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コメント(17)

 さすがというか、確かにわかりやすく勉強になりました。江川さんは、個人的にテレビで観る、メディア関係者のなかでは、珍しく好感を持ち、明晰で理知的だと思う人でした。
 決してけちをつけるつもりはないのですが、そんなお方でも、誤字脱字はあるみたいですね。自分も間違いが多いので、ちょっと安心しました。一息に書き上げ、入念に推敲しないのは、それだけ自分の書くことに自信がある現れかもしれません。
 ついでに、ちょっとだけご紹介しておきますが、私の精神鑑定には、次のようなくだりがありました。
 「…すなわち、臨床尺度のパターンから特徴を挙げると、被告人は不安や身体的愁訴がほとんどなく、自信を持って物事に対処でき、人当たりが良く、現実生活に適応しているということになる。しかし、妥当性尺度は受検態度の偏りを明らかにしており、このことはすでに述べた他の質問紙法性格検査すべてに認められた特徴である。被告人は精神鑑定という状況において、自己評価法であるこれらの検査では自分の欠点を隠し、可能なかぎり不利にならないように回答したと考えられる。」

 「…被告人は欲求不満場面において、自己主張したり他人を攻撃したりしないが、自己を反省して解決することもない、不平不満を内に秘めて、ただ事態を傍観するのみであり、社会的な発達が十分とはいえない。」

 「図2のプロフィルで示したように、客観的で他人との協調性が高く、抑うつ性や気分の変化が少なく、思考的にも外向きであるが攻撃的ではないといった社会的に望ましい人格像が認められ、判定は適応型に近い鎮静型となる。しかし、本検査は……被告人が意識的に偏った回答をしたか否かを判断する手がかりがない。このことに関しては、他の性格検査の結果と合わせて考えねばならない。

 なんか、態度が妙に慎重で時間のかかる政治家もいるようですが、どうなのかなと考えちゃいます。確かに、私は検査に慎重に臨みましたが、それだけ自分自身の状態に不安を持っていた現れだと思います。
 ちなみに、何ともないのに心配が過ぎておかしくなるのが、ノイローゼ(聞かなくなった言葉です。ややイコールで、神経症だったかもしれません。鬱病はいまでもよく聞きますね。)で、精神病者は、本当におかしくなっているのに、自覚がなく、平然としているそうです。周囲も異変に気がつかないことが少なくないとか、さらに感染というか周囲を巻き込んで集団的におかしくなるのが、感応性精神病というらしいですが、ほとんど聞くことのない用語で、知らない人が多いことでしょう。
 江川さんのお話で初めて知りましたが、かなり異様な雰囲気で、公共に電波を飛ばしたみたいです。相手方の「業界の笑いもの」というのも、未だに引っかかりと違和感がありますが、徒党を組んでいた、あるいは組んでいるという点でも共通点はありそうです。

江川紹子さんは本当にわかりやすいですね。
今回のこと全体を俯瞰から見るようなバランスの良さが心地良いです。

 江川紹子氏の見解で、橋下弁護士の言動と大量懲戒請求の愚かさを批判された部分と、刑事裁判の本質を論じた部分については、このモトケンブログにおいても多くの議論がなされ、特別目新しい論旨とは感じませんでしt。しかし安田弁護団について、次のように昭和40年代的時代錯誤の「頑なさ」が今日の社会大衆の意識と乖離している、とのご指摘には「なるほど」と思わざるを得ませんでした。

もっぱら権力に敵対して権利を主張することを美学とする”原理主義”的な態度

弁護団の前時代的でKY(空気が読めない)的な対応

 そして最後の総括ともいえるべき部分では、大量の懲戒請求の受け皿となる弁護士会についても次のように言及し、騒動の責任の一端を自覚すべきことを述べておられます。

多くの人が、弁護士は身内に甘い、と思っていることも、弁護士会は真剣に受け止めた方がいい。

 この指摘は重視すべきだと思います。弁護士会に限らず懲戒の自治制度は「身内意識の問題」とか「個人の名誉・信用の保護」といった理屈がはたらきやすく、内向きの制度になりがちな危険性を内包しています。懲戒は弁護士自治の根幹だから当事者だけが理解できれば良いのだ、という意識が少しでもあれば「一般大衆の意識との乖離」が今後も拡大するのではないかと危惧します。

 こうしたことを踏まえ、また今回の騒動を教訓として、弁護士会は懲戒制度について次の改善策を検討すべきと、市井の一個人として考えました。

(1)懲戒事由の「品位」とは何を指すのか等、
  懲戒基準をより具体的に示すべきである
(2)懲戒請求者への確認や意見聴取、
  並びに請求取下手続等制度についての広報の充実
(3)懲戒請求の審理をスピードアップし、
  綱紀委員会の決定はせめて1年以内にすべき
(4)懲戒委員会の審理を原則公開とし、
  請求者への綱紀委員会の経過報告を実施すべき
(5)「弁護士会へのご意見・苦情相談窓口」を
  懲戒請求以外の手段として大幅に拡充し広報する

