今枝弁護士のブログがコメント欄閉鎖になったが、閉鎖以前のコメント欄をちらちらと読んだ感想めいたものを書いてみることにする。
まず思うのは、非法律家という意味での一般人の方と法律家とは、本件における事実の認識が違うな、ということです。
法律家は、まだ事実が確定していないということを前提にします。
裁判における事実は裁判所が認定するものである、ということです。
つまり、差戻審においては、差戻審の判断(判決)がまだ出ていませんから、差戻審における事実は確定していないと見るわけです。
では、判決前の時点で何があるかというと、それは、検察官の主張と弁護人の主張であるわけです。
主張というのは、つまり言い分です。
裁判所に対して、こういう事実を認めるべきであるという言い分です。
ですから、私のような法律家が現弁護団を批判するときは、弁護団の主張に説得力があるかないかを問題にすることになります。
検察官の主張についても同様です。
誤解を恐れずに言いますと、弁護人の主張する事実が真実であるか否かではなくて(究極的にはそうなんですが)、裁判官が信用するかどうかという視点で見るわけです。
しかし、多くの一般の方にとっては、すでに事実は確定しているのだろうと思います。
一審、控訴審、最高裁が認定し、マスコミが報道している事実です。
これが当然の前提になっているようです。
この前提に対する批判を一切受け付けない人もいるようです。
「真実はどうあれ被告人が二人を殺したことに間違いない。」というコメントの非論理性には驚きましたが、これは批判を受け付けない姿勢の表れだろうと思われます。
もっとも、一般の方としてもわかりやすく説得力のある批判なら受け入れて事実を見直す人もかなりおられると思いますが、差戻審における被告人の主張はいわゆる常識的観点において到底受け入れられる内容ではありませんでした。
これで、一般の人の事実認識を覆すことなどできるわけはない、と言わざるを得ません。
どなたかが、現弁護団は裁判所に主張するのと同じ感覚で一般大衆に対しても説明したのがまずかった、という趣旨のコメントをされていましたが、私も同感です。
これに加えて、被告人の利益の擁護を何より優先しなければならないという弁護人の職責が理解されていないわけですから、今枝弁護士が批判の嵐に晒されたことも当然のことと思われます。
私としましては、弁護団の主張の説得力はほとんど認めていませんが、どんな被告人も弁護しなければならないという弁護人の職責は理解してもらいたいという思いと、少しでも議論の整理の助けになればいいとい思いで介入しましたが、ブログシステムの問題もあってほとんど役に立たなかったようです。
なお、私は相手によってものの言い方を変えるところがありますので、今回も少々不穏当な発言があったかも知れませんが、自分から挑発したつもりはありません。
しかし、ネットの常識では必然的な状況ですが、感情の赴くままの個人攻撃、揚げ足取りコメント、自分の知らない領域の存在に関する鈍感さ等等には正直うんざりしました。
すでにどこかで書きましたが、今枝ブログのこれまでのコメント欄の状況は、裁判員制度の問題点の検討資料として資料的価値があるように思います。
もう一点思うところは、一般の方は裁判における当然の存在としての裁判所(裁判官)の存在を忘れているのではないか、という危惧です。
弁護人が、「被告人には殺意がなかった。」と言えば、それだけで殺意がなくなるかのようなコメントが多数見受けられました。
弁護人の意見がそのまま通るという認識が前提になっているかのようなコメントです。
そして、仮に被告人が殺人ではなく傷害致死になって死刑を免れたら、それは弁護団の(不当な)弁護活動のせいだ、というような意見も見られました。
しかし、判決をするのは弁護団ではなくて裁判所なのです。
裁判所が、弁護団の意見を正当なものまたは説得力のあるものと認めた場合に裁判所は弁護団の主張にそう認定を裁判所の責任においてするわけです。
逆に、裁判所が弁護団の主張には説得力がないと考えれば、弁護団の主張は採用されないのです。
法律家が主張の説得力を問題にするのはそういう仕組みを前提にしているからです。
このような基本的なところが理解されていないということについては、日本の教育の欠陥ではないかと思っています。
せめて高校でこの程度のことは教えるべきだと思います。
私自身、高校までに三権分立は教わった記憶がありますが、裁判とはどういうものかについては司法試験の勉強を始めるまでは考えたことがなかったみたいです。
裁判員制度の実施をひかえて、これじゃまずいだろうと深刻に憂慮します。
同感です。
今枝氏は、法廷で実際に存在した事実とご自分なりの解釈(悪く言えば予断)や宣言を同時に発信したのが誤りであったと思います。
誤解を招くような報道なり世論なりについて、法廷で実際に存在した事実のみを詳細に伝え、理解を求めることに徹するべきであったかと。
あれだけ重要な発信をされるのですから、準備・設計(運営スタンスを含む)にも相応の入念さが必要と考えます。
関係ないですが、ついに一番乗りになるくらいの参加頻度になってしまいました \(^o^)/
「これでわかる裁判員の基礎知識」というサイトで『裁判員は法律を知らなくても大丈夫』とありました。
http://info001.nomaki.jp/index.html
しかし法を知らない者が人を裁くのでしょうか。裁けるのでしょうか。
この事件の差し戻し審で、弁護側が主張される「殺意がなかった」という点について、法律家でないものがどう判断すればよろしいのでしょうか。
殺意とは供述だけでは判断されるものではない、とモトケン先生が言われています。
方法、凶器、様々な証拠で判断されるとの事ですが、素人である私が裁判員になった際に正しく裁けるか不安で仕方ありません。
「殺意」があるかないかで「傷害致死」「殺人」に振り分けられ刑罰も大きく変わって行きます。
司法への国民の理解と、司法への国民の参加は違うと思います。
それとも裁判員は法を知らずとも、自分の感覚で裁いても良いという事なんでしょうか?
