄ったりの毎日だと思います。そこでは、良い悪いとは別に、社会の慣習として我慢することを先輩に教えられ、後輩に指導する。そうやって頑張ってきたといのも事実で、裁判のときだけその叩き込まれた姿勢から脱却せよと言うのは、なかなか難しいと思われます。
理屈上の正しさとか、本当の人間としての正しさのような価値観とは無縁のところで、会社のため家族のためと苦悩葛藤を強いられて、我慢出来る出来ないは一人前であるかどうかの尺度のような受け取られ方さえあります。

これを社会背景と考えるなら、社会全体の風通しをよくしていく必要があると同時に、現段階では説明する側もある程度社会背景に合わせるしかないと思います。


a.x.さん

コメントありがとうございます。
丁度これから仕事に出るのでしばしお返事できないことご了承ください。

>Q 不謹慎な手紙について
以下引用省略

ダメだこりゃ。
相手にするだけムダなのが分かりました。

>No.180 七誌 さん

 例の手紙については、「被告人質問の検討(光市母子殺害事件差戻審)」で少し触れています。

 私も、どう取り繕っても無駄と思っています。

 1審の弁護人の努力を被告人自らが吹っ飛ばした手紙です。
 あの手紙から被告人の反省をわずかでも読み取った控訴審の裁判官の頭の中には、死刑判決をしたくない、人殺しにはなりなくない、という気持ちしかなかったのではないかと思えます。

 あの手紙から弁護人が主張できることがあるとすれば、唯一被告人の人格の未成熟さだけでしょう。
 無抵抗な二人を殺したにもかかわらず反省できないほどの未成熟さです。
 しかし、このような未成熟な人格は極めて危険な人格であると考えられます。

>>No.180七誌さん
 書き方からすると手紙に関してこんな擁護をする今枝弁護士を相手にするのは無駄だと言いたいようです(違っていたらすみません)。私もあの手紙は擁護しようがないと思います。ただそれでも今枝弁護士のような人は弁護人として絶対に必要です。それが弁護人の役割だから仕方ない〜、という消極的な理由ではなくなぜ刑事訴訟に(無駄とも思える)被告人の主張を擁護する弁護人が必要なのかということまで考えると今のところこれ以上のシステムはないからです。


>No.181 モトケンさん
 私がこの事件のことを知ったのもこの手紙のことがネットで取り上げられていたからです。はじめは既に無期懲役が確定した後に書かれたものかと勘違いしていましたが検察官控訴により広島高裁に係属中であると知って被告人には死刑願望でもあるのかと驚愕した覚えがあります。事件の内容に憤激するよりもまずそれが頭に思い浮かびました。

 15年前に未成年であれば死刑にならないと思って19歳の少年が一家四人を強盗目的で殺した事件がありましたが、この事件では一審で死刑が求刑されていますから手紙を出した時点では死刑の可能性も十分あるとわかっていたはずです。果たして未成熟という言葉で言い表せるのかどうかもわからない人間性の欠落を感じさせます。

 仮定の話ですが今思うのはもし1審で死刑判決が出ていたらということです。そうしたら被告人はあのような手紙も出さず、ひたすら反省(したふり)をして必死で死刑を回避しようとし、もしかしたら高裁で破棄されて無期懲役に減軽されていたのかもしれません。

>>No.177 惰眠 さん

仮に目の前の人が「刑事弁護に無理解」であることが事実であっても、「あなたは刑事弁護に無理解なようですが…」と事実をそのまま指摘してしまうと、相手の神経を逆撫でしてしまい、建設的な議論になりずらいだろうということも暗に言いたくNo.176のコメントは書きました。

惰眠さんがご紹介してくださったHP製作者と社長さんのお話においても、HP製作者が社長さんに「あんたより知らない人を探す方が大変だよ」と事実をそのまま指摘してしまうと、事態が悪化することはあっても、好転することはあまり無さそうな気がしたりします。

>モトケン様
匿名書き込みにご丁寧なレスありがとうございます。
こちらのブログは、5,6月あたりから拝見させてもらっております。リンク先のエントリもすでに読んでおります。
>私も、どう取り繕っても無駄と思っています。
いえ、そこをうまく取り繕って来ると思っていたので、がっかりしてしまいました。

>ひらの様
ご解釈の通りですが、あの程度の弁護(ネット上での一連の発言)なら無いほうがマシでしょう。
たとえば斜視がうんぬんに関しては、斜視だから睨んでるように見えたとか書いてるヒマがあったら、遺族に向かって頭の一つも下げてから退廷するように指導すればよろしい。

No.180 七誌 さん 、No.181 モトケン さん、No.182 ひらの さん

手紙については、弁護団が被告人をどう擁護しても擁護しきれるものではないとは思いますが、

>A君は、検察に「こういう手紙をもらっている」として被告人の手紙を提出しながら、並行して、被告人に手紙を書き、その中で被告人を挑発し、誘惑してことさら不謹慎な手紙を書かせています。

という部分の事実関係については、裁判で徹底的に明らかにして欲しいと私は思っています。

七誌さま
>たとえば斜視がうんぬんに関しては、斜視だから睨んでるように見えたとか書いてるヒマがあったら、遺族に向かって頭の一つも下げてから退廷するように指導すればよろしい。

いやまったくもって同感です。しかし、被告人は「悪気はなかった」「危害を加える気はなかった」と主張してますから、弁護団は「あんまり申し訳なさそうにするな」と逆に指導しているのかもしれませんが。

けんさま

私もその点は気になっています。A君の手紙の内容や手紙に絡む検察の動きを具体的に検証しないままこんな主張をしても何の説得力もないと思っています。

No.173 惰眠 さん>

>刑事司法において検察と弁護は両輪、エンジンとブレーキのようなものである。
>そのことを正しく理解しない批判は刑事司法制度の基本構造を傷つけ、

つまり、刑事裁判と言うものは「犯罪者を裁く場」では無くて、「検察側の主張が妥当かを検証する場」であり、「犯罪者に対する裁き」は、その結果として出てくるものに過ぎない、と考えた方が良い訳でしょうか?
(惰眠さんの投稿を見る限りでは、そう考えた方が、刑事裁判の仕組を理解しやすいように思えるので)

コメント欄から、弁護士に対し作戦の指示が出て居るみたいですが、それこそ大きなお世話なのでは?
ブログ上で裁判が進行している気がするのかな。

懲戒請求もそれと似ていて、マスコミやネットで感情移入して文句をつけた人が居る、と言うことかと思います。

No.159 会計士X さん

えん罪の被告ならばえん罪の被告なりのアピールの仕方があり、それは当然に光市母子殺害事件の場合とは異なる事ということはお解りになっていると考えておりますが、違うでしょうか?
えん罪の被告なら、それこそ被告が本心から「冤罪です。信じてください!」と泣いて見せれば、それで十分なアピールでしょう(裁判官ではなく、野次馬への)。

どのようなアピールをするのかは仰るようにケース・バイ・ケースでしょう。明らかな殺人であり、弁護が詭弁であるのなら仰るように、被害者に配慮しなければならないでしょうし、えん罪なら不当逮捕だと、正々堂々と弁護すればいいのかも知れません。しかし、問題は何を持って「えん罪」と判断するかです。

被告にとっては身に覚えのない、明らかなえん罪の場合でも、マスコミが「明らかな犯罪」として扱った場合、何を言ったところで世論は被告の主張を受け入れないと思います。このような場合では、仮に被告が泣き叫んだところで、社会の怒りを呼ぶだけでしょう。

一般国民が真実を判断する事は不可能な以上、被害者を配慮した弁護活動というものは、結局は国民感情・世論・マスコミにおもねった弁護活動を強いられるという事になるかと思います。

>No.189 しま さん

やはり誤解されていると思います。
私が問題と考えているのは

>問題は何を持って「えん罪」と判断するかです。
>国民感情・世論・マスコミにおもねった弁護活動を強いられる

と言った事ではなく、また被害者に配慮した弁護活動が必須と思っているのでもありません。弁護団の方々がアピール不足だと申し上げましたが、どのようなアピールをするかはもちろん、アピールをすべきか否かもケース・バイ・ケースです。仮に被告が泣き叫んだところで社会の怒りを呼ぶだけならば、ここでも何人かコメントされているように、記者会見もしないというのは有効な選択肢であると思います。
問題とすべきなのは、弁護団の方々がアピール不足である背景であり、それは、
・理解は信頼の後についてくるという認識
・自分達の発言が、法理論や建前や制度論とは別に、現実に世間からどのような反応を受けるかという認識
・信頼を得るために自分達にどのような事が要求されているか、どのようなアピールが必要とされているかという認識
が不十分だったからと考えます。そしてこのような認識は決して難しいものではなく、少なくともこれまでは、政治家でもビジネスマンでも主婦でも普通に認識し、実践してきた事であるのに、なぜ優秀な弁護士である弁護団の方々が、このような基礎的なことが不十分であったのか?ということに私の問題意識はあります。
その原因は
・社会全体の風潮(他者への要求水準は上がったが、自分が要求されている事を感じる能力は下がった)
・業界の問題(これまでは刑事弁護が「聖域」であったが、近年は世間の批判に晒されるなど環境が変化した等)
・弁護団の個人的問題(本人の資質、思想、衰え等)
などが考えられると思います。
原因はいずれにしろ、刑事弁護等の制度が現実に機能するには、その制度を担う人が、信頼を得るために要求されている事は何かを認識しない限り、建前や制度や法理論をいくら整備し周知させても、無意味なのです。信頼を得るために要求されている事が何かを認識した上で、それを負担する事は無理だから何とかしよう、という議論は(医療問題に見られるように)当然ありだと思いますが、それもまず要求されている事自体の認識がなければ何も始まりません。

活発な議論が交わされておりますが、ようやく最新のコメントまで読めました。
ブログの記事とともに、コメント欄もとても勉強になります。

ここまで読み終えて、感想もいろいろあるのですが、
モトケン先生の『弁護団は本件において「一部冤罪」を主張しているのです』というご説明、特にこれを読んで腑に落ちる感じがしました。冤罪の危険とそれを防ぐ制度の必要があることは誰も感じているところだと思うんですが、冤罪と一部否認事件(という言い方でいいでしょうか?)を断絶して考えるのはおかしいですね。
なんかすっきりしました。

今回の懲戒請求騒動の原因が刑事裁判への無理解にあるとすれば、逆に今回の騒動が刑事裁判への理解の浸透という結果をもたらすかもしれませんね。
わたしもこの件で多少なりとも理解が深まった一人ですし。

>>No.178 a.x.さん

懲戒請求についてですが、自分も興味があってシミュレーションを兼ねて弁護士会に問い合わせてみました。

自分もテレビで橋下弁護士の発言を聞いたとして、「なんだか簡単に協力できることがあるらしい。問い合わせて見るか?」と言う気持ちになったと想定して電話してみました。

電話していくつかわかったことがあります。

1.問い合わせ先に担当窓口がある。

各弁護士会には市民相談窓口と言う、我々一般人が法の手続きや制度について問い合わせることのできる(総合案内兼受付のような)窓口があることが分かりました。

2.懲戒請求について分かったこと

懲戒請求で審議するのは弁護士を首にするかどうか。裁判を妨害するために悪用して請求した人が責任を問われた例もある。別の制度として(本件とは無関係ですが)紛議調停と言う制度もある。

3.各弁護士会について分かったこと

各弁護士会は横のつながりが希薄。よって懲戒請求の書式や手続きも細部で違いがある。

以上の実体験から、市民窓口(大変丁寧に教えてくださいます)の方とよく相談の上で書き込む書類など送付してもらって懲戒請求を出した人は、本当にその人が思うところあってきちんと形にしたかったのだから、そのこと自体を批判する気にはなれないです。

でも、あえてa.x.さんの意見と近い感覚に思えることを自分の中で探すとするならば・・・。

DLサイトの人ですね。最初一般の親切な人が先走ってやっちゃったのかな?と思ってましたが、改めて見直すと、この制度に詳し過ぎです。司法に関係する人なのか良く調べた一般の人なのか分かりませんが、ここまで詳しい人がこんなサイトを作ったらアウトです。

簡単にまとめると

「怒ったり疑問を持っただけ」

「窓口を通して正規のルートで請求した人」

ここまではセーフ。

「ネットだけで気軽に乗ってしまった人」

この人はアウトの可能性ありますが、弁護士会側にも広報を怠った非があることと、心根は単純な世人であることは間違いがないので、アウトであるなら救済されるべき。

「DLサイト製作者」

完全にアウト(ただしどこまで罪に問えるかは微妙)


自分の場合こんな感覚です。

>>185
同感です。
>186
いえ、被告人はすでに謝罪の手紙を送っており、さらに「反省の兆しが遅まきながら芽生え始めている」という弁護側の主張にも合致する行為です。

既出でしょうが、例の最高裁判を掲示してみます。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20070424155439.pdf

懲戒請求が事実上又は法律上の根拠を欠く場合において
請求者が、そのことを知りながら又は通常人であれば普通の注意を
払うことによりそのことを知り得たのに、あえて懲戒請求をするなど、
懲戒請求が弁護士懲戒制度の趣旨目的に照らし相当性を欠くと
認められるときは、違法な懲戒請求として不法行為を
構成すると解するのが相当である。
----
>フアビヨン様
>「怒ったり疑問を持っただけ」
>「窓口を通して正規のルートで請求した人」

この判例に照らし合わせれば、いずれもアウトです。
請求ルートがどうであろうが、請求者がいかに真摯な態度で
望んだかは要件として求められていません。

No.192ファブヨンさんへ

 お返事有難うございます。遅れてすみません。全体的に、僕もほぼ同じように考えています。

 1.今回の懲戒請求に対しては、法的諸問題とは別に、請求者が「いかに能動的に動いたか?」という視点からも考えている。
 自ら問題点を確認・把握し、“それでもなお”というならば、仮に、根拠が的外れでも制度趣旨から外れていても、その行動自体は一応尊重したいと思う(もちろん法的責任の問題は別)。しかし、こういう人はまずいないでしょう。

 2.僕が問題視するのは「気軽に乗ってしまった人」。
自ら動くことなく間接的な情報に依拠したまま、流されて請求してしまった。テレビ等の影響を前提にしても、主体性に欠け無責任ではないだろうか?
 また、“懲戒”という言葉に対する緊張感が欠けていると思われる(これは“広報”がなくても当然自覚すべきではないか?)。

 3.そのような意味で、僕は、“気軽な人々”に問題を感じるのです(単にテレビの「煽動」に影響された、というのではなく、“その人自身の問題”として)。

>>No.194 pongさん

説明不足をお詫びします。

>「怒ったり疑問を持っただけ」

これは怒っただけで懲戒請求を出してない人のことなのです。

>「窓口を通して正規のルートで請求した人」

これは市民窓口で説明を受けて、その説明と照らし合わせて考えても、懲戒請求に当たると判断して出した人のことです。

だから出してない人は完全セーフですよね。

問題は、真摯な態度で説明を受け熟考して送った人ですよね。

しかしご紹介の判例は本件と異なる部分がかなり多いです。
また、橋下弁護士の話を聞いての行動なら、上記判例の義務にあたる部分はクリアーしてると考えることが出来ます。

この2点を根拠にセーフだと主張します。


>>No.195 a.x.さん

(返答時間は気にせずということにしましょう。)

まず、おおよそのことは分かります。

ただ、別スレッドのhatty(一般人) さんの発言によるとテレビとは関係なく御自身が独自の考えで懲戒請求したと言う人もいるようです。

http://www.yabelab.net/blog/2007/09/10-104238.php#c78443

だから、3900人の中にはまだまだいろんな考えや経緯で懲戒請求に至った人がいるかもしれませんね。

それと受動的な人ですけど、世の中全員が能動的になってしまうと船頭多くて船進まずとなってしまうので、受動的であること自体はまるで問題ないと思います。

なかには、本当に酷い人いいかげんな人がいると思いますけど、どうやって見分けるかが難しいですね。
一網打尽にすると、素直で善良で相手に合わせてくれる人達がかわいそうです。

はじめまして。
元検様の記事からも皆様のコメント欄からも勉強させて頂いております。
とりわけ 惰眠様 No.171・No.173 の

> 危機意識は本来、法曹三者が全て共有すべきではないでしょうか。

> 例えば検事総長や最高裁長官、もしくは法務大臣あたりが「極めて異例」な「遺憾の談話」を発表するのがいいんじゃないかなぁと思ったりします。

にはわが意を得た思いで深く同感いたしました。
私はむしろ、この状況で沈黙するということから(適当な連想かどうかわかりませんが)「加藤紘一さん宅放火事件のあとのリーダーたちの沈黙」を連想しております。両者イコールでは無論ありませんけれども。

再度で失礼致します。念の為補足です。

私 > 「この状況で沈黙するということから」
の主語ですが、
この状況で「裁判所・検察関係の方々が」沈黙するということから、
の意です。

失礼をばいたしました。

No.196ファブヨンさん

 拝見しました。有難うございます。
“船頭…”についてはその通りと思います。
ただちょっと補足ですが、僕は、“リーダーシップ”のことを取り上げたのではないのです。
身近な例で考えると、“進路選択”の場合でしょうか。
周囲から様々なアドバイスを受けるにしても、
自分で判断しなければなりません。
受動的では困ることもあるでしょう。
このような意味で“能動的”“受動的”という言葉を使いました。
 それでは失礼します。

>>No.199a.x.さん

>身近な例で考えると、“進路選択”の場合でしょうか。

なるほど。たしかにそうですね。

いろんな選択場面で、自分などは良く躊躇して後で後悔する性質ですが、一歩を踏み出す勇気を羨ましいと思いつつ、それに踏み切れなかった自分の心の言い訳は、責任の怖さだったりしますから、そう考えるとある程度は責任ありだとみなす意見にも頷かざるを得ないです。

>No.187 万年下っ端プログラマさん

いえ、罪を裁くのが刑事裁判の目的です。
ただ、その大目的を達成するために採用されているのが、法曹三者にそれぞれ異なる役柄を割り振ると言った仕組みということです。
つまり検察にはひたすら被告人を責め立てる役割を、弁護人にはもっぱら被告人を庇い立てする役割を、裁判官にはその両者の言い分を虚心に聞いて結論を下す役割を、それぞれ分担しているわけです。

私は車のエンジンとブレーキを例にしましたが、実際の運転と違うのは、アクセルもブレーキも「緩める」側の操作は行われない点でしょうか。

今枝仁弁護士ほか弁護団の言動は遺族の感情並びに国民感情を傷つける以外の何ものでもない。弁護団の常軌を逸した数々の行為に対し、弁護士であるまえに、まっとうな人間であってもらいたい。一言恥を知れと言いたい。あなたたちは国民の敵だ。

勝手に国民の代表になりすますなよ。恥を知れ。

 消さないかわりに一言

 脊髄反射という言葉の意味考えたことありますか?

まず弁護団を批判するのは的はずれかな、とは思います。
彼らがいなければ司法は成り立たないし
あくまでもプロとして仕事をしてるだけなのだから…
ただ、それだけに今枝さんのあの涙は理解できないですねぇ。
納得のいく説明をご本人から聞きたいです。

あと、ご自身のブログ等で少年の擁護をするのは
火に油を注ぐだけでしょうね。
例えそれが真実であっても、
マスコミを含めた世間一般はそこに耳を貸そうとしていませんし。
上記も含めて、弁護団がマスコミに顔を出しすぎたんだと思います。
特に安田弁護士の態度が…あれでは誤解されかねませんね。
みんな深い部分では、弁護団が間違ってるとは思っていないとは思いますよ。
(一部例外はいるでしょうけれど)
ただ、納得できない部分が多いためにこういう事態になったんだろうな、と。
まぁ法というテンプレートに則る以上
関わった人間全員が納得する裁判なんてあり得ないでしょうけれど。

おそらく元少年は、生来行き当たりばったりな性質で
物事を深く考える能力がないんでしょうね。
発言や感情に一貫した物がなく、反省もできない。
だからこそ、本人に接した事のない我々には
世間一般の感覚からかけ離れた彼の性質を
全く想像・理解できないんだろうと思う。
理解できないから、その「理解できない人間」を
弁護する人間に怒りの矛先が向く、と。

とりあえず、裁判官には分かりやすい判決を望みます。

>No.205 ヒロスギ さんの
>理解できないから、その「理解できない人間」を
弁護する人間に怒りの矛先が向く、と。

 同感ですね。
 民事、刑事を問わず、弁護士にこういう感情が向けられることはよくあります。今回の場合は、特に極端だと思いますが。

 今後、弁護団はどういう対応をしたらいいと思われますか? 
 私は、最初の安田、足立両弁護士の記者会見には反対でした。しかし、それを出発点としてしまった以上、また、これだけマスコミによって次から次へと誤報が流されている以上、弁護団としても何らかの対応をせざるをえないと思うのですが。

>No.206 M.T.さま
>今後、弁護団はどういう対応をしたらいいと思われますか?

私の考えは、まず第一にIT環境での情報公開は、支援弁護団でのPDFファイル公開のように、キチンと全てを一度に公開する、というスタンスで臨むべきと思います。部分的に主張を公開し、その都度質疑応答や議論を受付けるやり方では途中で「炎上」したり、中途でTVや他のサイトなりに勝手に飛び火したりで、情報発信者のコントロールが利かなくなるリスクが大きすぎます。

第二に、議論の場は別に設けるべきです。それも出来れば匿名の議論となるIT環境ではなく、公衆の面前での対面討論会を臨みます。出来れば学生運動全盛期の「全学集会」のように徹底的なディベートが理想です。安田弁護団なり今枝弁護士が自分達の今後の法曹人生を賭けて臨むのであれば、参加する聴衆も自分お姿を曝して参加すべきで、匿名という安全圏でなければ何も言えないのであれば情けない人間だと思います。
もちろんアノ橋下弁護士にも招待状を出しますし、マスコミには全て招待状を出します。TV、新聞、ジャーナリスト、一般大衆、来る者は拒まずですが、招待状をお出しした方々のリストと出欠の返事は理由を付して公表しますので、会場にお見えにならない方がいれば、その方の世間での評価が違ってくるでしょう。

実際に実行するとすれば、適当なホールをまるまる3日間位借り切り、時間制限無しで誰でも参加できる討論会等はどうでしょう。開催時期は差戻し審の審理が全て終わり判決が出るまでの間が宜しいかと思います。
朝の10時から始めてメシはパンとオニギリをかじり、疲れた人は会場の片隅で毛布を被って仮眠する。一晩どころか二晩徹夜して3日目の夜に体力が尽きたところで終了…。
討論の仕切役は今回の裁判には直接利害関係が無く、法曹界と世間大衆との議論の経験が豊富な方が勤められることを希望します。(それは誰かって? もちろんモトケンさんですよ)

以上、いかがでしょうか?