 また、弁護士会だけでなく、裁判所、検察という法曹三者が共同して次の施策を実施すべきだと考えます。

(1)法律や裁判制度に根源である法治の概念について
  広報・教育の取組強化
(2)裁判の公開の原則に則り、全ての裁判の資料を
  保存して公開する「判例公文書館」の設置
(3)裁判員制度も踏まえ、裁判審理の一層の迅速化と、
  書面主義から口頭主義への段階的移行

 法曹資格の無い門外漢が考えたことで、専門家から見れば不適当な用語使い、的外れな提案もあろうかと思います。ですが今回の騒動を単に「床屋談義」のレベルに済ませず、将来に活かすためにはと愚考し、あえて投稿いたします。

納得できるいい内容だと思いました。
結局この弁護団が悪いと言うよりは
裁判で荒唐無稽な主張をすることが時間稼ぎに使えると言う
おかしな状態が悪いのだと思いました。

荒唐無稽な主張をするのは自由、しかし痛いしっぺ返しがあるよ、と言う風にしないとダメでしょう。
例えばあまりにも荒唐無稽な主張を行った場合は裁判官の判断で第三者委員会なりで主張についての検討を要請できる、そしてその主張が荒唐無稽なものであると判定されたなら、検察の主張通りの認定を行う。
素人考えなので穴だらけでしょうがとにかく
「自業自得だなこんな荒唐無稽な主張をして」
と思えるようなことにならないと庶民と司法の感覚が合う事はないと思います。


補足:
「だかじんのそこまで言って委員会」はあんまり余分な時間とっていない、と、昔番組内で言ってました。
まあだから放送していいと言う話にはなりませんが。

あと武田邦彦氏が出て「環境問題はなぜウソがまかり通るのか」
が放映された後、反論として別の専門家と武田氏が出演し、武田氏を打ち負かしていました。
(それを聞いたパネリストの反応は一人を除いて武田氏負け)

ですので、可能ならば番組に出演し、橋下弁護士を打ち負かして欲しいと思いますね、裁判起こすより、それで一気に世論が変わると思います。
あの番組は暴走はするけれどそう言うバランス感覚があるのがいい所だと思って毎週見てます。

素人ですが、

『弁護人の役割は、もっぱら被疑者・被告人の利益を守ることであり』だとして、その役割を果たす ふり をして『もっぱら権力に敵対して権利を主張することを美学とする”原理主義”的な態度』の人が弁護にあたることを、排除しなくてよいのでしょうか。

そういう弁護の結果は、例えばオーム教祖の裁判とか女子高生コンクリート詰め殺人の裁判などのような?な結果を招くのではないのでしょうか。弁護士界や法曹界では、そういう主義主張はまったく自由なのでしょうか。

>No.4 mastacos さん
現行の制度でも、ちゃんと判決で「しっぺ返し」を受けます。
荒唐無稽で、常識的に到底受け入れがたいような理由を持ち出せば裁判官から「反省がない」「更生の見込みが薄い」と見なされますから。
今回の裁判では、旧2審までに積み上げてきた情状酌量の要素を、全部かなぐり捨てるも同然の主張を被告人側はしているわけです。その結果はおのずと明らかでしょう?

検察官や裁判官をナメてはいけません。

 実体験で不利益だなと感じたのは、未決勾留日数の通算でした。しかし、いまだにこの問題を挙げた例は見た試しがありません。自分の場合、最高裁での異議申し立て(確か即時抗告とも)という最終的に争えるところまでやりました。
 結局、懲役4年の実刑(求刑同じ)でしたが、逮捕されてから満期出所した日まで数えると、ちょうど4年10ヶ月ほどでした。福井刑務所で服役しましたが、自分より1年ほど後に入ってきた殺人罪で同じく懲役4年の人が、自分より半年ほど先に仮釈放で出ていきました。飯場で刺し殺したそうですが、遺族が手を挙げて喜んでくれたほど、問題性のある被害者ではあったそうです。
 2度目の時も、懲役1年8月(確かあるいは10月)の実刑でしたが、同じく最後まで争い、逮捕から2年半ほど拘束されました。留置場で自分より1ヶ月近く後に入ってきた常習的累犯者が、2年半の実刑で、自分より一月ほど前に、仮釈をもらって出ていきました。仮釈の人は何とか寮(こんなこともすぐには思い出せなくなりました。)という一角に生活していたのですが、私はほとんどずっと、その入り口の2つ手前の独居房で生活していて、直接話をする機会もあったのです。
 なお、服役した事件の事実関係や内容については、現在も不当であると考えていますし、救済のための実践的な手続きも行っており、一昨年の11月(goo)と12月(hatena)のブログにて、全面的な情報公開を行っており、こちらのブログにも度々、コメントをさせて頂いております。
 不当な点については、揺るぎのない自信を持っていますし、実名や資料を公開することで、関係者の反論や、世間の批判にもさらし続けていますが、音沙汰はなく、また、同一の事実関係について、金沢地方検察庁に告発、告訴の手続きを繰り返し、昨年の12月には、検事総長に宛てた上申書に対する返信としての書面も頂いており、問題性自体については荒唐無稽ででたらめなものでないと、しっかり認知されているはずです。
 二つのブログは、金沢地方検察庁、石川県警察本部、最高検察庁にもご紹介しており、問題性を指摘されたことは、未だ一度もありません。
 いきさつや内容に関係する事柄もありますので、自分の経験なども参考として、また、正しいご理解を得るため、ご紹介させてもらっています。