裁判員制度実施まで後2年を切ったにも関わらず、地デジよりも広報がされていないと感じています。
散漫なコメント、失礼いたしました。
> すでにどこかで書きましたが、今枝ブログのこれまでのコメント欄の状況は、裁判員制度の問題点の検討資料として資料的価値があるように思います。
裁判員には守秘義務がある代わりに裁判に出てくるすべての情報が提示されるはずです。限られた判断材料しかない一般人の判断を、裁判官と同じだけの情報を与えられる裁判員の判断の根拠資料にする意味はないと思います。また、裁判員はほぼすべての国民が候補者とはなりますが、最終的には裁判長が選ぶことになっています。誰でも(あるいは意図を持って)参加できる状況とは前提があまりに異なります。
前提の違うものを持ち出して、裁判員制度の不安を煽るのは不適切だと思います。
今枝先生のブログは、大変勉強になり有益なものと思います。批判的なコメントにでも、荒しとか中傷ででない限りできるだけコメントを返してこられたことは、唯々頭が下がる思いです。それも雑ではなく、真摯な様子がうかがえました。仕事に忙殺されているにも関わらず、よくぞあそこまで返してこられたと感心しています。それなのに、予想されたとは言え、荒しとか中傷が多く、コメントランが閉鎖になったことは大変遺憾に思いますが、今枝先生が本来の業務に専念できる時間が多少なりとも増えたことをほんの少しばかり喜んでいます。
このブログの制約、例えばコメントが200文字以内だとかが、問題であると言われていますが、最大の問題は今枝先生御自身が前面に出てしまったことではないでしょうか。今枝先生は、本件の弁護人であることが第一義とされるので、ブログの中でも弁護人という立場の主義主張を展開されておられました。
[弁護団の主張」(?) のあの文章は、緻密な考証がなされていて、少数の人は理解できても、何人の人が読んだのでしょうか。特許の明細書や数学の論文を書くのに慣れている自分も投げ出したものが幾つかあります。その上、荒唐無稽な主張を是とせよという内容なら、誰でも反論したくなるのではないでしょうか。まさに、裁判所に出す内容をブログにしたというのは、的を射ていると思います。
あのブログでモトケン先生やこのブログの住人(失礼!)と思われる方の立場はある意味、キーだったように思えます。今枝先生のフォローをし、今枝先生の言えない本音を代弁されていたように思えます。
誰か法律に詳しい方がブログを立ち上げて、今枝先生をコメンテーターとするという形にしてたら、今枝先生のお手をそれ程煩わせることなく、今枝先生の主張も述べられたのではないかと思います。弁護団の一人のブログなので、荒しや中傷があったものではないでしょうか。別の人のブログなら在っても数は少なくなるはずです。今枝先生の立場では言えないことも賭けますので、意見が一方の偏ることもないはずです。
今枝先生のブログに質問コーナーがありますが、これは是非多くの人に読んでいただきたい内容だと思います。しかし、本当に読んで欲しい人の眼には、「弁護団の一員の話だから」というフィルタがかかるのではないでしょうか。別の人のブログならこのようなフィルタもないであろうと考えられます。
今、出典が探せないでいますが、今枝先生のブログに事実認定を覆すのは「再審請求のようなもの」という表現がありました。福富氏の記事を引用しつつも、"彼は、彼のために涙を流してくれる人をも、裏切ったのだ" という文を明確に否定していません。なんだか本音が垣間見えるように思えました。
長文、乱文御免
> すでにどこかで書きましたが、今枝ブログのこれまでのコメント欄の状況は、裁判員制度の問題点の検討資料として資料的価値があるように思います。
確かに今枝弁護士のブログで愚直な法理論の主張が理解者をなかなか増やせなかったのに対し、橋本弁護士の巧みなアジテーションに納得してしまう一般人が多かった社会的現象は、裁判員という法律の素人相手に法廷で主張を述べるときに弁護士が(検察官も)今後身に付けるべきテクニックとして、大変多くの示唆を含んでいると思います。
>論理的思考 さん
法務業の末席 さんが指摘されたような意味で資料的価値があるという意味です。
つまり、裁判及び弁護人の役割についてあの程度の理解しかない人が少なくないという意味です。
理解してない人を非難してるんじゃありませんよ。
制度運営側において事実として認識しておくべきであるという意味です。
管理人さま
論理的思考 さんの書き込みと、多少被りますが、
今枝ブログでの、更新意見書を分割エントリとしての議論は、実際の裁判員裁判が
ある程度閉じられた空間で、十分な資料、実名、発言に対する責任があるのに対し、
開かれた空間で、限られた資料(供述調書、鑑定書などの重要資料の不在)、匿名、無責任発言
という観点から、弁護側の主張検討としての資料的価値は、ゼロとは言えないものの、
大変低いと考えます。
この私の見方に対して、管理人さまの、ご意見をお伺い出来ませんか?
管理人様
貴方は事実が未確定という前提のようですが、本件上告審判決が「本件において死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情があるかどうかにつき更に慎重な審理を尽くさせるため,同法(刑訴法)413条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし」と言っていることに照らすと、情状面での新規立証は許容されても、殺人であることはもはや争い得ない、その限りで「事実は既に確定している」のではないでしょうか?
(だからこそ、今枝弁護士も再審事由でもなければ事実認定を覆すことは難しいといわれるのでは。)
上訴審の構造については不勉強なので、違っていればご教示下さい。
あのブログでは、今枝弁護士は、証拠に基づいて弁護をしている、と何度も説明したにもかかわらず、それについて一切耳を貸さない人が何人もいたわけです。
つまり、証拠と証拠に基づく主張とその主張の説得力の有無・程度の評価が別物であるということが理解できない人が何人もいたわけです。
そして弁護士がどういう立場で主張を展開しているのかも理解する気がない人が何人もいたわけです。
そういう人が裁判員になったら、直ちに証拠と証拠に基づく主張とその主張の説得力の有無・程度の評価が別物であるということが理解できるかどうかようく考えたほうがいいということがわかるという意味で資料的価値があると思うわけです。
言い方を変えますと、資料つまり証拠に基づいて責任をもって判断をしなくてはならないということを理解していない裁判員に対して、それを理解してもらうためにどうすればいいかということを今から真剣に考えておいたほうがいいと思うわけです。
>通りすがり さん
裁判所が立証を許したということは、一応弁護人の話を聞く耳を持ったということだと思います。
さらに言えば、いずれは指摘する必要があると思っていた論点ですが、差戻審の裁判官は、差戻審を再審の前倒し的に位置付けていることが推測されます。
仮に死刑判決をしてそれが確定した場合、再審申立は目に見えているわけですから、この際差戻審で被告人に言いたいことを全て言わせて、再審手続でごたごたすることを防止しようという意図が感じられます。
こんな回答でいいですか?
>>No.10 モトケン さん
御説に正直驚きました。素人質問で申し訳ないのですが、
「差戻審を再審の前倒し的に位置付け」というのは可能なのでしょうか?