No.207 法務業の末席 さん
>私の考えは、まず第一にIT環境での情報公開は、支援弁護団でのPDFファイル公開のように、キチンと全てを一度に公開する、というスタンスで臨むべきと思います。部分的に主張を公開し、その都度質疑応答や議論を受付けるやり方では途中で「炎上」したり、中途でTVや他のサイトなりに勝手に飛び火したりで、情報発信者のコントロールが利かなくなるリスクが大きすぎます。

同感です。
 私も、まさか今枝弁護士がああいう形で更新意見書を公開されるとは思ってもみませんでした。

>第二に、議論の場は別に設けるべきです。それも出来れば匿名の議論となるIT環境ではなく、公衆の面前での対面討論会を臨みます。

 刑事裁判の仕組みや刑事弁護人の役割についてであれば(架空の事件を例題に設定するなどして)賛成ですが、本件のような現実の事件をテーマにするのはどんなものでしょう。

 まず、公開されている資料は裁判資料のうちのごく一部です(供述調書は公開できない)。また、検察側からの資料もみないでは、公平な議論であるとはいえません。
 法廷の外で裁判をすることが意味のあることとは思えません。

 本件で国民が監視すべきなのは、弁護人の弁護活動のみでなく、検察官の立証、裁判官の判断であり、裁判が適正手続によってなされているかどうかです。

 そのための情報提供としてのマスコミがあてにならないことこそ問題にされるべきです。

 弁護団が、マスコミの誤情報を訂正して自らが正確な情報を発信せざるをえなくなったことについては、大変気の毒なことだと思います。

> M.T. さん
マスコミ報道は極めて一方にバイアスがかかっているとは思いますが、誤情報、誤報というのとは違うんじゃありませんか?

>No.208 M.T. さま

引用された私の207でのコメント、「臨む」は「望む」の変換ミスですね。

さて、それはともかく、私の「公開徹底討論会」での材料(討論テーマ)は架空の刑事事件とするべきで、今回の光市事件をそのまま使ってはならないと思います。また、安田弁護団が主催者となってはいけません。もっと法曹三者の全体を見れる組織が主催すべきです。

そもそも弁護団にとって第一義とされることは、差戻し審の法廷での弁護活動です。世間を味方にする(理解して貰う)作業は二義的なものです。今枝弁護士の熱意は理解できますが、弁護団の一員として結審までは法廷に全力投球すべきです。それが依頼人たる被告少年の弁護人としての義務でしょう。

私の助言は、とにかく一時凍結して撤収です。当然、敵前逃亡だの無責任だのとの非難はごうごうと沸き起こるでしょうが、それは甘んじて受けなくてはなりません。撤収後にどのような形で再度情報発信の場(説明の場)を作るのかは、今枝弁護士だけでなく安田弁護団全員が協議して、充分に時間を掛けて準備して再開された方が宜しいかと思います。

また、こうした刑事裁判や弁護活動について世間が正しい理解を得るための広報活動は、本来は一弁護士が担うべきものでなく、法曹界全体が行なうべきものです。このまま裁判員制度が始まったらトンデモ判決連発となる恐れ大です。最高裁、検察庁、日弁連、こうした法曹界の元締めが正しい刑事司法の広報活動にダンマリを決め込んでいる、その過去と現状が今回の一連の騒動の一番深い根っこの部分だと思います。

とにかく、ヤルならヤル、下がるなら下がる、優柔不断や現状のままダラダラと継続が一番宜しくないと愚考します。

>No.209惰眠様
 誤報について今枝ブログに紹介されてますから、ご覧下さい。
 ご存知のことでしたら無用のことでした。お許し下さい。

>No.211 m さん
ご教示ありがとうございます。
今村弁護士ブログを拝見した上でのコメントです。同弁護士が箇条書きしている部分も含めて、あれは誤報と称するべきではなくバイアスだと判断しています。

「事実と異なる」と言う点では、被告弁護側の全員があたかも死刑廃止論者であるかのごとく報じられていることが一例として挙げられますが、それも所詮ワイドショーでの論評レベルの話に過ぎず、「誤報」などと称するようなものではないというのが私の認識です。

何故この事件はこのように難しい事件になってしまったの?
正直な感想です。

犯人も明確で、福○孝○本人もそれを認めている。また、物証もある。

何ら罪のない女性を殺人し、更に死体を相手に姦淫行為をする。また、傍らで泣き叫ぶ幼子の首を絞めて殺す残虐な手口。これだけ残虐な行為をしても、何故日本の裁判では7年もの歳月を要し、今尚結審していない?
 また、死刑という刑罰があるのに未だ犯人を死刑できないのでしょうか?
罪のない母子を無残に殺した事実は消し去れないはずです。

 司法がこのように曖昧なことをしているから、世の中は荒廃し、残酷な事件も後を絶たない。そう思えてなりません。
罪には相当の罰を与えてこそ、治安は維持できると考えます。

また、本件の弁護士も本当に良心をもって弁護しているのでしょうか?ドラえもんを出したり、ちょうちょ結びしたら死んだとか、姦淫で生き返るとか、一体何を狙ってこのようなことを言わせるのか、私には判らない。理解の域を超えている。もし犯人がそう言ったとしても、何故、それを真に受けるのですか?罪のない母子を殺し、姦淫した理由にできるだけの要件でしょうか?

このブログでは、随分と寛大な考えの方が居るように見えるが、冒頭の事実をみただけでも死刑相当の事件ではないのでしょうか?死刑を2回実行してもおかしくないくらいの犯罪を犯していることに何故、このように長い時間をかけて争わなくてはならないのでしょうか?
ご遺族やその家族の方々を中傷される方もいると聞きますが、何故、そうなるのでしょうか?遺族やその家族の方々が何か罪を犯しましたか?

もっと、シンプルに判決を下す裁判をして欲しいものです。
法を犯せば裁かれるのは、人間社会において当たり前のことであり、犯した罪と同じ量刑を課すのが当然だと思いますが、いかがでしょうか?
これだけの事件でも、死刑でなく有期刑で済むなら、犯罪を行い、有期刑で刑務所に居られたほうが幸せだという者も出るだろう。

私は、この事件の犯人である○田が万が一にも有期懲役刑になり、将来出所し、同じような犯罪を犯したなら、ここまで擁護した弁護士22人にも責任の一端があると思うだろう。今枝先生は、会見で涙をお見せになりましたが、その真意は何ですか? 最終弁論への布石ですか? 


>No.213
挑発的に言いますが、あなたの疑問は全て、あなたが「刑事裁判とはどういう仕組みで行われ、今どの段階の作業をしているのか」という極めて基本的な事柄を理解していないところから発生しています。

司法は少しも曖昧なことなどしておらず、逆に厳格・厳密・適性に裁判進行をしているからこそ、今の状況が起きているのです。

「罪には相当罰を」。勿論です。
だがそのためには、罪となる事実がどのようであったのかを正しく確定しなくてはいけない。
1・2審ではなぜだかスルーされてしまったけれども「罪となる事実」の根幹に関わる要素が、起訴事実とは異なる可能性がゼロではないから、いま改めてその確認がされているのです。
法治国家日本では、罪に対して相当以上の罰を科することは許されませんから。

また、このブログには寛大な人なんかいないと思いますよ。
マスコミが報じる起訴事実をイコール事実だと素直に信じて短絡的に「極刑を!」と言うような、思慮を欠いたシンプルな発想をせずに、きちんと定められた手順を踏む必要があると認識している人が多いだけで。
ブログ主のモトケンさんを初めとして殆んどの人が「罪となる事実」が検察主張どおりであるならば、極刑は当然だと考えているように読み取れますが。

なお、被告人が仮にいずれかの懲役刑となり、仮に正しく更生せずに出所し再犯したとしたならば、検察・弁護側双方の意見を聞いた上でなお被告を死刑にしないと決定した裁判官が見誤ったということです。そして裁判官に、被告人の危険性を十分に認識させることのできなかった検察側の立証不足です。
弁護士に責任があると思うなどとは、勘違いの言いがかりも甚だしい。

結審だの最終弁論だのと、それっぽい用語をちりばめるだけの知識があるなら、もう少し「刑事司法制度の仕組み」を理解していただきたいものです。

メディアの断片的で一方的な報道を正さなければ…という今枝弁護士の思いはよくわかります。
ただ、即座に対応しようと思わないほうが良いのでは。
すぐに対応すると、どうしても自身の思い入れが出てしまい、逆効果になりかねないんじゃないかと思います。

冷静に見れば、不適切な内容では全然ないんですけど、「被告人は国家権力と闘う」なんていう構図がまるで理解できない人が読めば「何言っとんじゃ極悪人のくせに」という反応になってしまうので。

メディアの一方的報道を「実はこういうことでした」と弁護人の立場から情報を出していくのは、多少日にちが経ってからでも伝わると思いますし、「この言い方、言葉は一般の人にわかりづらいだろう」という点を修正してからのほうがいいと思います。

弁護人がそこまでしないといけないのかなー、と、暗澹たる気持ちにはなりますが。

>213
>214
私は、どちらかといいますと、NO.213の方の考え方に近いものがあります。しかし結果のみを重視して、短絡的に結審されても、確かによくないことは解ります。しかし惰眠さんのおっしゃることですと、今後導入されていくかもしれない一般の社会人が裁判に加わる(陪審員制度ですか?)裁判方法ですと惰眠さんのような高知識のある方しか参加できなくなってしまわないですか?ちなみに私はサービス産業に従事しているものですが、そんなことは無いと思いますが、もしそれに選ばれたら、深く勉強する暇もありませんから、辞退しなければなりません....。


私の考えもNo213の方の考え方にうなずくことが多いです。だけど、世の中にはいろいろな考えの方が多くいることも、感情だけで意見を言ってはいけないこともわかります。
「弁護士でなければわからないこと」それはどの職業にも言える事です。私は医療従事者ですが、それこそ暗黙の了解だったり、「一般の方の常識はわかるけどそうとばかりも言えない。」と言う事も多々あります。
でも、命に対して向きあう姿勢はかなり違いを感じて愕然としました。
死に向かっていく人間・それを支える家族・また、突然の死などさまざまな状況の中、誰かに命を奪われたこの事実を、誰が、どう説明できるのでしょうか。
「絶対に死刑だ!」と感情に走ることは確かに危険です。でも、再犯の可能性は?と考えざるおえません。
被害者の遺族の方が、気丈に記者会見にむかってるのに対し、何故あの大弁護団の方が涙を流すのか。
まったく理解できません。
どんなに説明を受けても、少なくとも私の心には響きませんでした。

No.214 惰眠さんのコメントを読んで。

ほぼ納得の行く内容だと思いましたが、

>弁護士に責任があると思うなどとは、勘違いの言いがかりも甚だしい。

之は蛇足だと思います。弁護士「に」責任がある、とは私も思いません。
ですが、弁護士「にも」責任がある、とは思います。
「裁判官が見誤った」と言う事は、「見誤らせる内容の弁護をした」とも言えるのではないでしょうか?

実務家ではないので確証はできませんが


制度上弁護士には責任がない、もしくは責任があるとしても
それは限りなく小さいもので(道義的なもの)
基本的には判断を下した裁判官、続いて主張を通せなかった検察官の責任がはるかに重いのではないでしょうか
また再犯の場合の責任も基本的には刑務所の方に責任があるのではないでしょうか
すなわち、再犯の場合なり判決の結果なりにまず責任を負うべきなのは弁護士ではないかと。
 誤りが含まれていたら申し訳ありません。

>また再犯の場合の責任も基本的には刑務所の方に責任があるのではないでしょうか
 の部分を読んで、「更生保護委員会」という検索を掛けてみたところ、不可解な体裁のホームページに出会いました。
http://www3.ocn.ne.jp/~kantorpb/
 ドメインから公式なホームページではないようですが、googleの「更生保護委員会」というキーワードの検索でトップになっていました。

No.214 惰眠さん

弁護士に責任があると思うなどとは、勘違いの言いがかりも甚だしい。とありますが、本当にそうでしょうか?
それは、法制上のことだけですよね。きっと。

では、弁護士という職業の方は、一体何に対し責任を持たれるのでしょうか?

213さんのコメントの中に、
ドラえもんを出したり、ちょうちょ結びしたら死んだとか、姦淫で生き返るとか、一体何を狙ってこのようなことを言わせるのか?  とあります。

もし将来、仮に本件の犯人が有期刑で出所した後に、あれは弁護団が造った話だということになった場合、弁護士に責任はないのだろうか?
一般社会では、これを捏造とよび、普通は罰せられます。
弁護士にはそのようなことはないのでしょうか?

 本件に関し、ネットで検索すると私のような一般人の方の意見と弁護士もしくはそれに近い方と思われる方が熱弁をふるっています。
ただ感じるのは、弁護士という職業柄なのか、知識のない一般人に対し、高圧的な書き方のものが多く見られます。
自分たちが言うことがすべて正しいと正当化するのも良いが、世間の常識、感情も勉強してもらわないと、救える命も救えなくなるのでは?

これから陪審員制度が導入されるにあたり、私たちも勉強しなければなりませんが、明らかに犯罪を犯した者は、213さんがいうように相当の罰を加害者には求めたい。それが治安の第一歩のように思います。

いや、弁護士だって捏造はしちゃダメですよ。
No.214 惰眠さんは捏造もオケなんて言ってないでしょう。

惰眠さんの言う「刑事司法制度の仕組み」っていうのは
裁判って言うのは、弁護士vs検察という仕組みなので、
弁護士のいうことはそれ単体で判定するものじゃなくて、
検察の主張との比較という観点で見るものだってことです。

別にみなさんが、被告人が死刑相当だと思うこと自体は構わないと思いますが、
弁護人がそう言わないということを非難するのは変だと私も思いますよ。

それは弁護人の仕事じゃないですから。

>No.221 弁護士って何様?さん
>もし将来、仮に本件の犯人が有期刑で出所した後に、あれは弁護団が造った話だということになった場合、弁護士に責任はないのだろうか?
まあ、本差し戻し審での主張がすべて弁護側の捏造だったことが被告人の口から明らかになれば、それは十分懲戒処分請求の理由となるでしょう。
そしてそんな事実が明らかになれば、本件弁護団の主要メンバーは確実に厳しい処分を受けるでしょうね。
もしそんな事態になれば私も請求をします。
>ただ感じるのは、弁護士という職業柄なのか、知識のない一般人に対し、高圧的な書き方のものが多く見られます。
そうですかね?どちらかと言えば、「知識のない一般人」の方々の方が、高圧的で断定的な書き方をされているように思えますが?
それに知識がないと自覚している人なら、自分より知識がある人に対してはある程度の敬意を持って接するべきと思うのですが。
自分の住む国の司法制度について、知らなかった知識を吸収するせっかくのチャンスなのですから、我々知識に欠ける者は理性的に勉強したいものです。
>これから陪審員制度が導入されるにあたり
違います。
日本で導入されるのは「裁判員制度」です。
陪審制度との違いについては、是非御自身で勉強されて下さい。

ずっとROMしてきましたが、看過できない発言がございましたのでちょっと失礼を。

No.216 凡人A さん
>今後導入されていくかもしれない一般の社会人が裁判に加わる(陪審員制度ですか?)裁判方法ですと惰眠さんのような高知識のある方しか参加できなくなってしまわないですか?

「裁判員制度」は「高知識のある方しか参加できない」のではありません。裁判員の応集は「義務」なんです。「勉強する暇がなかったから」なんて理由で辞退は出来ません。(辞退には相応の理由が必要になります)
もし裁判員に選ばれてしまったら、少ない知識のまま裁判に参加し、被告人の有罪無罪の判断や、有罪の場合量刑を決めなければなりません。(もっとも裁判の前に裁判官から刑事裁判についてのレクチャーがあるらしいですが)
さて、もし仮に貴方が裁かれる立場だった場合、そんな一夜漬けみたいな裁判員に裁かれることを良しとしますか?
少なくとも刑事裁判のイロハぐらいは勉強しておく責任はあるんじゃないかと思いませんか?
私は「裁判員法」については、むしろ反対でしたが、出来てしまったからにはそれが適正に運用されるように努めるのが、この国の国民である務めと思っております。
貴方の発言は非常に「無責任」に感じます。

 報道の断片を見るたびに、印象も変化していきます。先日の公判の報道を見るまで、自分自身の発言が出来る、せっかくの機会に不合理な受け入れるはずもない弁明をする、この被告人は命が惜しくないのか、早く死にたいのならここまで上訴を繰り返すこともあるまい、などと考えていました。明らかに不利としか思えない方向に、自分を追いつめているように見えたからです。
 不思議に見たことも聞いたこともないことですが、この広島高裁での差し戻し審で判決が出て、不服がある場合、被告人は再度最高裁に上告できるのでしょうか。高裁の判決で刑がそのまま確定するとも考えにくいところですが、仮に再度最高裁に審理が移ったとしても書面審理だけで、以前のように公判が開かれる可能性はゼロに等しいでしょう。
 おそらくは、論旨は理由がないとか適法な上告理由にあたらない、というA4用紙2万程度の決定書の書面が届き、それから数日後には、自動的に刑が確定するはずです。たぶん、それに対しても即時抗告をするでしょうが、時間の問題で棄却され、刑の確定とともに未決囚から死刑囚という立場になり、生活の自由も大幅に制限されるはずです。
 つまりは被告人本人の声は、社会に届かなくなる。あの検察官に対する「なめないでいただきたい」という言葉を最後に。
 はっきりしたことはわからないのですが、次回以降に予定されているのは、検察、弁護側の最終弁論、陳述で、実質的な審理というのは、やはりこれで終わったことになるのでしょうか。
 迷走したまま、実に後味の悪い幕切れです。被告人はすでに、闇に葬られたのも同然なのでしょうか。必死にメモを走らせていた、そこに、前々から挑発を繰り返していた意地の悪い検察官からちゃちゃを入れられ、つい感情が爆発してしまった。と考えられないこともありません。
 仮に被告人が、弁護団の思惑で、刑事裁判に対する信用失墜の材料、道具に利用されていたとしても、真相は闇に消えてしまいます。
 自分自身、公判の場においては、言いたいことが全く言えなかったという苦い経験があります。さらにインターネットの普及というものがなかったとすれば、事実を語り、人々の記憶、記録に残すことも出来なかったでしょう。
 チョウチョ結びとか、復活の儀式という言葉は真実、被告人の経験、心から出たのでしょうか。
 必死に生きようとする姿、焦りが、さらに彼自身不可解な戸惑いが、あのような結果に現れてしまったのではという一抹の疑念が残ります。
 死刑になるかもしれない、その可能性が極めて高い、状況下で頼れるのは弁護士のみ。仮に彼が、弁護団に利用されたと口走ったとしても、最後まで自己中心的な論理思考、どうしようもない嘘つきで、見苦しい醜態をさらした、という人々の認識で終わってしまうのかもしれません。
 是が非でも生きたい、死にたくないという一心で、弁護団にすがり、頼り切っていたのかもしれません。
 いずれにせよ、割り切れなさが大きく、あちこちで指摘されているように、裁判の内容自体に不可解な点が多いので、検察には、再度、被告人本人の尋問を裁判所に請求して頂きたいところです。
 どうもこの弁護団には、カルト的というだけでなく、マインドコントロールのような、拭いされません。
 溺れる者は藁をもつかむというように、自分はたった4年の懲役でも裁判に翻弄され、一審の最後には、「つきまとったように言われても、そのような覚えはありません。お互いに人間関係で首が絞まっていったのだと思います。誰も私に味方はいませんし、私を厳罰に処してください。」と言ったのです。
 その場で、言いたいことがあっても、時間的にとても無理があり、筋道だった説明をすることは無理だと感じました。
 最後に、判決の時であったか、顔を合わせた国選弁護人に対し、野良犬を追い払うような仕草が、自然にでたのですが、裁判長が、おだやかに「おや」という表情で見ていたのが、視線の端に映りました。
 裁判長は穏やかで、神父さんのような人でした。少年時代に見た漫画「レ・ミゼラブル」に出てくる神父さんのような。私に対しても当初より、割と好意的な印象を持っているように感じていたのですが、結果は、求刑どおりの懲役4年でした。
 あの国選弁護人は、未だに不可解でなりません。当時弁護士は全国に1万5千人しかいないと言われ、司法試験も最大の難関、エリート中のエリートで、司法とは神々のすむ世界のような印象が、割と一般的ではなかったかと思います。
 普段の生活で裁判のことが話題になることもありませんでしたが、それだけの別世界でもありました。
 その当時から、変わりのない弁護士像の一つの典型が、安田弁護士という印象があります。不当な国家権力に立ち向かうとか、それはいいことでしょうが、どうも腑に落ちないというか、刑事弁護そのものを私的に利用しているというか、ゆがめているような気がしてなりません。
 誤解のなきよう申し添えておきますが、控訴審における私選弁護人は、面会の際、私が不当な供述をした関係者を民事で訴えたいので、引き受けてほしいとお願いしたところ。
 「受けない、君が誰か一人を訴えるのであれば勝てるかもしれないが、受けない。」、「勝てないから受けない」と言われました。
 力強い声で、燃えるような正義感が伝わりました。私は、その弁護人に、まったく一方的に心神耗弱もしくは心神喪失の主張を去れ、精神鑑定の請求をされたのです。
 そして、服役してから半年ほどして、頼みのしていないのに、母親を通じて、事件の一件記録がその弁護士から届きました。綴られた書類の中には、心神喪失に関する大きな事件の判例のコピーがあり、新宿バス放火事件だったのですが、後日、その弁護をやったのが、安田弁護士だったと知ったのです。
 一面において、こんな主張でしか裁判は争えないのかという、反発心がありました。そして、そのような刑事裁判の流れを作った刑事弁護にも疑いを抱くようになったのです。他面で、精神に異常がないことを医学的に証明しておくための手段という理解も持ってはいました。しかし、真相を解明するために、そこまでさせられることには抵抗がありました。
 軽く嘘をつく被告人や擁護する弁護士ののしわ寄せが、降りかかったのではないかという被害意識もあり、当初は冷ややかに、この事件や裁判のことを見ていたのですが、ここにきて、本当にわからなくなってきました。
 4,5歳程度の発育とか言われた被告人でしたが、公判の発言の表現力、言語力を見ても、そんなに変わった人間には思えません。テレビでは、断片的には被告人本人の言葉であり、事実なのかもしれないが、それを組み立てた弁護団の論理が不整合になっている、というようなことを言っていましたが、不整合なのは、ひたすら生きることへの執着心にとらわれ、戸惑う被告人の姿なのかもしれません。
 自分自身、このような理解にも無理があり、可能性の高くないことはわかっているつもりですが、元少年を死刑にするような事案では、慎重の上にも慎重を重ねる必要もあるはずで、割り切れなさが残る以上、裁判所には職権においてでも、再調査を行って頂きたいところです。
 本村さんも弁護団に対する不信を強くあらわににじませていましたが、あの意見陳述が、真相を覆い隠してしまっては、取り返しがつかないという気もします。
 もっとも拘置所においては、生活のすべてが、細かく記録されているので、そのあたりも参考にはされているのかもしれませんが。

225さん

弁護士が司法試験の狭き門を通った人だからといって、人として正常かどうかは判りません。資格マニアみたいな人もいるでしょうし、中には偏った勉強をしたばかりに一般生活を過ごせない人もいるのではないでしょうか?