>No.6 惰眠 さん

>その結果はおのずと明らかでしょう?

文章の流れに照らすと、「死刑判決」を確信されているような印象を受けるのですが、そう捉えてもよろしいでしょうか?

>No.6 惰眠さん
>現行の制度でも、ちゃんと判決で「しっぺ返し」を受けます。

通常ならそうなんですが死刑の確率が非常に高くなってくるとそれが有効ではないと思えるのです。
今まで被告がこう言うことを言わなかった理由が無期ですみそうだからで、差し戻しの後、死刑の可能性が高くなったので無茶苦茶なことを言い出したように思えるのです。

あとしっぺ返しは荒唐無稽な主張だけでなく、普通に事実関係を争った場合でも「反省の色が見られない」と判定されている例があるように思うのですがどうでしょうか。
最もこれは裁判官による差が大きいのかもしれませんが。

荒唐無稽な主張だけでなく、普通に事実関係を争った場合でも「反省の色が見られない」と判定されている例があるように思うのですがどうでしょうか

どのような刑事裁判でも、ごく普通に見られます。
 刑事罰には「真剣に反省して更生し、社会にこれまでの借りを返しなさい」と言う趣旨が含まれますので、反省していない=自ら率先しては更生しないかもしれない=長い時間かけて更生教育を施すしかない=刑の軽減は考慮されない、と言う図式です。
 具体的には、求刑に対して判決が満額回答になったり(普通は多少割り引かれる)、執行猶予がつかなかったり、時には検察の求刑を上回る(法廷上限の範囲で)判決が下ったり。

 それで今回の裁判ですが、死刑判決を回避するにはおおよそ2通りの方法が考えられます。
 一つ目は、1審と旧2審の弁護活動で行われた「起訴事実は全面的に認め、同情すべき事情を積極的にアピールする」戦術。
 もう一つは、いま採られている「起訴事実に誤りがあるので死刑相当ではない」と主張する戦術。この「起訴事実に誤りがある」の中には「一から十まで全部間違っている」と言うものから、今回の裁判のように「間違いは一部だが、非常に重要な部分での間違いだ」というようなものまであります。

 ご存知のこととは思いますが、具体的には「殺すつもりではなかった」という一点です。しかし、犯行の様態などから伺えるのはむしろ殺意が「あった」ということですから、それでも「なかった」と主張しようとすれば子供の言い訳みたいな突拍子もないストーリー展開をするしかなくなるでしょう。

 その説得力のないストーリーを持ち出して防衛を図ろうとしたこと自体が「反省がない」「更生の余地が(少)ない」と裁判官が判断する材料となり「死刑判決を避けたい」という被告人の願望に対して「これはもう死刑にするより他にない」という結論になるという、「しっぺ返し」を受けるわけです。

惰眠様、詳しいレスありがとうございます。
そのあたりはよく判ります。

ただ、今回の例ではなく、別の例として99%死刑だろうと言う案件が有ったとします。
このとき被告が
「どうせ死刑だから裁判を遅らせてやれ」
という態度を取るとそれに対する「しっぺ返し」が成り立たなくなるのです。遅延行為だけならまだしも被害者をさらに苦しめるようなことを言い出したなら…。
だから意図的な遅延行為に対しては逆に早く判決が出てしまう、というリスクがないとまずいのでは?という意見です。

>「どうせ死刑だから裁判を遅らせてやれ」
原則的には裁判官の行う訴訟指揮の裁量がものを言う範囲ですし(麻原裁判のように1審で死刑が確定してしまった例)、否認事件では(全面否認、一部否認を問わず)被告人が自己の正当性を主張する訳ですから、相手側当事者を「さらに苦しめる」ようなことを言うのは極々当たり前のことです。