小生は仮に高裁が「死刑判決」を出し、最高裁が上告を棄却したとしても何十年にも渡って再審請求が出し続けられるんだろうなぁ…と考えておりました。
>この際差戻審で被告人に言いたいことを全て言わせて、再審手続でごたごたすることを防止しようという意図が感じられます。
モトケン先生に意義アリ。
弁護団が無期懲役囚を証人として申請したものの、却下されたそうです。
よって「全て」、少なくとも弁護団がやりたいことが全て言わせてもらったとは言えないと思います。
>薬屋のIT さん
手続的には、差戻審はあくまでも差戻審ですよ。
>何十年にも渡って再審請求が出し続けられるんだろうなぁ…
請求を出しても理由がなければだめですよね。
再審申立の理由をなくすまたは減らすためには(つまり事件を名実共に確定されるためには)、確定までの事実審理が尽くされていればいいわけです。
言い方を変えれば、死刑判決を執行するためには再審事由をなくすことまで考える必要があると考えられます。
結局、三権分立についての理解が出来てないんだと思います。
弁護団を批判する人達は、しきりに「世間の感覚」と言う趣旨の言葉をふりかざしますが、
裁判って言うのはそーじゃありません。
多数決で裁判の結果が決まるなら、中世の魔女狩りと同じです。
立法は多数決で決まりますが、司法はそうじゃありません。
弁護側と検察側が主張した内容に基づいて、裁判官が合理的に
判断を下す場です。
そういう基本的な理解が欠けていると感じます。
これは教育の問題でしょうね。
福田さんも、こういう所を考えてもらいたいですね。
>>No.13 モトケン さん
解説有難うございました。
御説理解いたしました。
兎角再審請求は政治運動化しがちなので、再審理由が事実審理されているいないに係わらず再審請求は続いていくのかな…と考えておりました。
今回の事件と裁判員制度に絡めていうならば、根本的な問題は「法的な前提は全て理解したが結果が受け入れられない」と言う事態が生じる事ではないでしょうか?
具体的にいうなら、「実際に惨たらしく母子を殺しているのに、殺意が無いから死刑を免れるという結果は了承できない」ということが多くの非法曹人の感覚としてあり、その感覚が「殺意が無いと裁判官が認定して死刑を免れるという結果」をもたらすような行為および行為者の全てに対する批判的態度をもたらしていると思います。特に今回は弁護団の主張が奇異だった事もあり、その批判的態度が大爆発まで一気に臨界点に達したと言う事でしょう。
ですから、この問題は司法に対する理解以前に、
・現行の法律(「殺意が無いと裁判官が認定すれば死刑を免れるという結果」をもたらす法律)に対する不満、疑問
・(国民の多数が)「死刑になるべきである」と感じるような凶悪犯であっても「法律に従えば死刑ではない」場合に、「例え倫理や道徳、正義に一見反するような結果になったとしても、被告人の権利の保障を含め法を守るのが社会全体として最終的には正しい事である」という信念があるかどうか
ということが根本的問題として存在していると思います。
ですから、例えばもし今回の事件が裁判員制度の適用対象だったとして、裁判員達が「なるほど、司法の枠組みと意義は理解した。
しかし惨たらしく母子を殺した被告は殺意の有無に関わらず死刑になるべきだ」と考、例え弁護団が説得力ある主張を行ったとしても、裁判員が屁理屈を付けてでも認めないというような事態が生じる可能性もあります。
「倫理や道徳、正義に一見反するような結果になったとしても、被告人の権利の保障を含め法を守るのが社会全体として最終的には正しい事」という信念を、日本人の大多数が果たして自分の物として固く保持する事ができるのか?これが大問題だと思います。
>No.16 会計士Xさま
>例えばもし今回の事件が裁判員制度の適用対象だったとして、裁判員達が「なるほど、司法の枠組みと意義は理解した。
しかし惨たらしく母子を殺した被告は殺意の有無に関わらず死刑になるべきだ」と考、例え弁護団が説得力ある主張を行ったとしても、裁判員が屁理屈を付けてでも認めないというような事態が生じる可能性もあります。
ご心配はもっともですが、裁判員制度で評決する場合に、「裁判員だけによる意見では有罪の判断するいことができず、裁判官1人以上が有罪という多数意見に賛成していることが必要」というルールが用意されています。
裁判員制度は、職業裁判官3名と裁判員6名の合計9名で構成されますので、5名の意見が一致すればそれが多数意見となりますが、有罪か無罪かを決める評決で意見が割れたときは、下記の通りになります。
裁判員の6名全員が有罪の多数意見で、職業裁判官の3名全員が無罪の少数意見の場合、多数意見には裁判官が1人も含まれていませんので無罪となります。
裁判官1名と裁判員4名の合計5名の多数意見(有罪)と、裁判官2名と裁判員2名の合計4名の少数意見(無罪)に分かれた場合には、有罪の多数意見に職業裁判官が含まれていますので、有罪になります。
よって検察官(弁護人)は、3人の職業裁判官のうち少なくとも1名を自己の主張に同意させた上で、最低あと4人(構成は裁判員だけでも裁判官が混じってもOK)を説得できれば、評決に勝てることになります。
「裁判員が屁理屈を付けてでも認めないというような事態が生じる可能性」は杞憂です。
上記に書かれていることは理解していますが、被告人の主張がどんなに荒唐無稽であり、被告人自身にとっても不利だと思われるものでも、弁護人は、その主張に沿って弁護するだけではなく、そのような主張であっても説得力を持つように積極的に努力しなければならないという事は知りませんでした。因果な商売ですね。
また、「故意であった」という客観的な証拠がなく、被疑者も故意であることを否定している場合に、裁判官が「常考」により「故意である」と判断してよいという事も知りませんでした。(「疑わしきは罰せず」という考えはここでは通用しないという事なのでしょうか?)
自分の知らない領域の存在に関する鈍感さにはうんざりだと仰っていますが、それはある程度は仕方ないことではないでしょうか?
たとえば、心理学の領域では、意志と行動の関係は、非常にナイーヴな問題であり、「常考」で「故意であった」等と片付けられないのは、ご理解頂けるのでしょうか?
また、行動心理学では、自由意志の存在を認めていないという事を、すぐご理解頂けるのでしょうか?
行動心理学者が裁判員に選ばれる事もあるかもしれませんよ?