本事件での安田弁護士の会見での態度や、今枝弁護士の涙は理解に苦しむ。また、ドラえもんを語ったり、ちょうちょ結びしたら死んだとか、死姦を生き返りの儀式と呼ぶ弁護士が正常な"人"とはとても思えません。
安田弁護士と今枝弁護士は自分の子供にちょうちょ結びしてみたらどうか?いくら幼子でもちょうちょ結びで人を殺すには、それなりに手に力をいれて絞めなければ死なないことが判るだろう。

弁護士すべてが、安田弁護士や今枝弁護士のような者ばかりとは思えないが、こういう者と対峙しなくてはならない被告人はあまりに可哀相である。また、彼らを優秀な弁護士とするなら、この国の司法で社会正義はないに等しいと思います。その意味で、裁判員制度は、一般人の意見を反映できる機会を与えてくれる良い制度だと思う。

225さん

すみません。先の掲示で間違ってしまいました。

224さん

の間違いでした。
お詫びし、訂正します。

No.226 今枝の涙はキモイ さん
>また、ドラえもんを語ったり、ちょうちょ結びしたら死んだとか、死姦を生き返りの儀式と呼ぶ弁護士が正常な"人"とはとても思えません。

「ドラエモン」云々、「儀式」云々は、全て被告の口から出た言葉です。「・・・と呼ぶ弁護士」というのは間違いです。
 「どうして死体を押し入れに隠したのか」という質問に対して「ドラエモン」云々、「どうして死姦したのか」という質問に対して「儀式」云々、と被告人が答えているのです。法廷で被告人が実際に供述していることはご存じでしょう。

 被告人が事件当時本当にそう思っていたのか、思っていたとすればどうしてか(これは心理鑑定、精神鑑定で分析されています)については検討される必要がありますが、弁護人が創作したこと、あるいは弁護人が誘導して言わせていることというのは間違いです。

・・・・・このことは、このブログで繰り返し説明されていることです。
 改めてマスコミ報道による刷り込みの怖さを感じます。

 「ちょうちょ結び」については、現実に遺体の頸にちょうちょ結びの紐が存在しました(検察官もこの事実を認めています)。
 紐がきつく巻かれたかについては、弁護側の法医鑑定人と検察側の法医鑑定人では意見の対立があるようです。

 鑑定内容についてはマスコミは詳しく報道していませんので、鑑定書等の資料を入手できない人間がどちらの鑑定に合理性があるかを判断することは無理だと思います。

>M.T.さん
>弁護人が創作したこと、あるいは弁護人が誘導して
>言わせていることというのは間違いです。

 あなたがこう断言できるのが不思議でならない。今枝
さんは確かにそう言っているが、被告辯護人であるし、
そもそも自分の犯罪を言うはずがない。ドラえもんや
蝶々結びについては仰る通りかもしれませんけども。

 魔界転生や蘇生の儀式なんかはどうですか? 供述調書
その他にその旨の記述があったとは聞かないし、今枝さんも
蘇生の儀式については言及を避けているように思えるの
ですが。

 マスコミの刷り込みが怖いとと、辯護団が虚偽証言を
教唆しているかどうかは、別の問題かと思います。
この批判がM.T.さんの上記レスに当たるかは別として。

少なくとも、ドラえもん云々の話は供述調書で出ていたみたいですね。で、安田弁護士が一審・二審で使われていなかったことを「発見した」という流れでしょう。
一審・二審で出なかった話が、再審で「出てきた」ことが問題だったとは思うのですが。

一審・二審で、あの供述調書を出さなかったのは「心神喪失による無罪を狙ってる」とされるのを恐れたからじゃないですか?実際、被告の手紙が発見されて、被告本人が心神喪失で無罪を狙う知識があったことが立証されていますし。
感情云々以前に、安田弁護士のやり方が効果的かどうかは検証する必要があると思いますけどね。法廷戦術としての有効性で。

後、今枝さんの涙は理解不能。あのインタビュー自体不要でしょ。

No.229 ミ ´Å`彡 さんのコメント

>あなたがこう断言できるのが不思議でならない。今枝
さんは確かにそう言っているが、被告辯護人であるし、
そもそも自分の犯罪を言うはずがない。

私には、あなたがなぜ「辯護団が虚偽証言(ドラエモン、儀式等)を教唆している」と断言できるのか不思議でならない。
 そんなことをして、弁護団に何かメリットがあるのですか?また、何か「教唆」の証拠でもあるのですか?

 私は20年近く弁護士やってきましたけど、そんなファンタジックなことを考えつく弁護士にはおめにかかったことがない。

No.230

少なくとも、ドラえもん云々の話は供述調書で出ていたみたいですね。で、安田弁護士が一審・二審で使われていなかったことを「発見した」という流れでしょう。

出てきたコンテクストが違い、「前の担当検事はドラえもんののびたに似ていた」という内容の調書のようですよ。

それを弁護人から見れば「前から言っていたor言おうとしていたorそういう発想があったのでは?」と主張している。
反対側から見れば、都合のよいこじつけでしょ?となる。
「発見した」と言えるほどのものでしょうかね?

>M.T.さん
>私には、あなたがなぜ「辯護団が虚偽証言(ドラエモン、
>儀式等)を教唆している」と断言できるのか不思議
>でならない

 うーん、「20年近く弁護士」やってらっしゃる方が
そのような論理性に缺く反論をなさるのが意外です。

 私がいつ辯護団が「教唆している」と断言しましたか。 
教唆していないことはあなたに断言できないでしょう、
と批判しただけなのですが。

 「辯護団が虚偽証言を教唆しているかどうかは
(別の問題)」とした部分を切り取って、私が「断言」
したかのように批判する態度にも釈然としません。

 それに「20年近く弁護士やって」「おめにかかった
ことがない」ことは事実なのでしょうが、それは状況
証拠にはなり得ても、それを以て何かを証明できるとも
思えないのですが。もちろん、M.T.さんが「教唆はない」と
確信することに誤りがあるとは思いませんが。


 ところで、直接関係のない話ではありますが、
「20年近く弁護士やって」「おめにかかったことがない」
事を以て物事を断じて良いなら、「裁判での諸イベントに
ついて被告に意義を詳しく説明しない辯護士」って話も
虚偽と断じられるのでしょうか。
 屡々目にするというなら、そんな刑事辯護人が存在する
という時点で、冗談じゃないって話なんですけども。

No.233 ミ ´Å`彡 さんのコメント
>「辯護団が虚偽証言を教唆しているかどうかは
(別の問題)」とした部分を切り取って、私が「断言」
したかのように批判する態度にも釈然としません。

ミ ´Å`彡 さんは、(No.226 今枝の涙はキモイ さんとは違い)、弁護団の「捏造」「創作」ないしは「教唆」とは断言されないということですね。
 それは失礼しました。

 私は、てっきり同じ考えの方かと誤解していました。

 なお、「教唆」の事実の有無については、「教唆した」と主張する側に立証責任があります。
 私が「おめにかかったことがない。」と申し上げたのは、別に証明するためのことではありません。
 私の経験を申し上げたまでです。
 
 

ずっとROMしてたものです。
この事件に関する議論を見るに、「“刑事司法に詳しくない”一般人」(私もそうです)の現行法に対する異議、違和感があるのかと思います。
今枝弁護士のブログに元ケン様の以下のコメントがありました。
 
   >真実が何であっても、事実は2人も罪のない人間を
     殺めたのですから、
   >元少年が死刑になるのは当たり前の話です。 

   多くの弁護士のため息が聞こえてきそうです。
   裁判所の裁判員制度担当の人も頭をかかえそう。

被告は被害者二人を死に至らしめたことは認めています。
元ケン様は繰り返し、今法廷で「事実認定を争っている」旨を書いておりますし、弁護側が言う「傷害致死」であれば死刑はない旨も書かれています。
で、私を含む一般人の中には、人間二人を殺害すれば極刑がありえるように、弁護団が主張している「障害致死」であれ、何の落ち度もない二人を死に至らしめたのならば極刑をもって償ってもらいたいという感情・感覚があるのです。よって、「殺意があったのか?なかったのか?」という点を争っていることとその弁護内容に、よけい苛立ちを感じているのかと思います。

これは現在の法制度への否定と思われるかもしれません。
この何年かで「“刑事司法に詳しくない”一般人」の厳罰化への欲求は高まっており、これに対し、厳罰化や死刑へのハードルが下がることに危機感を高めている方も法曹関係を中心に見受けられます。ある時点で同じような議論が繰り返される背景には、この二つの対立があるように思えます。

遺族側が遺影を法廷内に持ち込むことも、遺族が意見を述べることも、本村さん達の働き、闘いがあってようやく認められてきたものであります。そう考えると、法に携わる方々がため息を出したくなる一般の方々の「無理解」な処罰感情や振る舞いも、何年か後には何らかの成果が得られるのかもしれません(人によっては、それが一般人の不利益になると思われるでしょうが)。

>M.T.さん

 いへいへ。読み返すと、M.T.さんが断言できないことと
今枝さんが自身のblogで教唆を認めるはずがないことが
混同しており、誤解を招き易い文であったかもしれません。

>「教唆」の事実の有無については、「教唆した」と
>主張する側に立証責任があります。
 まあ、法廷ではそうでしょうが、人の心は別ですから(笑)

 ただ「今枝さん達が被告の証言の信憑性を少なくとも
一部は疑いつつも、それを正すことなく裁判を続けている」
ことは、今枝氏サイトでの言動を見る限りでは“立証”
されちゃっているのではないかと……。

 N辯護士が杜撰な辯護をしたことを、被告が言いだした
のか、それとも教唆ないし示唆があったのかは、私には
断言できません。でも、それが虚偽であるとするなら、
少なくとも世間的に見て「辯護士団もグル」となるで
しょうし、知ってて諫めないことを以て「嘘を言わせてる」
(偽証という意味の「言わせている」ではなく)という
表現にもなるかとは思います。一般にそういう意味で
そう言われてるのかはともかくとして。

No.235 永久凍土 さん
「“刑事司法に詳しくない”一般人」が厳罰化を欲求するというか、
「“刑事司法に関わらない”一般人」が厳罰化を欲求するという面が多分にあると思います。

今まではこの2者は区別する必要はありませんでしたが、
裁判員制度が始まれば、“刑事司法に詳しくないけど関わる”一般人が出てきます。
そうなるとまた話は変わってくる可能性はあると思いますよ。

殺意あってもなくてもいーじゃん死刑で、的考えって、
刑事司法に詳しい詳しくない以前に、
井戸端会議とか、職場の休み時間とかに仲間内でだべってる感覚そのままって感じがします。

その感覚のまま裁判員を務めておけば良いと思うほど無神経な人は
まだ「一般」と言えるまで多くはないと思います。

司法に詳しくない一般人ですが、厳罰化など特に望んでいません。
(死刑制度の是非を含む司法制度の問題に意見を述べられる程の知識が不足しているので。)

ゆえに、被害者遺族が極刑にして欲しいと願う心情に賛同はしても、第三者が人権擁護(被告人にも人権がある)の観点を忘れ「とにかく極刑にせよ」等と声高に叫ぶことには同調しません。

一般人の声が専門家にも届きやすくなったのはインターネットの普及に拠る所が大きいと思いますが、極端な意見が目につきやすいのではないでしょうか?

司法の問題に限らず、インターネット上では些細な誤りや失言に対しても過剰な叩きが発生する様態を、違和感を持って眺めることがあります。(諌めることもあります。)

インターネット上の議論への参加は自由ですので興味のある人しかアクセスしないでしょう。その中で意見を投稿する人は更にその中の一部でしょう。
インターネットの匿名性のためか、浅慮で感情に走った大胆なコメントでも公共の場に投じやすいと思われます。

インターネット上は多数の意見であっても、それが必ずしも民意を反映したものだとは言えないと思います。

上記にて「司法の問題に限らず、インターネット上では些細な誤りや失言に対しても過剰な叩きが発生する様態を、違和感を持って眺めることがあります。」と書きましたのは、インターネット上では過剰な叩きが発生しやすい事を述べるためだけであり、今回の弁護内容の件とはまた別です。

以前、違うスレで「システム的に問題なくても、結果的に失敗」があると書いた者です。

その時に裁判員制度について河上和雄氏のコメント「法律的知識ではなく、裁判員の心情で判断してください」を引用しましたが、実はその続きがあり「もし(感情的になったりして)誤った判断をした場合は?」の問いに「裁判には二審、三審がありそこでは専門家が正しく判断する」と発言されていました。

モトケンさんのブログを読ませていただくと医療崩壊問題についても多くの議論がなされ、その中で問題解決のためには当事者たる医師が行動を起こさなければならないと言うご意見がありました。

医療問題もそうですが光市母子殺害事件も、結果と制度上の問題点の議論がずれているように感じます。いくら刑事弁護の必要性や制度を説明しても、奈良の妊婦搬送問題のように空きベットがあるのにケシカランとか、受け入れ能力がなくてもとりあえず診ろ、自分の家族だったら、という意見と同じです。

救急医療の問題は30年以上前からほとんど同じであり、改善されていません。それどころか世界一の寿命や乳幼児の死亡率にもかかわらず、産科・小児科だけでなく医療制度自体の崩壊に及んでいます。

裁判員制度が始まる法律の場でも同じ過ちを繰り返し、無駄に時間を費やし遺族や関係者を苦しめるようなことが起きないように願うばかりです。一般市民がにわか勉強の法律知識で極刑を科し、その後事実誤認だった場合はどうするのでしょうか?これではまるで大規模災害のトリアージを一般人にさせるようなものです。

そういった事がないように今枝仁弁護士やモトケンさんには失礼ですが、ブログが炎上するなどと生やさしいものではなく爆発し、懲戒請求で業務妨害どころか多忙を極めて過労死まで行くことにより、多くの国民を巻き込み議論を深めて欲しいです。

私は人前で涙を流す男は嫌いだ。信用ならん。

>NO224べざとるさん
べざとるさんのように思われてしまう様な言い方で、私の書き込みを終わらせてしまった事に対しては、お詫びを申し上げます。弁解となってしまうかもしれませんが、裁判員制度導入に対して、私自身、やはり一抹の不安がある中で、もし選ばれたらどのように、裁判に向き合っていくべきか、むしろこのブログに書き込みを参加している、有識者の方々に問いかけて見たかったのです。選ばれたら簡単に辞退などできないことは、何かで読んだことがありますし、国家制度に対して、ハンパな気持ちで取り組もうとは思っておりません。ただ、実際のところ一般の方々が選ばれたら、いくら必死に勉強を始めたところで、専門の方々の知識に追いつくことは、かなり難しく、最後はいかに冷静・公平な判断で「正義」というものを、実現させられるのか、ということでしょうか?

一方では、常に理性で感情を抑えて論理的なイメージのある弁護士が、疲れと憔悴を滲ませた姿で法廷や記者会見の場に現れ、理性で感情を制御できずに泣いてしまう。

他方では、被害者の遺族として感情を表しても当然と思われる立場の方が、常にキチンと身なりを整えて端正な姿勢を崩さず、感情を押し殺して冷静かつ理知的にご自分の主張を、慣れない法廷や記者会見の場で述べられる。

この両者を見比べた世間大衆の多くは、理性で感情をコントロールされた態度を崩さない後者の姿に共感し、その主張に納得して賛意を示す。弁護士の涙は人間味溢れる人柄の発露という弁解に大衆は耳を貸さない。

裁判官・検事・弁護士という司法のプロだけで構成されていた法廷の中に、これからは素人の裁判員が入ってきて、この素人の裁判員に対して検事も弁護士も主張を展開しなければならなくなる。その裁判員制度が始まった場合に、検事や弁護士にどのような「プレゼンテーション能力」が要求されるを暗示させている現象であろう。

これからの弁護士には、「豊富な法律知識」と「巧みな法廷戦術」という従来型の素養に加え、「清潔で好感の持てる服装」「理知的かつ健康なイメージ」「分りやすい平易な話術」…ちょうど映画の「ヒーロー」でのキムタクや「評決」でのポール・ニューマンのイメージであろうか…こうした「外見的要素」が要求されるのではなかろうか。

くたびれた背広に擦り切れた靴、ボサボサの髪に徹夜明けで充血した目、ボソボソと聞き取りにくい声、こうした姿の弁護士は博物館の化石標本となる時代が来るのかも知れない。

No.225
に対して、少し補足させて頂きます。
 ずっと前何かの本で読んだのですが、次のようなことがありました。
 昔の中国の宮廷でのことです。王様に寵愛される妾がいて、それを疎んじる勢力がありました。世間知らずなかわいい女性だったようです。悪意を持つ者に、王様は、手で鼻を覆う仕草がお気に入りと吹き込まれ、それを王様の前で何度も繰り返していました。おかしいことをすると感じていた王様に、あの女は人の口臭がとても気になるそうです、と進言する者があり、激怒した王様は、問答無用で妾の鼻をそぎ落としたそうです。
 これは例え話のようでもありますが、表面に現れた行動だけで判断されることが多く、それを巧みに利用することもあるということではないでしょうか。
 特に、裁判は後戻りの出来ない、一発勝負であり、この被告の場合、自分の発言の機会を得るというのは、ごくごく貴重な場であったはずです。
 事前に、綿密な弁護士との打ち合わせがあったものと想像されますが、検察の反対尋問にはうまく対応できなかった。
 刷り込まれた検察への敵意、嫌悪、不信。弁護士に対する全幅の信頼と期待、依存。そんなことも背景にはあったのかと考えることがあります。
 メモをとっていたという行動も、被告人自身の思いつきであったのか、少々疑問が残ります。
 私の場合、私選弁護人には、「言いたいこと、事実があれば、上申書を書いて裁判所に提出しなさい、そこで書いたことは、法廷で裁判官の面前で話すことと、同じ」というアドバイスを受けました。
 傍聴者も少なかったけれど、知らない人はなにも伝わらなかったことでしょう。それが弁護人の意図ではなかったにせよ。
 また、検察に対するアドバイスは皆無で、全部のやりとりを通じても、弁護人の口から検察という言葉が出たこと自体、一度もなかったと思います。
 検察官からの、具体的事実に対する質問や、反証も皆無でしたが、その点でも私のケースは、異例であったのかとは思っています。
 しっかり遺族の陳述をメモしておきなさい、という具体的なアドバイスがあったとまでは、断定できませんが、ニュアンスや示唆というのも、裁判ではありふれているように思います。
 私がもし検察官や裁判官であれば、是非、被告人自身に確認しておきたい、メモの動機、理由です。
 ちなみに被告人が法廷でメモをとるというのは、これが初めて聞いた話かもしれません。メモを持参することは珍しくはないようですが、私はどちらもしたことがありません。

 経験豊富な検察官も、メモをとる被告人の姿に対して、相当訝しく感じていたのかもしれません。同様に感じる一般人、専門家というのは、いないものなのでしょうか。今のところ、そのような指摘をしたコメントも見あたらず。そんなに沢山のコメントに目を通しているわけでもないのですが。
 対立し、反証が必要な事実の証言からともかく、そうではないということは、被告人本人もはじめからわかっていたはずですし。

No.245の見解の前提事実ですが、次のホームページを見たところ、誤っていたのかもしれません。
http://notonlyyoutube.blog105.fc2.com/blog-entry-68.html

 どこで見たのか思い出せないのですが、被告人がメモをとりながら横に線を引いたと、検察官が言い出したことが、騒動の発端のように書いてあったのです。
 今回のホームページを見る限り、陳述の内容を聞いていなかったと被告人は言っていたことになり、唖然としました。
 遺族の心情にも耳を貸さない被告人、そんな人間を弁護していて、
 「私はこの裁判ほど、胸を張って弁護を出来たことはありませんでした」
と記者会見で述べたらしい今枝弁護士、この裁判はどうなっているのか、ますますわからなくなって、頭が混乱してきました。

>246
こちらのコメントの中での青時の部分もリンクして見てみました。これは私の個人の感想ですが、この被告の精神状態もなんとなく分かるような気がします。(ただし被告を擁護する意思は全くありません)これだけ裁判が長くなり、直近では大弁護団も付いて、さらに、今枝弁護士でしたっけ、泣くほどに、弁護をした弁護士の方もいらっしゃるのですから、『もしかしたら死刑にならずに、生き延びる事が出来るかもしれない。いやきっとそうだ、これだけの弁護士の方々に弁護してもらっているし、自分の幼稚さを出していればーーー』くらいの思い込みが被告に芽生えてしまい、もはや、本村さんのおっしゃるように、遺族に対する反省など薄れてしまい、遺族、亡くなられた母子のことも彼の今後の「生」への未来にはあまり関係なくなってきているんじゃないでしょうか。極端な考え方をすれば、被告にとって、『この裁判の現状の敵は、検察と本村さんだ』くらいの、幼稚な勘違いを起こしてしまっているんじゃないでしょうか。

まずこのブログの主張が何が何だか分かりづらくていけない。

もう少し論理的客観的、首尾一貫した文章を期待したいところだけど、続けて読むのに苦労しましたよ、ワタシだけかもしれないけどね(苦笑)。

で、「モトケン」さんご当人が「炎上」を期待しているようなので、はっきり書かせていただくことにした。ここまでのコメントのほとんどを放置し、自分がたやすく?反論またはフォローできそうなモノだけコメントアップする方法は、少なくともフェアではないと思う。

「モトケン」さんが記事をエントリして様々なコメントを楽しむのは結構だけど、もっと責任を以って各コメントに反論なりフォローすべきだと思うのだが、これは間違った考えかな?