冷酷なことを言うようですが、被告人の発言によって傷つくのがいやならば、被害者やその関係者は裁判など傍聴しに行かなければいいのです。裁判の当事者ではないのですから。

 本件裁判はどうか分かりませんが、大阪の付属池田小事件のように被告人本人が「サッサと死刑にしてくれ」と言って憚らない事件の裁判などは、もっと何か別の処罰の仕方があるんじゃないかという気にさせられます。
 それこそ、ちゃんと真人間になるまで刑務所の中でトコトン矯正教育を施し、しかる後に刑を執行するとか。矯正できるまでは本人がどれだけ望んでも絶対に処刑してやらない(笑)。

No.6 惰眠 さん

それは「弁護」なんですか?

「真実を追究」しているんですか?

No.11 mastacos さん

>「どうせ死刑だから裁判を遅らせてやれ」
>という態度を取るとそれに対する「しっぺ返し」が成り立>たなくなるのです。遅延行為だけならまだしも被害者をさ>らに苦しめるようなことを言い出したなら…。

そのあたりを見極めるのは裁判官の役割ではないでしょうか。裁判長の訴訟指揮にはそういう部分も含まれていると思うのですが。被告人が法廷で遺族を傷つける行動をとったり、あきらかな時間稼ぎだと判断すれば、退廷を命じるなり弁論を強制的に終わらせるなりすることができるはずです。
たとえば、宅間守が判決言い渡しの時に不規則発言で遺族を中傷しようとしたら、裁判長が退廷させましたよね。被告人は法廷で何でも主張する権利はありますが、それは「裁判所が許す範囲内で」という縛りがあり、それを逸脱した場合は裁判官がバッサリやった上に「心証悪化」というしっぺ返しをくれるのではないでしょうか。

少なくとも光市事件の被告人は、(内容の是非は別として)きちんと出廷し、尋問にも応じ、目に余る不規則発言や時間稼ぎ的な行動も取っていないように思います。主張自体が遺族を傷つけているのだから駄目だ、と言われてしまうと立つ瀬がありませんが。

No.13 aho さん

たとえば、被害者側に重大な落ち度や悪意が存在し、そのしっぺ返しとして殺された、というようなケースがあった場合、被告人の弁明は遺族にとっては認めがたい、聞くに堪えない内容になるはずです。
しかしそれは、被告人にとっては量刑に関わる重要な弁護権の行使ですし、被告人と被害者の間で何があったのかという「真実の追究」にもなります。

もう一つ例を挙げるなら、冤罪被害者の主張を聞いた遺族は「今更そんなことを言うなら真犯人を連れて来い」と怒り心頭でしょうが、だからといって冤罪主張を引っ込めさせることは「真実の追究」に反します。

惰眠さん
すみません。No.12のコメントを読まずにNo.11のmastacosさんにレスしてしまいました。惰眠さんが充分言い尽くされてますね。大変失礼しました。

>No.13 aho さん
お問いかけの趣旨がいまひとつ分かりかねるのですが・・・

被告人側弁護人のやっていることは「弁護」です。
この「弁護」の中身は「被告人の主観における『真実』の主張(もしくは「追究」でもいいでしょう)」です。

これに先立って検察側は「捜査によって得られた証拠に基づく『真実』の主張」を(起訴状によって)しています。

この双方の主張のせめぎ合い(相手の主張よりこっちの主張のほうが正しいと言い合う)が「真実を追究」することなのです。
しかしお互い「言いっぱなし」では何が真実か決めることができないので、裁判官にそれを委ねるのです。
この際、例えば「被告人側主観による真実」なるものが独り善がりだったり身勝手なものだったりすれば、どれほど自説を力説しようとも(というより力説すればするほど)裁判官は「被告人は自己中心的で反省もしない人物」と判断することになる、ということです。

本件の裁判で言うと、検察側が「殺意はあった。事件は計画的である」と主張しているのに対し被告人弁護側は「殺意はなかった。事件に計画性はない」と反論しています。
 そして「なぜ殺意がなかったといえるか」について、被害者遺体の扼殺痕を根拠の一つとして示し、「計画性がなかった」とする理由を例の母体回帰云々に求め突発的・偶発的だったと説明するわけです。

なお私は、被告弁護側の主張に説得力(少なくとも起訴事実を覆しうるだけの説得力)はないと見ていますし、恐らく裁判官もそのように判断するだろうと予想していますので、No.6で書いたように、死刑判決が下されるものと考えています。

>No.15 せっせ さん
いえいえ、お気遣いなく。私は所詮私の表現方法でしか表現することができません。同趣旨のコメントであっても、書き込む方によって様々の切り口が示せると思います。

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