>しかし、多くの一般の方にとっては、すでに事実は確定しているのだろうと思います。
(素朴)実在論を取る人が多いと言いたいのでしょうか。
弁護人や検査官はともかく、裁判官の方にこそ実在論を取って頂きたい、と敢えて言いたいです。
>No.5 法務業の末席 様
>確かに今枝弁護士のブログで愚直な法理論の主張が理解者をなかなか増やせなかったのに対し、橋本弁護士の巧みなアジテーションに納得してしまう一般人が多かった社会的現象は
上記は、せめて統計等を取った上でのご発言でしょうか?
確証バイアスという言葉について調べてみて頂きたいものです。
このような方が「社会的相当」という言葉を使っていると思うと怖いものがあります。
>No.18 mashさま
橋本弁護士の巧みなアジテーションに納得してしまう一般人が、私の身の回りに2人以上も現れたのは私にとって「多い」という印象を申し上げただけです。
その2名以上は私のすぐ背後で寝ている妻と、私の仕事先の担当者及びその同僚達です。
>No.18 mashさま、追伸
「社会的相当」という言葉はどこから出現したのでしょうか?
なお、当方は午前4時で営業時間終了となりますことを予めお断りさせて頂きます。
>No.17 法務業の末席 さん
職業裁判官の3名のうち、たまに1名ぐらいは認めない事がある、くらいの説得力をもつ弁護側の主張は、従来であればまず受け入れられるわけです。しかし、裁判員制度になったとたん、
>裁判官1名と裁判員4名の合計5名の多数意見(有罪)と、裁判官2名と裁判員2名の合計4名の少数意見(無罪)に分かれた場合には、有罪の多数意見に職業裁判官が含まれていますので、有罪になります。
のケースが増大する可能性がある。これは杞憂ではないと思います。
「倫理や道徳、正義に一見反するような結果になったとしても、被告人の権利の保障を含め法を守るのが社会全体として最終的には正しい事」という信念を、日本人の大多数が果たして自分の物として固く保持する事はできない限り、今回の弁護団のバッシングのようなケースは(弁護団が個別的・個人的に世間の信頼を得るような対策を用いた場合を除けば)止まないでしょう。そのような信念は、おそらく(近代化して100年以上経過しても未だ)現在の日本人の文化・宗教・価値観と反する部分があるからです。
法務業の末席 さんの身の回りに2人以上も現れたのも、その反映と思います。
私自身の事を考えても、もし今回の事件が裁判員制度の適用対象であり自分が裁判員になったとして、且つ仮に弁護団の殺意否認主張が自分にとって説得力があるものだったとしても、(今現在得られる情報を前提とすれば)、「死刑」にするための最大限の努力を払ってしまいそうです。
>>20
法務業に携わる方ならば社会的相当性を論じることもあると思いましたが、違うのでしょうか?
>>19
まず、ご自身の身の回りの出来事に対する印象を、一般論にまで拡対して断定するのは、危険だとは思われませんか?
次に、橋下弁護士のアジテーションの結果と、今枝弁護士の主張の結果を対比して、「裁判員という法律の素人相手に法廷で主張を述べるときに弁護士が(検察官も)今後身に付けるべきテクニックとして大変多くの示唆を含んでいると思います」との事ですが、それぞれの主張は異なる条件下・媒体にて発信されていることを見落としていらっしゃいませんでしょうか?
ご参考まで、橋下弁護士が懲戒請求を呼びかけたのは番組の当日の視聴率は16.9%との事です。放送エリアは関西+α。関西以外では、札幌テレビ、 ミヤギテレビ、 テレビ新潟、 北日本放送、 テレビ信州、 山梨放送、 中京テレビ放送、 西日本放送、日本海テレビ、 広島テレビ、 山口放送、 南海放送、 高知放送、 福岡放送、 長崎国際テレビ、 くまもと県民テレビ、 宮崎放送、 鹿児島讀賣テレビです。
さらに、インターネットでもこの呼びかけは流布していると思います。
一方、今枝弁護士はそのご意見をインターネット上に(ブログから)発信しています。そして、テレビでは、今枝弁護士のブログに書かれている内容の半分も報道されておりません。
訂正のお詫びと追記:
恐れ入りますが、No.22の「拡対して」は「拡大して」の誤りです。
弁護人が、橋下弁護士のアジテーションの仕方を学び、裁判員制度施行後、法律の素人である裁判員を煽動して味方につけようとの事ですが、それが法務業に携わる方のご意見なのでしょうか・・・?
なんだか、色々非常に残念でなりません。
一部の“一般人”の無理解を目の当たりにされ、多くの“一般人”に対しても疑心暗鬼になられるお気持ちは分かりますが、もう少し冷静になっては頂けないのでしょうか。
今回の件にて「非法律家という意味での一般人」として大雑把に括られ愚衆扱いされたように感じます。
それだけではなく、法務業に携わる方が(今の所は法務業の末席様お一人ですが)裁判員制度実施後は、愚衆対策として、橋下弁護士のされたようなアジテーションを用いて法律の素人である裁判員を煽動し味方につけたら良いとお考えになった事も残念です。
>No.21 会計士Xさま
職業裁判官だけで審理していた時代の裁判の結果と、一般人の裁判員制度を導入した後の裁判の結果がまったく同じであるべきなら、何のために裁判員制度を導入するのでしょうか?