その典型が、No109のブログ主の反論である「問題は単純ではない」エントリ。このエントリ、一体何を言いたいのか、主張も散漫で、ワタシのような間抜けかつ「刑事弁護」を「理解」できない「国民」には良くわからない。まぁ、ワタシが◆鹿だから、と言われればそうかもしれないね。

それと他人のブログ記事を延々と引っ張って何が言いたいのかも判らない。コメント欄でお茶を濁さずに、自分の言葉で自分の意見を、責任を以って本文に書いて欲しいと感じるのだけど。

だから「モトケン」さんの主張を、コメント欄から探し出すのに苦労したんだけどね。探し出しても、それぞれが対コメントにおいては、場当り的かつ論点が散逸しているもんだから、全体としてはワタシのような間抜けにはワケワカメ状態。

間抜けは読むな!と言われれば身も蓋もないんだけど、「刑事弁護」を「理解」しない「国民」を、コメント欄で叩かれちゃ、やはり間抜けなりにも言い分もある(笑)。

富山の冤罪云々も指摘しているけどね、「モトケン」さん、本件の最高裁判決文をよく読んだかなぁ?差し戻し審で「一部冤罪」との言及もしていらっしゃるようだけど。

「モトケン」さんは(報道の偏向も暗に示唆しているようだけど)、それではあなた御自身が当審の傍聴をしたのか?と問いたいところ。弁護団(その一部)の情報は豊富?のようだけれど、裁判ってのは両者の言い分を聞くのが原則。少なくとも報道は、それなりに努力して?(傍聴券を入手し)当審の傍聴をしていると観るに無理はない。

それと最高裁判決の差し戻し理由を覚えておられるかな。「審理を尽くさせる」モノが何だったのか。ワタシは「刑事弁護」を「理解」できない「国民」だから、現控訴審で、事実認定(殺意否認・傷害致死主張)を持ち出しているトコロは、やっぱし「理解」できない、例え逆立ちしても。それにくっ付いているのが、「儀式」とか、「ドラえもん」とか、「母親」云々では。加えて例の手紙もあって、「国民」としては「刑事弁護」の「理解」以前に、「更生の可能性」もへったくれもないだろと。

それと、失礼な言い方かもしれないが、弁護士同士が「刑事弁護」を「理解」し得ない「国民」を批判しているように見えるのはワタシだけかな。「ハ○モ◆」さんの件の是非はともかく、アレが(ネットなどで)何故に共感を呼んだか?を考えことがあるかな。

依って立つ土台が、かの弁護団(正しくは弁護方針かな?)を批判する「国民」とそもそも違うのだから、議論がかみ合うはずがない。無駄と言えば無駄かもしれないが、「モトケン」さんはご自分で、多くの論理と客観性で語ろうとしない、そんな風に間抜けなワタシには見える。これをどう受け取るかは「モトケン」さん次第。

No164について
> あなたが殺されそうになってもですか?

典型的な、揚げ足取りの反対尋問じゃないかな、これは。そんなことを元の投稿者が想定していないのは、わざわざあげつらわなくても判りますよ。ワタシのような間抜けでも読み取れたのだけど、他意があるのかなぁ?

> そのような場合は、理論的には正当防衛が成立します

違法性阻却事由を言いたいのだろうけど、そんな簡単なものじゃないし、(殺人の)事例として決して多くないのは、「モトケン」さんご自身が一番良く判っていると思うんだけどね。最近では、それらしき?事件があったみたいだけど(捜査中?かな)。少なくとも当該コメントへの反論としては、この所論は採用できない(笑)。

> 実際の捜査や裁判では、だれもあなたが殺されそうになったとい事実を信じてくれない場合があり得ます

可能性を以って前言の「反対尋問」を補強しても、何の説得力もないと、ワタシが裁判官だったら思う。持ち出すのが例の「富山冤罪」なのかな?

※本件と富山冤罪とは一緒にしない方が、議論(刑事弁護のあり方)を混濁させないためにもベターと思うけどなぁ。

> なお、被告人を死刑にすべし、と言う人は、裁判制度を利用して人殺しに加担していると見ることができます。

それは「モトケン」さんだけじゃないかな、他にいるであろうことは否定しないけどね。現行法で死刑がある以上、それに相当するという「国民」感情があるなら、それは「刑罰」を望んでいることであって、拳銃や刃物で引き起こされるような、巷間の「人殺し」などと一緒くたにしちゃいけない。同じ前提での議論が否定されてしまう。そういうところが、「モトケン」さんのアンフェアなところでもあると思うんだなぁ、ワタシは。

> 裁判官の中には死刑判決を言い渡したくないと考えている人がいるように思われますが、
> その理由として、自分(裁判官)は人殺しになりたくない、という意識が働いていることが想像されます。

これも同様、「想像」で前言「反対尋問」の補強をしちゃいけない。そういう裁判官が何人いるの?証拠を出してよ?と反論されたらどうします?

もう少し客観的な論理性と事実を以って反論すべきだよ。それじゃ、一部批判されている「ハ○モ◆」さんと変わらないじゃないのかな。

今枝弁護士のブログを読んだ。
結局、自分のやっていることを正当化したいだけのものだと感じた。

弁護士が自分の弁護のためにブログを立ち上げ、モトケンだかという仲間が応援する。一般人の書き込みには、専門家風を吹かせたのコメントをして排除していく。
弁護士も地に落ちたもんだ。20年ものキャリアさんまで、そこに加担してくるとは...。

とにかく、この犯人は何も罪のない母子を殺したんだ。そこに何の叙情酌量があろうか?とってつけた理由でごまかされることなく、殺人鬼には死を持ってその罪を報いてもらうしかないだろう。できれば、殺害された方以上に死の恐怖を最後まで味わいながら死んでいってもらいたいものだ。

今枝弁護士は自分の子供をいじめられていると言っているらしいが、今回のような弁護方針なら、多かれ少なかれ、そういったことをされるのは考えられること。そんな泣き言まで言って、正当化したいのか?

と思う国民もいます...よ

この「元検弁護士のつぶやき」は、どなたかがおっしゃているように、かなりハイレベルな意見交換がなされており、私も(6月頃より)よく拝見させていただいておりました。私自身は、法律の世界には従事しているわけではありませんが、今ここへ書き込みをし始めたのは、あまりにも、論点がごちゃごちゃになってきてしまっているように思えてならないからです。だれそれの書き込みがどうのこうのと批判をするつもりは毛頭ございません。私の勝手な思い込みかもしれませんが、パソコンの苦手な私でも書き込みできるブログですから、ある程度は、屈託の無い自由な意見交換が出来る場だと思っております。モトケンさま、違いますでしょうか?
その上で、私が言いたいのは、>NO.246の、なんの罪の無い母子を殺したんだーーー。というご意見に本当に同調、賛同したい、ということです。裁判での裁判官、検察、弁護士のみなさんが法律にのっとり、専門知識を駆使して、審議をやりつくすことにも、なんの異論もありませんが、どう考えても、この鬼畜が許せないのです。こんな考えでは感情的にものをいっていると、思われてしまうのでしょうか、そんな感情論をいうのなら2チャンネルにでも書き込めと思われてしまうのでしょうか。最後に私は今枝弁護士は被告のための弁護はしっかりやっていると思っています、ただその結果、>247でも申し上げたような被告の心理に影響しているように思うのです。(この被告の心理状態というのも私の想像ですが)ただ裁判は想像で進めてもだめだということは分かっているつもりですが。

すみません。先ほどのNO250の文中で>246なんの罪もないーーーの>246ではなく、249でした。

>No.248 「刑事弁護」の「理解」不能な「国民」 さん

これほど焦点が絞れないコメントも珍しい、記念品クラス!
一箇所だけ突っ込むと

>〜想像されます。

に対し

>?証拠を出してよ?と反論されたらどうします

これは、論理もくそも無い与太話。
御自分で言いたい様にも思われますが「通じる様に」書いたら如何?

No.249 国民のひとり さん
No.250 O さん

人が感じたり、思ったりすることを止めることは誰にもできないし、
また、そーゆー事をこのブログは目的にはしていませんから、

鬼畜が許せないと感じるし、そう感じたことをどうしてもここで言いたいんだ!

と、ゆーことであれば、
まあ、書くしかないんじゃないかとは思いますが、

それに対するレスのつけようはありませんよ。

>>247 Oさんのコメント
>直近では大弁護団も付いて、さらに、今枝弁護士でしたっけ、泣くほどに、弁護をした弁護士の方もいらっしゃるのですから、『もしかしたら死刑にならずに、生き延びる事が出来るかもしれない。いやきっとそうだ、これだけの弁護士の方々に弁護してもらっているし、自分の幼稚さを出していればーーー』くらいの思い込みが被告に芽生えてしまい

 今の大弁護団(今枝弁護士も含む)がつく前から(安田、足立弁護士の2人の弁護人のときから)被告人は殺意を否認しています。

No.249 国民のひとり さんのコメント
>とにかく、この犯人は何も罪のない母子を殺したんだ。そこに何の叙情酌量があろうか?

 本件では殺意の有無が争われています。殺人か傷害致死かが争点です。
 国民のひとりさんの論理ですと、殺人であろうと傷害致死であろうと死刑、そもそも刑事裁判は必要ない、世論で罪名も量刑も決めればいい、弁護人も不要ということになりますね。

 

>No.252 MultiSyncさん
>これほど焦点が絞れないコメントも珍しい、記念品クラス!
いやはや全く同感です。
かなり笑わせてもらいました。
焦点が絞れていない以前に、このブログでこれまでどんな議論がなされて、その中でモトケン先生がどのような立場をとられてきたかが全く分かっていないようです。
この人に比べれば、今朝方私がコメントしたヘロヘロさんなる方の方がはるかに理解力がありますね。
この人は多分書かれている単語しか読んでないんじゃないですかね?
もう何度このフレーズを使ったか忘れましたが、
>「刑事弁護」の「理解」不能な「国民」さん
悪い事は言わない、このブログのトップページにある
光市事件カテゴリhttp://www.yabelab.net/blog/2007/09/06-115054.php
から関連エントリーに飛んで、すべてのエントリーを熟読してからコメントした方が良いです。
多分このままだとあなたは凄く恥をかきます。


>254 M.T.さん
さっそくご丁寧に教えていただきありがとうございます。ただ私も大分前から、そのことは、しっておりましたが、このブログの他のカテゴリーでも書きましたが、過失致死でも、傷害致死でも、人としての社会ではそこを超えて許せないことがあるんじゃないかと思っています。
>253 白片吟K氏さん
そうですか、このブログはそれではどんな目的で公開しているのですか?わたしのように、法曹関係者ではない一般人は書き込みしてはいけないのですね?(少々いじけた気分にはなっていますが)それならば、こんな言い方はあまりしたくないのですが(専門知識の有るかたがたを非難してしまう結果になるかもしれないですから)専門のかたがたのやりとりを、勉強するために、読むだけが良いということですね?
勘違いしてもらいたくないのは、本心で誓って、皆様方を非難しているつもりではありませんので。

重ねて書き込みして申し訳ございませんが。
法律知識・語学知識が疎い者の考え方、逆に両方共に知識を携えている方、様々な考え方が合いまみえる、また途中から参加しても(多少の行き違え、言葉足らずがあったにせよ)あまりその一字一句の揚げ足をとらずに、屈託の無い意見交換という場があったらすごく物事が発展していくのではないでしょうか。ただあまり感情を前面に出しすぎるのも支離滅裂な展開になってしまうのでそれはよくないとは思いますが。私も努めて冷静に真摯な気持ちでこのブログを今後も拝見したいと思っております。

>O さん

本日も別のニュースで、親子殺し事件の判決で無期懲役、がありました。
許せない人たちはデモかリンチでもやるんですかね?

交通事故でも二人死んだら死刑になりそうな勢いですから、自分が加害者の場合なら、何も反論せずに死罪受け入れかな?

私も法曹では有りませんが、被害感情の発露のままならそうなる。
「そんなことで良いのでしょうか?きっちり裁判でやりましょうよ」と法曹の方々は言って居るのです。

>MultiSyncさん
そうきましたか、わたしもその裁判結果には多少の行きどうりは感じていました。でもあまりその事件についてはしらなかったのでコメントは差し控えたいと思います。法曹の方々のおっしゃっていることも十分わかっているつもりです、このような返答が、私が思うに人の言葉に対し、揚げ足を取られているように感じるのですが...。

>No.259 O さん

責める意図は無く、揚げ足とって投稿を制限もしませんから気分は害されませんように。

ただ、犯人やその言い分への不満をダラダラと垂れるだけだと常連さんの興味を引かず、せいぜい間違いを指摘されるだけです。

更に踏み込んだ対応やシステムへの鋭い突っ込み、或いは専門的で無くても有効な提言なら、レスも多く付くでしょう。
諦めずにコメントされて良いと思います。

>No.259 O さんのコメント

 失礼ながら、「行きどうり」は「憤り」のお間違いではないでしょうか。意味が違っているのか、少し気になったもので....。

皆さんの反応を楽しく読ませていただいています。

ただ、
弁護士が自分の弁護のためにブログを立ち上げ、モトケンだかという仲間が応援する。一般人の書き込みには、専門家風を吹かせたのコメントをして排除していく。
弁護士も地に落ちたもんだ。20年ものキャリアさんまで、そこに加担してくるとは...。

ということに関しては、どなたも噛み付いてこないですね。
やっぱり、弁護士先生たちが自分たちを正当化したいから?
フフフ...

国民のひとりとしては、残念至極。もっと反応して!!
やっぱり、橋下弁護士がいうように閉ざされた世界なのでしょうか?

はじめまして〜。僭越ながら、私の思ったことを書かせていただきますね〜。一般人の一意見ですから、差し引いて解釈していただければ幸いに存じます。少しでも皆様の参考になればとの思いにて。

私は、ずっとrijinさんが各コメントにて仰ってることが気になってました。どこか暗示的に述べられ、それ以上つっこんで仰ってませんので、その真意までは理解できてないかもしれませんが。ただ、私もrijinさんと同じ認識を持ってました。というか、「たぶん同じ」ということですが。

さて、Oさんのお気持ちをこのようにしか受け止められないようでは、プロフェッショナル集団の方から、世間にその事情や本質について理解を求める事は永遠に難しいと思いますね。まずは、おごりを捨てるべきです。真摯な誠実な態度で、わかりやすく「やさしい」言葉で説明をするべきでしょう。

たとえば、傷害致死と殺人の違い。法律上は厳然としてある。しかし、一般世論は、「だけれども」被告人に死刑を望んでいるわけであって。その感情は、心の底から率直に発しているものであると。法律上の取り扱いとは全く無関係のところで。それが「現実」であると。「死刑(願望)→傷害致死に「無理やりこじつけて」持って行こうという弁護団」と世論の目には映る点(誤解)が、最大のバッシングの原因でしょう。

専門知識を持っていない人に、論理VS論理で対決して「勝ったぜ!」と思ったとしても、それは単に感情を逆撫でするだけで、目的(理解していただく)とは全く逆の効果を生むだけであると。感情むき出しとはいえ、せっかく刑事弁護に関心が高まった今だからこそ、本当は、チャンスなのに。ま、ネットの可能性は限定的だとは思いますけども。しかし、時が過ぎれば「無関心」になり、世論は誤解で形成されたまま、再び地下に潜りくすぶり続け、いつか、同じことが起きたとき、爆発することでしょう。何も解決されないまま。

私は、マスコミ偏向報道の呪縛から解放された者であります。今枝さんのお話をお聞きするうちに弁護人の役割について一定の理解ができたのち、テレビ等の報道に触れると、世間一般がいかに刑事裁判について無理解なのか痛感しました。お蔭様で、一般的な意味においても、マスコミの報道について、半信半疑で見つめるられるようになりました。その偏向度はおそろしいなと。頭では分かっていたことですけど、これほど体感できたことはありませんでした。

私は、その呪縛から解放までのプロセスを経てきたので、両者(プロ側、世論側)のお気持ちがわかります。ですので、こちらにいらっしゃるプロ?の方たちの仰ることもわかりますが、そのようなスタンスでは、問題は解決しないと思います。

呪縛から解放まで。私の心の中の変遷を振り返ってみると、かなりの努力が必要です。幾重もの葛藤を経なければなりません。 傷害致死で事実認定されれば、死刑回避は当然のことである。しかし、気持ちでは、被告人が許せなくて、法律は度外視して、死刑をどこか望んでいる。ですが、今は、その気持ちはあるものの、私は、刑事弁護の本質は曲げられないこと、そして、傷害致死と判決で認定されたとすれば、それはそれで受け入れるしかないと、理性的に捉えられるようになりました。

その呪縛からの解放のキッカケは、今枝先生の、「真摯で謙虚な」その言葉でした。

それまでは、たとえば、某ブログにて、一般人の意見に対して、法律の専門家らしきブログ主の方が、コメントにて論理で対抗していたの(いじめにも見えた)を目撃しました。私も、そのレスにROMながらもぶちきれそうでした(笑)。何が腹立たしく思ったかと言いますと、そのブログ主のモノの言い方でした。確かに、専門家としての認識としてどうやらそれが正当のようだけれども、一般人がいくら無知だからといって、そこまで、論理を振りかざし、ケチョンケチョンに蹴飛ばさなくてもいいじゃないかと。当人は、理解を促そうという広いスタンス(目的)はないのかもしれませんけどね。「一般人を弾き飛ばすの図」。これがプロという人たちなのかと。

一方、そう思っていたところ、今枝先生の言葉が天から舞い降りてきたと(笑)。上記ブログ主とのスタンスのギャップに目から鱗。私の心が今枝先生の言葉により溶けていく感覚を体感しました。私は、物事の本質(一般世論の誤解)の原因がどこかにあるのかを、体感として認識できた出来事でした。余談ですが、かの「ゴマだれ派さん」や、あるいは、一定の一般人も、今枝さんのこまめなレスにて、そのことを体感されたことと思います。今枝さんは、きっとヒントを得られたのでしょう。ブログの運営の是非はともかくとして、方向は間違ってないと思います。

モトケンさん(ご尊敬申し上げてます)が仰ってましたが、「世間の刑事弁護への無理解」。無理解なものは無理解だと認識するしかないと。仰ることはよく分かります。しかし、その無理解はどういう原因・経緯で生まれたものか、検証してみるべきだと思います。そこから、建設的な解決策が出てくるのではないかと。多くの方が仰るとおり、刑事弁護についての教育が国民になされてないという現実が根深いと思いますね。

私の個人的な憶測に過ぎませんが、これまで、司法の世界は、世間とは切り離されたプロの世界として、その井戸の中で存在したように思います。世の中に対して、理解を求めようという発想はあったのかどうか。ずっとそのままで漫然と放置していたことが遠因なのではないかと。医療の「不確実性」への無理解もそうだと思います。それによる誤解を解いておこうという試みがなされていたのかどうか、それと本質は同じように思います。

rijinさんがNo.166 で仰ってる、

>プロフェッショナルがプロフェッショナルであるが故に、最終的にしばしば世間から聖別・賤別の原因となる「わけのわからなさ」から自由になれないという弱点

が、私にはしっくり来ますね〜。名言だと思います。

私は経済学部出身ですが、当時、講義でたまたま「刑事訴訟法」をとりました。一応勉強したつもりでしたが、このたび、本当の意味では理解できてなかったことを痛感。 国民の刑事弁護についての教育、簡単ではないと思います。そして、ひとつ個人的な考えとして言えることは、一般人の疑問・質問・その思い・・を最低限「蹴飛ばさない」ということですかね。

また、一部の方によると、国民自身が努力すべきだと、プロに教えて頂くのだから、謙虚な姿勢が当然であり、最低限のことを調べてから議論に参加すべきだと、甘えるんじゃないと。仰ることは正しいと思いますが、それは「理想」に過ぎず、それを主張しても、その思いは叶わないでしょう。自ら勉強しようとしない人たちがたくさん世の中に存在します。本当の意味での誤解の「領域」はそこにこそ存在するのであって、そういう方たちは、知識人の持つ「おごり」にもっとも敏感な人たちであって。それを敢えて逆撫ですることは、事態を悪化の方向へ促すことでしかないという気がします。

その「わけのわからなさ」の井戸の中から出ない限り、延々と事態は解決しないのみならず、さらに悪化の一途をたどるしかないように見えます。また、立法、行政、教育、マスコミなどの分野の責任も大きいと思いますが、彼らが無頓着で動こうとしない以上、それを批判していても物事は解決するとは思えず、プロの方たちがご自身を守るためには、自ら主体的にそれら各権力や、あるいは、国民に対してアプローチするしか手はないと思います。簡単なことではないでしょうけども。じっとしていたら何も変わらないかも。

長々と個人的な考えを述べてしまいまして恐縮ですが、イジメないでくださいね(笑)。と申し上げるのは、失礼かもしれませんが、そのように思わせる何かがあることもぜひ、気づいていただきたく存じます。批判ではありません、率直な感想です。

関心があるうちはまだよいです。世論が刑事弁護について、無関心となり見捨てられることのないよう、そうなる前に、一般国民に対する「プロの方たちからの」アプローチを望みまして、刑事弁護に対する理解が深まることを祈念いたします。

>No.263 いか様(失礼、語呂が良くないですね)

>専門知識を持っていない人に、論理VS論理で対決して「勝ったぜ!」と思ったとしても、それは単に感情を逆撫でするだけで、目的(理解していただく)とは全く逆の効果を生むだけであると

全面的に同意です。(我が意を得たり)

(管理人権限により削除)

まぁ、公人として涙を耐えた本村さんの会見と
私人の範囲内で泣いてしまった今枝さん会見を
番組が対比して編集されてたのは面白かったです。

一般人で〜すさん

今枝弁護士のその文章を全部読みましたが、僕はそうは思いませんでした。
いろんなことが重なって出てしまった涙だったんだなと。
泣くなって言う人のほうが多いでしょうが。
僕はまだ信じてみたいと思いましたよ。

こんにちは。コメントさせていただきます。「あえて」のところがありますので、傲慢お許しください。


「一般人vs専門家」みたいな構図があちらこちらで出来上がりつつありますが、私はこの構図自体を疑いますし認めたくもありません。

「自称世間の常識を体現する人たち」や橋下弁護士がこういう構図を作ろうとしているわけですが、「専門家」の中にもこの構図を前提にしてしまっている方がいて、私としてはどうかなと思いました(事実的にも戦略的にも)。


私も法律にも裁判にも刑事弁護にも無知な「一般人」で「庶民」で「国民」ですが、「専門家」による刑事弁護の説明になんの違和感もありません。

素人は黙ってろとか専門知識を尊重するしないの話ではなく、先人たちが構築してきた我々の社会の制度が「専門家」の説明通りということは、知識としてというより感覚的に私(や私の周辺もだいたい)は理解してました。まさに「世間の常識」として。(私としては、憲法とはなんぞや、立憲主義とはなんぞや、みたいなことの方が感覚的に無理解でした。)


たとえマスコミ「報道」を鵜呑みにしたとしてもです。「悪い奴がバカ言ってんなー。遺族かわいそう。でも裁判だからなしょうがねーなー。弁護士も大変だなー。弁護士の役割は大切だからなー」くらいの感覚こそが「世間の常識」のはずではないでしょうか。


一部のマスコミ人の「論評(弁護団叩き)」については、「弁護士をそういう風に叩くのは筋違いでしょ」くらいの感覚こそが「世間の常識」のはずではないでしょうか。特別な知識なんていらないですから、ハードルは決して高くないと思います。


あえて私も「自称世間の常識を体現する人」になりますが(傲慢お許しください)、ムリヤリ構図を作るなら「世間の常識のある人(我々の社会の制度を感覚的にでも理解してる人)vs世間の常識のない(理解してない人)」なのではないでしょうか。「世間知らず」はどっちだよ、と。(「真の愛国」の奪い合いみたいでくだらないかもしれませんが。)


たしかに「世間の常識のない人」が多いですが(私自身、(ネットはともかく)一部のマスコミ人(古舘さんかと)に驚愕していますが)、我々の社会の制度についてちょっとした説明を聞けば、モトケンさんやM.Tさんのような方々の話を聞けば、ほとんどの人は「あー、なるほどね、そうだよね」と簡単に感覚的に理解するのではないでしょうか。


もちろん絶対理解したくない人もいるでしょうし、クレーマー的な方々や他人のブログに労力を費やして延々突撃するような方々も一定程度いますけど、こういうハードコアな方々が世間の大多数ということはないと思うんですよね。「特殊な人」と切断処理するのは間違ってますし、実際に「世間の風潮」の先鋭化した部分が表出してるのでしょうから、完全無視するわけにはいかないと思いますけど。


もう一度。「あえて」の部分もありますので、傲慢お許しください。

>一般人で〜す さん
 
 容認できない侮辱的表現がありましたので削除しました。
 付言しますが、文章の一部だけを引用した揚げ足取り的コメントは歓迎しません。

(ブログ主以外の特定の個人に対する容認できない侮辱的表現に対する指摘を省みないので削除)

>>No.263 いかさん

長過ぎでしょう!

それと書きたいことは絞ったほうが良いですよ。
何でもかんでも詰め込むと、各論がいっぱいになってひしめき合う状態になるので分かりにくいです。
全体を言いたいときは総論で、個別に具体的に書くときは数を抑えたほうが絶対読みやすいです。

さて、各論への反論や感想に入りますね。弁護団批判の最大の原因ですが、自分は戦術に伴う特別な行動をおこなったときに礼を欠いたことと、そのとき説明や謝罪ではなく法的な解釈の主張に走ったことだと思います。
逆に言えば、急な欠席と唐突な方針転換以外は、他の裁判と大きな違いはありません。

殺人罪か?傷害致死か?はたまた責任能力があったかどうか?これらの争点はありふれてて珍しくもありません。これらが何かの最大の原因になるなんてことはないでしょう。

次に勝ち負けですが・・・。自分は専門知識なんて皆無に近いですけど、誰かに言い負かされたりした覚えは無いです。
自分が思ったこと感じたことを素直に書いてるだけなので、自分の意見に賛成してくれた人もたくさんいるし、逆に自分が相手の意見に納得したこともたくさんあります。
もし、勝ち負けを意識しすぎて構えて書いてるのなら、それは損です。難しく捉えずに自由に素直に書いたほうが良いですよ。

かまえてしまう理由が具体的にあるのなら、例えば、「おっしゃることには納得しましたがこの言葉やこの言い回しは嫌です。やめてください。」と素直に書けばいいと思います。納得してくれる人や反論してくる人、横槍してくる人いろいろいると思いますけど、難しく考え込むより絶対良いです。
雑に書いたほうが気さくに感じる人もいれば、丁寧に書いたつもりが慇懃無礼だと捕らえる人もいますから、自分はどう感じたと相手の人に伝えるのは相手に取っても参考になるかもしれないし、相手の人にも言い分があれば受け取り方の参考になるかもしれないです。

それと自分はマスコミの人間ではありませんが、マスコミだって普通に仕事してるはずですから、そんなに極端な偏向報道なんてするわけが無いです。
世の中全ての出来事の細部までを完璧に伝えるのは物理的に無理だし、需要も無いです。最良の選択として象徴的なことを中心に短くまとめてるだけです。いかさんだけではなく皆さんに不満があるのは分かります。自分もあります。だけどそれが即偏向報道と考えるのは、良くないと思います。

今枝弁護士によって理解が進んだのなら具体的にどう考えると良いかを、問題のブログ主やそこで傷ついた人に向けて具体的かつ分かりやすく伝えていったほうが、絶対良いです。
葛藤や苦悩も具体的に書けば共感する人も出てくるかもしれません。
ここで書くなら書くで、ここの人にも伝わりやすいように具体的に書いたらどうでしょう?

最後にrijinさん向けのレスから始まる後半部分ですが、ほとんどが前半の繰り返しに思えるので割愛します。
強いて言うのなら、とにかく素直にシンプルに書いたらもっとわかりやすいと思います。

はじめまして。
読めば読むほど、ごく普通の国民の感覚と、司法制度が乖離しているなと思います。
この裁判をきっかけに刑法を改正してほしいと思うのは私だけでしょうか。
1.傷害致死の量刑を3年以上の懲役、もしくは無期懲役、もしくは死刑とする。
2.量刑の決定(有罪か無罪の決定も含む)に、被告の精神状況、家庭環境や生い立ちなどは考慮しない。
かなり乱暴な意見かもしれないですが、私はそれくらい、命は大切なものだと思います。


モトケンさんって、今枝弁護士さん自身ですか?
何だか紛らわしい。

正体を教えてもらえないでしょうか?

>No.273 貴方は誰 さん

あなたは書きこむ前に、ブログのプロフィールすら見ないんですか?

以下に本村さんの第10回公判での弁を示します。
はっきりいって長文ですが、是非読んでください。
そして、改めて議論しましょう


*******************************************

本日は、私の意見陳述をご許可いただき、深く感謝いたします。
 この裁判で意見陳述を行うのは2回目となります。最初は、5年9カ月前の平成13年12月26日、この広島高裁でした。事件発生から2年8カ月が経過したときです。そのとき、私は意見陳述の冒頭で以下のように述べました。
 「私がここで発言する内容は、すべてA君、君に聞いて欲しいことです。私が発した言葉のうち、一言でも二言でも多くの言葉が君の心に届き、君が犯してしまった罪について少しでも考察を深める手助けになればと思います」

 「妻と娘の最期を知っているのは、君だけです。妻と娘の最期の表情や最期に残した言葉を知っているのは君だけです。妻は君に首を絞められ、息絶えるまでの間、どんな表情をしていたか、どんな言葉を残したか。母親を目の前で殺された娘はどんな泣き声だったか、必死にハイハイして君から逃れ、息絶えた母親に少しでも近づこうとした娘の姿はどんなだったか。君はそれを忘れてはいけない。妻と娘の最期の姿。それが、君の犯した罪だからです。君がどんな家庭環境で育ち、どのような経験を経て犯罪に至ったかが罪ではない。君が殺した人の夢や希望、人生そのものを奪ったことが罪なのだから。
 そして、君は妻と娘のことを何ひとつ知らない。だからこそ反省もできないし、己の犯した罪の大きさを知ることすらできない。ただ唯一、君が妻と娘の人生を知る術として、妻と娘の最期の姿がある。きっと、妻と娘は最期まで懸命に生きようとしたと思う。生きたいと願ったと思う。その姿を、君は見ている。妻と娘の最期の表情や言葉を、君は忘れてはならない。毎日思い出し、そして己の犯した罪を悟る努力をしなければならない」

 「君が犯した罪は万死に値します。いかなる判決が下されようとも、このことだけは忘れないで欲しい」

 私が初めて意見陳述したときは、過去の判例から推察して死刑判決が下される可能性は少ないと思っていました。つまり君が社会復帰することを考えて、2度と同じ過ちを犯して欲しくないと思い、少しでも反省を深め、人間としての心を取り戻せるようにと、一生懸命に話しました。
 その時から5年以上の歳月が流れ、死刑判決が下される可能性が高まり、弁護人が代わり、そして、君は主張を一変させた。私は、なぜ弁護人が最高裁弁論期日のわずか2週間前に交代したのか理解に苦しみます。加えて、最高裁の公判の欠席など許されない行為だと思っています。そして、弁護人が代わったとたんに君の主張が大きく変わったことが、私を今、最も苦しめています。
 最近では、被告人の主張が一変したことについて、弁護団の方々がインターネット上で裁判に関する資料を公開し、弁護団と君の新たな主張として、社会へ向けて発信しています。この事件に関する報告会のようなものを、弁護士会を挙げて開催しているとも聞きます。
 インターネット上で妻が絞殺されたときの状況を図解した画像などが無作為に流布され、私の家族の殺され方などが議論されている状況を、決して快く思っていません。しかしながら言論や表現の自由は保障されるべき権利でありますので、私が異議を唱えることはできないと思い、沈痛な思いで静観しています。
 ただ、自分でもうまく感情を理解できないのですが、殺されている状況が図解されている妻の悔しさを思うと涙があふれてきます。怒りなのか、虚しさなのか、この感情をどのような言葉で表せばよいのか分かりません。ただ、家族の命をもてあそばれているような気持ちになるのは確かだと思います。

 私は事件直後に、ひとつの選択をしました。
 いっさい社会に対し発言せず、このまま事件が風化し、人知れず裁判が終結するのを静観すべきか。それとも、積極的に社会に対し発言を行い、事件が社会の目にさらされることで、司法制度や犯罪被害者の置かれる状況の問題点を見出してもらうべきか。
 そして、私は後者を選択しました。家族の命を通して、社会に何か新しい視点や課題を見出していただけるならば、それこそが家族の命を無駄にしないことにつながると思ったからです。
 しかし、先のような事態を目の当たりにすると、私の判断が間違っていたのではないかと、悔悟の気持ちが湧いてきます。
 しかし、このような事態になったのは、これまで認めてきた犯行事実を根底から大きく一変させ、私たち遺族だけでなく、事件に関心を寄せていただいていた世間の皆様もこの新しい主張が理解しがたいことばかりであったことが原因だと考えています。
 なぜ1審、2審で争点になっていなかったことが、弁護人が代わって以降、唐突に主張されるようになったのか、私は理解できませんし、納得しがたいです。弁護人の1人は被告人の新しい主張について、インターネット上で以下のように述べられています。
 「現在の被告人の発言は、弁護人が指示したり教唆したりしたものではありません。被告人は旧1、2審では訴訟記録の差し入れもしてもらっていなかったので、記憶喚起も曖昧であり、検察官の主張に違和感を唱えても、前弁護人に『下手に争って死刑のリスクを高めるより、反省の情を示して無期懲役を確実にすることが得策』と示唆を受けたと述べます」
 本当に前弁護人がこのように指示したのであれば、刑事訴訟法第1条に謳われている「事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする」に明らかに違反することになり、前弁護人らは弁護士としての品位に欠く許されない行為だと考えています。
 そして遺族としては、弁護人が代わることでここまで被告人の主張が変わってしまうことが非常に不可解でなりません。私たち遺族は、一体何を信じればよいのでしょうか。
 ○○君、私は君に問いたい。
 君がこれまで、検察側の起訴事実を大筋で認め、反省しているとして情状酌量を求めていたが、それはすべてうそだと思っていいのですか。私がこれまで信じてきた犯行事実は、私が墓前で妻と娘に報告してきた犯行事実は、すべてうそだったと思っていいのですか。本当に、本法廷で君が述べていることが真実と理解していいのですか。
 しかし、私はどうしても納得できない。私はずっとこの裁判を傍聴し続けてきたが、どうしても君が心の底から真実を話しているように思えない。君の言葉は、全く心に入ってこない。たとえ、この裁判で君の新たな主張が認められず、裁判が終結したとしても、私には疑心が残ると思う。事件の真相は、君しか知らない。
 よって、この法廷で真実を述べているか否かなど、私が君の証言について是非を言うべきでないかもしれない。しかし、私は君がこの法廷で真実を語っているとは、到底思えない。今の君の言葉は、まったく信じられない。だから今後、君が謝罪の言葉を述べようともその言葉は信じられないし、君が謝罪の手紙を何通つづろうとも読むに値しないと思っている。少なくとも、この裁判が終結するまでは君の言葉は信じられない。
 そして、もし、ここでの発言が真実だとすれば、私は君に絶望する。君はこの罪に対し、生涯反省できないと思うからだ。
 君は殺意もなく、偶発的に人の家に上がり込み、2人の人間を殺したことになる。こんな恐ろしい人間がいるだろうか。私は、君が反省するには、妻と娘の最期の姿を毎日でも思い浮かべるしかないと思っていた。しかし、君は殺意もなく、生きたいと思い最後の力を振り絞って抵抗したであろう妻と娘の最期が記憶にないのだから、反省のしようがないと思っている。
 ○○君。私が君に言葉をかけることは、これが最後だと思う。最後に、私が事件後に知った言葉を君に伝えます。中国、春秋戦国時代の老子の言葉です。

 「天網恢々、疎にして漏らさず」

 意味が分からなければ、自分で調べてもらえればと思う。そして、この言葉の意味をよく考えてほしい。
 君が、裁判で発言できる機会は残り少ないと思う。自分がこの裁判で何を裁かれているのか、己の犯した罪が何なのか、自分が何をなさなければならないのかをよく考え、発言してほしい。そして、君の犯した罪は、万死に値する。君は自らの命をもって罪を償わなければならない。

 裁判官の皆様。事件発生から8年以上が経過しました。この間、多くの悩みや苦しみがありました。しかし、くじけずに頑張って前へ進むことで、多くの方と出会い支えられて、今日まで生きてきました。今ではしっかり地に足を着け、前を向いて歩いています。今日まで支援してくださった方々に深く感謝しています。そして、私の行動をいつも遠くから優しく見守ってくれた両親や姉、妻のご家族様にも深く感謝しています。
 私は、事件当初のように心が怒りや憎しみだけで満たされているわけではありません。しかし、冷静になればなるほど、やはり妻と娘の命を殺めた罪は命をもって償うしかないという思いを深くしています。
 そして、私が年を重ねるごとに多くの素晴らしい出会いがあり、感動があり、学ぶことがあり、人生の素晴らしさを噛み締めています。私が人生の素晴らしさを感じるたびに、妻と娘にも本当は素晴らしい人生が用意されていたはずだと思い、早すぎる家族の死がかわいそうでなりません。

 私たち家族がともに暮らせるようになるまでは、決して順風満帆な道のりではありませんでした。学生結婚だったため、私の経済力がまったくなく、娘が産まれても新居がないような状況で、妻にはいつも迷惑ばかり掛けてしまい、何のぜいたくもさせてあげることができませんでした。娘には、自分の名前の由来すら教えてあげることができませんでした。
 しかし、妻は、どんなにつらいときもいつも前向きで、明るい笑顔で私を迎えてくれました。本当に美しく尊敬できる人でした。娘はよく笑う愛嬌のいい、おとなしいかわいい子でした。私は妻と出会い、娘を授かることができたことに感謝しています。残念ながら、妻と娘に感謝の気持ちを伝えることができませんでした。そのことが悲しく、悔しくてなりません。私たち家族の未来を奪った被告人の行為に対し、怒りを禁じえません。
 私は家族を失って家族の大切さ、命の尊さを知りました。妻と娘から、命の尊さを教えてもらいました。私は、人の人生を奪うこと、人の命を奪うことがいかに卑劣で許されない行為かを痛感しました。
 だからこそ、人の命を身勝手にも奪った者は、その命をもって償うしかないと思っています。それが私の正義感であり、私の思う社会正義です。そして、司法は社会正義を実現し、社会の健全化に寄与しなければ存在意義はないと思っています。
 私は、妻と娘の命を奪った被告人に対し、死刑を望みます。
 そして、正義を実現するために、司法には死刑を科していただきたくお願い申し上げます。

本村さんの気丈で聡明な一面だけが、このブログでは語られていますが、この意見陳述は、それだけでなく、いかに無念かを言い尽くそうとされている。
このような事件を起こした犯人を死刑にしなくて、誰を日本の法律では死刑にするのだろうか?

また、弁護士の社会正義とは何か?弁護士自身が自分に問うべきではないだろうか?

>貴方は誰 さん

 純粋に好奇心からの質問ですが、あなたが

>モトケンさんって、今枝弁護士さん自身ですか?

 このような疑問をもった根拠を教えてもらえませんか?

No.276 モトケン さん

> このような疑問をもった根拠を教えてもらえませんか?

今枝弁護士の経歴を知ったからです。元検察官だったそうで、モトケンって元検の略かなと思ったし、本人が名前を変えて、このブログで意見を述べているとしたら、おかしいでしょ?

だから!

>貴方は誰 さん

 私のこの事件に関するエントリを読みましたか?
 読んでから何か質問があったらどうぞ。
 けっこう多いですけどね。

http://www.yabelab.net/blog/040ue/041oeieoei/046oeiooeie/

>No.275 社会正義を守ろうさま

このブログで発言されている方は、光市事件の公開された裁判記録は自力で手に入れて、全て読んだ上で発言されています。
(私は読んでいますし、他の人もそうだと確信していますが…)

ご自身の意見を書き込まれるならともかく、単なる資料のコピぺでしたら、スクロールの邪魔ですのでご遠慮下さいませんか?

木村さんの主張は当然読んでますよ。
その上で、みんな発言してるわけです。

「天網恢々、疎にして漏らさず」
それはそのとおりであり、逆に言えば当たり前のことです。
その格言どおり、被告人は死刑か無期懲役かの瀬戸際に立たされているわけです。
天の網によって罰を受けるのは確実なんですよ。
問題は、その罰が何なのかってことです。
それを争ってるいるんです。
客観的証拠に基づいて、弁護側と検察側、どちらが正しいのか、
科学に基づいて裁判所が判断をくだすわけです。

こんなのがありました。

**************************

『ま、しゃーないですね今更。被害者さんのことですやろ?知ってます。
ありゃー調子付いてると僕もね、思うとりました。
・・・でも記事にして、ちーとでも、気分が晴れてくれるんなら好きにしてやりたいし 、知ある者、表に出すぎる者は嫌われる。本村さんは出すぎてしまった。私よりかしこい。だが、もう勝った。終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、
私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君。
オイラは、一人の弁ちゃんで、最後まで罪が重くて「死」が近くても「信じる」心をもって、行く。そして、勝って修行、出て頭を下げる。そして晴れて「人間」さ。
オレの野望は小説家。へへ

犬がある日かわいい犬と出合った。
・・・そのまま「やっちゃった」、・・・これは罪でしょうか
五年+仮で8年は行くよ。
どっちにしてもオレ自身、刑務所のげんじょーにきょうみあるし、
速く出たくもない。
キタナイ外へ出る時は、完全究極体で出たい。じゃないと二度目のぎせい者が出るかも。
私を裁けるものはこの世におらず、7年そこそこで地表にひょっこり芽を出すからよろしく。

*********************************

こんなのは、前から読んで知ってるというでしょうけれど、
何度も読んでみたら?法曹会の皆さん。

俺は、こいつを生かしておくべきでないと思う。
できれば、どういう方法で処罰(死刑)するかを議論して欲しいものだ。    ねえ、明智君。

>できれば、どういう方法で処罰(死刑)するかを
>議論して欲しいものだ。    ねえ、明智君。

 中卒程度の常識があれば、絞首刑以外に考えられない
んだけども。(今から彼が執行されるまでの間に刑法が
変われば、薬殺とか別の方法もあるのかもしれないが。)

 というか、そんなことを議論して、どういう結果がでれば
君は満足して、社会正義が達成されたと思うの?

他所からこの記事に流れてきて,この記事およびコメントしか読んでいないため,ここに書くのは不適当なコメントかもしれないのですが。

懲戒請求に関して,今回問題になっている件(弁護人の弁護方針に対するもの)とは別に,安田弁護士らが最高裁審理を欠席した件についても請求がなされて,その請求が棄却されたという話を見たのですが(もうしわけありませんがソースは覚えていません),

(1) 懲戒請求がなされたこと,およびそれが棄却されたことは事実でしょうか?

(2) 棄却の理由はどういうものだったのでしょうか?(或いはその情報へのポインターでも結構です)

(3) 「裁判を不当に引き延ばす」行為は,一般的に見て弁護士への懲戒事由に当らないのでしょうか?

またこの件については,コメントNo.96で紹介された江川紹子さんのサイトで,欠席の主な理由は「(日弁連の模擬裁判のリハーサル出席ではなく)弁護人を引き受けて2週間で準備ができていない」というものであり,「最高裁が期日延期を却下したのは」「あまりに態度が頑な」だと書かれていたのですが,

(4) 刑事裁判の途中(特に上告審段階)で弁護人が交代した場合の準備期間として2週間というのは,一般的に見て短かすぎるものなのでしょうか?

(5) 「準備期間が短い」と主張するのであれば,日弁連の模擬裁判のリハーサルへの出席その他の用事を断念してでも準備を優先すべきでは,というのが私の個人的な見解なのですが,「準備期間が短い」とする一方で,「日弁連の模擬裁判のリハーサルへの出席」を審理への欠席事由として挙げたことは矛盾していない,というのが,法曹界では一般的な見方なのでしょうか?

(6) 同じく「準備期間が短い」というのであれば,欠席という手段を取るのではなく,出廷して準備が不要な部分について少しでも審理を進めるという方法もあったと思うのですが,そうした方法は一般的ではないのでしょうか?