裁判員制度の導入を決めた法改正が国会で可決されたのは、間接的に国民の過半数が「職業裁判官だけに刑事裁判を任せている現状を変えるべきだ」と判断した結果ではないでしょうか。
裁判員制度の導入は国民の選択の結果であり、裁判の結果が変化することを願ったわけで、その裁判結果の変化を「杞憂」として受入ることができないのであれば、導入の決まった裁判員制度を廃止する法案を国会で議決できるように政治活動をするしかありません。
国会議員の構成が変わらなければ裁判員制度廃止法案を成立させることができず、2年後には否応なしに導入されるのですから、法曹関係者を含めて全ての国民は、裁判員制度導入を前提に刑事裁判に向き合う姿勢・考え方を変える準備・対策をしていく必要があります。
今回の騒動は、その避けられない裁判員制度への対策という面で検討すれば、非常に沢山のsuggestionが得られると思います。
管理人さま
No.9 のコメントが、私の見方への意見と捉えまして、申し上げます。
20日の被害者遺族・本村洋さんの意見陳述を受け、今枝弁護士は
ご自身のブログから、更新意見書の削除を行いました。
ですが、光市事件懲戒請求扇動問題 弁護団広報ページに
それを残し、現在は削除されていますが、
“内容に関心を持たれていた方々は入手されたと思われる”として
更新意見書による議論再開を示唆するとも受取れます。
また、こちらの場外乱闘編にて議論再開を望むと思われる書き込み
も見受けられます。これは私の杞憂かもしれません。
しかし、被害者遺族の方から
“議論されている状況を、決して快く思っていません。”
とはっきり表明されている現在、その被害者感情を推し量り、
私が、今枝弁護士なら更新意見書による議論を再開しませんし、
管理人さまの立場なら、更新意見書による議論に参加しません。
No.9で管理人さまが示された“資料的価値”は先の議論で
十分、満たされたと考えています。
無論、これは私個人の意見で、指図でも要求でもありません。
議論再開には、反対しているとだけ申し上げて置きます。
No.25 クロマ@Thomas Rainer さん
>しかし、被害者遺族の方から
“議論されている状況を、決して快く思っていません。”
とはっきり表明されている現在、その被害者感情を推し量り、私が、今枝弁護士なら更新意見書による議論を再開しませんし、
本村さんのお気持ちとしてはそうでしょう。
しかし、憲法37条1項は
「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。」
と規定しています。
なぜ憲法が「公開」を掲げているのか考えて頂きたいですね。
憲法は、国民が裁判を監視することで刑事被告人の権利が守られると考えているのです。いわゆる密室裁判を禁じているわけです。
しかし、法廷の傍聴席には限りがあります。そのために、マスコミには正確な裁判情報を国民に知らしめる責任があります。
ところが、この事件におけるマスコミ(特にテレビ)の裁判報道のていたらくについては皆様もご承知のとおりです。
私は、更新意見書等を公表し、正確な裁判情報に基づいて議論することが必要であると考えます。もともと意見書、弁論要旨、冒頭陳述書、論告求刑は、法廷で読み上げられるものです。
それが被害者遺族を傷つけると言われるのなら、憲法から「裁判の公開」という条項を削るべきです。
また、ワイドショーが面白半分でこの事件を取り上げ、何も裁判資料を読まず誤った情報に基づいて無責任な発言を繰り返しているコメンテーターたちこそ、被害者遺族を傷つけていると思います。
私は、こういう方々に対して、どうして本村さんがお怒りにならないのか分かりません。私が遺族であれば、テレビ局にまず抗議します。
>No.25 クロマ@Thomas Rainer さん
裁判資料に基づく議論を再開するかどうかは、弁護団の判断にかかっています。
更新意見書の削除は、弁護団として本村さんの遺族感情を決して無視していないことを示しています。
但し、あくまでも筋論として申し上げますが、本村さんが
という選択をし、これまで被害者遺族として自らマスコミに露出して積極的に発言してきた事実に照らしますと、加害者側からの情報発信に対して不快の念を表明することは、やはり筋としては一貫しないと思われます。
本村さん自身もそのことは自覚されており、当初の選択が正しかったどうかについて悩んでおられるわけですが、弁護団が異例の情報発信に踏み切った経緯には、それまでの本村さんの発言とそれを利用したマスコミの存在という経緯があることは頭の隅に置いておいてもいいと思います。
なお、このコメントは、本村さんに対するいかなる批判を含むものでもありません。
事実の経過を確認するためのものです。
筋としては一貫しないというだけで、遺族感情としては当然のことと思います。
本村さんの被害者遺族としての積極的な発言は、これまで刑事司法においてともすれば軽視されてきた被害者・遺族のことを裁判所や検察庁に考えさえる契機の一つになったという意味で評価しています。
問題は、本村発言に関するバランス感覚を欠いているとしか思えないマスコミの対応にあると思います。
もちろん弁護団の情報発信のあり方についても批判の余地は十分あると思います。
No.25 クロマ@Thomas Rainer さん
被害者の方々の死亡原因についての議論を本村さんは快く思っておられないと言われます。
ただ、犯行態様の検討は、被告人が殺意を否認している以上、裁判では避けてとおれません。
頸部の蒼白帯などを示した図に基づいて議論されることは避けてとおれないのです。
実際にマスコミ(ワイドショー)もこの図を報道し議論(但し、弁護団批判の方向のみで)していました。
テレビなどのマスコミにおける報道や議論(殆ど弁護団批判の方向)はOKで、弁護団直接発信のインターネット上の議論(弁護団批判も擁護もあり)は不可、ということにダブルスタンダードを感じます。
ついでに・・・。
橋下弁護士は、「マスコミが報道してくれないと文句を言うのなら、この番組に出ればいいでしょう。」と「たかじんのそこまで言って委員会」への弁護団への出演要請をしましたが、弁護団はそれを無視しました。
これをもって、橋下弁護士は「マスコミが報道してくれないと言っているから、せっかくその機会を設けてやったのに、それを利用しないのは矛盾だろう」と主張されています。
しかし、弁護団は絶対にあの番組に出るべきではありません。
私は問題の橋下発言のときの映像をリアルタイムで見ましたが、とてもこの事件を公平な視点で報道し、(弁護団批判にせよ)こんな悲惨な事件の裁判を真面目に考えているとはいえないものでした。面白おかしく取り上げて、視聴率を稼ぐことしか考えていないと思われても仕方がありません。
(この番組への批判は江川紹子さんの論評のとおりです。)
そんな番組に弁護団が出演するということは、上記のような番組のあり方に賛同しているとも取られかねません。そして、それは被害者遺族に対しても大変失礼なことになりますので、絶対に出演すべきではないと考えます。
まあ、私がこんなことを言おうが言うまいが弁護団は出演しないでしょうが、出演しないことが卑怯だ論理矛盾だという橋下弁護士の言を真に受ける方がみえるといけないので・・・。
> しかし、弁護団は絶対にあの番組に出るべきではありません。
いや、そんなことはないですよ。
既にトーンはだいぶ変わってます。
橋本弁護士が懲戒請求出してないのがまずいですよねえ。
前にも書いてますが、別件で反論派の人が出て言い負かしたこともありますから。
ちゃんと一人ずつ質問してもらってそれに対して答えると言う方式を飲ませるなら十分勝ち目があると思います。
ただ出るならモトケン様の方がうまくあしらえるかも。w
他の人はしらないけどBlog見る限り今枝弁護士は一般への説明は無理そう。
けれども誰か第3者的な立場の人が刑事事件における弁護士活動とはどういうものか説明してあげて欲しいです。
司法の常識と一般の常識とが乖離しているなら司法の方はそれを一般に向けて啓蒙していく必要があるのではないでしょうか。
誰かあの番組にでるという勇気ある方がいないものかと真に思います。
No.30 mastacos さんのコメント
>司法の常識と一般の常識とが乖離しているなら司法の方はそれを一般に向けて啓蒙していく必要があるのではないでしょうか。
誰かあの番組にでるという勇気ある方がいないものかと真に思います。
以前、紀藤正樹弁護士が出演され、果敢に挑戦されていましたが、ダメでした。
あの番組では誰が出ても無理だと思います。
出るのなら別の番組の方がいいでしょう。
>No.30 mastacos さん
願い下げです(^^)
偏向報道・煽動した当該番組に出る等、みすみす敵地に乗り込むようなものでは…?