それから,話は全く変わりますが,本記事の今枝弁護士のコメントでは,被告人の未成熟性について,「家裁記録では『発達レベルは4、5歳程度』」と示されていることを(間接的な)根拠として挙げつつ,他のところで最終的に「事件当時は11〜12歳レベルの発達だったのではないか」という主張をしています。

しかし私はこの主張こそが,精神鑑定の不正確さを示しているような気がしてなりません。今枝弁護士が言われるように,4〜5歳は言い過ぎでも11〜12歳レベル,という7歳もの誤差が許されるのであれば,同様に18〜19歳(=11〜12歳+7歳)程度かもしれないという鑑定が出てもおかしくないのではないでしょうか?

このような精神鑑定に,それでも裁判の判断材料としての価値があるという考えが法曹界では一般的なのでしょうか?

社会正義を守ろう様

あなたが守ってほしい社会正義とはどの社会正義のことですか?

>No.283 xon さま

>「事件当時は11〜12歳レベルの発達だったのではないか」という主張

まず「4〜5歳」という鑑定は、被告元少年が逮捕されて少年鑑別所に入所した当時に鑑別所で行なわれた検査の結果で、鑑別所の報告書(刑事訴追以前の家庭裁判所の段階)に出てきます。

12歳という弁護団の主張は、差戻し審において提出された更新意見書で主張されており、その原文では「第3情状のイ B鑑定の指摘」という段落にて論述されてます。
(原文のP33の右段下から17行目〜同ページの最終行)

具体的には、安田弁護団が依頼して行なわれたB教授(個人攻撃の的になるリスクを考慮して仮名とします)の精神鑑定書で指摘されたいることを、弁護団が更新意見書で引用した部分です。なお、B鑑定書は弁護側の証拠として差戻し審に提出されています。

今枝ブログでは、当初は更新意見書をそのまま分割して公開しておりましたが、P27の半ばまで(確か「更新意見書69」)公開したところで中断し、その後全てが削除されましたので、このB教授の鑑定を引用した部分まではたどり着いていませんでした。

以上の通り、差戻し審において弁護団は1・2審での4〜5歳より成熟した12歳を主張している訳で、見方によっては被告元少年の精神的成熟度を上げたことになり、その部分だけ見れば情状証拠としては弁護団がB鑑定に依拠した12歳の主張は裁判上不利な要素です。

ただし、この12歳というのは元少年の実母が自殺したときの年齢で、B鑑定では元少年は実母の自殺により強い精神的ダメージを受けており、元少年の精神的な成長はその時点で止まったままで18歳の犯行時に至った、という鑑定内容となっています。

この情報を元にxonさんご自身で評価してみてください。

なおお尋ねの内、前段の(1)〜(6)については、解説する資料と知識を持ち合わせておりませんので、ご勘弁下さい。

みなさま、こんにちは。もう一度だけお邪魔します〜。恐縮です。

>No.271 ファブヨンさん

うーん、ありがとうございます。ここで文章の添削をしていただけるとは思いませんでした(笑)。長文、申し訳ありませんでした。伏してお詫びいたします。なんとなく、思いが伝わってないようで(自業自得?)、自分の文章力のなさを恥じいるばかりですが、レスありがとうございました。ですが、個人的には、自分自身の思いは書けていると考えてます。とはいえ、文章の書き方についてはファブヨンさんのアドバイスを受けまして、精進いたします〜。

ひとつだけ、マスコミの偏向報道という点。たしかに、すべてがすべて「偏向」ではないかもしれませんね。言いすぎかも? しかし、例えば、ある番組ででしたが、元検事の土本さんという方の発言においては、鹿児島や富山の冤罪事件を引用して、弁護団はあたかも、そのタイミングを利用して、死刑回避を狙っているのだろう(もっといえば「死刑廃止運動」しているのだろう)・・といったお話のされ方をしてました。

(一方で、今枝さんによると、「弁護団には、死刑についてさまざまな意見を持った人がいると。一様ではない。」と、そう仰ってますよね〜。)

ひとつのストーリーを勝手に作り上げて、無理やり辻褄を合わせてたような印象がありましたよ。私は、「これを見たら視聴者は一発で信じてしまうだろう」と思いました。それに対する、反論コメントなどは全く持ち出す気配すらありませんでした。なんらかの意図があるのかな?としか思えませんでした。こわいなぁと。そういうことです。今枝先生のブログを見てなかったら、あの説を私は信じてたことでしょう。ま、列挙すればキリがありませんね。

視聴率重視という事情のもと、テレビ局は、世論の意見とは反対の立場を述べるコメンテーターは使わないようにしたりとか(クレームがイヤ?)、キャスターやコメンテーターにしても、ヘタな反対意見(世論に対して)をして好感度が落ちることを恐れたりとか、あるいは、局側に迎合してるのかなぁとか、憶測に過ぎませんが、そんなうがった見方をついしてしまう今日この頃です(笑)。

世論→マスコミ→世論→マスコミ、と悪循環でスパイラル。「反弁護団」という旗のもと、加速度的にバッシングが生まれていってるという気がします。これはネタになる!(笑)。としたたかな考えがあるのでしょうかね?

つまり、マスコミ側単独の原因ではなく、「世論が『反弁護団』に傾いている」という、「世論側」の事情も大きな原因かなと。「にわとりが先か卵が先か」わかりませんけども、刑事裁判に対する基礎知識やメディアリテラシーの考えが国民に浸透していたとすれば、それに対する防御になるうるかもしれないなと。逆に言えば、それが徹底できてないので(教育の問題かなぁ?)、生まれる現象かなと、これが、私の「イメージ」なんです。

公共広告機構を使うとか?わからないですが、日弁連からCMなどでアピールするとか、橋下弁護士を味方につけて、弁護人の立場を代弁していただくとか(笑)、積極的に「策士」になって、経営者やビジネスなどの発想ではないですけど、「柔軟な発想」で戦略に打って出るべきではないかと。私個人の意見でございます。

ということですが、ファブヨンさん、レスありがとうございました〜!(^^)

No.286 いかさん

丁寧な返答ありがとうございます。
アドバイスのつもりで書いたのですが、そこまで気持ちよく受けて頂くと、かえって恐縮です。
こちらこそ出過ぎたまねだったかも知れません。

マスコミの偏向報道に関して、自分は彼らも仕事なので意図的に偏向してるなんてことはなくて、その場その場で象徴的なことを報道してるのだと書きましたけど、確かにその場での象徴的なことを選ぶに当たって、いかさんの言う通り世論を気にしたり視聴率を気にしたりと言うことはあると思います。

ですから、仰る通りの傾向は、自分もあると思います。
そこで多くの人が不満に感じてるのも事実で、実は自分も不満は感じてるんです。

ただ、悪意を持ってそうしてるのではなくて、システム上やむを得ないところがそうさせてると言うことと、だからと言って(中には酷い人もいるでしょうけど)そのまま流され続けたりしないようにバランスを取る努力は、実際の製作や編集で行われてると思うし、(例に出されてる)公共広告機構を初めとしていろんな形で苦情を積極的に受け付けようとしています。

自分は、その点を考慮してマスコミを擁護したのですが、今回のように丁寧に書かれてるものに関しては、擁護の必要性は全く感じられないので、いかさんの言い分を100%認めます。
自分は(ただの酷評ではなく次に繋がる)苦情は宝物だと思ってるので、いかさんの発言は良いこと言ってるな素直に思います。

あと、弁護士会も今回のことをきっかけにマスコミとか世間への対応を考えていくそうです。
(参照「弁護士の品位」No.147 ponさんのpdfの最後の方)

その場合、やはり上記のようなシステムの中で戦うということですから、放送される時間を勝ち取らなければいけないので、御書きのように策士となって、ビジネスのような柔軟な発想で戦略に出るというのは必要だと思います。

ブログ更新してたけど
今枝さんなかなか大変やね。

No.282 ミ ´Å`彡 さん
No.284 pon さん
No.279 法務業の末席 さん

ご意見ありがとうございます。皆さん弁護士さんですか?
一般市民じゃないですよね。きっと...

私としては、判決で主文が最後に読まれることを期待しています。
方法としては、絞首刑に限らず、遺族が望む方法で...というのはどうですか?薬殺、電気椅子など。犯人にも憲法では法の下の平等とかで守られる部分があるように言われますが、本件のような凶悪な殺人犯には、そんな考えは不要だと考えます。それが私の考える社会正義ですが、何か?

社会正義とは法の下の平等を貫く事。

人権を奪った人間は、人権を放棄するべきだ。どこに今それが貫かれているのだろうか。

サカキバラ、バスジャック、狂ったもん勝ちだな。

警察も犠牲者出る前に早く射殺してほしい。

鬼畜と善良な市民、命の重さは同じではない。


今枝弁護士のブログは書き込みできなくなったね。

なら初めから作るな!

社会正義を守ろう様
http://www.yabelab.net/blog/2007/09/23-180455.php#c81610
こちらもあわせてお読みください。
あなたが考える社会正義がそうであるのならばそれはそれでよいでしょう。

ではあなたは現時点においてその正義を日本国憲法よりも優越させるべきだと思いますか?
あなたがたった一人で考えた正義がそれほどまでに正しいと、なぜそこまで自信を持っていえるのか不思議でたまりません。
あなたの正義を実現させることによって日本はどのようになりますか?

社会正義を守ろう様

>ご意見ありがとうございます。皆さん弁護士さんですか?
>一般市民じゃないですよね。きっと...

私は非法曹の者です。
と言うか単なる大学生です。

2点指摘させていただければ、
法曹の人間だって役人でも政治家でも軍人でもない、単なる一般市民には変わりません。
あなた方と違う価値観を持っているように見えるのは、
法曹であるからと言う理由ではありません。

そして一般市民であるとしても、やはりあなたと違う価値観を持っているのは当然のことなのです。
そもそもあなた方のように大勢の人間が完全に同一の価値観を持っていることのほうが異常なのです。

私も被告が早く死刑になって社会正義が達成される事を
祈る。

>No.289 社会正義を守ろう さま

>ご意見ありがとうございます。皆さん弁護士さんですか?
>一般市民じゃないですよね。きっと...

残念ながら私は弁護士ではありません。大学も法学部ではなく経営学(マーケティング)を学び、30年近く小売業や広告業界の仕事をしておりましたが、数年前に試験に合格し社会保険労務士となっております。
HNの「法務業の末席」は、弁護士などの司法職(法曹三者)に比し、世間的に評価が低い「士業者」程度の意味です。

私はこのモトケンさんのブログで発言するときは、できる限りオリジナルの情報(今回なら原審の判決文や更新意見書、橋下弁護士の答弁書など)を入手して、読んでからその内容についてコメントする、というスタンスを守るようにしているだけの一市民です。

No.283 xonさん
>(3) 「裁判を不当に引き延ばす」行為
問題は、なにが「不当に」に該当するか、ですね。
さらには、仮に「裁判を不当に引き延ばす」行為に該当するとして、それば懲罰相当の重みを持つのか、という問題もあります。

例えば『ことさらに法律を無視』するのは悪いことですが、「近くに公衆便所がなくてやむなく物陰で立小便」だとか「交通量の少ない交差点での歩行者の信号無視」、「ビラ配りのためのマンションへの立ち入り」などは『ことさらに法律を無視』したことになるのか、もしそうだとしても逮捕・起訴されねばならないほどの法律違反なのか、っていう『程度の問題』があるという話ではないかと。

No.283 xonさん

>このような精神鑑定に,それでも裁判の判断材料としての価値があるという考えが法曹界では一般的なのでしょうか?

法曹関係者ではない素人ですが、知っている範囲で答えさせてください。
弁護側が「判断材料としての価値がある」と考えて提出することは自由です。ただし、その材料を判決に反映させるかどうかは裁判官が決めることです。
凶悪事件の裁判で、弁護側が心神喪失や心神耗弱を主張して無罪や減刑を求めることはよくあります。それが傍目には腹立たしく思えるでしょう。でも、その事件の判決までフォローされてますか? 減刑理由として認められなかった事件の方がかなり多いと思いますよ(データがあったと思いますが思い出せません)。

今回の件にしても、内容に議論の余地があるとしても、弁護側が主張すること自体を封殺することはできないはずです。裁判所の判決が出てから考えた方が良いと思いますよ。

>惰眠さん

 まぁ〜法曹に居る人間が自分の職場である最高裁の弁論をすっぽかしてる時点で「品位を失うべき非行」だとは思いますけどね。 被告を守るのも職責だろうが、裁判に出席するのも職責だろうに・・

 例の2弁護士が前者を取った事を否定はしないが、それによるペナルティーは受ける(ペナルティーの程度はあるが)のが当然であって、本村さんが出されている懲戒請求を却下する綱紀委員会って機能してるのか正直疑問。

 まぁ〜そもそも審査する綱紀委員会が日弁連なんだから、結局は自分の都合のいい様にしか法解釈しないので弁護士が納得出来ればそれでいいってのが今の弁護士法56条って事かな。

 ちと追加・・

 「裁判を不当に引き延ばす」とは意味合いが違いますが、行った行為はそれなので書いております。
 遅延かどうかは私的には微妙と考えますが、裁判所が定めた期日でやるのは裁判のルールだと言う点で私は2弁護士は懲戒物だとは思いますけどね。

>法曹に居る人間が自分の職場である最高裁の弁論をすっぽかしてる時点で「品位を失うべき非行」だとは思いますけどね。


「思う」じゃなくて、そのことを論理的かつ法的妥当性がある形で説明してみてください。

最低限必要な定義事項は
・弁護士の品位とは何か
・また「品位を失うべき非行」とは何か
・刑事弁護における弁護人の職務内容および職務の目的は何か
  といったところでしょうか。

その上で
・当該弁護士の行動は具体的にどのようなものであったか
・その行動の結果、どのような事態が生じたか
            などなどを論証してみてください。

法律と言うものは、感想だとか印象で運用するものではありませんから。

>惰眠さん

 ではそのように

1.弁護士の品位
 裁判の場を尊重し被告の為の弁護を行う事

2.品位を失うべき非行
 1を見れば分かる事かと

3.刑事弁護における弁護人の・・
 皆さん良く言われる被告人の最大の利益の為に働くって事でしょうね。

 結局の所、惰眠さんは3を最大のポイントに据えられている訳で、私は1を最大のポイントに据えている。
 弁護士が裁判の場を放り出したらそれは弁護ではないと思う。 最大の利益を追求はしているが、なら裁判と言う場を軽視していいのかと言う事。

 結果は被害者遺族を上京させたが相手弁護人は欠席するという事態を生んだ。 それに対して本村さんは懲戒請求を出している。 但し綱紀委員会では却下された。 安田弁護士は結果は未だ分かってない。

 これで良いでしょうか?

ご返答ありがとうございます。
ただ、まだ不十分と感じます。
「裁判の場を尊重し」とは具体的にどのようなことなのかを具体的に説明する必要があります。
また「被告のための弁護」とは?を同様に説き明かす必要もあります。
と同時に、それを果たすことが、何に基づいて義務化されている(果たさなかった場合に「非行」とみなす)のかを法的根拠に基づいて、説明されなければなりません。
さらに、他の「非行」として扱われる行動類型との対比も必要ですし、当裁判以外に弁護士が公判期日をキャンセルした事例はないのか、あったとしたらその事例では欠席行為がどのような取り扱いを受けたのかも勘案する必要があります。

なぜここまで厳密なのかというと、ことが弁護士法という、法律に関わる事柄だからです。

こうした検証を経てなお『弁護士の品位を欠くべき非行』という抽象概念に合致することが論証できるのであれば、例えば橋下氏の言い分にも妥当性がある可能性を見出すことができます。

 正直、品位と言うのは弁護士法でも余りにも抽象的過ぎて論理的に説明するのは困難です。 これは弁護士法で明確な線引きを行ってないのも原因なのでしょうが・・

 私的には弁護士法の第三条における職務規定において、裁判は弁護士が果たさねばならない職務であり、裁判を持って社会秩序の維持に貢献するべき物と考えます。
 これは弁護士法第一条の第二項の「誠実にその職務を行い・・」のくだりからも合致すると考えます。

 類型に関しては流石に調べろと言うのは無理があると思われます。 懲戒の有無は日弁連の冊子から得られますが、却下された案件は掲載されないはずですから。

 あと弁護士法五十八条において、「何人も、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは・・」のくだりで「思料」と言う言葉を使う以上は、ある程度推定の部分を含めても問題ないでしょう。 もしこの点で意見の相違があるならば、それは弁護士法の記述にも問題があると考えます。

概ね法律の条文と言うものは、汎用性を持たせるために抽象的に書きますからねぇ。
私もこの騒動の後、ちょっと調べてみたんですが(グーグルの検索で引っかかりました)、昭和50年代の、たしか衆院法務委員会で同じような議論(抽象的ではいかん、刑法のように例示的にすべきとの改正意見)が戦わされています。

きっかけになったのは、今回と同様に「反社会的」な被告人(当時はいわゆる極左暴力集団のメンバー)を弁護するとは怪しからん、という意見だったようです。反社会的どころか、日本国の法体系も国権さえも認容しないってな極端な連中の弁護活動ですからね・・・。

結果は、いまもって弁護士法が当時のままであることから明らかなように、抽象的文言のまま改正されなかったわけです。
なかなか白熱した面白い議論をしていたようです。

しばらくこちらにアクセスしていなかったため,レスポンスが遅れてすみません。

>No.285 法務業の末席 さん

丁寧な解説ありがとうございます。

ただ私が知りたかったことは,どちらの鑑定結果が信頼できるかということではありませんでした。

今回のケースでいうと,おそらくどちらもプロフェッショナルである精神科の先生が鑑定されたはずの結果に,「4〜5歳」と「11〜12歳」という,素人目には大きな差があることについて,

(a) 精神鑑定というのは,そもそもそんなにブレがあるものなのか。ブレがあるものだとすると,「4〜5歳」が「11〜12歳」になったのと同様に,「11〜12歳」が「18〜19歳」になってもおかしくないのではないか? (主に精神医学という専門領域の問題)

(b) こうしたブレの大きさは,刑事裁判における精神鑑定そのものの信頼性に疑義を投げかけるものになっているのではないか? 具体的には,刑事裁判において精神鑑定がどれくらい信頼/重要視されているのかということを,例えばどれくらいの割合で証拠として提出され,採用/棄却されているかなどはどんな感じなのか? (主に刑事裁判という専門領域の問題)

という2点を知りたかったわけです。後者(b)については,

>No.296 せっせ さん

からいただいたコメントとも関係しますが,私は「弁護側が主張すること自体を封殺する」つもりはなく,ただ,(b)で書いたように刑事裁判の分野で精神鑑定にどれほどの重みがあるのか(自分の主観ではなく)法曹界にいる方々の肌感覚や客観的な数字などから知りたかっただけなのです。

それから,順序は前後しましたが,

>No.295 惰眠 さん

>問題は、なにが「不当に」に該当するか

はその通りだと思います。

これについては,惰眠さんがNo.299のコメントで書かれているように,またモトケンさんがこのブログで繰り返しかかれているように(他のエントリーも少し目を通しました),

>・刑事弁護における弁護人の職務内容および職務の目的は何か

が「被告人の利益を守る」であるのも考慮する必要があることもわかります。

ただ,私が知りたかったのは,じゃあ被告人の利益を守るために,例えば(今回のケースに限った話ではなく,一般的に)刑の執行を遅らせる→刑の確定を遅らせる→判決が出るのを遅らせる→裁判の進行を遅らせる→…というような法廷戦術は,許容されているのか,ということです。

もちろん実際には「…」の部分がどういうものかで,「不当に」に該当するかどうかが決まるわけですが,そもそも「不当」であるかどうかに関わらず,弁護人が「被告人の利益を守る」目的で裁判を引き延ばすことは許容されているのかを知りたかった,と言い換えることができるかもしれません。

素人の印象では,従来はこうした戦術は基本的には「黙認」されていたが(もしかしたらこの種の引き延ばし戦術は刑事より民事の方が多いのかもしれない,と今思いました),最近刑事訴訟法が改正され,刑事裁判の迅速化を目的とした「出廷命令」を裁判所が出せるようになったことで(実際本件の安田弁護士らがその適用第一号だったとのことですが),建前だけでなく実効的にもそうした司法的牛歩戦術は認められなくなりつつある,というように感じています。

そこで,実際に司法に携わっている方々の声を聞きたかったわけです。

話を「なにが「不当に」に該当するか」に戻します。

結局この問題は,一般論では線引きができず,個別事例ごとの判断しかできないと思うのですが,例えば審理をドタキャンした場合でも,その理由が「突然(事故/病気などにより)死んでしまった」というのであれば不当ではないと思いますし,或いはそこまで行かずとも「(事故/病気などで)入院した」でも不当ではないでしょう。しかし,その事故が偽装だったり,病気が仮病だったりしたら不当でしょうし,「友人の結婚式に参加するため」でもやはり不当だと思います。しかし「親友の葬儀に出席するため」ならば微妙なラインのようにも思います。

で,今回のケースなのですが,一般人の感覚では,「模擬裁判のリハーサルへの出席」という理由は明らかに不当に感じる一方,「準備期間が足りない」という理由は微妙と感じました。少なくとも前者は,「刑事弁護における弁護人の職務内容および職務の目的」であるところの「被告人の利益を守る」ための行為として最も重要な行為であるはずの,審理の場での弁論に優先すべきことだとは到底理解できません。

一方後者については,「被告人の利益を守る」ための弁論の「準備期間が足りない」ということですから,形式的には正当な理由だと思います。しかし,(事故や病気が偽装ではないのかということ同様)本当に準備期間が十分ではないのかは別途考える必要があります。しかしこれについて私は判断材料を持っていません。だからこそNo.283(4)の質問をしたわけですし,またNo.283(5)で書いたように,「模擬裁判のリハーサルへの出席」という理由が列挙されていると「本当に忙しいの?」と疑いの目で見たくなります。また本当に準備期間が十分でなかったとしても,(素人考えでは)No.283(6)のような方法も取ることは可能ではないかと思います。しかしこれらは素人考えなので,No.283(4)(5)(6)の質問でこれに関する判断材料を得ようと思ったわけです。

話が逸れるかもしれませんが,この問題を一般社会の例に喩えると,例えば営業マン(←弁護人)が顧客(←裁判官)から指定された事業計画提案のプレゼン(←審理)を,「準備期間の不足」と「重要なセミナーへの出席」を理由にドタキャンした,というようになぞらえることができると思います。

この場合,かろうじて考慮の対象となるのは「準備期間の不足」の妥当性くらいで,あとの要素は考えるまでもなく不適切で,コメントNo.295で挙げられている

>懲罰相当の重みを持つのか

という可罰性の問題についても,この喩えを通して考えると,少なくとも何らかの懲罰の対象にはなり,最悪クビでもおかしくない行為だと判断します。

しかしこれはあくまで喩えであり,今回のケースを司法の世界の基準で判断すると「懲罰不要」という結論になるということであれば,司法の世界外の人間である私としては「そうなんだ」というしかありませんし,また「司法の世界の常識は一般の常識とは全く異質ものなんだな」という感想を持ちます。

「司法の世界の常識は一般の常識とは全く異質」であることが,いいことなのか悪いことなのかを今の私には答えることはできませんが,せめて「懲罰不要」という結論を出すことが社会にとっていいことなのだということを,一般人にも分かるように説明してほしいなとは思うわけです(故にNo.283(2)の質問をした訳です)。

長々と書いてしまって本当にすみません。しかし,法律の世界の外側の人間でも,マスコミに踊らされるだけでなく,素人なりにいろいろ自分の頭で考えているのだということを分かっていただければ幸いです。

書き忘れたことがあったので後少しだけ補足を。

「刑事弁護における弁護人の職責」は「被告人の利益を守ること」だというのは理解するとしても,「被告人の利益を守るために何をやっても良い」ということにはならないと考えています。

たとえ「被告人の利益を守るため」であっても,証人を殺したり,裁判官を脅迫したり,ということが許されないのは合意していただけると思います。

そうすると,上記の記述は「刑事弁護における弁護人は,被告人の利益を守るために,法廷の弁論の場では,何をやっても良い(=法廷外では,何をやっても良い訳ではない)」と言い換えた方が正しい気がします。

そこで改めて「法廷での弁論の準備を十分に行うために(あえて)審理をドタキャンする」という行為の正当性の微妙さが浮き彫りになってくるように思いました。

xon様
そのケースは不法行為ですよね。
弁論欠席は違法ですか?