不利な編集をされるかもしれませんし、そんな番組の視聴率に貢献するのもシャクではないでしょうか。
フェアな議論の出来る環境で、偏りの無い編集・報道をしてくれる別の番組ならば良いのかもしれませんが。
>mashさん
フェアな議論のできる場所なら
関西弁護士会のセミナー会場とかがいいのでは?
しかし弁護士の弁護活動を妨げるようなマスコミも
それに先導される市民?国民もどうかと思いますよ。
自分の身内がこのような事件を起こした時に真っ先に
安田弁護士らに泣き付いていくのにね。
まちがっても橋下氏には依頼しないよね。
これからも死刑の求刑がでるたびに大弁護団を組んで戦って
頂きたいと思う所存であります。
>mashさん
フェアな議論のできる場所なら
関西弁護士会のセミナー会場とかがいいのでは?
しかし弁護士の弁護活動を妨げるようなマスコミも
それに先導される市民?国民もどうかと思いますよ。
自分の身内がこのような事件を起こした時に真っ先に
安田弁護士らに泣き付いていくのにね。
まちがっても橋下氏には依頼しないよね。
これからも死刑の求刑がでるたびに大弁護団を組んで戦って
頂きたいと思う所存であります。
専門家が専門外の人間(一般人)の無理解に遭うのは、あまり珍しいことではありません。
(例:社会生物学論争など。)
ただ、同業者である弁護士が、弁護活動に対する一般人の無理解を煽ったことは珍しいかもしれませんが。
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社会生物学論争については、「社会生物学論争史 誰もが真理を擁護していた」(みすず書房)が詳しいです。
書評がこちらにもあります↓
http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/sociobiology.html
1970年代にハーヴァード大の昆虫生物学者ウィルソンが社会生物学の著作を出版しヒトの行動をも分析の対象としました。
彼に政治的目的はなかったのですが、「生物学的(遺伝子)決定論」と結び付けられ、人種差別とレイシズムに結びつくとして糾弾を受けた件です。
同僚達も彼と同類として断罪されるのを恐れ、彼の擁護に立ち上がらなかったそうです。
(科学的批判はともかく、レイシストという批判については擁護すべきであったと思われるのですが…。)
批判グループは機関紙・公演を通じ一般人向けにウィルソンと社会生物学批判を煽りました。批判はエスカレートし、人種差別反対国際委員会もこれに加わりました。
頂点は公開シンポジウムだったそうです。
社会生物学者vsその学問上の批判者により公開議論が行われ、学問上のまじめな科学的批判と討論が行われる筈でした。(学問上の対立はあったので。)
しかし、予想に反し、ウィルソンが話し始める段になって、聴衆10人程が「人種差別者!ジェノサイドの罪で糾弾する!」などと罵りながら演壇に登りマイクを奪い、ウィルソンに対して水差しの氷水を頭からかけて退場して行ったそうです。
騒然とした中、司会者はウィルソンに謝り、学問上の批判者も、このような行動は社会生物学と闘い方として正しくないと述べたとの事。他の聴衆もとりあえずウィルソンやこれら言明に対して拍手しておくという状態、ウィルソンはずぶ濡れのまま、話を始めたそうです。
ヒトを対象とすると著作で述べた部分は、ウィルソンの売名行為ではないかと疑う人々もいたそうです。
(最近やっとヒトの行動に関しての生物学的な議論を受け入れる風潮が出て来たそうです。)
なんだか少し今回の件に似ていませんか?
でも、ウィルソンの件と大きく異なるのは、同僚が、懲戒請求という過剰な叩きに対して、擁護に立ち上がったことです。
そのお陰もあって、今枝弁護士は自身のブログを開設する意欲を得た訳ですし、一般人の一部も一定の理解を示しています。
No.32 モトケン様
> 願い下げです(^^)
残念です。
別番組でもちろんいいのでお姿拝見したかったです(^^)
>No.23 mashさま
>法務業に携わる方が(今の所は法務業の末席様お一人ですが)裁判員制度実施後は、愚衆対策として、橋下弁護士のされたようなアジテーションを用いて法律の素人である裁判員を煽動し味方につけたら良いとお考えになった事も残念です。
上記のコメントについて1日半も見落としており、レスが遅れましたことをます最初にお詫び申し上げます。
遅ればせながら少々追加のコメントをさせて頂きたく存じます。
mashさまがご指摘されたのは、私のNo.5の書込みが出元かと存じます。この書込みの真意は、裁判員制度下の法廷戦術について私なりの考えを述べたつもりです。
ご存じのとおり、2年後に裁判員制度が導入されると、裁判官席には3人の裁判官に加えて6人の「一般人」が裁判員として座ります。その裁判員6人に職業裁判官3人を加えた計9人で検察・被告弁護側の双方の主張を審理し、有罪か無罪か、有罪なら量刑はどの程度が適当か評決することになります。
現在の法廷では、有剤か無罪かの判定や量刑の決定などは、すべて職業裁判官に委ねられております。また法廷での審理は「文書による討論」が原則で、弁護士の外見(服装や身だしなみ)や態度或いは言葉遣いや話し方などは、これを捨象するよう職業裁判官は訓練されており、裁判での事実認定に大きく影響しないと考えられています。
しかしながらこれからの裁判員制度の下での法廷では、これらの外見的要素を簡単には捨象できないと思われる一般人の裁判員6名が加わりますので、弁護士や検察官も従来と同じ感覚(法律的にスジの通った論旨が大事、服装だの容姿の見てくれは関係無いなど)のままで法廷に臨むと、一般人の裁判員はそうした論旨以外の要素に引きずられ、正当な主張内容が正当に理解されず、裁判に負ける可能性が出てきます。
これは今回の安田弁護団の記者会見での映像と、本村洋氏の記者会見の映像を見比べると分りやすいと思います。片やボサボサ頭で腕組みの弁護士、ヨレヨレ背広の弁護士、感極まって泣き出す弁護士…が20人ほど並んだ光景と、たった一人の青年がダークスーツを着てネクタイをキチンと喉元まで締め、常に背筋を伸ばしてカメラや聴衆にしっかりと目線を合わせ、ハッキリした発音で早口にならぬよう、慎重に言葉を吟味して話す本村洋さんの姿では、どちらの主張に肩入れしたくなりますでしょうか?
また論旨の正否はともかく、難しい法律や裁判のことを平易な話し言葉で語りかける橋下弁護士の手法と、難しい法律用語と独特の文体で記述された「更新意見書」をそのままブログに公開して一般の方々と討論を始めてしまう今枝弁護士の手法を比べてみて下さい。(重ねて申しますが)それぞれの主張の正邪は抜きにして、どちらがより多数の理解者(シンパ)を獲得できるでしょうか?
裁判員制度における法廷戦術、裁判員への主張のプレゼンテーションの手法、裁判についての法廷外への情報発信での効果的なパブリシケーションの戦術…今回の一連の騒動をこうした側面から検討し分析すると、大変参考になる資料が得られと考えております。私自身は9月中旬以後このスタンスで一貫し、こちらのモトケンブログの場を借りて主張してきたつもりでおります。
私は上記で例に挙げた方々の主張の正否については論じるだけの知識と能力を持っておりませんので、断定する論評には言及しない方針でおります。上記の例示で、各々の関係者が論じている内容について、正直なところ私にはどれが正しいのか判断ができません。
もし仮に私の過去に書き込んだコメントに、こうした論旨の正邪について言及したように感じ取れる部分がありましたら、それは全て私の文章力の不足によるもので、ご容赦頂きたくお願い申し上げます。
大変長文の書込みとなりましたことをお詫び致します。
管理人様
どうもご返事ありがとうございます。
「差戻審を再審の前倒し」との位置づけ、先に指摘されてしまいましたね。
私が言いたかったのは、「差戻裁判所が立証を許したのは、事実が確定したことを前提に、再審事由の有無を聴こうとしただけではないか?」、つまり、本件差戻審での立証を(第1次)控訴審と同等に捉えるのは間違っているのではないか、という疑問です。
最高裁判決を見ると、冒頭で「上記各犯罪事実は,各犯行の動機,犯意の生じた時期,態様等も含め,第1,2審判決の認定,説示するとおり揺るぎなく認めることができるのであり,指摘のような事実誤認等の違法は認められない。」と断言しており、この点は差し戻しの対象とはなっていないわけですが、これでも「事実は確定していない」といえるのでしょうか?
>No.39 通りすがり(No.8) さん
上告審判決の拘束力という問題があるのですが、ここでその論点を持ち出すとエントリの趣旨からずれるんですよ(^^;
後でもっと検討したいと思います。
>>No.38 法務業の末席様
ご丁寧なご回答有り難うございます。
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念のため、誤解のないように予め述べさせて頂くことをお許し下さい。
上記一連の私の書き込みは、裁判員制度に対して憂慮する必要がない等と主張する物ではございません。
趣旨は「(非法律家という意味での)一般人」は一枚岩ではなく、(今枝弁護士やモトケン様のブログを拝見した後でさえも)司法制度に関して一定の理解を示さない人だけが「一般人」ではないという事でした。
この件については、下記の新たなエントリーが立てられておりますので、安堵している所です。
「世間」、「常識」、「社会一般」等について
http://www.yabelab.net/blog/2007/09/26-095640.php
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まず、本村さんと今枝弁護士の外見的要素を比較したお話は、No.5の要点の“例え話”としては不適切ではないでしょうか?
読んだ者に、「本村さんの外見的要素」と、No.5で仰っていた「橋下弁護士の巧みなアジテーションのテクニック」の取り違えが起こる可能性もあると思いますので。
(そのような意図をお持ちではないと思いますが、取り違いが起これば、詭弁の一種になる恐れがあるのではないでしょうか。)
ただし、一般人の中には外見的要素が裁判員の判断に影響される人もいると思いますので、それを憂慮すること自体は否定してはおりません。
(法廷にて、弁護士がテレビで拝見する橋下弁護士のような茶髪やラフな服装等で現れた場合には、その外見的要素が一般人の裁判員の判断に必ずしも有利な影響を及ぼすかどうかは分かりませんが。)
次に、「難しい法律や裁判のことを平易な話し言葉で語りかける橋下弁護士の手法」の件については、平易な話し言葉の方が理解しやすいでしょう。
ただ、No.5で書かれている「橋下弁護士のアジテーション」に約3900人が乗ってしまい懲戒請求を送付した理由は、橋下弁護士が「平易な言葉で語りかけたから」というのが本質ではないと考えております。
そもそも、橋下弁護士が懲戒請求を送るよう宣伝した場面の報道内容では、橋下弁護士は「難しい法律や裁判のことを平易な話し言葉で語りかけ」ていたのでしょうか?
(本当に、法律の専門家(弁護士)として、法律や今回の裁判の件を(平易な言葉で)説明できていたのでしょうか?)
法務業の末席様は「上記で例に挙げた方々の主張の正否については論じるだけの知識と能力を持っておりませんので、断定する論評には言及しない方針でおります」と予めお断りされていらっしゃいますので、橋下弁護士が番組で懲戒請求を送るよう呼びかけた件に関して正否を断定するような私の上記コメントに対しては、言及しない方針だと理解致しました。ゆえに、本コメントに対するご回答を無理には求めません。
法律の素人による拙い表現の書き込みに対してもご丁寧におつきあい下さりましたことには、感謝致します。
有り難うございました。
No.41に訂正がございます。申し訳ございません。
×司法制度に関して一定の理解を示さない人だけが「一般人」ではないという事でした。
○司法制度に関して一定の理解を示さない人が「一般人」の大部分とは言えないのではないか、という事でした。
×ただし、一般人の中には外見的要素が裁判員の判断に影響される人もいると思いますので、それを憂慮すること自体は否定してはおりません。
○ただし、一般人の中には外見的要素が裁判員としての判断に影響される人もいると思いますので、それを憂慮すること自体は否定してはおりません。
今枝さんのブログ凄い情報のってるなー。
ビックリしたよ。
でもあんな内容でコミュニケーション取れるほどの
知能がある証明であって、逆効果な気がするのは私だけ?