No.306
・・・で使われている「不法行為」というのは損害賠償できるもの、「違法」は犯罪行為になるものと考えているのであれば、弁論欠席はどちらにも当てはまらない。

しかし、不法とか違法というのは形式的に条文に違反していることだけを指すわけではない。
そうですね、例えば売春自体は違法ですが、売春(対価を授受して性交)行為自体は犯罪ではなく、売春させる行為・勧誘する行為(経営者や街娼など)が犯罪です。

逆の例で言えば(場面が違うことは十分承知していますが)、例えば正当防衛は違法性を阻却すると言い、犯罪にはなりませんが、これは正当防衛の条文があるからそうなるというよりも、条文がなくても本来認められるべきものです。

今回の場合、法律の背後にある「法」全体から見て、あるいは法曹として(この場合は一般人としてでも同じでしょうが)当然に拠って立つべき規範というものがあり、それに違反した「不法」或いは「違法」な行為と言うことも可能です。

ところが今は懲戒されていない段階のようですから、そう考えない見解もあるということになり、断定表現を避けました(殆ど断定しているのと一緒か?)

>No.304 xonさま

私自身は弁護士ではなく、刑事裁判に係わった経験はありませんが、民事訴訟の経験は少々ございます。その経験から追加のコメントをさせて下さい。これはxonさまへの直接の回答ではなく、私の経験と主観に基づくコメントです。

裁判に証拠として提出される鑑定書でも、例えば「化学物質の成分の鑑定書」などでは、原告と被告が別の専門家に依頼しても、そう大きなブレが無いと私は思います。

ところが「ヒザが痛くて歩けません」という争点で医師の鑑定(診断)を求めたときに、「痛みはあるかもしれないがヒザは曲がるのだからそれなりに歩ける」という鑑定書と、「ヒザは曲げようとすれば曲がるが痛みがひどくて歩くのは困難である」という相反する2つの鑑定が法廷に出された経験があります。

このように医学の鑑定では、ヒザが何度まで曲がるかという肢体機能の鑑定には比較的ブレが少ないようですが、感覚とか心理面の鑑定においてはブレの巾が大きくなります。ましてや化学分析のように測定分析装置のない精神面の鑑定になれば、相当大きなブレ巾となるのはやむを得ないことであり、当該裁判に係わる当事者(原告または被告の弁護士・検察官・裁判官)はそうしたブレがあることは承知の上で裁判審理に臨みます。

証拠提出された鑑定書のこうしたブレを、双方がお互いに鑑定者への証人尋問や被告人への尋問などによって正当性を補完(反対側から否定)すべく主張し、最後は裁判官がどの鑑定書の意見を証拠として採用するかを決定します。

私の少ない民事の経験からすれば「鑑定なんてブレがあって当たり前」というのが当事者感覚でしょうか。xonさまが直接お知りになりたい刑事訴訟での精神鑑定については、携わった経験がないのでシャシャリ出るべきではないかもしれませんが、裁判で鑑定を争った経験のない方々への一種の参考意見としてコメント致しました。

ただ鑑定書採否の「客観的な数字」というのは誰も持っておらず、主観的なコメントしかできないのではないかと思います。

また、精神医学という専門領域の問題については、精神医学の専門家にコメントして頂くしか無いですね…。

あとこれは蛇足的な追加コメント(私見)ですが、光市事件の被告は平成12年の第1審の判決に対して控訴しておらず、地裁から高裁への控訴と、高裁から最高裁への上告はいずれも検察側のみが行なっております。その面では「刑の確定を遅らせている」原因は検察側にあるとも言えるのではないでしょうか。

>No.304 xon さん

この問題を一般社会の例に喩えると,例えば営業マン(←弁護人)が顧客(←裁判官)から指定された事業計画提案のプレゼン(←審理)を,「準備期間の不足」と「重要なセミナーへの出席」を理由にドタキャンした,というようになぞらえることができると思います。

とのことですが、私の感覚からすると、この比喩は適切ではないように思います。
「顧客」にセールスを行う「営業マン」であるならば顧客の要望を容れることが絶対的必要条件となると認めえますが、裁判官と弁護人の関係性はそういうものではないですから。

 私も、殆んどビーンボールまがいの手法であると思いますし、この点に関して当時の弁護団(「団」でいいのかな?)が批判されるのも然るべきことでしょう。
 ただ、そうであるとしても、私は「刑事司法制度の理想」のようなものを尊重するのであれば、安田弁護士のやり口も、一定の理解はできるのです。

 どのツリーでの議論だったか失念しましたが、弁護人からの期日変更申立を最高裁が却下した点について、モトケンさんが「審理直前の弁護人の差し替えであることを、最高裁が『被告人自身による防御権の放棄』と見なした可能性がある」と指摘していらっしゃいます。
 その推論は私も納得するところでありますが、他方で「被告人の防御権行使のために全力を尽くす」べき弁護人の職務忠実原則に鑑みれば、弁護人としては、裁判資料の検討が不十分のままで審理に臨むということは、それ自体が職責を全うしていないことになってしまう。そういうジレンマはあると思うんです。
 「十分な弁護活動を行うこと」と「裁判所指定の期日どおり日程をこなすこと」で、刑事裁判の被告人弁護士にとってどちらに優先度が高いか、というのがポイントではないでしょうか。

 なお「模擬裁判」云々の安田弁護士の説明ですが、私は字義通りに受け取ってはいません。一種のはぐらかしだと思ってます。政治家だってよくやるじゃないですか。組閣直前に官邸に日参する有力議員に記者がぶら下がって話を聞くと「野暮用だ」とか「茶飲み話だ」しか言わないようなの。
 素直に「猟官運動だ」とか「ウチの派閥の××を大臣にしろと膝詰め談判してきた」なんていう人がいないのと似たようなもんだと思います。
 私だって安田氏の日程を全部洗って事実関係を確かめたわけじゃないんで、事実この通りでございとは言えませんが、あの弁護士が日ごろマスコミを嘲弄するような言動をしていることを思えば、強ち外れでもないと思います。

>> 304 名前:無責任な名無し様

精神科医や心理学者等の専門家の方が現れないようですので、内容の正否は判断できませんが、無責任にも下記を紹介させて頂きます。多少なりともご参考になればよいのですが。

司法精神鑑定について詳しいサイト↓(
http://www.kms.ac.jp/~hsc/kugoh/kantei/kantei.htm

心理学者が精神鑑定について憂慮する記事↓
ttp://ykuno.jugem.jp/?search=%C0%BA%BF%C0%B4%D5%C4%EA

(続く)

(続き)
>*  「男女の接近した関係を、『母と自分、それに介入する父(エディプス的状況)」といった枠組みで認知してしまい(以下略)
>* 「被害者に実母を投影」
>*  「退行した心理状態」等とあり、「死者が生き返ると本気で信じている」
>* 「劇画化して認識することで安定しようとのの防御機制が働いている」

家裁記録の上掲の記述については、おそらくフロイトの理論を基にした精神分析である可能性が高いと思われます(学派は色々あるそうですが)。

フロイト理論の科学的な根拠に対して懐疑的な精神科医の意見等↓
ttp://homepage3.nifty.com/kazano/diary9804c.html#26 (ブログですが…)
ttp://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0408/freud_2.html?PHPSESSID=87afcd15b2d43458bec3837448195cd1 (※全文読むにはダウンロード要。)

ただし、フロイトの理論上の概念や一部理論等を生理学的に裏付けようとする動きもあります。↓
ttp://www.nikkei-bookdirect.com/science/page/magazine/0408/freud_1.html?PHPSESSID=a7fb9ffe990e341e73d103677d976869
(※全文読むにはダウンロード要。うろ覚えですが、フロイトの理論がこれで科学的に実証されたという物でなく、科学的な手続きにより正否を検証できる可能性が示唆される、といった感じだったと記憶しています。ただし、記憶違いの可能性もございますので、ご了承下さい。)

些細な点ですが、No.311の一部訂正です。度々の訂正になりまして申し訳ございません。

×おそらくフロイトの理論を基にした精神分析
○おそらくフロイトの理論を基にした精神分析的なもの

今枝弁護士のコメント、なんか良く分かりません。弁護士だから当然被告人の弁護をするのが義務でしょうが、被害者の感情をアレほどまでに逆撫でした結果、量刑が軽くなったとしたら、弁護士活動として本望なんだろうか??。

裁判官が刑を決めるのではなくて、被害者が刑を決められたらいいと思う。
それを妥当とするかを裁判官が決め、弁護人が被害者に対してどんな状態で罪を犯したか、とか無罪の可能性について述べ陳情を願う。こんな裁判制度の方が分かり易くてイイ。他人が絡むからややこしくなる。冤罪の時は調べた検察官も罪に問われるのが当たり前だと思う。

私も当初,今枝氏については正直良い印象をもっていませんでした。(今もその印象がすべてにおいて変化したとはいいきれません。ですが,少しは変わってきています。)
初めは私もTVやマスコミに踊らされて,正直「とんでもない弁護士だ」と感じていたのですが,マスコミの偏った報道には以前から不信感を抱いている部分もありまして,今枝氏のブログを読まさせていただき,少しながらではありますが,今枝氏の意見も分かりかけてきました。
そして批判されることがわかっていながらも,弁護する今枝氏は強いと思います。(自分がもし,弁護士なら確実に弁護することは断っていたと思います。)
今枝氏には,判決がどういう形になるかわ分かりませんが,弁護士という立場なのですから弁護活動を頑張って頂きたいです。
しかし,私の率直な意見は「極刑やむなし」です。

あと,今枝氏ではないですが,なぜ前任の弁護士の方は最高裁での弁論時の
ヾ日変更の要請が却下されたのか?
∧柤栖日開催を強行した理由は何故なのか?
などを裁判所に問い合わせ。それをマスコミに主張し,自分達の言い分等を発言されないのでしょうか?あのような報道をされては,意図的に裁判所が「弁護活動の放棄,ひいては加害者死刑」という風にマスコミと共謀して報道を通じて世論を操っているように思うのは私だけでしょうか?

勝手ながら>No.313 腹立ち日記さんへ
もし私がプロの弁護士で自分の弁護活動によって量刑が軽くなったら本望です。プロならばどのような状況下でもプロの仕事を全うするまでです。あなたも偏ったマスコミ報道に踊らされることなく,マスコミが報道する断片的な部分で判断しないで,全ての意見に耳を傾けてはどうでしょうか?(TVでの報道は世論を操れるように意図的に編集しているものばかりですからね)

ここまで読ませていただきましたが、
私はNo.22 山田 さんのコメント を支持します。

みなさんはじめまして。お初にコメントさせていただきます。

僕もそこまでオリジナルの文書を読んだわけじゃないですけど、そもそもなぜ懲戒請求することになったかというと、

「懲戒請求以外に弁護士に対する批判手段がない」ということだったからだと記憶しています。確か橋下先生も番組でそうおっしゃっていたはず。。

なので、「批判の手段としての懲戒請求」にそこまで厳格な手続きを求めるのは国民主権の観点からよろしくないと思います。


個人的な見解ですが、少なくとも現在ネットで議論しているお二人(橋下弁護士と今枝弁護士のことです)は、道徳的には非難されるようなことは全くしていないと思います。どちらもそれぞれの正義に基づいて行動した結果ですし、結果的に裁判員制度の前に国民並びに弁護士会に問題提起をしたことになりますしね。

橋下弁護士が「刑事弁護人の意味をわかってない」というのも、どちらかというと、「橋下弁護士は今までの刑事弁護人の制度の意味は当然理解しているが、それでは今後よくないと思って問題提起のために懲戒請求を呼び掛けた」と解釈した方が良いと思いますよ。さすがにみなさんがおっしゃるレベルの刑事弁護人の制度趣旨は理解していますよ。ただ、それが正しいとは限らないという話でしょう?刑事弁護人の制度趣旨なんて法学部の学生なら大概知ってますよ。

僕としては、批判されるべきは、懲戒請求以外に批判の手段を作らなかった弁護士会と、マスコミだと思いますよ。

>No.317 法律勉強中 さん

懲戒請求以外に、紛議調停等の手続きも設けてますし、各弁護士会、たとえば、東京弁護士会の場合は、市民窓口等をつくり、相談に来た人に、懲戒等の制度の説明等しています。

 また、下記のようにHPで、市民窓口の公報を行っています。

http://www.toben.or.jp/consultation/complaint/

 むろん、十分ではないとは思いますが、この外にどのような制度、公報を行えばよいか、いいアイディアがあればお教えいただないでしょうか(私も、これらの制度の一部にかかわっているので、お教えいただければ、提案等してみます)。

No.314 なんだろうな様

厳密な話をすると揚げ足取りのようになってしまうので恐縮ですが……
本件においては被害者は死亡しております。そしてすべての殺人事件において被害者は死亡しております。他人が絡むからややこしくなると仰いますが、この場合どなたが刑を決めるのでしょう?
ちなみに本村さんは遺族という最大の関係者ではありますが被害者本人ではありません。どうしても冷酷に聞こえてしまいますが、彼もまた絡むとややこしくなる他人なわけです。

以下は個人的な所感ですが、どうも世の中、刑事裁判を「被害者vs加害者」と捉えている方が多いように見受けられます。実際には「検察vs被告人」なのですが。
おそらく本件においては本村さんが精力的に活動なさっているので「被害者vs加害者」構図が強化されているのだと思いますが、それにしたって本村さんご本人はあくまで「被害者遺族」であって「被害者」ではありません。この誤解はどこから生まれているのか大変興味があります。

> L.A.LAW さん
また、下記のようにHPで、市民窓口の公報を行っています。
http://www.toben.or.jp/consultation/complaint/

「窓口担当者の氏名、お聞きした苦情の処理結果などに関する問い合わせにはお答えできないことになっています」

これで納得しろといわれても・・・


被告人である、とある信用金庫との連帯保証人でのトラブルでの裁判において、家裁、地裁で、信用金庫付の弁護士達の画策により、信用金庫職員を何人も証言や陳述書等をでっち上げられ、物的証拠が無いにもかかわらず、これがまかり通り、原告側でこれらが嘘である事を訴えて、証言台に立つよう要求も裁判官が不要と判断し、ほとんど何も争われず無理やり和解とされ財産をすべて売り払い文無し状態にまでさせられた挙句、母親が責任を感じ自殺してこの世から無くなってしまいました。(民事裁判で弁護士主導による、証人のでっち上げで母親を殺されたと思っています)
今枝弁護士においては、ドラエモンやちょうちょう結びなど前の裁判では発言されていない事が突然今回の裁判において発言されているが、そのようないれ知恵を、被告人の弁護士が言わせるようにしているとしか思えません。
また、今枝弁護士がテレビで涙を流して何を訴えたのか?それとも、このような自体を招いて申し訳ないと思って涙したのか?そもそも、判決も何も出ていないのに泣くな!
被害者や被害者遺族の方々はこの長い期間の苦労はとてもつらいものだと思います。
人道的、道徳的に私は、極刑しかないと思います。
なお、橋下弁護士のテレビでの発言は、そのとおりだと思いました。いろいろと言う人があると思いますが、被告弁護団は、信用できる弁護士とは思えません。

>> 信用できる弁護士であると

>> 「思う」

というのは、証拠の発言はどの資料にありますか?
また、弁護団の発言はすべてお聞きになりましたか?
さらに、直接手紙を出すなど調査をなさいましたか?

懲戒請求は、これができなければ反論はできないでしょう。「思う」だけでは、だめなんです。感情論だけではだめです。証拠を見せなさい、と言われたら、何にもならんのです。


「としか思えません」
は禁止だと思ったほうがいいですね。
出ないと言い負かされますよ

というか世論は「場違い」な批判をしている。

法律が悪いなら国会議員を変えて法律を変えるべきなのですが、皆さんそこを理解なさらないのです。

弁護士も検察も、様々に決まっているルールに忠実に従ってるに過ぎない。荒唐無稽だと国民に思われる主張は、被告人がそういう世界観を持っているだけであって、弁護士は代弁をしているのみ。代弁の仕方や弁護団の能力がないというのは問題でしょうが。その点反省ください。それが駄目というなら裁判や弁護士はいらないことになる。

でも、私は「懲戒請求をするな!」とは言いません。
やりたい人はどんどんすべきです。
青洲をしたひと本人に多大な犠牲があると思いますが、それこそ司法とは何かを体験できる本当に良い学習効果です。

あんなに面倒な懲戒請求を出すくらいのことです。多くの人は熟慮の上とブログに書いて「すら」います。どんなに警告を与えても「圧力」というんですから、自由にどうぞと言えばいい。

弁護士会も死ぬ気で、しかし粛々と対処するだけでいいのです。ちょうど裁判員制度に向けての予行演習として、国民に司法を知ってもらういいチャンスと肯定的にとらえればいいのではないでしょうか。

橋下vs今枝のブログ論争を見ていると、

検察vs弁護みたいな感じで、第三者にきちんと評価させるため、あえて一方に偏って徹底して主張しているようだけど、本心のところはあまり違いはなく、どこに線引きするかの差だけのように見える。

つまり、国民的議論のために、あえて悪役を演じている面もあるのではないかと。
そこまでは考え過ぎかな。

それにしても今枝弁護士、釣れなくなったね。学習したね。

>L.A.LAWさん

ああ、僕が無知かもしれず申し訳ないのですが、紛議調停は、弁護の依頼者と弁護人の間のトラブルを解決するための制度で、今回のように、「弁護士がとった行動に対し、不信感を抱いた第三者である国民」に実質的に応じてくれるのは、やはり懲戒請求しかないのではないでしょうか?

もちろん、「刑事弁護には国民は介入すべきではない」という従来の考え方どおりなら、この制度で問題はないと思います。しかし、「刑事弁護にも国民主権的なコントロールを反映させるべきである」という考え方をするなら、橋下弁護士の行動は理解できないものではないと思います。

最終的に「刑事弁護のあるべき姿論」にたどりついてしまい、絶対的な判断は下せないとは思いますが、これを機に弁護士会が国民感情へ配慮するようこころがけると言っているのなら、正直橋下弁護士は結構大きな役割を果たしたと思うんですよね。

一方、今江弁護士は「刑事弁護人の立場」というものを一般の人に理解してもらうのに、大きな成果を上げていると思います。もちろんそれはブログを通して。

最終的に、刑事弁護人に対する国民からの批判がもうちょっとゆるい形で届くようになる制度ができ、国民が司法制度を少しでも深く理解し、裁判員制度がうまくいくことになれば最高です。

ただ、国民にはマスコミに踊らされてほしくはないですけどね。なんというか、やはり伝えられる情報量に限りがあるマスコミの報道よりは、自分でネットで資料を探して判断してほしいものです。(僕がいえたことじゃありませんが…)

考えすぎでしょう(笑)。

しかし、「橋下vs今枝」の両者に、徹底した議論が繰り広げられれば、司法とはそもそも何であるかが国民の中に浸透しますから、それはそれでいい面での効果があるかと。

問題はメディアでしょう。事実誤認を伝えたり、偏った情報や、文脈を無視したことを伝えるなら、存在価値なしで、反対に害悪です。別にこの件に限ったことではありませんが。メディアの「自浄作用」こそ期待します。どうなってるの。本当に世論操作はないでしょうかね?

懲戒請求についてですが、

 司法を知ってもらう、いいチャンスと割り切るしかないでしょう。もう事態が動き始めて止められませんもの。

 司法について「何も知らない」と揶揄された一般市民が、自分で勉強したいというのですから、お互いに「事実」と「証拠」をもとに議論していくしかありませんね。「証拠」と言って出してくるものは実は「証拠」とは言えないようなものとか、たくさん出てくるでしょうね。

 自分自身で証拠を集めてそれが他者から客観的に批判される体験を、国民自身がする訓練を受けたいって言ってるわけですから、要するに「外野じゃじゃいやだ」って人たちなんでしょう。なんかの形で司法に参加したいっていうんでしょう。いいんじゃないですか。請求した人は、自分の間違ってるところは呼ばれてバンバン指摘されるはずですから。変な逆恨みをする奴が予想されますけどね。請求を出した人のすべてが、良心的とは限らないし。そこが心配ですけどね。

 だから弁護士会も妙な「同情」など一切せず、徹底した審理をしたらいいんです。最初から無知であるとわかるものは、はっきりと出席を求めて「その場で」矛盾を指摘し、言いたいことがまだあるようなら何度でも書き直させる。明らかに悪質な請求だとわかるものは、損害賠償を請求するんでいいでしょう。

 法律関係の書類をかく難しさを自己体験し、証拠をもとに論理的に文章を書く能力を身につけてもらう機会だと思ってあきらめるしかありませんよ。

 でもこんな請求など僕ならしません。リスクが大きいと「最初からわかって」ますし、法律もよく知りませんから。権利を持ってる国民の一人である僕がやるなら、弁護士と一緒にやりますけどね。

 私はごく普通の会社員ですが、私生活や会社の仕事を通じてよく思うことがある。みんなが、正しいか間違いかだけで分かり合えるなら、どんなに楽かってこと。
 人には感情がある。法律論とは別次元。感情とは、わがままやエゴの塊。しかし、現実社会では、これを無視して物事は進められないのです。
 橋下弁護士はマスコミ露出により、感情を無視できないことに気がついたんだと思います。「多くの弁護士は法律論で正しいことさえ言っていればいいと考えてしまっている。感情を無視しすぎだ。」と。
 また、だからと言って橋下弁護士は、光市事件の弁護団に被害者や国民の感情に沿った主張をしろと言っているわけではない。被害者や国民の感情に配慮しろ=説明を尽くせと言っているのだと思う。
 今枝弁護士は、多くの懲戒請求を受けた後のタイミングで、自身のブログを開設し、光市事件弁護の説明を始めた。このブログを読めば、普通では理解しがたい主張に対する感情もおさまってくる。賢明な今枝弁護士は、表面上は橋下弁護士との対決姿勢を崩していないものの、国民感情は無視できないと理解した=国民に対する説明責任を尽くす努力は必要だと理解した=橋下弁護士の言っていることを理解したのだと思う。
 これでもなお、どちらの弁護士の主張が正しいかを法律論で論じることに何の意味があるのか。
 橋下弁護士が一石を投じ、今枝弁護士が応えた。どちらも優秀な弁護士じゃないですか。

NHKの朝のニュースでの「ひとコマ」としてなら、「橋下VS今枝」の討論を見ても良いですが。
良識的な番組ならギリギリ可かな。

ニュース23、ニュースジャパンとかはまだ良い。
古館の番組にやらすな。
ニュースゼロは出演者が嫌いなのでヤメテクレ。
みのもんたは論外。

出るのでも番組は選ぶべき。


一番、最良なのは結審まで、両方とも沈黙を守ること。

この文章を読んでも、私は弁護団の方に同情も何もできません。例え、被告人が事件当初、精神的に病んでたと言えど、毎日檻の中から祈ってるにしろ、私は死刑であるべきと思います。基本的に人を殺すような人間は「普通」じゃないんですし。それを言い出したら精神的に可笑しければ何をしても良い訳でしょ?8年もたち、未だに判決が出ないこの事件には本当に苛立ちが出ます。遺族の人を馬鹿にしすぎてます。もし、この裁判で、弁護団の人達と同じことを言う人は、「自分じゃないから」でしょうね。一般的な感情等からして、自分の最愛の人間が意味も無く「殺された」なら、その犯人を殺すか、死刑を求めるでしょ。それが当たり前。犯人に同情なんかできません。

(重複投稿につき削除 なお、一般○○というハンドルネームには食傷気味です。)

No.329 一般女性様
あなたのその感情はわかります。私も妻や子が殺されたらその犯人を殺してやりたいと思うでしょう。
しかし、感情のおもむくまま物事が進む世界なんて、恐ろしいと思いませんか?万一犯人とされた人が冤罪であって感情のおもむくままその人に復讐したら?(光市事件の被告人が冤罪だといいたいわけではありません。)
刑事制度の成り立ちをこの光市事件のみで語るのは早計だと思います。

No.329 一般女性 さん

>私は弁護団の方に同情も何もできません。
>犯人に同情なんかできません。

弁護人と被告人は区別するべきですし、また、誰もこの両者に対する「同情」を求めてはいませんよ。ただ、弁護人の職責と被告人の主張への「理解」を求めているだけで、「納得」は求めていません。

もう死刑廃止でもなんでもいいから、凶悪な殺人を犯したら被害者の年齢は考慮せずに一人につき一律99年の有期刑でどうなんだろうか?
2人殺したら198年。
社会で更生して貰おうなんてことを求めないから、人の生命を奪ったことを一生刑務所で償なってもらうという意味で。
そこから弁護士が頑張って100年とか150年の減刑を勝ち取るとか。

橋下さんの立候補ネタ、何で書くかな〜。
今からでも消しましょ。
いいことないですよ。
どうしてもなら、立候補確定してからでもいいのでは。

大阪府下で仕事をする立場としては、立候補されるのは正直迷惑です。今の世論の流れだと、勢いで当選してしまう可能性が高いですが、そうなれば大阪はお先真っ暗と感じます。それに政治家になってしまえば、今回の懲戒請求扇動の問題性がかすんでしまい、将来の刑事司法のためにもならないでしょう。
知事には自分の一方的な見方で世論を扇動したり、その場その場で間に合わせ的なことを言う人ではなく、バランス感覚を持ち、様々な利害を調整できる人、自分の言動には責任を持つ人になって欲しい。

今枝先生には、ご自身のブログに書き込むことの影響力を考えていただきたいです。

今枝さん、あなたの政治音痴というか、お気楽さにはホトホト呆れます。

○○徹氏は、弁護士としてよりも、政治家、特に大阪という東京に対抗して西日本を活性化していく中枢を担うべき地における首長としての方が、よりその能力を効果的に発揮できるのではないか、と期待するのです

これを自民党の関連のHPに引用され、「アノ懲戒騒動の今枝弁護士も応援しています」と文章を添えられたらどうなるか、想像できないのですか?
すぐ消すべきです!

今枝さん、勘弁してください!
大阪人がみんなもろ手を挙げて喜ぶと思っておられるのですか!
彼は単なるデマゴーグですよ!
これは敵にエールを送るとかそんなレベルじゃない! 賠償請求裁判が選挙戦に影響を与える可能性すらあるのですよ! お願いですから、前々からみんなが言ってるように、ブログにアップする前に三日寝かせて考えてください! せめて、彼の政策を聞いてからにしてください!

今枝さんへ

あの記事の削除を希望します。「煽動問題」で裁判している意味さえもなくすような文だと考えます。もう少し、自分の立場を認識してもらえたら。批判するような形になって、申し訳なく思います。

あの記事の真意は

【また、正直なところを言うと、「橋下弁護士」としてあまりに著名になりすぎて、弁護士の代表格のように扱われるような状況はちょっと解消してほしいな】

であるんだと思います。

でも今枝弁護士も物事をよく考えないでものを書くのは今にはじまったことじゃないですけど、今からでも撤回したほうが良いとは思います。

間違った認識を広め回って、それを認めないような人で自己の保身にしか走らないような人間が自分の住んでる所の知事なんて嫌でしょ^^;
まあ、これで知事になったら大阪人の大半はアホなんだなあと自分は
思いますけどね・・・

あと丸山弁護士は応援に行くのかな?
テレビでまだ早いような事を言ってたし、弁護士としてどう思うんでしょうね?

ただ単に、エールを送っただけだとは思います。

しかし、登場人物が橋下弁護士で同じなので、重ねて捉えてしまいがちなのですが、これは「懲戒請求問題」に対する見解ではなく、「政治的スタンス」の表明として見れるという事です。

もし、仮に今枝弁護士が自民党支持者であるか、政治的スタンスについては橋下弁護士に近いものがあるなら、エールを送ることは、彼にとっては必然的行為です。批判をする事はもちろん正当な行為ですが、安易に撤回を求める事は、今枝氏にとって不当な要求になるかもしれません。

ただ、今枝氏をはじめとした原告団を支持する人のなかには、様々な政治的スタンスを持つ人がいると思いますので、あえて自身の政治的スタンスを鮮明に表明して、支持者をふるいに掛けるがごとく作用してしまっても、いかがなものかと思います。

また、個人から個人へのエールのつもりでも、相手が国民(府民)の負託を受けるための審判を受ける立場になる訳ですから、橋下氏の政治的スタンスを今枝氏が支持表明したものとして選挙民に影響を与える可能性があります。
その場合、みみみさんご指摘のように、個々の政策も発表されておらず、大局的な政治見解(例えば核武装に対する見解など)も正式に表明していない時点での、ある種「活気があって良い」という趣旨での支持や、エッジさんご指摘箇所の、「弁護士業界から出てって欲しいから」的支持表明は、リスクの観点からどうかとは思います。

今見たら、該当記事がとっくに削除されてました。
大変失礼しました。

書くのはご自由だと思っていましたが、当該記事は削除されたようですね。
テレビ番組の報道を観た上で、憶測に基づいて処罰感情を抱いた一部の方達の一時の感情を軽々しく「民意」と表現されるならば、今枝弁護士に対しても異論を唱えねばなりません。でも、こちらのブログですでに繰り返し唱えてきたことでした。バッシングを受けた今枝弁護士ご本人まで「民意」と認めているのだから、徒労感を覚えました。もう言う元気もありません。ポッキリって感じです、はい。

橋下弁護士個人を糾弾する気はありませんが、全国の人に対して、弁護士という肩書きを持ちながら「民事提訴の危険性のある事由で懲戒請求を立てるよう呼びかけた」行為と、その「(説明)責任」はどうするおつもりなのでしょうかね。
(責任を取らないならば、そのことをもって評価するのみですが。また、もし「民事提訴の危険性」が実質的には殆どなかったのであれば、別ですけれども。)

何もオールオアナッシングで考えることはないと思うんですが・・・それはそれ、これはこれでしょう。
私は、「弁護士・橋下徹」に関しては、ほぼその資格がない(「品位」なき発言、首を傾げざるを得ないトンデモな法律解釈etcから)と感じていますが、もし仮に府政に関しての高い見識や優れた政治手腕が彼に備わっているのであれば「大阪府知事候補(仮)・橋下徹」にはエールを送るに吝かではありません。
個人的には、タレントを担ぐんなら上沼恵美子のほうが適任じゃないかと思わないでもないですが(笑)

>強靭な精神力と使命感には心から敬意を表します。
モノは言いようですね。

>私は「恥を知れ」と言いたいです。
強靱ななんたらが正しいという「前提」が通るならね。

No.344 天皇陛下万歳!!さん

日本があなたのような人ばかりの国になれば、この国は本当にわかりやすい国家になるでしょうね。「良い国」かどうかは知りませんが。

>本村さんの「天国からのラブレター」を読んだときに、「少年だと無期懲役と言っても7年で出所してしまう」と書いてあったことで知ったとのことです。
>仮にこれが本当だとすると、遺族の書籍が被告人に知識を与え、不謹慎な手紙に影響してしまった可能性、という不幸な連鎖の可能性があります。

全く本末転倒で言い訳にもなっていない
弁護士が弁護士の仕事をしていないことを露呈している
被告人の発言が遺族からの情報であったら何を言ってもいいということか?

こういう脳死状態の意見を最もだ、最もだという方々もいる

> 典型的な例は、被害者が死亡しているのが明らかな場合に、被告人が「自分は犯人でない」と主張し、それに従って弁護するときです。
>ご遺族からすると、検察官が起訴した以上その被告人が犯人であり、犯人が言い逃れをするのは許し難く、被害感情を傷つけることになります。
>しかし弁護人は、被告人が「自分が犯人でない」と主張する以上は、その言い分に従い(証拠構造上その言い分が通るのが困難であればそれを説明し議論した上で最終的には従い)、被告人が犯人ではないという主張・立証を尽くさなければなりません。
>その場合、職務に誠実であればあるほどご遺族を傷つける可能性もありますが、それをおそれて被告人の利益を擁護することに手をゆるめてはならない立場にあります。 


これは被告人の弁護は嘘でもそれを擁護するのが弁護人の仕事だと云っているように聞こえる。
裁判とはそういうところなのか?
事実を明らかにするところではないのか?
弁護人は必要以上の事実誤認がないため、最善を尽くすことではないのか?

これでも弁護士の仕事をしていると云えるのか、自分たちの既得権益のために事実誤認を誘導しようとしているのか?

目的と手段の転倒に気がつかず、そうだそうだと囃し立てて
あたかも今枝氏が正しき弁護士であるという洗脳なのか?

>Pense 様

>弁護士が弁護士の仕事をしていないことを露呈している

どういうことでしょう。意味がつかめませんので、もうすこし詳しくお願いします。

>被告人の発言が遺族からの情報であったら何を言ってもいいということか?

「被告人の手紙は、他所からいらない知恵をつけられたことに由来するもので、本人が最初から思っていたことではなかった可能性がある」ということでしょう。ありえないとは思いません。
もっとも、私は今枝弁護士の見解に賛成しているわけでもないですが。

>被告人の弁護は嘘でもそれを擁護するのが弁護人の仕事だと云っているように聞こえる。

仮に誰もが「たぶん嘘だろう」と思うようなことだったとしても、「嘘でない可能性がある」と言える限り、被告人の主張に則って主張を行うのが弁護人です。
「どうやったって120%嘘だ」ということを話すよう勧める事はまずしないでしょう。実際問題として主張が通らないことがわかっています。被告人に対して議論や説得を行う事もあります。
なお、いくら被告人が大嘘つきであっても、弁護人がいなければ裁判ができない事件の場合は誰かが弁護人にならなければなりません。

立場上、自分は120%嘘であると思っていたとしても、頑強に被告人が主張するのであれば、「嘘ではない可能性がある」ということを示すよう努力するのが弁護人です。
もちろん、それが通るか否かは全く別の問題です。

>裁判とはそういうところなのか?
>事実を明らかにするところではないのか?

裁判は弁護人だけで行っているわけではありません。別の立場として、被告人を罪に問う検察と、判断を行う裁判官がいます。正反対の立場がぶつかりあい、そこから別の人間が判断する事で、可能な限り事実認定を実際に起こったことに近づかせるのが裁判です。

弁護人が嘘吐きを擁護しているように見えるからといって、裁判まで嘘吐き擁護と同視するようなお言葉は失当であると思います。

>弁護人は必要以上の事実誤認がないため、最善を尽くすことではないのか?

事実誤認をなくすためには、どのような不快かつ疑わしいことであっても「被告人が言った事」を裁判に乗せる必要があります。そして、上にも書きましたが、反対の立場として検察がいます。

国によって刑罰を与えるのは慎重でなければならず、一方の立場のみで真実を探るのは困難だから、三つの立場を用意しているのです。「弁護人のみで」事実誤認を防ぐのではなくて、「法曹三者で」事実誤認を防ぐのです。

>国によって刑罰を与えるのは慎重でなければならず、一方の立場のみで真実を探るのは困難だから、三つの立場を用意しているのです。「弁護人のみで」事実誤認を防ぐのではなくて、「法曹三者で」事実誤認を防ぐのです。

実にその通りだとおもいます。
だからこそ

>自分は120%嘘であると思っていたとしても、頑強に被告人が主張するのであれば、「嘘ではない可能性がある」ということを示すよう努力するのが弁護人です。

があってはならない。
被告が嘘だとわかっているなら虚偽を主張しないようにするのが弁護人の責務です。
120%嘘だとわかっていても・・・・・・・・・・
可能性がる とう詭弁で話ても全く意味がありません。
嘘だとわかっているなら、嘘を言わせないようにするのが弁護です。

これが理解されないと、犯罪を無罪にすることを弁護士の仕事だとなります。
先の3つの立場
逆にいえば3つしかない立場でそれが許されるのかということです。
少なくとも犯罪被害者遺族は裁判の当事者から追い出してしまった歪んだ現在の司法制度です。
制度が神格化されてはたまったものではありません。

Panse さん、検察にも同じことを言ってやらないとバランスを失するのでは?

>少なくとも犯罪被害者遺族は裁判の当事者から追い出してしまった歪んだ現在の司法制度です。

歴史は無視ですか?

単なる通りすがりにつきレス不要。

>No.348 Panse さん
>>自分は120%嘘であると思っていたとしても、頑強に被告人が主張するのであれば、「嘘ではない可能性がある」ということを示すよう努力するのが弁護人です。

>があってはならない。
>被告が嘘だとわかっているなら虚偽を主張しないようにするのが弁護人の責務です。

富山氷見市の強姦冤罪事件をご存知でしょうか?
柳原さんについた弁護人も、柳原さんの言う事を本当だなんて思わなかったようで、否認するようには言わなかった。
それが弁護人の責務なのでしょうか?

弁護人は神様なのでしょうか??
被告人が「やった」と言おうが「やっていない」と言おうが、それが真実であるとなぜわかるのでしょう?
どんなに被告人が犯人だとしか思えなくても、被告人が否認している以上、無罪弁護をしないといけないのが弁護士です。

これは先進国における常識ですから、覚えておいてください。
また、「裁判は真実を発見する場」というのは、テレビドラマが流したデマだと言っても過言じゃないと思います。
人間に真実なんてわかるわけはない、というある種達観した考え方が司法には存在しているのでしょう。
それはそれは、とてつもなく長く莫大な数の経験を踏まえたうえで辿り着いた教訓として。

>Pense 様

>被告が嘘だとわかっているなら虚偽を主張しないようにするのが弁護人の責務です。

私は、「嘘だと思っているなら」と書きました。言ってみれば、勝手に弁護人が嘘だろうと「思っている」事態を想定しているのです。
この場合、「自分が嘘だと思った」を根拠に、被告人の発言を止めるべきではありません。簡単に言うと、本当かも知れないからです。今の裁判の考え方は、「間違いなくクロと言えない限りは裁けない」のです。

その人がやったとする根拠が断定できない限り、弁護人は自分の心情がどうあろうと弁護しなければいけません。

では、あなたが想定していると思われる、「現行犯で銀行強盗を働いたにもかかわらず、『銀行にすら行っていない』という弁解をした」等の120%嘘と「わかる(裏づけができ、反論不可)」事例においてですが、それは弁護人は止めようとするでしょう。常識からいってもそうですし、裁判においても全くプラスの結果に働きません。むしろマイナスです。

それを聞かずに勝手に証言したのであれば、それによる結果として刑が重くなっても、被告人の責任でしょう。

ただし、このような場合は相当のレアケースで、大体は裁判前には疑問の余地があるのが当然ということも付言しておきます。

>逆にいえば3つしかない立場でそれが許されるのかということです。

被害者もしくは遺族が刑事裁判の場にいたところで、何ができるでしょう。裁判は被告人を糾弾する場ではなく、「被告人が何をやったか」をさぐる場です。

質問しますが、いくつ立場があればあなたは納得するのでしょう。

そもそも確率の問題で100%を超える数字を出すのは論外でしょう。
こういう方は本心では100%-αである事を気付いていて、
そのαが気になるので100%を超える数字を書くことで自分の心の中のαを忘れたいと思っているんじゃないでしょうか。
素直にそのαを認めたうえでどうするか考えた方がいいとおもうんですけどね。
通りすがりの感想です。

No.351 剣三四郎 さん

弁護人のみが、被告人の言は間違いなくうそだと知っていた場合はどうなりますか?

>通りすがり 様

>弁護人のみが、被告人の言は間違いなくうそだと知っていた場合はどうなりますか?

一般的に弁護人より検察の方が情報が多く、弁護人だけが真実を知っている、もしくは弁護人の知っている事実だけで100%嘘と断定できるということは極めて考えにくいですが、仮にそうなった場合、ややこしい問題になるでしょう。

弁護士の方一般の意見を知りませんし、意見が分かれるところと思いますので、仮に私が弁護人であったらという前提で返答をします。

私であればまず当然その言を言わないように説得を試みるでしょう。「弁護人さえしゃべらなければ、確実に嘘がばれない」という状況が考えづらく、ばれたら間違いなく不利益に働くからです。

しかも、嘘をついているということは必ず何かしらの事実と矛盾をきたします。その矛盾を突かれたらおしまいです。

その説得がうまくいかず、「絶対自分の言った通りにしろ」と言う要求を押し付けてくるのであれば、私であれば弁護を断ります。

なんと言われても、自分の知っている(そして、そこから推測できる)事実から、本当とどうやっても言えないものを「本当です」と言うことはできないからです。そして、私はそのような人間と信頼関係を築く事はできないからです。これが僅かでも疑わしいのであれば別ですけれども。

No.354 剣三四郎 さん

レスありがとうございます。

私も同様に考えます。他にしようがないですよね。

>No.352 ponponta さん
>そもそも確率の問題で100%を超える数字を出すのは論外でしょう。
>こういう方は本心では100%-αである事を気付いていて、そのαが気になるので100%を超える数字を書くことで自分の心の中のαを忘れたいと思っているんじゃないでしょうか。

なるほどと思いました。
そういえば、「2万%ない」と言って知事になった弁護士がいましたけど、1万9900%出馬する心積もりだったのかもしれません。


>No.353 通りすがり さん
>弁護人のみが、被告人の言は間違いなくうそだと知っていた場合はどうなりますか?

仮にこういう事態があったとして、弁護人が被告人を説得しても嘘を貫く意思を曲げなかった場合、もはや弁護人はそれに従うしかないんじゃないのかな、と思いました。
私選なら辞任もできるでしょうが、国選なら辞任できないのではないかと。
裁判所に辞任したい理由を申し出れば守秘義務違反、かと言って被告人の嘘につきあって積極的に証拠を捏造・隠匿しようものなら刑事罰…
ジレンマですけど、消極的に被告人の言う通りにさせておく、という道しかない気がします、現行法のもとでは。

No.356 だいちゃん さん

レスありがとうございます。

この場合、裁判所に辞任の理由を言わなくても許されるのだろうと思います。消極的に被告人の言う通りにさせておく、というのも一つの手なのかな?

私の知っている弁護士の何人かは、そんな説得はしない、おとなしく弁護するという考え方でしたよ。もちろん、説得するという見解もありました。
説得は、下手に行えば言い分を飲み込ませることにつながりますから、やるにしても極めて慎重にやらなければいけません。


無反省と見られて不利益になるから本人が言おうとおもっていた言い分を説得して黙らせる、というのは、「ある意味では」被告人の利益のために嘘をつかせているわけですよね。否認したいという真実の自分を偽り、場合によっては偽りの反省を見せて減刑を勝ち取りさえするわけですから。
その辺を、「裁判は真実を発見する場所」とか言ってる人たちはどう考えるのでしょうかね?

まさか耳障りよく反省してさえくれれば中身はどーでもいい、などと考えるわけでもありますまいが。

 このエントリでは、これ以上のコメントは控えていただきたいと思います

 管理人 m(_ _)m

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