あの内容でふざけた被告と
自覚的に殺人して強姦した被告のイメージが
ガッチリ噛み合ってしまう。
いやあ、おらも吃驚しましただ。ご乱心かと。ていうか被告はさておきもう一方の諒解は取ってるのだろうか。
とか思ってる間に消えた( ・ω・)
今枝さん
1、刑事弁護の誤解や偏見があるとするなら
社会全体、マスコミ全体の問題だから地道に言論活動でも
やっていくしかありません。
橋下さんを槍玉に挙げても解決しません。
2、日弁連のHPに懲戒請求制度の説明に不備があるとして
申し入れをしましたか?
弁護士自治の使命を担った、しかも訴えてる立場である
貴方の役目ですよ?
それとも日弁連は怖くて言えないけど、
国民に向かっては裁判の判例を都合良く情報操作して
ミスリードを狙い、さらにことさら注意義務のリスクを強調して
国民の権利を萎縮させ、国民を恫喝するんですか?
4000件の懲戒請求は貴方の言うように
1件1件適正な事務手続きの下で行われたんですか?
やって無い事をやったかのように伝えるのは
悪質であり、卑怯な態度でしかありませんよ。
3、刑事弁護に理解が無いといいますが、
今までも凶悪事件の度に刑事弁護人に
非難や抗議が殺到し、懲戒請求の嵐になってますか?
今回の場合は極めて特殊なケースであり、
事件性や裁判の展開からして社会的関心を
回避する事は出来ません。
その複雑的な社会に接していく中で
その立ち振る舞いを問われるのは仕方の無い事です。
社会的不安や誤解の蔓延を感知し、世間的理解力を把握し、
弁護手法の世間的衝撃さを理解し、弁護士に対する
品位の低下傾向を予見し、この状態を放置するか
しないかの選択の中で自ずと取るべき道は見えてくるはずですよ。
「空気を読め」とはそういう事です。
4、最後に私は今回の橋下さんの言論は非常に大義であった
と思っています。
弁護士界では彼は笑われ者だと言われていますが
枝葉に捕らわれず、大局的な視点からもう一度考察される
ほうが良いんじゃないでしょうか?
一般人さん
1 地道な言論活動もやっています。
2 今日の記者会見で、日弁連の情報提供も不足している、とコメントしました。
3 広島女児殺害事件のときも、非難や抗議が殺到しました。今回、懲戒請求という方法に代わったのは、橋下弁護士の発言からでしょう。
また、橋下弁護士自身、マスコミでの発言等で一般の方から多数の懲戒請求を受けており、それを自分で証拠として出してきました。それらは無視しておいて「空気を読め」と言えるのでしょうか。
なお、橋下弁護士は、「弁護団に懲戒請求した全員の氏名と住所を明らかにせよ。」と主張していますが、これは空気が読めているでしょうか。
4 私は橋下弁護士が業界で笑い者だなんて一度も言ったことがありませんが、どこにそんな根拠があったのでしょうか。
>今枝仁 さん
このブログの空気を読んだ場合、一般人さんの相手をする必要はない、ということになります。
レスをつけるなら、他の方のほうが時間効率がいいです。
それから、橋下弁護士は、懲戒請求に必要な調査・検討の義務は、「民事訴訟の提起」以上「刑事告訴」未満と主張しています。
その当否はともかく、民事訴訟の提起より懲戒請求の方が重く、調査・検討の注意義務も重い、としています。
これが視聴者に伝わりましたか?
そして私が橋下弁護士を提訴した行為の注意義務は、懲戒請求の注意義務以下でよいことを、橋下弁護士自ら認めています。
みなさんは、懲戒請求を、民事訴訟以下と勘違いしていませんか?
橋下答弁書自体、それを否定していますよ。
光市事件懲戒請求扇動問題弁護団候補ページ で、下記のコメントありました。この方はここでは発言しないのでしょうかね?
クスクス^^。
>モトケンさんのプログで橋下弁護士は「拳銃で頭を撃ちにいて殺しておいて・・僕はやってません」といのと同じ。と激怒しておられて全国の弁護士さんが全員、いっておられるのかと思いきや・・・弁護士さんの半数は弁護団も橋下氏もどっちもどっちと言っておられるそうでもトケンさんの舞い上がり様には笑ってしまいます。そしてモトケンさんやMTさんと同じく激怒!舞い上がっておられる広島弁護団さんたちにも笑えます。(勝手に笑います)
Posted by 心情・橋下派 2007年09月26日(水) 18:26:58
今枝さん
>1 地道な言論活動もやっています。
全然届いてませんね。
橋下さんの言うように工夫が無いんでしょう。
>2 今日の記者会見で、日弁連の情報提供も不足している、とコメントしました。
最終的には最初の項目に大きな文字で
注意義務のリスクの説明と、情報操作した裁判判例
を載せるまで尽力してください。
じゃないと市民には恫喝し、日弁連には甘いという
自己矛盾は解消されません。
あと事務手続きの件はスルーですか?
>3 広島女児殺害事件のときも、非難や抗議が殺到しました。今回、懲戒請求という方法に代わったのは、橋下弁護士の発言からでしょう。
また、橋下弁護士自身、マスコミでの発言等で一般の方から多数の懲戒請求を受けており、それを自分で証拠として出してきました。それらは無視しておいて「空気を読め」と言えるのでしょうか。
なお、橋下弁護士は、「弁護団に懲戒請求した全員の氏名と住所を明らかにせよ。」と主張していますが、これは空気が読めているでしょうか。
だからなんですか?
橋下さんは国民の懲戒請求に違法性は無いと言ってるんだから後は裁判で闘えば良いじゃないですか?
裁判官で無い貴方が違法性が有ると言っても
ただの主張でしかありません。
それと抗議や非難は説明不足が要因でもあり
ある程度の非難や抗議は
社会的複雑性を理解できるなら
許容せざる得ない不条理の一部であることぐらい
分かるでしょう。
その上での判断が求められてたわけです。
4 私は橋下弁護士が業界で笑い者だなんて一度も言ったことがありませんが、どこにそんな根拠があったのでしょうか。
自身がブログで言ってます。
貴方と断定してないのですから
よく読んでください。
No.48
これは生(なま)の言葉ですね?私は橋下さんのブログも主張も動画も見ていませんが(見る環境にないので)、